458 罪に対する罰と、ほんの僅かな救い
私の声かけに、誰も何も喋らなくなってしまった。
それどころか、お兄様達や、テレーゼ様だけでなく、今、この場にいる全員が、驚いた様子で、私のことを注視するように見つめてくるのを、痛いくらいに肌で実感しながらも……。
誰にとっても、後悔するようなことにはならないようにと、私は、お兄様達の方を真っ直ぐに見つめて、真剣な表情を作りだす。
本心からそう感じて、お兄様達に提案したことで、私のひたむきな視線に、2人が僅かに、たじろいだのが目に入ってきた。
それと同時に、周囲からは、私の言葉の真意を探るような視線がビシバシと飛んでくる。
特に、侍女長など、私とあまり親しくない人達ほど、それが顕著だっただろうか……。
……それは、テレーゼ様もまた、同様だったけど。
勿論、お父様の執事でもある、ハーロックなど、一部の使用人達は、私の考えに『好意的な方』で、驚きを持ってくれていたりもしたものの……。
やっぱり『私が、被害者だからこそ、あり得ない』という感情は、誰しもが持ち合わせていたみたいで、誰かに言葉の裏などを探られなくても、今、私が口に出した言葉は、私の本心からの言葉であり、そこに嘘や偽りなどは一切、含まれていない。
そのことを、分かってくれているであろう、セオドアやアルほど、『姫さんは、本当に、優しすぎるだろう……っ!?』だとか。
『うむ、アリス……、現皇后のことを庇う必要などないと、僕ですら、そう思うぞ……っ!』と、視線だけで、私の言葉に、多少の理解は示してくれつつも、どこまでも心配そうな表情を向けてくれていて……。
そうして、更に言うなら、当事者である、テレーゼ様自身も、本当に、私が本心から出した言葉なのかと疑いを持ちつつも、お兄様達と一緒で、その言葉には、あからさまに動揺し、戸惑って、たじろいだのが見えた。
――それから、一体、どれくらい経っただろう……?
「……っ、テレーゼ。
お前の犯した罪は、あまりにも身勝手なものであり、皇族の一員である皇女、アリスを排除しようとしたことは、たとえ、その身分があってのことであろうとも、大罪だ。
だからこそ、どれほど、罪を犯す前の身分を考慮したとしても、これから先、お前が生きていく残りの人生で、罪を償うため、罪人として収監所の中で過ごすことになり、よほどのことがない限り、決して出ることなど出来ないだろう。
お前自身が、今、そのことを何よりも実感しているはずだ」
と……。
私の発言以降、誰も何も喋らずに、ほんの僅かな時間、静寂が支配していた、今、この場において、重々しい口調ながら、はっきりと、まだ、その刑が確定していないにも拘わらず……。
この場で、異例とも思えるような宣告が、お父様の口から、テレーゼ様にかけられると、分かっていたことではあったけど『やっぱり、そうなるよね……っ』と、改めて、この場で突きつけられた罪の重さと現実に、私は、グッと息を呑み込み、テレーゼ様とお兄様達二人を気遣うように、交互に見比べてしまった。
本来なら……、ここまで、皇族でもある私を排除しようと動いてきた人がいるのなら、それは、大逆罪に相当し、死罪になってしまうことが殆どのはずで……。
――それでも、テレーゼ様の今の身分を考慮したら、死罪までとはいかずに、終身刑になる可能性の方が高いといってもいい。
たとえばだけど、その罪を犯した背景に『情状酌量の余地』などが認められれば、もっと、囚人として収容所に収監される年数などで、減刑が認められる場合もあると思うんだけど……。
今回の、一連の事件での『テレーゼ様の犯行』に関しては、お父様の言うように、あまりにも私欲に走った身勝手なものであり……。
仮に、テレーゼ様の減刑が認められるようなことがあれば、国内でも有数の侯爵位を持つ貴族達や、お父様に同等の意見を述べることが許可されている宮廷伯といった面々からも、これ幸いとばかりに、そのことで追及されて、それが、波紋となって広がり、やがては、色々な派閥を問わず、爵位が下の貴族達からも非難の声が上がるであろうことは想像に難くない。
たとえ、一人一人の声が小さいものであろうとも、同じ意見を持つ人達が沢山集まれば、それだけで、国内の政治や、皇室が保っている威信などが揺らぎ兼ねず、国内の安定において多大な影響を及ぼすことになり、その声を弱めるために、収拾を付けることも難しくなってきてしまうはず。
だからこそ……。
罪を犯す前の、皇后という立場にあった高貴な身分を考慮して『身分の剥奪』と、これから先の人生において、その一生の殆どを、テレーゼ様は、恐らく、罪人を閉じ込めるための収監所で過ごすことになってしまうと思う。
それ自体は、自分が犯してしまった罪を償うためのものだから、必要以上には擁護することも出来ず、当然のことだとも思うんだけど……。
これから先、何十年と独りぼっちで、牢の中で罪を償いながら過ごす日々を思えば、やっぱり、せめて、お兄様達と『お手紙などで遣り取りをすることが出来る』だけでも、テレーゼ様にとっては、心の底から、救いになるんじゃないかな……?
そして、それは、お兄様達にとっても、また……、同様に……。
このまま、ずっと、『今まで信じていた分だけ裏切られてしまったのだ』と、あまりにも大きな負の感情を抱えたまま、テレーゼ様のことを拒絶し、突き放して、ここから一切、何のコンタクトも取れなくなってしまうのは、テレーゼ様にとっても、お兄様達にとっても良くないものだと感じてしまうから……。
「……だからこそ、お前の犯した罪に関しては、最早、一切の言い逃れが出来ず、厳しく処罰しなければいけない。
だが……っ、本来なら規制されるはずの、家族が出す囚人への手紙などに関しては、勿論、被害者である、アリス自身がそれを許可しているという、普段ならば、絶対にあり得ないであろう最上級の温情を踏まえてにはなるが……。
……ウィリアムや、ギゼルから、犯罪者としてのお前ではなく、母親としてのお前までを奪うことは、私にも出来ないと感じている。
ただし、最終的にそれを決める権利があるのは、お前ではなく、ウィリアムやギゼルだということを履き違えることのないように……っ!
前例のないことであり、異例でもあるが、二人が望むのならば、他の貴族や、宮廷伯の面々を説き伏せるために、私自身が、お前に、最後の情けをかけてやることは出来る。
ただ、あくまでも、これは、ウィリアムや、ギゼル、そして、ここまできても、自分のことは二の次で、お前も含めて家族のことをただ、心の底から心配して声をかけてくれた、アリスの判断があってこそ、出来ることではあるがな……っ?」
だからこそ……。
皇帝として、君主としての威厳を保ったまま、重々しい口調ながらも、私と同様に、テレーゼ様に温情を与えるような形で、ここで声をかけてくれた、お父様もまた、私と同じように、悩んだ上で……。
今ここで、テレーゼ様に配慮するというよりは、お兄様達二人が、これから先どう考えて、どうしていきたいのか、ということに委ねるつもりで、慎重に言葉を発してくれたんだと思う。
その言葉に、テレーゼ様の瞳が大きく見開かれ、先ほどまで、あまりにも大きいプライドと共に、淡々と、皇后としての矜恃を保っていたはずの姿と、同一人物だとは思えないくらいに、目に見えて動揺し、お父様の言葉を聞いて、ここに来て初めてその目尻に、透明の液体が、僅かばかり浮かんだのが目に入ってきた。
一方で、お兄様達二人は、本来二人が持っている気質でもある強い正義感から、本当に親子として、罪を犯したテレーゼ様に手紙を出すことが正しいことなのか……、これから、そうしても良いのか……、また、そのことが、世間からも認められるのだろうかといった様子で、まだ、躊躇っている雰囲気だったものの。
私が、真っ直ぐに『出来れば、お兄様達には後悔してほしくないんです……!』という強い思いを込めて、二人のことを見つめていると、少し考えた素振りではあったんだけど、ギゼルお兄様よりも先に、私の意見を呑んで……。
「父上……。
俺は、今、アリスと、父上がかけてくれた温情に、本当に、心の底から感謝しています。
母上が、今まで犯してきた罪の重さと、アリスやルーカスのことを考えれば、到底許せるようなものではなく……。
母上に対し、どうしてそのような罪を犯したんだと、責めるような気持ちしか湧いてきませんが。
……それでも、どんな罪人であろうとも、俺を生んでくれた人には変わりがありませんし、それは、これから先の未来でも、簡単に親子の縁を切って、消せるようなものでもないと思います。
この場においては、色々な感情が入り交ざっていて、複雑な思いしか抱いていませんが、それでも親子だった時を思うと、直ぐに直ぐ、完全に縁を切ると決められるものでもなく……。
このまま、何もなければ、ただただ、母上に対し恨みと憎しみだけを募らせることになる可能性の方が高かったことを思えば、少なくとも、僅かながらでも、アリスのお陰で、連絡が取れる道が閉ざされなかったということは、今の俺にとっても、有り難いものであることに違いありません」
と、ウィリアムお兄様が、私とお父様の方を感謝の籠もったような視線で見つめながら、お礼の言葉を述べてくれるのが聞こえてきた。
多分、私や、お父様の言葉を聞いて、自分が今ここで動かなければ、この場において、ウィリアムお兄様以上に動揺して『どうするのが正解なのか……?』と、ただ、ひたすらに返答に困っていた様子で、これから先の自分の未来について、ギゼルお兄様が、その選択を決めきることが出来ずに動けないままになってしまうと……、気遣っての行動だったんじゃないかな……っ?
ウィリアムお兄様が、今、ここで、はっきりと『そうしてほしい』と、お父様に断言することで……。
もしも、万が一にも、今後、それに対する批判が、他の貴族や官僚といった人達などから出てきてしまった際には、ギゼルお兄様は関係なく『自分の判断で決めたことなのだ』と、ウィリアムお兄様自身が矢面に立つことで、ギゼルお兄様の盾になって、守りたいという強い意志の表れでもあると思う。
だからこそ……。
どこまでも判断に迷ってしまうようなことも、この短い時間の中で、そこまで、しっかりと考えた上で、自分のことだけじゃなくて、ギゼルお兄様のことも気遣いながら、決断出来るウィリアムお兄様のことを、私は、ただ、純粋に、尊敬の瞳で見つめてしまった。
――こういうとき、やっぱり、ウィリアムお兄様は、凄いなと思ってしまう。
勿論、私の提案で、テレーゼ様と、少しでも遣り取りが出来る道が残されていることが、ウィリアムお兄様にとっても『有り難いものだ』と言ってくれている今の言葉に、嘘や、偽りなどはないだろうけど……。
いつだって、長男として、私達、兄弟のことを一番に考えてくれた上で、私や、ギゼルお兄様が傷つかないような道を選んでくれる人なのだと、こういう時だからこそ、改めて、実感出来るかもしれない。
そんな、ウィリアムお兄様の言葉に、悲痛な表情をしたまま、弾かれたように顔を上げたギゼルお兄様もまた、複雑な心境を抱えた様子で、それでも、ほんの少しだけ、その瞳に淡い希望のようなものを宿しながら……。
「父上……、俺も、混乱しすぎて、意見が纏まらない状況で申し訳ありませんが、兄上の判断と同様の意見です……!
俺にとっても、母上が、ただ一人の母親であることには変わりなく、もしも可能なら、そうして頂けると、有り難いとしか思えません……っ!
兄上と同じで、母上に対しては、失望感と共に、憎しみや恨みの感情しか湧いてきませんが、俺自身、今、完全に母上のことを突き放してしまったら、もう二度と、話すことも出来なくなって、きっと、後悔すると思いますっっ!
だ……、だからっ、アリス、お前が今、俺たちのことを考えて、そんなふうに提案してくれたことを、兄上だけじゃなくて、おっ、俺自身も……っ、本当に、感謝しているんだ……っ!
……っていうか、お前は、本当に、それでいいのかよっ……?
母上の犯した罪を考えれば、お前は、今回の件だけじゃなくて、色々なところで被害者だろう……っ?」
と、ウィリアムお兄様と同じで、テレーゼ様と連絡を取る手段を消さないでほしいと、真摯にお父様に向かって、自分の言葉で、ひとつずつ、しっかりと伝えながらも……。
そのあと、私を見て、ギゼルお兄様が、困惑した様子で、気遣うように言葉をかけてくれた。
見れば、ギゼルお兄様だけでなく、ウィリアムお兄様の瞳にも、お父様の瞳にも、それから、私の身近なセオドアやアルといった人達の目にも、私自身のことを考えて『本当にそれでいいのか?』と、問いかけるような、思い遣りしか籠もっていない視線が感じられて、みんなからのその視線を一身に受けながらも、私は、躊躇うこともなく、こくりと、力強く頷き返した。
……さっきも、二人に伝えたことではあるものの、お兄様達には、絶対に後悔するような道は選んでほしくない。
それに、テレーゼ様が私に対して犯してきた罪に関しては、これから必ず、お父様の手によって裁かれることになる。
私自身は、それだけで充分で……、それ以上を求めるには、あまりにも、今ここで、今生の別れになってしまうと、テレーゼ様にも、お兄様達二人にとっても、これから先、しんどい道になってしまうだろうから……。
お父様の言うように、テレーゼ様が犯してしまった罪自体は、きちんと、償わなければいけないものだとしても、お兄様達から『血の繋がった母親』を奪うような真似だけはしたくない。
それを、みんなから『甘いのだ』と言われてしまったら、そうなのかもしれないけれど……。
「……っ、ギゼルお兄様、私のことも考えて、そう言ってくださって、ありがとうございます。
でも……、お父様も先ほど言っていましたが、これから先、どのような刑になったとしても、テレーゼ様の身分が剥奪されることと、その人生の殆どを牢屋の中で過ごすことになってしまうのは、避けられないと思います。
だからこそ、私自身、テレーゼ様が、これから償っていく刑罰は、それだけでも充分すぎるほど重たいものだと感じています。
それに加えて、お兄様達からのお手紙や、連絡手段が閉ざされてしまうと、これから先、テレーゼ様が償いと共に生きていくために、ほんの僅かな光まで、奪ってしまいかねない気がして……。
さきほども言ったように、お兄様達にとっても、後悔してほしくはないので、私自身は、お兄様達さえ良ければ、それで構わないと思っています」
と……。
私に向かって質問をしてくれたギゼルお兄様だけではなく、みんなの表情を見ながら、本心からそう思っているのだと分かるように、ほんの少し口元を緩め、微笑むように笑顔を溢せば……。
それだけで……。
みんなが、私の方を見て、まるで、あり得ない生き物を見るかのような目つきで、マジマジと此方を見つめてきたのが分かる。
そういった視線じゃなかったのは、セオドアやアル……、お父様や、ウィリアムお兄様、ルーカスさんといった面々も含めて、私と親しい人だけであり……、そういった人達は『本当に、誰かに対しての許容範囲が広すぎて、慈悲深すぎる』と、言わんばかりの瞳で、此方を見てきたんだけど……。
私と親しくない人ほど、今の私の発言が本心からの言葉なのかと、どうしても疑ってしまう気持ちもあったみたいで……。
特に、テレーゼ様に関しては、私のことを見て、呆気にとられると言った感じで『本当に、その言葉を信じても良いものなのか?』と、疑い半分で、ビックリしていたと思う。
それでも、私の表情を見て、私が本心から、その言葉を言っていることが、テレーゼ様にもしっかりと伝わってくれたのか、一瞬だけ、私から、どこまでも気まずそうに視線を逸らしたあとで……。
ごくりと、息を呑み込んでから……。
「……っっ、此度の事件に関しては、誠に申し訳ありませんでした。
このような状況であるにも拘わらず、私のことも考えて頂けていること、本当に痛みいります。
ウィリアムや、ギゼルと、手紙でも良いから、これから先も、会話をすることが出来るのは、私自身、何よりも喜ばしいことであり、陛下、並びに、皇女殿下の多大なる、ご配慮に感謝いたします」
と、ここにきて、初めて、テレーゼ様が面と向かって、がばりと私に頭を下げて、その口から、私に対するお礼の言葉を出してくれたことで、私は、その姿に驚いて、思わず、目を瞬かせてしまった。
ここにくるまで、ずっと保ち続けていた、皇后としてのプライドも、私自身が憎いと思う個人的な感情さえも、心の奥に仕舞いこんで……。
【テレーゼ様に本心から謝罪をされたのも、お礼を言われたのも、本当に、初めてのことかもしれない】
私が、一人、今まででは考えられなかった、テレーゼ様の、その姿に戸惑っていると……。
お父様の命令で、ハーロックが呼びに言ってくれた騎士達が、テレーゼ様の両脇を取り囲むのが見えた。
見れば、この場の空気を読んだ、騎士団の副団長でもあるレオンハルトさんの指示によるものだということは、私にも理解出来た。
「……そなたたち、私のことを、そう取り囲まずとも良い。
自分の仕出かした不始末に対する責任は、自分で取るものであろう……?
拘束されずとも、最早、逃げも隠れもしないと、今ここで誓ってもいい。
そなたたちに、何もされなくても、私自身、自分の意志で、暗い牢屋に向かって、最後まで、自分の足で歩くことくらいは出来る」
そうして、その手を騎士達の手によって、拘束されてしまうその前に、自分の足で歩くことが出来るのだと、色々なことが吹っ切れたように顔を上げたテレーゼ様は……。
「ギゼル……、そなたのことに関して、今まで、あまり、気に掛けてやれずに、すまなかったな……。
ウィリアムを気に掛けるあまり、そなたに対しては、確かに厳しくなってしまったかもしれぬ。
……私の口から許せとも言えないが、申し訳ないことをしたと、今になって反省している」
と、ギゼルお兄様に向かって声をかけたあと……。
次いで、ウィリアムお兄様の方を見つめながら、ほんの僅かばかり悲哀とも取れるような笑みをこぼしながら『……ウィリアム、そなたにも苦労をかけてすまないな』と、一言だけ、声を溢してから……。
テレーゼ様自身、罪を犯した人ではあるものの、それでも最後までプライドを持って、凛と背筋を伸ばした上で、騎士達と一緒に私達の間を通り抜けていく。
そうして……。
今、この瞬間、最後のお別れの時になってしまうであろう状況で、ほんの少しだけ歩いたあと、ウィリアムお兄様の方を見る訳でも、ギゼルお兄様の方を見る訳でもなく、ふと、思い出したかのように、私の方を見つめながら……。
「……アリス、そなたには、何の非もないと分かっていながらも……っ。
私自身が、そなたのことを、どうしても憎いと思ってしまっている……っ。
私の大切な居場所も、私の大切な者さえも、みんな、結局は、そなたのものになって、そなたのことが好きになる。
……そなたのような娘に、どれほど、私が嫉妬の感情を抱いていたのか、そなたは、知りもしないであろう……っ!?」
と、自嘲するように唇を歪め、まるで、痛いと言わんばかりに、今、自分が感じているであろう思いの丈を私に向かって、ぶつけるように吐き出したあと。
私に対して、万が一にでも、テレーゼ様が、このまま更に『酷い言葉を言ってくるのではないか』と警戒してくれて、止めようとした騎士達のことを、その腕で、振り払ってから……。
どうしても、伝えたい言葉があるのだと言わんばかりに……。
「……それでも、そなたが私のことも思って、ウィリアムとギゼルの手紙が届くように配慮してくれたことを、私自身が、何よりも嬉しく思ってしまっている。
私にとって、自分の子供ほど、大事なものは何もない、と、改めて、今ここで実感することが出来た。
……だからこそ、代わりと言っては何だが、そなたに、今、伝えておいてやりたいことがあるのだが……っ」
と、前置きしてから……。
「……皇后宮にある私が寝室代わりに使っていた自分の部屋の棚の上に、そなたの母親が書いた日記が置かれている。
私は、あの日記を、一から全て余すところなく確認したが、アレは、そなたと陛下が見てこそ、真価を発揮するものであろう。
……今の私には、それしか言えぬが、私からの最後の置き土産だと思ってくれていい。
そなたにとって、その内容の全てが受け入れられるものになるかは分からぬし、私の口から先に、聞きたくはなかったかもしれぬが……。
……複雑な感情を抱く恐れはあっても、疑う必要などはなく、確かに、そなたは、母に愛されていた」
と……。
最後の最後に、テレーゼ様から、そう伝えられたことで、私は『お母様からの日記……?』と、そんなものが、存在していたのかと、そのことに酷く動揺しながらも……。
――複雑な感情を抱く恐れはあっても、疑う必要などはなく、確かに、そなたは、母に愛されていた。
という、その言葉を直ぐに、真正面から受け止めることが出来ずに……。
それだけ言って直ぐ、もう私には見向きもしない様子で、ウィリアムお兄様やギゼルお兄様を気に掛けて振り返ることもなく……。
ただ、真っ直ぐに前だけを見つめて、再び、皇宮の敷地内にある収監所まで、騎士達と一緒に歩き始めたテレーゼ様の後ろ姿を、みんなと一緒に、呆然と見送ることになってしまった。