451 抱えていた過去と、心からの謝罪
……それから、どれくらい 経っただろう?
【皇后さま、皇女さまっ! ご無事ですかっ?】
遠くから聞こえてきた、かけ声が、誰の声だったのかは、分からない。
誰の声でも、別に良かった……。
だって、この人もきっと……。
自分に与えられた仕事を全うしているだけで、本心では私の無事も、お母様の無事も、別にどうでもいいと思っているに違いないはずだから……。
――だって、私は悪魔なんだ……っ。
血の繋がったお母様ですらも、私のことをそう思っていたのだから、他の人達が、私のことを気に掛けて、愛してくれるはずもない。
今まで、そんな、当たり前のことにも、気づけないでいたなんて……っ。
【そもそも、私は、この世に、生まれちゃいけない存在だったのだ】
誰からも、望まれていなかったのに……。
どうして、私だけが、生き残ってしまったのだろう……?
……僅かばかり残っていた、なけなしの希望さえもなくなって。
ピシリ、ピシリと、心に深い亀裂が入り、まるで、ガラスが割れた時みたいに、パリンと、粉々に砕け散っていく音がした。
誰の呼びかけにも答えられることはなく、その場で一人、放心状態だった私の姿は、やってきた騎士達の目にどう映ったのだろう……?
私自身も、騎士達が駆けつけてくれたあとのことは、巻き戻し前の軸の時も含めて、殆ど記憶に残ってなくて、今も詳しくは知らないんだけど……。
この事件で、私が皇宮から派遣されてきた騎士達に保護された際、お母様の呼吸は、もう既に、止まってしまっていたみたいだった。
それでも私と一緒に皇宮へと運ばれたお母様に対し、僅かばかり、息を吹き返すかもしれない可能性にかけて、懸命な治療を行って、手を尽くしてくれたのは、ロイだったみたい。
今、思えば、この事件の時も、ローラとロイだけが、私とお母様のことを、本当の意味で気に掛けてくれていたと思う。
お母様が亡くなったあとに、なるべく私の傍にいようとしてくれていたローラと……。
この事件のあと、私の精神状態を心配して、頻繁に、診察に来てくれていたロイ、と……。
二人とも、私が嫌なことを思い出すといけないと思って、巻き戻し前の軸のも、今の軸でも、生々しい事件の痕跡などを思い返してしまうような、詳しい状況については、濁すことで、必要以上には語らないように気をつけてくれていたみたいだったし……。
今なら、それが、私に負担をかけないようにと配慮してくれていた、二人の優しさから来るものだということは、充分に分かっているものの。
巻き戻し前の軸の時は、あまりにもショックが大きすぎて、そんな二人の優しさにも、気付くことが出来なかった。
それでも、全ての情報が聞こえてこないように、シャットアウトするのは、難しく……。
【皇后様は死ぬ間際、皇女様に、なだれかかるようにして亡くなっていました】
【きっと、皇女様だけは守ろうとしたのでしょう】
と……。
騎士達の口から広まっていったのか、お母様の死は、次第に、皇宮で噂になるくらい、ちょっとだけ、美談になってしまった。
実は、娘を殺そうとしただなんて……、私が言わなきゃ、誰も知らないままだろう。
お父様は、お母様の美談を聞いて、どう思ったのかな……?
お母様はちゃんと、お父様に弔ってもらえたのだろうか?
最期まで、それだけをきっと望んでいただろうから……。
それでも……。
【直ぐに、テレーゼ様が皇后になった】
と、巻き戻し前の軸の時、起きた当初は錯乱状態で、手がつけられなかったこともあり、その情報を聞いたのは、あの事件が起きてから、数週間経ったあとだったけど。
言いにくそうに、そのことを口にした、ローラとロイの姿が、脳裏に焼き付いて離れなかった。
それと同時に、ローラやロイが教えてくれなくても、嫌でも入ってくる、テレーゼ様が皇后になったことで、喜んでいる国民の声……。
……ああ、そっか。
お母様の死は、誰にとっても、どうでもいいものだったんだ。
花も手向けて貰えないお母様……。
悪意も、敵意も、際限がない。
誰も、お母様が死んだことを悲しむ人なんていない。
……そうだよ、だって、悪魔だったんだから。
【……ただ、抱きしめて欲しかっただけだった】
【ほんの少しでもいい、私のことを見て欲しかっただけだった】
自分を押し殺して、全てを納得させるには、あの時の私は、あまりにも幼すぎた。
ほんの少しでも、お父様に、振り向いて欲しくて……。
お母様から、あれだけのことをされたのに、それでも、お母様のことも、忘れないでほしくて……。
ちょっとでもいいから、お父様の目が、此方へ向くようにと……。
テレーゼ様が皇后になったと聞いたあとは特に、お父様の気持ちを確かめるように物に執着して、それまで以上に、宝石やドレスなどをお願いすることが増え、侍女達の態度に対抗するために、自分を守るための癇癪も、より酷くなってしまった。
だけど、愛情を求めた上での間違った私の言動は、やっぱり誰にも響くことはなくて……。
理解をされることもなくて……。
そういった言動を繰り返していくうちに。
呆れたようなお父様の……。
失望したようなお父様の、その瞳が、どんどん悪い方へと向かっていっていることには、気付いていた。
それでも、やめられなかった……。
その視線が一瞬でも、私の方へと向くことを願った。
どんな、視線でも構わなかった。
振り向いてくれさえすれば、それで……。
【だって、そうじゃなきゃ、私は何のために生まれたのか、自分で自分を見失ってしまう】
……その度に、心が離れていくのを痛感した。
――最初から、こちらに向けられる心なんてどこにもなかったというのに。
巻き戻し前の軸、10歳で、あの事件が起きてしまったあと、ギゼルお兄様に殺されるまでの、6年という月日を過ごしている間中、ずっと、胸が痛くて、張り裂けそうな気持ちだった。
希望は、確かにあの日、砕け散ったはずなのに、ふとした瞬間に、また、何食わぬ顔をして、ひょっこりと顔を出す。
どれほど『もう出てこないで……っ!』と、願っても、私が諦められない以上は、常に、私の心の中に住み着いて、出てくる機会を狙ってる。
それが未練となって、しこりになって、私の心の中をズキズキと痛めつけるものだと分かっていても……。
バラバラに砕け散った自分の想いの欠片を、一生懸命掻き集めて繋ぎ合わせようとしても、修復することは、絶対に不可能なのに。
それでも、まだ……、あんなことがあってもなお、僅かに残った諦めきれない気持ちから、家族の愛を求めてしまう自分が恨めしい。
――いっそ、こんな想い、抱かなきゃ良かった、な。
そう、強く感じていたからだろうか……?
ギゼルお兄様に刺されたその瞬間に、今までの自分の言動を振り返って、後悔と共に、巻き戻る時間の中で、私は私の想いを封じ込め、もう二度と表には出てこないようにと捨てることが出来たんだと思う。
だから、今の軸で、最初に、目が覚めた時……。
すごく、不思議な気分だった。
自分自身でも驚くほどに、執着が消えていたから……。
『自由に外を歩き回ること』
『誰にも縛られない人生』
そして……。
『家族から与えて貰える、無条件の愛』
……結局、私が望んでも、何一つとして、最後まで、叶えられなかったものだった。
それと、同時に、ギゼルお兄様に対しても、恨みや、憎しみを感じなかったのは、一番の肉親である、お母様に殺されかけるのだから、半分しか血の繋がっていないギゼルお兄様に、刺されてしまうのも仕方が無いと、諦めの境地に達してしまっていた部分もあると思う。
だから、あの瞬間に、お父様からの愛情も、家族からの愛情も、未練そのものを捨てることが出来たのだと思っていた。
だけど……、時間が巻き戻ってしまったあと、困ったことに、新たに生まれた感情があった。
……私自身、誰からも、必要とされていなかったはずなのに。
ローラが、私を庇って死んでしまったから……。
【その必要なんて、どこにもなかったはずで……】
――私の代わりに、死んでしまうことなんて、なかったのに……。
あの時、ローラだけが、私の無実を信じてくれて、最期の瞬間まで、私のことだけを思って行動してくれたから……。
私自身、時間が巻き戻ったあとも、自分の命については、正直に言って、どうでも良かった。
だけど、せめて、私のために命をかけてくれた、ローラのことを裏切るような真似だけはしたくなかったし、今までの自分の言動についても、改めなくちゃいけないと、強く感じて……。
そうして、何としてでも……。
ローラが死んでしまう未来だけは、回避しなくちゃいけない、と……。
初めの頃は、本当にそれだけだった。
でも、ローラや、ロイだけではなく、アルやエリスにも出会うことが出来て……。
そして、何よりも……。
【生涯、姫さんだけの剣であることを誓う。
だから、姫さんも俺の為に誓って欲しい。……生きることを決して諦めないと】
と……。
【姫さんの生きる理由が必要なら、俺を理由にすればいい。
従者である俺よりも先に絶対に死なないでくれ。……そのために、俺がいる。
これから先も一生……。ちゃんと俺に姫さんのことを護らせて欲しい】
と、真っ直ぐに私の目を見て、真剣にそう言ってくれた、セオドアに出会えたことが、私の人生の中では、本当に、大きくて……。
大切な人が増えていく、その度に、今まで感じたことのなかった喜びも、嬉しさも覚えるようになっていって……。
幸せを、一つ、一つ、噛みしめるほど、今の状況は、私には、過分なほどに『贅沢なもの』だと感じられて、それ以上の幸せを求めることも、我が儘だと思ってしまう。
――だって、今まで、そんなふうに、手放しで、誰かから、愛情を向けられることなんて、なかったから。
そんなふうに、みんなに、大切だと思ってもらえるほどに、心の底から嬉しいと思う気持ちを隠せないのに……。
同時に、自分のもとから離れていってほしくない、『……傍にいてほしい』という欲求が抑えきれなくなってしまって、不安な夜に、もっと傍にいてほしいと、セオドアのことを呼びとめたり、ちょっとずつ、我が儘を言うようになってしまった。
セオドアが、それを手放しに、許容してくれるから、また、甘えてしまって……。
セオドアだけじゃなく、みんなが、私のことを優しく受け止めてくれる度に、その優しさに、縋りそうになってしまう時がある。
あの日、手放したはずの感情が、また、再び、出て来てしまっていることには気付いていた。
そうして……。
みんなに傍にいてほしいと、離れてほしくないと、感じてしまう以上に、巻き戻し前の軸の時のように『大切な人が、自分の所為で、死んでしまうんじゃないか?』という恐怖が沸き上がってくるのを抑えられなかった。
そのことへの恐怖はきっと、巻き戻し前の軸の時の比ではないだろう……。
ぽつぽつと、巻き戻し前の軸のことや、6年も時を巻き戻したことなど、みんなに言えないことは、上手く取り繕って誤魔化しながらも、たどたどしい口調で、私が語る『本心からの話』を、みんな黙って聞いてくれていた。
気付いたら、ボロボロと、止めることも出来ない涙が、あとから、あとから、こぼれ落ちていってしまい、私はその状態のまま、何とか言葉を紡いでいく。
それでも、私の言葉を遮る人は誰もおらず、誰しもが、聞き取り辛い私の拙い言葉に、しっかりと耳を傾けてくれていた。
誰の顔にも浮かぶ、痛ましげな視線に、一体、どういう言葉をかければいいのかと、推し量るように、絶句して、誰も、言葉を発さない中で、お父様や、ウィリアムお兄様の瞳に、強い後悔が溢れ出ていて、二人の様子に、私は小さく息を呑んでしまった。
……それだけじゃない。
ギゼルお兄様の瞳にも、私に対する申し訳なさのような感情が乗っていて、動揺している様子が見受けられた。
それから、テレーゼ様も、流石に、私の告白には、凄く驚いてしまったみたいで、特に『お母様から殺されかけた』ということについて、ほんの僅かばかり、戸惑いの色を滲ませていたことからみても、哀れな子供だとは、思われてしまったかもしれない。
ただ、本人が、さっき言っていたことからも分かるように、テレーゼ様は、私のことを、ずっと嫌っていたみたいだから、そこまで強く、同情したりするような気持ちもないだろうけど……。
それから……。
「……っ、アリス……っ、!」
と……。
誰もが、私のことを気遣わしげに見ている中で、私の話を聞いて、一番に口を開いたのは、お父様だった。
いつにも増して、重々しい口調から、自分の名前が呼ばれたことに、反射的に、ビクリと身体が震えてしまう。
私が、このことを言わなければ、あの事件の際、お母様が、私の首を絞めて殺しかけたことなんて、誰にも知られなかっただろうし、お母様の名誉だって守れたはずだ。
そのことへの、罪悪感……。
普通の人が、この話を聞いたら、別に、私に罪悪感を覚える必要なんて、どこにもないと、言ってくれるだろう。
それでも、私自身が、お母様の罪を、今、この場で、白日の下に晒してしまったことで、お母様を悪者にしてしまったという感情は、どうしても出てきてしまう。
あんなことがあっても、お母様のことを嫌いになれない私は、可笑しいのだろうか……?
今まで、ずっと、溢れてしまいそうになる強い感情に、出てくることがないようにと蓋をしていた。
それが、今、お父様に、名前を呼ばれてしまっただけで、決壊してしまいそうになっている。
『何を言われてしまうのだろう』と、不安と、期待が入り交じった表情で、そっと、窺うように、意を決して、お父様の方を見つめると……。
普段、威厳があって、どんなことでも、滅多に動揺しないお父様の瞳が、大きく揺らいでいて、その目いっぱいに、溜まった涙が溢れてしまわないようにと、必死で、抑えているのが分かって……。
――その姿を見ただけで、私の方が、もう、ダメだった。
ぽろぽろと、止めどなく、さっき以上に堪えきれずに、涙が溢れ落ちていく。
そうして……。
「……っ、すまないっ。……アリス」
と、堰を切ったように声を出した、お父様の口から……。
「……本当に、すまないと思っている……っ!
お前達が、あの日、そんな辛い思いをしていただなんて、一切、知らなかった……っ。
……だが、そんなのは、ただの言い訳にしかならないと、私自身が、今、一番に、痛感している。
これまで、お前がずっと、そんな思いを抱えて生きてきたことも、何一つ、知らないで……、知ろうともしないで……っ。
思い出すのも嫌だろうからと、あの日のことは、聞かない方が、お前のためにもなると信じて疑っていなかった……、さっきまでの自分をっ、! 今、この手で殺したいと思うほどに、憎んで、後悔している……っ」
と、震える口調で、一つ一つ、自分の言葉をしっかりと噛みしめて、私に向き合ってくれるような言葉が降ってくると……。
次いで……。
「お前の母親が、お前に対して、そんなことをしてしまったのは、全て、私の責任だ……っ。
自分のことを悪魔だと思ってしまうようになったのは、長年、皇宮で、過ごしてきた日々に、疲弊してしまったからだろう……。
お前と同様に、彼女も赤を持っていることで、私の知らないところで、心ない言葉に苦しめられ続けていたんだと思う。
それが、精神的な病にも、繋がっていってしまった……。
……憶測で、ものを言うと、お前のことを、もっと傷つけてしまう恐れもあるが、これだけは言わせてほしい。
きっと、彼女が、お前に、手をかけようとしたのは、その時の精神状態が、普通じゃ無かったんだと思う……っ!
そして、今、どれだけ、この言葉を口にしても、信じてもらえないかもしれないが、私は、お前達のことを愛している……っ!
ウィリアムも、ギゼルも、お前も、私の子供だっ!
誰のことも、愛していない訳がない……っ。
今まで見てやれなかったことも、今のお前に向き合っていることで、ずっと、許されたような気でいて……、お前と少しずつ、距離を詰めることが出来ていると感じて、一人、嬉しく思って……っ。
今まで、お前達のことを気に掛けてやれなくて、本当にすまなかった……っ、!
あの日のことを、もっと気遣って、お前のことを心配して、心のケアまでしてやれなくて……っ、」
と……。
そこから、先は言葉にならない様子で、一国の主でもあるお父様が、その顔を脱ぎ捨ててまで、頭を下げて、私に向かって、心の底から、申し訳なかったと、何度も何度も謝罪してくれていた。
その上で、お父様の瞳、いっぱいに、溜まっていた涙が、地面に向かって、溢れ落ちた瞬間……。
【嗚呼……っ、】
と、心の底から、込み上がってくる感情が抑えられなくて……。
それだけで……。
家族として、私自身が、愛されていなかった訳ではなかったのだ、ということが知れて、胸が張り裂けてしまいそうだった。
お父様は、私に対して、精一杯、向き合ってくれている。
ウィリアムお兄様と、ギゼルお兄様に対しても、そうであるように、私のことも、愛してくれている。
――ずっと、愛して、くれていたんだ。
もう、溢れ落ちる涙なんて、殆ど、残っていないかと思っていたのに、胸がいっぱいいっぱいになって、心の底から安堵して、お父様にかけてもらった言葉に、嗚咽と共に、こくこくと、泣きじゃくりながら頷いてしまった。
何か、言葉にしたかったけど、それ以上、言葉にもならない私を見て、お父様がずっと頭を下げ続けてくれている……。
その状況で……。
「……あーあ、結局、そういうことになるんだな。
まぁ、別に、僕にとっては、どっちでも良いことだったけど……」
と、少しだけ、悲しみを帯びたような表情で、まるで、水を差すように声を出してきた人がいて……。
私は、ビクリと身体を震わせて、思わず、声のした方へと振り向いてしまった。
突然の声に、私だけじゃなく、みんな、ビックリして、その声の持ち主の方へと視線を向けていたと思う。
――アルとよく似た、柔らかい雰囲気を持っているその人の口から、明確に、吐き出された、棘。
「ねぇ、アリス。……君は、本当に、それでいいの?
僕は、この状況が、薄ら寒い展開にしか思えないんだけど」
抑揚のない口調ながら、はっきりと意志を持って、出されるその言葉に、私達は、何が起きているのか分からず……。
本当に、彼が、アルの半身であるアルヴィンさんなのかと、疑ってしまうほど、彼の言葉を聞いて、驚きに固まってしまっていたと思う。
「だって、そうだろう……っ?
人間なんて、所詮、自分のエゴでしか動いていない。
今更、後悔したって、君のことを放置していた事実には、代わりがないんだから……。
僕は、君の判断は、甘すぎると思うよ。
……その男を、許す必要なんて、どこにもない、だろう……っ!」
そうして、アルヴィンさんの口から出された、吠えるような否定の言葉に、私自身、動揺してしまった。
アルの口からは、絶対に出てこないであろう言葉が飛び出てくることが、あまりにも違和感で……。
「……僕は、赤を持つものを……、特別な存在を……、差別することを良しとした、人間そのものを許せないと思ってる。
アリスだって、ずっと、それで、冷遇されてきたじゃないか……っ!
シュタインベルクの歴史だって、決して綺麗なものばかりじゃないっ!
お前達だって、もう分かってるだろう……っ?
この男の数代前から、この国が、綺麗なものになってきているとはいえ、能力を持ったものを、長年、皇族から除外して、裏で暗躍する影として使っていたんだぞ……!
僕の唯一の契約者だった、マリアも、そうだった……っ!」
そうして……。
続けて、アルヴィンさんの口から降ってきた、その言葉に、私は思わず息が止まってしまいそうになった。
シュタインベルクの歴史について、今ここで、アルヴィンさんに、お父様も含めた、ごく僅かな人間しか知らない極秘事項を話されてしまったからじゃない。
アルヴィンさんが吐き出す、一言、一言に、負の感情と共に、重みが乗って、今まで、そこまで表情に変化が見られなかったアルヴィンさんの表情が、心の底から、人間に失望してしまっているのだと、痛みよりも、もっと強い感情を訴えてきていることに、目が離せなくて……。
「アリス……っ!
……アルフレッドと、セオドアと共に、僕のもとへ来い。
この日を、どれだけ、僕が、待ち望んでいたか……っ!
多分、他の奴らは気付いていないだろう……っ!?
だけど、君だけが、自分の能力の有用性に気付いてる……っ!
能力を使用して、寿命が削られた魔女の時間を巻き戻して、ほんの少しでも、症状を遅らせることが出来るかもしれないって……っ!」
そうして、アルヴィンさんから、言われた言葉に、ドキリと一度、心臓が跳ねてしまった。
そのことは、今まで、セオドアにも、アルにも、誰にも、伝えていない考えだったから……。
アルヴィンさんが、そのことを知っているのは、この国の皇女だった『未来予知の魔女』である、マリアさんから、未来を聞いていたから、だろうか……?
「……君も気付いていないだろうけど、君が、思っている以上に、君の能力は可能性の塊だ。
もっと、ちゃんと、その能力を、正しく扱える者の側でこそ、輝けるものだ……っ!
君によって、多くの能力者が、救われる未来が、必ず訪れるっ!
だからこそ、僕と一緒に、来てほしい……っ!
君を、蔑ろにして、差別するような、人間なんて、別に、どうだっていいだろう……っ?
アリス、お前だけが、革命の旗印なんだ……っ!
赤を持つ者達と、僕達精霊にとって、過ごしやすい未来を作るために、僕と一緒に、使命を持って、この世界に、革命を起こしてほしい……っ!」
そうして、手を伸ばされたあと、叫ぶように、そう言われて、私はアルヴィンさんの言葉に、何を言われているのか、直ぐには理解出来ずに、ただ、呆然としてしまった……。