445 続々と発覚する事実と、手酷い裏切り
━━ルーカスさんが、エヴァンズ家とは既に、縁を切っている?
その言葉に、ビクリと肩を揺らし、驚きに目を見開いたテレーゼ様が、僅かに、たじろいだのが見えた。
この場にいる誰もが、ルーカスさんの言葉に、ビックリして、戸惑っている中で……。
それだけの覚悟のもと、ルーカスさんが、テレーゼ様を告発しているのだと、未だ、ルーカスさんにだけ険しい表情を浮かべている侍女長はともかく……。
周りにいた従者達や、ギゼルお兄様も、そのことで動揺し、テレーゼ様のことを本当に信じても良いのかと、ほんの少しだけ気持ちが揺らいでいるみたいだった。
そして、今、この瞬間にも、ウィリアムお兄様は、私と同様、ルーカスさんの言葉を聞いて、心配するような表情を向けていて、逆に、テレーゼ様のことは、どこまでも険のある表情で見つめていた。
出来れば、この場で『助けたい』と、やきもきしているみたいだったけど……。
下手に自分が動いてしまうと、さっき、ルーカスさんのことを庇った私のように、テレーゼ様が機転を利かせて上手く立ち回ってきた場合、逆にルーカスさんのことを窮地に追いやってしまいかねないと懸念して、二の足を踏んでいるのだと思う。
そうでなくても、お父様もいる関係で、皇太子の立場であるお兄様が、お父様を差し置いてまで、この場で、何かを発言するのも、タイミングがあって、難しいだろうし……。
動きたいけど、直ぐには動けない状況に、焦れったさのようなものを感じながら、この場の状況を見守りながらも、普段、あまり表情に変化がないお兄様が、ほんの少し、焦燥感のような表情を浮かべて……。
きっと、何かをしたいというような思いからだと思うんだけど、僅かに、半歩ほど前へと、一歩踏み出して動いたのが見えた。
その姿を見る限りでは、やっぱり、ウィリアムお兄様は、お父様や私、セオドアと同じように、テレーゼ様に対して、前々から、疑念を持っていたのだと思う。
勿論、ルーカスさんから聞いた告発に驚き、テレーゼ様が今まで、ルーカスさんに対してしてきたことの内容を知り、動揺したみたいだったけど、ギゼルお兄様ほど、あからさまに混乱したような様子は、ウィリアムお兄様の姿からは、見られなかった。
私自身は、ルーカスさんが、エヴァンズ家と縁を切ったという事実を聞いて戸惑い、酷く動揺してしまっていたけれど、それでも、よくよく思い出してみると、思い当たる節があり……。
エヴァンズ家での夜会に行った時、出迎えてくれて、私達のことを『エヴァンズ家の邸宅の中にあるホール』まで、案内してくれる道すがら……。
【そりゃぁねぇ、……俺だけじゃなくて、建国祭の期間なんだから、貴族はみんな忙しいと思うよ。
パーティーの準備はしなくて良くても、領地に関するエヴァンズ家の仕事や、書類整理なんかもやらなくちゃいけなかったし。……あと、用事があって、教会に行って来たりとかね】
と言っていて、その言葉に、以前、ルーカスさんと教会で会ったことがある私が、孤児院に関する慈善事業のためなのかと聞いたら……。
【あー……、うん、そっか……、そういえば、孤児院のことも、お姫様は知ってたっけ?
まぁ、それもあるんだけど、個人的にね……。
どうしても、このタイミングで、教会に行かなきゃいけない用事が出来てさ】
と、話していたことからも……。
その内容に、あの時の私は確かに、教会に届けが出されている家系図などをまとめた書類などに変更をかけに行ったのかもしれない、感じたものの。
エヴァンズ家が家族のように『大切にしている人』が、もう、あと少しの命かもしれないということで……。
どちらかというのなら、出生や死亡などに関することの方で『もしかして……』と嫌な予感を覚えて、そういった書類に、変更をかけたのかと勘違いしていた。
その時は、エヴァンズ家の人達が大切にしている人が、ルーカスさんの妹さんだったとは、予想もしていなかったけど。
ルーカスさんも言っていたように、エヴァンズ家で生まれたことをなかったことにして、親戚に預けられたということは、恐らく、エヴァンズ侯爵と、エヴァンズ夫人の子どもとして出生届けを出しているのではなく、親戚の子どもとして、出生届けを出しているということになるのだろう。
あまり、前列がないことだとは思うんだけど、ルーカスさんの妹が魔女であり、赤色の髪を持って生まれてきたのなら、貴族の社会では生きにくいと判断して、特に侯爵位を持つ本家ではなく、遠い親戚に預けることで、生まれてきた子を、守ろうとしたかったんじゃないかな?
当時、エヴァンズ夫人が妊娠していたことは、社交界でも隠せなかっただろうから、きっと、生まれた時には、従者ぐるみで、外にその秘密が漏れないように、慎重に、親戚の家で、同時期に生まれた子どもとして、預けることになったんだと思う。
今でこそ……。
私が作る衣装のファンだと言ってくれる貴族の令嬢達や夫人もいたり。
国を悩ます水質汚染の件を解決したことで評価してくれるような人が出てきたり。
ファッションショーでの私や、セオドアの姿に感銘を受けてくれて、好意的に見てくれるような人が増えてきたりで、ちょっとずつ、世間の人達も『赤を持つ私達』に理解を示してくれるようになり、その目も少しずつ変えることが出来てきているものの。
ルーカスさんに、妹が生まれた頃はきっと、今よりも、もっと、人々の目は、厳しかっただろうし。
それだけ、赤を持つ者に対する世間一般の目も、冷たいものだっただろうから……。
それと、ルーカスさんが、早急に手を打って、この建国祭の間に、エヴァンズ家と縁を切ったというのは、もしかしたら、私の婚約の話も絡んでしまっているのかもしれない。
ルーカスさんが今ここで話してくれている内容の時系列を考えたら、テレーゼ様に『私のことを貶めたい』と、毒瓶を渡される前にはもう、エヴァンズ家と縁を切ろうと動いていたことになる。
日頃からテレーゼ様が、ルーカスさんにお兄様のフォローをするように命じて、私のことを貶めたいと言ってきていたのなら、そのことに危機感を覚えてくれていたルーカスさんが、いつか、もっと大きな命令が下されるんじゃないかと、事前に、勘づいてくれていたのかもしれない。
だとしたら、今までのテレーゼ様の『用意周到さ』を考えれば、エヴァンズ家の夜会で、偶然、新聞記者のトーマスさんが、その遣り取りを目撃したとは考えにくいから、敢えて、その内容を、聞いてもらうために、あの日、トーマスさんをパーティーに招待した上で……。
近いうちに、いずれ私との婚約が破棄されることになると予期して、先手を打って、行動してくれていたのかも。
そのことに、『私のことも考えて動いてくれていたのだろうな』と、罪悪感のようなものが募り、申し訳ないという気持ちと、お礼の気持ちも込めて、ルーカスさんの瞳を真っ直ぐに見つめていると。
何故か、ルーカスさんの方が、そんな私を見て、私以上に、心底、申し訳なさそうな表情を浮かべたあと。
お父様に向かって、意を決したような様子で、更に続けて、口を開いたのが目に入ってきた。
「陛下……、先ほどは、申し上げられなかったのですが。
皇女様に対する、テレーゼ様と俺の罪は、今回のことだけではありません。
以前、社交界でも噂が駆け巡り、皇女様に贈られたクッキー缶の中に、毒が入っていて、ミュラトール伯爵が断罪された事件があったかと思うのですが……。
ミュラトール伯爵が、お姫様に贈るプレゼントに毒を盛るように焚き付けたのは、外でもなく、テレーゼ様に命じられた、俺の手によるものです。
そのことを、今のこの国で、裁くような法律はありませんが、そのことを知っていて、法律の網を掻い潜り、ミュラトール伯爵が日頃から感じていた、皇女様を傀儡にして操りたいと思う気持ちを増大させたのは、俺で間違いありません。
だからこそ、俺はここで、その時の罪に対する罰を受ける必要がある。
……あの時、皇女様がクッキーを口にしなかったから、皇女様自身は、大事なことになりませんでしたが。
毒の入ったクッキーを食べていたら、きっと、今の俺以上に苦しんでいたのは間違いなかったと思いますし、こうして、この場で俺が毒を飲むことで、少しでもあの日のお姫様に対する贖罪になればと感じています。
謝って済むことではありませんが、どうか、今ここで、俺に、皇女様へ謝罪する機会を頂けないでしょうか?」
そうして……。
続けて、ルーカスさんが、そう言ってきたことで、本当に、誠心誠意、謝罪をしたいと思ってくれている様子で、お父様に、私への謝罪の許可を取ってくれたあと。
普段、たとえ、国を揺るがすような重大な事件があったとしても、内心の驚きや動揺を悟られないように、滅多に、表情を変えることがないお父様が、僅かばかり、動揺の色を隠せない様子で、ルーカスさんの言葉に『許可する』と、一度だけ頷いてくれたあと。
テレーゼ様の方へと、険しい表情を向けて……。
「もしも、ルーカスの言う通り、今回の食事会だけではなく、そのようなことを裏で画策していたのなら、お前はルーカスと共に、アリスに対して、既に、未遂ではなく、とんでもないことを仕出かしていることになり、決して見過ごすことは出来ない。
たとえ、その件で罪に問えなかったとしても、その一件を重く見て、今回の事件も含めて、その処罰の内容に関しては、しっかりと考慮せざるを得ないだろう。
勿論、全て、理解した上で、自分は関わっていないと否定しているのだな?」
と、強い憤りを露わにして、あまりにも重く、厳しい言葉をかけてくれた。
テレーゼ様自身、先ほどまで、周りの人達を味方につけ、優位に立っていたこともあり、公平な目で場を取り仕切ってくれていたお父様が、ここまで強く、自分に向かって、怒りの表情を見せてくるとは、思っていなかったのだろう。
ここに来て、お父様の厳しい言葉に、初めて動揺し、ドレスの裾をつまみ、喉を上下させるように、ぐっと息を呑んだのが、私にもダイレクトに伝わってきた。
それから……。
「……っ、皇女様、本当に申し訳ありませんでした。
先ほども陛下にお伝えしたように、謝って済むことではありませんが、どうか、俺に、あの日のことを謝罪させて下さい」
と、ルーカスさんが、私の方を向いて、深く腰を折り、頭を下げて、シュタインベルクでも最上級の謝罪をしてくれるのが目に入ってきた。
そこに、嘘などは、一切感じられず、どこまでも、誠実な態度で、誠心誠意謝ってくれていることが分かり。
私は、今まで、みんなの遣り取りに、固唾を呑んで、事の成り行きを見守っていたものの、新たな事実に、混乱した気持ちを抑えることも出来ないまま、ルーカスさんに『……そんなっ、! 顔をあげて下さい……!』と慌てて、声をかける。
あの事件は、ミュラトール伯爵が勝手に、起こしてきた事件だと思っていたから、ルーカスさんの口から語られる、告発の内容に、思わず、動揺してしまった。
━━まさか、あの事件の裏に、テレーゼ様が絡んでいただなんて、……!
ということは、多分だけど、巻き戻し前の軸の時も、ルーカスさんは、テレーゼ様の命令で、ミュラトール伯爵のことを焚き付けて、私に毒を盛るように行動していたことになるよね……?
私自身、今の軸では、毒入りのクッキーを食べていないから、何の被害もないし、ルーカスさんが、どういう手を使って、ミュラトール伯爵を行動させるように仕向けたのか分からないけど……。
実際に、私のことを意のままに操って、傀儡にしたいと行動してきたのは、ミュラトール伯爵だし、その責任は、ミュラトール伯爵にあると思う。
勿論、裏で、関わっていた事実がある以上、ルーカスさんに一切、非がないかと言われたら、そうじゃないことは、私自身も分かっているし、そのことについて、重々承知した上で……。
これまで一緒に、ルーカスさんと過ごしてきた中で、本当は『凄く優しい人』なのだと、その人となりというのも理解しているからこそ。
私の中では、今回の件だけじゃなく……。
今まで、ルーカスさんが、テレーゼ様に命令されて『私のことを貶めようと行動したことがある』ということを、真実として突きつけられても、そこまで、ショックを受けることもなく、その事実を、真正面から、受け取ることが出来たと思う。
仮に、ルーカスさんが、そのことに罪悪感を抱いていなかったなら、首謀者が断罪されて、既に、終わった事件について、こうして蒸し返してまで、自分が関わっていたと、正直に告白してはこないだろうから。
ただ、あまりにも、突然の告白だったため、その内容には、物凄く驚いてしまったけど……。
巻き戻し前の軸でも、同じ事件が起きていたことを思えば、テレーゼ様が、今の軸と同様に、私のことを嫌っていたのだということは明白で……。
私自身がそのことに、気づけていなかっただけで、裏ではずっと、私のことを貶めようと動いていたんだと、ほんの少しだけ、ショックを受けてしまう。
ここまでいくと、皇族の荷物を検閲する三人衆が捕まった後に起きた、囚人毒殺事件に端を発した、一連の事件の黒幕は、やっぱり、テレーゼ様で間違いなかったのだろう。
テレーゼ様自身は、証拠を出せと言っているけれど、証拠がなくても、ルーカスさんの言葉が全て作り話だとは、到底思えない。
もしかしたら、私が冤罪を着せられて、助けに来てくれたローラが皇宮の騎士に殺されてしまい、ギゼルお兄様が、未来で、私を殺すようになる『あの時の事件』の黒幕としても、テレーゼ様が、深く関わってきていたりしたのだろうか?
今、この場で、ルーカスさんの言葉を聞いている限りでは、あり得ない話ではないと思うし、テレーゼ様があの事件の裏に関与していた可能性が、こうして、現実味を帯びてきてしまったことで、流石に、ズキズキと胸が痛んで、苦しくなってきてしまった。
一体、テレーゼ様は、私に関する事件の中でも、どの事件に関わっているのだろう……?
事件が、複数起きてしまっていることで、その全てを、把握するのは、本当に困難だなと感じてしまう。
それでも、明確な証拠がないことで、テレーゼ様は、あくまでも、この場を乗り切れると思っているんじゃないだろうか?
テレーゼ様が、複数の事件に関与していたかもしれないという疑念が、お父様や、私達の中に、植え付けられてしまったことについては、もう、仕方がないことだと割り切って……。
証拠が出てこない以上は、幾らでも、ルーカスさんと、トーマスさんの証言を覆すことが出来るのだと、高をくくっているのだと思う。
お父様が厳しい言葉をテレーゼ様にかけてきた時には、確かに、動揺が見られたけど。
今、この瞬間にも、この場の雰囲気に流されることもなく、テレーゼ様は、一貫して、さっきからルーカスさんの体調のことを心配するというスタンスを崩していない。
その証言を聞いてもなお……。
「私にも、一体、何が何だか……。
陛下、恐れながら、進言しますが、やはり、ルーカスは、毒を飲んでしまったことで、現実と妄想の境が分からなくなっているんじゃないでしょうか……?
ルーカス、そなたは以前、社交界で流行っていた違法薬物の事件を解決していたことがあったと思うが、その時の薬が、幻覚を見せるような効果があったと、確か、私も記憶しているぞ……。
だからこそ、そなたのことが何よりも、心配なのだ。
その時の事件に関わったことで、そなたの知らぬ内に、誰かに、違法な薬を飲まされていたんじゃないかと……」
と、皇后として、ルーカスさんの振る舞いに、無礼だと怒る訳でもなく。
ただただ、その言動に、息子の友人を気遣う母として、心を痛めたような表情を浮かべていて。
その上で……。
「幾ら、私が関わっていると証言していても、ルーカスからは、そのことに関与していた証拠なども、何も出ないではないか?
普段のそなたなら、そのようなこともしっかりと準備をするはずであろう?」
という言葉が返ってくると……。
「僭越ながら、申し上げますが、私も実は、皇宮で働いている時に、テレーゼ様の良くない噂を聞いたことがありますなぁ……」
と、突然聞こえてきたきた、第三者の声に、私達が驚いて、その人の方を、マジマジと見つめていると。
「いや、何、私もまさか、清廉潔白と名高いテレーゼ様がそのようなことを仕出すとは、思えないのですがな?
何度か、テレーゼ様を後援している貴族が、テレーゼ様に利用されるだけ利用され尽くして、捨てられたそうで……。
その時は、まさかテレーゼ様が、そのようなことをするはずもないと、その話を聞いても信じられなかったのですが。
今の皆さんの遣り取りを聞いていると、あの噂は、あながち間違っては、いなかったんじゃないかと……」
と、ルーカスさんのことを、フォローするように、続けて出されたその言葉に……。
「……っ、! バートン、」
と、テレーゼ様が、小さく唇を噛んだあと、その人の名前を呼んだのが聞こえてきた。