443 隠されてきた事実と、手強い相手
周りの人達に庇われ、自分は何もしていないし、覚えがないことで、突然責められて困ってしまっているのだと、その表情に、全面的に押し出して傷ついた素振りを見せていたテレーゼ様に対し……。
お父様が場の流れを読んだあと、あくまでも、どちらの味方をする訳でもなく、公平な視線を向けながら『一体、どういうことなのか?』と、ルーカスさんに向かって続きを促すように視線を向けると……。
「貴女がここで、シラを切り通しても、そちらの記事にも書かれているように、エヴァンズ家での夜会で、貴女が俺に、お姫様を貶めるために命じてきた内容は、それこそ世間を揺るがすような大きな事件として、明日、この国中に、知れ渡ることになるでしょう。
それに伴い、貴女が今まで、この国の第2妃になった頃から、のし上がるために裏で画策してきた悪事も全て、明日には、白日のもとに晒されることになる。
証拠が一切出てこないと言うのなら、今ここで、俺自身が証言致しましょう。
他の誰でもない、貴女の忠実なる駒だった俺こそが、生き証人なのですから」
と、続けて、血の気が引いて、顔が青ざめてしまっているものの、それでも毅然と立っているルーカスさんから、更に衝撃的な言葉が聞こえてきて、私はびっくりしてしまった。
━━ルーカスさんが、テレーゼ様の忠実なる駒だった?
あまりにも突然の告白に驚きを隠せず、戸惑うことしか出来ない私達のことを、置いてけぼりにするように……。
「生まれ持った特徴から、エヴァンズ家で生まれたことをなかったことにして親戚に預けられた、魔女である俺の妹が、能力によって寿命を削られていく中で……。
3年前のあの日、妹が死んでしまうかもしれないと絶望に暮れていた時、手を差し伸べるフリをして、貴女が俺に交換条件として持ちかけてきた話の全てを忘れたとは、絶対に言わせない。
あの日、貴女は、俺に、こう言ったんだ。
私が、そなたの捜し物を見つける手伝いをしてやろう。
これから先、私の、手足となって動いてくれる丁度良い人材を求めていてたのだ。
今はまだ、そなたの妹を、完全に助けてやれる手立てはない。
……だが、その命を延命してやることなら私にも出来る。
それ以上の働きをすれば、そなたが何よりも求めている魔女を積極的に私の方で探してやることも厭わぬぞ、と……」
と、更に、ルーカスさんから降ってきた言葉には、ルーカスさんが今まで、テレーゼ様の下で使われて動かざるを得なかった事情が、私達にも分かりやすく、簡潔に語られていて……。
穏やかな口調ではあるものの、真摯に訴えかけてくるような、その悲痛めいた声色に『もしもそれが本当なら、今までテレーゼ様は、エリスだけではなく、ルーカスさんのことも交換条件と共に、自分に付くように脅していたことになる』と、私は、まるで自分のことのように胸が痛くなってきてしまった。
今、この場で、ルーカスさんから説明があるまでは、ウィリアムお兄様も全く何も知らなかった様子で、驚きに目を見開き、小さく、ルーカスさんのことを思いやるように、『…っ、ルーカス』と、息を呑んでから、その名前を呼んでいて……。
私自身、未だに状況を、きちんと把握することが出来ていないものの……。
それでも、ルーカスさんが、今この場で語っている内容が、全て嘘なのだとは到底思えないし。
ルーカスさんに、本当は、妹がいたのだと言われても、全然不思議ではないくらい、思い返してみると、私の頭を撫でようとしたあと、ハッとして『お姫様、何だか、妹みたいだなって思ってさ』だとか、誤魔化すように、そう言ってきたりしたことがあるルーカスさんの言動には、あまりにも、心当たりがありすぎて。
そう考えると、今まで謎だったルーカスさんの言動も含めて、全ての辻褄が、ピッタリと合うような気がして……。
ルーカスさんが、今ここで話している、テレーゼ様の告発をする内容に関しては、事実なのだろうと納得出来てしまった。
それならば、私のデビュタントの時に……。
【それに、ルーカスがウィリアム殿下と仲が良いお蔭で。
症状を少しでも緩和するようテレーゼ様より手配などはして貰えて、これ以上ないというくらい、手を尽くして頂いていますから】
と、エヴァンズ侯爵が、前に私達に『本当に、テレーゼ様には、感謝してもしきれないくらいだ』と言っていた内容にも説明がつく。
【でも、だとしたら、あの時の侯爵のことを鑑みるに、侯爵は、ルーカスさんがテレーゼ様に付き従っていたことを知らなかったんだとは、感じるものの。
ルーカスさんはずっと、テレーゼ様の下で、何かしらの悪事に加担してきていたことになるんだよね?】
その上で、私に対して『いずれ、婚約破棄が出来ることになるだろうから安心して欲しい』って、言っていたのは、今ここで、自分の身はどうなっても良いから、全ての過去を洗いざらい話すことで、テレーゼ様の悪事と共に、自分の罪も告白し、私との婚約が破棄されることになるだろうと狙ってくれてのことだったのだろうか?
もしも、そうなのだとしたら、自分の身を滅ぼすようなことだけはしてほしくないと……。
慌てて、ルーカスさんに視線を向けた私に『お姫様は、本当に優しいな……っ? でも、俺のことは、何も心配しなくて良い』というような表情を浮かべ。
真っ直ぐに、テレーゼ様の方を見つめたあと。
「……もう、このようなことは止めましょう。
貴女だって、今まで、お姫様を貶めようと動いていたことが世間にバレ、いつか、自分の身が滅ぶのではないかと、ずっと前から気付いていたはずだ。
それでも、歯止めが効かなくなっているのだとしたら、誰かが、貴女のストッパーになる必要がある。
それが出来るのは、俺しかいないと思っています。
殿下や、ギゼル様の母親としても、これ以上、罪を重ねるのは止めて下さい。
自分で蒔いた種は、いつか必ず、自分の身にも降り掛かり、戻ってきてしまうものですし。
その時、俺は、自分が仕出かしてしまったことに、責任を取らないままではいたくない」
と、まるで諭すように、テレーゼ様に向かって声を出してきて……。
その姿から、生半可ではない覚悟のようなものが、私にも、ひしひしと伝わってくる。
ただ、ルーカスさんのこの発言が、諸刃の剣であることには間違いなく。
このことを、今この場で、証言したことで、エヴァンズ家とルーカスさんが、どうなってしまうのかと、ハラハラとした気持ちで、そのやり取りを見守っていると……。
ルーカスさんの説明で、この場にいる全員の視線がテレーゼ様に向いたあと、眉尻を下げ、震える身体を、ぎゅっと自分で抱きしめながらも、どこまでも申し訳なさそうな表情を浮かべ……。
「突然、そのようなことを言われてもな……?
ルーカスには申し訳ないと思うが、私には、本当に何のことなのか、全く理解出来ぬのだ。
そなたに妹がいたことは、私も知っていたし、私がそなたの妹を救うのに、延命のため、触れたものを凍らせることの出来る魔女を紹介したのは事実だが……。
このようなことは言いたくないが、そなた、まさか、私の名を騙る誰かに騙されてしまっているのではないか……?
ウィリアムの幼馴染として、私自身、そなたのことは、それこそ幼い頃から見てきて、私とて、そなたが突然、そのようなことを言い出してきたとは、信じたくないが。
何か悪いものにでも感化されているとしか、思えない状況に、私自身も何が何だか混乱してしまって……。
ルーカスが言っている内容は、そのすべてが証言のみで、私がそのようなことに関与している証拠なども一切、出てきてはいないであろう?
そなたが、そのような状態になってしまっては、エヴァンズ侯爵や、エヴァンズ夫人も、心配で、気が気でなくなってしまうはずだ」
と、本当に、途方に暮れた様子で、ほんの僅かばかり、目尻に涙を浮かべ、涙声を出しながらも、ルーカスさんの体調を一番に気遣って『早く、また、元の心優しいそなたに戻ってほしい』と、心配するように声を出してきたのが聞こえてきて、私は、思わず、テレーゼ様のその姿に、息を呑んでしまった。
このような状況にあっても、テレーゼ様の態度からは、本当に何も知らなくて、突然のことに、混乱しているようにしか見えなくて……。
更に言うなら、殆ど、考える時間などもなかったはずなのに……。
ルーカスさんから出された言葉の全てを否定する訳ではなく、ルーカスさんの妹さんのことについては知っていたし、自分が助けるために動いたと認めた上で、改めて、ルーカスさんの言っていることと、事実は違うのだと明確に否定していて。
それだけで、ルーカスさんの方が分が悪くなってしまうだけの、言葉に出来ないような説得力のようなものが滲み出てしまっていることに、私は、テレーゼ様に、言いしれない凄みのようなものを感じて、ビクリと肩を震わてしまった。
エリスから、事前に、テレーゼ様の本性が、どんな人なのかを聞いていなかったら、私自身も、この表情と態度に騙されてしまっていたかもしれない。
それだけ、テレーゼ様が、長い歳月をかけて、今まで作り込んできた、世間から見られることになる『自分の像』というものが、完璧だったのだと思う。
誰に対しても優しくて、どんな人にも、心を砕いてくれる聖人として、今、この場においても上手く立ち回っているその姿に、無意識のうちに、ごくりと、喉が鳴ってしまった。
表向きは、ルーカスさんを心配するフリをしながらも『証言だけでは、証拠にならないから、私がそういったことに関わっているのだと言うのなら、きちんとした証拠を出せ』と言ってきているのだろう。
もしかしたら、今、エヴァンズ家のことまで引き合いに出してきていることも、ルーカスさんに『自分で責任を取ると言ってきていても、そなたはエヴァンズ家の嫡男だから、その責任は、エヴァンズ家が取ることになってしまうだろう?』と、脅しているのかもしれない。
━━家族にまで迷惑をかけてしまうのを、良しとしているのか、と……。
そこまで思い至ったところで『本当に恐い人だな』と、改めて、対峙していて、思う。
テレーゼ様が、一連の事件の黒幕なのだと言われても、納得が出来てしまうほどに……。
今、この場で、テレーゼ様に渡されたという毒を、恐らく自分で飲んで、身体を張ってまで、テレーゼ様の悪事について証言してくれているルーカスさんの姿が、嘘偽りだとは思えないし、みんなも、そのことは、頭の中では理解していると思うんだけど。
それでも、目の前に立ちはだかり、絶対的に、そんな悪いことをするような人物ではないと、特に、従者達に思わせられるだけの存在感を見せつけられて……。
心の中では、臆してしまうような気持ちもありつつ。
皇宮の従者達が、テレーゼ様を庇うように前に立ったり、横で、心配そうな表情で、その身体を支えているのを真っ直ぐ見つめながら、私は、ルーカスさんを庇うように前に立ち……。
「どちらの言い分が正しいのかまでは、現状では、分かりませんが。
ルーカスさんが、今、こうして、毒を飲んで、辛い思いをしているのは事実、ですよね……?
私でもなく、テレーゼ様でもなく、御自分に毒を使っている理由や、メリットなどを考えれば、どこにも、ルーカスさんの得になるようなことはありませんし。
今、この場で、テレーゼ様のことを断罪するように説明された内容が、万が一嘘だった場合は、エヴァンズ家もただでは済まないでしょう……。
だからこそ、ルーカスさんの証言も、真実味を帯びてくるのではないかと、私は、思います。
もうすぐ、この場に来てくれるであろうお医者様が診てくれたら、毒の内容についても判明するはずですよね……?」
と、勇気を出して、テレーゼ様と、その横に立って、ルーカスさんのことを責めるように険しい表情を浮かべていた侍女長に向かって声をかける。
私が、ルーカスさんの前に、庇うように立ったからか……。
驚きに揺らいだ瞳で、私のことを見つめてきた、テレーゼ様の口から……。
「アリス、そなた……。
そんなにも、ルーカスのことを庇っているということは、もしや、私のことを母として良く思っていないそなたが、今回のことを、ルーカスと共に共謀してきたりするのではないか……っ?
私自身、そなたのことは、血が繋がっていないとはいえ、今まで、自分の娘のように想ってきていたし、今日の食事会だって、そなたに喜んでもらいたくて、計画したものなのに……。
そなたが、あまりにも、ルーカスのことを庇っていると、そのように想っては貰えていなくて、私のことを、逆に貶めたいという気持ちから、そのようなことを言ってきているのだと思えて仕方がないのだが……。
私が、そなたに、何か、悪いことでもしてしまったのだろうか……?」
と、あからさまに、ショックを受けたような素振りで、私に向かって『もしも、一緒に過ごす中で、私が、そなたのことを傷つけてしまったことがあるのなら、謝りたいのだが……』と、おずおずと声をかけられたことで、私は、その場で、ヒュッと、息を呑んでしまった。