440アルの身分
私が、同じテーブルの席についていたセオドアのフォローをしている間に……。
隣のテーブルでは、お父様やウィリアムお兄様、ギゼルお兄様と同じ席についていたアルもまた、マナーに関して、完璧にこなしてくれていて、お兄様達から、もの凄く驚かれていた。
特に、アルが精霊だと知らないギゼルお兄様は、自分よりも年齢が低いと思っているアルの言動について、純粋に、ビックリしたみたいで……。
「お前、凄いな……っ! シュタインベルクでの食事のマナーだなんて、一体どこで、覚えたんだ?」
と、マジマジと、好奇心からか、アルに向かって問いかけていて……。
一通り、完璧に食事のマナーをこなしたあと、二つ折りにしたナプキンの内側で、口周りの汚れを拭き取ったアルから……。
「うん? 僕にとっては、割と、簡単な作法だったぞ……?
こういう仕来りなどを覚えたりするのは、僕の得意分野なのでな。
古くからの文献を参照したのと、アリスに教えて貰ったのと、半々ではあるが、アリスがその辺り、完璧に手本として見せてくれたから、僕もかなり早い段階から、そのことについては一通り覚えることが出来たと思う。
それと、シュタインベルクの歴史についても、なかなか面白かったので、一時期、図書館で文献を漁りまくってな!
伝統料理としての、ローストチキンについての意味合いも、しっかりと把握しているぞ。
本来は、狩猟などをした際に、その時の、一番大きな獲物で料理をし、神に捧げるための特別なものであり、祝いの席などのご馳走とされていたみたいだな?
こういった場で、生きた鳥を入れて飛ばすパフォーマンスについても、自由に空を飛ぶ鳥を見て、国の繁栄や豊かさを願う意味合いも強かったとのことで、学べば学ぶほど、僕にとっては、なかなか興味深い歴史だった」
と、ギゼルお兄様が、今、質問した以上の『シュタインベルクの食事に関する歴史』についての説明が、アルの口から、つらつらと淀みなく、ぶわぁぁっと返ってきたことで、逆に、ギゼルお兄様の方が驚いて目を丸くしてしまっていた。
元々、本や勉強が好きだということもあり、一度、みんなで図書館に行って以降、暇が出来たら通い詰めて、色々な本を借りて読んでいたアルらしく、特に、そういった歴史のことなどについては、いの一番に勉強してくれていたのだろう。
私自身は、当然、この国の皇女として、国の歴史などの知識は頭に入れているから、伝統料理にどういう意味合いがあって、どういった席などで出されるのかなどということも、きちんと把握をしているけれど。
まさか、ギゼルお兄様も、お父様の紹介で余所から来たアルが、ここまでシュタインベルクの歴史について熟知しているとは、思ってもいなかったみたい。
私の隣に座っていたテレーゼ様も、アルの口から出てくるその知識には感嘆した様子で舌を巻き、びっくりした様子だった。
「この国に来て、まだ一年も経っていないというのに、本当に素晴らしいな?
アルフレッド、そなたの知識量には、私も大いに目を見張ってしまったぞ。
流石は、陛下の推薦のもと、陛下の秘蔵っ子として、アリスの傍に付くようになった存在だ。
私自身、アリスも含めて、アルフレッドが普段、どのように過ごしているのかも、皇后としての地位に就いたばかりで、自分のことに忙しく、あまり、見てこれなかったことを今、本当に悔やんでいる。
もしや、陛下が、二人に対し、特別な講師でもお付けしているのでは……?」
その上で、テレーゼ様の口から、お父様に向かって、アルの膨大な知識量について『特別な講師を付けているのか?』と、探るような質問が降ってきたけれど……。
それに対する答えは、既に決まっていて、Noとしか言いようがない。
普段、私とアルとエリスに勉強を教えてくれている家庭教師の先生は、ウィリアムお兄様や、ギゼルお兄様もお世話になったという、あの熊みたいな、少し強面の先生であり……。
別に、そこに対してお父様が、私やアルだけを特別扱いしてくれている訳でもなく。
──アルのこの知識量は、図書館に足繁く通って、自分の力で得たものが殆どだろう。
アル自身、図書館で働いている司書を通して『一々、一つずつ本を借りる手順を踏まなければいけないのが面倒くさい』と言っていたため。
最近では、司書から見えないところで魔法を使い、一括して、本の知識を頭の中に直接叩きこむという方法をとっており、いつでも、脳内で、閲覧出来るようにしているみたいなんだけど……。
それでも、何度も図書館に通い詰めて、本の内容に、しっかりと目を通していないと知識というものは身に付かないと思うから、それについては、アルが、しっかりと勉強した成果だと言えると思う。
「いや。……私自身、アリスにも、アルフレッドにも、二人を贔屓するような特別なことは何もしていない。
ウィリアムとギゼルが世話になった家庭教師を、二人の勉強のために、つけてはいるがな?
ここまで二人が、しっかりとした知識を身につけていたことも知らなかったから、私自身も驚いているところだ。
だが、テレーゼ、私が以前出した通達により、お前も分かっているだろうが、アルフレッドは我が国の国賓でもある。
故に、我が国のことを勉強するのも自由だし、アリスの友人として、この国で過ごしてくれていれば、それ以上のことを求めるつもりもない。
私の大事な客人だと思って、普段から、丁重に扱うように心がけてくれ」
そのあと、テレーゼ様の問いかけに対して、お父様がアルの本当の身分を隠しながらも『アルには自由に過ごすことが許可されているのだ』と上手いこと取り繕って、説明の中で、強調してくれたことで。
テレーゼ様の眉が、ほんの少しばかり、納得出来ない様子で、訝しげに顰められたのが、私からも見てとれた。
「……陛下からの通達により、私も、アルフレッドが、国賓という立場であることは、重々承知しています。
ですが、郷に入りては、郷に従えという言葉があるように、その対応については、少々甘いのではないかと思うのですが……。
アルフレッドも、我が国に来て、シュタインベルクの皇宮に住まうことになっているのなら、我が国の勉強はしっかりとして、私達皇族に準ずるような振る舞いをしなければ、今は年齢で許されている言動も、いずれは、周囲から白い目で見られてしまうことは避けられないでしょう?
人が見ている際には、このようにきちんと振る舞えていても、この間、エヴァンズ家で開かれた夜会で、この者が、誰も見ていないのをいいことに、大量の食事を皿に盛っている姿を目撃したので、私も心配しているのです。
そのようなことを、寛大に全て許容するとあらば、ひいては、陛下が白い目で見られ兼ねなくなってしまうことにもなり、特に外交において、国の評判を落としてしまうでしょう。
差し出がましいようですが、私自身、皇后としての立場から見過ごす訳にはいきませんし、陛下が、一国の君主として、どうか賢明なご判断をしてくださることを、切に願います」
そうして……。
続けて、テレーゼ様の口から降ってきた言葉は、一昨日の、エヴァンズ家での夜会で、アルが立食形式だった食事を自由にお皿に盛って食べていたことを、その立場から看過することが出来ないと言われているようなもので……。
私は、内心で『いつの間に、その時のことを見られていたんだろう?』と、一瞬だけ、言葉に詰まって、びくりと肩を揺らしてしまった。
あの時のアルは、出されていた食事の全てを網羅したいという欲求に駆られていたものの、私とセオドアのお願いで、それでも、大分、食べる食事の量を減らして、綺麗にお皿に盛り付けてくれていたとは思うし……。
ぎりぎり、許されるくらいのさじ加減で、マナーも守ってくれていたから……。
今ここで、指摘される内容としては、そこまで大きな問題であるとは思えなかったものの、テレーゼ様が、私と、セオドアと、アルの遣り取りを、私達を責める材料の1つとしてストックしていたのだと知って、思わず、身体が強ばってしまう。
「……テレーゼ、私は今、アルフレッドのことを、国賓だと言ったはずだぞ」
そうして、私が、何とか、今、この場において『アルのことをフォローしなければ』と内心で焦りながら、口を開きかけたところで……。
一足早く、お父様の口からテレーゼ様に対し、ピシャリと、アルの身分について、改めて明言するように厳しい言葉が降ってきて、私は、隣で、扇を開いたまま、お父様の方を見て『勿論、私も、それは分かっています』と、更に言い募ろうとしたテレーゼ様を見つめながらも……。
お父様が、この場で、何を言いたかったのか、誰よりも早く察してしまった。
「きちんと理解していないから、こうしてお前にも、改めて通達を出しているのだ。
アルフレッドは、ウィリアムや、アリス、ギゼルと同じ権限を持っているという訳ではなく、私と同等の権限を持っていると言っても過言ではない。
それだけ、私にとっても、国にとっても、重要な人物だということを、しっかりと、頭に入れておいてくれ。
アルフレッドの知識量は、通常の人間が、覚えておける分量を遙かに凌駕している。
学問を極めるものとして、薬師としての才能や、自然のことなども含め、その知識だけでも、国にとっては宝であり、恩恵をもたらしてくれる存在であるし。
国の発展に貢献してくれている学者としての立場で、私が知り得ない、様々なことを知っている賢人でもある。
少し変わっているところはあるが、それは、研究者気質の学者にはありがちなことで、特別なことでもない。
たとえ、アルフレッドの振るまいが、多少、貴族といった上流階級での堅苦しい枠組みの中から外れたところで……。
アルフレッドの膨大な知識から、一度でも、その情報を教えてもらえれば、賢い人間ならば、私と同様、誰もが、アルフレッドの振る舞い以上に、その才能に目を見張り、問題がないと思うはずだ」
にべもなく、アルの身分について説明してくれたお父様の瞳が、テレーゼ様の方を射貫くように、鋭いものになっていく。
テレーゼ様自身、今まで、アルのことは、私や、ウィリアムお兄様と同等の立場だと思い込んでいたのだということは、さっきの台詞から、私にも伝わってきたし。
お父様に、今、こうして、アルの身分について、ハッキリと説明されるまでは、そのことについて、あまりにも軽く考えていたのだと思う。
事実、テレーゼ様は、今、この瞬間まで、アルよりも自分の方が立場が上だと、思っていただろう……。
一概に、一括りに『国賓』と言っても、当然、そこにグレードのようなものは存在するし……。
他国の王族の意を伝えるための、特別な任務を持ってやってきた使節団なども、国賓として扱われることもあるものだから、そこまで、お父様がアルの能力を高く買って、自分と同等の権限を明け渡しているだなんて、予想もしていなかったみたいで、目に見えて、珍しく、テレーゼ様が扇を持ったまま、たじろいだのが目に入ってきた。
医者という職業などもそうだけど、国の中でも、研究職に就いている学者などは、特に重用され、その知識から国に貢献することが出来る人達だからと、一般の貴族とは違い、皇帝陛下であるお父様から『特別な地位』を授かるような人も多かったりして、何も、そこまで珍しい話ではないけれど。
それでも、表向き、こんなにもお父様に気に入られていて、お父様と同等なくらい特別な存在だと、ハッキリと明言された存在は、シュタインベルクにいる名だたる学者の中でも、ただ、一人、アルだけだろう。
正確に言うと、アルは精霊だから、学者とは全く別ものではあるものの。
お父様から、こんなふうに言われる存在は、恐らく、後にも先にも、アル以外には、出てこないと思う。
だからこそ、テレーゼ様のみならず、事情を知らないギゼルお兄様や、ルーカスさんまでもが、今、この場で驚いたように、目を見開いて、アルの方をマジマジと見つめていた。
更に言うなら、この場で給仕をしてくれていた一部の従者達も、お父様がアルのことを特別だと言っていることに、ただただ驚いてるみたいだった。
一方で、アル自身は、人間が決めた立場や地位などといったものには全く興味もない素振りで、いつも通り飄々としていたけれど……。
因みに、『少し変わっているところはあるが、それは、研究者気質の学者にはありがちなことで、特別なことでもない』というお父様の言葉には、ちゃんと意味があって。
研究職の人は、一つのことにのめり込んで追及するということに長けている人が多いからか……。
割と、自分の身だしなみを整えるのが苦手だったり。
研究に没頭しすぎて、一日に一食しか食事を取らなくても平気な生活を送っていたりと『大丈夫なんだろうか?』と、その体調を思わず心配してしまうくらい、自分のことには、ルーズだったりするんだよね。
勿論、そういう傾向の人が多いというだけで、人によるから、そんな人達ばかりじゃないのも、分かってはいるんだけど。
何かを発見したり、過去の歴史を紐解くことが出来たりするような天才肌の人達って、普通の人とは、やっぱり、纏っているオーラのようなものが、違う気がする。
「……毒などにも詳しく、その知識は、一般の子供とは思えぬものだと、私も常日頃から感じていましたが。
陛下が、そのように、お認めになった子供を、何故、アリスに紹介して、お付けしたのですか?
陛下が、国の宝だと感じているほどの学者であるならば、将来、陛下の跡を継ぐ可能性が一番高い、ウィリアムにつけても良かったのでは……?」
そうして、扇を開いたまま、あくまでも柔らかい雰囲気よ笑みを浮かべながらも、首を横に傾げて、お父様のことを見つめるテレーゼ様の口から、純粋な驚きと共に『どうして、アリスに……?』という質問が降ってくると……。
『ああ、それか』と、特に言葉に窮した様子もない、お父様の口から……。
「表向きには、私の紹介で、ということになっているが……。
アルフレッドが、私の下にやってくることになった経緯がかなり特殊なものでな。
丁度、アルフレッドが皇宮へと来る道中で、古の森に行っていたアリスと、偶然にも、先に出会っていたことで、アリスがアルフレッドを私の下に連れてきてくれたという経緯があり。
2人の歳が近いこともあって、そのまま、アリスの友人として迎え入れることにしたのだ。
今も、この国で過ごすことになったアルフレッドが、一番、信用を置いているのは、アリスだし。
ウィリアムに付けるには、あまりにも歳が離れすぎているだろう……?」
と、淀みなく、スラスラと説明が降ってきた。
因みに、これも、お父様が事前に、違和感があまり出ないような設定をと、考えてくれていたものだ。
私が古の森に行って以降、アルが私の傍に付くようになったのは事実だし。
私が古の森から帰ってきて、アルを連れて、お父様に会いに行っていたことが、万が一にも誰かに見られていて、そのあたりの矛盾を突っ込まれてしまった時にも、問題ないようにと手を打ってくれていた。
テレーゼ様の言葉から、特別な才能を持ったアルが傍にいる存在として一番相応しいのは、皇太子でもある、ウィリアムお兄様なのではないかと思っているのだろうと、ひしひしと感じとれたけど。
それについては、アルが私の唯一無二の契約者である以上、私自身もどうすることも出来ない問題だから、何とか諦めてもらうしかない。
「……そうでしたか。
陛下が、そのように仰るのなら、私からは、もう何も言うことがありません。
出しゃばったような真似をして、申し訳ありませんでした」
注意して、よくよく見れば、ギリッと、ティーカップの取っ手を持った、テレーゼ様の指に力が込められたのが分かりながらも、私は、その仕草を、見ないフリをして。
まだまだ、終わりそうもない食事会に、居心地の悪さを感じつつ…。
テレーゼ様が、今回の食事会のために用意してくれたという幾つかの余興の中の1つとして、今度は家族の絵を描き起こしてくれるために、わざわざ有名な画家が皇宮にやってきてくれたとのことで、その登場に、視線を向けることにした。