439 籠の中の鳥
皇宮にあるお庭は、散策出来るような広いものから小さなものまで、敷地内に、それこそ幾つかあるんだけど……。
今回、テレーゼ様が、私達を食事会に誘ってきた庭は、その中でも一番大きな庭園であり……。
世間では、まさに、国の文化遺産とも呼ばれているほどに、名高い場所だ。
前に、ルーカスさんと一緒に、デートをした庭もこの場所だったけど、以前は秋だったこともあり、今、庭園に咲いている花とはまた、見える景色も違ってきていた。
それから……。
皇宮で働く庭師達の手が入って、整えられた庭が一望出来る絶景スポットで、私は、給仕にやってきた侍女に……。
「皇女様は、何か欲しいお食事はありますか?」
と声をかけられたあと、彼等がお皿の上によそってくれた食事に、舌鼓を打ちながらも……。
庭園にある噴水の前に置かれた椅子に座った吟遊詩人が、ゆっくりとハープを奏でながら、昔ながらの懐かしい物語や、この国を建国した英雄の伝記などを歌に乗せて語ってくれるのに、耳を傾けていく。
耳馴染みの良い旋律と共に、聞こえてきた歌は、どこか懐かしさを孕んでいて、幼い頃に、それこそローラが、何度か私に歌って聞かせてくれたような、子守歌なども含まれていた。
私自身は、幼い頃、お母様や家族には、何もしてもらえなかったけど、それでも、国を代表する幾つかの民謡を覚えることが出来たのは、出来る限り、ローラが傍にいて寄り添ってくれたからであり……。
右隣に、テレーゼ様が座っていることで、ドキドキと緊張していた気持ちが、彼の歌で、ほんの少し和らいで解れていくのを感じながら……。
テレーゼ様に手を引かれて、半ば強引に指定された場所へ座ることになってしまった私のことを、即座に護ってくれるように、テレーゼ様に対し、騎士として、目上の者に対する最上級の礼を取ったあと。
「皇后様、私も、敬愛する主人の隣に座っても宜しいでしょうか……?」
と、一緒に勉強した甲斐もあって、自然な敬語で、テレーゼ様の瞳を見つめながら許可を取って、左隣に座ってくれたセオドアと視線を交わし合い、この場に流れてくる歌に聴き入って、一緒に楽しんでいく。
テレーゼ様自身、普段は、騎士や従者達と一緒の席に座ることなんて、まずないだろうけど、私のことを思いやる優しい義理の母という体裁を崩すことを嫌ったのか、セオドアが私の隣に座ってくれることには、直ぐに同意して、許可を出してくれた。
そのことで、お父様や、ウィリアムお兄様も、もう一つだけ空いていた席に、座ってくれようとしたものの……。
「アリス、そなたも、なかなか、自分の婚約者と仲を深める機会がないであろう?
だからこそ、ほんの少しでも接点を持ってほしくて、老婆心から、そなたの婚約者でもあるルーカスを、わざわざこの場に招いたのだ」
という、テレーゼ様の鶴の一声により……。
何故か、私達が座ることになったテーブル席の、最後の一人として『ルーカスさんが、テレーゼ様に呼ばれて座ることになる』という、異色の組み合わせになってしまった。
といっても、お父様達のテーブルも直ぐ隣にあって、一緒に会話が出来るほど近くにいるということで、そこまで距離が離れている訳じゃなかったから、別に、問題はないんだけど……。
二つ用意された丸テーブルの内の一つに、テレーゼ様、私、セオドア、ルーカスさんという謎の組み合わせが出来てしまったことで、ちょっとだけ落ち着かなくて、そわそわとしてしまったものの。
椅子に座って、余興を楽しんでいると、段々、そういった気持ちも薄れていくもので……。
吟遊詩人とは、全国各地を回って、見聞きしたものを歌にする人もいれば、宮廷歌人として、有力な貴族などの上流階級の人間に仕え、詩歌を提供するのを専門にしている人達もいる訳だけど。
テレーゼ様が手配してくれた、この吟遊詩人は、元々、テレーゼ様に専属として仕えていて、普段から、食事の時間が楽しい一時になるよう盛り上げてくれている人なのかもしれない。
特に、今、この場においても、オリジナルの曲でなければ、シュタインベルクで親しまれている曲を中心に、歌ってくれているから……。
『宮廷歌人としての経歴の方が長いのかもしれないな』と、私は、彼の歌を聴きながら、ぼんやりとその経歴についても、予想する。
それと同時に、今まで、自分が見てこなかったことが、こういう時にも浮き彫りになってくるのを感じて、私は、ほんの僅かばかり、苦い笑みを溢した。
過去には、こういう娯楽を提供してくれている人でさえも、私の記憶にあるお母様の傍には、誰もいなかったと思う。
それは、お母様が病気がちなのを理由に、部屋に一人で引きこもってしまっていて、誰も寄せ付けないような生活を送っていたからというのも、理由の一つではあったけど……。
同じ皇后という立場でも『テレーゼ様とお母様とでは、どうやったって、光と影というくらいに差が出てしまうな』と、改めて実感しながらも、お母様は、巻き戻し前の軸の私と同じく、ずっと孤独な生活を送っていたのかもしれないと、思わず、思いを馳せてしまった。
今、どれだけ私が『お母様の過去のこと』を、こうやって想像していたとしても、その真実を知る手立てなんて、何一つ残されてなくて……。
テレーゼ様が、従者達から賞賛され、憧れられ、尊敬の念で見られていて、お母様と比べて、心身共に豊かな生活を送っていることを目の当たりにする度に、どうしても比べてしまうのは、巻き戻し前の軸の時からの、私の悪い癖でもあると思う。
以前は、どうやったって、テレーゼ様とお母様の状況を比べてしまい『嫌だと思ってしまう気持ちをぶつけてしまいかねないから……』と、あまり近づかないようにしていたけれど。
テレーゼ様が、私に対して良くない気持ちを抱いているのなら、巻き戻し前に『もっと積極的に交流して、その真意を確かめておくべきだった』と、ちょっとだけ後悔してしまう。
もしも、そうすることが出来ていたのなら、もっと早くに、テレーゼ様の思惑に気付いて、その対処法についても、しっかりと考えることが出来ていたかもしれない。
勿論、誰にとっても、良い方法なんて選べないだろうし。
どうするのが正解なのかなんて、直ぐに、答えが見つかる訳でもなく、難しい問題だとは思うんだけど、事前に分かっていれば、ウィリアムお兄様やギゼルお兄様の気持ちにも、もう少し、私自身が気に掛けて配慮することも可能だったかも……。
事実、今回の軸では、私がお父様や、ウィリアムお兄様と親しくなって仲を深めた分だけ、テレーゼ様と、お父様、そして、ウィリアムお兄様の間に『見えない、溝のようなもの』が、作られてしまうような状況になってしまった。
私自身、家族の仲を壊したかった訳じゃないのに、現状に関しては、本当に、ままならないなぁと感じてしまう。
【もしも、テレーゼ様が義理の娘として、私のことを好きだと思ってくれていたのなら、また違ったんだろうな……】
たらればの話をしたところで、どうしようもないことは分かっているからこそ、それがどんなに無意味な願望なのかは、私自身が、今、一番、身に沁みて理解していることでもあった。
どちらにせよ、今の私には、継母という立場であるテレーゼ様以上に大切な人達がいて、護りたいと思っている人が多いから、優先順位を間違えるようなことだけはしないようにしなければいけないだろう。
誰かを気遣って、優しく接することと、臆病になって、大切な時に尻込みして、立ち向かわないことは違うと思うから、たとえ、テレーゼ様が、私のことをどんなふうに思って、策を巡らしてきたとしても、私自身は、後悔せずに真っ直ぐ生きていきたいと思う。
心の中で、そう決めながらも、テレーゼ様が、この日のために事前に用意してくれていたという余興の一つ、吟遊詩人の歌が終わったことで、私は、持っていたハープを置いて椅子から立ち上がり、自分のパフォーマンスが終わってお辞儀をする彼に向かって、パチパチと、拍手を送っていく。
そうこうしている間に、近くのテーブルに置かれていた食事を取り分けてきてくれた侍女達が、私の目の前に、更に食事を運んできてくれた。
好きに席を立って、自由に飲みものや、食事などを選んでも良いという立食形式のお食事会ではあるものの、余興の間などは、こうやって、彼女達が席まで運んできてくれるよう、事前に、テレーゼ様が指示を出していたみたい。
そのあとで、今の今まで、お食事会の会場にはなかった、大きなパイの乗ったお皿が、テーブルの真ん中に置かれると。
テレーゼ様が、悠然とした雰囲気で微笑みながら『アリス、そなたのために用意したものだ』と、私に向かって声をかけてきたあとで……。
先ほど、私のことを、このお食事会の会場へと案内してくれた茶髪の使用人の手によって、サクッと、いう音と共に、ナイフで、真ん中から半分に割るように、パイ生地が切り開かれていき、中から、丸ごと焼かれたであろう、こんがりと焼き目のついた鳥の姿が見えてきた。
下処理がされた丸鶏を使用したローストチキンをパイ包みにしたものは、シュタインベルクでも良くある、伝統的な料理の一つだ。
こういった食事の場では、食事にはならないけど、生きた鳥を入れて、パイ生地を割ったら、鳥が空高く飛び上がっていくのを見るという趣旨の余興なども、古くから開催されていたりして、特に上流階級の人間に、割と、広く親しまれているものでもある。
ただ、私自身『私のために』と、テレーゼ様が用意してくれたものだということで、直ぐに、その意図に、はっきりと気付いてしまって、思わず表情が引きつりそうになってしまった。
テレーゼ様の主導の下、今回のお食事会でセッティングされ、整えられたテーブルの上を見れば、淡いピンク色のテーブルクロスに、鳥籠を模した小物などが置かれていることからも、ローストチキンのパイ包みという料理が『あくまでも、私に、伝統的な料理を楽しんでほしいという趣旨のもと置かれた』とは、まず考えられないだろう。
そこにも、何かしらの意味がある筈だと考えて、テレーゼ様が私のことを良く思っていないことを思えば、その答えには、比較的簡単に辿り着くことができる。
巻き戻し前の軸の時も、今の軸でも、私自身『籠の中の鳥』だと、誰かに揶揄されてしまうようなことも多かった。
それは、今回の軸で、ルーカスさんが私に対して、度々、私のことを『小鳥』だと表現してきていたこともそうだったけど、何より私自身が、お父様から、外出を禁止され、世間からは、皇族であるにも拘わらず、公に外にも出れない、半端者だと思われていたからに起因していた。
私自身も、今まで勘違いしていたものの、実際は、お父様が私のことを考えて、外に出たら、嫌な目に遭うんじゃないかと、今まで色々と配慮してくれていたものだったけど……。
もしも、今回のお食事会で、テーブル上に至るところに置かれている鳥のモチーフが、私のことを指し示しているものだったのだとしたら……。
このパイの中にあるローストチキンも、皇宮の中にいる私を表すものである可能性は高いだろう。
その上で、私のことを嫌っているテレーゼ様が、お父様が私のことを大事に思ってくれていることを表現するために『鳥のこと』をパイで包んで庇護していると、好意的な目線で伝えてきている訳ではなく。
既に、調理されて死んでしまった鳥を食べることで、この料理に隠された意図に気付かなかった私の見えるところで、堂々と『そなたを、このように貶めることなど、造作もないことだ』と、言ってきているのではないだろうか。
その事実に気づいたあと、私はグッと息を呑んで、何も気付かなかったフリをしながら、ナイフとフォークを手にとって、茶髪の使用人が取り分けてくれていたローストチキンを、堂々と食べることにした。
テレーゼ様が、私に対して、どんなふうに接してきても、私は普段通りの自分でいるだけだ。
「シュタインベルクでは特に、お祝いの時に出てくる伝統料理を、わざわざ、シェフに頼んでくださって、ありがとうございます。
私のためを思って、用意してくれたんですよね?
世間から、鳥だと揶揄されていた私のことを、このような形で、お父様の庇護下にあって大切にされているのだと表現してくださるだなんて、本当に心強いです」
その上で、にこりと、嬉しさを前面に押し出し、間違っているであろう解釈を敢えて口に出しながら、無邪気に微笑みかけると……。
テレーゼ様は、私の言葉に、僅かばかり目を見開いたあとで……。
「そなたが、世間から鳥だと思われていたのだということは、私自身、全く知らなかったな。
私は、そなたに、鳥のように大空に自由に羽ばたいてほしいという意味を込めたつもりで、こうして、伝統料理を用意させたのだが、陛下がそなたを庇護していることを表現しているようだというのは、実に、興味深い話だ。
勿論、私や、陛下も、そなたのことを心から大切に思っているが、一体どういうふうに解釈して、そのように思い至ったのだ?」
と、此方に向かって、戸惑うように声をかけてきた。
私が、無知で何も知らなかったなら、素直にお礼だけを伝えていただろうし……。
世間で『鳥』だと揶揄されていたことを私が知っていたことにもビックリしたみたいだったけど。
それ以上に、お父様との仲が深まっている件について、わざわざ、私の方から、テレーゼ様に話を振ってくることはないだろうと思っていたらしく、私からの言葉は、本当に予想外のものだったみたい。
「実は、この間、お父様に、私が外出するのを禁止にされていた理由が、赤を持っている私が、沢山の人達の目に触れることで、嫌な目に遭うんじゃないかと配慮してくれていたものだったのだと知る機会がありまして……。
今まで、世間から思われてしまっていたことも、私が思っていたことも、勘違いだったのだと知れて、本当に嬉しかったんです。
だから、もしかしたら、世間で流されていた私の評判を気にしてくれたテレーゼ様も、敢えて、この場で、パイ生地を皇宮に、鳥を私に見立ててくれて、お父様の庇護のもとで、家族として大切に扱ってもらっていることを、表現してくれていたのかもしれないと感じてしまって……。
ですが、そのお姿を見る限りでは、私の勘違いだったようですね……っ?
本当に申し訳ありません。……嬉しくて、つい」
テレーゼ様が、ビックリしている間に、続けて、テーブルの上の『ローストチキン』には、そういう意味は込められていないだろうと、内心で分かっていながらも……。
あくまでも、テレーゼ様のしてくれたことを好意的に受け取りつつ、今、この場において、お父様や、セオドアにも、私の気づいた裏の意味がしっかりと伝わるよう説明すれば……。
それだけで、私の隣に座ってくれていたセオドアの眉間に、一瞬だけ、皺が寄ったのが見えた。
一方で、お父様にも多分、私が言いたいことはきちんと伝わったとは思うんだけど、何故か、お父様は、私の言葉に、ほんの少しだけ嬉しそうな表情を浮かべながら……。
「あぁ、勿論だ、アリス。
私は、いつでも、お前のことを大切に思っている。
アリスもウィリアムも、ギゼルも、私の大事な子供達だからな」
と、声に出し、私に対して、援護射撃とも思えるような言葉を送ってくれた。
その中には、私だけではなく、ウィリアムお兄様の名前も、ギゼルお兄様の名前もあったことが嬉しい。
ウィリアムお兄様や、ギゼルお兄様を大切に思ってくれる気持ちと共に、お父様が、私のことも大切に思ってくれているという何よりの証拠だから……。
「なるほどな。……そうだったのだな?
私も、そなたのことは、心配に思っていたから、陛下と徐々に雪解けしてきていることを、本当に、嬉しく思う。
ならば、そういう意味は、元々なかったが、今日の記念として、私からもそなたを大事に思っているのだという意味を、この料理に込めさせてくれ」
そうして……。
私の説明を聞いて、テレーゼ様が直ぐに、柔らかい口調で、訂正するように穏やかな雰囲気のもと、此方に向かって微笑んでくる。
周りにいる従者達には、テレーゼ様の思惑なんて分からないだろうし、義母と義理の娘でお互いに気を遣い合っているという、家族としての微笑ましい食事会にしか見えないだろう。
私もまた、テレーゼ様の方を見つめながら、持っていた三つ叉のフォークで、取り分けられたチキンを、口に入れ『美味しいです』と、にこにこと笑みを向ける。
実際に、お料理自体は、本当に美味しくて、ここが戦いの場ではなかったら、純粋に、みんなと一緒に料理を楽しむことが出来ていたはずで……。
そのことに、ほんの少し、残念な気持ちを抱きつつも、私は隣に座ってくれていたセオドアに対して、無邪気な子供の雰囲気を装ったまま、そっと、手本を見せるように、先立って、出来るだけ優雅に、ゆっくりと、お料理に手を付けていくことにした。
ここにいる全員が、マナーに関しては、きちんと出来る人達ばかりの集まりだから……。
もしかしたら、テレーゼ様が、セオドアに対して一緒に食事をしようと言ってきた理由には、私の従者であるセオドアのマナーを『きちんとした礼儀がなっていない』と、糾弾したい気持ちがあるんじゃないかと思ってのことだったけど。
こういうことが、あってはいけないからと、普段から、私と一緒に食事を取ってくれているセオドアには、何度か、アルに教えるついでに、食事のマナーなどを勉強してもらったりしていたから、よほど、難しいものじゃなければ大丈夫なはず……。
最初は、色々なことに苦戦していたセオドアも、私が『ダンスの動きを覚えるのと、要領は一緒かもしれない』と伝えたら、みるみるうちに上達していって、今ではそこまで苦もなく、私達に合わせられるようになっていたものの。
古くからの伝統料理では、またいつもとは違う、形式ばったマナーが求められたりするものだから……。
いつもよりも、ほんの少しオーバー気味に、伝統料理にも対応出来るよう食事のマナーを守り、セオドアの位置からも見やすいように、さり気なく先導していく私に向かって、セオドアから、感謝の視線が飛んでくる。
そのことに、ホッと胸を撫で下ろしていたら……。
「お兄さん、いつの間に、テーブルマナーを覚えたの?
難しい伝統料理に関するマナーも含めて完璧じゃん……っ!」
と、私の正面に座っていたルーカスさんが、セオドアのマナーに関して、驚いたように目を見張ったあと、褒め始めてくれた。
「あぁ。
そなたの騎士は、デビュタントの時は言葉遣いがきちんとしておらず、粗野なところがあると思っていたが。
どうやら、マナーなどは、きちんと勉強しているようだな?」
そのあとで、紅茶の入ったティーカップの取っ手を握りしめながら、此方へと、ついと、流し目のような視線を向けてきたテレーゼ様にそう言われたことで、私は、『そう言われて、悲しい』という表情を隠すことなく、落ち込んだように影を落とし……。
「セオドアは、今までそういった勉強出来る機会に恵まれなかっただけで、覚えも早いですし、本当は、何でも出来るんです。
いつも、私に恥を掻かせたらいけないと思ってくれて、私を護ってくれる騎士としてだけではなく、従者としての勉強も、一生懸命、頑張ってくれていて……。
私も主人として、私のことを一番に考えてくれる、セオドアのことを誇りに思っています」
と、真摯に、テレーゼ様に向かって、日頃から、セオドアに対して、自分が本当に思っていることを、正直に訴えかけるように伝えれば、それだけで、テレーゼ様も、私の言葉に何も言えなくなってしまったみたいだった。
確かに、テレーゼ様の言うように、今まで、セオドアは敬語が使えなかったことで、損をするような状況にも陥ってしまっていたけれど。
それは、一時的なものであり、私のことも考えて、勉強を重ねてくれたことで、今では、すっかりと敬語を使うのにも慣れてきてくれたと思う。
何より、いつも、みんなには護ってもらってばかりだから、私が、こういう時は矢面に立って、みんなのことを護りたい。
テレーゼ様が、私のことを傷つけたいと思うのは別に構わないんだけど。
セオドアのことを貶めることで、私のことも貶めたいと思っているのなら、許すことは出来ないし。
私を傷つける過程で、私の大切な人達にまで、手を出してくるのなら、そこに対しては、きちんと対応もしていかなければならないだろう。
はっきりと告げた私の言葉に、思い通りにいかなかった苛立ちから故なのか、ほんの僅かばかりテレーゼ様の口元が、ひくっと、痙攣するように一度だけ動いたような気がした。