438 家族のように大事な人
確かに、閉会式のリハーサルの時から、ずっと、誰かと会話をしてばかりだったから、特に喉は、からからに渇いてしまっているかもしれない。
そのことを、有り難いなと感じつつ、お父様に『ありがとうございます』と、お礼の言葉を伝えていると。
「帝国の可憐な花に、ご挨拶を。
お姫様っ……! ファッションショーの優勝と、最優秀賞のダブル受賞、本当におめでとうっ!
俺も、観客として、閉会式の会場には行っていたんだけど、観客の歓声も祝福も、君に向かって、沢山、降り注いでいたね?
婚約者としても、鼻が高いなって感じるし、何より、君が優勝した瞬間を、この目で見れたことが嬉しいよ」
と、今の今まで、全く気付いていなかったんだけど、淡いピンクをメインにした花束を持っていたルーカスさんが、私に、わざわざ花束を手渡してくれた。
そのことに、ビックリしていたら……。
「今日の閉会式が終わってから、結果を見て、わざわざ、皇宮まで来る道中で、購入してきたそうだ。
本当に、やることなすこと、キザすぎるんだよ、お前は……。
アリス、今日は、俺自身が忙しくて、プレゼントを用意出来ていなくて、何も贈ってやれないが、優勝の祝いに、また、一緒に王都の街へお前の好きな物を買いにいこう」
と、お兄様が、ルーカスさんの行動を、補足するように、その隣で私に向かって声をかけてくれた。
瞬間、私のために、わざわざ花束を購入してくてくれたことに、慌てて、ルーカスさんに向かって、頭を下げて、お礼の言葉を伝えていると。
『俺が、好きでやってることだから、気にしないで』と、笑顔と共に、此方に向かって、ウィンクしてくれたルーカスさんに。
「……へぇ、わざわざ、姫さんだけに優勝の祝いを、ねぇ……っ。
一応、俺も、一緒に優勝したんだが、俺には何もねぇんだな……?」
と、何故か、セオドアがルーカスさんに向かって真顔のまま、ほんの少し眉を寄せながらも、口調は、冗談交じりに、そう伝えていて……。
「あぁ、うん、ごめんねっ、お兄さんっ!
俺は、可愛い自分の婚約者様には、プレゼントをしたいと思うけど、ワイルドな男には、好んでプレゼントをしたいとも思わない質だから……」
と、ルーカスさんが、セオドアの言葉に対して、軽快な言葉で『テンポ良く遣り取り』をしているのが聞こえてきた。
以前まで、セオドアとルーカスさんの間にあった殺伐としたような雰囲気は、今は鳴りを潜め、お互いに、冗談を言い合えるような間柄で、少しずつ仲良くなってきていることに、私は、嬉しくて思わず、口元を緩ませ、笑顔になってしまったんだけど。
そんな私達を見て、テレーゼ様が……。
「……時間は、それこそ、たっぷりあるからな。
まずは、今年も、建国祭が無事に執り行われたことで、国内の情勢が安定し、平和であったことを祝う音頭を、私に取らせて欲しい」
と、声をかけてきたことで、私達は、ひとまず、みんなで飲み物の入ったグラスを持って、乾杯することにした。
未成年の私は、ミルクだったけど、お父様や、ウィリアムお兄様といったお酒が飲める年齢の人達には、蜂蜜酒が入ったグラスが用意され、とりあえず、料理の前の食前酒として乾杯することになるみたい。
また、今回の食事会は、家族や親しい人間のみの間で行われる至って気軽なものであり。
普段は、絶対にそんなことはあり得ないのだが、と前置きをした上で、私が普段から従者達とご飯を一緒に食べていることに配慮して『そなたの騎士にも、気兼ねなく食事会を楽しんでほしい』と、テレーゼ様が、にこやかな笑顔と共に声をかけてくれたことで……。
アルだけではなく、セオドアまで私と一緒に食事会に参加することになり、有り難いなと思う気持ちもありつつも、テレーゼ様の真意が分からないまま、このあと、どんなことになっていくのか展開が読めず、私は内心で、ハラハラとしてしまった。
テレーゼ様が、セオドアも参加して良いと言ってくれた理由は何だろう?
そこに、素直に喜ぶことも出来ず、僅かな不信感を抱きながらも。
ひとまずは……、みんなと一緒に、乾杯をすることになったんだけど。
「アリス、そなたのための食事会だ。
そのように、緊張せずとも良い。
……建国祭が、今年も無事に終えられたこと、そして、アリスがファッションショーで、世間からも認められ、功績を残したことに、乾杯しよう」
と、テレーゼ様が、私に対して、もの凄く優しく接してくれる度に、どうしても緊張感が走ってしまい、私は、カチコチと身体が硬くなってしまうのを感じていた。
幸い、テレーゼ様は、普段、テレーゼ様と私が、あまり接する機会がないからこそ、緊張していると思ったみたいだっただけど。
お父様や、お兄様は、あくまで普段通りではあるものの、多分、私の為を思って、テレーゼ様の動向には特に気をつけてくれていると思う。
さりげなく、フォローしてくれるような瞬間が、今の間にも幾つもあって、私はそのことに内心で感謝しながらも、複雑な気持ちを抱いてしまった。
私がいることで、お父様も、ウィリアムお兄様も、テレーゼ様の言動に注意を払って、疑惑の目を向けてしまっているように思う。
特に、お兄様は、テレーゼ様とは血の繋がった親子なのに、昨日、セオドアから、テレーゼ様の様子を聞いていたからか。
私のことを思って、気をつけて見てくれるようになったことで、有り難いなと思う反面、実の親に対して、疑いの目を向けることも、辛いだろうなと思うと、やっぱり、どうやっても、明るい気持ちにはなれなくて、心にささくれが立ってしまっているような感じがしてきてしまう。
一連の事件の黒幕が、テレーゼ様であるかどうかは、置いておくにしても、前に、お父様と食事をするようになってから、今まで、私に出されていた食事が、恐らく、他の皇族のみんなとは違い、一人だけ見栄えは変わらないものの、劣悪なものを出されていたのも、もしかしたら、テレーゼ様の指示があってのことだったんだろうか?
今日のパーティーで出されている食事について、親しげな雰囲気で、シェフに作らせたと言っていたことからも、あり得ない話ではないだろう。
一つ、怪しい動きをしているのが分かってしまうと、全部が怪しくなってしまうものだけど。
テレーゼ様は、私に対して、特に今日は、いつも以上に優しい態度で接してきているから、本当に、読めないなと思う。
とりあえず、今日の食事会で出されたものは、お父様やお兄様達も口にするものだからか、特に食事には何も細工がされていなくて、お父様と一緒に食事をするようになってから、出され始めたものと変わらなくて、私はホッと胸を撫で下ろした。
テレーゼ様と親しいシェフというのが、料理長であるとは限らないし、もしかしたら、その下で働いている人と関わりがあるのかもしれないものだから、私自身も、今まで、皇宮の厨房で働く人間の誰が疑わしいのか分からず、そのことは、お父様にもお兄様にも伝えてこなかったけど……。
テレーゼ様と誰かが関わりがあるかもしれないというのは、お父様に話しておいた方が良いのかもしれない。
私が、頭の中で、ぼんやりとそんなことを考えていると……。
「アリス。ファッションショーでの優勝、本当におめでとう」
と、お父様が、私の方までやってきて、改めて、声をかけてくれた。
その言葉に、にこりと微笑みながら『ありがとうございます』と、伝えていると。
一転、私に向けてくれていた表情から、ほんの少し、眉を寄せて、拗ねたような、怒ったような表情をしたお父様が、セオドアの方を向いて……。
「それより、セオドア……。
お前、アリスとは、あまりにも近すぎる距離感で、ファッションショーのステージに上がっていなかったか?
あそこまで、近づく必要は、本当にあったのか……?」
と、声をかけてきたことで、私は、思わず目を瞬かせてびっくりしてしまった。
昨日、ファッションショーが終わった後に会った、ウィリアムお兄様と同じようなことを言ってる……っ!
そのことに、一人、戸惑っていると……。
「えぇ。……アリス様とは、ファッションショーの演出で、仲の良さをいつも以上にアピールする必要があったので」
と、しれっと、お父様の責めるような問いかけにも臆することなく、セオドアが何でもないことのように答えていて、更に驚いてしまった。
確かに、ファッションショーの演出で、ジェルメールのデザイナーであるヴァイオレットさんにも『普段のお二人の仲の良さを、ステージの上でも出していてくれたら問題がありませんわ~!』と、言われていたけれど。
今、ここで、ほんの少し怒っている雰囲気のお父様に、そのことを伝えたら、何て言うか火に油を注ぐことになるんじゃと……。
「あ、あの、違うんです。あの時は、私が転びそうになって、セオドアが助けてくれて……」
と、私が補足するように、ちゃんとした事実を伝えていると……。
「そなたは、自分の護衛騎士と、普通では考えられないほど、距離感が近いのだな?
皇族としての自覚は、早く持つに越したことはないと思うのだが……」
と、私とセオドアとお父様の会話に、飲み物を持ったままの、テレーゼ様がやってきて、此方に向かってちくりと、声をかけてきた。
それは、まるで、皇族としての私の対応を、咎めるようなものであり、継母として注意しているのだと言わんばかりのもので……。
お父様が、セオドアに対して、ほんの少し怒っている雰囲気だったから、ここぞとばかりに同意して、責めてきたのかもしれないな、と内心で思いながらも。
「はい。私自身、私の侍女であるローラや、セオドアがいてくれたお陰で、寂しい思いもせず独りぼっちにならなくて済んだので。
どうしても、セオドアのことも、みんなのことも主人と従者という立場ではなく、家族のように思ってしまうんです……」
と、私自身が今まで皇宮で辛い思いをしてきて、傍にいてくれた人達だから、と……。
今まで、皇宮で、私自身が置かれていた現状に、気付いていたかもしれない上に、エリスに対して脅すようなことをして、私の身の回りのことを探っていたテレーゼ様には、言われたくないと……。
勇気を出して、キッ、と背筋を正して、テレーゼ様の瞳を真っ直ぐに見つめながらも、そう伝えれば……。
私から、反論のようなものが降ってくるとは、予想もしていなかったのだろう。
テレーゼ様のその瞳が、僅かばかり驚いたように見開かれ、一瞬だけ言葉に詰まったような表情をしたことで、私は、口元を緩め、微笑みながらも……。
「勿論、今は、お父様のことも、お兄様達のことも、家族として大切な人だと思っていますが……。
ずっと、私のことを助けてくれて、傍で見守ってくれていたのは、セオドアや、ローラなので。
私にとっては、ただの従者ではなく、本当に、大切な人なんです」
と、正直に、今、自分が思っていることを口にすることにした。
私の発言に、面食らった様子のテレーゼ様はもちろん、お父様も、ウィリアムお兄様も、ギゼルお兄様も、ルーカスさんも、びっくりした様子だったけど。
「ああ……。確かに、そうだな。
ずっと、一人で過ごしていたお前にとっては、本当に心の底から信頼出来る者達なのだろう。
私自身も、それは理解しているし。
……まぁ、その、なんだ、ちょっと虫の居所が悪くて、怒ったが、別にセオドアに対して、悪い印象などは持っていないから、安心するといい」
と、コホンと、咳払いしたお父様から、セオドアのことを認めてくれるような言葉が降ってきて、私は、その言葉に、安心して、胸を撫で下ろした。
私にとっては、セオドアもローラも、普通の従者としての距離感以上に大切な人だから、認めてくれたことが嬉しいんだけど、それなら、どうして、お父様は今さっき、セオドアに対して、ちょっとだけ怒っているような雰囲気だったのだろう?
その意図が、今ひとつ分からず、お父様の言葉に、キョトンとしていると……。
「アリスが、この男のことを大切に思っている気持ちは、俺にも分かる。
一人で過ごしていたお前のことを、支えてくれたからだろう……?
だが、俺たちも家族なんだから、同じようにお前に、想ってほしいと感じてるんだ。
特に、お前は、家族なのに、父上とも、俺とも、まだ距離がありすぎるからな。
……もう少し、頼ってくれたら、俺も嬉しい」
と、ウィリアムお兄様が声をかけてくれたことで、ようやくお父様が今、私に声をかけてくれた理由に何となく合点がいって『もしかして、それって、セオドアに対して、嫉妬心のようなものから、声をかけてくれたのかな』とじわじわと実感した私は、思わず、嬉しさから、口元が緩み、にこにこしてしまった。
私達のそんな様子に、テレーゼ様が『そうだぞ、アリス。そなたと私は家族なのだから、何の遠慮もする必要は無い』と、声をかけてきたことで、私は内心でびくりとしながらも、テレーゼ様の真意を確かめるように、その瞳を真正面から覗き込む。
口角を描いた口元からは、柔らかな笑みが浮かび、私の方を心配そうに見てくるテレーゼ様の姿は、どこからどう見ても完璧に、義理の娘のことを心配する継母としての対応で……。
この場に、皇宮で働く他の従者達が沢山いたのなら、彼等は、テレーゼ様のことをきっと、手放しで賞賛していただろう。
ハーロックは既に、お父様から、ある程度の事情を聞いているのか、そこまで反応がなく……。
侍女長に至っては、一切何も喋らないまま、ただ、テレーゼ様の後ろに静かに立っているだけで、その態度からは、何も見えてこない。
この場に、飲み物などを運んできてくれたりと、本当に必要最低限の数少ない従者達が給仕をしてくれている中で、彼等は、テレーゼ様と私の遣り取りを、ただひたすらに、微笑ましいものを見るような目つきで見つめていた。
私自身も、テレーゼ様に何かされるのではないかという不安があって、少しでも、一連の事件の黒幕として、何かしらの尻尾が掴めれば良いのにと色々と対応を変えつつも、その反応を確認しているものの、やっぱり、もの凄く手強いなと感じていて。
エリスに教えてもらえたことで、今まで、信じていたテレーゼ様の像は、あっという間に、崩れ去ってしまったのに、こうして真正面から向き合っていると、それでも尚、私のことを気に掛けてくれているように見えるから、本当に、そういったことを取り繕って隠すのが上手い人なんだろうなと思ってしまう。
「そなたが、私達のことを家族だとあまり思えぬのも、仕方が無いかもしれぬ。
それは、今まで、そなたのことを気に掛けてこれなかった、私の責任でもあることだしな。
だからこそ、今日は、いつもの遠慮を取っ払って私と向き合ってほしい」
それから、テレーゼ様にそう言われたあと……。
私のために用意してくれた食事会で、豪勢な食事だけではなく、簡易的ではあるものの、みんなで楽しめる幾つかの催し物を用意してくれたということで、私は、促されるまま、皇宮の庭に設置された丸テーブルの前の椅子に座り。
今日、この日のために、テレーゼ様が手配してくれたであろう、吟遊詩人の登場で、ハープと共に、音楽が奏で始められると。
彼の歌に耳を傾けながらも、私の右隣に座ったテレーゼ様から、身体が細いということを心配されて、食事を一緒にとるように勧められ、お皿を手渡されたことで、私は、皇宮で働くシェフが作ったという食事を、ひとまず、みんなと一緒に楽しむことにした。
正魔女を、お読み頂き本当にありがとうございます!
いつも応援して下さる読者の皆様のおかげで、先日、11/20に、無事に書籍第1巻の発売をすることが出来ました!
書籍を購入して下さった方はもちろんのこと、いつも、いいねや、評価などで応援して下さっている方も本当にありがとうございます。
作品を作る励みになっています!
また、ウェブ版をお読み頂いている方も、2巻からは、既存の読者様にもあっと驚いて頂けるような加筆がありますので、良ければ、書籍版の方もお手にとって頂ければ幸いです。
この場を借りて、改めて、発売のお礼とさせて下さい~!