436 最善の結末と憂鬱な気持ち
私達が、ファッションショーで、衣装部門の『ベスト店舗賞』に選ばれ、有終の美を飾ったあと。
建国祭に参加した全てのお店の中から、たった一店舗しか選ばれない最優秀店舗の発表があり、なんと、そちらでも、ジェルメールの名前が呼ばれ、結果的に、ベスト店舗賞と、最優秀賞の2冠を達成することになった。
今年は、建国祭が始まる前から、ファッションショーで優勝したお店が、最優秀店舗に輝くんじゃないかと噂されていたみたいだけど、図らずも、その噂が本当だったのだと、証明するような形になってしまった。
ただ、決して、前評判がそうだったから、そうなったという訳ではなく……。
最優秀店舗の発表をしてくれたあと、詳しく選考の理由について説明してくれた司会者の人曰く、昨日の夜に、運営責任者の間で『最優秀店舗』を決めるのに、しっかりとした会議が執り行われ、厳正なる審議の末、ファッションショーの結果がどうなるかに拘わらず、満場一致で、ジェルメールを、最優秀店舗にしようと決めてくれたみたいで……。
今回の、優秀賞への決め手になった事柄が、ジェルメールが、ただ単に、ファッションショーを、盛り上げていたからという浅い理由によるものではなく。
ジェルメールの衣装に『赤』が取り入れられ、それを観客に向かって、格好良く、可愛く見せていたことから……。
ファッションショーの開始前に、ヴァイオレットさんが『人々に忌み嫌われるものから、憧れるような色に』と言ってくれていた言葉の通り、一般の人から忌避される赤という色を使っていながらも、多くの人達の視線を釘付けにし、まさに、憧れられて、着たいと思ってもらえるようなデザインへと昇華させていたことが、運営の人から、ものすごく高く評価されたみたい。
2位である、シベルの獲得投票数が2521票で、1位の、ジェルメールの獲得投票数が2539票だったことを思えば、その差は18票しかなくて、本当に、どちらが優勝しても可笑しくなかったと思うけど……。
それでも、全ての店舗の中から、建国祭において、一番活躍したとされる『最優秀店舗』を選ぶ時には、今回、ジェルメールの衣装が、ファッション的な意味合いだけではなく、人々の常識をも打ち破るような形で、メッセージ性を持たせ、世間の目も変えた素晴らしいものだと……。
もしも仮に、昨日の夜、同時刻に、投票の確認をしていた結果として、シベルが優勝することになっていたとしても、特別枠で、ジェルメールを、最優秀店舗にしようという話には、なってくれていたみたい。
それは、皇女である私が、モデルを務めているからという訳ではなく……。
衣装に、アウターコルセットとして、真新しい要素も含みつつ、そのデザイン性も含めて高く評価され、私のドレスが可愛いと思ってもらえただけではなく、セオドアの衣装も、銀に赤の装飾が施されていて、格好いいと思ってくれた人が多かったからなんだと……。
改めて、私と共同で衣装を作ってくれた、ヴァイオレットさんのデザインが、世間の人から認められたことの何よりの証だった。
最優秀店舗が、ジェルメールであると発表され、司会の人からその説明があると、閉会式を見る為に、この闘技場に来て、観客席に座っていたお客さん達から一斉に『わぁぁぁっっっ!』という歓声と共に、温かい、大きな拍手が、私達へと送られてきて。
昨日のファッションショーに来ていなかった人も沢山いるだろうに、全体的に、好意的な視線で見てくれる人が多くて、私は、心の底から、ホッとしてしまった。
彼等の歓声と、拍手、それから、私達の功績を讃えてくれるような口笛の渦の中に包まれて、あの時『本当に、大丈夫なのか?』と不安がる私達のことを説得して、ヴァイオレットさんが衣装を作ってくれたことで、それを見た人の心の中に強く残り……。
多くの人が、普段は持っていたであろう、赤を持っている人に対しての偏見や嫌な気持ちを『ほんの少しでも、払拭することが出来たんだ』と、一人、沢山の人達から向けられる温かみのある言祝ぎと、浴びるほどの賞賛の中で、じわじわと実感して、嬉しい気持ちになっていると……。
「……悔しいですが、完全に、私達の負けのようですね。
やはり、今回の大会でも、ジェルメールが、最大の壁として、シベルの前に立ち塞がってきたのだと、納得の気持ちです。
ですが、シベルもまだまだ、挑戦を続けていきますし、常に、新しい形へと成長し続けていますから、来年は、絶対に、貴女たちに、負けるつもりはありません。
シベルこそが、一位の座に相応しいと、世間の人達にも思ってもらえるよう、今まで以上に腕を磨き、返り咲いてみせると誓いましょう。
それまで、ジェルメールの方々も、どうぞ、ライバルに相応しい姿で、再び、相まみえることが出来るように、腕を磨いておいてください」
と、隣で、スタッフさん達の輪の中から抜け出てきた、シベルのデザイナーであるクロエさんが、お互いの健闘を称えるように、此方に向かって、声をかけてくれた。
健闘を讃えると言っても、あくまでも、いつもの、勝ち気な雰囲気で、一切、そのペースを崩すことがない言い方だったけど……。
それでも、彼女の言葉には、温かみが感じられて、常日頃から、本当に、良いライバルとして、ジェルメールやヴァイオレットさんのことを見て『お互いに学べることがある』と思ってくれているんだろうなということが、私にも、しっかりと伝わってきた。
そうして、今年の建国祭の閉会式は、観客の人達からも大歓声の中、大盛況のまま、何事も無く無事に幕を降ろしたんだけど……。
そのあとも、私自身は忙しく、ジェルメールのみんなと一緒に、複数の記者の人達に囲まれ、明日の記事のための、インタビューを受けることになってしまった。
お父様や、お兄様達が、先に馬車で皇宮へと帰っていく中、テレーゼ様に『アリス、また後ほど、皇宮でな?』と、食事会について、来るように念を押されたあとで、私もそのまま、帰ることになるのかなと思っていたから、まさか、こんなふうに、自分がインタビューをされることがあるだなんて予想もしていなかったんだけど。
ジェルメールが、ベスト店舗賞のみならず、最優秀賞まで受賞したとあれば、明日発売される殆どの新聞の一面を、その話題で飾ることになるだろうから、仕方がないことなのかもしれない。
まるで、ヒーローインタビューさながらの、初めてのインタビューという出来事に、緊張して……。
『皇女様、騎士様とは、いつもあのように仲良くされているんですか?』などと、矢継ぎ早に、彼等から私生活のことを聞かれたりで、その日の主役にでもなったような気分を味わいつつ。
突然の質問に、ドキドキしながらも、精一杯、自分に出来る対応をと、言葉を選びながら答えていると、私に質問が集中したことで、さりげなく、ヴァイオレットさんや、セオドアも会話に加わって、そっと助けるように、フォローを入れてくれて、私は、ホッと胸を撫で下ろした。
特に、記者の人達から、私とセオドアの普段の仲の良さを聞かれた時に……。
「アリス様は、本当に、いつも優しくて、誰に対しても分け隔てなく接してくれるので、俺も普段から、あの距離感を許してもらっています」
と、間髪入れずに、さらっと答えてくれたセオドアには、本当に感謝しかなく、そう言ってもらえて凄く嬉しかったり。
そのお陰もあってか、私自身も、ちょっと、言葉に詰まってしまう時はあったけど、何とか、記者の人達からの全ての質問に、答えることが出来たと思う。
記者の人達も、10歳という子供姿の私と、幼い主人を護りたいと思って、傍に付き従ってくれている騎士という姿があまりにも珍しく、私達の仲の良い姿が微笑ましかったのか、私達の姿を見る度に、どんどん、その表情が綻んでいって、殆ど、嫌な質問が飛んでくるようなこともなく、好意的に見てくれるような人ばかりだった。
もちろん、この中には、私の悪い噂を、面白おかしく記事にしていた人もいるんだろうから、全ての人が私に対して好意的で信用がおけるかといったら、そうではなくて、今後もそういう人のことを見抜くことが出来るようにしていかなければいけないなとは思うけど……。
【世間が、これだけお祝いムードに包まれて、ジェルメールを賞賛する声で溢れているなか、悪いことは書けないだろうから、暫くの間は、大丈夫かな……】
そして、彼等の中には、お父様の執事であるハーロックや、ルーカスさんとも親しくしている、新聞記者のトーマスさんの姿もあって……。
帰り際……。
「明日の新聞では、しっかりと皇女様の素敵な一面も含めて紹介させてもらいますので、是非、楽しみにしていてくださいね!」
と、声をかけてくれて、知っている人の姿に、ほんの少し心細い気持ちから、安心感を感じることも出来た。
一昨日、エヴァンズ家の夜会で会った時には、リラックスした様子で、気さくな雰囲気を醸し出していたと思うんだけど、ほんの少し、トーマスさんの表情が緊張感のようなもので、強ばっていたような気もして『……何かあるのかな?』と、ちょっとだけ、その姿が気になったものの。
私自身、続けざまに声をかけてくる、記者の対応に追われ、いっぱいいっぱいで、それ以上、彼のことを気に掛けることが出来なかった。
そうして、お兄様達から、遅れること30分ほど経って、ようやく、全ての記者の人達の質問攻めから解放された私が、そのあと、帰りの馬車が停まっている所まで、ジェルメールのみんなと歩いて向かっていると、シベルのスタッフさん達と、バッタリと遭遇し……。
私自身、リハーサルの時に、クロエさんに、私と共同開発をしたいと思っている理由について熱く語ってもらえたことが、ずっと気がかりだったというか、引っかかっていて……。
『そんなふうに、思ってもらえていたのなら……』という気持ちが強く出て……。
今回のファッションショーで、どういうふうな結果になったとしても、ジェルメールと縁を切るということは、絶対にあり得ないと心の中で決めていたし、それ自体は、揺らがなかったものの。
リハーサルが終わったあと、閉会式が行われている最中にも、出来れば『シベルにとっても、良い方法がないか』と、頭を働かせながら、考えこんでいた私は……。
一点だけ、現状を打開することが出来て、私にとっても、シベルにとっても、双方共に喜ばしいアイディアを提案することが出来るかもと……。
今回の優勝賞品が、国から金一封が出て、私が優勝店舗と一年間の専属契約をするというものであることには、代わりがないんだけど『もしも、クロエさんさえ良ければ……』と、顔を上げ、意を決して、ここまでずっと、頭の中で考え込んでいた、自分の思いを率直にクロエさんに伝えてみることにした。
「あの……っ、クロエさん……。
もしも、クロエさんさえ良ければなんですけど……。
私自身、実は、ここ最近、親しい友人に向けて、衣装のプレゼントをしたいなと思っていて……。
今度、シベルに、衣装を一つ作ってもらうよう、お願いすることは可能でしょうか?」
突然の私の言葉に、驚いたような表情を浮かべたのは、クロエさんや、シベルのスタッフさん達だけではなく、ジェルメール側のみんなも、だったんだけど……。
たとえ、今回の優勝賞品が、私と一年間の共同開発が出来るという専属契約であったとしても、私自身が、誰かのためを思ってプレゼントをするのに、ジェルメール以外の別の衣装店を使ってはいけないという決まりはないし。
だからこそ、私自身、身近にいる、ファッションに興味がある人で、この前、建国祭の間に行われた勲章の授与式で会った時に、その事情を聞いてから、一人『衣装をプレゼントしたいな』と思った人がいて……。
その人のためを思って、ドレスを作るなら、ジェルメールではなく、シベルで、クロエさんと一緒に作った方が、私の理想に近いものが出来るかもしれないと感じながら、声をかけてみたら、予想以上に、みんなを驚かせてしまったらしい。
特に、ヴァイオレットさんが、ショックを受けた様子で『衣装を作るのなら、是非、ジェルメールで……』と、言いたげな表情をしているのが見えて、私はそのことに、言葉が足りなかったかな、と慌てつつ。
一体、どういうことなのかと、此方に向かって、戸惑いの視線が、ビシバシと飛んでくるのを感じながら、改めて、みんなにきちんと説明しようと、ゆっくりと口を開いていく。
「あの、今後、ジェルメールで衣装を作らない訳じゃなくて、今後もジェルメールで衣装を作らせてもらいつつも、……実は、私が以前から親しくしている友人の中に、ファッションが大好きな子がいるんですけど。
彼女自身は、清楚な雰囲気の洋服が好きなのに、自分にはあまり似合わないからって、普段は、そんなに好きじゃない、タイトなマーメイドのドレスを着ていることが多いんです。
彼女の雰囲気も含めて、多分、ジェルメールよりも、シベルの衣装の方が、似合うと思うんですが……。
それでも、私自身、彼女には、出来れば、自分の好みのものを、自由に着てほしいなって、思っていて……。
もしも、クロエさんさえ良ければ、清楚な雰囲気を持ち合わせながらも、身長が高い彼女にも似合うようなドレスを一緒に作ってくれるんじゃないかなって……。
ジェルメールだと、デザインが甘くなりすぎてしまう可能性があるので、シベルの持ち味でもあるクールで格好いい雰囲気も残しつつ、彼女が好きな清楚感も掛け合わしたデザインの服が出来れば良いな思うのですが、どうでしょうか?
友人に贈りたいものなので、私からお願いする形で、良ければ、一緒に、私と、一着ドレスを作ってもらえたら、こんなにも嬉しいことはないのですが……」
そうして……。
しっかりと、全員にも意図が伝わるよう、クロード家の長女であるオリヴィアのことで、この間、騎士の勲章の授与式で会った時に『自分には清楚な服が似合わない』と、好きなものを諦めるように、気落ちしていた彼女を思って……。
出来れば彼女に似合う服が作りたいと思っているものの、その衣装に関しては、ジェルメールよりも、シベルで作ってもらった方が、元々、オリヴィアに似合うようなデザインの服を作るのが得意な分だけ、より彼女にフィットする衣装が作れるんじゃないかと思って、きちんと順序立って説明すれば……。
私の説明で、みんな、私がどういう意図があって、クロエさんに衣装を作ってほしいと思ったのか、理解してくれたのだろう。
ヴァイオレットさんも『そういうことなら、仕方がありませんね』という雰囲気で納得してくれたみたいだったし。
シベルのスタッフさん達も、喜色満面の笑顔で、私の提案を受け入れてくれた様子だった。
そして……。
「……っ、!
皇女様、本当に、この度のことは、私自身、知らなかったとはいえ、ご迷惑をおかけし申し訳ありませんでした。
シベルで働く従業員がやったことは、当然、お店の責任でもあり、私の責任でもあることですし。
あの子が仕出かした罪の大きさを考えれば、本来なら、許してもらえなくても可笑しくないところ、シベルのことも考えてくださって、そのような提案をして頂けたこと、本当に嬉しく思います。
皇女様が、衣装をプレゼントしたいと思っているご友人のためにも、皇女様に、今、かけてもらえたお心遣いに報いるためにも……。
私自身、持てる限りの全ての力を注いで、必ずや、たった一つの特別な贈り物として、皇女様のアイディアと共同で、衣装を作らせて頂きたいと感じています。
皇女様さえ、宜しければ、王都にお立ち寄りの際は、またいつでも、ジェルメールだけではなく、シベルにもいらっしゃって下さい」
と、ほんの少し、その目尻に透明の光るような液体を浮かべたあとで、クロエさんが、私の手をぎゅっと握り、感謝の気持ちと共に、私の提案に、力強く頷いてくれた。
その言葉に、ほっこりと嬉しい気持ちになりながら、温かい感情に包まれた私は、ジェルメールとも、シベルの人達とも、良い関係性を築くことが出来て、全てが丸く収まって、本当に良かったと、心の底から感じつつ。
みんなと別れて、一人、このあとのことを考えて、気合いを入れ直す。
帰りの馬車の中で、セオドアや、アルだけではなく、ローラや、エリスにまで『大丈夫なのか』と心配されてしまったけど、皇宮に帰ったら、テレーゼ様とのお食事会が待ち受けている。
そのことに、若干の不安はあれど、私自身、何も粗相などをしないように、いつも以上に、マナーなどにも気をつけて、食事会に臨まなければいけないだろう。
お父様や、お兄様達、ルーカスさんも来るという中で、どんな食事会になったとしても、それに対応出来るくらい、神経を張り巡らせていなければ、逆に貶められるようなことがあるかもしれないと感じながら……。
私は、皇宮に戻る馬車の中で、皇宮に帰ったあとのことを考えて、ほんの少し憂鬱な気持ちに苛まれてしまった。










