435 ベスト店舗賞の発表
お兄様や、テレーゼ様、お父様がいる控え室の方まで戻ったあと、休む間もなく、直ぐに、私は、みんなと一緒に、閉会式に出ることになった。
この辺りのことは、一度、開会式で経験しているため、迷うことなく、スムーズで……。
私達は、閉会セレモニーをするのに招待されていた楽団の人達に続いて入場したあと、闘技場の中に用意されている椅子に座り、お父様が挨拶をしてくれるのを待つ。
その間、観客席に座っている人達も、普段、滅多に見ることが出来ないお父様の言葉を聞くため、閉会式が始まったことで、静まり返っていて……。
開会式の時と同じように、沢山の人達が、今日、この場にやって来ていることで『やっぱり、どうやってもこの中から、一連の事件の犯人を捜すのは無理があるよね』と私は、観客席を一度、視線だけで見渡した後、ほんの少しだけ、がっくりと肩を落とした。
閉会式が始まる前は、セオドアも、嫌な気配を纏っている人間がいるかもしれないし、観客席については、特に気をつけて、注意深く見てくれると声をかけてくれていたものの。
セオドア自身も、こんなにも人が沢山いたら、その気配を探るのにも、きっと骨が折れてしまうだろう。
そうでなくても、人が多かったり、あまりにも人の気配が多いところだと気持ち悪くなってしまうって言ってたから『どうか、無理だけはしないでね?』という気持ちを込めて、私の傍に立ってくれていたセオドアに、そっと視線を向けると……。
セオドアも、私の視線を受けて『あぁ、大丈夫だ。心配してくれて、ありがとな』と、優しい表情で、アイコンタクトを交わしてくれた。
私達が、そうやって視線を交わし合っている間にも、閉会式は盛り上がりを見せ、セレモニーとして、順番に、出し物が執り行われていく。
開会式の時は、新規の曲を作成し、豪華な感じで披露された交響楽団の音楽や……。
異国の踊り子さん達が、ダンスを見せてくれたりという演出が行われていたけれど。
閉会式では、教会から、わざわざこの日のためにやってきた大司教様が、会場に用意されていた、神様へ捧げるための聖火を灯すのに、松明から、聖火台へ火を灯してくれるなど、神聖で、厳かな雰囲気の儀式も取り入れられていた。
因みに、これは、毎年、閉会式には必ず行う儀式だそうで……。
開会式の時に行わず、閉会式の時に行うのは、今年も無事に、何事もなく、建国祭を終えることが出来たと、国の平和を神様に『感謝するもの』になっているみたい。
その意味を知らなかった私が、一人戸惑っていると、こそっと隣で、ギゼルお兄様が、私に対して『お前も、意味くらいは、ちゃんと知っておけよ』と、教えてくれて、理解することが出来た。
こういうこと一つとっても、私にとっては、全部が初めてのことで……。
ローラやセオドアから話には聞いていたものの、事前に誰かに『その意味』なども含めて、詳しく教えてもらえた訳ではないから、お兄様が私の様子に気付いてくれて、隣で、色々なことを耳打ちしてくれるのは、本当に有り難いなぁと思う。
そのあと、閉会式用の演出のための、ダンスが執り行われたり。
再編集された、短いお話の歌劇が行われ、観客を盛り上げたあと。
いよいよ、今年の建国祭で、それぞれの部門別の『ベスト店舗賞』が、発表されることとなった。
そうして……。
その話術から、今回の閉会式でも、司会に抜擢されたらしい、昨日のファッションショーで司会をしてくれていたノリの良い司会者さんが、闘技場の中に用意されている特設ステージの壇上へとあがると。
会場に来ていた観客席に座るお客さん達も、この発表の時を楽しみにしていたのか、さっきまで、セレモニーの演出としての、ダンスやオペラに盛り上がっていた会場も、一気に固唾を呑んで、再び、発表の時を見守るように、静まり返っていく。
彼が開いた、折りたたんであった紙には、既に、優勝店舗が書かれていると思うんだけど……。
意味ありげに、にやりと笑い、観客に期待を持たすような感じで、間を持たせていて、勿体ぶったようなその雰囲気に、私は、本当に、この司会者さん、会場の雰囲気を盛り上げて、引き込むのが上手いなぁと感心してしまった。
「紳士、淑女の皆さんっ! こんにちはァァっ!
これから1年、大いに王都の街を賑わせ、国の優良店として、顔になってくれること間違いなしの、毎年行われる閉会式の名物に、早く、発表してほしくて、気になる人も多かったのが、その表情から、ビシバシと伝わってくるんだが……っ!
そんな、みんなに、朗報だぜっ! ……大変っ、長らく、お待たせ致しましたっっ!
ついに、今年のベスト店舗賞が決定したぞっ!
しかも、その結果は、今、まさに、俺の手の中にある……っ!
今後の王都の街の運命を左右する、重大発表ということで、俺も、まさに今、手に汗を握っている状態だっ!」
そうして、大きな声で、溌剌と、ここにいる全員に向かって、なるべく聞こえるように声を張り上げながら、盛り上げてくれるその一言に、否応なしに期待が高まってくるのを感じて、私はドキドキしてしまった。
閉会式には、ショーや演出を楽しみに見に来ている人も、中にはいるみたいだけど、大半の人達は、閉会式で毎年行われている、この発表を楽しみに来ている人が殆どらしく。
建国祭の間中、色々なところで、部門別の投票の箱が用意され、自分達の一票が、国の顔となるお店を決定することが出来て、一般の人達も『参加型のもの』だからこそ、ここまで、沢山の人達からも愛され、親しまれているんだと思う。
単純に、優勝して、一番に輝いたお店は、その知名度をグンとあげられるし、お客さん達も、一度は行ってみたいと感じるだろうから、お互いにとっても、嬉しい話になるんじゃないかな。
私自身も、バタバタと忙しくて、結局、一日しか王都の街で『お祭り』を楽しめなかったから、どこの店舗が優勝するのかというのは、凄く気になって、興味津々だった。
「今回、国から金一封として、賞が用意されている部門は、雑貨、コスメ、食事、お菓子、そして衣装の5部門だぜっ!
みんな、この中でも、特に、気になっている、あの部門の発表を早くしてほしいと思っているだろうけど。
すまないっ! それは、今回の最後まで、おあずけだと、偉い人に言われて、発表の順番については、事前に決められてしまっているんだ!
いっぱしの、ただの司会者である俺じゃ、どうすることも出来なかったから、勘弁してくれよなっ!」
発表を前にして、ノリノリで、会場を盛り上げてくれる彼の言葉に、会場が、『わぁぁぁっっ!』と、沸き立つのを感じながら、人々の関心が、改めて高いものなんだと、私も一般のお客さんと同様に、ワクワクとした気持ちで、どこの店舗が優勝するのかと見つめつつ。
私自身も、もうすぐ、自分の出番として、ジェルメールのみんなと一緒に、特設ステージに上がることになるから、別の意味でも、緊張してきてしまった。
内容も、優勝店舗のみが発表される訳ではなく、3位から順番に、発表になるものだし……。
ファッションショーの優勝店舗として、衣装部門の発表は、今、司会者の人に言われたように、最後になるだろうから、まだまだ、落ち着いて見れるんだけど。
基本的に、雑貨部門とコスメ部門で分かれている内容の内訳は、雑貨部門が、日用品などを扱う『生活雑貨』とかになっていて、コスメ部門の方が、美容系の雑貨の販売をしているお店に限られるんだったはず。
だから、雑貨部門では、調理器具などのキッチン用品から、掃除道具、園芸用品などの販売をしている店舗などが、数多く参加していて。
コスメ部門の方は、口紅などのメイク用品を販売しているお店だけではなく、ボディーソープなどのお風呂系の雑貨から、香水などを販売しているお店などが、幅広く参加していたりする。
一口に『雑貨』といっても、その用途に関しては、本当に様々だから、2部門に分けられているんだよね。
同じように、食事の方でも、きちんとした食事をとることが出来るお店と、クッキーや洋菓子を販売しているお菓子関係のお店を合わせてしまうと、膨大な数になってしまうことから、此方もまた、2部門に分けられて発表されるみたい。
とりあえず、今は、司会の人の紹介で、王都の街で生活雑貨を営んでいるお店の店長さん達が、ステージの上にあがり、緊張した面持ちで、優勝した店舗がどこになるのか、発表される時を待っていた。
3位は、名指しで発表されるみたいだけど、2位と、1位に関しては、彼等の後ろに設置された大きな看板に、上から紙を貼り、獲得投票数と、店名を隠した状態で、上に貼った紙を剥がすことで、同時発表になるみたい。
ここでも、直ぐに、結果が分からないような仕掛けになっていて、期待が高まっていく演出に、閉会式というか建国祭を盛り上げるための工夫が、随所に、張り巡らされているんだなぁと、私は感心してしまった。
目の前で、順位が発表されていく過程で、ぎゅっと手を組み、自分のお店が優勝店舗であるようにと、祈っている店主の姿を見ていると、他人事では無いなと感じてしまう。
司会の人の進行で、優勝店舗が発表されていく度に、その裏に、私達からは見えないような、ドラマがあるんだろうなと思えて、そういう意味でも、発表の時間が楽しかったりもして。
雑貨部門については、私自身、全然知らないお店が優勝だったため『おめでとう』という、お祝いの気持ちはあれど、今ひとつ、ピンとこなかったんだけど。
コスメ部門では、この間、ルーカスさんにデートで連れていってもらったボディーソープなどを売っているお店が、なんと、大健闘で、2位にランクインしていて、惜しくも国からの報奨金はもらえなかったものの、知っているお店の名前が出たことで、私自身も、応援に、ついつい、力が入ってしまった。
更に、食事部門の方は、王都で今流行っているというレストランが一位を獲得し、ベスト店舗賞に選ばれ、お菓子部門の方では、あまり知られていなくて、今まで無名だったという店舗が、並みいる沢山のお店のことを抑えて、一位に輝いたみたい。
何でも、ディスプレイ用として店先に出していた、ひよこの形をした、スイーツが可愛いと評判を呼び……。
この建国祭の間で一気に知名度を上げたらしく、まさかまさかの優勝に、お店の人が一番ビックリしていて、感動でボロボロと涙を流し、更に、この場で、面白おかしく盛り上げてくれている司会の人の紹介も相まって、会場も大いに盛り上がっていた。
ベスト店舗賞になった1位のお店だけではなく、2位や3位になって惜しくも優勝を逃したお店に関しても、世間一般の人達からの獲得投票数が多かったことには変わりなく、どのお店も気になるお店ばかりで、また機会があったら、行きたいなと思えるようなところも多く……。
今度は、私から誘って、みんなと一緒に、どこかに行くことが出来たらいいな、と改めて思う。
【誘ったら、セオドアやアルだけではなくて、お兄様や、ルーカスさんも来てくれるかな?】
もし、可能なら、今度は、勇気を出して、ギゼルお兄様を誘ってみるのも良いかもしれない。
漠然と、頭の中で、そんなことを考えていたら……。
あっという間に、衣装部門の発表が来てしまって、リハーサル通りに、司会の人からの紹介があったあと、お菓子部門で、参加していたお店の人達と入れ替わる形で、今回のファッションショーに参加した店舗の人達が、入場し、ステージの上に上がっていくのが見えた。
そのタイミングで……。
私も座っていた椅子から立ち上がり、セオドアと一緒に、ジェルメールのみんなと合流して、特設ステージの上にあがっていく。
私達が、全員、ステージの上にあがると、直ぐに、私達の背後に、観客席からも見えるほどの、縦に大きな看板が、運営のスタッフさん達の手によって、運ばれてきた。
店舗名と、投票数が、看板の上に張られた紙によって隠されていて、紙につけた糸を引いたら、その紙が下に落ちるような感じになっているのは、さっきまでの他の部門の発表の時とも、何も変わっていないのだけど。
皇族として、椅子に座って発表を聞いていた時には、何とも思わなかったものの、いざ、自分達の発表の番がやってくるとなると、ドキドキと鼓動が早まり、一気に、緊張してきてしまう。
周りを見れば、私と同じように、どこのお店のスタッフさんも緊張したような面持ちで、祈るように発表の時を待っていた。
「さぁ、お待たせしましたっ!
いよいよ、残すところ、あとは、衣装部門の発表のみとなっているぞっ!
昨日行われた、ファッションショーの会場では、度々、観客からのスタンディングオベーションが巻き起こって、大盛り上がりだったが、並みいる強豪を退けて優勝し、ベスト店舗賞の栄冠を勝ち取る店舗は、どこになるのか、楽しみにしてくれよなっ!
まずは、第3位の発表だっ……っ!」
そのあと……。
これまでの間にも、既に、4部門で、1位から3位まで、12店舗の発表を行っているにもかかわらず。
まだまだ、元気よく、大きな声で、煽るように、会場を盛り上げてくれていた司会の人の声が聞こえてきて……。
私は、早く呼ばれたい気持ちと、今、ここで呼ばれてしまったら『1位にも、2位にもなれない』という、不安と期待でいっぱいのジェルメールのスタッフさん達の中心で、胸の前で、ぎゅっと手を組んで、今か、今かと、発表の瞬間を待つことにした。
さっきからずっと、止めどなく、ドキドキとしていた気持ちは、ピークに達し、鼓動がドクドクと早まってくる。
セオドアが傍に立ってくれているお陰で、何とか、普通にしていられるけど、手は震え、ほんの少し生気を無くして冷たくなっていくのが、手に取るように理解出来た。
そうして、交響楽団のバックミュージックとして、ドラムロールが流れたあとに……。
「衣装部門、第3位は、……獲得投票数1568票!
なんと、オードワ・トワレが、ランクインしたみたいだぞっ!
ファッションショーに来ていなかった、お客さん達は分からないかもしれないが、ピンク色の甘いドレスに、ケーキや、イチゴなどのフルーツをイメージしたドレスで、その見た目から、多くの観客を魅了したみたいだなっ!
護りたい貴方へ送るプレゼント、というのが今年のテーマであり、会場では、普段着ないような、コンセプトドレスが多かった中でも、特に目立っていたと言ってもいいだろう。
……そういうところが、今回の人気に繋がったのかもしれないな!」
と、司会の人の口から、3位が発表されたことで、緊張の面持ちだった、ジェルメールのスタッフさん達も、その名前を聞いて、まだまだ気は抜けないという気持ちもありながら、ホッと一安心したみたいだった。
3位も充分に凄いことだけど、今回、私達が狙っているのは、優勝であり、ジェルメールとしても一度も輝いたことのない栄冠だからこそ、今、ここで、3位として呼ばれなかったことに、安堵したんだと思う。
オードワ・トワレ、というお店の名前は、私自身聞いたことがなかったけど、ファッションショーの準備の時に、衣装が一際目立っていて、私も『……ケーキをイメージしたドレスがある』と、強く印象に残っていたから、その衣装については、よく覚えていた。
昨日、ファッションショーが終わったあとに、ルーカスさんと一緒に、私のことを労いにきてくれたウィリアムお兄様が、ジェルメールやシベルの他にも、観客から評価を得ていた店舗があったと言っていたのが、オードワ・トワレのことだったのかも……。
確かに、今回のファッションショーの衣装って、テーマがあって、それに合わせて、普段の貴族が着るようなものから、少し誇張して、コンセプトドレスとして目立たせているものが多いから、実用的かと言われたら、そうじゃなかったりもするんだよね。
そんな中でも、ジェルメールで作っていた衣装も、シベルが発表していた衣装も、パッと見て目立つようなドレスではあるものの……。
きちんと、今後の販売まで、しっかりと見据えた上で、実用的なドレスに落とし込んでいるのって『改めて、本当に凄いことなんだなぁ』と、感じてしまった。
張り詰めたような緊張感のもと、私は、2位と1位が、同時に発表されることに、ただ、ひたすら、ドキドキしていた。
まずは、看板の上に書かれているであろう獲得投票数の上に張られた紙が、スタッフさんの手によって、剥がされていくんだけど、1位と2位の獲得投票数は、それぞれ、どれくらいだったんだろう?
ジェルメールのスタッフさん達に交じって、祈るような気持ちで……。
『ここまで、頑張ってきたのだから、どうか優勝させてください』と、心の中で願いながら、固唾を呑んで、司会の人の進行を、ハラハラと見守っていると……。
「それじゃぁ、第3位が発表になったことで、今年のファッションショーの優勝を決める発表を、これから行っていくぞっ!
王都の街にある、全23店舗の、ブランドの中で、ファッションショーの会場に集まった8000人を超える来場者が、一番良かったお店はどこなのか? ……と、選んだ、栄えある第一位は……っ!?
な、なんとっ、! 獲得投票数2539票っ! 第二位のお店が、2521票……っ!
これは、あまりにも僅差すぎるぅっ! どっちが、優勝しても本当におかしくなかったと思うぞ……っ!」
と、一先ず、獲得投票数の発表で、あまりにも、僅差の票が発表されたことで、更に会場が色めき立ち、観客の人達から響めきが沸き上がっていったあと。
贅沢にも、今、ここで、生演奏として、壮大なドラムロールが流れ……。
「二位っっ! 獲得投票数2521票!
異国情緒溢れる日傘に、青い海を漂わせるようなセクシーな衣装が魅力的だった、シベルっっ!
傘の小物や、スリットの入った大胆なドレスに、観客が魅了され、票に繋がったんだと思われるぞっ!
そして、第一位はっっ! 獲得投票数2539票っ!
なんと、今回の建国祭前に、モデルとして皇女様が起用されたことが話題にもなった、ジェルメールだっ!
花言葉を衣装や小物に、ふんだんに使用していて、忌み嫌われる赤を目立たせ、清楚な雰囲気の衣装が特徴的だったが、斬新で革新的なアイディアも含め、歴史が変わったという声も沢山聞こえてきて。
ステージの上でも皇女様と、専属の護衛騎士様がお互いに、ブーケと花かんむりを交換するという優しい演出があって、終わってからも凄かったと、人々の記憶に残るものだったと俺も思うぞっ!
優勝、本当に、おめでとうっっ!!!」
と、発表されたことで、一瞬だけ時が止まり、私達は、思わず、みんなで顔を見合わせて、後ろの看板に書かれている一位として紹介されているお店の名前を見ながら、驚きに目を見開きあってしまった。
その、数秒あとで、じわじわと優勝したことを実感したのか、ジェルメールのスタッフさん達が喜色満面の笑みを浮かべている中、ヴァイオレットさんが、感極まって、ボロボロと涙を流しながら……。
「あーん、皇女様ぁっっ! 騎士様っっ!! みんなぁぁっ!
長年、ファッションショーに出続けてきて、ジェルメール、初めての優勝よ~っっ!!!
本当に、全員で、勝ち取った勝利だわ~! 今だけ、みんなのことをまとめて、この腕に、抱きしめさせて頂戴っ!」
と、腕を目一杯、横に広げて、スタッフさんごと、まとめて、みんなを抱きしめてくれて、私も思わず、その腕の中で、ジェルメールの優勝に貢献することが出来て、うるうると涙ぐんでしまった。
私達が歓喜の渦に包まれていく一方で……。
クロエさんも含めて、シベルのスタッフさん達は、凄く悔しそうではあったものの。
それでも、ライバルとして認めてくれているのか、ジェルメールの優勝を、クロエさん自ら、そっと讃えるように拍手をしはじめてくれたことで、お互いの間にあった、最後の、僅かなしこりも、今、雪解けのように溶けていくのが感じられて、私は、そういう意味でも、ほっこりと嬉しい気持ちになってしまった。