433 閉会式前の誘い
翌日、私達は閉会式に出席するため、開会式が行われた会場へと馬車で向かっていた。
私達が、会場へと到着すると、珍しくテレーゼ様は、まだ来ていない様子ではあったものの、お兄様二人は、既に到着していて……。
今日の朝刊でも、世間の話題は、ファッションショーのことで持ちきりの様子で、優勝はシベルか、ジェルメールのどちらかではないかと、煽るような記事が出されていたことからも、改めて、昨日のファッションショーの話で、ウィリアムお兄様も交えて、みんなで盛り上がっていると。
「まっ、まぁ、そうだよなっ!
馬子にも衣装っていう言葉があるくらいだしっ!
お前のステージも、そのっ……、広い意味で言ったら、全然、悪くはなかったよなっ!」
と、私とセオドアとアルと、ウィリアムお兄様の会話を遮るようにして、ギゼルお兄様が突然、声をかけてくれたことで、私は思わず、キョトンとしてしまった。
まさかの、ギゼルお兄様までもが、昨日のファッションショーを、見に来てくれているとは予想もしていなかったし。
私だけじゃなくて、ここにいる誰もが、私と同様に驚いていたことからも、ウィリアムお兄様も、まさか、ギゼルお兄様が、昨日会場に足を運んでいたとも思っていなかった様子で。
一斉に、みんなの視線が『ファッションショーに、来ていたのか?』と、問いかけるように、ギゼルお兄様の方へ向くと。
ギゼルお兄様自身、お忍びで、誰にも言わずに、こっそりと来ていたからなのか、あからさまに『墓穴を掘ってしまって、まずい』というような表情を浮かべたあとで。
「べ、別に、勘違いするなよなっ!
俺自身は、そこまで、興味なんて、欠片もなかったんだけど……。
たまたまっ、チケットが余ってたらしくて、知り合いから譲り受けたから、仕方なく行ってやったんだっ!
チケットには、罪なんてないだろう……っ?
だから、お前のためじゃなくて、俺の所為で、空席が出てしまったらいけないと思っただけなんだからな!」
と、此方に向かって、慌てたように早口で弁明してきて、その言葉に、私は、ポカンとしたあとで、思わず、小さく笑みがこぼれてしまった。
ギゼルお兄様からは、もの凄く嫌そうな表情を向けられて『何、笑ってんだよっ!』と、突っ込まれてしまったんだけど。
だって、今回のファッションショーは倍率が高くて、欲しい人も、中々、チケットを手に入れることが出来ないと言われていて、チケット自体に、プレミアの価値が付いている状況だったのに……。
たとえ、誰かと会話をして、チケットを譲り受けたとしても、自分からファッションショーの話題を出さない限りは、お兄様が、たまたま、誰かから、プレミアの付いた『付加価値の高いチケット』を譲り受けるだなんてことは、殆ど起きないだろうし。
そう思えば、どうやったって、お兄様の今の言い分が嘘でしかないということは、明らかで……。
お兄様自身が取り繕って、私に対しては、自分の意志ではなかったという感じを見せてきているものの、それが本心ではないと、手に取るように、理解することが出来たから……。
きっと、わざわざ、見に来ようと思って、チケットを取ってくれたんだと思う。
その状況が、ありありと想像出来てしまい、ギゼルお兄様の普段からの悪態に傷ついたりするよりも、嬉しさの方が勝ってしまった。
「ありがとうございます」
だからこそ……。
ふわふわと口元を緩め、笑顔を向けながら、お礼の言葉を伝えていると、ギゼルお兄様は、私に対して……。
「ばっ……!
俺は、お前に、お礼を言われるようなことなんて、何もしてねぇしっ!
……急に、変なことを言ってくるなよなっ!」
と、言ったあとで、決まり悪そうに、私達から顔を背け、そっぽを向いてしまった。
【ほんの少し耳が赤くなっているところをみるに、もしかして照れていたりするのかな……?】
ギゼルお兄様のことをよくよく見ていると、何て言うか、徐々に、お兄様の素直じゃない気持ちが垣間見えてくるような気がして、最近は、私も、お兄様に嫌われているんだろうという気持ちを抜きにして、ほっこりと優しい目で、お兄様のことを見れるようになってきたかもしれない。
――ギゼルお兄様とも、少しずつ距離が縮められて、今よりも、もうちょっと仲良くなれたら嬉しいんだけど。
お兄様が私に見せてくる態度に、そんなことを漠然と考えていたら……。
そうこうしているうちに、開会式の時と同じく、今回の建国祭の責任者がやってきて、私達に対して『始まるまで、ゆっくりして頂けるよう、控え室を用意しているので、いつでも、そちらに移動してくださいね』と声をかけてくれた。
まだ、テレーゼ様もお父様も、この場には、来ていなかったから、みんな集まってからの移動にはなるだろうけど。
相変わらず、きちんとした対応をしてくれる人だなぁ、と、ぼんやりと、ウィリアムお兄様と話していた責任者である、その人のことを見つめていると。
今回の閉会式にあたっての、大まかな流れと、必要事項などを、この場で『一番地位が高い』ウィリアムお兄様に伝える形で、みんなにも分かるように話してくれていたその人が、話が終わったあと、急に、私の方へと視線を向けてきたかと思ったら……。
「皇女様に、お目にかかることがあったら、お伝えしたかったのですが、昨日のファッションショー、本当に素晴らしかったですねっ!
私も、建国祭の責任者として、あの場に招待されていたのですが、特に、数ある店舗の中でも、ジェルメールと、シベルのステージが、一際、輝いていたと思いますっ!
それだけじゃなくて、皇女様と騎士様の距離感があまりにも近い様子で、あの時だけではなく、普段から、そのように接しているのだと、誰の目にも明らかで、良い意味で、会場が響めいていましたよっ!
だから、私もそこで、開会式の時にお会いした皇女様が、私共に対しても、本当に腰が低くて、皇女様のお人柄で親切に接してくださっていたのだと、周りにも、誇らしい気持ちで自慢させてもらいました。
皇女様がモデルを務めていたということで、私は、断然、シベルよりもジェルメールを応援していますから、どうか、絶対に優勝を勝ち取ってくださいっ!」
と、ブンブンと手を握られて、興奮した様子で、そう声をかけられてしまったことに、私自身戸惑いつつも……。
開会式の時に、少ししか遣り取りをしていなかったのに『私に対して、好印象を抱いてくれていたばかりか、ジェルメールのデザイナーさんと同じで、周りの人達に、私の良い噂を流してくれていたなんて』と……。
「ありがとうございます。
周りの方達に、私のことを、そのように伝えてくださっていたんですね?
そんなふうに思ってもらえて、とっても、嬉しいです……っ!」
と、感謝の気持ちから、お礼を伝えていると。
どこまでも、にこやかな表情を浮かべて『とんでもありませんっ!』と、言いながら……。
「外部に漏れるのを防ぐため、建国祭という大枠の中ではなく、大会の方の責任者の、ほんの僅かな人間しか、まだ優勝店舗がどこなのか分かってはおらず、私自身も、どの店舗が優勝するのかは知らないのですが。
閉会式の間に執り行われる発表の時間を、心待ちにしていますねっ!」
と、彼は、私に向かって、はつらつと、声をかけてくれた。
ジェルメールのデザイナーさんや、その周辺の人達だけではなくて、ここにも、私のことを思ってくれる人がいたんだなと、思いがけない喜びを、内心で噛みしめていると。
丁度、テレーゼ様の乗った馬車が、ここまでやって来たタイミングで……。
「申し訳ありません。
実は、少し、仕事が立て込んでおりまして、名残惜しいのですが、私はこれで失礼致します。
陛下や、今、此方にやって来られた皇后様にも、どうぞ宜しくお伝えください」
と、言いながら、建国祭の責任者である彼は、忙しそうに、バタバタと会場へと戻っていってしまった。
多分、閉会式と並行して、後片付けなどもしなければならず、開会式以上に、きっと、忙しいんだと思う。
【テレーゼ様が、ここに来るまでの、ほんの少しの間ですら待っていられないほど、時間を惜しんでいた中で、私に対して、ああやって声をかけてくれたことが、嬉しいな】
私が、一人、その後ろ姿を見送りながら、そう思っていると……。
停車した馬車から、背筋を伸ばして、胸を張り、颯爽と降りてきたテレーゼさまが、私達の方まで近づいてきて……。
「陛下を除けば、どうやら、私の到着が、一番、遅れてしまったようだな?
アリス……。そなたとは、この間、エヴァンズ家での夜会で会ったばかりだが、元気にしていたか……?」
と、テレーゼ様の方から、声をかけられて、私は慌てて、ドレスの裾を摘まみ、カーテシーを作りだした。
「帝国の咲き誇る大輪の花に、ご挨拶を」
その上で、今、この場において、最上級の挨拶をして、その瞳を真っ直ぐに見つめれば、テレーゼ様も私の方を見ながら、持っていた扇を開き。
「まったく……。
血の繋がりがないとはいえ、家族だというのに、相も変わらず、そなたは、いつまでも仰々しいままだな?
もっと、私のことを、本当の母だと思って、接してくれてもいいのだぞ……?
それとも、この間、私が、先走って、そなたに失礼なことをしてしまったことを、怒っているのか?
本当に、あの時は、すまないことをしたと、私も、あれから随分と反省していてな。……どうか、許してほしい」
と、ほんの少し、血の繋がっていない義理の娘を思いやってくれる継母として、悲しみを帯びたような視線のもと、苦笑する雰囲気で謝罪されて、私は、びくりと一瞬だけ肩を震わせたあと……。
困ったような表情で、微笑みながら……。
「いえ、決して、そのようなことはありません。
皇后宮の模様替えをされたことについても、私自身は何とも思っていませんし。
私のことを気に掛けてくださり、ありがとうございます。
そう言って頂けて、凄く嬉しいのですが、私自身、お母様のこともあって、まだ、色々と、気持ちに折り合いがつかなくて……。
これから、精一杯、努力するように心がけますね」
と、声をかける。
きっと、今までのように、テレーゼ様が『私に対して、継母として歩み寄ってくれているのではないか』と、勘違いしていたままだったなら、本心から、そう思って、今のように言葉をかけていたと思う。
それが、今は、全然違う意味に変化してしまって、今、出した言葉で『気持ちに折り合いがつかない』というのも嘘な訳ではないけれど、心中、凄く、複雑な気持ちを抱いてしまった。
恐らく、これも上辺だけの言葉で、テレーゼ様自身『私に、本当の母親だと思って接してほしい』だなんて、一切、思ってもいないだろう。
だからこそ、当たり障りのない言葉しか出せなくて、困ったような表情を浮かべることしか出来ない私に……。
「あぁ、そうだ。
昨日のファッションショーだが、大盛況のうちに終了していたなっ?
そなたの活躍ぶりが、今朝の朝刊にも載ったことで、今日は、どこもかしこも、その話題で持ちきりだ。
私も、義理ではあるが、母として、そなたのことを誇りに思っている」
と、テレーゼ様から、続けて言葉がかかったことで……。
昨日、セオドアが言っていたことが事実なら、テレーゼ様は、ファッションショーの途中で、席を立っていたとのことだったし。
間違いなく、今言われていることについては、最後まで見てくれていないのに嘘を吐かれているということが分かって、途端に、私の心ごと、ピシャリと、テレーゼ様を受け付けないように、閉じていってしまった。
私の、そんな心中を、余所に……。
「此度の、ファッションショーで、優勝することが出来るかどうかは別として、私もそなたの頑張りを褒めてやらねばならないと思っていたところだったのでな。
実は、前々から、そなたとは、もっと積極的な交流を持ちたいと、私も、常日頃から考えていたのだが、中々、そのような機会が持てず、苦々しく思っていたのだ。
そこで、……もしも、そなたさえ良ければ、今日の閉会式が終わったあと、家族や、ルーカスなどの親しい間柄の人間のみで、皇宮の庭を使って、立食形式の食事会を手配するようにしたのだが、どうか、参加をしてはくれぬか?
ほら、前にも、そなたに、これからは一緒に、私とも食事をしてほしいとお願いをしていたことがあっただろう?
そなたと私は、今まで、あまりにも関わってこなかったが故に、そなたが緊張しては元も子もないと思って、そなただけではなく、私達とも親交が深いルーカスも呼んでいるし。
そなたと親睦を深めるための絶好の機会であるからこそ、是非、私の面目を立てるという意味でも、来てほしいと思う」
と、思いがけず、テレーゼ様に誘われてしまったことで、驚きつつも、私自身は『警戒心』の方が強く出てしまった。
【テレーゼ様が、このタイミングで、私のことを食事に誘う目的は、一体、何なのだろうか?】
――もしかして、みんなが集まる食事会の場で、何かしら、私のことを貶めたいと思うような意図があったりするのかな?
突然かけられた言葉で、咄嗟には、隠しきれなかった『一瞬の動揺』を、何とか心の中に押し込めながらも、直ぐに返事が出来ず、私が言葉に詰まってしまっているのを見て……。
ウィリアムお兄様や、セオドア、アルも何かを感じてくれたみたいで……。
「母上、それは、絶対に、今日、行わなければならないことなのですか……?
事前に、言っておいてもらわないと、此方も用事があって困るのですが……」
と、ウィリアムお兄様が、テレーゼ様に向かって声をかけてくれたことで、私も、今の間に、ほんの少し考えるだけの猶予が持てて、有り難いなと感じながら、ホッとする。
ただ、テレーゼ様が閉会式が終わったあとに、皇宮の庭でみんなで食事会が出来るように手配しているというのなら……。
恐らくだけど、閉会式が終わるのに合わせて、今、皇宮の従者達は、てんてこまいで食事会の準備をしていることだろう。
私が、そう思ったところで……。
「あぁ、私も言うタイミングを逃して、当日になってしまったことは、本当に申し訳なく思う。
だが、折角の機会に、家族として親睦を深めたいと感じるのは可笑しなことでもないであろう?
最近になって、アリスもギゼルも大人になったのか、顔を見合わせても喧嘩をするようなこともなくなっているしな。
全ては、家族のためにと思って、皆に黙って準備をしていた、この母のことを、そのように責めないでくれ。
既に、皇宮で働いている従者達も、アリスと仲良くなりたいという私の旨を汲んで、精一杯、食事会を盛り上げるため、動いてくれているのだ。
皆の頑張りを、無駄にするようなことは、どうか、しないでやってほしい」
と、テレーゼ様から、釘を刺すようにそう言われてしまって、私もほんの少しだけ困った表情を浮かべたまま、テレーゼさまからの食事会の誘いを受けることにした。
既に、皇宮で働く従者達に、先手を打って、私達を食事会に誘いたいと思っていると伝えた上で、協力を仰いでいるのなら、ここで、私が断ってしまうと、折角良くなってきた皇宮での評判が台無しになってしまって『不義理にも、テレーゼ様の誘いを断った』と、また、私に関しての、悪い噂が立ちかねないし。
ここは、テレーゼ様の誘いに乗って、食事会に参加した方が良いだろうなと、感じるから……。
【もしかしたら、それで、何か、問題が起きてしまう可能性もあるけど……】
私自身は、セオドアやアルが付いてくれていたり、ウィリアムお兄様や、お父様もその場にいてくれるはずだから、一人じゃないだけ、本当に心強い。
何かあった時に、対処だけは出来るように、心がけておこうと決めつつ。
「そうだったんですね。
折角、テレーゼ様が、そのように、私のためを思って計画してくださったことですし。
お父様や、ウィリアムお兄様も傍にいてくれる会になるのなら、本当に心強いです。
普段、あまり話せないギゼルお兄様や、テレーゼ様と、お話することが出来るのも楽しみにしていますね?」
と、声をかければ、扇で口元を隠したテレーゼ様が、此方に向かって、柔らかく微笑みかけながら。
『そなたなら、そう言ってくれると思っていたぞ』と、表面上は、嬉しそうに声をかけてくる。
セオドアやアル、ウィリアムお兄様は、一瞬だけ『本当に、大丈夫なのか?』と言わんばかりの表情を浮かべてくれていたけれど。
ここで、私が、テレーゼ様の誘いを断ってしまうのも良くないと、誰もが理解してくれていただろうから、私のためを思って、多分、黙って、話を聞いてくれていた。
その瞬間……。
丁度、お父様が、馬車で到着したことで、その話は一先ず、中断され……。
ほんの少しの不安とモヤモヤを抱えたまま、私達は、閉会式が始まるまで、自分達に用意されている控え室へと向かうことになった。