430 お疲れ様会
あれから……。
ジェルメールのみんなとも再び合流し、ホテルでの片付けを終え、会場の警備に当たってくれていた騎士に『今回の事件の事情』を話したことで、メイリンさんの身柄は、彼等に引き渡されることになった。
シベルのスタッフさん達も、凄く複雑そうな表情を浮かべていたけれど、メイリンさんに対して、思い思いの言葉をかけて、騎士に連れられていく彼女の姿を見送っていて……。
シベルのデザイナーである、クロエさんから、改めて謝罪をされたあと、シベルのメンバーとは、一先ず、その場で別れることになった。
ただ、明日の閉会式には、優勝店舗の発表があるから、今回ファッションショーに参加した店舗は、みんな、招待されているし。
彼女達とは、どっちみち、明日も会うことになるだろうけど。
あとは、建国祭の間、王都で人気だったお店に対して、部門別で、ベスト店舗賞なども発表されるんだったはず。
こちらも、建国祭の期間中、王都の街のどこかで、来場者に投票を実施する場所が設けられていて、その合計で決まるんだったと思う。
屋台なども含めれば、本当に沢山のお店が『建国祭』に参加しているだろうから、こっちは、確か、お店の代表者のみが、閉会式に招待されていたはずだけど……。
私達は、建国祭の間、実質、一日しか、王都の街をまわれなかったけど、部門別に、どこのお店が優勝するのかというのは気になるし、建国祭で話題になった店舗は、特に、今後の社交界でも注目されていくお店になるみたいだから、楽しみで、ワクワクしてしまう。
そうして、シベルのスタッフさん達と別れたあと、馬車で、ジェルメールに戻った私達は、ファッションショーのために、簡易的に作ったステージの片付けをしたり……。
ファッションショーの準備のために持ち込んだ荷物を、所定の位置に戻しにいったりと、最後まで、片付けをし終わって、みんなで、細やかだけど、お疲れ様会というものを開くことになった。
私自身は、知らなかったんだけど、建国祭で、ファッションショーを終えたら、毎年、スタッフさん達の頑張りを労うために、ジェルメールのデザイナーさんの奢りで、お疲れ様会を開くのが恒例になっているみたい。
「皇女様や、騎士様も、皆様、是非是非、参加してくださると嬉しいですわ~!」
と、デザイナーさんから、誘われて……。
衣装の方の営業は、元々お休みだったけど、カフェ部門の方も、いつもよりも営業時間を早め、お店を早くに閉めたことで、私は、ジェルメールのスタッフさん達と一緒に、お店の外へ出ることになった。
空は日が沈みかけて、段々と、暗くなりはじめているものの、王都の街並みは、まだ『お祭りを楽しもう』と、沢山の人達で賑わっている。
それでも、一番のピークは過ぎ去って、ほんの少し、人の流れが落ち着いてきている方だと言ってもいいだろうか。
早いところは、ジェルメールと一緒で、もう店じまいをしているような店舗もあるから、それで、お祭りに来た人が、少しずつ、減ってきているのだと思う。
明日はもう閉会式があるだけで、実質的に、今日が、お祭りの最終日だと言ってもいい日だから、早めに切り上げるお店が多いんじゃないかな?
私達が、団体で、王都の街を歩くのは、やっぱりどうしても目立ってしまっていたけれど……。
そんなことは関係ないくらい、デザイナーさんが『お疲れ様会』をするという目的のお店に着くまで、この場の空気を盛り上げるように、色々と、楽しく会話をしてくれていて。
彼女曰く、この日のために、わざわざ、王都の中心から少し離れた場所にある、知り合いの夫婦が営む、食堂の一角を予約してくれているみたい。
デザイナーさんが『一人でもよく行く』という馴染みのお店であり、大人数で座っても、大丈夫な席があるんだとか。
普段は、富裕層の頂点とも言える貴族などが来るようなお店ではなく、この街の商人さんや、ここら一帯で、お店を構えているような一般の人達に広く親しまれて、繁盛しているようなお店らしく……。
『皇女様のお口に合うかどうか、分からないんですけど、でも、いつも繁盛していて、料理が凄く美味しいお店なんですよ』と、言ってもらえたことで、私も凄く楽しみな気持ちになってきた。
私自身、食堂というのは、生まれて初めて行くところだから、どうしても、ドキドキとしてきてしまうんだけど。
確か、大体、そういったお店は、一般の人達が泊まれるような宿屋と併設されていて……。
冒険者の人達が、豪快に笑ってお酒を飲んでいたりだとか、その街の人達にも愛されて、賑わっているんだよね?
といっても、全て、体験したことがある訳じゃなく、本とかからの受け売りなんだけど……。
――ブランシュ村で、お兄様達と行ったバーとは、またちょっと違う感じなのかな?
一応、王都の街の外れにあると言っても、ここら一帯に住むことが出来ている一般人の人達も、割と、裕福な層が多いから、私が考えているような感じの客層ではないのかもしれないけど……。
暫くそうやって、みんなで、王都の街を歩いていると、ほんの少し『肌寒い風』が、吹き抜けていくのが分かった。
ただ、これから食事をするのに、折角の衣装を汚したらいけないと思って、私も、今日、ステージの上で着させてもらったドレスから着替え、普段通りのドレス姿で……。
靴も、ヒールのあるものから履き替えて、大分、楽な格好をさせてもらっていて、幾分か王都の街を歩きやすくもなっていたんだけど……。
冷たい風が吹いたり、坂道などがある度に、それに合わせて、セオドアが私のことを心配するように『姫さん、寒くないか?』とか、『足は、疲れてないか?』と、確認してくれるから、至れり尽くせりで、本当に有り難かったなぁと思う。
そんなに、心配してくれなくても、大丈夫だったんだけど。
私以上にセオドアの方が、あれこれと気に掛けてくれていたから、その好意に甘えさせてもらうことにして、急勾配の坂道などがあるときは、転けないようにと、手を握ってもらったりしていたら……。
そんなに、歩いた気はしないまま、あっという間に、目的地である大衆食堂といえるような場所に着いてしまった。
外観は、まさに、私が想像していたような、物語に出てくる『食堂』そのままといった感じで、木製の建物で出来ており、二階からの部分は、恐らく、お客さんが泊まれるような、宿屋になっていて……。
既に、一階の食堂の方は、まだ『夜ご飯』には、少し早い時間だというのに、何人かのお客さんが入り、活気があって、賑わっている様子が見受けられた。
お店にいるのは、常連さん達なのだろうか……?
男性の方が多い気はするけど、あまりにもフランクな感じで、顔を赤らめて、お酒を片手に寛いでいるような人達の姿に、凄く良いお店なんだろうなぁと思ったのと同時に『私が来ても、本当に良かったんだろうか?』と、一人、ドキドキしていたら……。
「いらっしゃいませ!
あら、ヴァイオレットちゃん! 予約をしてくれてありがとねっ!
来てくれるのを、今か今かと、待ち望んでいたのよ!
ジェルメール御一行様、入りますっ! 今日は、いっぱい、お金を使って頂戴ねっ!」
と、元気よく声をかけてくれた、50代くらいの恰幅の良い女性が、デザイナーさんから、視線をずらし、私の方を見て、一瞬だけ驚いたような表情を浮かべて……。
「ちょっ、ちょっと、ヴァイオレットちゃんっ……!
今日は、お店のみんなで、ファッションショーの慰労会をするんじゃなかったのかい?
皇女様が来るだなんて、私、何にも聞いていないわよっ!」
と、焦ったように声を出したあと……。
「あわわ、どうしましょうかねぇ……っ?
皇女様が来るだなんて、事前に知っていたら、もっとお食事の方も奮発しましたのにっ!
いや、あのっ、決して、毎日のお食事の手を抜いている訳じゃないんですよっ!?
ただ、お口に合うかどうか心配で、つい……!
わざわざ、このようなところまで来て頂いて、本当に、ありがとうございます。
汚いところで、申し訳ないんですけど、皇女様、皆様、今すぐに、ご案内いたしますね……!」
と、直ぐに切り替えたように、困り顔をしつつも、安心させてくれるような優しい笑顔で、席まで案内してくれて、私はホッと胸を撫で下ろした。
きっと、この人が、このお店を切り盛りしている、おかみさんなんだと思う。
その証拠に、私に対して、必要以上に畏まってくれながらも、テキパキと、私達を席まで案内してくれた彼女は……。
「ヴァイオレットちゃんから、事前に幾つかは、注文を受けているんですけど、飲み物も含めて、他にも頼みたいものがあれば、いつでもお呼びくださいね?」
と、感じ良く声をかけてくれてから……。
直ぐに、ここから見える、開放的な調理場へと戻り、旦那さんと思われる人から、お皿を受け取ったあと、目の前のカウンターに座っている男性の人と、軽口をたたきながら会話をして、お酒のおつまみになるような物を、手際よく出していた。
その間、キビキビと動いているのに、雑な感じだったり、バタバタと忙しいような雰囲気は一切感じられず、どこか、気品さえもあるようなその姿に、思わず、ぽぅっと見惚れながら、私は、心の底から『凄いなぁ』と感心してしまった。
自分が忙しくても、誰に対しても『嫌味じゃない接客』をするのって、凄く難しいと思うんだけど、そういう基礎的なものが出来上がっているからこそ、繁盛しているのだろうし、お客さんとも信頼関係が築けているんだと思う。
そうして……。
私達が、おかみさんから案内されたテーブル席は、本当に沢山の人が座っても、大丈夫なくらいの長めのテーブルになっていて……。
何故か、私とセオドアは『今回のファッションショーの功労者だから』という理由で、あれよあれよと、デザイナーさんの口車に乗せられて、二人とも、上座に座ることになってしまった。
近くに、アルや、ローラ、エリス、それからデザイナーさんが座ってくれたことで、私としては『会話』もしやすく、有り難い席ではあったものの、本当に良かったんだろうか?
そのあと、私の隣に座ってくれた、セオドアとアルと一緒に、みんなで顔をくっつけ合わせながら、用意されていたメニュー表を覗き込むと、中には、エールなどのお酒類や、ジュースなどのノンアルコールのドリンクなんかも、沢山用意され……。
アヒージョなどのお酒に合いそうな食べ物や、カルパッチョ、スペアリブの甘辛煮などといった料理が並び、海老のガーリックオイル焼きや、リゾット、アクアパッツァなんかのメニューも載っていて、思わず、目移りしそうになってしまった。
貴族が利用するような高級レストランとは、ちょっと違い、値段も安く、あくまでも、庶民に親しまれているようなメニューが大半なんだと思うんだけど……。
メニュー表に書かれている名前を見ているだけでも、凄く美味しそうで、私もそうだったけど、メニューを見たアルの瞳が、思いっきり分かりやすく輝いていたことからも分かるように、自ずと、期待は高まっていってしまう。
とりあえず、デザイナーさんが頼んでくれた料理が、幾つかあるみたいだし……。
飲み物がないと、何も始まらないということで、メニュー表の中から、各自、好きな飲み物を頼むことになったんだけど。
普段、美容にも凄く気を遣っているから、お洒落なワインとかが好きなのかなと勝手に予想していたのは大外れで、意外にも、デザイナーさんは、大酒飲みらしく……。
「とりあえず、一にも二にも、エールが無ければ、何も始まりませんわ~!
疲れた身体を癒やすには、何においても、お酒だと思いますし、ジョッキで持ってきて頂戴っ!」
と、豪快に、エールをジョッキで注文していたことで、私は思わず、目を瞬かせてしまった。
そうして、私達に笑顔で視線を向け『皇女様達も、ぜひ遠慮せずに、好きなものを頼んでくださいね』と言ってくれたことで、私達も、飲み物を注文させてもらった。
といっても、私達は、基本的にソフトドリンクなんだけど……。
セオドアも、ローラも、エリスも年齢的に、お酒が飲めない訳じゃないものの、私が年齢的にノンアルコールのものしか飲めないからか、みんな私に合わせてくれて『本当に良かったのかな?』と、思ってしまう。
折角だから、好きなものを頼んでほしくて……。
こっそり、隣に座っていたセオドアに、内緒話をするように『お酒じゃなくて、良かったの?』と、聞いてみたら、私に向かって微笑んでくれたセオドアの口から……。
「あぁ、確かに、酒は好きだけど。
別に、どうしても呑みたいって訳じゃないからな……」
と、言葉が返ってきたことで、私は『それなら良かった』と、内心でホッと胸を撫で下ろした。
因みに、ローラは、お酒も飲める人だけど、好んでまでは『別に飲まなくても良い』タイプで……。
エリスは、成人を迎えてから、実は一度も、お酒を飲んだことがなくて、自分がお酒に強いタイプなのか、弱いタイプなのかも分からないということで……。
「もしも、お酒を飲んで、皆さんに迷惑をかけてしまうような大変なことになってしまったらいけないので、今回は、遠慮しておきます……っ!」
とのことだった。
そうして、ジェルメールのスタッフさん達にも、私達にも、全員分、飲み物が行き渡って、事前に、デザイナーさんが注文してくれていたという、貝とキノコのアヒージョや、カルパッチョ、サラダ、スペアリブの甘辛煮などが運ばれてきたところで……。
『じゃぁ、みんな、乾杯するわよ~!』と、デザイナーさんが音頭を取ってくれて……。
私達は、ドリンクのコップを手で持ちあげたあと、その場で『ファッションショー、本当に、お疲れ様でした』という、デザイナーさんの掛け声で、近くにいた人達と、コップを重ね合わせて乾杯することになった。
貴族のパーティでも、自分の飲み物に毒などが混入していないか確認するために、古くから、持っているコップを合わせて、乾杯するという風習は、あるけれど……。
こんなにも大人数で、コップを重ね合わせて、宴会のような感じのお食事会をするのは初めてのことで、何だか、私もジェルメールのスタッフさん達の一員になったような気がして、嬉しい気持ちを味わいながら、ドキドキしてきてしまった。
目の前のテーブルに置かれた食べ物も、基本的に、全て大皿で用意されていて、個別に取り分けるお皿はあるものの、まさに、『同じ釜の飯を食う』という言葉がある通り、ここにいる全員の親睦を深めるためのものだと言っても過言ではないだろう。
セオドア曰く、騎士団でも、たまに慰労会のようなものが開催され、こういった場所を貸し切りにして、みんなで食事を楽しむことは、あったりするんだとか。
ただ、騎士団の集まりは、男所帯ということもあってか、食べ物を楽しむというよりは、お酒をどれだけ飲めるかなどの、私からすると、ハードな飲み会としか思えないような状況が作り出されているみたいだけど。
セオドア自身は、騎士団に親しい人間もいないし、今まで、騎士団長から、あまり良くない扱いをされてきたことで、騎士団で定期的に開催される飲み会には、あまり参加をしてこなかったものの。
それでも、付き合いで、こういった場に来たことは、何度かあるらしく……。
「姫さん、食いたいもので欲しい物があったら、遠慮しないで、俺に言ってくれ。
こういう場だと、経験上、秒で食べ物がなくなっていくからな。
周りの状況を見ながらも、本当に食いたいものは、先に多めに取っておいた方が良い」
と、こういう時の作法のようなものを、教えてくれるように、優しく声をかけてくれた。
みんな思い思いに、食事を取り分けはじめていて、いつ、自分の取り皿に食べ物を入れればいいのか、機会を逃してしまい、ジェルメールのみんなが、食べ物を取り皿に分けたあと『その残りで良いかな』と、遠慮していた私の状況を察してくれて、声をかけてくれたんだと思う。
その間に、ジェルメールのデザイナーさんも、私とセオドアの遣り取りに気付き、気配りをするように……。
「そうですわ、皇女様っ!
みんな、遠慮がないから、こういう時は、好きなものの取り合いで、戦場ですわよっ!
どうせ、無礼講なんですから、是非とも、美味しい食事を楽しんでくださいなっ!
良かったら、今、私が取り分けている、サラダもどうぞ」
と、声を出してくれて、私の取り皿にわざわざ、自分が持っていた、パンチェッタチーズが使われているお野菜たっぷりの『サラダ』を取り分けてくれる。
そのことに『あ、ありがとうございます』と頭を下げ、お礼の言葉を伝えていたら、他のスタッフさん達も、次々に、私の状況に気付いてくれて……。
「皇女様、遠慮などは不要ですよっ!
ヴァイオレットさん、実は、みんなに気兼ねなく楽しんでもらいたいからって、この日のためだけに、別でお金を貯めてくれていて、盛り上がる場を提供してくれているんですっ!
なので、遠慮するよりも、沢山、美味しいものを食べて、笑顔になってほしいって思ってくれているヴァイオレットさんのためにも、ぜひ、召し上がってください」
と、声をかけてくれながら、自分達が持っている料理で、私の分もみんなが取り分けてくれて、あれよあれよと言う間に、気付いたら、一番、色々なものが、お皿に乗っている人になってしまった。
そのことに、本当に有り難いなぁと感謝しつつも、みんなが、盛りだくさんにおかずをお皿に取り分けてくれたことで、一人で、この量はどう考えても、食べきれないから、セオドアや、アル、ローラ、エリスにも、ちょっとずつお裾分けしたあと。
折角だから、普段は、あまり食べ慣れていない、スペアリブの甘辛煮から、食べさせてもらおうと、口に入れたところで……。
胡椒などの香辛料を使っているのか、スパイシーな風味と共に、口いっぱいに、肉汁と旨味が広がってきて、私は思わず、あまりの美味しさに、口元を緩め、表情を綻ばせながら、隣に座っていたセオドアに……。
「……ねぇっ、セオドア、このスペアリブの甘辛煮、凄く美味しいよっ!
良かったら、セオドアも食べてみて……っ!」
と、いつもよりもテンション高く、はしゃいで、声をかけてしまった。
美味しいものも、嬉しいことも、一人で感じるよりも、みんなと共有した方が、幸せな気持ちが倍増してくるから、どうしても、同じ気持ちを味わってほしくて、セオドアの顔を見上げながら、そう伝えれば……。
「姫さんが、美味しいものを食べて嬉しそうな表情をしているのが、俺にとっても一番嬉しい」
と、私に向かって、優しく微笑みかけてくれながら、そう言って……。
セオドアも、スペアリブの甘辛煮を食べて、驚いたような表情を浮かべつつ『……確かに、これは美味いな』と、私の意見に同意してくれた。
その言葉に、私自身も嬉しい気持ちになって『そうだよね』と、声を出したあと。
折角のお疲れ様会だから、ジェルメールのデザイナーさんと、スタッフさん達の『いっぱい食べて、楽しんでほしい』という言葉に甘えさせてもらうことにして、セオドアだけではなく、アルや、ローラ、エリスとも一緒に、この食事の時間を、思いっきり楽しむことにした。