428 ファッションショーの評価
ルーカスさんとお兄様がやって来てくれたことで、ホテルの控え室の中にあるリビングルームとして使われている部屋に案内したあと、お兄様達をソファーに座るように促せば……。
ソファーに座る前に、にこにこと『いやぁ、凄く良かったね? 男の俺でも、ファッションショー、滅茶苦茶楽しめたよ』と、上機嫌で、楽しげな笑みを浮かべたルーカスさんから。
「お姫様、これ、俺たちからの差し入れだよ。良かったら、みんなで食べてね」
と、声をかけてもらって、手に持っていた白色の箱を手渡され……。
私は『そんなこと、気にしなくても良かったのにな』と思いながらも、わざわざ、ルーカスさんが気を遣って持ってきてくれたものに、お礼を伝えたあと。
『遠慮しないで良いからね』という言葉に甘えて、箱の中身を確認させてもらった。
その中には、個包装された『一口サイズのシュークリーム』が、沢山入っていて、ルーカスさんが私達という知り合いだけじゃなく、ジェルメールのみんなにも気を遣ってくれているのが手に取るように分かって、私の近くで控えてくれていたローラに、それを渡し。
「ジェルメールのみんなに配ったあと、お兄様とルーカスさんにお出しするお茶菓子としても持ってきてくれる?」
と、お兄様やルーカスさんに、あまり聞こえないように配慮しながらも、私は、小声で、言葉をかけた。
一応、ここが王都の中心にある一流のホテルということもあって、貴族の人達が泊まることを前提にしている場所だからか。
きちんと、配膳台としてのワゴンが用意され、ポットに、ティーカップなどが、一通り、揃えて置かれていたのは確認済みだ。
私の指示に、ローラが直ぐに『心得た』と言わんばかりに頷いてくれたあと、エリスと一緒に、お茶の準備をしに行ってくれるのが見えた。
そうして、私が、改めて、目の前に座っているルーカスさんと、お兄様の方に視線を向けると……。
にこにこと笑顔を浮かべているルーカスさんとは対照的に、さっきからどことなく『機嫌が悪そうかもしれない』とは、思っていたんだけど。
珍しく、その冷たい表情を隠すこともせずに、どこか拗ねたような雰囲気で、機嫌悪く、ブスッとしたお兄様が、私の隣に座ってくれたセオドアの方を、険のある表情で見つめながら……。
「オイ……、犬っころ。
お前、今日のファッションショーの、あの演出は一体、なんなんだよっ?
アリスの手をとって、そこに口づけをするのは、練習の時に、フリでもやっていたから、主従関係を表現しているものだっていうことで、まだ、百歩譲って理解することも出来るが……。
帰り際に、アリスを抱っこするとか、あんなの、練習には無かったはずだろうっ?
終始、主従と言うには、あまりにも距離感が近すぎて、ファッションショーの間中、お前とアリスの距離が、不快でしかなかったんだが、もう少し離れることは出来なかったのか?」
と、ファッションショーでの『セオドアの行動』に対して、文句を言うように、怒っているのが聞こえてきて、私は思わず、お兄様のその発言に驚いて、目を瞬かせてしまった。
一方で、セオドアは、お兄様の責めるような視線を受けても、何処吹く風の様子で……。
「あ……っ? あぁ、わざわざ、んな、回りくどいこと言ってこなくたって……。
俺が、姫さんを抱っこしたのが羨ましかったんなら、素直にそう言えばいいだろっ?
アンタは、普段、あんなにも近い距離で、姫さんに接することなんて出来ないもんな?
大方、自分が、姫さんを甘やかして、機会があれば、抱っこしたいっていう思いを持っていたことで、嫉妬の気持ちが、わき上がってきたんだろ?」
と、何故か、お兄様が私のことを抱っこしたいと思っているのだと、最初から決めつけているような雰囲気で、挑発するように口角をつりあげて、どこか自慢げに、まるで『羨ましいだろ?』と言わんばかりに、笑みを浮かべているのが見えて、私は、そのことにもビックリしてしまった。
――普段、そんなことを言ったりしないのに、突然どうしたんだろう?
第一、セオドアとは確かに、あまりにも親しくて、距離感が近く、よく抱っこをされたりするようなこともあるけれど。
お兄様とは家族としての適切な距離感を維持しているから、お兄様が普段から『私のことを抱っこしたい』と、思っているなんてことは、多分、ないと思うんだけどな……。
いつも、冷静で、クールな雰囲気のお兄様が、その表情の裏に『そんな気持ち』を、隠し持っているとは到底思えない。
だから、多分、セオドアの勘違いだと思うし……。
お兄様もお兄様で、もしも、私とセオドアの距離感が、主人と従者として、あまり良くないものだと感じているのだとしたら、セオドアではなくて、私に怒ってくれたら良いのにな。
ウィリアムお兄様が、今までのことを私に謝ってくれて、和解してから、大分、仲良くなってきたつもりだけど……。
それに比例するように、お兄様は、私に対して怒ってきたり、注意をしてくるようなことが全くなくなってしまった。
巻き戻し前の軸の時も含めて、家族としての仲が深まる前の方が、よっぽど皇族としての振る舞いを注意されていたと思う。
その上で、いつだって、損をしてしまうような形で……。
何故か私の代わりに、セオドアやアルが『お兄様から怒られる』ということがよく起きてしまっているから、もしかして、私に対して、今までのこともあって、引け目を感じて、怒ったりすることが出来ないんじゃないかと思いながらも……。
もしも、皇族として、私の振るまいが良くないものだと感じているのなら、遠慮無く、私に対しても怒ってくれたらいいのになと寂しく思ってしまう。
「あ……っ、あの、お兄様っ。
セオドアが、ファッションショーで、私のことを抱っこしてくれたのは、実は、私が躓いて転けそうになったからなんです。
ヒールの高い靴を履いていたから、足を挫いていたらいけないって判断してくれて、そのまま抱っこして、ステージの裏に連れて帰ってくれて……。
なので、セオドアは悪くなくて、寧ろ、セオドアとの距離感が問題なら、私がセオドアに、普段から気安く接してしまっているからで、私の方が、色々と、直さないといけないと思うんですけど」
そうして、セオドアのことをフォローするような形で、私がお兄様に向かって、ステージの上での状況をしっかりと説明すると……。
何故か『いや、お前は何も悪くない』と声に出しながら、ちょっとだけ慌てたような素振りを見せて、私のことを何とかして庇おうと思ってくれているのか、珍しく言葉に詰まった様子で、頭の中で、適切な言葉を探しているような、お兄様の姿と……。
その横で、耐えきれなかったといった感じで、ぷはっと、吹き出し笑いをしたルーカスさんが、肩を揺らしながら……。
「あーっ、もう、殿下、本当に不器用すぎでしょっ!
素直に、嫉妬しちゃうくらいに、ステージが素晴らしいものだったって褒めてあげればいいのにさ」
と、お兄様の方に視線を向けたあと、そう言って……。
「大体、折角のお姫様の晴れ舞台でもあるのに、ここで怒っちゃうと、披露した内容が、良くなかったのかなって、お姫様も混乱しちゃうでしょ?
お姫様も、殿下のコレは、お兄さんの言うように、ただの嫉妬だから気にしないであげてね?
口では、こんなふうに言ってても、殿下ったら、ファッションショーが終わったあと、いの一番に、ジェルメールに投票しに行ってたんだよっ?
俺、マジで、色んな人の中間くらいに自分の席があってさ。
会場にいる知り合いの表情を、沢山見ることが出来る位置にいたんだけど、ジェルメールは、会場からの評価も高くて凄く盛り上がっていたし、お姫様がステージの上に立つことで、ちょっとだけ殿下が涙ぐんだりしていてさ。
お姫様の出番を、最初から最後まで、過保護に、ハラハラした様子で見守ってたから、お兄さんに対しての、これくらいの悪態は許してやって」
と、茶目っ気たっぷりの様子で、ウィンクをしながら、私達に向かって『今日のファッションショー』での、お兄様の行動を、逐一教えてくれて、その言葉に、私は思わず驚いて、お兄様の方を凝視してしまった。
それと同時に、お兄様の行動一つとっても、私のことを思って、観客席から見守ってくれていたんだなということが分かって、嬉しい気持ちが、じわじわとわき上がってくる。
「あぁ、そうだな。
アリスには、一切、何の非もないくらい、本当に衣装も含めて、その行動も、一つ一つが可愛くて、まるで、花の精が舞っているような素晴らしいステージだったと思う。
……あくまでも、アリスのみに限定すればの話だがな?
たとえ、この犬の点数が、マイナス100点あったとしても、アリスが、プラスで1000点くらい加点していれば、差し引きしても、900点はある訳だから、俺の行動は何一つ、間違っていない」
そうして、ルーカスさんの茶化すような言葉を受けても、特に否定することもなく。
真顔で、私が今着ている衣装を見つめながら『家族贔屓かもしれない』と思うくらいに、大袈裟に褒め始めてくれたお兄様に、ビックリしつつも……。
『あ……、ありがとうございます』と、頭を下げて、お礼を伝えていると。
「そりゃぁな。……こんだけ可愛かったら、俺に嫉妬したくもなるだろ?
いつもそうではあるけど、マジで、このまま連れて帰ってしまいたいくらい、メイクも含めて、今日の姫さん、滅茶苦茶可愛いもんな?
正直に言って、誰にも見せたくないくらいだったし……」
と、何故か、セオドアからも、私のことを褒めてくれるような言葉が降ってきて、その言葉に、カァァァ、っと、心の底から熱が上がってきてしまい、ひたすら照れてしまって、顔を真っ赤にしながら、その場に縮こまっていたら。
ルーカスさんが『うんうん、今日のお姫様、本当に、女の子として輝いていたもんね。会場には、お姫様の姿に憧れているような女の子達も凄く多かったんだよ?』と、同意するように頷いてくれたあとで。
「……でもさ、お兄さん、皇宮に帰ったら、まずは、自分の背後のことを気にした方が良いと思うよ?」
と、どうしてか、突然、この場にそぐわない物騒なことを言い始めてきて、私がそのことに、ビックリする間もなく『どういう意味だ?』と、眉を吊り上げたセオドアに。
「いや、それが、陛下がさぁ……。
うちの可愛い娘に対して、普段から、距離が近いとは思っていたけど、あんなにも近い距離で接するものなのかって感じの雰囲気で、あの騎士、殺すって、凄いギラついた目つきをして、陛下に付いている専属の執事に向かって、苛立ちを隠しきれない様子だったから。
お兄さんの命が危ないっていう、忠告だけはしておいた方が良いかなって思って……」
と、にこにこと笑みを浮かべたままのルーカスさんから、今日一番とも思えるような爆弾発言が降ってきて、とんでもない言葉の羅列に、私は内心で『え……? お父様が……っ?』と、凄く動揺してしまった。
私自身は、ファッションショーのモデルとして、本番をこなすことに一生懸命すぎて、目の前にいるファンの人達の姿しか目に入っていなくて……。
お兄様や、お父様など、ファッションショーに来てくれた知り合いのことまで、しっかりと確認することも出来なかったんだけど。
よくよく考えたら、お兄様や、お父様を含めて、色々な人達が、わざわざ、私のためにファッションショーを見に来てくれているのって、本当に凄いことなんだよね?
でも、まさか、お父様が、まるで子煩悩の人みたいに、そんなふうに私のことを思ってくれているとは、到底、思えなくて、ルーカスさんの言葉には直ぐに頷けず『本当なのかな?』と、疑心暗鬼になってしまったんだけど。
「あぁ、それか……。
俺も、舞台の上では、そっちに、あまり意識を向けないようにしてたんだけど、姫さんの方を見つめながら、応援する熱い視線を向けてきたかと思ったら、俺に対して、あまり近づきすぎるなよっていう、牽制するような視線を向けてきたりで、ファッションショーの間中、百面相のような表情をしていたよな?
皇帝に専属で付いてる執事が、マジで、居たたまれない様子で、困っていたのは、俺自身も確認出来てる」
と、セオドアからは、お父様とハーロックの姿が見えていたのか、ルーカスさんの言葉に同意するように声を出してきたのが分かって、私は思わず、セオドアに『セオドアは、お父様の姿が見えていたの?』と、問いかけてしまった。
一方で、驚く私とは対照的に、ルーカスさんは、ちょっとだけつまらなさそうな表情をしながら……。
『何だ、分かってたんだ。……折角、驚かせようと思ったのにさ』と、お父様の言動について、セオドアのことをビックリさせたいと思ったのに、思い通りにいかなかったことで、一気に、白けたような残念そうな雰囲気に変わっていってしまい。
ルーカスさん曰く『焦るお兄さんの姿って、普段見れなくて、マジで貴重だから、ちょっとだけ焦らせたいと思っていた』とのことで。
セオドアの飄々とした態度に『何て言うか、勝手に挑んだ上に、負けたような気持ちがしてきて、あまりいい気がしないんだけど……』と、拗ねたように、今ここで、頬を膨らませていた。
こういう子供っぽい一面が垣間見えると、ルーカスさんもまだ、成人を迎えたばかりなんだよね、と思ってしまう。
私の周りにいる人達は、セオドアも、お兄様もそうだけど、みんな大人っぽいから、どうしても、私と凄く歳が離れているように感じてしまうけど……。
セオドアやお兄様といった歳の近い人同士が会話をしているのを聞くと、たまに、こういう一面が見えたりして、親近感が湧いてしまうことがある。
【私からみると、みんなの仲が深まって、凄く良いように感じてしまうんだけどな……】
――男の人同士の友情で、仲良しなのかと聞いてみても、みんなが、否定してくるから、そこに関してはよく分からないままだ。
私が、ぼんやりと、ルーカスさんと、セオドアと、お兄様の遣り取りを眺めていたら……。
「まぁ、皇帝だけじゃなくて、俺自身は、ステージの上から、色んな人間の表情が見れたけどな?
たとえば……、現皇后陛下、とかな……?」
と、急に、セオドアからドキッとするようなことを言われて、私は隣に座っているセオドアの方へと視線を向けた。
……今、この場には『お兄様もいるし、ルーカスさんもいるけど、大丈夫なのかな?』ということが、一瞬、頭の中を過ってしまったんだけど。
もしかしたら、ルーカスさんの表情を探ってみてくれるつもりで、声をかけてくれたのかもしれないと、直ぐに思い至って、私は、何でも無い風を装って、前を向く。
内心では、凄くドキドキしていたんだけど。
私の予想に反して、お兄様も、ルーカスさんも普段通りで……。
「あ……っ、そうなんだ? 俺、テレーゼ様のことは、会場では見つけられなかったんだよね。
逆に、オリヴィア嬢のことは見つけられたんだけどさ……」
と、にこにことしながら、ルーカスさんが、キョトンと首を傾げて、セオドアに向かって問いかけるように声を出してくると。
「あぁ、そういや、母上も今回、来ていたんだったよな。
どうだった……? ステージの上から見た、母上の姿は……」
と、セオドアの方へとちらりと一瞬だけ、何かを確認するような鋭い視線を向けた気がしたんだけど、直ぐに、普段と何ら変わらない様子で、ウィリアムお兄様も、此方に向かって声を出してくる。
私自身は、本当に、ステージ上から、その姿が何処にあるのかさえも確認出来なかったんだけど、セオドアは、ノクスの民だから、元々、目が良いし……。
多分、テレーゼ様の姿が見えたっていうこと自体は、本当のことなんだよね?
純粋に、私自身も、テレーゼ様がどんなふうに、私のステージを見ていたのかということが気になってしまって、セオドアの方へと真っ直ぐに視線をむけると。
「いや、それが、体調が優れなかったのか、あまり良い表情とは言えなかったな。
まるで、ファッションショーが、失敗するとでも思っているような雰囲気だった。
俺等が帰る時には、扇で、その口元を隠していたから、きちんとした表情までは見れなかったけどな。
何か、急ぎの用事でもあったのか、俺等の出番を、最後まで見ることもなく、途中で、退席していたのは目に入ってきた」
と、ハッキリと伝わるように、ファッションショーが行われていた間の『テレーゼ様の様子』を教えてくれて、思わず、馬鹿正直に、私は、びくりと肩を震わせてしまった。










