427 二人の処遇
お店の責任者でもあるクロエさんから、直接、今回の事件について正式な謝罪があったあと……。
「シベルは、今回の責任を取って、此度の大会を辞退します。
衣装が、全然違うものであろうとも、知らなかったとはいえ、演出の部分で、ジェルメールのしようとしていたものを真似ていた以上は、完全なオリジナルで、大会に臨むことが出来たとは、到底、言い難いでしょう。
その上で、メイリンとクララがやったことは犯罪であり、決して、許せるようなものではありませんが。
二人の処遇に関して、どうするのか決めることが出来る権利を、私は有していませんし、ジェルメール側の判断に、全てお任せいたします。
ただ、今まで、良かれと思ってやっていたシベルの経営方針が間違っていて……。
お店で働いているスタッフ達に、苦しい思いをさせてしまっていたことは、事実ですから。
そこの責任は、私が取るべきものでもあると考えています。
二人のみならず、シベルの責任として、何かしらの罰は受けるべきでしょう」
と、更に、続けて、彼女から言われたあまりにも重い責任を取るという一言に、それまで俯いていた様子のメイリンさんがパッと顔を上げ、『そんな、クロエさん……っ』と、声を出し、絶望したような表情になっていくのが見えた。
メイリンさんの表情を見れば、その胸中は、凄く複雑そうで……。
自分が犯した罪に対して『今後どうなるのか?』というような不安や、クロエさんが今回の大会を辞退すると言ったことに対する責任も含め、憧れの人を追い込んでしまったことへの悲しみ、今まで嫉妬で虐めていたというクララさんへの後悔のようなものもあり、色々な感情が複雑に入り乱れてしまっているみたいだった。
一方で、クララさんの方は、私達に対する罪悪感のようなものと、クロエさんに対する申し訳なさのようなものを感じている様子ではあったものの。
自分が犯した罪に対しては、罰を受けるという覚悟を決めた上で、全ての罪を白状していたからか、メイリンさんほどの負の感情を乗せている訳ではなく、償いたいという気持ちを持って、まるで、断罪される時を待っているかのような表情をしていた。
もしかしたら、彼女自身は、自分のデザイン画が戻ってくることだけを願っていて、最初から、このファッションショーが終わったら、私達に、自分が犯した罪のことは、全部、伝えてくるつもりだったのかもしれない。
その上で、改めて、クララさんが、私達に向かって真剣な表情を浮かべながら……。
「私自身が、自分のデザイン画を奪われてしまうことの辛さは知っていたのに、罪を犯してしまいました。
ですが、ジェルメールで働いていた時間が、私にとって、かけがえのない時間だったことに嘘はありません。
今まで優しくしてくれていたヴァイオレットさんや、先輩スタッフの皆さんのことを裏切るような形になってしまって、本当にごめんなさい」
と、クロエさんと同様に此方に向かって、頭を下げて謝ってくる。
そのあとで……。
メイリンさんも、私達に向かって『身勝手な自分の思いだけで、沢山の人に迷惑をかけて、本当に申し訳ありませんでした』と、謝罪をしてきてから……。
彼女は、クララさんに向かっても、『……っ、クララ、本当にごめんなさい』と、自分が今までしてきたことについて、心の底から悪いと思っている様子で頭を下げ、誠心誠意謝っていた。
それに続いて、恐らく、今まで、クララさんのことを、メイリンさんと一緒になって虐めていたであろう数人のスタッフさん達からも、クララさんに向かって、口々に謝罪の言葉が降ってきた。
加害者側と被害者側として、お互いに、まだ、しこりは残っていて、完全に解決している訳ではないけれど。
クララさんは、メイリンさんや、シベルのスタッフさん達から謝られたことに目を見開き、驚きつつも『まだ、完全に許せている訳じゃありませんが、一先ず、今、謝罪してもらったことに関しては、受け取りますね』と、声に出し、彼女達の謝罪の部分のみを受け取ることに決めたみたいだった。
そこに関しては、確かに、難しい問題だと思うし、クララさんの気持ちに折り合いが付かなければ、私自身はそれで良いと思う。
たとえ、心の底から反省して、謝罪されたとしても、今まで、されてきたことの傷やトラウマというのは、直ぐに消えるものじゃないと感じるから、許せないと思うクララさんの感情も理解出来るし。
信頼関係が壊されてしまった分だけ、元の関係に戻るには、それこそ長い修復期間が必要だろうから、クララさんが今までのことで、メイリンさん達と、もう関わりたくないと願うなら、それはそれで仕方がないことだとも思う。
クララさんが『進む道』と、メイリンさんがこれから進む道の中で、二人が、無理矢理一緒に過ごさなければいけないという道理はどこにもない。
それぞれが、お互いに、今後は関わり合いを持たず……。
別々の道を歩みたいと思っているのなら、離れるという選択肢だって、一つの答えだと思うし。
――謝罪をうけたって、どうしても許せないことだってあるだろうから……。
それから……。
クララさんと、メイリンさんの二人ともが、反省した様子で、私達に謝罪をしてきたことで、私個人としては、彼女達が今、自分の犯した罪に向き合って、誠心誠意謝っているのなら『その気持ちを、無下にするようなことはしたくないな』と思う。
ただ、これは、あくまでも私個人の気持ちであって、今回、被害に遭っている人は沢山いるから、ジェルメールのデザイナーさんと、スタッフさん達の意見も聞きながら、慎重に、その処遇については、決めて行かなければいけないだろう。
ジェルメール側のスタッフさん達も、まだ、二人のしたことを許せる訳ではなく、憤っているような表情を浮かべたりはしていたものの……。
彼女達から謝罪があったことで、ほんの少し、それで、溜飲を下げたみたいだった。
今回の事件には、全然関わっていなかったクロエさんが、責任者として『自分に出来る精一杯のことで、頭を下げてきた』というのも大きい気がする。
そうして、みんなで話し合って、クララさんとメイリンさんの処遇に関して、協議が進められた結果……。
この場にいる全員の多数決が行われ、甘いかもしれないけど、クララさんに対しては、まだデザイナーとして、やる気があるのなら、これから1年の間は減俸処分とし、下働きとして、必要最低限の生活費のみで、一から、ジェルメールで修行をやり直すことが決定して……。
新しく、シベルのスポンサーになった人からの指示により、今回の事件に大きく関わって『クララさんに命令していた』メイリンさんについては、ジェルメールで盗んだデザイン画の全てを返却することと、首謀者の一員として、騎士団に被害届を出し、引き渡すことが決定した。
その上で、情状酌量の余地として、ジェルメール側は、罪を犯したメイリンさんを許さないけど、シベル側がどうするのかは、クロエさんの判断に委ねられることになった。
多分、今回のケースだと、騎士団が事件を把握することで、メイリンさんは1年か2年ほど、刑期を償うために捕まってしまうと思う。
勿論、ジェルメールのスタッフさんの中には、メイリンさんだけではなく、クララさんに対しても許せないという人もいて、その辺りは、難しい判断ではあったものの……。
多数決で決められたその内容に、全員、まだ、僅かにわだかまりのようなものは残っていたけれど、最終的には、みんなが納得した決断でもあって……。
クララさんは、ジェルメール側の温情とも言えるその判断に、ボロボロと涙を流しながら『……っ、本当に、申し訳ありませんでした』ということと。
これからは、心を入れ替えて頑張るということを、言葉につっかえながらも、反省しきりの様子で、私達に向かって、何度も頭を下げてきた。
彼女のそんな姿を見ていると、彼女自身が罪を犯していることだとはいえ、私自身も、少し胸が痛くなってくる。
昨日の御茶会で、最後まで『自分が犯した罪』について反省する様子もなかった、どこまでも身勝手な行動をしていたミリアーナ嬢とはまた違い、彼女には、同情してしまうような背景もあって、犯した罪については、しっかりと償いたいと思っている様子だったから……。
私自身、罪を犯している人を、今までにも、何度も、自分の目で見てきているけれど……。
身勝手な行いをしていても最後には反省することが出来る人、身勝手な行いをしても最後まで反省出来ない人、それから、どうしようもない背景があって、罪を犯して、心からそのことに対して、罪を償おうと向き合おうとしている人など、本当に、人によって様々だなぁと思う。
その人が、今まで犯してきてしまった罪の大きさにもよると思うんだけど、自分の犯した罪に向き合って、償おうとしている人に対しては、少なからず、救いの手があっても良いような気がしてきてしまう。
……私自身、凄く、甘いのかもしれないけど。
ジェルメールのデザイナーさんも、きっと同じ気持ちだろうというのは、クララさんに対して……。
「犯してしまったことに関しては、もう仕方がないわ~っ。
……だからこそ、これからは、あなたを見る人の目は、どうしても厳しくなってしまうでしょうけど、それに負けないように頑張って頂戴」
と、声をかけていたことからも、明らかだった。
ジェルメールのデザイナーさんの声かけによって、その場に、泣き崩れながら『申し訳ありませんでした』と、何度も何度も絞り出すように謝罪の言葉を出してくる、クララさんのことを見ていると……。
私自身は、ジェルメールで働いているスタッフではないけれど、心の中で彼女に対して『頑張って』という応援の気持ちが沸き上がってきてしまう。
一度、失ってしまった信用を取り戻すには、それこそ、長い時間がかかると思うけど、自分が作り出してしまった状況に負けることなく、どうか、これからも、デザイナーとして頑張っていってほしい。
一方で……。
自分が犯した罪に対して、騎士団に捕まることが決定して、罪を償う気持ちや、謝罪の気持ちはあれど、どこか放心状態で、抜け殻のようになってしまっていた、メイリンさんの肩を、そっと叩き。
シベルのデザイナーであるクロエさんが、彼女に向かって『メイリン……』と、厳しい口調で声をかけたのが聞こえてきて、私は、彼女達の方へと視線を向けた。
「……どんなに、良いように、今、言葉を塗り重ねたとしても、あなたがしてきたことは、私のためでも、シベルのためでもなく、自分の欲のためだったといえるでしょう。
それでもあなたが、今まで、私についてきて、一生懸命、努力をしてきたことは、誰よりも私が知っています。
競争的な社会に身を置いて、思うように結果が出ず、辛かったのも本当のことでしょうし、あなたのことを見てあげられなくて、申し訳ありませんでした。
ですが、あなたが、多くの人の信頼を失ったことは事実です。
自分の犯したことに向き合って、罪を償ってください。
それで、もし、あなたが、罪を償い終わった時に、今度は、誰のアイディアも盗まずに、自分の力だけで、また、一から頑張ろうと思う気持ちがあるのなら、その時は、私のことを頼って来てくれたらいいと思っています。
あなたは、一人ではないということを、忘れないでください」
クロエさんの声色は『淡々』としていて、一見すると、突き放すように厳しいものなのに、メイリンさんにかけられたその言葉は、どこまでも温かく……。
ジェルメールのデザイナーさんとは、また違って、人々が尊敬し、憧れて、付いていきたくなるような理想的な上司の像を体現しているようにも見えた。
更に、クロエさんは、そのまま、クララさんに対しても『今まで、従業員間の、多少のギスギスとした遣り取りは致し方のないことだと目を瞑り、そこまで事態が深刻化していたことにも気付かずに、本当に申し訳ないことをしました』と、謝罪していた。
クロエさん曰く、新人として入ってきたクララさんの才能に目を掛けていたのは事実で、クララさんがシベルを辞めて、ジェルメールに入ったことを、手ひどい裏切りだと思ってしまっていたみたいだったけど。
改めて、ジェルメールのデザイナーさんに向かって『クララのことを宜しくお願いします』と、頭を下げながら、お願いしている姿を見ていると。
お弟子さんに対しての遣り方は間違っていたのかもしれないけれど、本当は、心の中に、しっかりとした考えを持っている人なんだろうなと感じて、私はホッと胸を撫で下ろした。
その上で……。
クララさんと、メイリンさんの処遇が決まったあと。
再び、責任を取って、今回のファッションショーを辞退すると申し出てきたクロエさんに、シベル側のそういった問題に対して、責任者としてきちんと尻拭いをするというクロエさんの判断は、何ら間違っていないと思うんだけど。
「えぇ、そうですわよね……。
シベルが、今回の責任を取って、此度の大会を辞退するという流れは、確かに一番丸く収まる方法ですし。
責任者として、そのような判断に出るのも頷ける話ではありますわ~。
もしも、仮に、私がクロエ、あなたの立場だったなら、同じ判断に出ていたことでしょう」
と、クロエさんの言葉を聞いて、どこまでも複雑そうな表情を浮かべたジェルメールのデザイナーさんが、その言葉に同意するように、こくりと頷き返したのが目に入ってきたことで……。
――やっぱり、そうなるのは避けられないのかな?
と、私自身、何だかよく分からないけど、モヤモヤしてきてしまった。
シベルがファッションショーを辞退すると聞いて『この胸の中に、ぽっかりと空いたような、言い知れない残念な気持ちは一体、何なのだろう?』と、私が思っていたら……。
「あの……っ! その話なんですけど……っ!
ヴァイオレットさんっ、私は、このまま、シベルが辞退するだなんて、納得がいきません……!」
と、ジェルメールの古参スタッフの一人であるカレンさんが勇気を出すかのように、声を出してきたのが聞こえてきて……。
カレンさんの言葉に、他のジェルメール側のスタッフさん達からも遅れて、ぽろぽろと、彼女の意見に同意するかのように『確かに……』という声が、チラホラと上がり始めていく。
みんな、複雑そうな表情をしながらも、シベルが辞退するということには反対の様子で……。
その反応に、私が、セオドアやローラ達と一緒に驚いて、目を丸くしていると……。
「シベル側がやったことは、確かに犯罪ですし、責任を取らなければいけないという気持ちも分かります。
……でもっ、私達はずっと、去年優勝したシベルの背中を追って、この一年間、頑張ってきたんです。
私達からしても、シベルは、追い越すべきライバルであって、仮に、今回の大会で、シベルの辞退を持ってして、ジェルメールが優勝することになっても、何も嬉しくありませんっ!
だからこそ、今回のシベルの遣り方には失望もしましたが、少なくとも、戦いから逃げずに、私達のライバルとして向き合ってほしいと思います……っ!」
と、臆することなく自分達の意見を伝えてくる、カレンさんを初めとしたスタッフのみんなからの熱い気持ちが、この場に広がっていくのを感じて、私は今、自分が感じていた『ぽっかりと、胸に穴が空いたような残念な気持ち』の正体に気付くことが出来た。
シベルが今回の大会に作ってきた衣装などを見て……。
知らず知らずのうちに、私自身も、シベルのことをライバルだと強く感じてしまっていたみたい。
だからこそ、こんな感じで、突然リタイアして、シベル側が辞退するという判断に出たことを、ジェルメールのスタッフさん達同様に『残念』だと、感じたんだと思う。
そして、それは、ジェルメールのデザイナーさんも、同じ気持ちだったみたいで……。
「あら、あら、やっぱりそうよねっ……っ!
みんな、満場一致で、私と、同じ気持ちだったのね~! だったら何も、遠慮することはないわよね!
うちの可愛いスタッフちゃん達は、日頃から鍛えられているから、私、同様、タフなのよっ!
妨害があったとしても負けないし、転んで躓いたって、何度だって起き上がれます……っ!
優勝が発表される前に、シベル側に、ケチが付いてしまったのは確かだけど、それでも、私自身の目で見ても、シベルの衣装が優勝候補に相応しいくらいに、素敵だったことには変わりありませんわ~!
クロエの言葉を借りるなら、全力で挑んできたシベルを倒してこそ、優勝の栄冠は私達にとって、相応しいといったところかしら?」
と、満面の笑みで、クロエさんの十八番とも言える台詞を奪った上で、自信に満ちあふれた様子でそう言って『この場の雰囲気』を、デザイナーさんらしく、明るく纏めていっているのが目に入ってきた。
その言葉を聞いて、まるで、理解出来ないものを見るような目つきで一瞬だけ固まったあと、クロエさんの表情にも、徐々に、勝ち気な雰囲気が戻っていくのが見えた。
「ふん……っ、折角、ジェルメールが他の店舗と大差をつけて優勝出来るかもしれないというのに、全く、あなたって人は……。
シベルが、大会を辞退するというチャンスをみすみす逃すんですから、後悔しても知りませんよ?
後から、シベルが優勝したことで、泣きついてきたって、その座を明け渡すようなことは絶対にしませんからね。
私も、遠慮せずに、ジェルメールに立ち塞がるライバルとして、絶対的な王者として、自分の店の勝ちを貪欲に狙っていくことに致しましょう」
そうして、続けて、クロエさんから、降ってきた言葉は、私自身、そこまで沢山絡んできた訳ではないけれど、あまりにもクロエさんらしいと思えるようなもので……。
「臨むところですわ~! ライバルとの張り合いがないと面白くありませんものっ!
しおらしいクロエだなんて、あまりにも珍しいものとしては、ある意味、貴重な光景ですけど。
妨害されてもなお、ジェルメールの優勝は揺るがないということを、証明してみせましょうっ!」
その上で、ジェルメールのデザイナーさんが応戦するように発した言葉も、あまりにもデザイナーさんらしいものだった。
どっちが優勝するのかは、蓋を開けてみないと本当に分からないものだと感じるけど、少なくとも、私自身も、みんなの気持ちとしても、このまま、シベルが辞退するという判断に出るよりは、よっぽど良かったと思う。
ここまで、色々なことがあったけど、雨降って地固まるような、その光景に『良かった』という気持ちを抱きながら、心の底から安堵していると……。
コンコンという、ノックの音が響いたかと思ったら、ホテルの支配人が『失礼します』と、ドア越しに声をかけてきたあと、控え室の扉を開けて……。
「皆様、ファッションショーが終わったばかりで、おくつろぎの所、申し訳ないのですが、皇女様にお客様が来られましたので、お連れいたしました。
エヴァンズ家のご子息様と、それから……、あのっ……、ウィリアム皇太子殿下でして……っ。
このまま、控え室の中に、お二人が入るように手配させて頂いても、構わないでしょうか?」
と、突然のビッグなお客さんに、困惑しきりの様子で、そう言われて、私は思わず目を瞬かせたあと、支配人の後ろにいる人達に視線を向けた。
見れば、にこにこと満面の笑顔を浮かべて『やっほー、お姫様っ!』と、目があって挨拶をしてくれたルーカスさんと、普段通りに無表情ながらも、何て言うか、ちょっとだけ機嫌が悪いような気がしなくもない、ウィリアムお兄様の姿が見えて……。
その光景に、パニックになって慌て始めたのは、ジェルメールのスタッフさん達と、シベルのスタッフさん達だった。
あまりにも珍しいというか、普段なら、絶対に関わることがないであろう人達が、お忍びで、私に会いにやって来たことで、スタッフさん達が部屋に置いてあった自分達の荷物を、邪魔にならないよう端の方へとどけていく。
その様子を、ぽかんとした感じで、一瞬、見つめていた私は、直ぐにハッとしたあとで……。
「あ……、お兄様っ、ルーカスさん、来て下さって、ありがとうございます。
もしかして、ファッションショーを見た感想を、わざわざ私に、伝えに来て下さったんですか?
控え室なので、みんなの荷物もありますけど、良かったら、遠慮無く、お部屋の中に入ってきてください」
と、突然の予想だにもしていなかったお客様の登場に、疲れが見え隠れしている支配人を解放してあげる意味でも、扉の外にいるお兄様と、ルーカスさんに向かって、にこりと笑顔を浮かべたあと『遠慮無く、控え室に入ってきてほしい』と、しっかりと、二人の目を見て告げることにした。