426 シベル側の問題と、今回の事件の犯人像
「どういうふうに、衣装が破られたかについては関与してなくて、分からないみたいだけど。
それは、シベルの出資者である貴族が、裏家業を営んでいるようなプロを雇った可能性があるってことですわよね?
シベルの母体が変わって、出資をしてくれている貴族は、一体、誰なんですの~!?
今回の事件の根幹に関わってきているのなら、見過ごす訳にもいきませんし、出来れば教えて欲しいのですけど……」
メイリンさんの言葉に、ジェルメールのデザイナーさんの眉間に皺が寄り、現状の把握と共に、更に詳しく、シベルのスポンサーとなった貴族のことについて、質問がされていくと……。
シベルのデザイナーであるクロエさんも、ほんの少しだけ眉を寄せながら……。
「店舗内でのゴタゴタでしたので、公には、あまり出したくなかったのですが。
こうなった以上は、きちんと全てを、お話し致します」
と、前置きをした上で……。
元々、シベルの経営方針に賛同してくれていて、王都で、流行っている『複数のお店』などに出資していたやり手の貴族が、ある日、突然、本当に何の前触れもなく破産してしまい、没落の一途を辿ってしまったことや……。
それで、今まで、シベルに対して出資してくれていた金銭が、突如、打ち切りになってしまったことなどが語られたあと。
シベル自体は、貴族からの出資に関する打ち切りが決まったとしても、それまで、黒字を出し続けてきていて、王都で流行りのお店だったことから、直ぐに、一緒になって、共倒れをしてしまうこともなく、営業が続けられていたみたいなんだけど。
ここ最近、破竹の勢いでファンを増やし続けている『ジェルメールの台頭』や、頻繁に、入れ替わり立ち替わりが激しくて、新しい競合店なども沢山出てくるという、いつだって熾烈な争いが行われている王都という街の中で……。
シベルが生き残っていくには、クロエさん自身が一時期、スランプのようなものに陥ってしまったということもあり、売り上げが、最近になって、以前よりも落ち込むようになってきてしまい、いよいよ、ここが正念場であると思っていたところに。
丁度、ジェルメールの二号店を騙る詐欺事件があった頃、貴族の一人から出資したいという申し出を受けて、渡りに船ということで、その申し出に、一も二もなく頷いてしまったみたい。
いつもなら、シベルの経営方針に賛同してくれるのかというところも含めて、出資者のことも、深く調べてから契約を交わすようなことを、慎重にするらしいのだけど。
ファッションショーが、間近に迫っていたこともあり……。
とりあえず、ファッションショーまでは、仮契約でもいいと言われたことと。
ファッションショーの結果に拘わらず、前金で、纏まったお金をドンと気前よく出してくれたことから『その甘い言葉に乗ってしまった』と、クロエさんが、後悔した様子で、私達にそう伝えてきた。
「このような、妨害工作を行うことを良しとしている貴族だと分かっていたら、どんなに大金を積まれていたとしても、断っていたでしょう。
私にも、デザイナーとしての矜恃がありますので……。
卑怯な手に出て、利益だけを追い求めるような遣り方には賛同出来かねます」
「それで……、あの、その貴族の名前というのは、一体……」
そうして……。
悔しさを滲ませながら、目の前で、唇を噛んだクロエさんの口から、続けてそう言われたことで、私は、クロエさんに向かって、肝心の、その貴族の名前について問いかけるように声を出した。
もしかしたら、私でも知っている『貴族』かもしれないし。
そうでなくとも、貴族の名前さえ分かれば、お父様に被害を訴えて、相談することだって出来るはず。
それによっては、色々な選択肢も取れるだろうから、解決の糸口だって見つかるかもしれない。
「……はい、皇女様。
私が持っている仮の契約書に、サインで名前が書いてあったはずなので、暫し、お待ちください」
私の質問に、真剣な表情を浮かべたクロエさんが、こくりと頷いたあと、自分の手荷物から『何かあった時』のためにと、常に持ち歩いていたのか、仮の契約書を引っ張り出してきて……。
「此方が、私が持っている仮の契約書になります」
と、ジェルメールのデザイナーさんや、私達にも見えるように、契約書の文字が書かれている面を上にして、広げて見せてくれれば……。
「えぇっ……!? ……そ、そんなっ!
ちょ、ちょっと、待ってください、契約書をよく見せてもらっても良いですかっ!?」
と、予想外のところから、驚きに目を見開いて、大きな声で問いかけるような言葉を出した人がいて、私は思わず、そちらへと振り返った。
見れば、私の近くに立っていたエリスが、契約書の内容に釘付けとなって、愕然とした様子で、わなわなと震えていて、私自身、ビックリしてしまう。
一体、どうして、エリスが、そんなふうに驚いているのか、直ぐには、分からなかったものの。
契約書に釘付けとなっているエリスの瞳が向く方へと視線を走らせて、私は、初めて、エリスのその反応に合点がいった。
書かれているサインの名前は、筆記体であり、少し読み取りにくくなってしまっていたけれど。
その文面には、確かに『ジャック・ハワード』と書いてあるのが読み取れて、私は、あまりの衝撃に、何かの間違いじゃないかと、契約書のサインを二度見してしまった。
――エリスが、慌ててしまうのも無理はない。
今まで、私達以外には、あまり知られていなかったことだけど『ハワード』というのは、エリスの姓でもあって……。
そして、この名前は……。
「……アリス様っ、どうしましょうっ!? これは、まさしく、私の父の名前です……っ!
サインの癖まで一致していますし、それどころか、近くに印字されている家紋も、我が家の家紋で、間違いありません。
あれだけ、気をつけてねって言ったのに、父は、また、変なことに首を突っ込んでしまったんでしょうかっ!?
父が、ジェルメールを貶めようとしてきただなんて、信じられないのですが、一体、どういうことなんでしょう……っ!?」
そう……。
シュタインベルクで、特別、珍しい名前とは言い難いものの、エリスのお父さんである男爵の名前と、一語一句違うことなく、一致していた。
その上、サインの癖や、家紋まで、ピッタリと合致するということは、間違いなく、エリスの実家である『男爵家』が、また、何らかの事件や問題に巻き込まれてしまっているとしか言いようがなくて……。
目の前で、うるうるとその瞳を、涙で滲ませていくエリスに……。
とりあえず、私は『エリス、大丈夫だから、落ち着いて……』と、何とか落ち着いてもらおうと、柔らかい声をかける。
シベルのデザイナーであるクロエさんも、ジェルメールのデザイナーさんも、周りの人達は、ここで『皇女のお付きである侍女の父親が関与している』だなんて思いもしていなかっただろうから、驚きに目を見開きつつ。
『それは本当ですか……?』といった窺うような視線を、此方に向けてきた。
まさか、ジェルメールとも懇意にしている私の身近なところから、事件に関与したかもしれない人間が、捜査線上に浮上してくるだなんて、誰も予想もしていなかっただろう。
「はい、もしも、一連の事件に、父が関与していたのなら、本当に申し訳ありません……っ!
あのっ、でも、決して父は、人を貶めるようなことが出来る人ではなくて……っ!
多分、今回も、何らかのことで、巻き込まれてしまっただけなんだと思うんですけど……。
その貴族の男性は、40代くらいの日に焼けた健康な人でしたか……?」
そうして、パニックになってしまった様子のエリスから、男爵の見た目の説明が入りながらも、クロエさん達に接触してきた人の特徴を聞こうと、そんな質問が降ってきたことで……。
クロエさんが、エリスの言葉を聞いて、ちょっとだけ眉を顰めたあと。
「いいえ……。
お店には、本人が直接来た訳ではなく、貴族の使いと名乗る、20代くらいの年齢の若い男性が来ましたので……。
実は、私も、パトロンになりたいと言ってくれていた、その貴族の顔まではしっかりと知らないんです。
これは、別に珍しいことではなく、王都のお店でも、よくあることなので、私達も、気にも止めておらず。
恐らく、その家の従者が来たのだと思うのですが……」
と、補足するように、自分達に接触してきた人の特徴と『そういうことは、別に珍しくもない』ということを、強調して教えてくれた。
また、クロエさんだけではなく、シベルのスタッフであるメイリンさんも、出資者である貴族の顔は知らず、クロエさんの言う『貴族の使いと名乗っている人』と、ずっと、遣り取りをしていたのだと、私達にも、説明してくれて。
会う時は、基本的に、お店の営業時間が終わったあとに、メイリンさんが一人になったタイミングで、向こうからの接触がある時に限られていたみたい。
その言葉に、それまで、あわあわと慌てて焦っていたエリスの動きがピタリと止まり、目を大きく見開いて。
「その家の、若い従者がやってきたんですか……?」
と、問いかけるように、クロエさん達に質問しているのが見えて、私自身も思わず、その内容に深く考え込んでしまった。
正直に言うと、エリスの実家である男爵家に、従者を雇い入れるだけのお金は、全くないと言ってもいいだろう。
やっと、ジェルメールで、夫人の作ったクッキーを販売する事業にこぎ着けることが出来て、それもまだ、完全に軌道には乗っておらず、これから、売り上げ金が入ってくるといったところだったし。
それも全て、借金の返済に充てるという話だったから……。
基本的に、借金のある男爵家では、何とか『家族だけで強く生きていけるように』と、力を合わせて頑張っているため、仮に従者を雇い入れることが出来たとしても、その従者を王都の街まで、派遣することなんて、きっと不可能だと思う。
第一、よくよく考えなくても、男爵は、人が良すぎるあまり、色々なことに巻き込まれる不幸体質の人ではあるけれど、そういった、裏で何かを画策出来るような人ではない。
何なら、人が良すぎるあまり、いつだって割を食って、損をしているイメージだから……。
……だとしたら、男爵のサインと家紋が勝手に使われたと考えるのが妥当だけど。
そこまで考えて、私は、ハッとした。
【そういえば、ここ最近、王都で流行っていたという組織的な詐欺も同じ手口で、自分達の身分は明かさず、王都の一等地に土地を借りて、詐欺のお店を構えていたんだったよね?】
あのときも、確か、不動産を騙すために、田舎に領地を持っている貴族の名義を勝手に使用していたんだったはず。
そして、エリスの実家でもある男爵家は、その被害者のうちの一件でもある。
もしも、あの事件の黒幕と同一人物が、今回の事件の方にも絡んでいるのだとしたら、契約書のサインや家紋の偽造などは『詐欺事件の方でも使用した男爵家のもの』と、そっくりそのまま同じにすることも、簡単なのではないだろうか?
別の人が絡んでいるというよりは、王都の街を今、騒がせている事件の犯人が一緒だと考えた方が、まだしっくりと来る。
どちらも、別々に起こされた事件のように見えて、犯人の目的が、最初から『ジェルメール』だったのだとしたら……?
事件が起こった時期を考えてみると、詐欺事件との関連性について、その全てを否定することは出来ないと思う。
私は、今、自分が思いついたことを、間違っているかもしれないけど、この場で、みんなにも分かってもらえるよう、順序立って説明をしてみることにした。
暫く、黙ったまま、私の話を、みんな聞いてくれていたものの。
「うむ、確かに、その可能性は高いかもしれぬ。
……そもそも、エリスの実家であるハワード家が、こうも短期間で、別々の事件の契約書で名前を騙られているなどということが、二度も起きている訳だしな。
そこに、関連性がないと言う方が、不思議でもある」
と、私の言葉を聞いて、深く思案してくれた様子で、最初に『その可能性については否定出来ない』と声を上げてくれたのはアルだった。
「あぁ、俺も、姫さんや、アルフレッドの言うとおり、その可能性は、充分にあると思う。
相手が、詐欺事件を起こしてきていながらも、本来の目的は、最初っから、ジェルメールだったのだとしたら、他の詐欺事件に関しては、カモフラージュだったのかもしれねぇしな」
その上で、慎重になりながら、セオドアも『自分の考え』と共に、今の段階で予測出来ることを、こうなんじゃないかという仮設を立てて、話してくれると。
その言葉を聞いて、ジェルメールのデザイナーさんの表情が一気に曇ったあと、ぷんすかと、目に見えて怒りながら……。
「んまぁっ! そうだとしたら、本当に卑怯な犯人だと思いますし、絶対に、許せませんわね~!
汚いことに手を染めるだけでは飽き足らず、別の貴族の名前を騙っていることで、自分達には辿り着くことが出来ないとでも思っているのかしらっ?
このまま、泣き寝入りだなんて、悔しくて、悔しくて仕方がありませんわ~!
一体、誰が、裏で、そのようなことを仕出かしているんでしょう……っ!?
その犯人像だけでも分かれば、ジェルメールを憎んでいるような人間にも、心当たりが出てくるかもしれませんのに……っ!」
と、エリスの父親である、この事件には『全然関係ないであろう』男爵の名前が、勝手に契約書に使われていたことで、そこから、本当の犯人に辿り着くことは、実質的に、不可能だということを私達の話を聞いて、理解してくれた上で……。
『泣き寝入りをするしかないんでしょうか?』というような意味合いを言外に含ませつつ、私達の方へと、ムキー、っと悔しさを滲ませながら、声をかけてくる。
「もしかしたら、犯人は、ジェルメールを貶めたいんじゃなくて、私のことを貶めたかったのかも……」
その言葉に、もしかしたら、今回の犯人の目的は『ジェルメール』ではなく、最近、私の身の回りで、あまりにも頻繁に起きている事件とも関連があり、ジェルメールと懇意にしている私を狙ってのことだったのかも、と声をあげれば……。
私の言葉を聞いて、アルが……。
「仮面の男が、裏で関与している可能性か……?」
と、真面目な声色で、此方に向かって声を出してくれた。
その言葉に、私はこくりと頷き返す。
一方で、私達の間では、仮面の男と言えば、それだけで、通じるものがあるけれど……。
シベルの人達や、ジェルメールのみんなは、当然のことながら、何のことかさっぱりと分かっていない様子だったため、私は、掻い摘まんで、ここ最近、自分の身の回りで『良くない事件』が起きているのだということを、やんわりと、この場にいる全員に向かって、説明していく。
そこまで、みんなに説明して『仮面の男』が裏に絡んでいる可能性について、視野に入れ始めたところで……。
それに関して、どうしても否定せざるを得ない重要なことに、はたと気付いて、一転して、私は『やっぱり、この事件に仮面の男は関わっていないのかも』と、考えを改めることになってしまった。
もしもこの事件に、仮面の男が関与しているのなら、その裏にいるであろう黒幕は、テレーゼ様や、宮廷伯の誰かといった、皇宮の内情にも、深く精通している人間になるはずで。
――どちらにしても、エリスが私の侍女であることを、知らない訳がないと思うから……。
私達がその名前を聞いた瞬間に、今のように『エリスの父親である男爵なら、何らかの事件に巻き込まれているのでは?』と思ってしまうことは、避けられないと感じるし。
仮に、テレーゼ様や、宮廷伯の誰かが、この事件の黒幕として糸を引いている犯人なら、こんなにも、初歩的なミスを犯すだろうか……?
特に、テレーゼ様は、実家の借金のことを引き合いに出して、エリスを脅していた訳だから、エリスの実家のことについては、きちんと把握していたはず。
だからこそ、エリスから語られたテレーゼ様の裏の顔としての人物像を考えても、万が一にも、私達が『詐欺事件と、今回の事件に関連性があるんじゃないか』と、気付いてしまうような証拠は残さないんじゃないかな?
仮に、一連の事件の黒幕に、宮廷伯が関与していても同じことが言えると思う。
宮廷伯の面々は、日頃から、皇宮で働いていることで、皇宮内の噂には特に敏感だ。
私の下に、テレーゼ様の推薦で、エリスという侍女が来たことは知っているだろうし。
私を貶めたいと思っての犯行なら、私の周辺には特に気を配って、事前に『調べる』くらいはするだろうから、エリスの実家である男爵の名を騙るようなことはしないんじゃないかな?
だとしたら、犯人の人物像は、皇宮で働いていたとしても、そういった噂などにも疎い人物であり、きちんと『情報を調べることが出来ない人』だとも取れるけど……。
もしかして、今回の事件の黒幕は、世間での噂や、情報などの取り扱いに敏感だと思われる貴族ではないのだろうか……?
緻密に計画されているようで穴があり、注意力が足りなくて、迂闊だとしか思えないんだけど。
わざと、そうしてきているのか……。
それとも、本当に、大ポカをやらかすタイプの人なのか、どっちなんだろう?
どっちみち、今回の事件に、もしも『仮面の男が絡んできている』と言われても、その上にいて指示を出している犯人像は、今まで、私の事件に関与していたであろう黒幕と比べても、あまりにも稚拙なところが目立って、違いすぎると思う。
仮面の男の裏にいる人間が、思慮深く、証拠も残さない慎重派であるのに比べて、今回の事件の犯人は、割と大雑把というか、大胆で、こういうところで、粗が目立つようなこともしてきているから。
「もしかしたら、今回の事件には、仮面の男は関与していないのかも……」
私自身が今、思いついたことについて、改めて、詳しく説明すれば……。
一連の仮面の男が関与した事件について、私の近くで見てきてくれたセオドアや、ローラと言った面々ほど違和感に気付いて『確かに、そうだ』と、私の意見に、納得してくれたみたいだった。
「だとしたら、アリス様の傍に、エリスが付いていることを知らなかった人間が、関わっているということですよね?」
「あ……っ、そうですよね……っ!?
もしも、何かがあって、今日みたいに、裏にいる人間の計画が暴露されてしまった時、私の実家が関与しているとなれば、必然的に、アリス様は、詐欺事件との関連についても、結びつけることが出来るはずですし……。
犯人は、こんな簡単なことにも気づけない人だっていうことですもんねっ……!」
「うむ、そうだな。
確かに、今回の事件に関しては、所々に、粗が見え隠れして、お粗末だとも言えるだろう」
それから……。
みんなから、今回の事件についての粗を指摘され、ボロボロに貶されてしまっている犯人に、同情するような気持ちは湧いてこず……。
それでも、今回の事件には、犯人の手がかりに繋がるような有力な痕跡は残していないからこそ。
ちょっとだけ進展したものの『仮面の男が関わっている事件の黒幕とは、無関係なのでは?』ということが分かっただけで、その犯人については、振り出しに戻ってしまったな、と感じながらも……。
今回の事件の犯人を見つけるには『詐欺事件の方から追っていった方が、まだ、可能性があるかもしれない』と、セオドアと視線を交わし合った私は……。
これから先は、ジェルメール側が、お店が破壊されてしまったことによる被害届を出すかどうかに委ねられることになるだろうと『どういう判断に出るのか』窺うように、デザイナーさんの方へと視線を向けた。
私自身、詐欺事件のことと、今回の事件が同一犯によるものではないかと、お父様に事情を話すことは出来ると思うし、そこに、協力を惜しむつもりは全くない。
もしかしたら、ジェルメールではなく、私を狙った人間の犯行かもしれないという線も、未だに消えている訳ではないから……。
そうして……。
クロエさんや、メイリンさんに、自分達に接触してきた『貴族の使いを名乗っていたという若い男性の特徴』を、更に詳しく聞きながらも、これ以上の進展は望めないかもしれないと、私達が行き詰まってしまったタイミングで、この場に、重い沈黙が落ちていく。
今回の犯行について、メイリンさんと、クララさんが関わっていたということは間違いなく……。
そっちの問題に関しては、正直に言って、まだ何一つとして、解決していない。
特に、メイリンさんがクララさんを虐めていた問題も含めて、クロエさんは知らなかったとはいえ、シベル側が今回、ジェルメールの妨害をしていたことは、明らかだから……。
二人の処遇をどうするのかといったところで、誰も何も、言葉を喋らなくなってしまった中で……。
「今回の、メイリンがやってしまった罪に関しても、クララが追い込まれてしまって罪を犯してしまったことに関しても、きちんとした出資者を見極めることが出来なくて、日頃から、自分の弟子達に厳しく接していた、私の責任です。
それと同時に、シベルの経営方針が、間違っていたという証でしかありません。
皇女様並びに、ジェルメールの皆様に、心よりお詫び致します。……本当に、申し訳ありませんでした」
と、いつだって、ジェルメールをライバル視していて……。
ここに来るまで、ずっと強気な姿勢を崩さなかったプライドの高いクロエさんが、私達に向かって、がばりと頭を下げてきたことで、私は、ジェルメールのデザイナーさんと一緒に、顔を見合わせて、ビックリしてしまった。