424 ファッションショー本番
それから……。
私達の前が、残り一組となった状態で……。
本番は、左右で別れてステージに出て、ステージの真ん中で、セオドアと合流する予定になっているため、二人揃って待機していた場所から、セオドアと別れ、独りになった舞台袖でドキドキしながら、自分の順番を待っていると……。
とうとう、私達の出番になり、近くに立ってくれていた運営スタッフが『司会の紹介が終わったら、ステージに出てください』と声をかけてくれて、私は、いよいよ自分の番だと、緊張に胸を高鳴らせてしまった。
「紳士、淑女のみんなァっ、大変、お待たせ致しましたっ!
お次は、建国祭前にも話題になって世間を騒がせていた皇女様と、皇女様の護衛騎士がモデルを務めるジェルメールの出番だぞッッ!
今回のテーマに合わせて、皇女様が持っているブーケの花は、ルピナスをメインに使用したもので、あなたは私の安らぎという花言葉になっていて……。
騎士様が持っている花かんむりには、ナズナが使われ、あなたに私の全てを捧げます、という意味が込められているらしいっ!
赤を持つ、二人のモデルを起用していることで、小物なども含めて、随所に赤色を散りばめ、蔑まれる色から、格好いい色へという願いがこもったトータルコーディネートを、みんな、しっかりと堪能してくれよな……っ!」
そうして……。
私達のことを、司会の人が、盛り上げるように紹介してくれたタイミングで、私は、一人階段を上って、ステージへと上がっていく。
対面では、セオドアが反対方向から、私の方を見ながら、ステージに上がってくれているのが目に入ってきた。
お互いに呼吸を合わせようとしなくても、ウィリアムお兄様や、ルーカスさんにも付き合ってもらいながら、何度も『練習を重ねてきたこと』で、遠く離れた場所からでも、ピッタリと息を合わせられて……。
まさに、今日この日のためだけに用意されたような晴天のもと、太陽の光が燦々と照りつけてくる『屋外のステージ』ということもあり、私は、その光に照らされながら、ゆっくりと、ステージまで上がりきる。
舞台裏にいた時には、観客の様子を窺うことが出来なかったから、そういった意味でも、不安な気持ちを抱えていた上に……。
今回のファッションショーの衣装には、セオドアの衣装にも、私達が付けているアクセサリーにも、世間から見ても蔑まれてしまう赤色が、随所に散りばめられているということで、お客さん達から、どういう反応をされてしまうのかが、全く読めず。
恐くて、竦んでしまいそうになる足を何とか動かしながら、ステージの真ん中まで歩いていき、私は、セオドアと合流して、お互いに微笑みあって、手を繋ぐ。
そうして、ステージ中央に用意された細長く伸びる花道を歩こうとして、前を向いた瞬間……。
私が、観客席の方へと視線を配ると、今日この日のために『チケット』を取って、来てくれたであろう老若男女のお客さん達で、会場は埋め尽くされ……。
本当に、沢山の人達から、一斉に『ワァァ……ッ!』という歓声が沸き上がったのが聞こえてきた。
パッと会場を見渡した限りでは、洋服などに関心が高いであろう貴族の令嬢や、夫人達の姿が多いように思えるけど……。
事前に、今回のファッションショーのチケットの倍率が凄いことになっていたと、聞いていただけあって……。
折角だから、見たいと思ってくれたお客さんも多いのか『男性のお客さん』も、それなりに入っているみたいで、司会の人に、今、紹介してもらった衣装の説明を聞いて、みんな、私とセオドアの衣装に、興味津々といった様子の好奇心に満ちあふれたような瞳で見つめてくれていて。
その反応に『……良かった。ひとまずは、好感触だ』と、私は内心で、ホッと胸を撫で下ろした。
何といっても、ジェルメールのスタッフさん達の思いが詰まった渾身の一着だし。
さっき、舞台裏で、同業者の人達から向けられる視線も『凄く好意的なもの』だったから、観客の人達にも悪いようには見られていないはずだとは、感じていたけれど。
やっぱり目の前で、こうして、反応をもらえるまでは、どうしても不安な気持ちが拭えなかったこともあって、目に見えて分かる範囲にいる彼等の態度に、私は、心の中で安堵する。
貴族じゃない一般のお客さんも、建国祭初日の、パレードの時に来てくれていた人なら、私の顔を見て、知っている人も多くいるとは思うんだけど……。
それ以外だと、私がデビュタントを行う前は、公の場には『式典の時』くらいにしか顔を出しておらず。
広く一般の人達に、顔が知られている訳じゃなかったから、初めて知る私の顔を見て、驚いているような人も、ちらほらと見受けられた。
それから、意識をして会場の方に視線を向けてしまうと、どうしても緊張してしまうから、セオドアにだけ意識を集中することにして、私は、なるべく、セオドアと過ごす『日常』のことを思い出しながら、普段通りの自分を心がけていく。
ステージで、セオドアと合流する前も、合流して手を繋ぎ、花道を歩いている間も、全て……。
一瞬、一瞬が、あまりにも長いように感じられて、練習をしていた時よりも、体感的に『時間が流れるのが遅いような感じがしてくる』のは、私が緊張しているからだろうか?
それでも、これまでに、何度も練習を重ねてきたこともあって……。
私はセオドアと一緒に花道を通り、観客席から衣装が良く見える場所として用意されている、丸い円のようになった先端の部分まで歩いていく。
その際、近くの席に座っていた貴族の令嬢達から、熱のこもったような視線で熱心に見つめられ、まるで、歌劇で主役を務めあげるプリマドンナを見るかのように、憧れの視線が込められているのを感じて、私は思わず、ドキっとしてしまった。
……生まれてきてから、ずっと。
巻き戻し前の軸の時も含めて、そういう視線を向けられることが殆どなかったから、彼女達の視線に、びっくりしてしまって、何だか、ドギマギとしてきてしまう。
私が、にこっと微笑んで、彼女達の方に笑顔を向ければ、何故だか、その場にいた沢山の人が、私と目があった瞬間に『きゃぁ、きゃぁ……っ、!』と、悲鳴にも似た黄色い歓声をあげ、感極まったように、突然、目を潤ませてしまいはじめて、更に、動揺してしまう。
ジェルメールのデザイナーさんから、世間に、私のファンが多くいるということは聞いていたけれど……。
【もしかして、オリヴィアみたいに、私の作るデザインのファンになってくれている人だったりするのかな……?】
思いがけず、目の前で、そういう反応をされてしまうと……。
今の今まで、そんな反応をされるとも思っていなかったから、不意打ちで、どうしたら良いのか分からなくなって混乱してしまい、私も、思わず、釣られて、胸の奥からこみ上がってくるものを感じて、感極まって、うるうると泣き出してしまいそうになってしまった。
巻き戻し前の軸の時などは特に、誰からも見向きもされなくて、蔑まれてしまっていて。
――周りにいる人達の、殆どが敵で、差別的な視線を向けられてしまうことが多かったから……。
いっそ『無関心の状態で、放っておいてくれたのなら、どれほど良かっただろう』と思えるくらいに、悪目立ちをしすぎていて、嫌悪感を持たれる対象であり……。
私の存在は、人々から忌み嫌われる赤を持つ『悪魔』のようなもので、決して、お兄様達のように憧れられる存在でもなく、悪い意味での象徴でしかなく。
今の今まで、令嬢達の間で、私の作るデザインのファンになってくれている人が沢山いるのだということも聞いていたし、実際に、オリヴィアのように、ファンだと言って声をかけてくれる人がいるのも、感じていたけれど。
私の姿を見て、感極まって、泣き出してしまうような熱心なファンの人が、オリヴィアだけではなくて、本当に、今、この瞬間、目の前に沢山いるという事実に、嬉しさ以上の、熱い気持ちがこみ上げてきてしまって……。
ジェルメールのデザイナーさんが言ってくれたように……。
『蔑まれる赤から、格好いい赤へ』というのが、本当に、ぴったりと当てはまるくらいに、今なら、ほんの少しだけ、彼女達のお陰で、普段から、自己肯定感の低い自分にも自信が持てるような気がしてくる。
それと同時に、今まで、ジェルメールのデザイナーさんと一緒に『積み重ねてきたことの結果』が、こうして出ているのだということが、建国祭初日のパレードの時の一般の人達からの視線よりも、もっと如実に感じられて、彼女達から勇気をもらえて、励ましてもらえているような気持ちにもなってきた。
――少なくとも、今、この場において、巻き戻し前の軸の時のように、私のことを蔑んだような瞳で、見つめてくる人は誰もいない。
それどころか、目の前にいる令嬢達の視線は、私に対しても、セオドアに対しても好意的で、凄く温かいものだったから……。
さっきまで感じていた、ドキドキとした緊張と不安の気持ちは、良い意味で解れていき……。
私は、セオドアと、普段通りの柔らかい視線を交わし合いながら、花道の先端の部分に立って、ダンスの要領で、くるっと一回、その場で回ったりして、衣装が良く見えるようにと、アピールしていく。
今まで、ジェルメールのスタッフさんや、デザイナーさんが、どれだけ頑張って『今日この日のため』に、衣装を作ってくれたのかということは、私とセオドアが一番理解していると思うし、だからこそ、優勝したいと強く願う気持ちも、もちろん、あるんだけど。
赤を持つ私達が『ステージの上』で、自分を輝かせてくれる衣装を身に纏って、自由に表現しても、誰も私達のことを蔑まず。
むしろ、私達の衣装を見て格好いいだとか、可愛いという感想を持ってくれたなら、それだけで充分、成功したと言えると思う。
きっと、私達が、今、この瞬間、世間から認めてもらえることが、これから先、赤を持って生まれてきてしまった人達の希望にもなっていくと感じるから……。
元々、私のファンだった人達に加え。
これを機に、好意的な目で見てくれるような人達が増えて、赤に忌避感を持つような人が減ってくれる切っ掛けが訪れているのなら……。
――まさに、私は、今、歴史的瞬間の渦中にいさせてもらっているのかもしれない。
それならば、なおのこと……。
デザイナーさんが、私やセオドアのことを考えてくれて、敢えて、この大舞台で『赤を取り入れる』と、決断して挑戦してくれた、その心意気を無駄にしたくはない。
今回の衣装は二人揃って、何もない休日の日に『お花畑にやってきたイメージ』と言っていたから、その言葉通りに、セオドアと一緒にお花畑に行って、満開に咲き誇っている花の中で、ゆっくりと、二人っきりで過ごしているイメージを頭の中に作り出していく。
そうして、阿吽の呼吸で、セオドアと視線を合わせ、この場に、二人しかいないような空間をイメージしながら、ステップを踏み、セオドアのエスコートに委ねて、ダンスを踊る感じで、まるで物語に出てくる妖精のように、衣装を見てもらう意識で、ひらり、ひらりと、何度か舞ってから……。
その場に跪いて、私の手を取ってくれて……。
忠誠を誓ってくれている騎士らしく、そこに一度、口づけをして、優しくて、穏やかな表情を向けてくれたセオドアが、私の頭に、手に持っていた『あなたに私の全てを捧げます』という意味合いがある、ナズナをメインに使った花かんむりを載せてくれると。
私は、セオドアの顔を真っ直ぐに見つめつつも、思わず、照れが出てしまって、はにかみながら、セオドアに『あなたは私の安らぎ』という、思いの詰まったルピナスがメインのブーケを手渡していく。
そのあと……。
セオドアが、私の差し出したブーケを受け取ってくれて、その場に立ち上がってくれると……。
客席から、『ワァァァァっっ……!!』という、これまでにないような、一際大きい地響きのような歓声が鳴り響いてきたことに、私はビックリしてしまった。
そのあまりの反響の大きさに、戸惑いながらも、私はセオドアと視線を交わし合って、練習した通り、再び手を繋ぎ、一緒に会場を後にしようと、来た道を戻っていく。
その際、途中までは良かったんだけど。
ヒールのある靴を履いていたせいか、ステージの上にあった、ほんの少しの出っ張りの部分に躓いてしまって、転けそうになってしまい……。
瞬間、私と手を繋いでくれていたセオドアが機転を利かせてくれて、抱き寄せるように、私を引き寄せてくれたあと。
「……っ、危ねぇ。……姫さん、大丈夫か?
足を挫いてしまっていたりすると良くないから、このまま、俺が連れて帰ることにするな?」
と、小声で声をかけてくれたかと思ったら、そのまま、予定には無かったお姫様抱っこをしてくれて、セオドアに抱きかかえられて、私は会場を後にすることになってしまった。
いきなり、セオドアに軽々と持ちあげられてしまったことで、落ちることはないと分かっていながらも、身体の安定を求めて『無意識に、その首に手を回した私』といったその状況に、何故か、会場にいるお客さん達は、興奮した様子で、大盛り上がりで……。
歓声と、私達のことを讃えてくれるような口笛と共に、周りを見渡せば、スタンディングオベーショーンで、自然に、パチパチと拍手をされたかと思ったら、やがて、それが大きな波となり、渦となって、会場を包み込んでいくのが、セオドアに抱っこされながらも、私にも手に取るように理解出来た。
セオドアのその対応のお陰で、私がステージの上にあった出っ張りの部分に、躓いてしまったことは、誰にも悟られず『皇女と騎士の演出の一部』だと思われてしまったんだと思う。
私が、ぎゅっと、セオドアの首に手を回して、照れたように、セオドアの顔を見上げたことも、会場のお客さん達からは、高評価っぽい雰囲気だった。
――私は、ただ、自分が、躓いてしまったことが、恥ずかしかっただけなんだけど。
意外な、お客さん達の反応に、びっくりしつつ。
衣装が、きちんと見えるような抱え方をしてくれている『セオドアのその対応』には、感謝しか無くて、有り難いなという気持ちしか湧いてこなかったものの。
その一方で、セオドアに、まるで大切な宝物でも扱うかのように大事に抱えられ、お姫様抱っこをされている姿を、お父様やウィリアムお兄様といった家族だけではなく。
ルーカスさんやオリヴィアといった知り合いにまで見られてしまっていると思うと、一気に、胸の奥から熱が上がってきて、カァァァっ、と顔が熱くなってきてしまった。
【……あうぅ、ファッションショーが終わってからの、知り合いの反応が凄く恐いかも……っ、!】
有り難いやら、嬉しいやら、パニックになってしまうやらで、どんな表情をすればいいのか分からず、最終的に、眉をへにょっとして、困り顔になってしまっていたら……。
あっという間に、セオドアに抱きかかえられたまま、ステージから捌けることになり、私は、みんなが待つ舞台裏まで、戻ってきてしまった。
「あーんっ……! 皇女様、騎士様、お帰りなさいませっっ!!!
もう、もうっ、本当に、最高に、素晴らしいショータイムでしたわ~っっ!!
点数を付けるのは、烏滸がましいくらいですが、普段の二人の、柔らかで優しい空気感が自然に出ていて、ステージを美しく彩っていて、私、本当に、感動して、涙が出てしまいました……っ!」
そうして、私がセオドアに足の怪我を心配されながら『立てるか……?』と声をかけられて……。
セオドアが直ぐに引き寄せてくれたこともあって、全然、怪我なんて何一つもしていなくて、こくこくと頷きながら、お礼と『大丈夫』であることを告げて、その場に、降ろしてもらうと。
私達の方まで、全力で駆け寄ってきてくれたジェルメールのデザイナーさんから、興奮しきりの様子で声がかかって、私は、そちらに視線を向けた。
見れば、デザイナーさんだけではなく、ジェルメールのスタッフさん達も、ローラやエリスといった面々まで、これまで、一生懸命に準備をしてきたという思いも相まって、感動した様子で、満面の笑みを向けてくれていて。
「皇女様、騎士様、本当に、本当に、ありがとうございました。
お二人がモデルになってくださって、良かったです……っ!」
「本当に、私達のために、力を尽くしてくださって、ありがとうございますっ!」
と、スタッフさん達からも、口々に声をかけてもらえて、じわじわと嬉しい気持ちがわき上がってくる。
最後の最後で、躓いてしまうというハプニングはあったものの。
今までで練習した中でも、今日が一番、自然体で上手く出来た自信があるというのは、私自身も感じていたことだった。
セオドアと呼吸を合わせて、息がピッタリだったというのもそうだし……。
ショーの途中で、勇気づけてくれた、私のファンだと思えるような、あの令嬢達のお陰でもあると思う。
だからこそ……。
こんなふうに、口々に褒めてもらえて、みんなから感動したと言ってもらえると、素直に嬉しい気持ちがわき上がってくる。
そうして、モデルとして『ショーを成功させることが出来た』のだという実感も、徐々に沸き上がってきて、私の隣に立ってくれていたセオドアと顔を見合わせて、ホッと、安堵の表情を浮かべて、笑顔になっていると。
「うむ。……アリスも、セオドアも、本当に、凄く良かったぞ……っ!
今までの練習の中でも、一番と言っていいくらいの出来だった」
と、今まで、私達の練習に付き合ってくれていたアルも、私達の方に駆け寄ってきてくれて『一番良かった』と、太鼓判を押すように褒めてくれた。
その言葉に、たまに、私達の練習を見に来てくれていた、ローラや、エリスも、うんうんと同意するように頷いてくれる。
私達の中でも、アルが一番、練習に付き合ってくれていたからこそ、その言葉には説得力があったし、本当にそう思ってくれているのだと感じて、純粋に嬉しかった。
「それと、何と言っても、最後の演出ですわ~!
最後の最後で、練習になかった演出を付け加えてくれるだなんて、騎士様も本当にやりますわねっ!
……シベルと演出が被っていたこともあって、アレは、ステージに出る前から、考えてくださっていたんですのっ!?
今回のモデルの中でも、まさに、お二人にしか、お姫様抱っこだなんて出来ない演出ですし……っ!
それまで、格好良く、可愛く衣装を見せてくれていた、自分達から遠い世界にいるモデルのお二人に、あの演出のお陰で、一気に、お客さん達の親近感が湧いたみたいで、大盛り上がりでしたわね……っ!
騎士様に抱きかかえられたあとの、皇女様の恥じらったような表情が、何よりも可愛らしくって、本当に、素敵でしたわ~!」
そのあと、興奮しきりで……。
セオドアに向かって、キラキラとした視線を向けて『あの演出は一体……!?』と、迫るように、ぐいぐいと声をかけてくるジェルメールのデザイナーさんに。
珍しく、セオドアがほんの少し困惑したような表情を向けながら……。
『いや、アレは、別に、偶然の産物っていうか……』と、どう答えれば良いのか悩んでいる様子で、たじたじになっていると……。
「……っ、あり得ない……っ!
一体、どういうカラクリを使って、こんな衣装を作り上げてきたのよ……っ!
衣装を、新たに練り上げるための時間だなんて、無かったはずでしょう……っ!?
それどころか、あんな歓声まで、もらうだなんて……っ! 何か狡いことでもしているんじゃないのっ!?」
と、半狂乱のようになって、私達に向かって突っかかってくる、シベルのスタッフさんの姿が見えて、私は、この場にいる全員と、困惑した視線を交わし合う。
彼女は、確かさっき、クララさんに対して、嫌な感情を剥き出しにしていたスタッフだったと思う。
突然の言いがかりにも近いような言葉を向けられたことで、私が、彼女に対して、一体どうしたのかという視線を向けていると……。
その後ろから……。
「ねぇ……っ? ジェルメールが、衣装を新たに練り上げるための時間が無かったって、一体、どういうこと……?」
と、どこまでも低い声色で、シベルのデザイナーであるクロエさんが、半狂乱になっている彼女の後ろから、声をかけてきたのが聞こえてきた。