423 本番開始前の舞台裏
ホテルから出て、私達が、屋外にあるファッションショーの会場に出向くと……。
――そこは、既に、大勢の人達で賑わっていた。
多分だけど、この会場の中には、ウィリアムお兄様だけじゃなく、ルーカスさんや、お父様、オリヴィアなども来ているんだよね。
知り合いが沢山来ているという事実にも、否応なしに、緊張感が高まってきてしまい、ドキドキしてくるんだけど……。
屋外の会場ということもあってか、チケットを持ってない人も、何とか『ファッションショー』を、一目でも見ようと、ロープの張られている近くのところまでやって来て、警備隊の騎士の誘導で、きちんとした列をなしているのが見えてくる。
それで、本当に、ステージの上が見えているのかどうかは謎だけど、音や声は聞こえてくるから、少しでも、イベントの空気感を一緒になって、楽しみたい人達なのかもしれない。
なるべく、一般の人に気付かれないようにと……。
ホテルの前に『会場へと、私達が行くためだけの警護』をしてくれる騎士が待機してくれていて、彼等に囲まれる形で、ここまでやってきたんだけど。
やっぱり、私達が衣装を着ているということで目立つのか、ちらほらと会場ではなく、此方に視線を向けて、興味津々な様子で見てくるような人達もいて。
その中の一人が、私達に気付くと、あっという間に、少しでも『衣装を着た私達のことを見よう』と、周囲に、人だかりが出来てしまい、まるで、今、この瞬間、大スターにでもなったような気分を味わいながらも……。
何とか、騎士の人達の警護のお陰で、会場へと辿り着いた私達が、事前に配られていた関係者のみが持っている許可証を、運営スタッフに見せれば、今回の『ファッションショーに参加している店舗』のみが、通ることを許されているステージの裏側へと通してくれた。
そうして……。
ステージの裏手側に、私達が来ると、既に出番を終えている、ファッションショーの、参加店舗の人達の目が、一斉に私達の方へと向いてくる。
特に、ジェルメールは、王都で人気のお店だから……。
デザイナーさんの顔も、同業者の人達には、広く知れ渡り。
更にいうなら、私がいることで、デザイナーさんの顔を知らずとも、周囲の人達には、ジェルメールの人間が、会場の裏にやってきたということは、直ぐに気付かれて、広まってしまったみたいで。
さっき、ホテルに用意されていた準備会場で、本当に、沢山の店舗のスタッフが『私達の動向』を気にかけていたと思うんだけど。
『あの時は、衣装を見れなかったから……』と、わらわらと、衣装を見るためだけに、私達の周りに、他のお店のスタッフさん達が集まってきてしまった。
そうして……。
私と、セオドアが着ている衣装に、その場の全員が息を呑み……。
さっきまで、ざわざわと、人の声で賑わっていたはずなのに、一転して、この場が一気に静まり返ってしまって、静寂と共に、この場にいる全員の視線が、私達に釘付けとなっていく。
【うぅ……っ、各店舗のスタッフさん達から、まるで、穴が開いてしまいそうなほどに、見つめられてしまってる……、】
あちこちから視線が飛んできて……。
じろじろと見られてしまっていることで、ただでさえ、モデルとして、ステージの上に立つことに『緊張感を漂わせていた』というのに、私の緊張は、最大限まで高まって、胸の鼓動が聞かれてしまうんじゃないかというくらい、バクバクと音を立ててくる。
ただ、それでも私は『内心の不安』を押し殺しながら、その場で、胸を張ってみせた。
ジェルメールのスタッフさん達が作ってくれた、渾身の衣装を着ていて、私自身も、いつもよりも可愛くしてもらっているのだから、何も、恥じることはないし。
折角だから『ステージの上に立つ前の、予行練習だと思うことにしよう』と、心に決めて、堂々としていたら……。
誰が、最初に、溢したのか分からないんだけど。
『ほぅ……っ』というため息にも似た、感嘆の声が聞こえてきたかと思ったら、その声を皮切りにして、あちこちから同じような声が、自然と湧き上がってくる。
周りを見渡せば、ジェルメールの衣装に、同業者である他の店舗の人達も、凄いと思ってくれているのか……。
思わず、漏れてしまったといった感じの吐息と視線に、私は『……良かった。好感触みたい』と、ひとまず、ホッと胸を撫で下ろした。
今はまだ、有名になっていなくて……。
周りの人達は見慣れていないであろう、アウターコルセットにも、そこまで『嫌な感じの意見』は持たれていないみたいで……。
周りにいる、トップデザイナーと呼ばれる人ほど、物珍しそうな表情をして、マジマジと食い入るように、此方を見つめてくる『その視線』にも、ほんの少し、慣れ始めたころ。
「……流石は、今、王都でも、一、二を争うくらいに、流行っているお店の衣装ですね……っ。
皇女様が着るドレスも、男性用の衣装も含めて、素晴らしいものだと思います。
……と、ひとまずは、褒めておきましょうか。
シンプルな白色のドレスだからこそ、華やかに見せるには、難易度が高いというのに、繊細な装飾に、ジェルメールの持ち味である清楚な雰囲気を崩すことなく、華やかさを演出するだなんて、中々、やりますね……っ?
そちらは、革地で作った、コルセットですか?
敢えて、コルセットを、ドレスの下ではなく、上に付けるだなんて、モデルのウエストを絞って強調させる意味でも、そのアイディアは、素晴らしいのものだとお見受け致します」
と、私達の目の前に立ち塞がって、一番最初に、ジェルメールの衣装を褒めるために声をかけてきたのは、シベルのデザイナーさんだった。
真っ直ぐに、ジェルメールのデザイナーさんの目を見つめながらも、ほんの少しだけ、その表情に『悔しさ』のようなものも滲ませている、シベルのデザイナーさんの姿に……。
「あらっ……、ありがとうございます。
自慢の作品ですから、褒めて頂けて、とっても嬉しいですわ~!
ですが、そちらこそ……っ! 深い海の底を表現しているかのような紺色に、異国情緒溢れるスリットの入ったセクシーなドレス。
それに合わせた、傘という小物まで……、全てが、衣装と調和され、本当に美しい出来映えですね?
男性用の衣装も、ドレスと合わせて、紺色を使用しているのでしょう?
ジェルメールとはまた、全然違った衣装ですけど、だからこそ、シベルの衣装も素晴らしいものだと思いますわ~!」
と、ジェルメールのデザイナーさんも、にこやかな口調で『応対』していたものの……。
シベルのデザイナーさんの後ろにいた、二人のモデルさんの着ている衣装に視線を向けながら、ほんの少しだけ、表情が引きつったように強ばっていくのが見えた。
私自身も、モデルとしての準備に忙しくて、シベルの衣装を見に行く暇がなく……。
見に行ってくれた『スタッフさんの話』を、聞いただけだったけど。
私から見ても、シベルの衣装は、ジェルメールとは、また、全然違うからこそ、この場所で、他の店舗と比べても、一歩も、二歩も、抜きん出ているような『デザイン』になっているのが、感じ取れて……。
それだけで、シベルが、今回のファッションショーに、どれ程の思いをかけて、この衣装を制作してきたのかということも、手に取るように、分かってしまった。
ジェルメールには出せない『独特の世界観、持ち味』が、シベルにはある。
その反面、シベルには出せない『独特の世界観、持ち味』が、ジェルメールにも、あるということなのだけど。
【これは、本当に強敵だな……っ】
と、素人の私でも分かるくらいだったから、きっと、デザイナーさんは勿論のこと、ジェルメールで働いているスタッフさん達が一番、肌で感じ取っていることだと思う。
それは、私達『ジェルメール側の人間』だけではなく、シベルのスタッフさん達も、きっと同様に、同じ事を思っているだろうけど。
ただ、さっきの準備会場で『新米スタッフ』の、クララさんに対して、一際、嫌な視線を向けていた、シベル側のスタッフの一人が、私の着ている衣装を見て、驚いたように目を見開き、慌てた様子を見せていたのは、何か理由があるんだろうか?
彼女の視線の意味が気になってしまって、シベルのデザイナーさんや、モデルさん達の衣装から視線を外し、彼女のことを、真っ直ぐに見つめると……。
私と目が合ったそのスタッフさんは、どことなく気まずいような表情を浮かべたあと、どこか慌てた仕草をみせて、パッと、私から目線を逸らしてしまった。
「……??」
私が、シベルのデザイナーさんの近くにいた、そのスタッフさんを気にかけていると……。
「ですが、どんなに、今ここで、素晴らしい衣装を見せてこようとも、此度のファッションショーで、優勝の栄冠を勝ち取るのは、シベルになるでしょう。……それだけは、どうか、お忘れなきように」
「あら、まぁ、随分と、自信満々ですのねっ?
ですが、どんなに、自信に満ちあふれていようとも、今回のファッションショーで、悲願の初優勝を飾るのは、ジェルメールだと思います。
どこの店舗の衣装も素晴らしいとは思いますが、ジェルメールの衣装が、一番素晴らしいものだと、私だって、デザイナーとしての自負がありますの~!
決して、どこの店舗にも、負けていませんわ~っ!」
「相変わらず、良い性格を、お持ちで……。
だからこそ、私のライバルに相応しい、とでも言っておきましょうか?」
「そっくり、その言葉、お返ししますわ~!」
と……。
お互いに、褒め合っていたフェーズから、今度は、自分達の作った衣装が素晴らしいものだと、一歩も譲らないシベルのデザイナーさんと、ジェルメールのデザイナーさんの姿が見えて、私は思わず目を瞬かせた。
二人とも、にこやかな口調ではあるものの、お互いに、長年のライバルとして、バチバチと視線を交わし合っていて、そこには、誰も入れないような空気感がある。
周りを見れば、シベルとジェルメール以外の店舗のスタッフさん達が、二人の遣り取りを見て、戦々恐々としていて……。
こういうところを見ると、折角だから私も、シベルのモデルさんが行っていた『ステージ上での演出』を見たかったなと、ちょっとだけ、残念に思ってしまう。
そうして……。
「レディース、アン、ジェントルマン……!
さぁ……っ! 13組目のお次は、今回のテーマに合わせて、リボンをモチーフにした衣装のお目見えだァっ!
夏をイメージしたような、目映いほど輝く黄色のドレスに、麦わら帽も、衣装を彩るための、アクセントになっているらしい!
みんな、華やかな感じの衣装に、麦わら帽の爽やかな雰囲気を感じ取ってくれ……っ!
参加店舗の名前はっ……、」
と……。
ステージの上では、順調に、ファッションショーのイベントが進められていて、進行役の司会の人の賑やかな声が、此方まで聞こえてきて、会場を盛り上げているのが伝わってくる。
昨日、ジェルメールで、リハーサルを行った時には、当日になってみないと、司会の人の個性や、性格などは分からないと言っていたけれど……。
今回のファッションショーの司会の人は、即興で、その場の雰囲気に合わせて、アドリブを入れてくれて、店舗の紹介をしてくれる『ノリノリなタイプの人』みたい。
彼の言い回しに、会場は大盛り上がりで、ステージの裏側にいる私達にも、観客の人達からの熱気と、歓声のようなものが聞こえてくる。
丁度、今の時間は、私達の出番よりも数組前の店舗のモデルさん達がステージに上がって、衣装が良く見えるようにと、パフォーマンスをしている途中だった。
ほんの少しでも、私達の前の店舗が『どういうふうにステージに上がって、衣装を見せているのか』を、見ることが出来たら良いなと思っていたから、シベルの出番を見ることは出来なかったけど、凄く嬉しいかも……。
私が、シベルのスタッフさん達から視線を外し、舞台裏から、ステージに上がっている人達の衣装に、視線を配れば……。
ドレスの色味なども、各店舗様々だけど、今、ステージに上がっているモデルさんは、黄色のドレスに、リボンをいっぱい付けて、麦わらの帽子を被っているようなコーディネートになっていた。
各店舗が、この日のためだけに作った『華やかな衣装』を見ているだけでも、一観客として、ワクワクと楽しくなってきてしまう。
それと同時に、もうすぐ出番ということで、私は、ドキドキした緊張に、胸を高鳴らせてしまった。
モデルとして、大舞台に立つということで、せり上がってくるように、胸の奥から湧き出てくる緊張と不安に、一人、ぎゅっと手を握り、心臓の近くで、胸を抑えていたら……。
「ジェルメールのみんな、集まって頂戴っ!
もうあまり、本番まで時間がないから、今のうちに、円陣を組むわよ~っ!
皇女様達も、是非とも、私共と円陣を組んでくださいなっ!」
と、ジェルメールのデザイナーさんに、声をかけられて……。
私は、ハッと顔を上げ、みんなが『ジェルメールのデザイナーさんのもと』に駆け寄っていくのと同時に、私も、彼女のもとへと駆け寄っていく。
誰かと、円陣を組むだなんて、生まれて初めてのことだったけど、こういった円陣を組むと、それだけで、みんなと一体になれたような気がして、自分も、チームの一員の一人なのだと思えて、凄く嬉しいかもしれない。
私の隣には、セオドアとデザイナーさんがいてくれて、アルやローラ、エリスも巻き込んで、スタッフさん達も全員揃って、一緒に肩を組んで、大きな円陣を作り……。
「みんな、本当に、ここまで、良く頑張ってくれたわねっ!
皇女様や、皇宮から来て下さった皆様も、タイトなスケジュールで打ち合わせを重ねて下さって、本当にありがとうございました。
ここに来るまで、大変なことも沢山あったと思うけど、笑顔で、気丈に、みんなが一丸となって、乗り越えてきてくれたことは、他の誰でもない、私が一番、よく分かってるわ~!
どんな結果になろうとも、最後まで、一緒に走り抜けて、一年に一回の特別なイベントを、目一杯、楽しみましょうっ!」
その後で……。
デザイナーさんの、力強い掛け声が聞こえてきて、私はドキドキとした緊張を抱えながらも『一生懸命、頑張ろう』という気持ちを、強くしていく。
「ジェルメールのスタッフも、これまで、関わってくださった皇女様達、皇宮のメンバーも、本当に、みんな、最高よ……っ!
自分達が作ったものに、胸を張って、誇りを持ちましょうっ!」
そうして、続けてかけられた『勇気づけてくれる』ような、言葉のあと。
デザイナーさんが『ファイト~!』という締めの言葉をかけてくれると、スタッフさん達の口から『オーっ!』という、元気いっぱいの返事が返ってきて、私も慌てて、それに合わせて声を出した。
何だか、特別な雰囲気が凄く出ていて……。
この日のために一生懸命、頑張ってきたことが全て、瞼の裏に呼び起こされるような気がして、ここにいるみんなと『打ち合わせ』をしながら、衣装を作って、努力を重ねてきたのだと、改めて実感することが出来るし……。
衣装作りだけではなく、メイクやヘアセットに至るまで『本当に、沢山の人達の手を借りて、沢山の人達の思いを乗せて、本番を迎え、ステージに立つことになるんだな』という気持ちになってくる。
隣を見れば、セオドアも『責任重大だな……』と言いながらも、お祭りの時にしか味わえないような、この空気感を楽しんでいるようだった。
これまでの期間、バタバタと準備に忙しく……。
セオドアと私は勿論、ローラやエリスもそうだし、アルも、自分に出来ることを協力してくれていたりで、準備の段階から、沢山、関わってきたからこそ。
――いよいよ本番なのだと、感慨深いものがある。
未だに、緊張感は拭えないけど、泣いても笑っても、出番は一回きりだし、これまでに、精一杯、自分達が出来ることはしてきたから、あとは、それを、ステージの上で発表するだけ、だ。
自分が『モデル』であることを意識してしまうと、どうしても、身体が強ばってしまうから、私は、出来るだけ、ステージに上がることを、頭の中で考えないようにしながら、呼吸を整え……。
ジェルメールのスタッフさん達と別れ、出番まで、あと二組というところまで来て、運営のスタッフから『ひとまず、こっちで、待機をしていてください』と、案内された舞台袖のところに、セオドアと一緒に立つ。
そうして……。
【みんなの思いも、私達の思いも乗せた衣装だからこそ、きっと大丈夫……っ!】
と、内心で、自分に言い聞かせながら、私はセオドアと視線を合わせ。
「俺がついてるし。……何も心配しなくていい」
と、声をかけてくれて、安心させてくれるように微笑んでくれたセオドアに、私も、はにかみながら笑顔を向けたあと。
『一年に一回の特別なお祭りで、普通の人は、決して、体験出来ないような貴重なイベントだから……』と、目一杯、自分の出番を楽しむことにした。