421 ???Side
ヴァイオレットさんの下で、衣装の修繕をしていた私は、自分が、普段愛用している裁縫道具を取りに行くために、ヴァイオレットさんの許可を得て、控え室となっている『ホテルの客室』がある一つ上の階まで戻ってきていた。
その道中で、バッタリというか……。
私の動向を見て、わざわざ『準備会場』を抜けて、ここで事前に、待ち構えていたのだと思う……。
「生意気にも、ジェルメール側のスタッフとして、この場に来て、周囲から疑われてもいないだなんて、本当に、良いご身分ねっ! ……ねぇ、クララ?」
と、ホテルの廊下で、シベルにいた頃、私のことを目の敵にしていた先輩と出くわして、心臓が跳ねるように、ドキリとしてしまった。
シベルでは、社内コンペが定期的に開催され……。
働いているスタッフ同士が競い合って、シベルのトップデザイナーであるクロエさん以外の人間は、そのコンペで『新作の衣装を、作成出来る権利を勝ち取る』というのが、自分の作品を世に出すことの出来るチャンスとされているため。
先輩スタッフが、クロエさんの見えないところで、出る杭は打つといった感じで、後輩のことを虐めたりするようなことは、日常茶飯事に起こっていたし……。
シベルにいた頃、私自身、この人を中心とした先輩スタッフ達に、どれほど酷い目に遭わされてきたのかは、数え切れないほどだったから、どうしても、こうやって、目の前で対峙すると、当時を思い出してきて『身体』が強ばり、震えのようなものが出てしまう。
――今も、条件反射のように、ガクガクと震えそうになってしまう身体を何とか抑えようと、心の中で、自分のことを鼓舞しなければ、先輩の前に立つことさえ敵わなかった。
そこまで毛嫌いされているというのに、彼女が、こうやって、コンタクトを取ってきたのは、私のことを『意のままに動かしたい』からだろう。
それでも、意を決して、私は、目の前の人の目を真っ直ぐに見つめながら、キッと、勇気を出して声をかける。
「私が、デザイン画を盗んでくれば、それで良いって言ってたじゃないですか……っ。
どうして、本番当日になって、わざわざ、衣装を破る必要があったんですか……っ!?
そうまで、しなければいけなかったんですか……?」
『まさか、ここまでするだなんて、約束が違う……』と、震える口調で声を出した、私の言葉を聞きながら……。
目の前で、シベルにいた頃、先輩スタッフだった人の『その口元』が歪むように、笑みを湛えてきたあとで、一度だけ、小馬鹿にしたように鼻を鳴らしたのが目に入ってきた。
「はぁっ? 何を、言ってるの……っ?
ジェルメールは、これから先も、ファッションショーに挑戦する機会は、それこそ山のようにあるでしょうっ?
だけど、シベルは、去年、優勝していることから、今回、まさに、前人未踏の2連覇が掛かっているという、絶対に、優勝を逃すことが出来ない大事な局面なのよっ!
新聞にも大きく載った訳だし、建国祭が始まる前から話題になっている状況で、みすみす優勝を逃すだなんて、そんな、馬鹿な真似は出来ないわっ!
正直に言って、最近のシベルは、スランプ気味だって……。
世間からも、口さがのない噂を立てられて、クロエさんの作る衣装の素晴らしさを分かっていない、見る目のない連中ばかりだったし…!
クロエさんの為にも、そうすることが、何よりも、お役に立てる方法に違いないのよ……!
第一、これは、クロエさんじゃなくて、新しく、出資者となった貴族からの、直接の方針よ。
まぁ、クロエさんを裏切るような形で、王都にある別の店舗に移動して、シベルを辞めたアンタには、関係ないでしょうけど……」
そうして、続けて出されたその言葉に、私は、やっぱり『今回の事件の裏』に、シベルのデザイナーであるクロエさんは無関係だったのだと悟る。
私がシベルで働いていたときも、クロエさん自身は、そういった行為を、毛嫌いしているような人だったし、クロエさんが、このことを知っていたのなら、それを良しとする訳がない……。
たとえ、デザイナーと、お店のパトロンになって出資してくれている貴族といった『上下関係が明確な間柄』といえども、そんな命令をされるのならば、お金の援助なんてしてもらわなくても良いと、クロエさんなら、きっぱりと断っていただろう。
だから、今回の事件は、シベルの新しい出資者と、一部のシベルのスタッフのみが計画して起こしたことだったのだと思う。
どこまでも、卑怯な手ではあるけれど、他の店舗を貶めるには、有効な手段だと感じるから……。
それと同時に、押し寄せてくる罪悪感に苛まれながらも……。
「……約束は、守ってくれるんですよね……?」
と、声をかければ、フンッと、もう一度、鼻を鳴らしてから……。
まるでゴミを捨てるかの如く、目の前で、バサリと放り投げるかのように、何枚もの紙が、ホテルのカーペットが敷かれた床の上に落とされていくのが見えて、私は、慌ててしゃがみこみ、それらの紙を、必死で拾い集めていく。
この紙に『描かれているもの』は、私がシベルにいた頃に描き起こした、幾つものデザイン画だ。
シベルに入った頃から、クロエさんに将来有望だと見込んでもらえて、私が、精一杯考えて描き起こしてきた、自分の命よりも大事なデザイン画を……。
私が新人の立場で、シベルに入って直ぐ、クロエさんに目をかけてもらえるようになったことが気に入らなかった『先輩のスタッフ達』と一緒に……。
目の前の、女スタッフが、リーダー格となって、私を虐めるついでにと、奪っていってしまった。
それから、シベルにいる間、何度も、私のデザイン画をもとに、アイディアを盗み、自分の作品として『社内で行われるコンペ』に提出し、私の代わりに、この先輩が、クロエさんから高い評価を得ていたこともある。
口での攻撃なども日常茶飯事で、嫌味なども言われる中、とうとうクロエさんの見えないところで、暴力として手を出され始めたことで、そうした日々を過ごしていくうちに、シベルで働いている間、体力的にも、精神的にも、徐々に、すり減っていってしまい。
度重なる虐めに耐えかねて、とうとう限界が訪れ、私がシベルを辞めるときに『今までのことは黙って辞めるから、デザイン画だけは、どうか返してほしい』と、どれほど懇願しても、返しては、もらえなかったもの……。
私が血の滲むような思いをして作ってきた、この世で、何よりも大切な宝物。
――それが今、こんな形ではあるものの、ようやく、一部だけでも、私の手に戻ってきた……。
一体、どれほど、この時を、心待ちにしていただろう。
それなのに……。
やっと、自分のデザイン画が戻ってきたことで、嬉しくて、もっと、喜んでもいいのだと思える状況にあってもなお、どうしても、気持ちが晴れないままでいる。
私のデザイン画を持っていることを、逆手に取って……。
『もしも、今までの虐めのことも含めて、クロエさんに、密告をするようなことをしてきたら、このデザイン画を、燃やすからっ! 無事に、返してほしければ、大人しく、私の言うことを聞くしか道はないわよっ』と脅されて……。
当初の予定では『ジェルメールのデザイン画を数点盗んで、自分達に渡してくれればそれで良い』って、言ってきていたはずなのに。
まさか、本番当日にジェルメールに忍び込んで、衣装まで破くような手に出てくるだなんて、思いもしていなかった。
今日、ジェルメールに出勤してから、ファッションショーに出す衣装が破られてしまっているのを見た時、直ぐに、私に命令してきた『この、女スタッフ』と、シベルの仕業なのだと悟ってしまった。
顔面蒼白になって、血の気が抜けて、自分の仕業ではないと、否定することもままならかったのは、ジェルメールで働くスタッフのみんなに、顔向けをすることが出来なかったから……。
私の描いたデザイン画を盾に、先輩に脅されて、ジェルメールで、衣装のデザイン画を盗んだことも、充分に、罪が重いことであるはずで……、それだけでも、本当に、心の底から葛藤した上で、悩んだ末、罪を犯すと決めたことだったけど。
今になって、自分が『とんでもないことを仕出かすのに、加担してしまったのだ』と、じわじわと後悔の念が湧き上がってきてしまう。
ジェルメールのデザイナーであるヴァイオレットさんも、今回、モデルになっている皇女様も、あんなことがあったにも拘わらず、私のことを一度も責めなかった。
それどころか、一緒に頑張ろうと、勇気づけてくれる始末で……。
ジェルメールで働くスタッフ達も、私のことを、未だに疑っている人もいるだろうに、それでも、衣装を修繕したり、コルセットとして、新しい衣装を作る際も、ヴァイオレットさんの言葉を聞いてくれて、普段通りを心がけて、接してくれていて……。
シベルにいた時には、一切、味わったことがなかった、従業員同士の心温まる遣り取りは、あまりにも居心地が良くて、裏切ってしまったという心のモヤモヤだけが、後味悪く残ってしまっている。
私がシベルを辞めてから、ジェルメールのデザイナーさんに救ってもらったのは、本当に、偶然のことだったけど。
今まで、温かった日々を思い出しながらも、ジェルメールで働くようになってから、私に接触してきた先輩に『私は一生、この人からは、逃れられないのだ』と、強く感じてしまった。
唯一、今の自分に出来ることは、精一杯、衣装の修繕や、コルセット作りに向き合って、せめてもの罪滅ぼしに頑張ることだけ、だ。
それでも、私は、自分が過去に描いた『デザイン画』をどうしても、この手に戻しておきたかった。
たとえ、それで、他人のデザイン画を、古巣である、ライバル店に明け渡すことになってしまおうとも……。
――自分でも、非難されて然るべき、身勝手な行動だったと思う。
それでも、虐められていた時に奪われてしまったデザイン画は、デザイナーになることを心がけてから、初めて、自分が作った『思い入れの強いもの』なども含まれていたことから、どうしても手放すことが出来なかった。
私が一番最初に描いた『デザイン画』は、どこに出しても、きっと粗だらけで、お世辞にも上手いものだとは言えないものだったけど。
それでも、デザイナーを目指す切っ掛けになった、私にとっての原点であり……。
そのデザイン画を見返す度に、情熱しかなかったその頃を思い出し、幾度となく、勇気が持てたから……。
たとえ、目の前の人から、ゴミ同然のように扱われても、私にとっては、自分が築き上げてきた『人生』そのものであり、代えが聞かないほどに、何よりも大切なものだった。
私が、床に散らばったそれらを、無心で拾い集めている間……。
まるで、人のことを人とも思っていないような目つきをしながら、仁王立ちで、私のことを上から眺めていた先輩は、嘲笑するような笑みを浮かべながら……。
「でも、これで、アンタは、シベルでも、ジェルメールでも居場所を失うでしょうね……?
あぁ、本当に、清々しいくらいに、いい気味だわっ!
デザインも含めて、大して上手くもないくせに、クロエさんに気に入られて、身の程を弁えて辞めたかと思ったら、今度は、ライバル店で、のうのうと働き始めるんだものっ!
それも、王都でも人気の、今、ノリにのっているジェルメールで……。
そんなこと、許されて良い訳がないでしょうっ?
アンタ、うちのお店のスタッフから、何て言われているのか分かってる……?
裏切り者よ、裏切り者……っ!
アンタが自分の罪を告白した時、裏切り者の末路に相応しい結末を迎えるでしょうね?
シベルにもジェルメールにも、この王都中のどこにも、アンタの居場所なんてないんだからっ!」
と、私のことを見下したかのように、罵声を浴びせてくる。
――そんなことは、私自身が一番よく理解していた。
ファッションショーが終わるまでは、今回のことを口外しない約束で、更に、いうなら、今、返してもらったデザイン画も数点しかなくて、全部は、返してもらえていないことを思えば……。
私は、自分の仕出かしたことを、ファッションショーが終わってから、ジェルメールの人達に、シベルは、一切、関係がなく……。
『お金の使い方が荒く、日々、生きて行くのに苦心したことで、犯した罪』なのだと嘘の自白をし、ジェルメールから盗んだ、価値のあるデザイン画は、生計を立てるために、そういうことを生業にしている人に売り払った、と伝える手はずになっていた。
そうして初めて、私は、この先輩から、私が今まで描き起こしてきた『全てのデザイン画』を、返してもらえることになっているのだから……。
今もまだ、その首は、閉められ続けていると言ってもいい。
自分の犯した罪を告白した時、ヴァイオレットさんは勿論のこと、ジェルメールのみんなからも、許してもらえるとは、到底思えなかったけど……。
良くて、お店からの解雇で……、悪かったら、そのまま、王都で起きた事件の罪人として捕まってしまうと思う。
それでも、自分が、今まで描き起こしてきた『我が子のようなデザイン画』を、何としてでも、手元に戻しておきたかった。
これがないと、生きる希望すら失ってしまうほど、私にとっては何よりも大事なものだったから。
「でも……っ!
ファッションショーの衣装が破られることになるだなんて、聞いていませんでした。
そんなことが起きると分かっていたら、今回の事件に、手を貸すことも辞めていたかもしれません……っ!」
その上で、自分の犯した罪について『償う気持ち』はあるということを告げながらも、今回のファッションショー当日に起きた事件については、関与もしていなかったし、そこまで、私が罪を負うようなものではないと、勇気を出して抗議をすると……。
「……はっ? 一体、何を言ってるの?
元より、沈むと分かっている泥船に乗ったのは、アンタの判断なんだし、そこまで私は、面倒を見切れないわよ。
まぁっ……? 私も悪人って訳じゃないから、そっちに関しては、自分の仕業じゃないってことで、押し通せば良いんじゃない?
ジェルメールのデザイナーと、スタッフ達から信用を失ったアンタが、そっちに関して、やってないって、幾ら弁明したところで、信じてもらえるかどうかは分からないけどね?
……精々、裏切り者は裏切り者らしく、裏切り者のアンタを迎え入れて、業界でも、グレー擦れ擦れのことをやった、ジェルメールと一緒に沈んでいきなさいよ。
シベルは、今回のファッションショーの優勝を持って、体勢を立て直し、クロエさんの作った衣装こそが至高であると、これから、世間に、まざまざと見せつけるんだから……っ!」
と、突き放すように、そう言われてしまった。
最初から、分かっていたことだったけど、私のことは、切り捨てるつもりでいるのだろう。
今回、どうやったのか分からないけど、ジェルメールのお店の玄関口を、ピッキングして開けて、衣装を切り裂くための目的で入ってきたのも、最初から、私に、全ての罪を押しつけるつもりだったに違いない。
デザイン画を盗んだ『私の嘘の自白』と、動機の面では重ならないから、ジェルメールの人達には、不審に思われてしまうだろうけど、あわよくば、私に罪をなすりつけることは狙っていたのだろうし。
シベルが関わっているという証拠も、何一つ出てこなかったとしたら、それについては、私ではなく『別の店舗が、ジェルメールを狙ってやってきた』とも取れなくもなくて、シベル側は、シラを切り通すことが出来る。
この先輩スタッフが考えたことではなくて、上からの指示だったのかもしれないけど、本当に、上手く考えたものだと思う。
シベルが、今回の大会で、二連覇を果たすことが出来れば、シベルのパトロンになって『出資している貴族』にとっても、年間の売り上げなどで、利益が出ることだから……。
それと同時に、いつだって、こうやって、人から使われてしまうばかりの自分に嫌気が差してくる。
「……分かるっ? アンタが今、どんなに頑張ろうとも、所詮は、無駄なあがきでしかないのよ。
周りにいる店舗は、ジェルメールが本番までに、自分達の衣装を、どんなものなのか、バレないように隠していると好意的に見ているようだけど、……アレって、ただ、衣装の修繕をしているだけでしょう?
全く、本当に上手いこと、隠したものねっ!?
破かれた衣装を、本番までに間に合わせることだけで精一杯で、他のことなんて、一切出来ないはずだし。
念のための保険として、事前に、ジェルメールを叩き潰していることで、クロエさんや私達のアイディアが詰まった衣装は、これで、優勝が決定づけられたようなもの。
アンタに、デザイン画を盗ませていて、本当に良かったわ……!」
そうして、全てのデザイン画を拾い終えたあと、その場に立ち上がった私を見て、肩にぽんと手を置いてきたかと思ったら、ぎゅっと、力強く、その場所を握りしめた上で、長く伸びた爪を食い込ませられて……。
『今まで、ご苦労様だったわね? ……安心して、これから、地獄に落ちて頂戴』と、どこまでも醜悪な表情で、耳元で、ぼそっと、そう告げられて、私は、自分が拾ったデザイン画の紙を、胸のところで抱えたまま、くしゃりと音を立ててしまうほど、無意識に、ぎゅっと握りしめてしまった。
時期的にも、私がデザイン画を盗んだ頃のことを思えば、たとえ、それを見たとしても、衣装の大幅な変更や手直しなどは、シベルの方も出来なかったはず。
だけど、今まで、私の作ったデザイン画さえ盗んで、自分のアイディアとして発表してきたこの人なら、裏で、どんなことをしていても、可笑しくはないと思う。
――恐らく、クロエさんも、そこまでは気付いていないのだろう。
元々、従業員達が、シベル内で、ギスギスしてしまうのは、これから先、世に出るようなことになった際に困らないよう、ある程度、競争社会としての縮図を経験させるためのことだと、黙認してきたクロエさんだからこそ……。
クロエさんの才能は、本当に素晴らしいものだけど、天才肌の人は、自分の個性を生かすということだけに重点を置いて、仕事に没頭してしまうと、途端に、周囲が見えなくなってしまうことがある。
クロエさんは、まさに、そういったタイプの人で、デザイナーとしては高く評価されるべき人だけど。
頑固すぎるほどに、厳しいところも合わせ持っていて、人を強く惹き付けるカリスマ性があるものの、完全に『実力主義』の……、まさに、職人気質な人だといってもいい。
自分が認めた弟子については、しっかりと育てようとしてくれるけど、本来は、クロエさんに認めてもらうまでにも時間がかかったりするものだから、そういう意味でも、私は、シベルに入った頃から、先輩スタッフ達に、目の敵にされてしまっていた。
今回も、普段の仕事に加えて、ファッションショーのこともしなければいけなかったから、普段以上に『作品作り』に没頭していて、クロエさん自身、周囲の状況を、きちんと見れていなかったんだと思う。
ジェルメールのデザイナーでもあるヴァイオレットさんとは、王都に、お店を構えた時期なども、殆ど、同時期という『同期の立場』であり……。
昔から、クロエさんとは、ライバル関係として、旧知の仲だということは、シベルのスタッフの間でも、広く知れ渡っていて……。
特に、今回、建国祭前に、代々的に新聞に載ったことも、関係はしているんだろうけど、クロエさんが『ライバル視しているから』と、ジェルメールに対して、ライバル意識を持っているシベルのスタッフは、あまりにも多い。
だからこそ……。
一体、ファッションショーが始まるまで、どんなことをしてくるのか。
――シベルの出番の時に、どんな衣装を出してくるのか……?
というところで、私は、思わず、戦々恐々としてしまう。
もしかしたら、まだ、隠していることがあり、妨害も、これだけでは終わらないかもしれない。
【一体、今日のファッションショーで、何をしてくるつもりなのだろう?】
今の間にも、痛いほどに、ぎゅっと握りしめられていて。
ようやく離された手のひらに、ジンジンと痛んでくる肩をそのままにしながら、私は、目の前の先輩だった人に、絶望感に近い感情を抱きつつ、そっと、視線を向ける。
そうして、その場から、先輩が立ち去っていくまで、足が竦んでしまい、固まったまま動けない状況にあって……。
最早、抱えきれないほどの罪悪感を抱きながらも、今もなお、人質のように奪われてしまっている『自分のデザイン画』に、従わざるを得なくて、誰にも真実を話すことも出来ず。
それでも、せめてもの『罪滅ぼし』のために、遅いかもしれないけれど、今の自分に出来ることは精一杯、頑張ろうと、心に決めて……。
私は、暫くして、ようやく金縛りのようになっていた状況から解放され、ヴァイオレットさんから貸してもらった鍵を使って、ジェルメールに控え室として用意されたホテルの客室の鍵を開け、自分の荷物を取りに行ったあと。
どこまでも『気が重い……』と、感じながらも、のろのろと、みんなが待つ準備会場へと戻ることにした。