420 宣戦布告
そのあと、私達が、メイクや衣装などで、出来る限りの準備を進めていると……。
度々、他の店舗の人達が、ジェルメールへと偵察にやって来るような状況が訪れてしまっていた。
やっぱり、建国祭が開催される前に、代々的に新聞に、シベルと、バチバチとした『競争関係になっている』と、掲載されたのが大きかったんだと思う。
ファッションショーに参加している店舗の間でも『ジェルメールが、どんな衣装を出してくるのか?』ということは、逐一、気にかけられてしまうくらいに、注目の的なんだろうな……。
私が、パッと見た限りでは……。
どこの店舗も、事前に、デザイナーさんが予想していた通り……。
『護りたいあなたへ贈るプレゼント』という、今回のテーマに合わせて、リボンをモチーフに使っているところが大半のように思う。
近くで準備をしている店舗に視線を向ければ、それぞれ、店舗の特色に合わせて、ファッションショーという大舞台に出しても違和感のないくらい、インパクトを重視した個性的なドレスが並んでいて、私は思わず、びっくりしてしまった。
特に、変わったデザインでいくと、イチゴなどのフルーツをイメージして、ピンク色のドレスに、つばの広いハットが、まるで、『デコレーションをされた、ホールケーキ』のように見えるものなどもあって、その力の入れようというのが伝わってくる。
そうして、暫く、メイクをしてもらったあとで……。
作ってもらっている衣装と並行して、デザイナーさんとスタッフさん達の間で、髪のセットを『どんな感じのもの』にするのか決めてくれて、準備が行われ始めると……。
目の前の鏡に映る自分が、みるみるうちに、いつもとは、ほんの少し違って、大人びたような雰囲気に変身していくのが分かり、私は鏡を見ながら、変わっていく自分の姿に、目を瞬かせてしまった。
清楚な感じの衣装に合わせて、元々の、私自身の癖っ毛である、ふわふわとした『パーマが、かかっているような髪の毛』の雰囲気を、より、フェミニンな感じで、可愛らしさも残してくれつつ。
ステージの上で、セオドアに『花かんむり』を、頭の上にのせてもらった時に、きちんと完成して見えるよう……。
――髪の毛を下ろした状態ではあるものの、どの方面から見ても美しく、丁寧に整えてもらって、それだけで、普段とは違う自分に、ドキドキワクワクしてきてしまう。
櫛や、髪の毛を固めることが出来るスプレーなどを駆使して、セットしてもらった髪の毛をなるべく崩さないようにと、意識をしながらも、こうやって、一つずつ準備を進めてもらえると『いよいよ、本番が近づいてきているんだな……』と、実感することも出来た。
そのあと……。
私の準備に関しては、もう、残すところ『衣装を着る』だけになり。
スタッフさん達の手から解放されて、ここまで並行して『準備』をしてくれていて、一足早く、私よりも先に、準備を終えてくれていたセオドアに、視線を向ければ……。
普段とは違って、衣装に合わせるように、セオドアも、前髪を掻き上げて『セット』しており、モデルとして、ワイルド感が増し増しで、凄く格好良くなっていて、びっくりしてしまった。
いつものセオドアの雰囲気も好きだけど、ファッションショー用に整えられた髪の毛に、普段は、見慣れないセオドアの雰囲気を感じ取って、ちょっとだけ、ドキドキしていたら……。
「姫さん、髪の雰囲気も、メイクの雰囲気も、滅茶苦茶似合ってるな。
普段より、大人っぽい雰囲気で、まるで、ここだけ花が咲いたみたいに、可愛い雰囲気が漂ってきているし。
……ステージの上で、花かんむりを付けたら、ここから、もっと、可愛くなるだろうな?」
と、先に褒められてしまって、私は思わず『セオドアも……っ!』と、声をかけたあと。
「いつもとは、雰囲気が違うけど、セットしてもらった、その髪の雰囲気も、凄く、似合ってるねっ!
衣装が、ワイルドな雰囲気で、格好いい感じのものだから、きっと、衣装を着たら、もっと格好良くなるんだろうなぁ……」
と、ふわふわと、笑みを溢しながら……。
セオドアと一緒に、お互いの良いところを、ひとしきり褒め合って、ほんの少しの間、和やかな時間を過ごしていく。
私達の間に充満し始めた『柔らかい雰囲気』に、感化されるかのように、忙しく動き回っていたジェルメールのデザイナーさんと、スタッフさん達の間にも、穏やかな空気が蔓延していくのを感じながら……。
――確認するように、他店が、今、どういう状況にあるのかと視線を配れば……。
ファッションショーでの出番が早いところは、幕が開く、11時の段階で、ステージの裏側で待機しておかなければいけない店舗などもいることから、もう、そんなに時間がないということで、準備を終えて『ステージの方に、向かい始めた店舗』も、出てきていた。
基本的に、今日のファッションショーでは、10時くらいから、チケットを持ったお客さんを『会場』に入れ始め、開始時刻の11時になったら、幕が上がり、司会の人が、ファッションショーの開始を告げるオープニングトークをして、場を繋いでくれて……。
予定では、11時15分から、各店舗のファッションショーが、スタートすることになっている。
出番が差し迫っていて、ステージの裏に、待機しておかなければいけない時刻になるまでは、ギリギリまで、ここで、準備をしていても良いみたい。
各店舗に用意されている、持ち時間自体は、そう長くないから、数分間の持ち時間の間に、花道を通り、どれだけ衣装を、観客に向かってアピール出来るかが重要になってくる。
そういった感じで、最初は、店舗ごとに、バラバラに会場入りすることは許可されているんだけど。
ファッションショーの最後までは、どの店舗も、必ず『会場』に残っておかなければいけなくて、最終的に、全ての店舗の出番が終わったら、もう一度、一番の店舗から順番に、今度は、参加した店舗のモデルが全員揃って、ステージに上がることになるんだよね。
そのあと、運営側が招いている、ファッション界に造詣が深いという『特別審査員』の他に、会場にいる全てのお客さんが審査員となり、ファッションショーが行われてから、一番良かったお店の名前を紙に書いて、投票を行うことになる。
そうして、集計が行われたのちに、ファッションショーでの優勝店舗が決まるシステムになっていて、お客さんが1人1票の投票権を持っているのに対し、特別審査員は、1人『5票分の投票権』を持っているみたいで、特別審査員からの投票も、凄く大事になってくるみたい。
ここに来て、手持ち無沙汰になった、アルとエリスが、ジェルメールのスタッフさんの一人と一緒に、ファッションショーが開始される時刻になった頃、ステージの方まで行って、関係者として入り……。
実際の会場で、『どういうふうな順序で、進められているのか』なども確認しに行くと言ってくれたから、私達は、自分の出番が来るまで、安心して、この場で、準備を進めることが出来るんだけど。
衣装の作成が間に合って、なるべく早く会場入りをすることが出来れば……。
他店のモデルさんが『衣装を、どういうふうにアピールしているのか』なども確認出来ると思うから、出来るだけ、他の店舗の出番なども見ることが出来るのなら、この目で、しっかりと見れたら良いなぁと思ってしまう。
それには、まず、衣装が出来上がらないことには、どうにもならないけど……。
今の間に、スタッフさん総出で、一生懸命に頑張ってくれているから、きっと、本番までには、間に合わせることが出来るはず。
ただ……。
私達は、単純に、衣装を間に合わせることに、必死になっているだけなんだけど。
周りの人達は、そうだとは、受け取らなかったのか……。
私達が衣装を作っている間に、偵察をしに来た店舗の人達から『ジェルメールは、最後の最後まで、衣装を完成させるのを出し渋って、ドレスがどんなものになっているのか、他店にバレないよう、隠している……っ!』という、過大評価とも思えるような誤った認識のもと。
謎の噂が、じわじわと広まってしまったのを感じつつ。
確かに、ポジティブに捉えれば、他の店舗の人達にも、ジェルメールが、どういう衣装を出すのかは分からないというところで『強みにはなるかも』と、私は、現状を、明るく前向きに考えることにした。
実際、他の店舗の人達が、ジェルメールが白色のドレスを出すということは分かっても、遠目からでは、スタッフさん達が『衣装の修繕』などをしてくれていることで、その全体像が見えなくて、ヤキモキしてしまっているのだろうということは、私にも理解出来た。
衣装の修繕をしている状況も、パッと見れば、衣装を作っているのだと誤認されても可笑しくはないだろう。
勿論、出番前には、衣装を着なければいけないから……。
私達と『出番が近い店舗』は、私達の作った衣装について、確認することが出来ると思うけど、出番が、最初の方の店舗に情報を与えなかったというのは、ある意味、怪我の功名というか何というか……。
私が、パッと見た限り……。
近隣の店舗が作った衣装と比べてみても、セオドアの衣装に関しても、モチーフも含めて、被っているような箇所は、見当たらなかったし、そういう意味では、今回の『ジェルメールの衣装』は、有利だと言えると思う。
あとは、新たに作ることになった、コルセットの作成が、本番までに『間に合うかどうか』に、かかっているんだけど……。
私達が、ファッションショーの準備会場で、着々と、本番に向けて、準備を進めていると。
近くにいた、別の店舗のスタッフ達が、いきなり、ざわりと、響めいたのを感じて、不思議に思ったあと、そちらに視線を向ければ……。
「ジェルメールの皆様方、ご機嫌よう。
このように、本番当日になっても、まるで、働き蟻のように、あくせくと働いて、準備をしているだなんて、精が出ることですねっ?
最後の悪あがきとして、今ここで、準備を行っても、なお……。
最終的に、画竜点睛を欠くことになって、本番のステージの上で、その努力が無駄になってしまわぬよう、心より、お祈り申し上げることに致しましょう」
と……。
どこに行っても、どのような場所でも……。
パッと人の目を引いてしまうくらい、ゴシックな雰囲気を纏わせて、圧倒的な存在感を放っているシベルのデザイナーさんが、わざわざ自分のスタッフさん達を数人引き連れて、ジェルメールに、ライバル宣言をしに来たというか、喧嘩を売りに来たのだということが、理解出来て……。
――途端に、この場を纏う空気が、剣呑なものへと変化していく。
ジェルメールのスタッフさん達も、シベルに、未だ、疑いの目を持っている人が多くいるからこそ……。
『……一体、ここまで、何をしに来たのかっ?』という、警戒の色が強くなってしまって、シベルのデザイナーさんの、今の一言が、更なる対立を生み出し、火に油を注いでいるような感じになってしまっていた。
「えぇ、おかげさまで……っ。
ですが、あくせく働くというのは、別に悪いことではありませんわ~!
悪あがきではなく、最後の仕上げを完成させるために、作品を、もう一段階上へと昇華させるための、完璧な一仕事をしていると言っても良いですわ!
それより、わざわざ、このようなところで、私達に声をかけて、油を売っている暇があるのなら、自分のお店の方を、時間ギリギリまで、どうにかした方が良いんじゃないかしらっ?」
特に、スタッフさん達の間で、両陣営共に、ピリピリと張り詰めた空気になっていくのを感じながらも……。
その言葉に答えるように、ジェルメールのデザイナーさんがスタッフさん達の前に出て、シベルのデザイナーさんと対峙するように向き合ったあとで、声をかけたのが聞こえてきた。
「……ふんっ! 相変わらず、物は言いようで、どこまでも、面の皮が厚い方だこと。
私が率いている店舗には、万が一にも、一点の曇りもないと言ってもいいでしょう。
ジェルメールとは違い、当日に慌てるようなことにならずとも、この日のために、既に、完璧なほど、準備を済ませてきていますので、一緒にしないでほしいものですね」
そのあとで、シベルのデザイナーさんの口から降ってきた言葉に……。
激高したように、ジェルメールのスタッフさん達が目を吊り上げ、『どの口で、そんなことをっ!』と言ったことで、更に、両店舗の間に、見えない亀裂が走っていくのを感じて、私は一人、慌ててしまった。
特に、両店舗の、スタッフさん同士を取り巻く空気は、過去、最悪と言ってもいいくらいに、お互いに、ギスギスしてしまっていて……。
シベル側も、やっぱり色濃く、シベルで働く『スタッフ達』が、ジェルメールのことを、ライバルと認識しているみたいで、今の、ジェルメール側からの一言で、更に、殺伐とした雰囲気が充満していく。
特に、シベルの中でも、特定のスタッフの一人が、私でも違和感を感じるほどに、ジェルメールで働いている『新人スタッフのクララさん』に対して、一切隠そうともせずに、ずっと、嫌な感情を向けているのが見えて……。
『シベルを辞めてから、ジェルメールに来ることなったクララさんに対して、厳しい視線が向くのは、仕方がないことなのかな?』と、思いながらも。
やっぱり『シベル側と、クララさんが手を組んでいる訳ではないのだろうか……?』と、ちょっとだけ、そのことに、混乱してしまう。
「……? 一体、何の事を仰っているのか、よく分かりませんが。
今回の大会が始まる前に行われていた、優勝を予想する前評判の段階では、ウチのお店と、ジェルメールの一騎打ちになることが予想されていました。
ダークホースとして、どこかの店舗が、優勝を掻っ攫うといったこともあるかもしれませんが、概ねの予想としては、大会を盛り上げるのは、シベルか、ジェルメールのどちらかだろうという期待があってのことでしょう。
それらの期待に応えられるよう、私達と戦っても、拮抗した素晴らしい戦いが繰り広げられることを、切に願っています。
世間でも、評価が高く、まさに、ライバルに相応しいジェルメールを、完膚なきまでに叩きのめし、降すことが出来てこそ、優勝のトロフィーというものは、真に輝きを放つというもの……」
そうして……。
シベルがジェルメールに関わっているという証拠はないまでも、ある程度、その可能性については否定出来ずにいて、今の今まで、私達の中で『予想していたこと』が、覆されるかの如く……。
どこまでも勝ち気な様子で、持っていた扇子を、パッと開き、私達に向かって自信満々の様子で、良い戦いにしましょうと、宣戦布告をするように声を出してくる、シベルのデザイナーさんの一言に、『……??』と、驚きつつも……。
戸惑う私達を、置いてけぼりにするように……。
「当然、今回の優勝の賞品となった、皇女様と共同開発が出来る権利も私達が頂くつもりですし。
前にも、お伝えしましたが、皇女様の、うら若きその才能も、私のもとでこそ、より発揮出来るものであると、今回の大会で、まざまざと見せつけ、証明してみせると誓いましょう……っ!
一足先に、ステージの上に立ち、圧倒的なまでの力を観客に見せつけ、優勝に近い場所で、ジェルメールの挑戦を眺めさせてもらうことに致します」
と、パンッと、持っていた扇子を閉じたあとで、それを、ジェルメールのデザイナーさんの喉元に突きつけ、力強くそう言ってきてから、シベルのデザイナーさんは、自分達が準備を進めているお店の方へと戻っていった。
その際、シベルのデザイナーさんからではなく、その後ろについていた『シベルのスタッフさん達』が、ピリピリと、まるで親の敵でも見るかのような目つきで、ジェルメールへと敵対するように、誰も彼もが、此方を意識して、睨みつけるような視線を向けてくる。
その、嫌な雰囲気に……。
思わず、ドキドキしながらも、彼女達が去ったあとも、近隣の店舗からも『大変なことになっているなぁ』といった同情のような視線や……。
『自分達も頑張らなければいけないけど、こんなにも、バチバチと敵対し合っている、シベルとジェルメールの間に入ることは出来るのか』と言った感じの、不安を帯びたような視線で見つめられ……。
暫くの間、この場にいる全員から、私達は、注目の的になってしまっていた。