417 破れてしまった衣装の行方
あれから、スタッフさん達も含め、みんなで、色々と案を持ち寄ってみたものの。
これといって、しっくりくるような案はなく、私は未だに『衣装をどうするか』というところで、頭を働かせて、デザイナーさんと共に悩んでいた。
とりあえず、時間が勿体ないからと、ジェルメールのスタッフさん達の何人かで、なるべく目立たないように、腰の部分で切り裂かれてしまった衣装を、縫い合わせ始めてくれたんだけど。
どう考えても、衣装の縫い目として、歪な痕は残ってしまうから、その辺りをどうするかということについては、中々、良案が浮かんでこずに、本当に難しい問題だなと思う。
もしも、これが白色のドレスじゃなかったら、ここまで、目立たなかったかもしれないし……。
当初、デザイナーさんが最後まで悩んでくれていた、2案あったうちの一つとして、カラーのドレスに白のエプロンドレスをつけるデザインのものだったのなら、ドレスに出来た傷を、エプロンで隠すことも出来たと思うんだけど……。
元々が、白色の衣装なのに、その上から更に、白のエプロンドレスをつけるというのは、色味的な意味合いでも、可笑しなことになっちゃうだろうし。
そういった意味で、お腹や、腰の部分の縫い目を何かで隠すにしても『リボンなどを使って、ベルトのような感じに巻いてみたらどうか?』などといった案も出たものの。
上半身と下半身を分けるように、切り裂かれているところが、結構、大きな亀裂になってしまっているから、今、ジェルメールに置いてあるリボンを巻いたところで『縫い目の全部は、隠しきれないかもしれない』とのことで。
これといって、代替案も浮かんでこずに、時間ばかりを消費してしまっていることに、デザイナーさんも焦りが見える表情で、現存の衣装に合わせて、新たなデザインを描き起こすために、机に向かって、うんうんと唸りながら、『困ったわねぇ……』と、本気で悩んでしまっていた。
ドレスの真ん中についてしまうであろう『縫い目自体』は、もう、どうにもならないことだから、それを隠すような方向で動いた方が良いというのは、全員の共通認識ではあったものの。
じゃあ、どうすれば良いのかといったところで、その解決策として、元々の白色のドレスに違和感のない感じで『腰回りに、大きい布を巻いてみる』という案も、店舗内にある幾つかの布地を合わせてみたりしたんだけど、ドレスと合わず、色味が浮いたりして、凄く難しくて……。
私も、頭を悩ませながら、暫く、みんなの意見も聞きつつ、必死に、考えていく。
そうして、縫い目を隠すように『布を巻く』というキーワードから着想を得て、不意に、ハッと思いついたことがあって、私は、この場にいる全員に聞こえるように声を上げた。
「……あのっ……!
ジェルメールの店内に、男性用のズボンのベルトなどに使っているような革はありますか?
出来れば、太めの革があれば、嬉しいんですけど」
私が、今、パッと思いついたことを、問いかけるように質問すれば……。
机に向かって、延々と、悩んでいた様子のデザイナーさんが、そっと、顔を上げ……。
「革ですか……っ?
ええ……っ、それなら、メンズ用品として、ベルトなどを作る時にも使うので、お店にも、幾つかありますが……。
皇女様、もしかしてですけど、何か、良いアイディアを閃いてくださったんですの~っ!?」
と、藁にも縋るような目つきで、此方を見てきて……。
『これが、上手くいくかどうかは分からないけど……』と内心で思いながら、私は、デザイナーさんに向かって、こくりと頷き返した。
「はい。……革を使って、アウターコルセットを作るというのはどうでしょうかっ?
ドレスの上から、着用するコルセットのことなんですけど……」
そうして、みんなの視線が私に集まったところで……。
続けて、提案するように声を出した私の発言に、この場にいる全員が『アウターコルセット』という聞き慣れない単語に、キョトンとした瞳で、此方を見てきたのを感じ取って。
私は『早く何とかしなきゃ』という気持ちばかりが先走ってしまって、きちんとした説明が疎かになってしまったことに申し訳なさを感じながら……。
『そうだよね。……この説明だけでは、分からないよね』と、ジェルメール内に置いてあった紙とペンを拝借して、簡単に、スラスラと見本のような形で、デザイン画を描き起こしていく。
アウターコルセットというのは、その名の通り、アウターとして、ドレスの上から着用するコルセットのことであり、下着として着用する『ドレスの下に着る普通のコルセット』とは、また、違ったものだ。
用途としては、両方とも、スタイルをよく見せるものとして取り入れられていているものの。
普段、下着として着用しているコルセットは、その素材が、肌を傷つけないように柔らかい布で出来ていたりもするんだけど、アウターコルセットとして、ドレスの上から着用するものは、革で出来たものが殆どで、ドレスのデザインを崩さず、なおかつ、お洒落に見せる意図もあり……。
――巻き戻し前の軸で、誰が、最初に発表したのかは分からないけれど……。
デザイン性も高く、肌に直接、下着としてつけるコルセットに比べて……、『ぎゅっと締め付けられている感じが軽減される』と、私が、16歳になる頃には、世間でも、一代ブームを巻き起こし、多くの店舗で取り入れられるようになっていた。
また、その形も様々で、基本的なコルセットの形として、ドレスの胸と腰まわりを締め付けるように作られたものもあれば……。
スタイルをよく見せるためだけに、腰の部分だけに、革を使って巻かれたようなものもあり、更に言うなら、その派生形として『ビスチェ』と呼ばれる、胸の辺りだけにつけることが出来るものも、開発されていた。
私自身、本業であるデザイナーさんほどは、どうやっても上手く描けないけど……。
簡単に、アウターコルセットがどんなものなのか説明をするため、ドレスを描いたあとで、その上から腰回りにデザイン画を描いて『分かりやすく言えば、こんな感じなんですけど』と、みんなに見せながら、おずおずと声をかければ……。
私の提案に、デザイナーさんのみならず、スタッフさん達も含めて、みんなが驚いたように目を見開いて、私の描き起こしたデザイン画を、食い入るように見つめてくる。
「……まぁっ、!? これは、古来から使用されているコルセットとは、大きく違いますわねっ……?
下着としてのコルセットではなく、革を使って、このように、デザイン性も高く、ドレスの上に着用することで、周囲に見せても違和感のないような使い方が、出来るものなんですのっ!?
肌に直接つけない、コルセットだなんて、今まで聞いたこともありませんでしたし、一般的な常識に囚われて、考えたこともありませんでしたわ~!」
「……そうですよねっ。
でも、これなら、キツく締め付けられてしまうというコルセットの欠点を、ほんの少し和らげることも出来ますし。
今回の衣装のように、白色のドレスなら特に、革を腰回りに巻いたとしても、そんなにも可笑しなことにはならず、デザインとしても、違和感なく作れると思います。
私自身、まだまだ子供で、お胸がぺったんこなので、胸を強調させるようにはせず、腰回りのみに革を巻いて、後ろで、紐紐を結んで止めるか、ボタンなどを取り付けても良いかと思うんですが……」
私の言葉と、私の描いたデッサンを見て、直ぐに、それがどんなものなのかということを理解してくれたデザイナーさんに、更に、アウターコルセットの利点と、今回の衣装に合わせるには『違和感が出ないと思う』というところを強調しながら、丁寧に説明すると……。
食い入るように、私の描いたデザイン画を見つめていたデザイナーさんが、ほんの少し、伏し目がちになり、その場で黙り込んでしまったことで。
『私的には、凄く、良い案だと思ったんだけど。……あまり、良いようには捉えてくれなかったのかな?』と、内心で、落ち込みかけてしまっていたら……。
「あぁ~っっ、もう、もうっ、本当に……っ!
この土壇場の追い詰められてしまった状況の中で、このような、素敵なアイディアを出してくださるだなんて、流石としか言いようがありませんわ~!
皇女様っ! これは、まさに、革命だと言っても過言ではありませんねっ……!
とっても、とっても、良い案だと思いますし、まさに、絶体絶命だった、この場の状況を大きく変えるような一手になるのは、間違いありませんことよっ!
これなら、違和感もなく、お腹に出来てしまうであろう縫い目を隠すことが出来ますし、デザイン性も高くって……、そして、なによりもっ、斬新なアイディアで、お客様を、あっと驚かせることも出来るはずで……っ!
一石二鳥どころか、三鳥も四鳥もあって、あまりにも、相乗効果が凄すぎますわ~っ!
是非とも、この案で行きましょうっ!
当初、予定していたイメージとは少し異なって、どうしても、革を使うということで、デザイン自体が、大人っぽくはなってしまいますが、騎士様の衣装が大人っぽいものですから、そこと並んでも、違和感は出ないはずですし、本当に有り難い限りですっ!
皇女様は、まさしく、私共の危機を救ってくださるために、神様が遣わしてくれた救世主に違いありませんわっ!」
と、思いっきり、興奮しながら、ぎゅっと手を握られたかと思ったら……。
握られた手を、ブンブンと上下に振られて、あまりにも感謝しきりの様子で、大げさにもお礼を伝えられて、私は、デザイナーさんのその対応に、『そこまで感謝の気持ちを伝えてもらえると、何だか、申し訳ないな』と……。
アウターコルセットについては、私自身が、一から考えたアイディアではないし。
結果的に、巻き戻し前の軸の時に流行っていたものを、一早く、この場で取り入れることになってしまって、何処の誰が開発したものなのかは分からないけれど、未来で発表する予定だったであろう『見知らぬデザイナーさん』に対して、ちょっとだけ罪悪感のようなものも湧いてきてしまった。
それでも……。
ジェルメールのスタッフさん全員が、今まで、この日のために身を粉にして、お店が営業している間も、その裏で努力を重ねてきたということは理解しているから、私の知識で役に立つことがあるのなら、惜しみなく協力したいし。
今回のファッションショーを『絶対に成功させたい』と思う気持ちは、私も、デザイナーさんやスタッフさん達と、一緒だから……。
私の提案を聞いて、張り詰めるような緊張感を持っていたスタッフさん達の間にも『これで、何とかなるかもしれない』という柔らかな空気が充満し。
――さっきまで、誰もが、失望の感情から暗く沈み込むような瞳をしていたのに、その目に、希望が灯り。
目に見えて涙ぐんだり、中には、デザイナーさんと一緒で、私に向かって『感謝の視線』を向けてくれるスタッフさん達もいて……。
そのことに、照れくさいような気持ちになりながらも、私も私に出来ることを精一杯頑張ろうと、改めて、心の中で決意する。
それから……。
早速、私の意見を聞いてくれて……。
『そうと決まれば、衣装の修復と、新たに、この衣装に合うようなデザインのコルセットを作るために、話し合いをして、大まかな部分を決めたあと、ファッションショーまでには、何としても、間に合わせるわよ~!』と、張り切って、声をあげ。
いそいそと、お店の生地などが置いてある倉庫の中から、今回の衣装の白いドレスに合わせて、黒っぽい色をした革や、ブラウン色の革を、幾つか持ってきてくれたデザイナーさんが、衣装に革を当てながら、スタッフさん達と、本格的に、会議をし始めてくれた。
その瞳には、もう……、やる気しかみなぎっておらず。
デザイナーさんの、その明るさに触発されるように、スタッフさん達もみんな、今回のファッションショーをより良いものにするため、積極的に意見を出し合ってくれていた。
その様子を見ながら……。
さっき、デザイナーさんに、言われたとおり。
『革をワンポイントとして取り入れる』ことで、元々の清楚っぽい雰囲気は残しつつも、全体的に、大人っぽい雰囲気になってしまい、当初、私が着る予定だった衣装のデザインとは、また少し違ったものになってしまうというのは、私自身も感じていたんだけど……。
衣装を切り裂かれてしまう前のデザインは、私がデビュタントの時に来た衣装でもある、背面に『バックリボンがついたもの』と、ほんの少しだけ、似通っていたデザインではあったから……。
ここで、アウターコルセットを取り入れることで、全然、雰囲気が違ったものになって、私のデビュタントに来てくれていた貴族の人達の目から見ても、新鮮なように映ると思う。
デザイナーさん渾身の、レースで作った椿などのお花をモチーフにしていたものが無くなってしまって、それらに込めた『花言葉の意味』も消えてしまうことで、今回のファッションショーのテーマから逸れちゃうことが、ちょっとだけ痛手ではあったけど。
肝心の、セオドアと交換する予定だった『ナズナを使った花かんむりと、ルピナスを使ったブーケ』に関しては無事だったことから、そっちで、花言葉については、しっかりと、アピールすることが出来れば良いな、と思う。
あとは、時間との勝負で、いかに衣装を素早く修復することが出来て、更に、新規で作ることになったコルセットにも力を入れて、デザイン性も高く作れるかということにかかっていて……。
そういう意味では、今回の、ジェルメールの『ファッションショーでの出番』が、最後の方だったことも、不幸中の幸いだったと言ってもいいかもしれない。
いつも以上に、店舗内に活気が戻り、スタッフさん達の声が飛び、様々な意見が、ポンポンと出てくる中で……。
私も、その話し合いに参加させてもらって、最終的に、破けているドレスのデザインに、どう修正をかけるのかといったところと、どういった革を使って、コルセットを作るのかなども含めて……。
みんなで、さっきまで、あれだけ悩んでいた時間が嘘だったんじゃないかと思ってしまうくらいに、この短時間で、色々なことが決まっていってくれて、ホッとする。
「みんな、意見を出してくれて、ありがとう……っ!
ひとまず、全員の意見で、何とか、上手いこと纏まったわねっ!
デザインについては、大まかに、こんな感じで行きましょう……っ!
全員、頭の中に、デザイン案を、しっかりと叩きこんだわねっ?
あとは、微調整として、作りながら考えていけばいいわっ!
それより、もう、時間があまりないけど、みんな、自分達がやらなければいけないことは、きちんと分かってる……っ!?
とりあえず、午前中に、今回、ファッションショーに参加する店舗がきちんと会場入りをしているのか、確認するための点呼があるから、このまま、衣装なども持って、会場へと向かうけれど……。
針や、道具に関しては、一式、全部、持っていくつもりだから、準備をするために動いてね……っ!
それから、必要ないかもしれないけど、私が今から伝える生地を、倉庫から取り出してきて、忘れずに、荷馬車に積めておいてっ!
もしかしたら、何かに使えるかもしれないし、念のための保険よ~!
会場で、ドレスを修繕しながら、コルセットを作って、全てのことを並行して、準備を進めるわっ……!
だから、会場では、コルセットを作る班、ドレスを修繕する班、そして、皇女様の髪の毛や、騎士様の髪の毛などをセットする3班に別れることにしましょうっ!
各自、適切な人材を、今から私が決めるから、各々、ファッションショーが始まるまで、全身全霊を尽くして、ことに当たって頂戴っ!」
そうして、私が『今、決まっていったこと』に思いを馳せていると、そんな時間ですら惜しいといった感じで、デザイナーさんの口から、スタッフさん達に対して、もう次のことに向けて、キビキビと的確な指示が飛んでくるのが聞こえてきた。
ファッションショーの会場に入ったら、モデルとして、髪の毛のセットや準備などで、私自身も時間に追われて、忙しくなってしまうのは避けられないだろうけど。
急遽、決まってしまったことに、てんてこ舞いになりながらも、それでも希望を失わず、寧ろ、やる気を出して『絶対に成功させる』という熱い気持ちで、泣き言も言わず、デザイナーさんの指示に従って、自分達の出来ることを、一生懸命にしているジェルメールのスタッフさんたちの姿を見ながら……。
私は、セオドアや、アル、ローラ、そして、エリスに視線を向けたあと。
今日のために、お店のお金で荷馬車を借りて、それに『荷物を積む予定だった』という状況から、恐らく、大幅に荷物が増えてしまったことで、スタッフさん達が、全員乗る馬車でもあるし、重量オーバーになってしまう可能性もあるなと思って。
『私達が乗ってきた馬車にも荷物を積めることが出来るのなら、載せてくれればいい』と、デザイナーさんに向かって、声をかけてから……。
ジェルメールのスタッフさん達が、デザイナーさんの指示のもと『お店から積む荷物』を選別してくれている状況に混ざって、私達、皇宮からやって来た組も、みんなで手分けをして、今、出来ることを、精一杯、手伝うことにした。
ジェルメール関係になると、何故か途端に、スポ根漫画のようになってしまいますね(*´∀`*)(笑)