416 ファッションショー当日の悲劇
翌日、私は、朝早くから皇宮を出発し、一度ジェルメールに寄ってから、みんなでファッションショーの会場へと向かう手はずになっていて、まだ、日が昇る前の時刻から、早起きをしていた。
そのあと直ぐ……。
簡単に、ローラにドレスへ着替えさせてもらってから、いつもは大体『リボンを付けて、セットしている髪の毛』を、今日は下ろしたまま、櫛で丁寧に梳かした状態にして。
――約束の時間よりも少し前に、ジェルメールへとやって来たんだけど。
あまりにも、朝早くということで、まだ王都の街は『建国祭のお祭り期間の、まっただ中』だというのに、人通りもなく……。
朝早くから、ジェルメールにはスタッフさん達が来ているはずなのに、何故か、お店の周り一帯が活気も感じられず、シーンと静まり返っていて。
いつもなら、デザイナーさんが直々に、お店の玄関口に立って、私達のことを出迎えてくれるのに、不気味なほど静かな雰囲気に『可笑しいな……』と感じながら、違和感を抱えたまま、お店の入り口にある扉を、そっと開けると……。
店舗のスタッフさんと、デザイナーさんが、お店の真ん中に集まり、まるで何かあったのかと思ってしまうくらいに、みんな『覇気』がなく、暗く沈み込んでいるような表情をしているのを目の当たりにして、私は、ビックリしてしまった。
そうして、スタッフさん達も含めて、デザイナーさんに声をかけようとしたタイミングで……。
玄関の扉が開いたことにより、お店に、来客を知らせるためのベルが『カランコロン』と鳴って、弾けたような表情で顔を上げたデザイナーさんが、此方へと視線を向けてきてくれたことで、私達が、ジェルメールに来たことには気付いてもらえたんだけど。
私の姿を確認した瞬間……。
どんなことがあっても、いつも明るい表情で挨拶をしてくれるデザイナーさんが、目に見えて、うるうると、今にも泣き出しそうな表情になったあとで……。
「こ、皇女様……っ、!」
と、今にも、消え入りそうな声をかけてくる。
そのあまりにも珍しい姿に『一体、どうしたんだろう……?』と感じながら、思いっきり目を瞬かせていると……。
そのまま、がばりと、此方に向かって、思いっきり頭を下げられたかと思ったら……。
「も、申し訳ありません……っ、皇女様……!
本当に、一体、何てお詫びをしたら、許してもらえるのか……っ、!
昨日の一件から、あれだけ、気をつけていたというのに……っ。
朝、ジェルメールへとやって来たら、店舗内が、泥棒が入ったかのように酷く荒らされていて、ファッションショーで、皇女様が着る予定の衣装も、駄目になってしまっていて……っ、!」
と、震える声色で、ショックが隠しきれない様子で、矢継ぎ早に、ひたすら謝罪されてしまい。
私は、デザイナーさんの『その言葉』に目を丸くしたあとで、ファッションショーで、私が着る予定だった衣装に、何か良からぬことが起きてしまったのだと、直ぐに察して、驚きに目を見開いた。
そうして、その言葉に『この場にいる全員』が、改めて、ショックを受けた様子で……。
目に見えて、伏し目がちになり、酷く落ち込んでしまっているのが見えて、ファッションショー当日だというのに、どんよりと店内を覆ってしまうくらいの重い空気が漂ってきたのを感じながらも。
私はこの状況を何とかしようと『そんな……、っ』と、出かかった言葉を、何とか、口から出さずに呑み込んだあと……。
「……私は、大丈夫ですが、皆さんは、大丈夫ですか……?
とりあえず落ち着いて、状況について、詳しく教えてもらったあとで、今、出来ることを、みんなでしたいと思うのですが、可能でしょうか?」
と、なるべく、明るい声色を心がけながら、言葉をかける。
こういう時、いつもなら、ジェルメールのデザイナーさんが率先して指揮を執ってくれて、みんなの気持ちを奮い立たせ、鼓舞するように、動いてくれるはずで……。
それが今、大変な状況下に置かれてしまって、デザイナーさんさえも、そういうことが出来ていないのなら、誰か、他の人が『ファッションショー』のために、ここにいる全員を、力づける必要があると思うから。
私では、本当に微力かもしれないけど、第三者である私が動くことで、少しでも、みんなのことを勇気づけることは出来るかもしれないし……。
ここで落ち込んでしまっていればいるほどに、それだけで、時間は無情にも流れていってしまっているから、何か出来ることがあるのなら、私も協力したいという気持ちで、申し出れば……。
私の言葉を聞いてから、ハッとした表情になって、顔を上げてくれたデザイナーさんが……。
「……っ、そうですわよね。
とりあえず、現場の状況を確認していただかないことには、何とも言えませんよね……っ。
ひとまず、衣装が置いてある控え室にまで、ご案内致します」
と、どこまでも硬い表情のまま、私達を、衣装が飾ってあった控え室まで案内してくれた。
そうして、ジェルメールのデザイナーさんが、控え室の扉を開けてくれると、直ぐに、トルソーに掛かった『今日、着る予定だった衣装』が目に入ってきて……。
私が着るはずだった衣装は、腰の部分から『上半身と下半身の部分』を分けるように、真っ二つに、何者かの手によって切り裂かれてしまっていて……。
特に、背面に、レースを幾重にも巻いて作っていた、デザイナーさん渾身の、お花をモチーフにしていた部分も、はさみか何かを入れて、思いっきり、その中心から切り裂かれてしまったのか、レースで綺麗に形作られていたお花が、見るも無惨な姿に変えられて……。
――とてもじゃないけど、今日の本番までに、修復なんて絶対に間に合わなさそうな惨状になってしまっていた。
「……そ、そんなっ……!
こんなにも、酷いことを、一体、誰が……っ!?
あまりにも、惨すぎます……っ、!」
その状況に……。
思わずといった感じで、口をついて出てしまったのか、一緒に付いてきてくれていたエリスが顔面蒼白になりながら、眉を顰めたのが見えて……。
私も、そのあまりにも凄惨な光景に絶句してしまい。
暫く、デザイナーさんに向かって、何て声をかければいいのかさえ分からず、フォローしようにも、適切な言葉が一つも出てこなかった。
周りを見れば、エリスだけじゃなくて、ローラも、アルも、セオドアも、ここまで付いてきてくれていたみんなが、その惨状に心を痛め、沈痛な面持ちで押し黙ってしまうほどで……。
デザイナーさんだけじゃなく、ジェルメールで働くスタッフさん達の思いが詰まった一着であり……。
今回のファッションショーのために、全員が一丸となって、優勝を目指していたその気持ちを理解しているだけに、犯人が、誰なのかは分からないけれど、エリスの言う通り『これは、あまりにも酷すぎる』と、私も感じてしまった。
それだけ、昨日、着せてもらった時には、あんなにも美しかった衣装が、今は、誰かの手によって、ボロボロにされてしまっていた。
ジェルメールのデザイナーさん曰く、今日、デザイナーさんが、一番最初にお店にやって来た時にはもう、この状況が作られてしまっていて。
何かを、盗まれた形跡は無かったものの……。
玄関口はピッキングか何かで、鍵自体が壊されており。
お店に入った瞬間、ファッションショーの練習のために作っていた簡易的なステージなど、あちこちで、色々なところが『破壊』されて、普通に、店舗で販売している洋服も、数点、被害に遭ってしまったみたい。
それでも、おそらくは、ファッションショー当日の犯行ということもあり……。
ジェルメールの優勝を妨害するために『この衣装が、犯人の一番の目的であり、これを狙ったんじゃないかと思う』とのことで、他は、カモフラージュのために、荒らされたんじゃないかということだった。
それは、一見すると、店内に、泥棒が入ってしまったかのように、お店の棚の中にあるものなども含めて、荒らされていた形跡があったものの……。
お店の売り上げなどが入れられていた『お金の入った金庫』などは無事だったことから、外部の犯行で、なおかつ、今日のファッションショーを妨害したい何者かの犯行なんじゃないかと、デザイナーさん自身が推測したことを教えてもらえて……。
――私自身も、何も盗まれていなかったのなら、物盗りよりも、その可能性の方が高いだろうなと、事情を聞いて、判断することが出来たからだった。
それから……。
「今回の件に関しても、昨日の件に関しても、明らかに、私共の不手際ですわ~……っ!」
と、どこまでも申し訳なさそうな表情を浮かべてくれながら、何度も頭を下げて、デザイナーさんは私に謝罪をしてきてくれたけど……。
ファッションショーの当日に『こんなことをされる』だなんて、予想も出来る訳がないんだから、ジェルメールで働いている人達は、全然、悪くないと思う。
昨日だって、あんなことがあってから、デザイナーさんも神経質になって、必要以上に気をつけてくれて、スタッフ全員で、退店するつもりだと言ってくれていたし……。
実際に、戸締まりに関しても『きちんと、してくれていたのだろう』というのも、痛いほどに理解出来て、そこに落ち度があるとは、どうしても思えなかったし、責める気持ちにもならなかった。
「幸いにも、騎士様が着る衣装に関しては、私が昨日、裾上げのために、自宅に持って帰っていましたから、無傷だったのですけど。
今から、ファッションショーの本番までに、皇女様の着る衣装を一から全て修復しようにも、恐らく、どんなに計算しても、時間的に、絶対に間に合わなくて……。
今から、この状態で、衣装の形を少し変えるにしても、どのようにすれば良いのか、良案もまだ、思いついていない状態でして……」
そうして、申し訳なさそうに、困ったような雰囲気で『こればっかりは、お手上げかもしれない』と言わんばかりに、珍しく、弱音が混じるように吐き出されたデザイナーさんのその言葉に、私も、その心情を推し量ることが出来て、同意するように頷いてしまう。
裁縫のことに関しては、素人な私でも、そもそも、この衣装を作ってくれるまでにかけてくれていた時間を考えれば、これを、一から全て綺麗に修復するには、あまりにも膨大な時間が掛かってしまうということは理解出来る。
特に、胴体の部分から上と下に分かれるように切り裂かれている箇所については、致命的と言ってもいいくらい、その部分を直すために、針を入れてしまうと、どうしても歪な縫い目などは、隠せなくなってしまうだろうし。
もとの衣装と同じように、背面にお花の形を作るために、腰の辺りに巻いていた複数のレースを使用したとしても、『透かし模様』という、レースの性質上、ドレスの腰部分を覆うように、縫い目を隠すことは出来ないはず。
それに、あのレースに関しては、ファッションショー用に、生地を販売している問屋から、オーダーメイドとして、直接『今日、この日のために、特殊なレースを幾つか取り寄せた』と、デザイナーさんが言っていたものだから……。
今のジェルメールに、背面を彩るように、お花の形を再度、レースを使って再現出来るかといったら、それだけの材料が、店舗に残っているかどうかの面でも、厳しいところだと思う。
まさに、絶体絶命とも思えるような状況下で、唯一、セオドアの衣装に関しては、裾上げをするために、デザイナーさん自身が持って帰ってくれていたことが、不幸中の幸いだっただろうか。
「……因みに、聞くんですけど……。
ドレスの背面にお花の形を作って、ドレスを華やかにしていたレースって、まだ、お店に、生地の在庫が残っていたりしますか?」
――もしも、万が一、まだ、レースの生地が、ふんだんに残っていたならば、と……。
少しでも腰の部分にレースを巻くことで、全部は隠しきれなくても、上下を繋げるために修復した縫い目の部分は、ちょっとでも隠すことが出来るかもしれない、と……。
一縷の望みをかけて問いかけた私の言葉に、ふるりと、申し訳なさそうに、デザイナーさんが首を横に振ったのが見えた。
「いいえ……。
多少は残っていますが、オーダーメイドとして特殊なレースを作ってもらっていたことから、もう、その大部分を、此方のドレスに使用してしまっていて、店舗には、レースの在庫が殆ど残っておらず、一から、元通り、全てを修復させるのは、物理的に不可能と思えるくらいに、厳しい状態ですわ……っ!
このまま、衣装を少し詰めて、裏地にのみ糸が見えるようには、私共の技術を持ってすれば出来ないこともありませんし、そうするべきだとは分かっていますが……。
それでも、どうしても、お腹という目立つ場所に、表から見た時にも、修復として縫った箇所が、荒い傷のような形になって残るでしょうし。
……全体的に違和感になってしまって、審査の意味で、大きくマイナスになってしまうのも、避けられないでしょうね」
そうして、昨日、私が着せてもらった衣装の状態が『完璧』とも言えるくらいに、ベストであり。
どんなに、今から手を加えて、手直しをしたところで、それはどうやっても、昨日の完璧な衣装の劣化にしかならないと言われたところで、私自身も、デザイナーさんのその言葉には、深く納得してしまった。
私の身体に合わせるように、ピッタリと作ってくれていた衣装に、縫い合わせるだけの余分な部分は、本当にないと言ってもよくて……。
バッサリと、ドレスの真ん中から上下に切り裂かれてしまっている以上、お腹や、腰の部分なんて特に目立つところだし。
今、直すために、そこに針を入れたところで、切り裂かれて、傷になってしまっている部分を、完全には隠しきれないだろう。
そういう意味で、ドレスとしては、本当に致命的とも言える欠点を作られてしまっていて……。
『どうしようも出来ない』という、他の誰でもないデザイナーさんの意見に、同意出来てしまうからこそ、何か他の手立てはないのかと、気持ちばかりが急いてしまって、どんどん、気分が重くなっていってしまう。
……その上で、私が一生懸命、頭の中を働かせて、切り裂かれてしまった衣装に関して、どうしたら良いのかと考えていると。
「……ヴァイオレットさん、私、もう、我慢出来ませんっ……!
こんなに、一生懸命に頑張って、優勝を目指して、みんなで、今日、この日のために努力を重ねてきたというのに……っ!
昨日、今日で、二日続けて、こんなことが起こるだなんて、どう考えても誰かの策略としか思えません!
誰か一人を疑うようなことはしたくなかったし、こんなことは言いたくなかったけど、クララ、アンタが、全部、今回の事を仕出かしたんじゃないのっ!?
普通に考えて、最後に鍵を使って、金庫の中のデザイン画を盗むことが出来るのも、状況から見て、アンタしかいない訳だしっ。
今日だって、玄関の鍵をどうやって壊したのかは分からないけど、シベルで、元々働いていたアンタなら、動機の面でも充分でしょう……っ!?
ファッションショーを前に、アンタがうちの店に来たのにも、本当は、シベルのためだっていう理由があったんじゃないのっ!?」
と……、わっと、堰を切ったかのように、この場で興奮したように声を荒げながら……。
『もう、我慢が出来ない』と言った感じで、ジェルメールのスタッフさんの一人が、怒ったような雰囲気で、シベルから来た新人のスタッフであるクララさんに向かって、突っかかるように責め始めたのが目に入ってきた。
その言葉に、いつも仲が良くて、互いに、切磋琢磨し合って、デザイナーさんのもとで働いている『ジェルメールのスタッフさん達』の、あまりにも珍しい姿に、私が、一人、オロオロしてしまっていると。
「そういえば、シベルって、最近は、ほんの少し経営自体が不振になり始めていて……。
一時期の人気があった頃に比べたら、確か、パトロンになって、お金を出してくれている出資者の貴族が変わったりで、母体自体が、変更になったりもしてるんだよね?
追い詰められたシベル側が、王都でも今、好調な売り上げを出しているジェルメールを目の敵にしている可能性もあるはずだし、それが、今回の理由になっていても、何ら、可笑しくはない訳だよね……っ?」
と、クララさんに向かって、突っかかるように怒りを露わにした、ジェルメールのスタッフさんの横で、今度は別のスタッフさんが、シベルについての現在の状況を詳しく補足するように、この場で、全員に聞こえる声量で、ぽつりと、疑い交じりに言葉を出すと……。
それを聞いて、みんなの視線が一斉に、クララさんの方へと向いてしまった。
私自身は、巻き戻し前の軸も、シベル自体が『凄く有名なお店だった』から、そんなことになっているだなんて思ってもいなかったんだけど。
……確か、経営の母体が変わったというのは、この前、シベルのデザイナーさんが、ジェルメールにやってきた時に、デザイナーさん同士の遣り取りで、ほんの少しだけ、私も聞きかじったことでもあるし。
この時期、シベルは『経営の母体』が変わって、その経営についても金銭的な部分で、業績が、少し、振るわなくなってしまっていたりしたんだろうか。
それは、もしかしたら、今回の軸で、私がジェルメールに深く関わるようになったことで、王都の街にある『ブティックの序列』などにも、影響するようになってきてしまったからなのかな……?
それとも、巻き戻し前の軸も、シベルはこの時期、そんなふうに、少し大変な状況に置かれていたんだろうか?
どちらにせよ、普段は、スタッフさん達の仲の良さも相まって、どこまでも穏やかで、優しく温かい空気を醸し出しているジェルメールの店内が、こんなにも内部分裂のような形で、ギスギスしているだなんて、あってはならないことだと、思いながら……。
『この状況を、何とかして止めなければ……っ!』という使命感に駆られて、私が、フォローしようと、口を開きかけたところで……。
「あなたたち、止めなさいっ……!」
と、普段は、滅多に、誰かに向かって、怒るようなこともしないのに……。
まるで『この場の良くない空気』を一喝するかのように、ジェルメールのデザイナーさんが、ぴしゃりと冷たく、従業員さん達を叱りつけたのが聞こえてきて、私は驚いて、デザイナーさんの方に思わず、マジマジと視線を向けてしまった。
「みんなで、一丸となって、今日、この日のために作ってきた衣装だからこそっ、こんなことをされて、悔しいと思うその気持ちは、私にも理解出来るわ……っ!
私だって、丹精を込めて、時間をかけて作ってきたから、衣装に対しての思い入れも強くて、まるで、自分の我が子のように大切にしていた作品を、こんな形で踏みにじられたことで、強い憤りも感じているし、ここにいる全員と、その想いは変わらないと、宣言することも出来る。
だけどねっ! ……こんなにも卑怯なことをしてきた人間が、うちが、ファッションショーに出ること自体を妨害したいと思っていたんだとしたら、今の状況こそ、まさに、相手の思う壺よっ!
そんなの、滅茶苦茶、癪じゃないっ!?
まだ、誰が犯人なのかも分かっていないのだし、玄関口の鍵が壊されていたことを思えば、金庫の時とも、また状況が違って、今回の件については、外部の犯行の可能性の方が高いのよ!
……お願いだから、仲間を疑うことだけは止めましょうっ!
とりあえず、今は、犯人捜しじゃなくて、ファッションショーをどうやったら乗り切れるか、一人一人の力が必要だしっ、全員の知恵を貸してほしい時だから、そっちに、リソースを割いてもらえたら嬉しいわ~! ……私からのお願いよっ! 良いわねっ!?」
それから……。
どこまでも真剣な表情を浮かべたデザイナーさんの、この場にいる全員に言い聞かすように吐き出された言葉に……。
びくりと肩を震わせたあと、クララさんに向かって怒っていたジェルメールのスタッフさんの一人が、申し訳なさそうな表情をしながら、反省したようにデザイナーさんと、クララさんの方を気まずそうな表情で、交互に見つめたのが見えた。
心の中では、クララさんのことを信じたいと思う気持ちと、状況から考えて『信じられない』と思ってしまう気持ちが複雑に交差し合っているのだろうということは、その顔色からも窺うことが出来た。
基本的に性格が良くて、元々、善良な彼女は、誰かを疑う立場であったとしても、その状況にも、心を痛めてしまうくらい、凄く辛いものなんだと思う。
出来ることなら、そんなことはしたくないという気持ちもあるんだろうけど。
……この、ファッションショーに賭けてきた思いと、責任感の強さから、どうしてもクララさんに、疑いの目を向けてしまったんだということは私にも分かった。
一方で、クララさんは、顔面蒼白のまま、一人、疑われたことに反論することもなく……。
この場の状況に、ただひたすら、呆然と固まってしまっているようにも見えて、彼女が何も言わなかったことも、更に、周囲の不信感を募らせてしまう要因にはなっていたのだけど。
ただでさえ、周りの人達から、疑われてしまうという状況に置かれてしまい、辛いだろうし、彼女が咄嗟に反論出来なかったのは、まさか、自分に『そんな容疑がかかるとも思っていなかった』という理由もあるのかもしれない。
もしかしたら、クララさん自身は、本当に犯人ではないけど、彼女が以前勤めていた『古巣だったシベル』が関わってきている可能性を否定出来なくて、何も言えず、苦しい思いをしている可能性だってあるよね……っ?
デザイナーさんも、言っていたことだけど……。
昨日の、金庫の時とは違い、今回は、お店の玄関口の鍵も壊されていたとのことで、外部からの犯行の可能性も高く、彼女以外の人が関わっている可能性も大いにあるのだし、一概に、彼女一人を、疑ってかかることだけはしないようにしなければいけないと、私も思う。
特に、ファッションショーを無事に終えるまでは、それこそ、誰かを疑って『ギスギスしてしまっている状況』は、ジェルメールのためにも、良くないと感じるから……。
デザイナーさんが、スタッフさん達を鼓舞してくれたおかげで、ジェルメールで働いているスタッフさん達もみんな、とりあえず、憶測でものを語ったり、犯人を捜すようなことはやめてくれて……。
一先ず、『衣装について、どうするのか』と、頭を悩ませてくれるようにはなったものの。
だからといって、現状を打破することが出来るような解決策が、直ぐに、見つかるわけでもなく……。
見るも無惨に、特にお腹の辺りを、ボロボロにされてしまった衣装を前にして、私は、私と同様に、まるで、自分のことのように険しい表情を浮かべて、この状況に怒ってくれたあと。
『一緒に、解決策を……』と、考え始めてくれた……。
セオドアとアル……、ローラ、それから、エリスと一緒に、今回のファッションショーを成功させるためにはどうしたら良いのか、頭を働かせて、真剣に考え込むことにした。










