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415【アルヴィンSide】

 


「……あのっ、アルヴィンさん……。

 どちらへ、行かれるんですか……?」


 スラムにある廃れた教会から出ようとしたところで、僕の姿を目ざとく見つけたアーサーが声をかけてきた。


 ここ数日、ずっと僕の動向を見張るかのように、僕が動く度に、親鳥についてくる『生まれたてのひよこ』の(ごと)く、(まと)わり付いてきているのも、最初は、ツヴァイの差し金かと思ったけど、どうやら違うらしい。


 数日前、アルフレッドや、天使である()()()と一緒に、王都の街で開催されているお祭りに行った時、後をつけてきていたのもそうだったけど、この男は、本気で、僕に『恩返し』とやらがしたいと思っているみたいだ。


 あの子の母親が死んで、この国の、現皇后という立場に立ったあの女の言うことを聞くのが(しゃく)で、適当に生かしておいただけの存在であり、そこに、大した理由などないというのに。


 僕のことを、本気で、この世の全てを救う『救世主』か、何かだとでも勘違いしているのだろう。


 まぁ、別に、勘違いしている分には、特に困るようなこともないから、それで良いんだけど。


 どっちみち、僕は、ただの橋渡し的な役回りに過ぎず、この世で、ただ一人『赤を持つ者』や、僕たちを救うことが出来る存在は、あの子だけだ。


 アーサー自身、元々、善良だったその心は、現皇后である『あの女』に使われて、酷く疲れ切り、絶望の(ふち)から救い上げた僕の言うことを疑うこともせずに、真っ直ぐに信じきって、天使がこれから、もたらしてくるであろう()()()()()()()()()()()()に期待を膨らませて、夢を見ている。


 希望に満ちあふれたその瞳に、僕は、何とも言えない仄暗(ほのぐら)い感覚を覚えながらも、今日も、この男が、僕にひっつき回っていることを、何故だか、許してしまっていた。


 あれこれと、詮索をされるのは不快なはずなのに、無邪気に僕のことを信じ切っているその瞳が……。


 まるで、全ての者が正しくて『綺麗な心を持っている』のだと、信じて疑っていなかった頃の、僕みたいで放っておけない。


 その危うい感情は、いつか、やがて……、坂道を、コロコロと転がり落ちて、現実を知る度に、危険なものへと変わる恐れを秘めている。


 ――今の、僕みたいに。


 だけど、誰かに裏切られ、絶望し、その度に、憎しみを募らせて、もうどうにも出来ないほどに染まりきってしまった僕と、誰かに使われる道を選んだ、この男は、似て非なるものだろう。


 頼れるものがいなくなって、信じていたものに手酷く裏切られ、自分が寄りかかることの出来る頼り先を、こうしてまた、別で見つけているに過ぎないのだから。


「王都の街に用がある」


 アーサーの質問に答えるよう、はっきりと告げた僕の言葉に、アーサーが驚いたようにその目を開いたあと……。


「俺も、一緒に行っても良いですか……?」


 と、声をかけてくる。


 その言葉に、僕は『付いてくるのなら、好きにすればいい』と、視線だけで同意して、この教会の扉を開けて外に出る。


 門番である6番(ゼックス)が、中から教会の扉が開いたことに、アーサーが外に出たことを確認した上で、また、その扉を閉じていく。


 認識阻害(にんしきそがい)の魔法のお陰で、相も変わらず、ゼックスには僕の姿が見えていない。


 ただ、アーサーには『僕の姿が見える』ように、魔法のかけ方を調整してある。


 教会の中で、今日も今日とて、スラムの治安を守るように、あちこちから情報を集めまくっているツヴァイと、それから、あの女から逃げるために(かくま)うことになったアーサーの前で、逐一、魔法を解くのは面倒くさいから、基本的には、この二人には、いつだって僕の姿が見えるようにしていた。


 それから……。


 透明人間になった僕の存在が、誰にもバレないようにと気を遣い、黙っていることを選んだであろうアーサーが、ぎゅっと口を(むす)んだまま、ぎこちない雰囲気で、ゼックスの側を通り過ぎていく。


 急に、スラムにやって来て、ツヴァイの側に付くようになったアーサーのことを、ゼックスは、あまり良く思っていないのだろう。


 アーサーは、ゼックスに対して、申し訳なさそうな雰囲気で、頭を一度下げたが、ゼックスは、どこまでも険しい表情をしているだけで、特に、アーサーに対して、挨拶を返してくるようなこともなく、いつも通り、門番としての役割を果たすことに専念していた。


【そういう意味では、ツヴァイが、前に言っていたように、アーサー自身が、スラムの人間からは、()()()()()をされて、真に認められているとは、とてもじゃないけど言い難い】


 ツヴァイは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だから、教会の中にいる間は、そんなに大変じゃないだろうけど……。


 ――ひとたび、スラムに出れば、針のむしろで……、居心地は、多分、悪いのだろう。


 そういう意味でも、ツヴァイみたいに、教会で、アーサーがしなければいけないことなんて『特にない』んだし、僕と一緒に出かけている方が、気も休まるのかもしれない。


 そのあと、暫く、アーサーと一緒に、今日も今日とて、喧噪(けんそう)にまみれたスラムの街を歩いてから、人気(ひとけ)のない場所で、僕は自分にかけていた認識阻害の魔法を解いた。


 それから、僕が、よく擬態している何個かあるうちの一つに姿形(すがたかたち)を変え、ジェルメールで働いていた時の『ナナシとしての姿』を維持しつつ。


 僕は、フードを目深(めぶか)に被った『ローブ姿のアーサー』と、王都にある大通りの方ではなく、狭い路地の方まで、連れ立って歩いていく。


 用事があったのは、この間、僕の半身であるアルフレッドに渡した仮面を『祭りの景品』にしていた、あの日、あの子達と行くはずだった骨董品店(こっとうひんてん)だ。


 たまたま、僕の後を付けていたアーサーが、ノクスの民に見つかったことで有耶無耶(うやむや)になり……。


 あの子達と行くことは、叶わなくなってしまったけど、元々、僕は、あの日、あそこの骨董品店に行く予定だった。


 城下の街で、偶然にも、あの子達が歩いているのが見えて、折角だからと、わざわざ偶然を装って接触し『あの子達と合流』して、人間の祭りを一緒に楽しむことを選んだのは、僕の、ほんの気まぐれに過ぎない。


 まさか、あの骨董品店が()()()()()()()()()()()()が当たることになるとは、夢にも、思っていなかった。


 ……正直に言って、あのまま、あの店に全員で行っていたら、アルフレッドがいたことで、目ざとく、色々と感づかれてしまう恐れもあったから、あのとき、アーサーが邪魔してくれたことは、結果的に、僕にとっても良かったと思う。


 万が一にも、アルフレッドに気付かれてしまうことを避けたくて……。


 泣く泣く、あのハイセンスな、郷土品ともいえる『格好いい、木製の仮面』を、アルフレッドに譲ることになってしまったが、それよりも、もっと、大切なものがあったとなれば、背に腹はかえられない。


 僕は、アーサーと共に、裏路地(うらろじ)にある建物の一角に、注視して、よく見なければ分からないであろうというところにある『骨董品店』の入り口を塞いでいる、重たい扉のドアノブに手をかけた。


「……おや? 随分と、珍しいこともあるもんだねぇ。

 まだ、お祭りのまっただ中だっていうのに、こんな日に、ウチに、お客さんかい?」


 一体、どこから金銭を得て、収入としているのだろうか……?


 普段は、恐らく、大して、儲かってもいないだろうに、それでも、王都の一等地にあって、長らく潰れていないであろう『このお店』に入れば……。


 店の真ん中に、堂々と置かれた木製のカウンターの奥で、しわがれた声色の老婆が、チラリと此方に一度、視線を向けてから、その肩をすくめたのが見えた。


 中は、雑多に物が置かれ、綺麗に整頓されている訳じゃないから、乱雑に積み上げられた商品に、とてもじゃないけど、人が一人通れるようなスペースしか開いていない。


 絵画(かいが)や、壺などといった、芸術作品が、本物や贋作(がんさく)も含めて沢山並んでいる中で、一体、何に使うのかという『ガラクタ』のような、オモチャなども置かれているのが見える。


 ここまで、(いさ)んで付いてきたというのに……。


 ()()()()()()()()()()()()()()ということさえよく分かっていないアーサーが、僕の方を見ながら『……アルヴィンさん?』と、どこまでも戸惑ったような表情を見せてくるのを感じながら、暫く、店内に、目を走らせたあと。


 一体、何に使うのか……。


 一見しただけでは、全く分からない『球体の置物』のような、()()()()を発見して、僕は、カウンターテーブルの奥に置いてあった椅子に腰掛けている老婆へと、声をかけた。


「そこの、お嬢さん。……これって、幾らで、販売しているの?」


 僕が視線を向けて、指さした方へと、ちらりと、一度視線を向けたあと……。


 『……ふぇ、ふぇっ……っ! お嬢さんだなんて呼ばれたのは、本当に、久しぶりのことだねぇ……』という、独特な声で笑いながら、老婆が、僕の方を真っ直ぐに見つめ……。


「……それかい?

 あぁ……、それはねぇ、10代や20代そこらの人間が買えるような代物じゃなくて、かなり、お高いものさ。

 一見すると、ほこりを被って、汚いようにも見えるガラクタだがねぇ……っ。

 この世の真実さえ分かっていれば、それが、お宝であると見抜く人間もいるはずだが……。

 そうさね、……それは、普通の人なら一生、お目にかかれないような、過去に、ドワーフが作ったとされる、貴重な古代(こだい)遺物(いぶつ)

 ()()()()()()()()と呼ばれるものだからね」


 と、声を出してくる。


 その言葉に、僕は満足しながら、口角(こうかく)をつり上げ、笑みを溢した。


【ドワーフが作った古代の遺物、()()()()()()()()……、か】


 ――この老婆は、一体、どこでそのことを知ったのか……?


 たまに、生きていれば、僕と同様に、世の中の真理を見透かしているような人間に出会うことがあるが……。


 そういった人間は、基本的に、体内に内包している魔力が高く、一芸に秀でた魔女のように、魔法として『明確な能力』を持っていないにも拘わらず、不思議な力を宿していたりもするものだ。


 そういった人間が、占い師や、薬屋(くすりや)骨董品店(こっとうひんてん)など、嘘か本当かも分からないような、少し怪しい商売に片足を突っ込んで、生業(なりわい)にしているというのも、良くあることだ。


 多くは、夢などで、お告げのように、この世界が()()()()()()()()()()()()()()、その一部、真理の部分について、急に悟りを開いたかのように知って、目覚めたりもする。


 まさに、常人が『目に見える範囲』では、決して見ることの出来ない、神の声を聞くことが出来るのだと……。


 古くは、聖女や、巫女(みこ)などと言われて重用され、教会などが率先して保護をして、崇めるような存在だったりもしたんだけど。


 ……そういう人間は、魔女と同様、赤色の髪を持っていることが殆どだから、いつの頃からか、迫害されて、人々から崇められることもなくなり、その権威を失っていってしまった。


 そうして、()()()()()()()()()が、最終的に辿り着いた道は、自分の能力を生かしながら、こういった裏と表の中間とも思えるような場所で、一般の人間からすれば、胡散臭いともとれるような怪しいものを販売するなどして、自分の得意なことを生業(なりわい)にして生計を立て、細々と生きる道である。


 除霊師(じょれいし)や、薬師(やくし)なども含めて、特殊な仕事に就いているような人間は、嘘とまやかしで、インチキの場合もあるが、第六感として、多少の『癒やしの力』を持っていたり、一般の人が見通せないものが見えていたりと、魔女や、精霊である僕たちともまた違い、特殊な感覚を持っている者が殆どだ。


 ……ドワーフが作った古代の遺物、アーティファクトは、それこそ、使ってみるまで、その性能が『どんなもの』なのかは、一切、分からない。


 ――それは、人間どころか、僕達、精霊であろうとも一緒のことだ。


 この街に、スラムという大規模(だいきぼ)な……。


 闇という場所でしか生きることが出来ない『住人達の住処(すみか)』を作り、国一帯に張り巡らせて、世界の情勢なども含めて、ありとあらゆる情報を得ることが出来る組織(そしき)を形成してから、大分、経つが……。


 その僕ですら、人間の世界に(まぎ)れ、生き抜いてきたドワーフ達が過去に作った作品を『探し出す』のは、本当に骨が折れることであり、現在までに見つけた遺物は、両手で数える程度しかない。


 僕が本腰を上げ、世界各地を巡り、じっくりと腰を下ろして探せば、恐らくは、もう少しくらい見つけられるだろうけど、そうするには、やることが多すぎて、今まで、あまりにも時間が足りなかった。


 そういった()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()がいないことも、それに拍車をかけてしまっているだろう。


 知らず知らずのうちに、世に出ている芸術家が、この世を生き抜くために、人間の名前を(かた)って生活していた『ドワーフだった』なんていう話もあるくらいだから……。


 そういうのに詳しい人間がいれば、その芸術家が住んでいた地域や、生前、どういった場所で、どんなことをしていたのかなど……。


 そこから、逆引きのような形で、ある程度『遺物が眠っている場所』も絞れるのだろうけど、それはもう、僕ではどうにもならないから、仕方がない。


 名だたる芸術家について詳しかったり、古美術(こびじゅつ)を専門にしているだけでなく、考古学者を目指している人間や、遺跡などについても造詣(ぞうし)が深くないと無理だろう。


 一応、スラムに張り巡らせている情報屋としての仕事から、骨董品店で販売しているものや、世界各地を巡っている行商人が取り扱っているもので……。


 『珍しいものを販売している人間』がいたら、必ず僕に伝えるようにと、ツヴァイに言っておいたことから、一風、変わったお宝があると聞いて、この骨董屋に来てみたが、どうやら、僕の勘は正しかったみたいだ。


 ドワーフは勿論のこと、僕やアルフレッドでなければ、そのお宝を見ても、直ぐにそれが、ドワーフが作った『アーティファクト』であるとは、気づけないだろうが……。


 こういう勘の鋭い、いわゆる第六感(シックスセンス)というものが発達している巫女などは、たまにそれが、人間の作ったものではなく……。


 『僕たちのような特殊な存在』が、()()()()()()()()()()()であるということに気づくことが出来る人間もいるから、この見た目が、魔女のような老婆も、そういった類いの人間なのだろう。


「それは、幾ら出せば、僕に売ってくれる……っ?」


 何の素材を使って、作ったのか……。


 目の前にある、ほこりを被った、透明の……『丸い球体の置物』のようなそれに、老婆の言うように、一体、何の用途で使われていたものなのか分からないまま、僕はそれについて、金に糸目をつけることなく、購入する心づもりがあるのだと声をかける。


 パッと見て、20代くらいの冴えない雰囲気の僕が、それを購入すると言ったことで、老婆は、一瞬だけ驚きに目を見開いたものの、やがて、その笑みを深くし、クツクツと、喉の奥を鳴らしていく。


「本当に、珍しいお客がいたものだ。

 これが、どんな物なのか、その目は一点の曇りもなく、私と同様に理解していると見える。

 ぼうやも、そんなにも冴えない見た目をして、この世の真理を、一部(いちぶ)、見通すものかい……?

 ……だが、私も、これが、アーティファクトだということは理解していても、その使い方までは、きちんと把握していないのでな。

 説明書なんてものも付いていない()()()()()だけど、それでも良いのかえ……っ?

 それでも、購入するってんなら、1億ゴルドだ。……コイツは、ビタ一文、まけやしないよ」


 そうして、僕ほどではないが、長いこと『人生を経験してきた』のだと分かるくらいに、深みのある意味ありげな笑みを溢しながら、そう言ってくる老婆に、僕は素直に頷き返した。


 こういう時のために、それこそ闇の業者を介して、片手間に、人間達に手を貸すつもりで『裏の依頼』をこなしたりしていて、人間が流通させている多額の金銭を得ているのだから、僕の貯金額は、それこそ膨大な金額が貯まっているし、全然、困ることがない。


 寧ろ、僕からしてみれば、価値なんて欠片もない、人間の作った玩具のような紙幣と金貨などを使って、ドワーフの作った古代遺物(アーティファクト)が手に入るというのなら、本当に安いものだ。


 中には、これが普通のお宝ではないと分かっているからこそ、売るのが惜しいと『手放さない人間』もいることを思えば、それで済むのなら、此方としても有り難い。


 ――そういう意味で、僕にとって、現皇后は、最上級の客(都合の良いカモ)だと言ってもいいだろう。


 皇宮で、自分に回されている予算も含め、自分の手のうちで、手足のように操って動かしている貴族達からも『困っている者を助けるため』と言って、教会の寄付金などを募ったりしていて、その、()()()()()()()に、自分の中で自由に使えるお金とし……。


 何もせずとも、ぬくぬくと美味しい思いをしているのだから、それを()()()()()()()()()()()()()には、何ら、罪悪感のようなものも感じない。


 僕の弱みを握ったつもりになって、たまたま、偶然、僕と知り合えたと思っているんだろうけど……。


 僕の方から目的があって近づいたことにも、影などで情報収集をしたり、裏家業を請け負う『闇の業者』を()()()()()()()()()()()()ということにさえ、一切、気付かないで、その腕の中に囲えていると思い込んでいるのだから、思わず、苦い笑みが溢れ落ちてしまった。


 ――あの女が、僕の首に巻いたつもりになっている鎖など、いつでも、解放出来る。


 僕の能力が惜しいと思って、飼い慣らしておきたいと、わざわざ多額の金銭をかけてまで、僕を『その囲い』に入れようと、躍起になっていたから……。


 ルーカスという()()()()()()を真似て、スラムを救っている善人を装っていれば、本当に、都合良く、勘違いしてくれた。


 僕の手で守っている『スラムの子供や、仲間がいる』というのは、本当のことだけど……。


 それは、スラムが滞りなく回っていくようにと、この街に『裏の組織』を作った時からしてきたことであり、今更、あの女の手を借りずとも、僕が構築したシステムの中で、今日も、秩序(ちつじょ)を保っている。


 そして、あの女が、どう手を(こまね)こうとも、僕の配下であるツヴァイを初めとした人間が、これから先も、正しく、この街を守っていくだろう。


 それを、今の今まで、僕の支配下のもと、嘘の情報を流して、『勘違い』をそのままにして、使われている奴隷のフリをしていただけだ。


 ……その方が、僕にとっても、都合が良かったから。


「分かった。……1億ゴルドね。

 じゃらじゃらと、人間の作ったお金を持ち歩くのは、あまり趣味じゃないし、お釣りは要らないから、取っておいてくれたら良いよ。

 ……ドワーフだなんて、あまりにも懐かしくて、特別な話を聞かせてくれたお礼だとでも思ってくれたらいい」


 ほんの少しだけ、口元を緩めたあと……。


 今日、この日のために、一目見ただけで、言われた金額分以上の値段があると分かるくらいに『袋に、パンパンに詰めておいた金貨』を、袋の上側(うえがわ)を縛っていた紐を()き、ドンっと、音を立てて、気前よく、カウンターの上に置いて見せれば。


 ここに来て、多分だけど、僕が本当に、それを購入するとも思っておらず……。


 情報戦において、自分の方が『優位に立っている』と思っていたのであろう老婆の顔色がサッと変わり、口をあんぐりと()けて、驚いたような表情で、僕と金貨の方を交互に見つめてくる。


 ――長いこと生きてきた僕にとっては、この老婆も、人生経験に毛が生えた程度の子供でしかない。


 まさしく、()()()()と言ってもいいくらいの……。


「じゃぁ、そういうことで。

 ……約束だから、この、アーティファクトは、僕が、もらっていくことにしよう」


 そうして、はっきりと出した僕の言葉に、目の前の老婆は、まるで狐につままれたような視線を向けてから、『……まっ……、まいどありっ……!』と、慌てて、弾けたような声を出し……。


 人間が一生を生きて行くには、『充分すぎるほどの金額』に目が眩んだのか、確認するように、僕が骨董品店を出るまで、袋の中に入っていた金貨を、カウンターの上にざっと出して、一から、数え始めた。


 ……ハッキリ言って、幾つか、贋作も、店の中に置いていたけれど、その店の中に置かれているものは、殆ど、本物だと言ってもいいくらい、きちんとした『目利きが出来る店主』を、僕の出した莫大なお金により、廃業に追い込んでしまったかもしれない。


 まぁ、あの老婆が、余生を楽しく過ごすことじゃなくて、自分の力をまだ『遺憾なく発揮』して、店を続けたいと思えば別だろうけど……。



 *************************



 それから……。


「あ、あの……っ、!

 アルヴィンさん、ドワーフが作った古代の遺物だなんて、あの店主が、嘘を吐いているかもしれないのにっ。

 あんなにも大金を出して、どう見ても、ガラクタにしか見えないようなものを購入して、本当に良かったんですかっ!?

 ああいったお店では、目利きの出来ない客に、嘘を吐いてカモにしてしまうような店も沢山あるんですけど、ご存知、ですかっ?

 一体、その骨董品を、どうするおつもりで……っ!?」


 僕が店を出て直ぐ、その後ろを追いかけてくるように、此方に駆け寄ってきたアーサーに、老婆が嘘を言っていた可能性について、心配するような雰囲気で、矢継ぎ早に問いかけられて、僕は笑みを溢す。


 ツヴァイもそうなんだけど、まるで、過保護っていうか、世話焼きっていうか……。


 アーサーの目は、節穴で、僕が何も知らなくて、騙されるような生き物にでも見えているというのだろうか?


 というか、そのことを差し置いても、ツヴァイと同じく、アーサーも、僕が『人ならざる者』であることを知っている筈なのに、ドワーフの存在は疑うだなんて、本当に、人間と言うものは、不可思議な生き物だ。


 僕は、そんなアーサーを無視して、狭い路地の中の建物の影に、いそいそと『その遺物』を置き、老婆が生涯をかけても、どうやって使用するのか分からなかったというソレに、マジマジと視線を向ける。


 四角い下側の部分は、何かを回すようにネジがついていて、どうやら、その上についている透明で丸い球体(きゅうたい)になってなっている部分は蓋になっていて、上半分(うえはんぶん)を開けられるらしい。


 骨董品店がある建物の(はじ)っこの方ではあるものの。


 道の往来で、突然、僕が、ドワーフの作った古代遺物を確認し始めたことで、アーサーがビックリしたように目を見開き、キョロキョロと辺りに誰もいないか確認してから、僕と古代遺物に、その視線を戻してくる。


 パカッと球体になっている上半分を開ければ、中央に、筒状(つつじょう)(くぼ)みがあり、その一番下に魔法石が埋まっているのが見えた。


 僕自身、魔法を使うのに、普段は、術式などを組まなくても『使い慣れた魔法』なら、詠唱などもなしに出すことが出来るけど、こればっかりは、複雑な術式を組んで、分析するところから始めなければいけないだろう。


 こういうのを分析するのは、アルフレッドの方が得意なんだけど、この場に、アルフレッドという貴重な人材はいないのだから、僕自身の力で何とかするしかない。


 アルフレッドと半分に()かたれた時、攻撃魔法の方に特化した僕にとって、何かを分析するということは、やや苦手な分野でもある。


 それでも、最近、『制御しなければいけなかった自分の魔力』を、大幅に解き放てば、これくらいの分析なら、そこまで複雑ではなく、30分程度で終えれることが可能だと、目算もつけることが出来た。


 ガリガリと、地べたに座って、焼き石膏(せっこう)粉末(ふんまつ)で作った真っ白なチョークを使い。


 道ばたに術式を展開しながら、(えが)いた魔方陣の上に、ドワーフが作った作品を置けば、ピカッと光り始めた遺物から、直接、多くの情報が術式を通して、僕の頭の中に流れ込んでくる。


 突然、道ばたに、チョークを使って、魔方陣の文様(もんよう)を描き始めたかと思ったら、ぴたりと、その場で動きを止めた僕のことを、奇行に走った変人だとでも(とら)えてしまったのか……。


 目に見えて、オロオロとしながら、アーサーが挙動不審になって、人の多い方の大通り側に立って、僕のことを、その身体で何とか隠そうとしてくる。


 その甲斐もあってと言うべきか、それとも、ただ単純に、この裏路地に誰も来なかったからか……。


 きっかり、30分後、僕は、購入したばかりの、ドワーフが作った古代遺物について、解析することが出来た。


 ……結果として言うのなら、これは、ドワーフが、恐らく自分の子供達のために、遊び心で作っただけの玩具(おもちゃ)であり、魔法剣などといった攻撃系の武器や、アルフレッドが持っている片眼鏡(モノクル)などに比べて、役に立つという度合いでは、そこまで、高いものではなかった。


 ドワーフが作っている時点で、貴重なものであることには間違いないが……。


 これは、この細長い筒状の中に『砂糖』などを入れ、中にある熱魔法(ねつまほう)が宿った魔法石から発せられる熱によって、モコモコとした雲や、綿のような甘いお菓子を作る機械であり、僕が求めているような遺物ではなかったと言ってもいい。


 それこそ、天使……、あの子に譲れば、変わった機械に『喜んでくれる』かもしれないが、それだけだ。


 ……それでも、ドワーフの貴重な遺物を、一億ゴルドというお金で購入したことについては、全く後悔していない。


 世に出回っているドワーフの貴重な遺物は、僕が、これから先、なるべく時間をかけてでも、回収しておく必要がある。


 人間の手に渡り、万が一にも、悪用されてしまうと、目も当てられないからな……。


 僕が持っている中で、一番役に立っている『ドワーフの作った作品』は、その時の状況を、数十分ほど記録しておけることが出来る装置だ。


 それは、音声だけではなく、その時の状況、場面の全てを、いつ、いかなる時でも、何もない空間に映し出して、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()であり、複数回に分けて、好きな場面を残しておくことも出来る。


 その中心に、黒色のレンズと呼ばれるものが付いた『横長の長方形の、変わった装置』だが、まさに、ドワーフが過去に作った遺物の中でも、最高傑作と言っても過言ではないほどに、その希少価値は、かなり高いものだと言ってもいいだろう。


 もしも、マリアが生きていた頃に、コレに出会えていたとしたら、4つほどある記録のカートリッジ全てを、マリアとの思い出で埋め尽くしただろうに……。


 それでも、自分と話した人間との重要な遣り取りを、これに記録して残しておくことが出来ているのだから、良しとしなければいけないだろうな。


「……あの、……アルヴィンさん……。

 ……それを見て、何か、分かりました、か……?」


「あぁ、うん。……そうだな。

 これが、砂糖を使って、ふわふわとした雲みたいなお菓子を作るための機械だってことは理解した。

 でも、僕が求めているようなものじゃなかったし、SSランクの遺物とは、到底、言うことは出来ないな。

 もしも、ランクを付けるのなら、精々、Bランクくらいが妥当だろう。

 これだけじゃなく、今までは、僕自身、他のことで忙しかったけど、これから先、ドワーフの遺物については、もっと本腰を入れて回収していかなければいけない」


「えぇ……っ!?

 じゃ、じゃぁっ、やっぱり、これって、ドワーフが過去に作った遺物で、間違いないんですか?

 ……ほっ、本物っ!!?」


 僕の言葉に、驚きに目を見開いて、マジマジと『ドワーフが作った遺物』を確認してくるアーサーに、僕は、今更、何を言っているのかという気持ちになりながら……。


「今更、何を驚いているんだ?

 そんなの、僕が、あの老婆からコレを購入した時点で、分かりきっていたことだろう?

 僕が、人ならざる者だってことは、すんなりと信じたくせに、ドワーフの存在は疑うのか……?

 人間の世界で、密かに根付くように浸透しているものには、それなりに理由があるものだ。

 創作の世界だけにしか存在していないような生き物も、じゃあ、誰が最初に、それを思いついたのかということで、疑問が出てくるだろう?

 神話や、そういったものも含め……、信奉として崇められ……、ここまで多くの人間に浸透して、信じられている理由は何だ?

 それらが、本当に存在するかもしれないということを、誰も、否定することは出来ない。

 同時に、それらが本当に存在するという証明については、お前のように、僕といった、()()()()()()に会うことが出来た人間にしか出来ないものだけど」


 と、僕は、この世の真理について、その一端を、アーサーにも分かりやすく、教えてやる。


 たった一人が、ホラ話として、声を大にして叫んでも意味がないことを思えば、それなりに、世の中に出回って、信じられているものには、きちんとした理由があると言ってもいいだろう。


 多くの人間が、半信半疑ながらも信じているという『神』という存在は、その最たる例のうちの、一つだと言ってもいい。


 だからこそ、この世界に、精霊もいれば、ドワーフもいるのだと、誰が否定することが出来るというのだ?


 ――現に、僕は、今、ここにいる。


 『精霊』という名前は、勝手に、人間が名付けたものではあるけれど……。


「……あのっ、聞いてもいいですか?

 アルヴィンさんは、どうして、それを集めようと思ったのか……。

 やっぱり、ドワーフの作った作品は貴重で、特別であり、便利だからですか……?」


 そうして、僕の顔色をチラチラと窺いながら、アーサーにそう質問されたことについて、僕は真っ直ぐに、その目を見つめながら、答えた。


「……ドワーフの作ったアーティファクトは、一点物であることが多く、その全てが、たとえ、ドワーフの遊び心で作られたガラクタであろうとも、価値のあるものだ。

 なのに、その価値も分からぬ人間の手に渡り、偶然、何らかの形で、遺物が真価を発揮するようなことがあれば、たちまち騒ぎになってしまうだろうし、悪用されれば厄介だ。

 だから、僕が、この手で、可能な限り回収しておく必要がある」


 はっきりと出した僕の言葉に、アーサーが納得したように頷きながら……。


「それは、これから先の、俺たちが望む未来を作る意味でも、必要なことなんでしょうか……?」


 と、問いかけるように、そう言ってきたことに、僕は否定も肯定もせず、ほんの少しだけ自分の口角を吊り上げて、笑みを溢した。


 あと少し……。


 もう少しで、今まで、止まっていた状況が一気に流れ出し。


 それこそ、この国に住んでいる人間なら、誰もが動揺し、驚いてしまうような出来事があったあと、加速するように、前へと進んでいくだろう。


 その種は、随分と前から蒔いておいたから、収穫の頃合いを見て、刈り取るだけ……。


 その状況が訪れるまで、あとはもう、ほんの僅かな時間しか残っていない。


 それは、僕が待ち望んだものであり、良くも、悪くも、新たな時代の幕開けとなるだろう。


 状況を左右する大事な駒は、ルーカスの存在だが、あれもあくまでも、僕の立てた、ほんの一部の『計画』に過ぎない。


 ……きっと、もう、色々なことを天秤にかけて、悩み抜いた末に、どうするかは決めているはずだ。


 ルーカスが何よりも大切にしている存在の命が、もう、この世から消えかかってしまっている。


 それが、僕の蒔いた種に水をやる形になるのか、それとも、反抗してくる形になるのかは、たとえ、僕自身、未来の一部分を知っていようとも、蓋を開けてみるまでは、本当に、そうなるのかといったところまでは、読むことが出来ない。


 生前、無茶な使い方をしてまで、自身の能力を使い、未来視をした『マリアが提示した未来』は幾つもあって、その全てが、僕の行動も含め、無数に細かく枝分かれをして、分岐している。


 その中でも、最良の未来、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……。


 それすらも、今はもう、計画通りに進んでいるのか、そうではないのか、僕にも部分的にしか分からず、手探りで進んでいくことしか出来ない。


 だけど、どちらにせよ、僕の計画自体には、何ら、支障はないだろう。


 そのために、文字通り、今まで()()()()()()、マリアのいない、この空っぽな世界を生き抜いてきたんだから……。


 ――アリス……、その時、君は、どう思うんだろうな……っ?


 問答無用で、人生の大切な岐路に立たされた時、僕たちの未来にとって『鍵』となり得る君は、一体、どのような選択をして、どのような道を選びとっていくのだろう?

 

 それでも、どんなことがあっても、マリアが夢見た世界の実現だけはしてみせる。


 たとえ、強引に……、僕も含めて、身の回りにあるもの全て、その全てを犠牲にしたとしても……。


 僕の力で、絶対に……。



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♡正魔女コミカライズのお知らせ♡

皆様、聞いて下さい……!
正魔女のコミカライズは、秋ごろの連載開始予定でしたが、なんとっ、シーモア様で、8月1日から、一か月も早く、先行配信させて頂けることになりました!
しかも、とっても豪華に、一気にどどんと3話分も配信となります……っ!

正魔女コミカライズ版!(シーモア様の公式HP)

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1話目から唯島先生が、心理的な描写が多い正魔女の世界観を崩すことなく、とにかく素敵に書いて下さっているのですが。

原作小説を読んで下さっている方は、是非とも、2話めの特に最後の描写を見て頂けたらとっても嬉しいです!

こちらの描写、一コマに、アリスの儚さや危うさ、可愛らしさのようなものなどをしっかりと表現してもらっていて。

アリスらしさがいっぱい詰まっていて、私は事前にコミカライズを拝見させてもらって、あまりの嬉しさに、本当に感激してしまいました!

また、コミカライズ版で初めて、お医者さんである『ロイ』もキャラクターデザインしてもらっていたり……っ!

アリスや、ローラ、ロイなどといった登場人物に動きがつくことで。

小説として文字だけだった世界観に彩りを加えてくださっていて、とっても嬉しいです。

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本当に沢山の方の手を借りてこだわりいっぱいに作って頂いており。

1話~3話の間にも魅力が詰まっていて、見せ場も盛り沢山ですので、是非この機会に楽しんで読んで頂ければ幸いです。

宜しければ、新規の方も是非、シーモア様の方へ足を運んでもらえるとっっ!

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※また、表紙や挿絵イラストで余す所なく。

ザネリ先生の美麗なイラストが沢山拝見出来る書籍版の方も何卒宜しくお願い致します……!

1巻も2巻も本当に素敵なので、こちらも併せて楽しんで頂けると嬉しいです!

書籍1巻
書籍2巻

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✽正魔女人物相関図

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