411 チーム戦
あれから、エヴァンズ家の邸宅の中を歩き、ルーカスさんに案内されて、私達は、娯楽室までやって来ていた。
中は、かなり広く、サロンとして貴族の男性が寛げることが出来るようなシックな落ち着いた雰囲気で、置かれているソファーなどの家具の色味なども統一されていて、大人向けの部屋になっており。
ビリヤード台だけではなく、トランプなどのカードゲームが出来るように、カジノとかでよく置かれているような『テーブル』も、複数用意されていた。
といっても、私はカジノに行ったことがないため、初めて見るものばかりで凄く新鮮だったのだけど。
ルーカスさん曰く、あのテーブルは、ディーラーが、ルーレットに書かれた数字の上にサイコロを転がして、サイコロが止まった場所の数字を当てたり、ブラックジャックや、ポーカーなどを楽しむ場としても、使われているんだとか。
普段のパーティーの時は、きちんと、ディーラーを雇って、大人の社交場として楽しむことが出来るようにはしているらしいんだけど。
今日は、この部屋を『誰も使わない予定』だったということもあって、それらしい人の姿は、特に見当たらなかった。
ただ、代わりに、エヴァンズ家で働いている侍女の一人が、別室に常駐してくれていて、ベルを鳴らせば、注文を聞いて、わざわざ、ドリンクや、軽食などを持ってきてくれるみたい。
早速、ルーカスさんが、私達のために、ベルを鳴らしてくれて、やってきてくれた侍女に、ドリンクや軽食なども含めて、パパッと、適当に注文してくれていた。
そのあと、『一応、置いておきますね?』と、エヴァンズ家の侍女から言われて、置いていかれたメニュー表には、今日のパーティーで用意されているドリンクと、料理のメニューが、全種類記載されていて。
――その、至れり尽くせりの状態に……。
『確かに、こんな感じだったら、普段、貴族の男性がこぞって、こういう場に来たいと思うよね』と、感じてしまう。
お酒と、軽いおつまみのような物を飲んだり食べたりしながら、王都にもある『カジノ』と限りなく近い感じの雰囲気を楽しむには、本当に、もってこいの場所のように思えるし。
特に、こういう場所は……、どこの貴族の邸宅でも、居心地が良いように設計されている上に。
パーティーに招待されたお客さんの中でも『その家の当主』などから認められた、限られた人間しか入れない場所とあれば、自分が大切に扱われているのだという、特別感も出てくるものだから……。
部屋の中を見渡して、普段、見慣れない物珍しいものに、ついつい、キョロキョロとしてしまっていたら……。
エヴァンズ家の侍女が直ぐに戻ってきてくれて、ルーカスさんが頼んでくれたドリンクと、ポテトフライなどの軽食を、休憩出来るスペースとして用意されていた部屋の中のローテーブルの上に、人数分置いてくれた。
その後で、『ごゆっくりどうぞ』と、声をかけてくれて、一礼したあと、彼女は、この部屋から下がってくれる。
その姿を見送って、私達に視線を向けてくれたルーカスさんが……。
「さっき、お姫様達は、ご飯を食べてたみたいだし。
あまり今は、お腹も空いてないはずだよね……?
適当に、ゲームをしてる時も、軽食については、好きなだけ食べてくれたら良いんだけど。
折角だから、とりあえず、何かをして、みんなで遊ぼうか……?
トランプゲームでも、ビリヤードでも、俺は何でも良いけど、何がしたい?」
と、声をかけてくれたことで、私は、ルーカスさんの方に視線を向けたあと。
『私も、何でも良いです』という旨を伝えてから、みんなは何が良いのかな、と、この場にいる全員に、窺うように視線を向けた。
「うむ、トランプゲームは、アリス達と一緒に、皇宮でもしてたりするからな。
僕は個人的に、ビリヤードというのがやってみたいのだが……」
そうして、アルがそう言ってくれたことで、他は、みんな『何でも良い』といった感じだったため。
結局……、みんなで一緒に、ビリヤードをしてみることになったんだけど……。
「オッケー、分かった。
ゲーム自体は、一番、ルールが分かりやすい、ナインボールにしよう。
お姫様やアルフレッド君は、多分、初めてで、ルールが分からないだろうけど。
お兄さんは、どこかで、ビリヤードとかって、やったこととかあったりするの……?」
「いや、ねぇな……。
こういうゲームは、そもそも、貴族間同士の高級な遊びだろ?
……だけど、昔、俺のことを、傭兵として雇っていた依頼主が、自分の邸宅でやってんのを見たことがあるから、基本的なナインボールのルールくらいは把握している。
キューで手球を突いて、ボールに書いてある一番低い数字順に、手球を当てていき、手球以外のボールが、ポケットに入れば、ゲーム続行。
……入らなければ、他の人間に順番が変わる。
その中で、最終的に、9番であるナインボールを入れた方が勝ちっていう、ルールだったよな?
あと、確か……、途中で、ナインボールが、ポケットに入ったとしても……、自分の手球を一番低い数字のボールに当てていて、間接的な形であれば、ナインボールがポケットに入った段階で、勝ちにもなるんだったか?」
ルーカスさんの問いかけに、今まで過ごしてきた日々の中で『ビリヤードをしている人を見たことがある』と言ってくれたセオドアが、私達にも分かりやすく、ルールを教えてくれたところで。
「うん、それで、合ってるよ。
ナインボールが、途中でポケットに入るのは、コンビネーションって呼ばれているものだね。
……本来は、そうなんだけど、そっかぁ、お兄さん、一回だけでも、その状況を見たことがあるんだ?
だとしたら、このゲーム、お兄さんの圧勝になってしまう恐れもあるよね?」
と、ルーカスさんが、セオドアの言葉を聞いて、ほんの少しだけ苦い表情を浮かべたあとで、今回、みんなで遊ぶビリヤードの懸念点を、ぽつりと『どうするべきか……』と、困った様子で、そう言ってきたのが聞こえてきて、私は首を傾げてしまった。
『一体、どういう意味なんだろう?』と、そのことを不思議に思っていたら……。
「お姫様、よく考えて。
……ダンスだって、一回、見ただけで、その動きを完璧に再現できて踊ることが出来るくらい、身体能力に優れているお兄さんなんだよ?
どう考えても、ナインボールのルールなんて、お兄さんにとっては、あまりにも、簡単なゲームになっちゃうでしょ?」
と、続けて、ルーカスさんに『力説』されてしまったことで、ようやくそこで、私自身も納得することが出来た。
確かに、そう言われてみれば、セオドアの身体能力を持ってすれば、一番難しいとされる『ブレイク ランアウト』と呼ばれている、1回のプレイで、1から順番にミスをすることもなく、9までの数字が書かれたボールを、ポケットに入れるということも、難なく出来る気がするし。
自分の手球を、一番小さい数字のボールに当てて、その球を『9番の数字が書かれたボールに当てる』ことで、ビリヤード台にあるポケットの中に落とすような芸当も、セオドアなら、本当に、簡単に出来てしまう気がする。
そう考えたら、セオドアがいることで『全くゲームにならないかもしれない』というルーカスさんの懸念については、私自身も、理解出来るものだった。
「だからさ。……お兄さんに、ハンデを付けるっていう意味でも、本来は、先行、後攻として、二人で対戦するものでもあるんだけど。
今回は、人数が多いこともあって、チーム戦にしない?」
その上で、ルーカスさんに提案されたことに対して『チーム戦ですか?』と、私が目を瞬かせながら、問いかけると……。
ルーカスさんは、目の前で、こくりと頷きながら……。
「そう……っ!
今回の、ナインボールのルールを、少しだけ変則的なものにして。
一番小さい数字のボールから順番にポケットに落としていくだけにして、途中で、ナインボールが落ちたとしても、他のボールが落ちたとしても、それは、ファール扱いとするっていう縛りを設けるんだよ。
目的のボールが、ポケットに入らなかった時点で、違うチームに交代ね……?
……んで、ビリヤードの基本的なルールとして、ポケットにボールが落ちれば、その時点で、もう一度、手球を、次に小さい数字のボールに当てて、プレイを続行出来るっていうルールがあるんだけど。
……このルールについては、このままにしよう。
その上で、チーム戦として、2対2対2の3チームに分かれて、ポケットにボールを落としたあと、同じ人が手球をキューで突かずに、チームにいるメンバー同士で、交代交代にするってのはどうかな?」
と、私達に向かって、更に、新しく取り決めたルールについて、詳しく説明してくれた。
説明だけだと、ほんの少し、分かりにくいようにも感じてしまうけど……。
例えば、私とセオドアが一緒のチームだったとしたら、セオドアが『キュー』と呼ばれる棒のような専用の道具で手球を突き、一番のボールに当てて、そのボールを、ビリヤード台の四隅と左右中央にある『ポケット』のどこかに落としたとする。
そうしたら、続けて、そのチームが、ゲームを続行することが出来て、2番のボールを落とすチャンスはもらえるものの、今度はチーム内で交代して、私が2番の球を狙わないといけなくなるということなのだと思う。
因みに、ビリヤードの基本的なルールとして、球をポケットに落とすことが出来なかったら、その時点で、対戦相手に『順番が移る』らしく。
また、何かの拍子で間違って、自分の手球がポケットに落ちてしまった場合は『スクラッチ』と呼び、手球が、数字の書かれた的球に当たらない『ノーヒット』と共に、ファール扱いとされて……。
次のチームに順番が移るだけではなく、次のチームは、手球を好きな箇所に動かして、そこから、プレーを再開する権利が得られるみたい。
ルーカスさんが、今『関係のないボールがポケットに落ちてしまった場合も、ファールとする』と言ってくれたのは、これのことなんだろう。
本来のナインゲームとは少し違い、変則的に、ルーカスさんがルールを追加してくれたものの。
ビリヤードの簡単なルールと共に、ルーカスさんが提案してくれたことについては、全く異論もなく、私は素直に、同意するよう、こくりと頷き返した。
「それで、チーム戦なんだけどさ。
多分、俺と殿下とお兄さんは、上級者の部類に入るだろうから、俺たちの誰かと、ギゼル様、お姫様、アルフレッド君といった割り振り方で、チームを作ったら良いと思うんだけど、どうかな?」
それから、ルーカスさんにそう言ってもらえたことで、確かにその案なら、戦力差としては『大きなバラツキも生じないかも』と感じるし、良い案かもしれない。
そこで、はたと、私やアルは全くの初心者だけど、ギゼルお兄様は、ビリヤードをやったことがあるんだろうかと、疑問に思ってしまったものの。
パッと見た雰囲気では、ギゼルお兄様自身も、ルーカスさんからの『ルール説明』を、凄く真剣に聞いていたから、ビリヤードは、あまりやったことが無さそうだと感じられて……。
アルと、ギゼルお兄様と私とで、初心者の三人と、セオドアは経験者じゃなくても『出来るだろう』と思われてのチーム戦ということで、そこそこ、良い勝負にはなりそうだった。
「因みに、ここは、固定になっちゃうと思うけど、お姫様は、お兄さんとのコンビにしよっか?
多分だけど、力の関係で、お姫様はどうしても、男の俺たちに比べると、パワー不足で球を弾く力が弱くなってしまうと思うから、一番出来そうな人とコンビを組むのが、リカバリーが出来るという意味でも良いと思う。
俺や殿下も、そういう意味では、ビリヤード上級者だし、お姫様のフォローも難なく出来ると思うんだけど。
……何て言うか、お兄さん、滅茶苦茶、ビリヤード、上手そうだしさっ! ここは、保険としてもね?」
そのあと、ルーカスさんにそう言われて……。
問答無用で、セオドアとチームになってしまったことに、私自身は『別にそれで良い』というか、セオドアとチームになるのは、普通に嬉しかったんだけど。
セオドアもまさか、ビリヤードをやったこともない自分と、全くの初心者である私が組むということになるとは思ってなかったのか、ビックリした様子で……。
「俺は、姫さんと一緒のチームなのは、滅茶苦茶、嬉しいし……。
何なら、姫さん以外が、俺とチームになるのは嫌だったから、別に、それで異論はないが……、一応、俺も、初心者だぞ?
一度もやったことがないのに、過大評価されまくってんのは、どうなんだ……?」
と、ウィリアムお兄様とルーカスさんに向かって、ほんの少しだけ眉を顰めたあとで、問いただすように声をかけたのが聞こえてきた。
「は……? ……ここまで来て、一体、何、巫山戯たことを、堂々とぬかしてきてるんだ?
お前は、ただ、初心者の皮を被っているだけだろうが?
こんなところで、いきなり、何も出来ないような雰囲気を醸し出して、初心者ぶってくるな」
「そうだよ……っ! 殿下の言う通りっ!
そんな風に出来ないことを装ったって、俺達は、絶対に騙されてなんかあげないんだからねっ!
ボールを弾くようなショットを成功させるだけでも、初心者からしたら難しいものだったりするけど……。
お兄さんは、そういう基礎のショットとかも、絶対、一回、見ただけで、完璧にこなして見せるでしょっ!?
一応、俺か、殿下のチームが先攻として、一番最初にやって見せるから、お兄さんは、それを見てやってくれれば、それがハンデになるから……!」
ビリヤードについては、自分もやったことがなくて、私達と同様に、『初心者』だと主張するセオドアのその意見を、ウィリアムお兄様とルーカスさんが、非難囂々の様子で、バッサリと切り捨てたあと。
ルーカスさんが自分の名前と、お兄様の名前が書かれた紙を箱の中に入れ、くじ引きを用意してくれて、ギゼルお兄様とアルがその紙を引くことで、私と、セオドア以外のチームを決定してくれると……。
ギゼルお兄様がルーカスさんと同じチームに、アルがウィリアムお兄様と同じチームになっていて、私的には結構、珍しい組み合わせで、思わず、新鮮な気持ちを抱いてしまった。
「ふむ、僕と、同じチームになったのは、ウィリアムか。……宜しく頼む」
「あぁ、アルフレッドか、良い勝負にしよう」
「ギゼル様、俺と一緒のチームだね……っ! 仲良く頑張ろうね!」
「あの……、ルーカス殿、俺、本当に、……、本当にっ、ビリヤードに関しては、あまりにも初心者すぎるのでっ。
兄上のようにはいかず、もしかしたら、ルーカス殿の、足を引っ張ってしまうことになるかもしれません」
そうして、どことなく、カチコチと緊張して、ルーカスさんに謝っているギゼルお兄様に、私自身も同様の気持ちを抱きながら……。
「セオドア、ごめんね?
私も、もしかしたら、セオドアの足を引っ張ってしまうかもしれない……っ」
と、しょぼんと、落ち込みながら声を出すと……。
「大丈夫だ、姫さん。
……そんなこと、気にする必要なんて、どこにもねぇよ。
俺自身も、ビリヤードに関してはやったことがなくて初心者だし、勝敗だけが全てな訳じゃねぇから、気楽な感じで、一緒にゲームを楽しもうな?」
と、優しい口調で、セオドアが、私のことを励ましてくれた。
その言葉に、心の底から嬉しい気持ちが湧き出てきて、私はホッと胸を撫で下ろしたあと、セオドアの言ってくれたように、勝敗については、二の次にして、とりあえず、ゲームを楽しむことにした。
それから、一応、エヴァンズ家の娯楽室にあるビリヤード台を使って、ルーカスさんが子供の頃に使っていたという、子供でも持ちやすい『軽いキュー』を用意してもらって、ギゼルお兄様と、アルと共に、軽く練習をさせてもらったあと。
チームの代表者がジャンケンをして、ブレイク権(ゲームが出来る権利のこと)を賭けて、ゲームをする順番を決めれば……。
最終的に、ジャンケンの勝敗順として、手本を見せるという意味でも、ウィリアムお兄様とアルのチームが一番最初に、私とセオドアは2番目に、ルーカスさんとギゼルお兄様のチームは3番目にショットを打ち、順番を回していくことになった。
因みに、私とアルに関しては、ビリヤード台まで身長が届かないということで、わざわざ専用の『乗る台』まで用意してもらえていて、凄く有り難かったのだけど……。
――いざ、自分が本番として、実践形式で、ビリヤードをするとなると、途端に緊張してきてしまう。
ゲームの開始は、ブレイク権を獲得した人が、数字が書かれた的球を並べるところからスタートする。
今回の場合は、一番最初にブレイク権を獲得したウィリアムお兄様が専用の『ラック』と呼ばれるものを使い、ナインボールの初期配置として、ビリヤード台に、ボールを丁寧に組んでくれたのが見えた。
また、一番最初のショットは『ブレイクショット』と呼ばれ、ビリヤード台の上に、固まったボールを散らばすという意味で、普通にキューで手球を突いて、ボールを各ポケットの中に落とすだけの時よりも、相当な技術が必要とされるらしいんだけど。
ゲームが開始され、張り詰めた緊張感が漂ってきた『この空間の中』でも、いつもやり慣れているからか……。
ウィリアムお兄様が、一番の数字が書かれているボールを目がけて、手球を、コンっと、キューで突いてくれると。
瞬間……。
そこから良い感じに、数字の書かれたボールが、ビリヤード台の上に、ばらけるように広がっていくのが見えた。
その際、3番と7番のボールが、ポケットの中に入り……。
この1ゲームに関しては、3番と7番のボールが欠けた状態で『1、2、4、5、6、8、9』の順番に、ボールをポケットに落としていくことになる。
ルーカスさんがさっき言っていたように、コンビネーションとして落ちた9番のボールに関しては、今回のルールに限っては、勝敗を左右しないものとして考えるということで。
私達は、一個ずつ小さい番号のボールを、順番にポケットに落として行って、最後に、ナインボールを落とせれば、そのボールを落とした『チーム』が勝ちとなる。
また、最初の一球であるブレイクショットに関しては、どのボールを『ポケット』に、落としても良く。
今は、ウィリアムお兄様が3番と7番のボールを落としたため、まだ、ウィリアムお兄様のチームが『ブレイク権』を持っていて、今度は、同じチームであるアルに出番が回ってくる、といった感じになるらしい。
ルールに関しては、私でも、ルーカスさんに事前に教えてもらっていた通り、直ぐに把握することが出来た。
お兄様の指導のもと……。
台の上に乗って、お兄様が、今放った、ブレイクショットにより、転がった手球と、一番のボールの位置を見ながら、真剣になって『一番のボール』を、どこのポケットに、どうやったら落とせるかというのを、頭の中で、一生懸命、考えている様子のアルに……。
私は、チームが違うとはいえ、アルに向かって『アル、頑張って……!』と、応援するように声援を送る。
私がアルに向かって、真っ直ぐに視線を向けて応援していたら、隣で苦笑した様子のルーカスさんから……。
「……お姫様、本当に、優しいねっ……?
これ、一応、勝負だから、自分のチームだけを応援すれば、それで良いのに」
と、言われてしまった。
「うむ、アリス、案ずることはないぞ。先発は、僕に任せろ……っ」
そうして、要領が良く、飲み込みの早いアルが、違うチームにも拘わらず、私に対して、張り切りながら『任せてくれ!』と、声を出してくれたあとで。
手球をキューで突くと、一番のボールには当たったものの、惜しくも四隅にあるポケットには入らず、近くの壁部分に当たって、止まってしまった。
「惜しいな、アルフレッド。
もう少し調整して、力を強めに込めれば、一番のボールを落とすことが出来たと思うぞ」
「……むぅっ! 成る程な、今の一投で、おおよその要領は掴むことが出来た。
だが、これは、中々に、奥が深い代物だな……っ?
直接、一番のボールを、キューで突くことが出来る訳じゃないから、手球にキューを当てるのに、どれほどの力の配分を加えて、数字の書かれたボールに当てれるかということが、肝になってくるのか……。
位置なども、細かく調整せねばならぬことを思うと、攻略には、随分と骨が折れてしまうようにも感じるな」
ウィリアムお兄様に、励ますような言葉をかけられたあと……。
冷静に、自分の今の一投の何が悪かったのか、このゲームの分析をし始めたアルに『研究者気質なのがここでも、発揮されてる……!』と、私は、思わず、びっくりしてしまった。
「マジかぁっ! 最初のショットが、これか……っ!?
アルフレッド君、本当に、要領、良すぎじゃない?
確かに、一番のボールは落とせなかったけど、君、それで、初心者なのっ?
もう少し練習すれば、難なく出来るようになるでしょ?」
その上で、ルーカスさんが苦笑しながら、アルに対してかけてきた言葉に、私自身も、思わず納得して、同意してしまう。
【初めてとは思えないくらい、本当に上手だったし。アル、凄い……っ!】
「……それで、あの……、ルーカスさん。
次は、もしかして、私とセオドアのチームの番になるってことなんでしょうか?」
そのあとで、私がルーカスさんに向かって問いかければ、『うん、アルフレッド君が、一番の球をポケットに落とせなかったから、そうなるね』と、にこりと微笑んだルーカスさんが、此方に向かって答えてくれた。
セオドアとも、どっちが最初に打つか相談した結果、アルがキューで突いた手球が転がっている位置から、一番のボールをポケットに入れるのに、まさに『絶好のチャンス』とも思える位置だったこともあって。
――セオドアが私に順番を譲ってくれて、まさかの私からゲームをすることになってしまった。
四隅と左右真ん中に、合計で6つ用意されているポケットの中でも、右端の角のポケットに入りそうな位置で、手球と一番のボールが丁度良い感じで、並んで置かれている。
台の上に立って、ドキドキしながら、さっき軽く、ルーカスさんとお兄様に教えてもらったキューの扱い方を意識しつつ、私は、あまり力をかけず、軽い感じで、ポンッと、手球をキューで突いた。
瞬間、手球が当たった一番のボールは、コロコロと見事にポケットの中に入り、尚且つ、手球もちゃんと、ビリヤード台の上に残すことに成功して……。
練習の時も含め、初めて、ポケットの中にボールを入れることが出来たことで、私は思わず台の上で、興奮した気持ちが抑えられなくて、はしゃいだあと、みんなに視線を向けてしまった。
「わぁぁ、っ……、! 見て、見てっ……っ!
練習の時も含めて、初めて、ボールがポケットの中に入ったよ……っ、!?」
「姫さん、ナイス……っ!
力の入れ具合も丁度良くて、凄く上手だったな?」
多分、もの凄く順番に恵まれていたこともあり、最初に、一番のボールをポケットの近くまで運んでくれていたアルのお陰でもあるんだけど。
初めての実践形式の勝負で『こうして、ポケットにボールを入れることが出来て嬉しいな……』と感じていたら、セオドアが私がはしゃいでいるのを見て、柔らかい表情を向けてくれながら、ハイタッチをしてくれた。
その上、何故か、チームが違うアルも『僕とアリスの共同作業だなっ!』と、まるで、自分のことのように喜んでくれて。
私も、それに同意するように『うん、アルのお陰だよ』と声を出す。
ほのぼのとした私達の遣り取りに、『まぁ、こんな和やかな勝負も悪くないか』と言ってくれたルーカスさんが……。
「アルフレッド君が、良い位置に、一番のボールを転がしてたってこともあると思うけど、初めての対戦で、ポケットに、ボールを入れることが出来るのは凄いことだよ。
緊張している初心者だと、手球を突くのに滑るようなこともよくあるからね。
っていうか、あぁ……、次は、お兄さんの番か……」
と、私に向かって、褒めてくれたあと、お手並みを拝見したいなと言った感じで、セオドアに視線を向けるのが見えた。
それから……。
今度は、真剣な表情を浮かべたセオドアが、私が突いて転がした手球の位置から、2番のボールを狙ってくれる。
場合によっては、手球の位置からは他のボールが邪魔して、目的のボールを狙えないという場合もあるんだけど、必ず、目的のボールに手球が当たらないと『ファール扱い』になってしまうから、そういう意味でも、このゲームを難しくしていると思う。
ただ、セオドアが今、狙ってくれている2番のボールに関しては、さっき私が落としたボールである一番とは反対に転がっており、比較的、狙いやすい位置にあった。
「……多分、ここだな」
ぽつりと、セオドアがそう言って、私と同じ初心者とは全く思えないくらい、思わず、見蕩れてしまうほど、綺麗な動作で、手球をキューで突いてくれる。
コンっという、良い音がしたかと思ったら、それは一直線に、二番のボールを目がけて進んで行き、二番のボールを弾くと、弾かれたボールは、ビリヤード台の壁に当たって、丁度良い角度で、コロコロと四隅にあったポケットの中に吸い込まれていった。
「……うわー、っ! やっぱり、そうか!
……俺と殿下の読み通りだったでしょっ!?
お兄さんは、初心者のフリをした、経験者のようなものだって……。
ビギナーズラックだとか、そういうものでもない訳じゃんっ!
今の、絶対に、緻密に計算された上での一投だったよねっ!?」
「あぁ……、そうだな。
俺も、自分で、実際にやってみて感じたが、ビリヤードってのは、結構、俺の得意分野かもしれねぇな」
「お前の場合、最早、得意分野とか、そういう次元のものでもないだろう?」
「まぁ、それについては、否定しねぇけど……。
だが、手球とボールの位置によっては、物理的にポケットに落とすのが不可能な場合もあるし。
……順番によっては、ボールの位置ってよりも、手球の位置が、最終的にどこに行くかってのも、かなり重要な要素になってくるな。
ボールをポケットに落とすのに失敗した時は、手球の位置と次に落とすボールの位置で、別のチームの難易度も、大きく左右されてくる訳だしな」
「ちょっと、殿下に言われて、冷静に分析してる場合……っ!?
俺も、殿下も、人よりも、ビリヤードに関しては、かなり上手い方だと思うけどさぁ……。
これ、ハンデがハンデになってないっていうか、ナインボールの時に、お兄さんに順番が回ってきたら、マジで、ヤバくない?
本気で、入れられちゃうリスクが、高まってくるよ……!」
セオドアの一言に、ルーカスさんが、どこまでもげんなりとした様子で、私達の方に向かって声をかけてくる。
その言葉に、確かに、セオドアは一人いるだけで、本当にゲームのバランス自体を崩しかねないくらいの『バランスブレーカー』だなぁと思う。
一緒に組んでいると、凄く心強いけど、敵になってしまうと本当に恐いなぁと感じてしまうくらい……。
どちらかというと、私が足を引っ張る可能性の方がどうしても高いと思ってしまうから、セオドアと一緒のチームにしてもらえて、本当に良かったな、と感じながらも……。
私は、セオドアが2番のボールを入れてくれたことで、まだ、私達が『ブレイク権』を持っているから、ドキドキしながら、今度は、ビリヤード台の上の3番を狙って、ポケットに落とすことにした。