408 紹介で声をかけてきた人
私とアルとセオドアの三人が、エヴァンズ家のホールの中に用意されている食事を取りに行く間、みんな、この場では一切、口にはしなかったけど……。
最初に皇族の全員が揃った時に、ルーカスさんと、テレーゼ様の様子には特に注視して見ていたと思う。
ただ、ルーカスさんも、テレーゼ様も、あの場では二人で『何らかの会話をする』ようなこともなく。
また、エヴァンズ侯爵夫妻も、特にテレーゼ様に対しては、何の発言もするようなことがなかったから、あの場面だけでは、結局、何も分からなくて。
それは、アルもセオドアも同様だったみたいで、アイコンタクトのみの私の問いかけるような視線に『二人とも何も分からなかった』と、それぞれに首を横に振って教えてくれた。
それと……。
黄金の薔薇の薬瓶のことで、エヴァンズ夫妻がありがとうという感謝の気持ちを込めて、わざわざ、私にお礼を伝えに来てくれていたから……。
もしかしたら、私が来る前に、他の皇族が揃っている場面では、エヴァンズ夫妻からテレーゼ様に対して、私のデビュタントでも侯爵が『テレーゼ様には良くしてもらっている』と言っていたように、お礼のようなものがあったのかもしれないし。
その場面さえ見ることが出来れば、私達の仮説である、ルーカスさんが、テレーゼ様に対して『本当に恩義を感じているのかどうか』なども、タイミングが合えば分かるかもしれないと思っていただけに、ちょっとだけ残念ではあったものの。
私が来る前のことに関しては、正直に言って、絶対に見ることが出来ないものだから、仕方がないなぁ、とも思う。
そのうち、気づけば、みんな、それぞれに知り合いの貴族達と会話をして対応をしなければいけなくなってしまって、いつの間にか、私の傍からは離れてしまっていたし……。
ひとまず、そのことは頭の片隅に置いておきながらも、私は、折角、エヴァンズ家が用意してくれている『目の前の食事』を選ぶことに、意識を集中させることにした。
私の横で、ワクワクした様子で、取り皿にバジルソースのパスタを盛り付けているアルを横目に見ながら、私はクリームソースのパスタを、先ほど取ったサラダの横に、ちょっとだけ盛り付ける。
他にもトマトソースや、ミート系のソースなども用意されているみたいだったけど、こういう立食形式のパーティーで、食事をがっつりお皿に取っているような人は本当に極稀だ。
一応、食事に関しては、食べてはいけない決まりなどもなく。
寧ろ、夜に開かれているパーティーとのことで、来場者の夜ご飯も兼ねてと用意してもらっている以上は、ドリンクか食事に、みんな、一度は手をつけて、お皿に取るのが推奨されてはいるものの。
特にパスタとかだと、食材が歯にくっついたりしてしまうと、周りの人と話す時に、エチケット的な問題が出てきてしまうから、不人気なのだと思う。
こういう時も、一応、前菜として用意されているものから、順序立って取っていくのが『マナーの基本』とされているけれど。
ホールの中に用意されている食事が置かれたテーブルには、殆ど誰もおらず、そこまで、明確なマナーを気にしなくても良さそうな雰囲気だった。
私自身は、結局、マルティーニ家から誘われた御茶会でも、お茶菓子のフィナンシェに下剤が入れられていたため、食べることは出来なかったし。
今日、一日、色々なところへ行って動いているからか。
お腹は、結構、空いていたものの、あまり食べるとあとに響きそうだから、なるべく少量を取って食べることにして。
アルとセオドアと一緒に『どれにしようか?』と言いながら、食事を厳選して選ぶことにした。
ハッキリ言って、今まで、巻き戻し前の軸の時に参加したパーティーなどでは、立食形式の時も含めて、独りぼっちだったから……。
こうやって、目の前の料理を、ああでもない、こうでもないと一緒に、みんなで選ぶことが出来るというのは、素直に嬉しい。
昨日の夜会では、お父様が私のパートナーとして、一緒に来てくれていたけれど。
……今日は、それもなくて、セオドアとアルという気兼ねのない2人と、一緒に行動することが出来ているから、そういう意味でも気分的には楽だった。
「うむむ、一皿に盛り付ける分には限りがあるのか……っ。
これは、一体、どれを取ればいいのか、もの凄く悩む問題だな……っ!」
私の隣で、一体、どれを取ろうか、人間のマナーを守ってくれつつも、悩ましい表情を浮かべて、吟味するように、目の前の食事にあれこれと視線を向けているアルを見ながら。
「そういや、姫さん……。
ブランシュ村で出会った、ヒューゴの幼なじみに貰った薬瓶、いつの間に、アイツに渡してたんだ? 貴重なものだから、わざわざ、人に譲らなくても良かったと思うが……」
と、問いかけるように、私のことを心配してくれながら、ルーカスさんに対して『薬瓶を渡していたこと』について、そう言ってくれるセオドアに感謝の気持ちを抱きながらも、私はふるりと、首を横に振った。
多分、私が魔女だから……。
能力の反動で血などを吐いた時には『黄金の薔薇』で作ったあの薬が有効で、人に譲るようなことはしなくても、自分で持っていた方が良かったんじゃないかと、気にかけてくれているのだと思う。
「ありがとう、セオドア。
でもね、私の分も少量残した上で、お裾分けしたものだから、大丈夫だよ。
むしろ、私もベラさんに譲り受けたものだから、どうせなら、自分だけが独占するんじゃなくて、必要としている人の手元に渡ったら、良いなぁと思って……」
にこり、と微笑みかけながら、セオドアの顔を見上げて、真っ直ぐにそう伝えると、セオドアも私の言葉には納得してくれたみたいで。
『そういうところ、本当に、姫さんらしいよな』と……。
どこか、呆れたようには言われてしまったけれど、私のことを心配してくれただけで、その行動について、否定的な訳ではないというのは、セオドアの表情を見れば、一目瞭然だった。
そうして、私達が、エヴァンズ家のホールで、みんなでそんな遣り取りをしながら、美味しい食事を楽しんでいると。
暫く経ってから……。
「あぁ、お姫様、いたいたっ! 探したよ~!
みんなで、食事をとっているとは思わなかったからさっ……!」
と、挨拶回りを終えて、この広い会場の中で、私の姿を探してくれたのか……。
私達の下へとやって来たルーカスさんから声がかかって、自分が今、持っていた料理の取り皿をテーブルの上に置かせてもらったあと、私は声のした方へと振り返る。
見れば、ルーカスさんの隣に、こういった貴族のパーティーにはあまり相応しくないといってもいい感じの。
腕まくりをした白シャツに、サスペンダーという出で立ちで、パイプタバコを咥えているという40代くらいの渋めのおじさんの姿が見えて……。
私は初めて出会ったその人に、思わず目を瞬かせてしまった。
ここ数日、宮廷伯の面々も含め……。
『何だか年齢層が高い人達にばっかり会っているなぁ』と感じながらも、この場に、ルーカスさんと一緒に来たということは、この人が私に用事があるのだということに他ならないだろうし。
ルーカスさんも『紹介する意味』で、この人を私の下に連れてきたのだろうと把握して……。
「ルーカスさん、その人は……?」
と、問いかけるように声を出せば。
「お目にかかれて光栄です。帝国の可憐な花にご挨拶を。
……私、トーマスというものでして。普段は、このような仕事を生業にしています」
と、一見、強面にも見えるそのおじさんは、茶目っ気たっぷりな様子で口からパイプタバコを外し、ニコッと笑みを溢したあと、自分の胸ポケットの中から名刺を取りだして、私に差し出してきてくれた。
そのことに、普段から『名刺を使っているような職業の人なのか』と感じつつ……。
貴族の人達は顔を覚えておかなければいけないことが基本だから、人から名刺をもらうこと自体があまりない私は、驚きながらも、渡された名刺に、アルとセオドアと一緒に視線を落とした。
そこには……。
『皇宮御用達の新聞記者、トーマス』
と、書かれていて、私は名刺と『その人の顔』を確認するように、交互に二度ほど見たあとで、ビックリしてしまった。
「皇宮ご用達の新聞記者……、トーマスさんですか?
……ということは、もしかして、お父様の執事でもあるハーロックとも、お知り合いで……?」
思わず、その経歴に驚きつつも……。
皇宮とも縁の深い新聞記者というのには、一人だけ心当たりがあったため、ハーロックがいつも言っている記者なのかと、問いかければ。
彼は私の詮索するような質問に、特に嫌な表情も一切見せずに、胸元に手を当てながら、貴族がよくする礼を仰々しく取ったあとで。
「はい、ハーロック殿には、よくお世話になっています。
基本的には、持ちつ持たれつの関係ですが、国の事件や皇宮の情報なども含めて、お金になる良い情報を、いつも、しっかりと教えてくれていますからねっ!」
と、一切、自分の利になっていることを隠そうともせずに、堂々と、明け透けな言葉を返してきた。
「また、今回の建国祭前に、王都でも一番の話題をかっさらった、ファッションショーでのことも、皇女様には大変お世話になりましたっ!
ハーロック殿には、勘違いされるような記事を書くなと、大分、こってりと絞られてしまったのですが。
皇女様がジェルメールとシベルという、王都でも5本の指に入るくらい有名なファッション店の間に挟まれて、ショーの優勝賞品になったことで。
そのことを大々的にスクープとして取り上げた、うちで発行している記事が飛ぶように売れて、本当に儲けさせて頂きました。
それと同時に、皇女様が陛下に進言したという、王都で流行りの詐欺についてもある程度、陛下が解決に乗り出していると、皇室を立てた上で、良質な記事が書けたことも含めて……。
是非、一度、皇女様にはお礼を伝えたいと思い、こうして、ルーカス様に紹介してもらえないかとお願いした次第です」
その上で、ほんの少しだけ、芝居染みた表情を浮かべながら、にこにこと此方に向かって気さくに事情を説明してくれるトーマスさんに、私は嫌な感じはあまり覚えなかった。
セオドアやアルも初めて出会う人だからと、彼のことを一瞬だけ警戒はしてくれていたものの。
ルーカスさんの紹介ということもあって、フレンドリーな様子で接してくれるトーマスさんに毒気が抜かれた様子で、警戒するのを緩めてくれていて……。
「そうそう。……彼については、俺自身も、個人的に深い関わりがあってね。
今日のパーティーにも、俺が招待したんだよ。
……基本的に、ビジネスライクで、守銭奴な人だけど。
だからといって、情が一切ない訳でもないし、こう見えて、何が良くて何がダメなのかの線引きについてもきちんとしているし、取引先のことは、大事にしてくれる人だから、安心してくれたら良いよ。
今夜の夜会に、お姫様が来ているのなら、一度はご挨拶をしたいって、せがまれちゃってさぁ……」
そうして、苦い笑みを溢しながらも、ルーカスさんが私に向かって、トーマスさんのことを紹介してくれたことに関して、私は驚きに目を見開いてしまった。
『ビジネスライクで、守銭奴な人』という台詞に、褒めているのか、褒めていないのか、全く、よく分からないその姿からは、トーマスさんとルーカスさんの間に、気安さみたいなものは感じるし。
昨日、今日、知り合ったような間柄ではないのだろう、ということは窺えたんだけど。
――だとしたら、エヴァンズ家が何らかの情報を流す時などにも、お世話になっている人なんだろうか……?
どちらにせよ、お兄様以外で、ルーカスさんの親しい交友関係にあたる人を初めて見たなぁと思いながらも。
ルーカスさんは基本的に誰とでも、分け隔てなく、フランクに接することが出来る人だから『交友関係が広くても、全然可笑しくはないな』と思う。
「そうだったんですね……!
私のことはともかく、お父様が今、積極的に事件解決に乗り出している王都での詐欺のことも記事に書いて下さって、ありがとうございます」
どちらにせよ、私がファッションショーのことで『話題の中心』になってしまったことは、ともかくとして。
お父様が解決に乗り出している『詐欺事件』については、貴重な記事を書いてもらって……。
国に住んでいる一般の人達にも注意喚起として広めてもらっていることに、有り難いなぁという感謝の気持ちしか湧いてこなくて、改めて、ここでお礼を伝えると。
私のその態度にビックリした様子で、トーマスさんが、目の前で大きく目を見開いたのが目に入ってきた。
「いやぁ……、ハーロック殿からも、皇女様のことについては、兼々、聞いていましたが、皇女様は、本当に以前、出回っていた情報とは違い、私共のような、人のネタを糧にして生きているような人間にも、分け隔てなく、真摯に接してくださるんですね?
私自身は、ジャーナリストの精神に則って、自分がきちんと裏をとって、事実だと把握しているもの以外は載せないという心情を持っていますので。
皇女様の不利になるような情報などは、載せてきてはいませんでしたが。
ハッキリ言って、今までの皇女様のことを思えば、記者と聞いただけでも拒絶反応を示したとして、何ら可笑しくないことだと思いますのに……」
その上で、私の対応について、どうしてそういうふうに思ったのかなどを、はっきりと口にしながら、そう言われてしまって……。
私も、その言葉に、さっきまでは何とも思わなかったけど。
『確かにそうだな』と、トーマスさんに、かけられた言葉を聞いて、今更ながらに実感してしまった。
ただ、以前の私が『あれこれと、あることないこと記事に書かれていた』というのは、確かではあるものの、ある意味、それは、仕方がなかったとも思えるし。
トーマスさんは、書いてはなかったみたいだけど、私の記事に関しては、根も葉もないものから、多少、真実味を帯びているものまで、それこそ数多く、出回っていたこともあり……。
――その全てを覚えている訳でもなく。
そこまで、誰か、特定の記者に向かって、私怨のようなものを抱いている訳でもないから、特に何も感じなかった。
「まぁ、最近の皇女様のご活躍を思えば、今まで根も葉もないようなことを書いて貶していた記事の発行元も、かなり、信用がガタ落ちしてますけどねぇ……。
お陰で、私のところは、二重の意味で、得をさせて頂いたようなものです」
それから続けて、苦笑するように『新聞業界の事情』を赤裸々に話してくれるトーマスさんに、その台詞について、私がどういう意味なのかと、驚いていると……。
どうやら……。
水質汚染の件などについても、宮廷伯であるブライスさんに頼まれて、私が解決に尽力したということを、トーマスさんが記事に取り上げてくれていたらしく。
それで……、この建国祭の間に開かれた勲章の授与式で、スラムの問題を解決したギゼルお兄様と共に、私もお父様から表彰されたことで。
表彰された人間は、たとえ、どのような身分であっても、その名前の一覧が『翌日の新聞に載る』のが通例らしく……。
お父様に、私が『詐欺事件について解決して欲しい』と。
今、王都でこんな話が出回っていると、その解決をお願いしたことなども含めて、一つ、一つは、些細な記事であっても、じわじわと、効果的に、国民達の間で……。
私自身が、赤という差別の対象となる色を持っている皇女ではあるものの。
自分の立場を弁えて、率先して国のために力を尽くしているのだと、広く世間一般の人達にも知れ渡ることになり、トーマスさん曰く、人気が高まってきているとのことだった。
それに加え、元々、ジェルメールで、洋服のデザインの方で有名になっていたこともあり。
今、王都の流行を作っているのは私であると、貴族の人を中心に話題を呼び、王都で暮らしている裕福層の庶民にも、そっち方面で知られていて、ファンに思ってくれるような人もいたみたい。
そういう訳もあって、今回の建国祭で開かれる『ファッションショー』のチケットの倍率は凄いことになっていて、例年にはなかったはずの立ち見席も、急遽、設けられることになったのだと、トーマスさんに教えてもらえた。
どうりで、建国祭初日に行われたパレードで、私にも好意的な視線を向けてくれる一般人の人が多くいた訳だ。
勿論、差別的な視線が完全になくなっているかと言われたら、そうとは言えないけど。
それでも、私のことを見て、忌避感を持つこともせずに、好意的な視線が増えてきたということは……。
魔女などで能力を持っている人達や、赤茶系の髪や目を持つ人のためにも、今後、彼等が差別の目に晒されることなく『シュタインベルク国内で、安全に暮せることが出来る社会』の実現に、一歩前進することが出来ただろうか。
あのときも、ブライスさんとジェルメールのデザイナーさんのお陰かな、と思ったけど、そこにトーマスさんも絡んでくれていただなんて、思ってもいなかったな……。
「まぁ、そのお陰で、今は魔女狩り信仰派の貴族が、かなり失速してしまっている印象ですけどねぇ……。
ここだけの話、テレーゼ様のことを応援している幾つかの派閥の中でも、大きい顔は出来なくなっているみたいですよ」
そうして、トーマスさんの口から、テレーゼ様のことについて、ポンと、気軽な雰囲気で出てきた、あまりにも重要な情報に、私は驚いて目を瞬かせてしまった。
【言われてみれば、私の名声が高まってくるということは、そういう人達のことを牽制する意味でも一役買っているのかな……?】
巻き戻し前の軸の時は、皇宮での私の立場が、どんどん悪くなっていくに連れ、彼等の声も大きくなっていってしまっていたから、そう言われると、凄く不思議な感じがしてきてしまう。
お母様が亡くなって以降は特に、彼等の声が大きくなって……。
私が皇族であることにすら『反対の意を唱えてくるような人達』で、溢れかえっていた記憶もあるから、そういう意味でいっても、今回の軸では、一度もそういった声を噂としても聞いていない分だけ、恵まれている方なのだろう。
セオドアや、アルといった大切な人達が増えてくれたお陰で『私の人生としても、凄く良い方向に転んでいるなぁ』と、今、ここで、改めて、トーマスさんに教えてもらえて、知ることが出来たのは、かなり大きかったと思う。
トーマスさん自身には、特に他意などはなかったのかもしれないけど。
やっぱり、記者の人だから、そういうことには人一倍詳しいんだろうな……。
「まぁ、私としては、日頃から陛下には、特にお世話になっていますし。
それに加え、ここ最近はずっと、皇女様のお陰で、美味い飯にありつけているようなものですから。
……皇女様には、本当に感謝しているんです。
なので、どんな時も、いつだって、貴女様がお困りの際には、力になると約束しましょうっ!
今後も、ぜひ、うちの新聞社と懇意にして頂ければ幸いです」
私自身は、全く何もしていないというのに。
ハーロックや、ブライスさんが流してくれた噂について、それなりに実入りがあっただろうとはいえ、ただ私のことを取り上げたというだけで、こんなにも好意的に接してくれることを、有り難いなと感じながらも……。
にこにこと笑みを浮かべて、新聞の記者らしく、爽やかな感じで握手を求められて、私も微笑みながら、トーマスさんに差し出されたその手を取った。
トーマスさんのいる新聞社から、一切、悪い記事を書かれていないのなら、私にとっても、そんなに嫌だと思う付き合いではないし。
もしかしたら、トーマスさんと仲良くしていることで、今後、本当に困った時には、お世話になることもあるかもしれない。
ただの好意だけでそう言われたのなら、ちょっとだけ警戒もしてしまうかもしれないことではあったけど。
……お互いに実入りのある話で、私の噂を流したことにより『新聞が売れた』恩を返してくれる形の、ギブアンドテイクだと言われているのなら、その手を取っても、全然、良いと思う。
それに、ハーロックやブライスさんも懇意にしていて、ルーカスさんも知り合いの人なら、そんなに悪い人だとは思えないし。
思いがけず、こんなところで、良い出会いがあったなと思いつつも……。
今日、トーマスさんが、私に渡してくれた名刺に書かれていた新聞社がある王都の住所をしっかりと覚えておこうと思っていたら……。
笑顔のトーマスさんから……。
「いよいよ、明日が、ファッションショー当日ですね。
貴族や、皇族の方達は、ある程度、チケットを入手出来やすいというコネがあるんでしょうが。
私も、チケットを取るのには、本当に苦労しましたよ。
最悪、観客ではなく、当日の取材をするために、新聞記者として入れてくれと、ファッションショー運営の知人に泣きつく感じで頼みこんで、ようやく取れましたから……っ!
明日のファッションショー、本当に、楽しみにしています……!」
と、力説するように声をかけてもらえた。
さっきも、トーマスさんの話で感じたことだったけど……。
【そんなにも、今回のファッションショーのチケット、倍率が高かったんだろうか?】
立ち見席も出たというほどだったから、余程だったのだろうな、とは思うんだけど。
その中で、私の知り合いの『来場者率の高さ』と言ったら……。
まぁ……、皇帝陛下であるお父様に、皇后であるテレーゼ様、ウィリアムお兄様、エヴァンズ家にクロード家といった国内屈指の『二大侯爵家』という家柄を持っている人達から行くと言われたのだから、それも当たり前のことかもしれない。
――誰一人として、チケットを取るのに苦労しなさそうな人達だもんね……っ?
あとは、宮廷伯であるブライスさんや、医者のバートン先生まで……。
当日は、絶対に、緊張してしまうから『客席』の方はなるべく見ないで意識しないようにしようと、心に決めつつ、私は、ルーカスさんの紹介で声をかけてくれたトーマスさんと、挨拶をしたあとで、別れてから……。
「それよりも、さっきはバタバタしていて、直ぐに、お姫様の傍から、いなくなっちゃってごめんね?
折角、エヴァンズ家のパーティーに、こうして、来てもらっている訳ですし……?
我が家のホールの中を案内しますよ、レディーっ。……それと、アルフレッド君とお兄さんもねっ!」
と、一度、ぱちりと、ウィンクをしてから、にこっと悪戯っ子のような笑顔を向けてくれたルーカスさんのその言葉に、私はアルとセオドアに視線を向けたあとで、みんなの同意を得てから、甘えさせてもらうことにした。
また、おじさんキャラが1人増えてしまった……。