404 一抹の不安
あれから……。
とりあえず『デザイン画の紛失事件』に関しては、今日中に、全てが解決したとは言えず。
ファッションショーが、明日という目前に迫っていることもあり、ひとまずは保留とし……。
ジェルメールで働いているスタッフさん達にも、疑心暗鬼になって『必要以上には、自分以外の人を疑ったりしないように……』と、デザイナーさんが、しっかりと言い含めてくれて。
――また、日を改めて、事件の調査を再開することになった。
私自身も、特にそれで異論はなく……。
デザイナーさんに……。
【一応、聞き取り調査なども含めて、全従業員に確認して、原因を追及する努力は怠らないつもりですが。
もしかしたら、最後まで、この事件の犯人については、分からず仕舞いになってしまうかもしれません】
と……、目の前で、申し訳なさそうに謝罪してきてくれながら……、そう言われてしまったことについては、素直に頷くことが出来た。
ここで、きちんと最後まで原因を追及して『犯人を報告出来ると思います』と、断言しないところが、デザイナーさんらしいし。
ジェルメール内部に、もしも犯人がいたとして、自ら名乗り出てくる可能性があったのだとしたら、恐らく『問題になった今日の時点』で、もう既に、出てきているだろうから。
一応、改めて、しっかりと本腰を入れて原因の追及をすると、約束はしてくれたものの。
『その結果、どうなるのか』ということに関しては、デザイナーさん自身、今は、まだ読めないところでもあるだろうし。
しっかりと、調査を進めた結果、最終的に犯人が見つからない可能性についても、予め考慮した上で……。
そのことを、今、この場で、嘘偽りもなく正直に言って貰えた方が、『逆に、信頼を置くことが出来る』から……、寧ろ、その対応については、有り難いなと思う。
ただ……。
「……何だか、ファッションショーを目前にして。
“けち”が付いてしまって、不吉な感じになってしまい、本当に申し訳ないのですが……。
今回、金庫の管理が、しっかりと出来ていなかった不手際を重くみて、念には念を入れて、多分、大丈夫だとは思いますけど……。
今日は、スタッフ全員で、お店の確認を終わらせたあと、戸締まりをしっかりした上で、全員、一緒のタイミングで、お店から出ることにしますねっ……!
明日の“ファッションショー”でも、特に何の問題も、起きなければいいんですけど……」
と、デザイナーさんが『困り顔』をしながらも、私に伝えてきたように……。
他の日付ではなく、このタイミングで、問題が起きてしまったことに関しては、私も、どこか不穏めいたものを感じてしまって、心配になってきてしまった。
ジェルメールとは、共同で色々と開発をさせて貰っていたり、お仕事上のパートナーになってから、私も長い付き合いだけど。
これまで、一切、何の問題も起きていなかった、クリーンなイメージしかない『ジェルメール』で……、店舗自体を揺るがすような、重大な問題が起きてしまったばかりか。
まさかの、ファッションショー前日に、こんなことが起きてしまったということについては、どうしても、違和感が残ってしまう。
……そうでなくても、一瞬だけだったけど。
普段から仲が良いスタッフさん同士が、お互いに疑心暗鬼になって、『仲間を、疑うような状況になってしまった』というのも、目の当たりにしているから。
もしも、ライバル店の思惑が、この事件に大いに関わっているのだとしたら……。
デザイン画が紛失してしまったということが、今日、ジェルメールで働いている全員に知れ渡ることで、ファッションショーを前に、『スタッフ間の、仲違いのようなものを狙った』という可能性もあるのかもしれないと、疑ってしまうし。
犯人が分からない以上は、その動機についても……、あくまで、想像の域は出ないものの。
それこそ、色々な可能性が考えられると思う。
それは……、クララさんが元々働いていたお店である『シベル』に関しても、また同様に……。
ただ、シベルのデザイナーさんは、この間、ジェルメールに来た時に、不義理とも思える形で、ジェルメールに入って……、と、まるで鼠のようだと、クララさんを糾弾していた際……。
【ああ、そう言えば、鼠はこんな所にもいたんでしたっけ?
本当に、上手くやったものだわ。……ほらっ、言ってご覧なさい。
今まで発表したデザインだけではなく、未発表のものまで、ウチのデザインに関して、全てジェルメールに持ち込んでいるんでしょう?】
と、かなり嫌悪感を示していて、そういう事をするのは卑怯だと、その行動自体を嫌っている様子だったし。
――だとすれば、シベルはこの件には、一切、関係していないとも取れるよね?
勿論、ジェルメール側は『クララさんが、お店に来ることになった経緯』について、そんな意図はなかったと説明していたし……。
シベルのデザイナーさんも、あの場では……。
【ふんっ、どうだか……っ。
たとえ、自分の作品に活かすことはなくとも、情報を知っているというだけで、全ての面で優位に立てるのは間違いのないことですから……。
ですが、まぁ、今日の所は、貴女のその言葉を信じることにしましょう】
と、ジェルメールのデザイナーさんの説明に『納得した雰囲気』で、引き下がってくれていたものの。
シベルのデザイナーさんが、そのことを根に持っていて、相手の仕打ちに対して、同様の仕打ちをしたいと望んで、やり返したとも取れなくはないと思う。
だけど……。
私が、今回のファッションショーの賞品になるということで。
結果的に、クララさんを引き抜いた形になってしまった『ジェルメールの行動』について不問にする、と交渉してきたのも、シベルのデザイナーさんだったし。
経営方針や遣り方に関しては、ジェルメールと真反対の位置にありながらも……。
ジェルメールのデザイナーさんとは、どこかお互いに、デザイナー同士、認め合っているような雰囲気で。
【では、皆様、ご機嫌よう。
また後日、今度は建国祭でお会いしましょう。
当日“会場”で、何事もなく、正々堂々と、相まみえることを、心より楽しみにしています】
と言っていたことからも、シベルのデザイナーさんが『この件』に、関わっているというのは、多少、疑問に感じてしまう。
あの日の、シベルのデザイナーさんは、自分のブランドやデザインに誇りを持っている様子だったし。
そうじゃなくても、一番に関与が疑われる可能性のあるクララさんを使って、デザイン画を紛失させるということは、『シベルが黒』だと、あからさまに、此方に伝えてきているようなものだ。
この場にいる誰もが一度は『その可能性』について、頭の中に過ってしまうであろう状況を、わざわざ作り出した上で、あからさまにそんなことをするだろうか……?
もしかして、状況が黒だと言っていても、証拠も見つからず、絶対にシベルが黒にはならないという、絶対的な自信があったんだろうか?
【少なくとも、この間、私が会った限りでは、あまり、そんな感じの人には見えなかったんだけどな……っ、】
――私自身は、あまり人を見る目には長けていないから、そこに関しては、今、どれだけ考えても、答えなんて出てこないんだけど。
これまで、テレーゼ様のこととかも含めて、セオドアやお父様と『その話』になるまで、一切、何の疑いも持っていなかったから。
本当にそういうことに関しては自信がなくて、『向いていないんだな……』って、自分でも思うくらいだし……。
だけど、どっちみち……。
今回、私と『共同開発をすることが出来る権利』が、賞品になってしまったことで、シベルとジェルメールが、私を取り合って対立しているというのは、ゴシップ誌にも大きく載ってしまい。
今や、王都中の人間が、そのことを知っている訳で……。
大々的に、宣伝のような形で載ったことで。
シベルのみならず、実質的に、今回のファッションショーに参加している全ての高級衣装店が、『ジェルメールに、注目を寄せている』と言っても、過言ではなく。
本来なら、正々堂々としなければいけないところ……。
正直に言って、どの店舗であっても、ジェルメールの内部にいるスタッフさんの内の誰かの手を借りて。
『ライバル店を蹴落とすために、ジェルメールに対して卑劣な手を使ってきた』と言われても、状況的には、それを否定することは出来ない。
だからこそ、デザイナーさんと同じように、私も不安な気持ちを抱えてしまったんだけど。
せめて、今回の事件が『ファッションショーには、一切、関わりがないものだと願うしかないな……』と、心の底から思う。
「お店のトップにいる私が、こんなにも弱気になっていたら、駄目ですわよね~!
皇女様、騎士様……! 明日のファッションショーは、絶対に、何としてでも成功させましょうねっ!
私共も、持てる力の全てをなげうって、全力を尽くしますので……!」
そうして、私が、頭の中であれこれと考えているうちに……。
気付いたら……、お店の玄関口まで、やってきていて……。
帰り際、見送りに出てきてくれたデザイナーさんにそう言って貰えたことで、私はにこっと笑顔になったあと、彼女の言葉に同意するように、こくりと頷き返した。
明日のファッションショーのためだけに、少ない日程の中で、何度も打ち合わせに参加して、デザインも含めて、セオドアと一緒にモデルとして、練習も積み重ねてきたのだし……。
そうじゃなくても、私達が打ち合わせをしている傍らで、『時間が無いから……!』と、並行して、衣装作りに着手してくれていたりだとか……。
ジェルメールのスタッフさん達が、明日のために、みんなで一丸となって準備を重ねてきて、今回のファッションショーに傾けてきた情熱を、間近で見ているから。
当日は、絶対に“力を抜いたり”だとか……、適当なことは、一切したくないし。
私も『自分に持てるだけの力は、全力で発揮したい』と、改めて、強く思う。
それから……。
私達が、エヴァンズ家に向かうために、馬車に乗るタイミングで、見送りに来てくれたデザイナーさんも含め。
スタッフさん達も、もう既に、さっきの事件のことについて動揺していたり、誰かを非難したりするようなこともない様子で……。
「皇女様、騎士様、是非、明日は宜しくお願いしますねっ……!」
「いよいよ明日には本番とのことで、私達も、本当に凄く楽しみにしてるんです~!」
「リハーサルの今日ですら、神々しいほどに、衣装を身に纏った皇女様と騎士様のお二人の立ち姿が、とっても絵になって、素敵でしたので……っ!
明日は、髪型も含めて完璧に仕上げる予定ですし。
お二人のもっと素敵なお姿が見えると思うと、今からドキドキとワクワクが止まりませんっ!」
と、私とセオドアに向かって、口々に激励の言葉をかけてくれた。
その姿に、さっきまでは、お互いに、デザイン画が紛失してしまったということで、少しギスギスしていた雰囲気だったのに。
それすらもう、微塵も感じさせないほどに、デザイナーさんの言葉で、全員がひたすら前を向いていて、遺恨なども何もない感じなのが分かって。
『ジェルメールのスタッフさん達は本当に強いなぁ……』と、心の底から感じながらも、私は、彼女達の姿を頼もしく思う。
明日のファッションショーで、舞台に立つのは、私とセオドアの二人だけど。
決して『2人っきりで戦う』訳じゃなくて……っ。
その背後には、こんなにも多くの人達の願いや希望、それから、後押しのようなものが乗っているのだと思うと、本当に心強い。
その上で、『また、明日、よろしくお願いします』という言葉をかけあって……。
ひとまず、ジェルメールの面々とは、今日は、ここでお別れしなければいけない状況に。
私の隣に立ってくれていたセオドアと顔を見合わせて『お互いに出来ることを、精一杯頑張ろうねっ!』という視線を、交わし合ったあと。
私達が馬車に乗る前に、見送りに来てくれたスタッフさん達の中に、元々、シベルで働いていた新人スタッフの『クララさん』も、来てくれていて。
彼女だけは、今にも泣き出しそうな表情で俯きながら、もじもじとしているのが見えて……。
――その姿に、私はちょっとだけ胸が痛んでしまう。
もしも、彼女の言っていることが本当だったとして。
今回のデザイン画の紛失に関わっている犯人ではないのだとしたら、一度でも周囲から疑われてしまったということ自体が、凄く辛いと思うし。
万が一、犯人がこのまま見つからなかった場合、自身にかかった疑惑に関しては、多分、完全には、晴れるようなことはないだろうから……。
ジェルメールのデザイナーさんも、スタッフさん達も、凄く優しい人達だからこそ。
それで、彼女のことを、必要以上に責めたりは、きっと、しないだろうけど。
彼女自身が、最後に金庫の鍵を開けて『中を確認した』という事実は、変えられないし。
もし……、私が犯人ではなくて、なおかつ、今の彼女と同じ状況に置かれてしまったのだとしたら……。
最後に、自分が鍵を使ったとのことで……。
少なくても……、『確認したつもりだったけど、中身の確認がきちんと出来ていなかったのだろうか?』だとか。
色々と複雑な思いが交差して、自分にも落ち度があったんじゃないかと気に病むと思う。
だから、そのことで、彼女が『罪悪感に苛まれていなければ良いなぁ……』と、強く感じてしまった。
「あ、あの……皇女様……っ!
わ、私に……、このようなことを言う資格はないかもしれませんが。
私も、その……っ、明日のファッションショーを、楽しみにしています……っ」
そうして、どこか落ち込んでいるような、浮かない表情を見せながらも……。
オドオドと……、だけど、意を決したような雰囲気で、私を見ながら、声をかけてくれた彼女に向かって、私はこくりと頷きながら、その手を握り……。
「ありがとうございます、クララさん。
今回のファッションショーに向けて、ジェルメールの皆さんが一丸となって、想いを乗せて、明日のために頑張ってきたことは、私も分かっていますし。
微力かもしれませんが、今の私に出来る精一杯の力で、全力を尽くすつもりです。
当日は、クララさんだけじゃなくて、ヘアメイクに、衣装を着せて貰ったりと……、本当に沢山の人達の力を借りて、裏方で頑張ってくださるスタッフさん達のお世話になりっぱなしだと思いますが……。
みんなで力を合わせて、一緒に、優勝出来るように、頑張りましょうねっ!」
と……。
他の誰でもなく、デザイナーさんが、彼女のことを信じると決めたのなら『私も彼女のことを疑うのはやめにしよう』と、心の中で決めて、明るく声をかける。
折角、みんなが、ファッションショーに向けて、こうして、前を向いている状況の中で、そのことに水を差したくはない。
だからこそ『私は何も気にしていないから、クララさんも、気にしないでください』という思いを込めて、彼女のことを真っ直ぐに見つめると……。
私の口から自分の名前と、激励するような言葉が返ってくるとは思ってもいなかったのか、クララさんが、目を見開いたあと。
ほんの少しだけ、その場で視線を伏せて、今にも罪悪感に押しつぶされてしまいそうな感じで、申し訳なさそうな表情を浮かべたあと……。
『……っっ、こ、皇女様、ありがとうございます……』と、ウルウルと泣き出してしまいそうになりながら、絞り出すような声を出してくる。
その姿に、ほんの少しだけ、また、しんみりとした雰囲気が漂ってきてしまったものの。
「こんなことになってしまいましたけど……っ。
気を取り直して、明日のファッションショーは、みんなで頑張りますわよ~!」
と、直ぐに切り替えた様子で、普段以上に明るく振る舞ってくれる、デザイナーさんに助けられ……。
もしも、クララさんが犯人じゃないのなら、出来れば……、彼女の無実を晴らす意味でも『犯人が見つかれば良いんだけどな……』と。
ファッションショーを目前にしたこのタイミングで、こんなことが起きてしまって、一抹の不安を覚えながらも……。
私は、解決していない事件に、ちょっとだけもやもやしてしまう自身の思いを振り払うように、『明日のファッションショー、一生懸命に頑張ろうっ!』と、心に決めて……。
ほんの少しだけ、後ろ髪を引かれる感じはあったものの、ジェルメールの面々と別れを告げて、馬車に乗り、みんなで、エヴァンズ家へと向かうことにした。