401 ファッションショーで着る衣装の試着
ジェルメールに着くと、お店の外で今か今かと、私達の到着を待ちわびてくれていた様子のデザイナーさんが、直ぐに、私達の乗った皇宮の馬車を見つけて、一目散に此方へと駆け寄ってきて。
『皇女様~っ! お待ちしていましたわ~!』と、にこにこしながら、私達のことを出迎えてくれた。
ファッションショー前日の今日は、お店自体をお休みにして、衣装のトータルコーディネートだけではなく、当日、使用が許可されている小物などの細かいところの微調整や……。
ファッションショーの本番を前に、今日この日のためだけにしか使わない、練習用の『簡易的な舞台』を、お店の中に制作してくれたりしていて。
お休みの日だというのに、お店の中はフル回転で、スタッフさん達はみんな、慌ただしく動き回っていた。
その姿に、デザイナーさんだけではなく。
ジェルメールのスタッフ全員が一丸となって、今回のファッションショーで『絶対に優勝したい』と思っているような気概を感じることが出来て。
私は、当日の舞台での立ち回りについて……。
改めて、自分の責任が重大であるということに、身が引き締まるような思いで、思わずドキドキしてきてしまった。
ここまで来ると、いよいよ明日にはもう、建国祭の目玉でもある『ファッションショーが始まるんだな』と、否が応でも実感してしまう。
スタッフさん達は、みんな忙しそうに動き回っているけど……。
ファッションショー前日ということで、ジェルメールで働いている人は全員、今日と明日の二日間については、お店に駆り出されてしまうことになっているんだよね。
この前、デザイナーさんと打ち合わせをした時に、話したことを思い出しながら……。
店内をザッと見渡して、建国祭の間に、偶然出会って仲良くなることが出来た、ナナシさんの姿を探してみたんだけど。
私の見える範囲には、どこにも見当たらなくて『……もしかして、デザイナーさんか誰かに頼まれて、何かの買い出しにでも行っているのかな?』と、ぼんやり、頭の中で考える。
……そうこうしている内に、出来上がった衣装の確認をして欲しいと声をかけてくれたデザイナーさんから。
『皇女様、此方ですわ~!』と呼ばれたあと、私達は彼女の先導のもと、スタッフルームへと案内されてしまった。
そうして、デザイナーさんが扉を開けてくれると。
そこには……、ドレスなどを飾って見せる、人体型の模型であるトルソーに、私が今回着る予定の白色のドレスと、セオドアが着る騎士の隊服が並んで置かれていた。
私のドレスが飾ってある方のトルソーの首元には、今回、メインで使う予定のナズナをモチーフにした花かんむりが、可愛らしく『ちょこん』と掛けられているのが見える。
ナズナ自体が、セオドアの希望で、花言葉が『あなたに私の全てを捧げます』という意味だから、何度聞いても、そのことに少しだけ恥ずかしくなって、照れてきちゃうんだけど。
当日はセオドアが、この花かんむりを持って、私と一緒に舞台の前まで出てくれたあと、私の頭に、これを乗せてくれる予定になってるんだよね。
それから……。
対になるものとして、私はルピナスをメインに使ったブーケを手に持って出て、舞台の前でセオドアに、それをプレゼントする手はずになっている。
こっちの花言葉は、私が個人的に選ばせて貰っていて……。
『あなたは、私の安らぎ』という意味合いを持っており、セオドアに贈るには、本当にぴったりすぎるくらいの花言葉だと思う。
それに、ルピナスの花言葉の中には、その他にも『いつも幸せ』という意味があるらしいから……。
セオドアと一緒に過ごせる何気ない日常を幸せに思っている、という意味合いも込めたんだけど。
私の願いを込めたお花の選び方に、『姫さんに、そう思って貰えているんだとしたら、滅茶苦茶嬉しい』と、セオドアも凄く喜んでくれたみたいだったから、このお花を選んで本当に良かったなと、心の底から思う。
デザイナーさん曰く……。
王都でも一番人気のお花屋さんに『ブーケのデザイン画』を渡してお願いし、希望のものを作って貰っていて、それが今日の午前中には届いたみたいなんだけど。
生花を使っているため、万が一にも萎れてしまわないように。
なるべく当日に使用するギリギリまで『お花の鮮度』をしっかりと保ち、水の中に茎の根元の部分は入れておきたいとのことで。
『一応、こんな感じの仕上がりになっていますわ~!』と、茎の部分だけが水に浸かるよう、浅めの容器に入れた状態で見せて貰えた。
そして……、私の着る衣装に関しては、花かんむりを使うことで、それによく似合う白のエプロンドレスを付けて、子供らしく色味の入ったドレスにするか。
それとも、真っ白なドレスで、この間、デザイナーさんに見せた着物の帯から着想を得て、一枚の長めのレースを腰に巻き、更に、細かいレースをふんだんに使用することで。
隠れて見えない位置にピンなどを使って、レースを留めて、東洋の薔薇とも名高い『椿』や『桜』などをモチーフに、ボリュームのあるお花に見えるように形作り、背面にアクセントとして、バックリボンのように見せるようにするのか……。
デザイナーさんはギリギリまで、どちらにしようかと、本当に悩んでいた様子だったんだけど。
今年のテーマが『護りたい貴方へ贈るプレゼント』というのがテーマになっていて、私達が花かんむりやブーケなどで、お花を使用することは決まっていたから。
どうせなら衣装にもお花を取り入れたいということで、後者の、真っ白なドレスの案を採用することになった。
一応、大枠のテーマ以外にも、デザイナーさんが個人で考えた裏テーマがあるらしく……。
普段の私とセオドアの関係性も、しっかりと考慮してくれた上で。
――花畑で穏やかに、二人っきりで休息の時間を過ごしている、特に何の予定も入っていない休日の私たち。
というのをイメージして、今回の衣装を作ってくれたみたいで……。
セオドアの騎士の隊服も、いつものように動きやすく、本格的に『騎士の仕事をするため』に着用しているようなものではなく。
今回、ファッションショーに出すにあたって、デザイナーさんの挑戦ということで……。
身体的な特徴として赤を持っている私たちが、モデルをするということもあり。
【ここで、赤を起用するというのは、実に革新的なアイディアだと思いますし。
髪や瞳の色で赤を持っているお二人だからこそ、何の違和感もなく、取り入れることが出来ると思いますのっ!
それに、以前から、赤と黒というのは色味的に考えても、相乗効果のある似合いの色だと思っていましたし。
何と言っても、騎士様の雰囲気から考えても、黒も赤も絶対に映えること間違い無しだと思いますわ~!
ですので、折角ですし……、この大舞台で、その切り札を使いましょう……っ!】
と、言われてしまい。
結局、その言葉に押し切られるような形ではあったものの。
私達が大丈夫かな、と不安に思うような状況下でも、人々から『忌み嫌われて避けられている赤』を、積極的に取り入れてくれていて。
デザインや装飾などにも、かなりこだわってくれて、ジャケットに銀と赤の刺繍が入っていたり、どことなくダークな雰囲気で大人っぽく仕上がってはいるものの。
騎士というには、あまりにもラフな格好で、シャツにネクタイを付け、ベスト、ジャケットを羽織り、どちらかというのならタキシードにも近いような服装になってしまっていた。
その上、ジャケットに関しては、パーティーなどで『貴族の人達が着ているような正装』としての、かっちりとしたものではなく……。
薄めの生地を使用することで、東洋にある『着物の上に着用する羽織』を、西洋風にアレンジして、イメージしたとのことで……。
一応、手を通せる所はあるものの、どちらかというと『マント』のような感じにも見えて、それはそれで凄くお洒落な雰囲気を醸し出していた。
セオドア曰く、現実的に考えると……。
『騎士としてはあまりにも軽装すぎて、誰かを護るには向いていないし、あり得ない構造の服』らしいのだけど。
【そこは、ファッションショーで着るものですし……。
どうしても実用的な部分に関しては、削らざるを得なくて。
パッと見た時の見た目の華やかさが、投票にも大きく左右されてしまうので、そちらを最大限に重視させていただきましたわ~!】
と、申し訳なさそうに此方に向かって『あくまでも、ファッションショー用の服なので……』と。
デザイン案を見せてくれた時に、この隊服の意図に関して説明してくれたデザイナーさんの言葉に。
セオドアも、納得してくれた様子で……。
【普段……、姫さんが作ってくれた隊服があれば、俺はそれだけで充分だし。
これから先も、恐らく私生活の面で、この服を着る機会は“まずない”だろうから……。
ファッションショーで、勝てる服を作っているのなら、別に異論はない】
と、言ってくれた。
その言葉の通り、意見を言って参加させて貰った、デザインのラフ画を見て打ち合わせをしていた段階では……。
セオドア自身『多分、普段は、着る機会なんて無いだろう』と言っていたけれど。
こうして、出来上がった衣装として実物を見たら、凄く格好良くて、セオドアにも絶対に似合うと一目で分かるデザインになっていて……。
今回、私達が着た服に関しては、モデルの特権として無条件で貰うことが出来るらしいから、ファッションショーの為だけに着るにしては、あまりにも勿体なくて。
――何処かのタイミングで、また着てくれたら良いのにな、と思えるくらいだった。
「ではではっ、皇女様、騎士様っ~!
折角ですので、お二人にはこうして衣装を眺めて貰うだけではなく、是非とも袖を通して試着してみて欲しいですわ~っ!」
それから暫く、私達が『自分達の着る衣装』について眺めていると、デザイナーさんに声をかけられて。
私はセオドアと視線を交わして、こくりと頷き合ったあと、エリスやローラに『お二人が衣装を着ているお姿を見るのが、とっても楽しみです』と声をかけて貰いながら……。
それぞれ、別の試着室へと向かうことにした。
特に貴族の令嬢などは、こういう時には絶対に誰かが付いてきて衣装を着せてくれるというのが常識だからか……。
私に対しては、何人かのスタッフさんが付いてきてくれるのと……。
この場にいる誰よりも張り切っている、デザイナーさんが。
「今日、この日が来るのを、私自身、本当に心待ちにして楽しみにしてたんですのっ!
まさに、力作と言っても過言ではありませんし、絶対に、絶対に皇女様に似合うと思いますっ!
デザイナーの特権ですし、何としてでも一番に、衣装を着ているお姿が見たいですわ~!」
と、声を出しながら、自ら指揮を執って着せてくれるみたいで。
フィッティングルームに向かう途中も、ご機嫌な様子で『靴も含めて、今日、この日の為にとっても可愛いデザインに仕上げたんですのよ~!』と、ウキウキしながら言葉をかけ続けてくれて、此方ですわっ、と、スマートに案内してくれた。
そうして、私がフィッティングルームに入ると、休憩出来るソファーに、鏡台、それから全身を映すための姿見が置いてあり。
幾つものバッグやアクセサリーなどの小物、それから靴に至るまでが、高級衣装店の名に相応しく『この部屋の中』に、綺麗にディスプレーされていて、見ているだけでも楽しくなってくる。
それから……。
私が部屋の装飾に気を取られている間に、複数のスタッフさん達が、直ぐに私の周りに集まって……。
まるで、蝶よ花よと言わんばかりに『苦しくないですかっ?』だとか、『立っているのがお辛いようでしたら、いつでも仰って下さいっ!』などと。
どこまでも丁重に扱ってくれながら、さっき、トルソーに掛かっていた、明日のファッションショーで着る予定のドレスを持ってきてくれた上で、私に着せてくれた。
一応、最終的な作業として『丈感が大丈夫か』なども、細かくチェックしてくれるみたいで……。
本当に念入りに、くまなく、ドレスを彩る装飾が問題ないかどうかなどを、丁寧に一つ一つ調べてくれたあと。
ドレスを着た私の姿を見て『ほぅっ……』という、感嘆のため息がスタッフさんの口から、続々とその場に溢れ落ち。
まるで、物語の中のお姫様が履いているかのような『レースをあしらった、可愛い白色の靴』を履かせて貰うと……。
少しだけ距離を取って、私の全身を確認してから、どこまでも満足したようなデザイナーさんが満面の笑みで、嬉しそうな表情を浮かべて。
「あーん……! もう、もうっ……! 本当に、想像通りというか、想像以上ですわっ!
清楚なドレスの雰囲気が、皇女様に、とてもよく似合っていらっしゃって、どの角度から見ても素敵すぎて、可愛いが大爆発していて、大優勝すぎますわ~!
何もしていない素の状態でも素材が良すぎるからこそ、シンプルめのデザインでも、こんなにも引き立って映えるんですのよねっ!?
是非是非、皇女様、姿見の前に立って、ご自分の全身を確認してみてくださいなっ……!
誰にも文句なんて言わせないくらいに、この国の皇女として凛としていて……、可愛くて、とっても美しいお姿ですわよっ!」
と、大げさなくらいに、テンションが高く、まるで感動したと言わんばかりに声をかけられて。
私は、その態度にびっくりしながらも……。
デザイナーさんに言われるがままに、おずおずと、部屋の中にあった全身が見える姿見の前に立たせて貰った。
――その瞬間……。
思わず、鏡の前に立っている自分の姿に驚いて、きょとんとしながら目を瞬かせてしまう。
巻き戻し前の軸の時は、お母様のことを真似て、『ピンク系統の派手めな衣装』を着ることが多かったから、ドレス自体が華やかで目立っていて、そんな風には一度も思わなかったけど。
馬子にも衣装という言葉があるくらい、自分でも今回のドレスに関しては凄く似合っているように感じられて……。
確かに、白色のドレスだし、背面にお花のレースが付いている以外は、シンプルな雰囲気ではあるものの。
デザインや、身体のラインなどにもかなりこだわって作られているため、ドレス自体も決して目立たないという訳ではないのに。
なんだか、ドレスも含めて上半身からつま先に至るまで、その全てが、私のことを引き立たせるような役割を持ってくれていて。
――まるで、自分が自分ではないみたいだなと、思ってしまった。
「そういえば……、今日は確か、皇女様は、貴族の方に招待されてお茶会に参加されていたんですのよね?
既にセットされている“今日の髪の雰囲気”も、凄く素敵ですが……。
当日の舞台では、騎士様の手によって、花かんむりを被せて貰う予定になっていますから……。
明日は出来るだけ、花かんむりに合わせて柔らかい感じにして、清楚に髪を下ろした状態で、可愛く見えるように整えましょうね……!」
私がそうやって、ジッと、鏡に映る自分の姿を見つめていると……。
デザイナーさんが『にこにこ』しながら、私に向かって優しく声をかけてくれるのが聞こえてきた。
そう言われてみると確かに、当日は髪の毛のセットなども含めて、全てがトータルコーディネートになるだろうから……。
『そういう意味でも準備しなければいけないのか』と、デザイナーさんに声をかけられたことで、明日の自分の動きについても、改めてそういう作業が入るのだと把握しながら、これまでの自分の考えを修正する。
その上で、色々とやらなければいけないことが沢山あって、当日は本当に忙しくなりそうだなと思いながらも。
私はこくりと、その言葉に頷き返して『ありがとうございます』と微笑みながら、お礼を伝えることにした。
「とんでもないですわ~! 寧ろ、皇女様にお礼を言わなければいけないのは、私達の方ですし。
ファッションショーのモデルを引き受けて下さっただけではなく、衣装に関しても、皇女様の案を採用している部分もあるんですもの。
……本番に向けて、これでもかというくらいに、気合いも入るというものですわ~!」
そして、私がお礼を伝えると、すぐさまデザイナーさんの方からも、感謝している言わんばかりにオーバーリアクションで、お礼が返ってくる。
ジェルメールとは、いつだって『持ちつ持たれつの関係』だし。
デザイナーさんとの関係が深まれば深まるほどに、本心からそう言ってくれているのが伝わってくるから。
その対応に『どこまでも嬉しいな』と感じて、にこにことしながら、思わず自分の口元がゆるゆると緩んでしまうのを抑えられなかった。
「あ~っ! もう本当にっ、ここでずっと眺めていたいくらいに素敵なんですけど……。
私達だけで、こんなにも可愛らしい皇女様のことを、いつまでもここで独占してしまうのは勿体ないですわよねっ!?
さぁ、早速っ……、騎士様や、アルフレッド様、従者の方達にもお披露目しにいきましょうっ!
善は急げですしっ! ……きっと、皆様、驚かれるに違いありませんわ~!」
そうして、目の前で、もの凄くワクワクした様子で。
『私達が皇女様のことを見ているだけなのは勿体ない』と伝えてくれながら、大はしゃぎのデザイナーさんに、早く、早く……っ、と急かされて。
私は彼女の迫力に圧されるような形で、衣装と私に問題がないようにと丁重に扱われながらも、ぐいぐいと手を引っ張られながら、スタッフルームへと舞い戻ることになってしまった。
……私達が戻ると、ファッションショーの衣装を、私よりも『一足早く』着ることが出来ていたのか。
フィッティングルームに行っていたはずのセオドアが戻ってきていて、ローラとエリスを中心に、みんなから褒められて困っている様子の場面に出くわした。
元々、手足が長くてすらっとした体型に、185㎝もあるセオドアは、トルソーに衣装が掛かっている段階で、その雰囲気も含めて『絶対に似合う』と、半ば確信していたけれど。
やっぱり……、私が想像していた通り、今回、デザイナーさんが作ってくれていた黒色の衣装が本当に良く似合っていた。
それに合わせて、衣装の所々にデザインされている赤と銀の装飾があまりにも綺麗に映えていて……。
――人から忌み嫌われて避けられている赤を、こんなにも格好良く着こなしてみせるだなんて、本当に凄い……。
と、セオドアの姿を見て、びっくりしながらも『立ち姿が絵になるなぁ……』と、私は思わずその姿に、少しの間、ぽーっと、見惚れてしまった。
そもそも、デザイナーさんが、今回の衣装に“赤”を取り入れたいと言ってくれたのには、理由があって……。
私やセオドアみたいに赤を持っている立場の人間を、普通の人とは違う特徴を持っているからといって『無闇やたらに差別をするようなことは、もう止めましょう』というメッセージを込めたいとのことだった。
だからこそ、一早く、建国祭のファッションショーという『世の中の流行を、左右するシーン』で積極的に赤を取り入れ。
赤は忌避される色ではなくて、こんなにも格好良いものなのだと周囲にも知らしめたいというのが、デザイナーさんの意図になっていて……。
私のドレスの背面にある椿も、今回は白のドレスに合わせて、白のレースを使って花の形を作ってくれているものの、元々、東の方の国では『赤色のもの』が有名だと言うことで。
そういう意味もあって、椿が採用の決め手にもなっていたみたい。
そう考えると、本当に見る人が見れば分かるというくらいの部分で、セオドアと私の洋服に『お揃いの箇所』を、こだわりを持って、ふんだんに取り入れてくれていて。
セオドアとは、黒と白で対照的な色合いにはなっているものの。
全体的なバランスで見ても、隣に一緒に並んで立ったとしても可笑しな感じは一切なく。
黒と赤と銀のダークな感じの雰囲気の衣装が、セオドアには本当に良く似合うし。
まるで正反対の色味を持っていても、本番の舞台で並んだ時には『素敵な感じになりそうだなぁ……』と思いつつ。
「セオドア、凄いね……っ!?
衣装に赤色が入っているのに、全然、嫌な感じもなくて……。
そんなにも、格好良く着こなすことが出来るだなんて……っ」
と、セオドアに向かって声をかけると。
私が、スタッフルームに戻ってきたことに気付いてくれたセオドアが、こっちを見て、一瞬だけその場でピシリと動きを止め、大きく目を見開いて固まったあと。
「……~~っ、姫さんっ、その衣装は……っ、」
と、私に向かって、声をかけてきたと思ったら……。
気付いたら、大股でツカツカとこっちに駆け寄って来たセオドアが、バッと自分の着ていたジャケットを脱いで、私のドレスを隠すように思いっきり羽織らせてくれていて……。
その状況に私は『……???』と頭の中をはてなでいっぱいにしながらも。
『セオドア……?』と、セオドアの表情を確認するために上を見上げて、小首を傾げたあと、おずおずとその名前を呼んで問いかける。
そうして、無言のまま何も言ってくれず、黙ったままのセオドアに、みんなは凄く褒めてくれていたんだけど『……もしかして、この衣装、似合ってないとでも思われてしまったのかな?』と、ドキドキと、どうしようもない程の不安に襲われながらも。
セオドアの動向をそっと窺うように、見守っていると……。
瞬間……。
思いっきり、セオドアにドレスが皺にならないように、ぎゅっと抱きしめられたかと思ったら……。
「……~~っ、あぁもう、マジで、反則なくらいに、可愛すぎるだろっ……!?
そんな格好で、観客が沢山いる舞台に出たら、絶対に変な奴が湧いてくる……っ!
……つぅか、俺の衣装とは正反対すぎて、前にスラムで三馬鹿トリオに、天使と悪魔のようだって表現されたことがあったと思うけど。
この衣装だと、本当にそんな感じになっちまうから、俺が姫さんの隣に並ぶことすら、烏滸がましい気がするんだが。
あり得ないくらいに、本当によく似合ってる」
と、声をかけてくれて、私は思わず、その言葉にびっくりしながらも。
セオドアに抱きしめられたまま、その腕の中で、照れ笑いのように、はにかんで……。
「本当に……? ありがとう、! セオドアに、そう言って貰えると凄く嬉しいなっ……」
と、声をかける。
それから、そんなにも褒めてくれているのに、一体、どうして、私のドレスを隠すように自分が着ていたジャケットを掛けてきたんだろうと、不思議に思いながら……。
きょとんと、首を傾げて『セオドア、このジャケットは……?』と、その意味について尋ねるように問いかけると。
「あぁ……、それか。
……姫さんの“今の姿”を、俺以外の誰にも見せたくないし、独り占めしたくて掛けた。
あと、正直に言って、その衣装は肌の露出も多すぎると思う」
と、さらっと何でもないことのように、そう言われてしまい、私はひたすら困惑してしまった。
真剣な表情だったから、決して、揶揄っている訳ではないと思うんだけど。
何気なく言われた『独り占め』という言葉に、どうしてかは分からないまま、ぶわっと身体が熱くなってきてしまって、胸がきゅうっと苦しくなってくるような感覚がして、戸惑ってしまう。
私が一人、セオドアにかけられた言葉に、オロオロしてしまっている間に……。
「むぅ、セオドアめっ! ……狡いぞっ!
僕もアリスの衣装を、この目で見たい……っ!」
と、ぷくっと頬を膨らませて、怒るように声を出してくれたアルと……。
「騎士様の気持ちも、とっても分かりますわ~っ!
こんなにも可愛かったら、もう本当に、どこにも出したくないくらいに閉じ込めて、独占したい気持ちがわき上がってきますよねっ!
元々、皇女様自身が素敵なレディだからこそですが、もう本当にドストライクなぐらいに、私も今回の衣装を身に纏った皇女様の全てに惹かれてしまっていますものっ!
……ですが、明日のファッションショーの為にも、ここは大人になって、どうか我慢してくださいなっ!」
と、同調するように、うんうんと頷きながらも。
セオドアに対して『……皇女様を一人で独占するのは、メッですわよ~!』と、全く嫌味も感じられず。
デザイナーさんだからこそ許される口調で、さらっと注意するように出されたその言葉に、渋々といった様子で、セオドアが、今の今まで、私のことを抱きしめてくれていたその腕の拘束を解いてくれた。
「……ファッションショーのためなら、ある程度は仕方がないと俺も割り切れるが。
当日の舞台に上がるまでは、姫さんに掛けてる俺のジャケットを、外したくない」
その上で、セオドアにしては本当に珍しく、まるで我が儘を言うかのような口調で唇を尖らせながら……。
私に掛けてくれたジャケットを『外したくない』と言われてしまって、私は、あまりにも普段見られないような、セオドアのその姿にびっくりして、目を瞬かせてしまった。
「まぁ……っ! やだわ、騎士様ったらっ……!
まるで、自分の大切なものを奪われたくないと、駄々を捏ねる子供みたいな雰囲気で。
いつも、自分の気持ちについては“控えめに隠しているような素振り”でしたのに、ここにきて、皇女様への気持ちを隠さないことに決めたんですの……っ?
うふふ、分かりましたわっ! 当日も含めて出来る限り、騎士様のご希望に沿うように致しましょう!
ファッションショーのことを考えても、護りたいと思っているくらい大切な人へというのが今回のメインテーマですから。
……例え、舞台の上に立っている間でなくても、勝負というのは準備の段階から既に始まっているものですし。
騎士様が、皇女様に対して、ご自分のジャケットを預けるくらいに大切に思っているということが、傍から見ても分かるようにしていたら……。
お客様だけではなく、ファッションショーに関わっているスタッフ達の投票も稼げて、ポイントも高くなるかもしれませんわ~!」
にこにこと目の前で笑みを溢して、セオドアの意見を、しっかりと聞いてくれつつも……。
どこまでも貪欲に『勝ち』を狙っていくスタンスの『デザイナーさんの凄み』に、圧されてしまいそうになりながら……。
「ですが、今は、ひとまず……、皇女様に掛けられたジャケットを脱がすことを、ご了承くださいませ。
先ほど、皇女様が着ている衣装に関しては、全て確認し終わったのですが。
騎士様の洋服についても、一応、トータルコーディネートをしている状況で、私の目線で、きちんと確認しておきたいんですのっ!
裁縫が甘かったりで、パッと見て分からないところに、問題があることもありますし。
皇女様限定で、優しい雰囲気になる騎士様だということは、勿論、重々承知していますが。
是非とも、私に協力して貰えると嬉しいですわ~!」
と、デザイナーさんにそう言われたことで。
セオドアが、さっきと同様に渋々ながらも『分かった』と返事を返して、その言葉に従ってくれて、私はホッと胸を撫で下ろした。