395 アルの失態とシュタインベルクの鉱石
皇宮に帰ってすぐ、騎士団とお父様への報告はお兄さまがしてくれるとのことで、全ての事後処理を全面的にお任せすることにして。
私とセオドアは予定が詰まっていて過密スケジュールの中、アルやローラ、それからエリスと合流し、今度はその足で再び馬車に乗り、休む間もなくジェルメールへと向かっていた。
「……ふむ、それで大変な思いをしたのか。
全く、昨日といい今日といい本当に踏んだり蹴ったりだな……っ!
もっと、その女に罰を与えてやることは出来なかったのか?
第一、色恋だとか、僕にはそういったことはよく分からぬが、その女はウィリアムのことを慕っていたのだろう?
だとしたら、ウィリアムが心から大切に思っているアリスのことも、同様に大切に扱った方が好感度は高まると思うのだが、ううむ、人間というのは本当に難しい生き物だ」
ジェルメールに向かう行きの馬車の中で……。
皇宮に帰った時、私の手荷物が美術品だらけで大荷物だったことから、みんな、そのことを気にしてくれていたみたいで『あの荷物は何だったのか』と、問いかけられてしまい。
今日のお茶会で起きてしまった事件のことを、私の代わりにセオドアが一から全て説明してくれると。
話が終わるまで、難しい表情を浮かべて黙ったままそれを聞いていたアルが、ぷくっと怒ったような雰囲気で頬っぺたを膨らませ、ムスッとした様子で本当に憤ってくれるのを感じながら……。
私はアルに『ありがとう』というお礼の気持ちを込めて、真っ直ぐに視線を向けた。
アルだけじゃなくて、この場でセオドアの話を聞いていたローラやエリスといった面々まで、みんなが一様に、私のことを思って怒ったような表情を浮かべてくれるだけで……。
私自身は、本当に救われたような気持ちになるし、有り難いことだったから。
この場には、あまりそぐわないかもしれないけれど……。
みんなからの気持ちを感じ取って、私が口元を緩めて嬉しそうな表情を浮かべたことで、アルも怒っていた表情を少しだけ和らげてくれた。
「彼女に関しては、お兄さまとセオドアが私のために動いてくれたお陰で、その場で充分すぎるくらいに罰は受けて貰ったから、これ以上はもう大丈夫だよ。
それに、きちんとした罰はお父様の判断の元、これから下されてしまうだろうから……」
それから、さっき、軽くセオドアが説明してくれていたんだけど。
それだけだと不十分のように感じて、私はミリアーナ嬢があの場で受けた事に関しても、アルにきっちりと説明することにした。
皇女である私を侮ったことによる罰は、公衆の面前で『もう社交界には絶対に戻れない程』に、彼女があれだけの痴態を、あの場にいた全員に晒してしまったことで既に受けているし。
嘘を吐いて私を貶めようとしたことによる罪に関しては、これからお父様が正式に下してくれるもので、きっと充分すぎるほどの罰が与えられると思うから、もう既に私が関与出来るところにはないんだけど。
――それでも、例え罪人であろうとも、その命が落とされるところまでは私自身は望んでいない。
ブランシュ村の洞窟で出会った冒険者のアンドリューのように、本当にどうしようもないと思えるような人でも、自分の罪を悔い改めて更生した人もいるんだから……。
もしかしたら、生きてさえいれば、彼女も心を入れ替えてこれから変わることが出来る可能性だって秘めていると思う。
だから、ちょっとでも自分のしたことに後悔をして、これからは罪を償ってくれたら良いなとは感じるんだけど。
【私のその判断は、甘い……、かな?】
今、自分が本当に思っていることを嘘偽りなく、正直に白状すれば……。
みんな、私の方を真っ直ぐに見つめてくれながらも『凄く大変な目に遭ったのに……』という感じで。
嫌な雰囲気では無かったものの『アリス様はいつも、お優しすぎますっ!』と言わんばかりの生温かいような反応を向けてきて……。
私はみんなの視線に何も言い返すことが出来ず、『……うぅ』と思わず心の中で、しょんぼりと落ち込んでしまった。
「ですが、アリス様に何事も無かったのなら、本当に良かったです……っ!」
「……本当に、そうですよねっ! ローラさんっ!
もしも、今回の一件でアリス様に何かあったのだとしたら、私も皇宮で働く同期の子達に、マルティーニ家の悪い噂を積極的に広めて貰うよう頼んでいたかもしれませんっ……!」
私の方を気遣うように見てくれて、私本人が無事で健康そのものであることをしっかりと確認してくれた上で、心の底から安堵してくれたローラと。
グッと握り拳を作って、その場でファイティングポーズを取り。
何故か張り切りながら、戦う気満々のエリスに励まされ『私は、本当に、良い従者達に恵まれたなぁ……』と改めて、実感するようにそう思っていると。
「……成る程な。……それで、ハンベルジャイトなどという物珍しい貴重な鉱石を貰ったのか。
僕もさっき、馬車に乗る前に、あの紙袋の中身をちょっとだけ見せて貰ったが、アレは本当に上質な石だったな?」
と、アルが此方に向かって、どこか満足げに声をかけてくれた。
アルは精霊だから……、自然や動植物などに関しても元から凄く詳しいけど、アルの知識の範囲は『鉱石』にも及ぶんだろうか?
正に、普段から歩く図書館と言っても過言ではないほどに、そういった事に関しては、恐らく右に出る人はいないであろう知識をその身に宿していることからも、意外という訳ではないんだけど。
ここまでアルが『何か一つの物』に反応していることなんて滅多にないから、マルティーニ伯爵から、そんなにも貴重な物を貰えたのかな、と思って……。
「あのハンベルジャイトって、アルのお眼鏡に叶うほど、凄く貴重な物なの?」
と、問いかければ……。
もの凄く真面目な表情を浮かべた後で、私の方を向いて、思いっきり、にぱっと嬉しそうな明るい笑顔になったアルから……。
「うむっ! あれはかなり純度の高い魔法石だからなっ!
加工して使えば、それこそ魔法をしっかりとためて、好きな時に発動させることが出来る素晴らしい代物だぞっ!」
という爆弾発言が降ってきて、思わず私はこの場で固まってしまった。
その瞬間……。
エリスが『ま、魔法石、ですか……?』と、怖ず怖ずと……。
一体何の事なのだと言わんばかりに、此方に向かって問いかけるような声を出してきて。
『あっ、どうしよう……っ? そういえばエリスは根本的な部分から知らないんだった』と、私が慌てた一瞬あとで。
「オイ、アルフレッド。
一体、何を、言ってるんだ? よく分からねぇことを口走るんじゃねぇよ……っ」
というセオドアの、機転を利かせてくれた咄嗟のフォローと。
アルがハッとして『そういえば、エリスは何も知らなかったんだ』ということに気付いてくれたのは、殆ど同時のことで。
「そそそそっ、……そうだな、すまぬっ! えっと、これは多分、アレだっ!
僕の勘違いだったかもしれないというかっ! 最近、子供が楽しむような絵本を見ることが多くてなっ。
あのー……、そのー……、だから、えっと、……そ、そうだっ、なんというか魔法使いになりたい気分だったのだっ!
ほら、子供というのはそういう“ごっこ遊び”とやらを、楽しんでする生き物だろうっ!!?」
と、大慌てで、自分が今口走ったことを撤回するように、声を出してくれたんだけど。
アルの言葉に、エリスはびっくりしたような雰囲気のままで……。
更に、みんながアルのことをフォローしようと口を開きかけたことで、その様子を見て全員がフォロー役を譲り合ってしまい。
結局、私もローラもセオドアも互いに『別々のことを言ってしまうと拙い』と判断して、黙ることになったという最悪の状況で。
この場でそれ以上、誰も何のフォローも出来なくなってしまったことによって、一瞬の空白のあと『沈黙』が辺りを支配することになり……。
アルが今、必死で弁解しようと説明してくれた内容が、逆に驚くほどに嘘っぽさを増す原因になってしまった。
そうして、一人、何の話かよく分かっておらず、きょとんとするエリスに、今まで本当のことを言えずにいたことから『悪感と居たたまれなさ』を感じつつも。
元々、エリスにきちんとした事情を話していなかったのは、エリスがテレーゼ様の推薦で『外部から来た侍女』だったから、完全に私の味方にはなってくれないかもしれないと……。
セオドアやアル、それからローラが、様子を見たいと慎重になって、私のことを考えてくれていたからだったし。
一度でも、こうなってしまった以上は……。
このまま私やアルのことを隠すにしても、みんなが自分に何か隠し事をしていて、一人だけ仲間はずれにされて、話してくれていないことがあるんじゃないかと。
全員の様子からエリスが察してしまい、落ち込んでしまう可能性も高まってきてしまうと思うから……。
まだエリスが入ってきたばかりの、不慣れでぎこちない様子だったあの頃ならいざしらず。
今のエリスは、本当に心の底から私に仕えてくれていると分かっているから、アルのことも私のことも特に隠す必要もなく、エリスにはきちんとした事情を話しても良いんじゃないかと、判断した上で……。
私は、ローラとセオドアとアルに向かって『エリスに、きちんと事情を話したいんだけど。……みんなはどう思う?』と、問いかけるように目配せをする。
私の視線を受けてから、直ぐに賛同するように一番に頷いてくれたのは、いつも同じ業務内容をこなしていて、誰よりも近いところでエリスのことを見守ってくれているローラで。
ローラが頷いてくれたあと、セオドアも直ぐに『大丈夫だと思う』という目線を私に向けてくれた。
その後で、アルも『僕の失態の所為ですまぬっ……!』という、本当に申し訳なさそうな表情を浮かべてくれてから……。
『だけど、僕のことも、お前のことも、エリスに言うのは別に構わないと思うぞ』という視線で、こくりと頷いてくれた。
そのことに、みんなも私と同様にエリスのことを信頼してくれているのだと、嬉しい気持ちと、ホッと安堵する気持ちが湧き出てくるのを感じつつ。
この場にいる全員から満場一致で、大丈夫だと判断されたのなら、後はもう黙っている必要はどこにもなくて……。
「エリス……。あのね……?
今まで言えなくて黙っていたことがあって、もしかしたら、びっくりさせてしまうかもしれないんだけど。
……実は、私、時を操る能力を持っている魔女なの……っ!
それで、その……っ、アルは、体面的には、お父様が紹介した子供ということになっていると思うんだけど。
それも実は偽りの身分で……、元々は、古の森に住んでいた精霊達を束ねている特別な存在だったの……っ!」
と、どういう反応をされてしまうのか凄く不安で。
ちょっとだけドキドキしながらも私は、一人、状況が飲み込めなくてオロオロした様子のエリスに向かって、嘘偽りなく全てのことを正直に説明した上で、その顔色を窺うように、そっと見つめる。
その瞬間……。
エリスは、私から今言われたことが、あまりにも予想外すぎて頭の中が一気にパンクしてしまったのだと思う。
目の前で、まるでピシッと石のように固まってしまったエリスに……。
『え、エリス……?』と、声をかけると。
暫くしてから、弾けるように顔を上げて……。
「え、っ……、えぇぇぇっっ!?
そ、そんな……、まさかっ、アリス様が、時を操る魔女……で、っ?
アルフレッド様が、精霊達を束ねる“おとぎ話”でしか見たことがないような、特別な存在っ!?
ふわわわわっ、! よく分からないけど、なんだか滅茶苦茶凄そうっ……! 精霊って本当にこの世の中に存在するんですねっ!?
というかっ、よくよく考えたら、そんなにも重大なことを私に教えても良かったのですかっ!?
どっ、どうしましょうっ!? 今、私、もの凄く混乱してしまっていますっ。
あっ、もしかして、だからこそ、アリス様は、定期的に古の森に行って療養が必要なくらいに、お身体が弱かったんですかっ!?
うぅっ……、そんなっ、魔女って確か、凄く短命なんですよねっ!? ……神様はあまりにも酷すぎますっ! アリス様が一体何をしたっていうんですかっ!?」
と、目の前で思いっきり混乱してパニックになってしまった様子のエリスから、ぎゅっと強く両肩を握られたかと思ったら、私の上半身から下半身まで、身体の至るところをくまなく危機迫るような雰囲気で心配そうに確認されてしまった上で。
矢継ぎ早にそう言われて、私は思わずその迫力に、ただただ気圧されてしまった。
そうして、ほんの少しの間、エリスのその態度に何も言えず『呆然』としてしまっていたけれど。
……遅れて、じわじわと実感する。
私が魔女であることで、エリスからどう思われてしまうのかとヤキモキと心配しなくても……。
――エリスは私のことを一番に考えて、こうして心配してくれているのだと言うことに……。
さっきまでの自分の考えが、どこまでも杞憂だったことにホッと安心しながら。
「エリス……っ、心配してくれてありがとう。
今すぐ、私の命が無くなってしまう訳じゃないから大丈夫だよ。
普段から、私の契約者として精霊王であるアルが、私のことを癒やしてもくれているし。
そこまで頻繁に能力を使っている訳でもないから、見ての通り、全然、問題ないよっ……!
だから、とりあえず落ち着いてくれたら嬉しいな」
と、安心して貰えるような穏やかな口調でエリスに向かって声を出すと……。
今にも、泣きそうな表情を浮かべていたエリスも、私の言葉を聞いてほんの少し落ち着きを取り戻してくれたみたいだった。
それから、エリスには『魔女と精霊が元々協力関係だった』ということや、赤を持つ者が、本来は特別な存在であることなど。
セオドアやローラも知ってくれている範囲のことは、全て一から詳しく説明した。
言えなかったのは、セオドアやローラも知らない『私が6年も時を巻き戻した』ということと。
もしかしたら、私の能力が寿命が削られてしまった魔女に有効かもしれないということだけだ。
……アルの本当の姿にしても、魔女と精霊のことに関しても、私たちから話を聞いて、エリスはかなり驚いていた様子だったけど。
殆どの人が直ぐには信じられないであろう、精霊だとかファンタジーだと思えるような話も、何故か……。
「なるほどっ! 見た目では本当に10歳前後にしか見えませんがっ! だから、アルフレッド様はそのお姿でも、誰も知らないような知識を有していたんですねっ!」
と……。
エリスなりの納得出来るポイントがあったからなのか、思いのほか、すんなりと受け入れて貰うことが出来た。
もっとこう、色々と訝しがられてしまうかもと思っていただけに、本当に拍子抜けだったんだけど。
「……安心して下さいっ。
この秘密は、生涯、絶対に誰にも公言しないと誓いますっ!」
と、ふんふんと鼻息を荒くした様子で、私たちに向かって力強く誓ってくれるエリスを見ると。
エリスにだけ本当の事を言えていなかった心苦しさは、ずっと私の中に小さなわだかまりとして存在していたし、こうして真実を話せて本当に良かったな、と心の底から思う。
それよりも、さっき……、アルが『魔法石』という、また凄く重要そうな、魔女関連とも思えるような新しい単語を出してきたことがもの凄く気になっているんだけど。
一体、魔法石というのは何なのだろうか、と……。
一人、そわそわしながら……。
「あのっ……、アル……、さっき、魔法石って言ってたけど、それって一体どういうものなの、?
私が、聞いてもいいものなのかな……?」
と、声を出して問いかければ。
「うん……? アリス、何を言っているのだ?」
と、きょとんとしたような雰囲気のアルから……。
「何時だったか、前に、お前達にも話したことがあるだろう?
ああ、そうだ……、確か、城下にセオドアの剣を買いに行った時だぞ。
ほらっ……! アリスが何の魔力も宿っていない“ただの色をつけただけの石ころ”を見て、綺麗な石があると言ってたことがあっただろう?
あの時に、泉にある魔石なら、僕が幾つかプレゼントしてやるのに、と発言したことを覚えていないか?」
という返事がアルから返ってきて、私は思わずその場でびっくりしながら目を瞬かせた。
そうして、私はアルの言葉を受けて『セオドアの剣を新調するため』に、みんなで城下に行った時のことを頭の中で思い出してみる。
確か、あのとき、滅多に外に出られなかった私は、路上に幾つも立ち並ぶ露店に目移りしていて……。
【わー、見てっ、セオドア、アル……! きらきらした石が売ってるよっ!】
【魔石でもない普通の色をつけた石にこんなにも喜ぶとは、人間とは変な物が好きなのだな?
アリス、このくらいのものならば、泉にある魔石を僕がいくつかプレゼントしてやるのに】
【おい、アルフレッド……。
お前もっと、嘘でもいいから褒めるような言葉とか出せねぇのかよ? 折角姫さんが見てたのに色々と台無しすぎるだろ……っ!】
あぁ……、本当だっ、思い返してみれば、間違いなく発言してた……っ!
あのときは、それ以上聞いたら『やぶ蛇になってしまうかもしれない』と思って、必要以上には言及しなかったんだよね。
「魔石というのは魔法石の略称だ。
そして、魔法石というのはその名の通り、魔力が込められた特別な石のことで。
力を持った能力者が石に自分の能力を宿すことで、その力を溜めておけるものでな。
基本的に長い年月を経て、鉱石に魔力が溜まったことにより、偶発的に出来るものなのだ。
宝石大国と呼ばれているお前達の国、シュタインベルクは鉱山の宝庫な上に、魔力が発生しやすい地域みたいでな。
他の国で採れるものとは訳が違って、基本的に流通している鉱石のその殆どが魔法石だと言ってもいいくらいなんだぞっ」
私が、どういう物なのか教えて貰おうと質問したことで、アルから続々と『魔法石』に関する詳しい説明が降ってきて。
『やっぱり聞かない方が良かったのかもしれない』と内心で反省してしまった。
こういうとき、必ずと言っていい程に、アルからもたらされる情報は重大なものだと分かっていたはずなのに……。
【魔法石に、能力者が魔法を宿すことで、その力を溜めておける……?】
――それって、いつでも、魔女以外の普通の人でも、その石を持っていれば、誰でも能力を発動することが出来るって言ってるようなものだよね?
もしかしたら、発動するには“それなりに条件”があるのかもしれないけど……。
アルのこの口調だと、あまりにも簡単に誰でもその石を扱うことが出来るのだと言っているように思えてならない。
しかも、そんな貴重な石が、シュタインベルクにはごろごろと転がっているというか、採れる鉱石の殆どが魔法石って一体、どういうことなのっ……!?
ひとたび、そのことを知っている人間が、魔女を利用して最大限に魔法石を悪用したら、それだけで、あまりにも危険だと思うんだけど。
「うん……っ? 一体、どうしたんだ、お前達? そんな風に、揃いも揃って、この場で固まって……。
別に、特別珍しいことでもないであろう? そもそも、セオドアの魔法剣もその素材に魔法石が使われているんだから。お前達にも、もの凄く馴染みが深いはずだ」
――まぁ、セオドアの場合、なまじ本人の剣の腕が凄すぎて、アリスの能力を使うタイミングなど、今までどこにもなかっただろうがな。
その上、アルの追い打ちをかけるような一言に、私は思わずセオドアと顔を見合わせて再び固まってしまった。
状況をきちんと整理しないと、それだけで頭の中がパニックになってしまいそうなんだけど。
えっと、確か……、城下の街で入手した“武器屋のおじさん”が元々使っていた魔法剣は、普段は無骨な何の装飾もされていない剣だけど。
『能力者の願い』が込められて、初めて、練度の高い武器が出来上がるんだったよね?
言い方をただ変えただけで、武器屋のおじさんが言ってたことも、アルが今、言っていることも、本質的には全く同じで……。
もしかしてそれって、魔法石に魔女の能力が宿るから、っていうことだったりする……?
ということは、もしかして、もしかしなくても……。
「セオドアは、いつでも私の能力である“時間を操れる魔法”を、自由に使えるってこと……?」
と、声を出してアルに問いかければ。
アルは、私とセオドアの両方に視線を向けながら……。
「いや、魔法石に込められた魔法を使う場合、基本的には一回きりしか使うことは出来ない。
一度使ってしまったら、魔法石に込められた魔法が空っぽになってしまうからな。
……その都度、能力者が魔法石に再び魔法を溜めなければいけないという手間がある。
それに、魔法石の中にも種類があってな。
よほど、長い年月をかけて自然界から力を蓄えて純度を高めたものじゃない限りは、永続的に使えるものではなく、一度だけの使用で石自体が破損してしまうことが殆どだ。
それに鉱石の種類によって、相性の良い魔法とそうじゃない物もあるから、相性が良くないとそもそも魔法石に魔法が込められないし。
魔法石と取り扱う魔法の種類によほど詳しくないと、その見極めが出来るような存在は、それこそ僕以外にはいないだろうな」
と、更に詳しく説明してくれる。
その言葉に、シュタインベルクで採れる鉱石はその殆どが、魔法石だと言っていたけれど。
その中にも一度で壊れる純度の低いものと、複数回使える純度の高いものがあるだけではなく。
相性の良い魔法が込められる鉱石にもばらつきがあって、種類があるのか、と私が驚いていると……。
「僕は、見ただけで直ぐに判別がつくが。
お前達でも、パッと見て、一番判断がしやすいのは、鉱石の色だな。
例えば青玉のように青色の石は水魔法と相性が良かったり。
この間、セオドアが城下の街で手に入れた黄玉は、土魔法と相性が良かったりな。
それから、緑色の鉱石は草や自然系の魔法……。
ハンベルジャイトやダイヤモンドのように白色の鉱石は治癒能力のような光魔法と、アリスのような特殊な能力で、どこにも属すことのないような無属性魔法などと相性が良いし。
逆に黒曜石のような黒色の鉱石は、闇魔法と密接な繋がりがある」
と、鉱石の種類によって込めることが出来る魔法についても補足するように詳しく教えてくれた。
「僕のようにどの属性も扱える者でなければ、よほどのことがない限りは、誰も気付かぬであろうが。
その中でも赤は特に別格とされる色だ。
……お前達の髪色や目の色などもそうだが、魔力は赤色のものに多く宿るみたいでな?
特に純度が高いとされる魔法石は、その殆どが赤色の石であることが多いのだ。
それ故、赤の鉱石は他の鉱石と違い、火を扱った魔法だけではなく、他の魔法であっても威力は弱まってしまうことが多いが、相性なども無視して、一回だけなら魔法を込めることが出来るという特性を持っている。
つまり、紅玉であるルビーは、それだけで特に貴重な鉱石だと言えるだろう」
その上で、これでもかというくらいに、続々とアルから降ってくる魔法石の情報量に、一回では処理しきれずに。
容量がいっぱいになりすぎて、頭の中がこんがらがってしてしまいそうになりながらも、何とか私でも魔法石がどういう物なのか、朧気にも掴めることが出来た。
――そして、これもまた、絶対に世には出してはいけない新たな秘匿情報であるということも……。
【そんな貴重な物が、誰でも手に出来る状態で、知らず知らずのうちに世の中に流出してしまっているとか、凄く恐ろしい……】
シュタインベルク産の鉱石だなんて、それこそ、どこの国でも貴族などの富裕層である人達なら絶対に一個は持っていても可笑しくないものだし。
特に、珍しくもないと思うんだけど……。
それでも、アルの話の中で一個だけ良かったと思える点を挙げるとするならば、宝石の中でもあまり良くないとされていて『ルビー』などの赤色の宝石は世間でも特に人気がなく。
赤というだけで『呪い』というイメージがあまりにも定着しすぎていて、一般的には忌避されて、あまり、人々が身につけたりしないものだから、そこだけが唯一の救いだっただろうか。
アルの説明は凄く分かりやすかったんだけど、正直、本当に心臓に悪いような話ばかりで、思わず胃がきゅうっと締め付けられるような感覚に陥ってしまう。
アルが悪い訳ではないし、私がアルに詳しい事情を聞いたのがそもそもの始まりだったんだから、責めたりするような気持ちがある訳ではないんだけど。
流石に、トップシークレットとも呼べるような世界の理に触れてしまうと、ドキドキが止まらなくなってしまって、必要以上に心配してしまうからだということは、自分でも自覚していた。
「ってことは、俺は一回だけの限定で、姫さんの能力が使えるのか……?
任意のタイミングで……? それとも、突発的に……?
オイ、まさかとは思うが、それを使うことで、元々の能力者である姫さんの身体に負荷がかかったりしねぇよなっ……?」
アルの話を聞いて、セオドアが真剣な表情で、私の心配をしてくれたことで。
一気に、この場にいた全員の視線が私の方を向いた。
そのことに、アルは少しだけ考えるような素振りを見せながらも……。
「うむ、基本的には問題ない。
魔女が能力を使うのと、能力を魔法石に宿すというのは根本的に違うからな。
ほら、あの武器屋も、言っていたであろう? この武器に能力者が願いを込めればそれでいいと……。
それから、取り扱うのに少しコツはいるが魔法石さえ持っていれば、誰でも任意で使用することが可能だ。……また、持ち主を守ろうとして危機的状況に陥った時に、発動することもある」
と、どこか濁すような口調ながらも、基本的には問題がないということを私たちに告げてくれた。
その言葉に、セオドアが少しだけ眉を寄せたあとで『基本的には……?』と声を出して、更に問いかけてくれると。
「あまりにも頻繁に石に自分の力を込めるというのは試したことがないから、僕も長期的な問題についてはよく分からぬのだ。
だが、さっきも言ったが、相性の良い石に能力を宿す分にはそこまで問題はないし、そこまで頻繁でなければ身体に支障を来すようなことはないと断言してもいいだろう。
だけどな……? どんな魔法でも込められる万能にも思える赤色の鉱石だけは唯一、一つだけ欠点があってな。
基本的に、赤色の鉱石に相性の悪い魔法を込める場合は、魔女が能力を使用する時と同じように……。
その使用者の命を削ってしまうんだ。……元々、本来は相性の悪い石に、無理矢理、その法則を無視して魔法をねじ込んでいるようなものだから、どうしてもそこで反発が起きてしまう」
と、アルが私たちを見ながら難しい表情で、頻繁に魔法石に能力を宿した場合の懸念点と、赤色の魔法石の欠点について教えてくれる。
さっきまでの話だけ聞いていると、赤色の鉱石は凄く特別で万能なように思えたけど……。
致命的な欠点とも思える内容に、思わず私はびっくりしてしまった。
アルみたいに魔力を無尽蔵とも思えるくらい膨大にその身に宿している精霊が、赤色の魔法石に好きな魔法を込めることは出来ても。
とてもじゃないけど、人間の身体で『一芸に秀でただけの魔女』が赤の魔法石を使用するには、あまりにも、支払う対価というか、コストが見合ってなさすぎる。
……そこで、不意に思い出したんだけど。
そういえば、確か……。
セオドアの魔法剣を、武器屋のおじさんから譲り受けた時には、剣に埋まっていた石の種類は『透明』だった気がする。
――だとしたら、無属性魔法を持っている私と、あの魔法剣は凄く相性が良かったということなのだと思う。
……アルはその時から、分かっていたのかな?
分かっていて、あの剣を武器屋のおじさんに『売り物じゃないのか?』と聞いてくれたんだろうか?
色々と、後から後から気になることが湧いて出てくるものの。
ひとまず、魔法石については詳しく知ることが出来たし。
アルが純度が高いといっていたことからも、ここで、マルティーニ家からもらい受けた『無職透明』なハンベルジャイトは、それこそ私とも凄く相性の良い魔法石だということが確定してしまった。
【何か、あったときのために大切に取っておこう……】
それこそ、私が願いを込めてあの石を宝石にでも加工し……。
ローラも含めて、私の身近な人に肌身離さず持って貰っていれば、一回だけ時を巻き戻したりする能力で、離れていてもみんなを救うことが出来るかもしれないってことだもんね……!
貰ったあの石の使い道はそれこそ、慎重にしなければいけないと思いながらも。
重要な話を聞いてしまい……。
『これから先、一度たりとも誰にも言わずにそのことが守れるかな……』と、ドキドキそわそわした様子で、私と同様にちょっとだけ落ち込んでいるアル以外のみんなの空気を変えたくて……。
話の転換をするつもりで……。
「あ……、そうだっ。……えっと、話は変わるんだけど。
エリスって、以前は確か、テレーゼ様のお側に付いている侍女だったでしょ……?
テレーゼ様って、普段は、どんな感じの人なのかなぁ?」
と、昨日、お父様から一連の事件の黒幕かもしれないと容疑者の一人として、その名前が挙がっていたテレーゼ様のことについて。
私自身は、巻き戻し前の軸も含めて、敢えてテレーゼ様のことを避けていた部分があるから、元々仕えていたエリスなら『私の気付かないようなところ』で、何か知っていることがあるかもしれないと。
丁度良い機会だから、聞いてみようと思って、声をかけると。
私の問いかけに、びくりと、一度肩を震わせたエリスが……。
「……っ、テレーゼ様、ですか?」
と、戸惑ったように私に向かって、声を出してきて。
私は……、『突然のことで、びっくりさせてしまったかな?』と思いながら、エリスのその反応に首を傾げた。