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393 お茶会の終わり

 


 私たちに何も聞くことなく、やって来るなり頭を下げたマルティーニ伯爵の姿を目にした瞬間。


 ミリアーナ嬢が床にしゃがみ込んだまま、大粒の涙を浮かべて、今度は縋るように伯爵の方を見つめながら……。


「あ……っ、あぁ、お、お父様……っ」


 と、手を伸ばし、ほんの僅かに甘えるような、期待を込めたような声色で言葉を出してくる。


「謝罪なら、もうする必要はない。……今回の事件に関しては、先ほど全て無事に解決したところだ。

 外出していたと聞いていたが、一連の流れについては理解しているな……っ?

 まさかこの後に及んで、この場に来てまで、事態をきちんと把握していないなんてことは言わないよな?

 皇室の威信を穢されただけではなく、俺が何よりも大切にしている妹の名誉まで傷つけられたんだ。

 この女の処罰も、マルティーニ家の処遇も、追って父上から正式に沙汰が下されるだろう」


 そんな彼女に対して、お兄様が一瞬だけ、まるで汚らわしいような物を見る目つきでちらりと、視線を向けたあと。


 どこまでも淡々とした口調で、マルティーニ伯爵にそう告げるのが聞こえてきた。


 ナディア様に話を聞いた限りでは、ミリアーナ嬢が私の食べるフィナンシェに下剤を入れようとしていたということは、この家の従者達も何も知らされていなかったみたいだし。


 貴族の令嬢として、分家であるナディア様のことを今までにも見下していたという状況があったとしても。


 従者達には、きちんとした伯爵令嬢に見えるよう、普段から彼女自身が『有りの儘の自分の姿』を、出来るだけ取り繕ってきたのかもしれない。


 強い物に媚びへつらい、自分が下に見ている人間に対して()()()()()()()というのは、どこにいっても、一定数いるものだし。


 これまで、男爵令嬢や子爵令嬢しか『ターゲット』に選んでいなかったところを見るに、ミリアーナ嬢自身が、自分が一番だという思いを心の中に秘めながらも。


 マルティーニ伯爵の目がある中……。


 伯爵家に仕える従者達を目の敵にするよりも、ナディア様という絶対的に埋まることのない身分を盾にして、虐げることの出来る存在が今まで傍にいたことで、彼女の人間性はそこにだけ向いていたんだと思う。


 ただ……、昔から悪い噂しかなくて、恐らく立場など何も関係なく、心の中では()()()()()()()()()()()()()()が、今日のお茶会で皇女らしく上手く立ち回ったことと、以前から彼女が慕っているお兄様が『私のことを溺愛している』と話したことで。


 元々、私を貶めるため、用意周到に『フィナンシェに下剤を入れよう』と画策していたのは勿論のこと。


 それ以上に……。


 強い激情に駆られ、沸騰する怒りに身を任せ、その仮面が剥がれ落ち、彼女自身の自制が効かなくなってしまい、日頃から感じていたであろう()()()()()()()が、もう抑えきれないところまで来てしまったんじゃないかな?


 これだけ、事が大きくなっているというのにも関わらず、上辺だけの謝罪のみで、今もまだ、彼女の瞳にきちんとした反省の色は見えず。


 ――何故、自分が悪いのか。


 『どうして、ここにいる全員が揃って自分のことを責めるのか』と、周りの人に対して信じられないとでも言うような目つきで見てきていることからも、如実に、それが現れていた。


 ……伯爵家の令嬢として、ナディア様を相手に、ずっと優位な立場でいる環境に身を置いていたからか。


 『何よりも自分が一番尊くて、華やかで目立つ存在なのだ』と勘違いをするようなことになってしまったのだろうか。


 刻一刻と変わっていく現場の状況に対して、マルティーニ伯爵家に仕えている従者達も、自分達が使えている主人であるミリアーナ嬢の言うことと、私の言うことのどちらが正しいのか直ぐに判断出来ず。


 『一体、どういうことなのか?』と、ひたすら混乱を(きわ)めてしまっていたとは思うものの。


 ここに来るまでに、最終的にどうなったのかという事情については、恐らく、伯爵自身も聞いていない訳もなく。


 お兄様の今の発言が正当なものだからこそ、その言葉に、何の反論もすることが出来なくて


 目の前で深く腰をおって、私たちに謝罪をしてきたマルティーニ伯爵が、ぐっと力強く自分の拳を握りしめたのが目に入ってくる。


「……ここに急ぎ戻ってくるまでに家令から事情を聞き、今日、我が家で起きた事件のことは全て把握しています。

 目撃者もいる以上、何の申し開きもしようがないほどに、全面的に此方に非があることは明らかですから……っ。

 我が家と皇室との絆に、最早、修復が不可能なくらい、大きな亀裂を入れてしまい……。

 また、この度は、皇室の名誉を著しく下げてしまうようなことをして本当に申し訳ありませんでした。

 伯爵家の(あるじ)として、私自身、陛下から下される沙汰に、何の異論もなく、どのような処罰も受け取る覚悟は出来ています。

 また、娘に関しては、それこそ、打ち首でも修道院送りでも、どのような重い罰に(しょ)して頂いても構いません。

 皇帝陛下並びに、何よりも皇女殿下に対して、娘の所為で有りもしない誹謗中傷の目に晒してしまったことを、心よりお詫び申し上げます」


 と、誠心誠意謝ってくれたのが見える。


 その言葉を聞いて、ミリアーナ嬢の瞳が大きく見開かれ……。


「そ、そんなっ、……! 打ち首や修道院送りだなんて、あんまりですわっ! 娘である私のことを、庇っても下さらないんですかっ!?」


 と、この場の空気も読まずに、吠えるように声を出したのが聞こえてきた途端。


「いい加減にしろ……っ!」


 というあまりにも大きな怒声と共に、バシンっ、という鈍い音がこの部屋に響いたと思ったら、ミリアーナ嬢がマルティーニ伯爵から思いっきり平手打ちで、その頬を叩かれてしまっていた。


「……っ?? ……っ、お、お父様っっ?」


 その光景に、ミリアーナ嬢以外は誰も口を開くこともなく、まるで水を打ったような静寂が辺りを支配していく中で……。


 普段、そんな風に、誰かから殴られるということ自体が無いからなのか。


 ミリアーナ嬢は今、自分が父親に叩かれたことが、到底信じられないと言った様子で、混乱し、呆然としたような雰囲気で、マルティーニ伯爵の方を見上げていた。


 一方で、マルティーニ伯爵の方は、額に青筋を立てるくらいに興奮した様子で、眉をつり上げ顔を真っ赤にしながら……。


「この、大馬鹿者がっ……っ!

 お前はっ……、今、自分が仕出かしていることの重大さも、全く理解していないのかっ!?

 臣下として信頼して下さり、デビュタント以降のお茶会の場として我が家を選んで下さった()()()()()()()()()()()()()にもっ。

 私は、今日、皇女殿下を最大限に持てなすようにと、お前に伝えておいたはずだぞっ!!」


 と、声に出し……。


 続けて……。


「それなのに、何の落ち度もない皇女殿下と皇室に傷をつけたばかりか、一体、どこまで私の顔に泥を塗れば気が済むんだっ!?

 お前の所為で、長年続いてきた名誉ある我が家門が、皇帝陛下から爵位を(たまわ)って以降、初めて没落という最大の危機に瀕しているというのにっ!

 まだ、我が身の可愛さ故に、恥の上塗りをして、保身に走ろうとするのかっ!?

 お前が皇太子殿下を慕っていることには気付いていたが、まさかここまで馬鹿だったとはなっ!

 今のお前の行動が、どれほど、マルティーニの名を穢し家門に泥を塗ることになるのか、ちょっとでも頭を働かせれば分かるだろうっ!

 私は、お前が何処に出ても恥ずかしくないようにと、今まで充分な教育を施してきたつもりだっ!

 ……そんなことも考えられないほどの、“うつけ”を育てたつもりはないっ!」


 と、ミリアーナ嬢に向かって、大声で叱りつけたのが聞こえてきた。


 そこで初めて、ミリアーナ嬢は、ようやく事の重大さを理解して、この場の雰囲気に気付くことが出来たんだと思う。


 助けて欲しいと、乞うような視線を、あっちこっちに向けたあとで……。


 どこを見ても、彼女を庇うような人の姿は見当たらず。


 当事者である私たちだけではなく、令嬢達や従者達の姿も含めて、周囲から非難の視線を向けられていることに、びくりと身体を震わせ。


 ここに来てから、自分の罪がどれほど重いものなのかということを、やっと自覚したのか……。


 『そんな……、そんなっ、』と譫言(うわごと)のような言葉を繰り返し、その瞳に絶望と動揺の色を滲ませたのが、私からも見て取れた。


 マルティーニ伯爵自身は、デビュタント以降に『私が行くお茶会の場』として、お父様が選んでくれただけあって、凄く優秀な人なんだろうし。


 お父様との仲も、恐らく、そこまで悪くはなかったはずだ。


 ……だけど、自分の娘であるミリアーナ嬢が『自分が一番』だという思想を持っており、人を見下して貶めるような狡猾さを身につけているということは、把握していなければならなかったと思う。


 割と……、貴族の家にはありがちなんだけど、自身が凄く優秀だからこそ、その当主があまり家庭を顧みないパターンだとか。


 領地経営に関する自分の仕事の領域については、必要以上に気にかけていても、家のことは何も問題がなく全て上手くいっていると思い込んで、夫人に任せっきりにしてしまうというのも、よくある話で……。


 私自身、巻き戻し前の軸で参加したパーティーで、色々な家の醜聞とかは耳にしてきたから……。


 マルティーニ家の場合は、そういう状態だったのかもしれない。


 ミリアーナ嬢に対して……、『今まで充分な教育を施してきた』と、この場で責め立てているけれど。


 それは、何処に出ても恥ずかしくないくらいの教育をしてくれる、()()()()()()()()()()()()()()()という意味で……。


 決して、ミリアーナ嬢の教育に、彼自身が『今までどれくらい関わってきたのか』ということと、イコールで結びつく訳ではない。


 それに、道徳的なことを教える情操教育(じょうそうきょういく)と、一般の知識としての教育は別ものだし。


 勿論、ミリアーナ嬢自身の本人の性格によるものが、今回の事件を引き起こした一番大きな要因だとは思うものの。


 今までにも、男爵令嬢や子爵令嬢などが被害に遭っていることを思えば……。


 どこかのタイミングで、ほんの少しでも、伯爵や夫人がミリアーナ嬢のことを気にかけることが出来ていたら、恐らくここまでの事は起きていなかったんじゃないだろうか。


 今ここで罪を犯した彼女が全て悪いとはいえ『社交の場で上手くやっている』と、今まで彼女の表面的な部分だけを見て判断していたのなら、マルティーニ伯爵に責任がないとは、到底言い切れない。

 

 私が一番最初の被害者で、私にだけ恨みを持っていて何かをしてきたのならまだしも……。


 男爵令嬢や子爵令嬢に至るまで、今まで被害に遭って来た人は複数人いる訳だから。


 ほんのちょっとでも目配りをして、日頃から彼女のことを注視していたのなら、ここまで自体が大きくなってしまう前に、どこかで必ずその(ほころ)びに気づけたと思う。


 何より、過呼吸になってしまうくらいストレスを抱えたナディア様が、日頃からミリアーナ嬢に見下されていたのは確実なんだし。


 そのことに、長年、一緒に暮らしてきて傍にいたはずの従者達も、伯爵も一度も気づけなかったというのは、ミリアーナ嬢がよほど上手く取り繕っていたとしても、どう考えても可笑しい話だから。


 彼女のそういう一面を見ても、違和感に気付かないふりをしていたことの何よりの証じゃないだろうか。


 ――ミリアーナ嬢の性格に、多少なりとも(なん)があるというのは、誰もが心の中では理解していたはずだ。


 そうして、やがてその矛先が、ナディア様では無くて()()()()()()()()()()()()という可能性にも、少し考えれば行き着くことだって出来たと思う。


 仕事面においては優秀な人なのかもしれないけど……、『なるべくしてこうなってしまった』と見るべきなんだろうな……。


 と、内心で思いながら、私は今ここで彼等の成り行きを見守ることしか出来ない。


「あぁ……、皇女殿下、ほ、本当に、申し訳ありませんでしたっ……っ!

 ウィリアム殿下のことを、心からお慕いしているんです……っ!

 そのために、厳しい教育にも堪えてきましたっ! 全てはウィリアム殿下のお心を射止めるために……っ、! どうか、お願いです、挽回のチャンスを私に下さい……っ!」


 誰も助けてくれる相手がおらず、頼るところもなくなって、最終的にまた私のもとに戻ってきた彼女は……。


 今度は自分がどれほど、お兄様のことを想っているのかということを、全面的にアピールしているみたいだった。


 他のご令嬢達はその姿を見て『うわぁ……』という視線で、ドン引きしているし……。


 彼女の伸ばされたその手が、私のドレスに触れた瞬間。


 お兄様が不快そうな表情を浮かべながら、思いっきり眉を寄せて、彼女の手を払いのけたのが目に入ってきた。


「お前の、その穢らわしい手で、アリスに触るな……っ!

 ここまで大立ち回りをして、アリスのことを貶めようとしておいて……。

 よくもまだ、厚かましくも、そんなことが言えたものだな……!

 これから先、大事な妹を穢したお前のことを、俺がほんの僅かでも、好きになるような瞬間があると思うか?

 皇宮から派遣された騎士が来るまでは、事情を話すために残っていようかと思ったが、これ以上、ここにいても不愉快さが増していくだけだ。……アリス、帰るぞ」


 その上で……。


 お兄様から突然、言葉をかけられて、私は驚きに目を見開きながら慌ててこくりと頷き返した。


 あまりにも低い声を出して、これ以上ないくらいに怒っているお兄様と……。


 さっきから軽蔑したような冷たい視線をミリアーナ嬢の方に向けたままだったセオドアが、私を守るようにして左右に立ってくれるのを感じながら……。


 間に挟まれた私は、突然の『帰る』という言葉に混乱しつつも、ナディア様が私のことを庇ってくれる前のお兄様の発言を(かんが)みれば……、騎士達が来るまでは一応『当事者である私』は残った方がいいんじゃないかと、思えるんだけど。


 実際、そのあと全てが明るみになってしまって、ミリアーナ嬢が(くわだ)てたことだと彼等の手を借りることもなく、あっさりと事件が解決してしまった以上。


 皇宮の騎士達の介入に関しては、もう今の段階で殆ど必要がなくなってしまっているし。


 何とか、ナディア様を助けることは出来たものの。


 伯爵家に関しては、もう既に、私ではどうすることも出来ない領域に入っていることから、お兄様の言うように、別に、ここに必ず残る必要も無く。


 皇宮に帰ってから、お兄様が詳しい事情を『お父様と騎士団』に伝えてくれれば、それで問題はないというのは勿論のこと。


 ここまで、衆人に色々なことが晒されてしまっている以上、伯爵家も事情を聞きにやってきた騎士達に、嘘の申告をすることは絶対に出来ないだろうから。


 双方共に、嘘や偽りのない申告で、現場を検証する必要さえなくなって、一応、伯爵邸に向かってくれているであろう騎士達も、この後の仕事は事後処理のみになって、お父様に報告書を上げるだけになると思う。


 私たちがこの場に残っても、皇宮に帰ったとしても結局は同じことであり……。


 私自身がここに残ったところで出来ることはそう多くなく、あとは、後日下されるであろう、お父様の沙汰を待つだけになる。


 だけど……。


 ――本当に帰っても良いのかな……?


 騎士たちに事情を説明するのに、この場に残っていた方が『印象が良くなったりしないかな』と。


 事件の結末に関しては、私に完全に非がなくなったと分かっていながらも、小心者の私はこういう時も、無駄に、凄くドキドキしてきてしまうんだけど。


 セオドアもお兄様も、ミリアーナ嬢のことはかなり警戒してくれていて、今、こんな状況になってでも、ミリアーナ嬢が逆上でもして、私に()()()()()()()()()()()()()()()と思っているような雰囲気で。


 彼女に対して、私が必要以上に傷つかないようにと牽制して、配慮してくれているんだと思う。


 ミリアーナ嬢の方を見れば、お兄様にかけられた今の言葉が決定打になってしまったのか、生気の抜けたような瞳をしていて、とてもじゃないけど、もうそんな気力は無いように見えるけど……。


 お兄様の言葉に……、直ぐにマルティーニ伯爵が動きを見せ……。


「殿下、この度のことは、本当に申し訳ありませんでした。

 ……こんな物では、当然、怒りなども収まらず、不要かも知れませんが、此方の鉱石が宝石大国の我が国でも大変珍しく、貴重な品であることは間違いありません。

 また、他の物に関しましても、私が趣味で集めていた一級品のものを謝罪の品としてご用意いたしました。

 私にはこのようなことでしか償えませんが、どうか、心ばかりの物で苦しいのですが。

 皇女殿下に、ミリアーナが渡す予定だった鉱石と、他の物もお詫びの証としてお受け取り下さい」


 と、現場の状況を維持する必要がなくなったということで……。


 いつの間に拾われていたのか、ミリアーナ嬢がわざとカーペットに落とした鉱石と共に、この部屋に飾ってあった美術品が数点無くなっており。


 マルティーニ伯爵の謝罪の言葉で、伯爵家に仕えている家令が、私に向かって紙袋を差し出してきた。


 この中には、鉱石だけではなく、価値の高い本当に貴重な作品が幾つも入っているのだと思う。


「また、皇女殿下のお心遣いで、分家の方だけでも残すように配慮して貰えないかと、陛下に口添えして頂けると聞きました。

 皇女殿下の優しさで、我が家門の全てが無くなってしまうようなことにはならず、私自身も心からホッとしています。

 本当に、何と言って感謝すれば良いのか分かりませんが、ありがとうございましたっ……」


 そうして、伯爵から丁寧にお礼を言われたことで……。


 私は、どんな言葉をかけていいのか分からずに、『……いいえ』と声に出して、彼の言葉をただ受け止めるだけに留めることにした。


 こういう時の対応に関しては、本当に難しいし……。


 私自身がナディア様がいる分家を助けるという判断をしたことで、ナディア様自身は、ミリアーナ嬢から酷い扱いを受けていたものの、本家と分家の仲がそこまで悪いものじゃなかったとしたら……。


 例え、没落して戸籍上は平民という立場になろうとも、他の家族と従者達などは、そのまま分家の方や、親戚などの伝手を頼って身を置かせて貰い、ナディア様のいる子爵家に再雇用して貰える可能性もあるものだから。


 ――今この場で、迂闊に、返事をすることは出来なかった。

 

 その辺り、ナディア様の父親である子爵がどういう判断をするのかは分からないけど……。

 

 伯爵は今、そのことも念頭に置いた上で、私に対してお礼を伝えてきているんだと思う。


 だけど、やっぱり私は、ナディア様のことを傷つけたミリアーナ嬢のことはどうしても許せないと感じるし。


 伯爵家に、長年そのことを見て見ぬふりをしてきた人達が『絶対にいる』ことを思えば、複雑な気持ちになってしまうんだけど。


 そこは、子爵家と伯爵家の間で話が進められることであり、これ以上は、私自身が直接関与出来るものではないから、どうしようもない。


 お父様の裁きが『どの範囲にまで及ぶのか』というのは、勿論、前提にあるものだけど、当事者であるミリアーナ嬢に次いで、その責任を負うのは恐らく、当主である伯爵になるだろうし。


 彼も、当然、罰を逃れることは出来ないだろう。


 ……その覚悟の上で、今まで伯爵家に仕えていた従者や、夫人、それからミリアーナ嬢自身が『兄がいる』と言っていたことからも、自分の跡継ぎとして育てていたであろう嫡男(ちゃくなん)の行く末など。


 一族全員が、ミリアーナ嬢の仕出かしたことによって、罪を償わなければいけなくなる最悪の状況については。

 

 図らずも、私がナディア様を助けたことで……。

 

 『回避出来るかもしれない可能性』が出てきたからこそ、ここで伯爵が安堵したような表情を見せているのだということも、勿論、分かってる。


 確かに……、罪の無い人もいることを思えば、私自身もそこまで必要以上に伯爵家の全てが破滅に向かうようなことはしたくないというのが本音だけど。


 今日出会ったばかりの、数分しか会話もしていない伯爵の人となりが分かっていない以上は、彼に味方をすることは絶対に出来ないし。


 もしも仮に、今まで苦しい思いをしてきたナディア様が助けて欲しいと願うのなら、お父様に直ぐに状況を伝えることは出来るから、どんな時でも『子爵家に味方する心づもり』でいようと、決めて。


 私は、『皇女様……』と、伯爵の隣に立ち、私に向かって……。


「私からも、お礼を言わせて下さい。

 我が家のことで、ご迷惑をかけてしまったにも関わらず、本当にありがとうございました」


 と、まるで憑き物が落ちたかのように、ほんの少しだけすっきりしたような表情でそう言ってくれるナディア様に、にこりと微笑みかけた。


「ナディア様……っ。

 今後も、何か困ったことがあれば、いつでも力になりますので、遠慮無く、私を頼って下さいね。

 そうじゃなくても、これから、ナディア様とはお友達として、気軽に手紙なども送って頂けると嬉しいです」


 そうして、彼女の手を握って、明るい声でそう伝えれば……。


 直ぐに、その言葉の裏に隠された……、私が彼女に本当に伝えたかった意図に、彼女自身、気付いてくれたのだと思う。


「はい……。

 何から何まで頼りっぱなしで、本当にありがとうございます。

 暫くは慌ただしくなってしまうでしょうが、落ち着いたら、必ず此方からご連絡を致します。

 ……私も、皇女様と文通が出来るのを心から楽しみにしています」


 まだ……、ちょっとだけぎこちなさが残るものの、そう言って微笑んでくれたナディア様の姿に、私はホッと胸を撫で下ろした。


 そうして、伯爵とナディア様との話が終わったのを見計らって、他のご令嬢達からも……。


「皇女様、是非、今度は私の主催するお茶会にも来て頂けると嬉しいですわ~」


「私からもお願いします。……今日の皇女様の立ち回り、本当に痺れるくらいに格好良くて鮮やかでしたわっ!

 これは是非とも、社交界でも積極的に話題にして、広めねばなりませんねっ……!」


 と、キャッキャと、まるで英雄かのようにキラキラとした瞳を向けられ、取り囲まれてしまったあと。


 そんなこと、今までに一度もなかったのに、私との約束がしたいとまるで取り合いのようになってしまったことから、彼女達とも『今後、平等に、お付き合いをさせて貰う』ことを約束した上で……。


 私は暫くの間、私と彼女達が話すのを待ってくれていたお兄様とセオドアに連れられて……。


「まぁ、っ……! 素敵だわっ! 殿下と騎士様は本当に皇女様のことを心から想っていらっしゃるというのが伝わってきますわ~!」


「あぁ、もう、もう……っ! 皇女様のお人柄あってのことだと思いますが、まさしく逆バージョンの両手に花状態で、とっても羨ましいですわ……!」


「今日の遣り取りで、(わたくし)、お三方のファンになってしまいましたわっ!

 皆様、とっても気高(けだか)くて、いらっしゃって……!

 是非今度は、お二人と皇宮で、皇女殿下がどのようにお過ごしになられているのか、詳しいお話を聞かせて下さいなっ……!」


 という、何故か私も含めて『ファンになったのだ』と言われてしまって、好意的に見てくれる令嬢達の黄色い視線に見送られ……。


 あれよあれよという間に、難しい表情を浮かべて、私の手をぎゅっと掴んだまま、一切、その手を離そうとしないお兄様と。


 『……姫さん、転んだら危ないからな?』と、お兄様に手を握って貰っている以上、そんな状況は絶対に訪れないはずなのに。


 セオドアに手厚く保護され、反対の手をエスコートするようにして、伯爵邸に待機していた馬車に乗せられ……。


 バタンと、扉が閉まってしまえば、私が一人、混乱しているうちに、あっという間に皇宮へと帰ることになってしまった。




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♡正魔女コミカライズのお知らせ♡

皆様、聞いて下さい……!
正魔女のコミカライズは、秋ごろの連載開始予定でしたが、なんとっ、シーモア様で、8月1日から、一か月も早く、先行配信させて頂けることになりました!
しかも、とっても豪華に、一気にどどんと3話分も配信となります……っ!

正魔女コミカライズ版!(シーモア様の公式HP)

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1話目から唯島先生が、心理的な描写が多い正魔女の世界観を崩すことなく、とにかく素敵に書いて下さっているのですが。

原作小説を読んで下さっている方は、是非とも、2話めの特に最後の描写を見て頂けたらとっても嬉しいです!

こちらの描写、一コマに、アリスの儚さや危うさ、可愛らしさのようなものなどをしっかりと表現してもらっていて。

アリスらしさがいっぱい詰まっていて、私は事前にコミカライズを拝見させてもらって、あまりの嬉しさに、本当に感激してしまいました!

また、コミカライズ版で初めて、お医者さんである『ロイ』もキャラクターデザインしてもらっていたり……っ!

アリスや、ローラ、ロイなどといった登場人物に動きがつくことで。

小説として文字だけだった世界観に彩りを加えてくださっていて、とっても嬉しいです。

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本当に沢山の方の手を借りてこだわりいっぱいに作って頂いており。

1話~3話の間にも魅力が詰まっていて、見せ場も盛り沢山ですので、是非この機会に楽しんで読んで頂ければ幸いです。

宜しければ、新規の方も是非、シーモア様の方へ足を運んでもらえるとっっ!

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※また、表紙や挿絵イラストで余す所なく。

ザネリ先生の美麗なイラストが沢山拝見出来る書籍版の方も何卒宜しくお願い致します……!

1巻も2巻も本当に素敵なので、こちらも併せて楽しんで頂けると嬉しいです!

書籍1巻
書籍2巻

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✽正魔女人物相関図

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+注意+

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