384 子爵令嬢の告白
私がナディア嬢と一緒に伯爵家の洗面所まで行くということに、ミリアーナ嬢は最後までほんの少しだけ『お客様にそのようなことをさせる訳には……』と渋った様子だったけど。
「いえ、これくらいは問題ありません」
と、にこっと対外的な皇女としての笑みを向けて、私がそう伝えると、最終的には納得した様子で頷いてくれた。
多分、だけど……、私がナディア嬢に付いていくと言った瞬間、お兄様目当ての令嬢達の瞳の奥が一斉に『まるで狙った獲物は逃がさない』とばかりに、キラキラと輝き。
彼女達が打算で『皇女様は、とてもお優しいんですね……っ!』だとか。
『ナディア嬢が心配です。……皇女様のご配慮に、お任せしても良いでしょうか……?』と、心配する体を装って、私の行動を後押しするように声をかけてきたことも凄く関係していると思う。
私がこの場に居ると、どうしても招待客である私のことを優先しなければならないけど、私が何かの都合でこの場を立ってしまえば、その間は遠慮無くお兄様と話すことが出来るから……。
分かりやすく、チラチラッとお兄様の方を期待が籠もったような熱い眼差しで見つめている令嬢達に。
この場に一人お兄様を置いていくのも、彼女達の相手で『苦労をかけてしまうかもしれない』と心配になったものの、こればっかりは仕方がない。
ナディア嬢の様子に違和感があったことに、“私が気付いた”くらいだから、そういうのに鋭い二人が気付かない訳もなく。
セオドアやお兄様も、このお茶会で彼女のことは気にかけてくれていたみたいで……。
私が彼女に続いてソファーから立ち上がると、私のことを心配してくれた様子のお兄様から、即座に『俺も付いて行った方が良いか?』という視線を向けて貰えたんだけど。
私は、お兄様のその有り難い申し出を、ふるりと首を横に振って断ることにした。
流石に、本当にナディア嬢の体調が悪いのなら、吐き気などを催している可能性だってあるし。
男の人が洗面所まで一緒に付いてきて、万が一にでも“そういう姿”を見られてしまうことになれば、恥ずかしいと感じるかもしれない。
特にお兄様のように、女性なら誰もが憧れる皇太子という『立場のある人』なら尚更……。
その代わり、セオドアが視線だけで『アンタは動かなくて良い。何かあった時の為に、俺が姫さんに付いていく』とお兄様と私に向かって、アイコンタクトをしてくれた。
ナディア嬢からしてみると、セオドアが付いてくるのも本当は嫌かもしれないんだけど……。
セオドアは私の護衛騎士だから、主人を放置してこの場にとどまっているのも不思議な感じになってしまうし。
セオドアが一緒に来てくれる理由については、ナディア嬢ではなく私に付いてきてくれるということで……。
仮にセオドアとお兄様が今、心配してくれているような事が起きなくて。
本当にナディア嬢の体調が悪いというだけであっても、周囲からも特に違和感は持たれないだろうし、この場においては最善だった。
もし何か危険なことでも起きてしまったら、直ぐに対処してくれるつもりで、二人がさりげなく視線を交わしてくれたのだと分かって、お兄様とセオドアの配慮に『どこまでも有り難いなぁ……』と感じながら……。
私は、ソファから立ち上がったナディア嬢へと『では、一緒に行きましょうか……?』と穏やかな目線を向ける。
そうして、直ぐに、私の視線に気付いて。
「……あ、はい。……皇女様、ありがとうございます」
と声に出して頷いてくれたナディア嬢と共に、伯爵家の洗面台がある場所まで、ミリアーナ様から声をかけられた侍女に案内して貰いながら、たどり着いた私は……。
仰々しく『何かあれば、いつでもお申し付け下さい』と言って、引き下がった侍女に頷いたあと。
セオドアには一応、何かあった時の為、扉の前でスタンバイをして貰った上で……。
私とナディア嬢の二人だけで、洗面所に入ってから、どこか浮かない表情をしながら視線を伏せ、ふるふると震えながら、自分の身体を片手でぎゅっと抱きしめるようにしているナディア嬢に。
『やっぱり、あまり調子が良くないのかな?』と……。
「……気分が優れないようなら、洗面台の前に置いてある此方の椅子に座りますか?」
と、声をかけていると……。
「……あっ、あのっ……、こ、皇女様……っ」
と、私の方を見つめるナディア嬢の瞳が、何かに怯えるように思いっきり不安に揺らいだのが見えて、びっくりしてしまう。
そうして、突然『カチカチと、歯を鳴らし』ブルブルと震えだしたナディア嬢に、どう見ても普通の状態とは思えなくて、困惑しつつも。
再び『ナディア様、本当に大丈夫ですか……?』と、私が声をかけようとしたところで……。
思いっきり、彼女から手首をガッと捕まれてしまって、ビクっと身体を震わせれば……。
「こ、皇女様……、あのっ、私……、そのっ……っ!
ごっ、ごめんなさいっ……。悪気はなかったんです……っ。
言うことを聞かないと、ミリアーナ、様が……、っ。ミリアーナ、様、が……っ」
と、どこか切羽詰まったように、引きつったような声が聞こえてきて、私はあまりにも思いがけない言葉が彼女の口から降ってきたため、息を呑んだあと……。
「……?? えっと、ナディア様、とりあえず落ち着いて下さい。
ミリアーナ様……? が、一体、どうされたんですか?」
と、とりあえず、柔らかい口調を心がけながら彼女に向かって声をかける。
私がそうしていると、直ぐにセオドアが異変に気付いて……。
「……っ、不穏な声が聞こえてきたから、何かあってからじゃ遅いと思って入らせて貰った。
……姫さん、大丈夫かっ?」
と、この場に入ってきてくれた。
扉は完全にではないけど、殆ど閉めていたから、セオドアからはこの場の状況を見ることは出来ていなかっただろうけど。
セオドアは耳が良いから、扉の前に立ってくれていたのなら、中の声に関しては全て聞こえていただろうし。
ナディア嬢の声の調子から拙いことになるかもしれないと、直ぐに判断して行動してくれたんだと思う。
目の前で、ブルブルと震えながら譫言のように私に向かって謝罪してくるナディア嬢に、一見すると、何か悪いことを『私が、彼女にしてしまったんじゃないか』と取られ兼ねないシチュエーションではあったものの。
直ぐにセオドアが入ってきて、この場の状況を確認してくれたことで、そうはならなかったことに、ひとまずホッとする。
それから、セオドアは、私が、彼女から手を捕まれていることに気付いて、思いっきり眉を寄せた様子だったけど。
「っ、……っ!」
セオドアに声をかけられた瞬間、驚いたように目を見開き『うぅっ……、!』と声にもならない声を溢したあと。
いきなり、堰を切ったかのように、ぶわっと泣き出してしまったナディア嬢の尋常ではない様子に、私と同様、セオドア自身も困惑した様子だった。
「……あのっ……、ナディア様、落ち着いて、ゆっくりと深呼吸をすることは出来ますか……?
今は、私のことやミリアーナ様のことは考えなくて良いので。
……ただ、ご自身が落ち着かれるように労ってあげてください」
にこっと、なるべく穏やかに柔らかく見えるよう微笑みかけながら……。
私はナディア嬢に『洗面所にあった背もたれのない丸椅子』に座って貰うよう誘導したあと、その背中を優しくさすりつつ、声をかけ続ける。
彼女の突然の涙にもびっくりしたけれど、見た感じ、自分が泣いてしまったことで『はぁ……っ、はぁ……っ』と荒い息を溢しているナディア嬢に……。
……もう既に、その予兆はあると感じつつ、もしかしたら、このまま行くと過呼吸になってしまうかもしれないと内心で思いながら、私は苦い笑みを溢した。
『あまり良くない経験だなぁ……』と自分でも思うものの、私自身も、巻き戻し前の軸の時も含めて度々、そういった経験をしたことがあるから良く分かるんだけど。
過呼吸に対する対処法は殆どなく、こういう時は、ひたすら自分の呼吸が落ち着くまで、ただ耐え忍んで、ゆっくりと深い呼吸が出来るようになるまで待つしかない。
一番最悪なのは、呼吸がしにくくなったことにパニックになってしまって、更に浅く早い呼吸を繰り返して症状を悪化させてしまうことだから。
経験済みの私が言うのもなんだけど、お医者さんや他の人達がどうこう出来るものではなく。
こればっかりは、自分でゆっくりと呼吸をするようになるべく意識することしか解決方法がないし。
いつまでも続くものじゃないから、そのうち症状は治まってくるけど。
実際に、症状が出ている時には不安感から『呼吸が上手く出来ない』と感じてしまって、ただただ息苦しくて涙が滲み出てきてしまうのも、自分でコントロール出来るものではなく……。
何度か経験して慣れていると『ずっと続くものではなく』いずれ治まる物だと、頭では分かっていても、なっている間はどこまでも辛い状態なのには変わりがない。
――それよりも、彼女が突然、こんな風になってしまったのには一体、どういう理由があるんだろう?
私の場合は、唐突なフラッシュバックで悪夢を見た時などに起こりやすいんだけど、ナディア嬢はそうではなさそうだし。
だとしたら『何かストレスになる要因があって、そのことで追い詰められていた』としか考えられないんだけど……。
私に謝ってきただけではなく、今、この場で、ミリアーナ様の名前が出てきたことも、何か関係しているんだろうか。
戸惑ってしまう表情を隠しきれずに、セオドアと二人、視線を合わせていると……。
幸いにもそこまで酷いことにはならず、時間の経過により、さっきよりも少しだけ落ち着きを取り戻した彼女にちょっとだけホッとする。
「……ナディア様、無理はしなくていいんですけど……。
もし良かったら、ほんの少しでもご事情を話せそうですか……?」
椅子に座っているナディア嬢に合わせて私もその場にしゃがみこみ、なるべく背中をさする手は緩めずに、声を出して問いかければ……。
ナディア嬢はふるふると震えながらも、まるで人の目を気にするようにビクビクとしながら。
『……あの、出来れば……、扉を、完全に閉めて貰っても良いですか、?』と頼んできて、私が動こうとした瞬間、セオドアが配慮して締めてくれたことで……。
ようやく、自分の事情について、意を決したように話してくれた。
彼女が言うには……。
ナディア嬢と、今日、私を招待してくれたミリアーナ嬢は、分家と本家で親戚関係に当たるみたいで、正式には従姉妹という間柄になるみたい。
勿論、どこの家でもそうだけど本家と分家ならば、力関係はどう考えても本家の方が強く……。
その内容が本当かどうかという真偽については、今ここで置いておくことにして。
子爵令嬢であるナディア様は小さい頃から、伯爵令嬢であるミリアーナ様の傍に付いており、まるで従者のような扱いを受けて生活してきたのだと教えてくれた。
それが何故、私への謝罪に繋がるのか、ということなんだけど……。
「……ミリアーナ様は以前から、皇太子殿下のことを、本当にお慕いしておりまして……っ。
デビュタントで、皇太子殿下と皇女様が一緒にダンスを踊られたことや、お二人の仲が良いことを風の噂で聞いて、日頃から良くない方に気にかけておいででした。
それで、その……、今日も皇女様の前に用意されたお茶菓子用のフィナンシェに、事前に下剤を入れておくように、私に指示をしてきたんです……っ。
伯爵様や侍女達はこのことは知りませんが、皇女様にお出しする用のフィナンシェは他の方達のお皿とは違い、“特別な物”が使われていたので、それで……っ」
まるで、憔悴しきった様子で……。
懺悔するように声を出してくる彼女から事情を聞いた限り、どこまでも短く的確な表現で纏めるのなら、ミリアーナ嬢はお兄様に恋をしていて、今回のお茶会で暴走してしまっている状態らしい。
――どうしよう、っ? もの凄く頭が痛いんだけど……。
幸いにも、出して貰った紅茶は飲んだものの、お茶菓子に用意されていたフィナンシェには一切、手をつけていなかったし。
私の身体は何ともなっておらず、健康そのものであることは間違いない。
ただ、ミリアーナ嬢がお兄様を慕っていて、本心では私を嫌っているということも、彼女から命令されて、ナディア嬢が下剤をお茶菓子に入れていたことも……。
正直、ミリアーナ様は、このお茶会で私のことを気遣ってくれている風だったから、全然、気付いていなかったんだけど、もしも仮にナディア様の言葉が本当なら、彼女からは内心では憎々しく思われて、敵意を向けられてしまっていたということになる。
昨日の伯爵令嬢とは違って、今日はミリアーナ様の丁寧な進行のお陰で、特に何にも起きていなくて和やかな雰囲気で良かったと、ホッと一安心していた時に、この情報は……。
それが嘘であれ、本当のことであれ……。
――正直、泣きたくもなってくる……。
ちょっとやそっとの事が起きても、ある程度、慣れからくる『動じないだけの強さ』は身につけているものの。
やっぱり私は、お茶会や夜会というものに、あまり恵まれない定めなんだろうか?
最早、行く所、行く所で『こういう、トラブル』に巻き込まれると、自分のこの不運体質を呪いたくなってきてしまうんだけど。
『恋は盲目』という言葉がある通り、恋愛という物は人を狂わせてしまうほど、恐ろしいものなのかな……?
恋愛をしたことがない私にはその感情は今ひとつよく分からないものだから、何とも言えないけど。
お兄様が今日のお茶会で私に付いて来たということは、ミリアーナ嬢からしても想定外のことだったはず。
一般的に成人を迎えていない皇女の付き添い人は、母親である皇后が担うことが多いものの、別に一人で行っても問題は無いものだから。
それにしても、ナディア嬢の言っていることが全て本当だと仮定するのなら、ミリアーナ嬢は私に対しては良い顔をして上手く立ち回っているフリをしながらも……。
虎視眈々と、出された『お茶菓子』に私が手を出して、下剤による腹痛で苦しむことになるのを狙っていたのだと思うと。
【あぅぅ……っ、私のことをいつも真っ直ぐに見つめてくれて、有りったけの愛情を込めて声をかけてくれるオリヴィアが恋しい……っ!
あと、アズの時、限定にはなるけど、ギゼルお兄様の存在も……っ】
どこまでも貴重な私の『友人枠』である二人のことを頭に思い浮かべながら、いっそ現実逃避したい気持ちを何とか辛うじて抑えながらも……。
話すことで、自分の立場さえも危うくなってしまうかもしれないというのに。
一体、なぜ、ナディア嬢がそのことを教えてくれたのか、と気になって……。
「ナディア嬢は、一体どうしてそのことを私に……?」
と、私は彼女に向かって声をかけた。
私を見て、ほんの少しためらった様子だった彼女は……。
「……っ、私自身、こんなことはしたくなかったというのもありますが。
そのっ、ミリアーナ様は、社交界でも評判のご令嬢だと言われていますが、中身は、その評判とは、全く釣り合わない方なんです……。
昔はそうじゃなかったのですが、年々、狡猾さが酷くなっていく一方で。
それで、気に入らないからと目を付けられて、被害に遭ってしまったご令嬢達も何人かいらっしゃいます。
でも、皆様、伯爵家よりも下の、子爵や男爵の家柄ばかりの方達なので、誰も彼女の横暴を止めることの出来る方がいらっしゃらなくて。
……ですが、皇女様なら、そのお立場でミリアーナ様のことを止めて頂ける唯一の方だと、っ!
皇女様が、今の社交界で注目を浴びていることは、私も存じていますし。
その……、今日、ミリアーナ様が、皇女様が本当に世間の噂で流れているように陛下や他の皇族の皆様と仲が良いのかどうか試すため、それとなく尋ねていたように……。
私もさっきのお茶会で、皇族であるお二人の仲が親しいものだと確信、しましたので……っ。
皇女様のお優しさに甘える形になるかもしれませんが、是非に、皇太子殿下に伝えて頂き、注意して貰えないかと……」
と、控えめながらおずおずと此方に向かって声を出してくる。
それはつまり……、この後、戻ったお茶会の場で、ミリアーナ様のしたことを白日の下に晒し、お兄様から正式に罰して貰うのを望んでいるということなのだろう。
彼女の言葉に、私はほんの少し考え込むのに黙ってしまった。
今、もたらされた情報をきちんと精査するには、あまりにも時間が足りてない。
パッと見た感じ、おどおどとした様子で、嘘を吐いているようには見えないし。
彼女の言葉を全て真に受けて本当だと信じるのなら、言っている内容に関しても矛盾などが生じて可笑しい所はひとまず見当たらないと思う。
ミリアーナ嬢が今日のお茶会で私に対して『お父様と私』それから『お兄様と私』の関係に対してそれとなく気にして声をかけてきたであろう、というタイミングは幾つもあった。
ウィリアムお兄様とは一緒にいるだけで、その仲も悪いものじゃないと誰の目から見ても明らかではあったけど、お父様に関しては別だ。
確か、ミリアーナ嬢は今日のお茶会で、詐欺事件の話になった時、その場にいる人間の意見を全て纏めたような素振りで、私にこう言ってきた。
【……私の近くでも、被害にあった友人が沢山いるんです】
――是非、皇女様の方で、陛下にあの事件が早く解決するよう嘆願書を提出して頂けないでしょうか。
と……。
最近、世間で流れているという『私と他の皇族の人達に関連する噂』がどんな物なのか分からないにせよ。
私とお父様の仲が以前のように悪いものじゃなく本当に改善されているのか、伯爵令嬢という立場なら、気にかけて声をかけてきても何ら可笑しくない。
『事件解決のための嘆願書を提出して頂けないか』と私に問うことで、私がお父様とそういった深い話まで出来る立場にあるのかどうか、それとなく聞いて探ってきたということなのだと思う。
そういう意味で言うのなら、ミリアーナ嬢は確かに抜け目がないと言ってもいい。
だけど……。
「私に期待されている所、申し訳ありませんが、ナディア様。
その件に関しては、お断りさせて下さい」
と、私は目の前にいるナディア嬢に向かってはっきりと声を出した。
私の言葉に、まさかそんな言葉が返ってくるとは思っていなかったのか、動揺に目を見開いて、ナディア嬢の視線が大きく左右に揺れるのが見える。
「……ど、っ、どうしてでしょうか……っ!?」
混乱して、さっきよりも声が大きくなったナディア嬢に落ち着いて貰えるよう、私が説明するため口を開きかけたところで……。
私と彼女の間で、話を聞いてくれていたセオドアが……。
「アンタの話は分かった。
……だが、アンタの話が本当なのかどうか、という確信については俺たち自身、正直、持てないし。
子爵家の立場で嘘を言って、仮想の敵を作り出した上で“皇室と太いパイプを持ちたい”と姫さんに近づくのが目的だったとも取れるよな?」
と、ナディア嬢に向かって声を出してくれた。
「……そ、そんなっ、! 私は皇女様に本当のことを言っています……!」
「あぁ……、そうだよなァ、本当の事を言ってるんだよなっ?
……じゃぁ、姫さんの食べる予定だったフィナンシェに下剤を入れたアンタは、何も罰せられないのか?」
「……っ、!!」
そうして、セオドアの言ってくれた言葉に、私自身苦笑しながらも、本来なら私が言わなければいけないことだったと『それ以上は言わなくても大丈夫』と、セオドアに真っ直ぐ視線を向けたあとで。
「ナディア様だけではありません。
……もしも、その話が本当なら、ミリアーナ様は勿論、伯爵家存続の危機に関わってくる話でしょう。
……そもそも、この話自体、お兄様がミリアーナ様に注意すればいいという簡単な話ではなく。
皇族の食べる物に何かを混ぜているのだとしたら、私たちの間で解決出来る話ではないんです」
と、続けて声を出す。
「……確か、ナディア様は本家と分家でミリアーナ様とは親戚なのですよね?
本家が潰れてしまったら、分家も当然、大打撃を負ってしまうでしょう。
失礼ですが、ナディア様……、あなたに、その覚悟はお有りですか……?」
私の問いかけに、自分達のやったことで、今後、どうなるのかさえも予想していなかったのだろう。
一気に、顔面蒼白になってしまったナディア様に……。
【ちょっと考えれば分かりそうなことでも、その先を考えることが出来ないから罪を犯してしまうのかもしれない】
と、思いながらも、あれだけ怯えた様子だったことからも、もしかしたら日頃からミリアーナ様の命令が聞けないと何か酷いことをされてしまったりで、誰かが罰してくれればと強く感じてのことだったのか。
それとも、自分がしてしまったことで、いつバレてしまうのかと気が気でなく、罪悪感の下に名乗り出たのかもしれないけど。
皇族である私に頼ってしまうと、その対価も当然大きくなってしまうということを分かって欲しいと私は彼女に向かって穏やかに声をかける。
「今はまだ、私はこの通り、何もなっておらず健康体でピンピンしています。
……ミリアーナ様のことと、あなたが“してしまったかもしれない罪”に関しては、私がフィナンシェを食べないという選択肢を取ることで、このまま何も無かったことに出来るでしょう」
私の言葉にセオドアが『……姫さんなら、そういうと思った』という視線を向けてくれたあとで。
ナディア嬢に対して『軽率に、本当の事を言ったから許して貰えるとか、自分は罪を逃れることが出来ると思っている傲慢さが透けて見えて嫌だ』と言わんばかりに、どこか不服そうだったけど……。
今なら何とでも出来るから、私はこのまま自分が気付かなかったフリをして今日一日をやり過ごすことにした。
そもそも、本当にナディア嬢の言うようにフィナンシェに下剤が入っていたら、その時は、確かに彼女を罰することが出来るけど……。
もし、ナディア嬢の言っていることが嘘だった時には、一転、お茶会に招待してくれた令嬢に有りもしない罪を着せようとした人間に成り下がってしまう。
ナディア嬢のこの感じだと嘘を言っているようには思えないけど、今の時点で私も被害に遭っている訳ではないし、何も起きていない以上は、これが最善の判断じゃないかな?
それでも、ミリアーナ嬢が何かをしようとしてきた時は別だけど。
お兄様には、詳しい事情を伝えられないのが、本当に、痛いな……。
――ミリアーナ嬢がいるお茶会の場で、話すことも出来ないし。
ただ、少なくとも、今、ナディア様から聞いた話でミリアーナ様のことを警戒しておくことは出来る。
酷な話かもしれないけど、ミリアーナ嬢が子爵令嬢や男爵令嬢達にしたことも、きちんとした詳しい事情が分からない以上は、そっちの件でも、現状、彼女のことを“罰しようがない”し。
ナディア様の境遇に関しては、同情する気持ちはあって……。
せめて、もっと情報を貰えれば別かもしれないけど、と内心で思っていると。
「ナディア様、身体の具合は如何でしょうか……?」
と、唐突に、伯爵家の侍女の声が聞こえてきて、私は思わずビクッと身体を震わせてしまった。