382 伯爵家でのお茶会
行きの馬車でお兄様に向かって、建国祭の期間中、アーサーとよく似た人物に出くわしたことを伝えていたら、王都の町並みを走る馬車は、あっという間に目的の伯爵家へと到着してしまった。
今回の行き先は王都からそこまで離れていない場所にあったみたいで、もう少し詳しくお兄様と話がしたかったけど、こればっかりは仕方がない。
とりあえず今は、お父様とお兄様に、アーサーのことを伝えられたでも充分だろう。
内心でそう思いながらも、昨日のことがあったからか、私は両隣で何かあった時には直ぐに動けるよう臨戦態勢というか、ほんの少しだけ緊張感を持ってくれているセオドアとお兄様にガードされ……。
何とも言えない気持ちになりながら、出迎えてくれた侍女に連れられて、伯爵邸の談話室に、お邪魔することになった。
そうして『皇女殿下、皇太子殿下、此方です』と、家の中を案内してくれていた侍女が扉を開けてくれた瞬間。
室内のソファに腰掛けていた令嬢達の視線が、一斉に私の方へ向いたあと。
一瞬だけ、間があって……。
ハッとしたように、一人のご令嬢が立ち上がり……。
「帝国の可憐な花にご挨拶を。……皇女殿下、お待ちしておりました」
と、明るい表情でカーテシーを作り出したあと、此方に向かって声をかけてくれた。
「ミリアーナ様。本日はお茶会にお招き下さり、ありがとうございます」
にこりと微笑みながら、声をかけると……。
私が彼女の名前を呼んだことに、驚いたのだろう。
大きく目を見開いて、戸惑った様子の目の前の令嬢に、私は彼女の瞳を真っ直ぐに見つめながら、内心で『……きちんと、名前を覚えておいて良かった』とホッと安堵する。
マルティーニ家の一人娘だから、万が一にも『姉妹』などがいて名前を間違える筈はないと分かっていても、ちょっとだけ緊張してしまった。
一応、今回のお茶会にしても夜会にしても、基本的には全て、デビュタントを済ませたばかりの私宛に来た招待状ではあるものの。
主催者側も含めて、参加者に至るまで……、誰も、私がその行き先を選んでいるとは、思っていないはず。
デビュタントを終えたばかりの私の参加先は、皇帝陛下であるお父様が選ぶことになるというのは、特に隠している訳でもなく。
社交界でも『当然そうなるだろう』と、周りの貴族達ならば理解していて当然のことだし。
だからこそ、お邪魔することになる家の名前までは把握していても、お茶会を主催している令嬢の名前を、私がきちんと認識しているとは思っていなかったのだろう。
伯爵令嬢であるミリアーナ嬢と『同等の立場』にいるのならまだしも、皇女という立場であるのなら、そこまで覚える必要はないと思われるのが普通だから……。
本来なら、お茶会の最初に全員から自己紹介を受けるタイミイングで、主催者である彼女の名前も知ることになるはずで。
昨日のお茶会でも、そのことについては凄く驚かれたんだけど。
私の隣にウィリアムお兄様が立っていたことで、令嬢達の視線は一気にウィリアムお兄様の方に釘付けになってしまったんだよねっ……。
「まさか、皇女殿下に私の名前を覚えて頂けているとは夢にも思っていませんでした。
本当に光栄です。……ありがとうございます」
私の言葉にパッと表情を綻ばせながら、そう言ってくれるミリアーナ嬢に、お兄様の姿は見えているだろうに、ひとまずは『昨日の二の舞にならなくて済んだ』と、ホッと安堵する。
昨日のように、時には『場を制す』などの判断をして、進行をしなければいけない主催者側の人間が、その進行を放棄してしまったら、収拾が付かなくて、どうにもならなくなってしまうから……。
それから、直ぐに……。
「わざわざ、皇宮からご足労頂きありがとうございます。
皇女殿下も皇太子殿下も、遠慮無く、どうぞ此方へおかけになって下さい」
と、声をかけてくれたミリアーナ嬢の言葉に従って、私は『ありがとうございます』と頷いてから、ソファーに腰掛け、今日のお茶会に来ている令嬢達の方へと視線を向ける。
談話室のソファーに座っている彼女達の数を見れば……。
ソファーにあまり空きがないことから、その殆どが『既に、この場に揃っているのだろう』と、即座に状況を理解することが出来た。
ミリアーナ嬢から案内された二人がけ用のソファーは、その中でも一番位が高いとされる上座であり……。
隣にはお兄様が座ってくれたことで、私自身、そこまで令嬢達との距離が近いことにはならず、ホッと胸を撫で下ろす。
細かいことかもしれないんだけど、お兄様がいても、ミリアーナ嬢が基本的なマナーを崩すことなく『招待客』である私の方を優先して声をかけてくれている事で……。
お兄様とセオドアの警戒心もほんの少し緩んでくれたみたいで、そのことに関しても安堵することが出来た。
「初めまして……。本日は、宜しくお願いします」
16歳くらいの彼女達に混ざって、一人、10歳の私は、やっぱりどうやっても浮いてしまう。
内心で、ドキドキしながら挨拶をすれば。
私の付き添いで『お兄様が来てくれるようになる』とは予想もしていなかっただろうに、昨日とは打って変わって、彼女達はお兄様の方をチラチラと気にかけながらも……。
会話の流れを進行するミリアーナ嬢に従って、私と目を合わせてくれながら、それぞれに自己紹介をしてくれた。
家の派閥などが関係していたりするのは、勿論のこと……。
社交界で、ミリアーナ嬢と仲良くなった親しい令嬢達が、今日のお茶会に呼ばれて来ているとは思うんだけど。
中には私でも知っているほど有名な家柄の令嬢もいて、ミリアーナ嬢、並びに、マルティーニ伯爵家の采配に思わず目を見張る。
皇女である私がお茶会に参加するかどうかは、お父様から返事が来るまでは分からないんだけど……。
私が来る前提のもと、今日のお茶会に『しっかりとした家柄』のご令嬢達を選んでくれたのだろうということは、彼女達が何も言わなくても把握することが出来た。
【自分の娘が皇族の一員である私と懇意になることで、皇室とさらに絆を深めたいと思っているはずだし……】
――本来なら、これが正しい在り方だとは思う。
ただ、私の感覚が麻痺してしまっているのか。
この状況ですら有り難いと感じてしまって、思わず誰にも見られていないところで小さく苦い笑みがこぼれ落ちた。
それでもこの感じなら、最近、社交界と令嬢達の間で、何が流行っているのかという話題についても付いていくことが出来そうでホッとする。
王都で流行りのスイーツやファッションのことだけではなく、恋愛小説や、今、この時代に世間を賑わしている劇の演目に関することまで……。
本当は、昨日のお茶会に合わせてバッチリと予習をした上で、暗記して覚えて行ったんだけど、話題の中心がお兄様になってしまったことで、披露する切っ掛けすら掴めずに終わってしまったから、ちょっとだけ残念に思っていた。
クロード家の長女であるオリヴィアと『お友達』として、交流するようになってから、文通をする中で色々と社交界の流行や噂なども聞いていたから、今回のお茶会で、何も分からず聞き役になってしまうのだけは何とか回避することが出来そう……。
【それにしても、やっぱりお兄様はそこにいるだけで注目を集めてしまうんだな……】
主催者であるミリアーナ嬢の手前、彼女達はなるべく私のことを優先してくれるという態度に出てくれたみたいだけど。
それでも、どうしても、お兄様の方に黄色い視線が向いてしまうのは避けられないみたいで……。
突然のお兄様の登場に、どこか、そわそわと落ち着きがなくなってしまった彼女達を見ながら、私は思わず苦笑する。
中には、直視出来ない様子で、もじもじと頬を赤らめている人もいるし……。
相変わらず、お兄様の人気は絶大なんだなぁ、と心の中で思いつつ。
私はミリアーナ嬢から『皇女殿下、紅茶はお好きですか?』と声をかけて貰ったことで、こくりと頷き返しながら、テーブルの上に載っているティーカップへと視線を向けた。
「はい、好きです。
ミリアーナ様、今日の紅茶は、もしかして、フレーバーティーをお使いですか?
ベルガモットの優しい柑橘の香りがふわっと広がってきて、凄く爽やかな気持ちになれそうです」
それから、ミリアーナ嬢に促される形でカップの取っ手に指をかけ。
マナーに細心の注意を払いながら、そっと持ちあげてその香りを楽しむように匂いを嗅げば、ベルガモットの優しい香りがふわっと仄かに広がってくる。
「まぁっ! お分かりですか……っ? 流石は、皇女様ですわ。
ベルガモットで香り付けをした茶葉を使用しているんです。気付いて下さって本当に嬉しいです」
紅茶に関しては、基本的にどんな物が来ても言い当てることが出来るほど得意分野だから、これについては間違えることはないはずだと、内心で思いながら……。
ひとまずは、当たり障りのない会話から入ったものの。
私が予想している以上に喜んだ様子で、にこやかに此方に向かって声をかけてくれる彼女にホッと安堵して、私は、ミリアーナ嬢に『フレーバーティーがお好きなんですか?』と続けて声をかける。
「ええ、王都でも最近、フレーバーティーを専門に扱うお店が出来ているほど、令嬢達の中でもブームになりつつあるんですよ。
……ねぇ、皆様、そうですわよね?」
そこで、パッと表情を明るくして、不自然に思いっきり笑顔になったミリアーナ嬢から、無言の圧力で……。
『皆様、淑女の中の淑女でしょう……?』という視線が、お兄様の方にばかり気を取られて、そわそわしている令嬢達に、ピシャリと向けられるのが分かった。
お茶会の雰囲気を崩さないようにと、中には、ミリアーナ嬢との会話を優先している人達もいて、昨日に比べたら雲泥の差だったし……。
『どうしても、お兄様のことが気になってしまう令嬢が出てくるのは仕方がないことなのかも』と、私的には許容範囲だったんだけど。
「……えっ、えぇ、そうですわね、ミリアーナ様。
最近は、令嬢達の間でも、手紙に軽くプレゼントとして“紅茶の茶葉”を付けて贈ることが流行っているんでしたよね……っ!」
「え、えっと……、皇女殿下は何がお好きかしら? 私が好きなのはローズの香りがするものですわ……!」
と……。
――正に、にこやかな雰囲気で、有無も言わせず場を制すと言ってもいいだろうか。
『ミリアーナ嬢がそんな感じの人だったら、大丈夫かな……?』と、内心で思いながら……。
お兄様の方をちらりと見つめれば、令嬢達の黄色い視線に少しだけうんざりした様な表情を浮かべていた様子だったけど、直ぐに私の視線に気付いて穏やかな優しい笑みを向けてくれた。
そのことで、この場にいる令嬢達から思いっきり“ざわり”とした、どよめきが巻き起こる。
「どなたに対しても表情を崩されない殿下が、あんな風に優しくて穏やかな微笑みを……っ」
思わず……、といった感じで、隠すこともなく口から本音が漏れ落ちた様子の招待客の一人だった令嬢の一言に。
全員の視線が、一気に自分の方に向いたのを感じて……。
――失言したことに気付いたのだろう。
ハッとしたように、慌てて彼女が口を噤むのが見えた。
そうして、どことなく気まずい雰囲気がこの場に漂ってくるのを感じながら、私は小さく笑みを溢しつつ。
「お兄様は、腹違いの妹である私にもいつも優しく接して下さるんです」
と、令嬢の失態に対してフォローするように、この場を明るくする目的で声をかける。
隣で『当然のことだ』と言わんばかりのお兄様に、ちょっとだけハラハラしつつも、私が何とかこの場を取り成そうとしたことは、全員に伝わったんだとは思うんだけど。
場を切り替えるためとはいえ、お兄様との仲がいいアピールは、今ここではしない方が良かったかもしれない。
「まぁっ……! そのようなことが、いつもっ……!
兄妹、仲睦まじい様子で、本当に羨ましいですわ……っ!」
「えぇ、本当に……。
皇女殿下は、いつもそのような感じで、ウィリアム殿下と過ごしてらっしゃるんですね……っ?
私は兄とは不仲なので、皇女殿下のお立場に憧れますわ……っ!」
という、羨望が混じったような瞳と言葉が、彼女達から一斉に飛んでくる。
要約すると『滅茶苦茶羨ましいから、その場所、変わって欲しい』と、かなりオブラートに包みながらも、はっきりとそう言われているような物だったけど。
私は、彼女達のその言葉に苦笑いしたい気持ちを抑えつつ、一切、何も気付かなかったフリをして、にこっと笑みを溢し……。
「ありがとうございます。
……傍から見ても、お兄様と兄妹の仲が良いと思って貰えるのなら凄く嬉しいです」
と、無邪気に声を出す。
パッと見た感じでは、お兄様のことを気にかけている令嬢達は『この場にいる半分ほど』で、そこまで多い訳じゃない。
ミリアーナ嬢も含めてもう半分の人達は、彼女達を窘めるような雰囲気だったから、昨日とは違って許容範囲だろう。
それよりも、今、私の後ろに控えてくれているセオドアの方をこっそりと窺うように視線を向けたら……。
眉を寄せて、いつもの三割増しくらい機嫌が悪くなってしまっていて、私はそっちの方が気になってドキドキしてしまった。
彼女達に今、私が言われてしまった一言で、セオドアが騎士としての立場を崩すことはせずに、けれど静かに怒ってくれているのが分かるから、何とも言えないんだけど……。
パチッと目が合って『私は大丈夫だよ』という視線を向ければ、直ぐにセオドアの表情が元に戻ってくれてホッとする。
……それから暫くの間は、ミリアーナ嬢も含め、彼女達とはどこまでも和やかな会話を楽しむことが出来た。
主催者であるミリアーナ嬢が進行役をきちんと担ってくれながら、この場の雰囲気を纏めてくれているお陰で、昨日のようにお兄様を優先した質問が飛んでくることは殆どなく。
令嬢達の間で、今流行っているスイーツなどを教えて貰ったり、王都で話題の劇について遣り取りをしたり。
事前に、色々と調べていたお陰で特に苦労もせず、私自身もスムーズに会話に入ることが出来た。
……話の中で、最近の社交界に参加した時のことなど、そういった話題も出たけれど。
みんな、デビュタントを済ませたばかりの私に配慮してか、必要以上には『この場にいる人間以外の名前』などは出さなかったし。
お兄様がいることで、気まずい感じになるからか……。
それとも、私の年齢を気にしてくれてか、こういうお茶会の時には付きものであるはずの『婚約者候補』などの恋愛系の話もあまり出てこずに……。
唯一、会話の中で出てきたのは、クロード家の令嬢であるオリヴィアの名前だっただろうか。
今年デビューした人達の中でも、侯爵家の令嬢という立場のオリヴィアは誰からも一目置かれる存在みたいで……。
彼女達の中には、なんと、オリヴィアのファンだという人も存在していてビックリしてしまった。
「オリヴィア様には、社交の場でそれとなく助けて頂いたことがあるんですの。
コルセットがキツくて、吐き気を催している私に、大丈夫ですかとハンカチを差し出して下さいまして。
武人を数多く輩出しているクロード家の出だからか、その時のオリヴィア様の身のこなしが素敵すぎて、他の殿方など目に入らないくらい輝いておりました」
……確かに、オリヴィアは男装すれば『それはもう麗人とも見紛うほどの雰囲気を醸し出すんじゃないかな?』というのは、私も否定はしないんだけど。
まるで、お兄様やルーカスさんなどに向けられる視線と同じように、オリヴィアに対して『素敵ですわ~!』と、彼女達の口から、きゃっきゃっとはしゃいだ様な黄色い声が飛んでくることに、目を見開いてしまう。
「でも、オリヴィア様って、どなたとも一線を引いて接しておられて……。
女性であるならば誰とでも、ある程度、親しくはして下さいますけど、侯爵家という立場があるからか、あまり深い仲にはなって下さらないんですよね」
「えぇ、本当に。
男性でも女性でも、特に懇意にしている方はいらっしゃらないみたいですし。
オリヴィア様のお好きな話題って、一体何なのかしら……?」
はぁ……っと、アンニュイな雰囲気で小さくため息を溢しながら、どうすればオリヴィアと仲が深められるのかと、あれこれと考えた様子で落ち込んでしまった彼女達に……。
これで、オリヴィアと仲が良いなんて言ったら、更に羨ましがられて、とんでもないことになりそうだなと思いながら。
よくよく彼女達の話を聞いていると、引っかかりを感じるというか『どこかで、聞いたことのある話だな』と既視感を感じた私は、ハッとする。
――あれ……? これって、ルーカスさんの女性版なのでは? と……。
それから、ルーカスさんがオリヴィアのことを苦手だと言っていた理由の一つは『もしかして、どことなく同じ匂いがするからというのも含まれているのかな……?』と思いながらも……。
最初に一線を引いたのは、オリヴィアの方ではなく、彼女達の方で……。
まるで男の人を見るような、キラキラとした憧れの目線で見られてしまうことにより、武人を数多く輩出している『クロード家の、侯爵令嬢』としての役回りを全うしなければいけないという気持ちの方が強くなってしまって……。
オリヴィア自身が、あまり素の状態を出せないからじゃないかなぁ、と思ってしまう。
一昨日の、勲章の授与式で『社交界で、可愛い女の子を常に愛でていたい』のだと言っていたのも、クロード家の一員としてオリヴィアが、周囲から可愛い女性としてではなく、擬似的な格好いい男性の雰囲気を求められている事について誰よりも理解しているからなのかも。
勿論、本当に嫌だったらそういうことはしないとは思うけど。
それでも自分の趣味のことも話せず、親しいと呼べるような友人が誰一人いなくて、寂しい思いをしてしまうことの辛さは私自身もよく分かっているし。
そう考えると、オリヴィアがあんなにも『私のことを慕ってくれている様子』なのは、オリヴィアにとっても、私を一番仲の良い友達だと思ってくれている証なのかもしれない。
……私もオリヴィアに対してそう思っているけど、等身大で、自分のことをありのまま見てくれる人って凄く貴重だから。
【でも、もしそうなのだとしたら、オリヴィアって社交界では、自分がファッションが好きだってことは、あまり公言していないのかな……?】
彼女達の話を聞いている限りでは、オリヴィアが何を好きなのかすら分かっていなさそうな雰囲気だし。
ほんの少しでも、オリヴィアが社交の場で『自分の役割を全うすること』を意識しすぎて、気疲れしてしまわないようにと……。
「あの、風の噂で、クロード家のご令嬢はファッションがお好きだと聞きました」
と、声を出して、それとなく事実を伝えれば……。
一斉に私の方へと向いた視線に、驚愕の色が乗り、『……まぁっ!』だとか、『本当ですか……っ!?』という言葉があちこちから、飛んでくる。
その言葉に、にこりと笑みを溢しながら……。
彼女達の言葉を否定も肯定もしない私に、良い方向に取って貰えたのだと思う。
……これで、少しでもオリヴィアの負担が減るといいんだけど。
「……私の名前を覚えて下さっていただけではなく。
皇女殿下は、社交界のことや流行のことなど、本当に様々な方面で造詣が深いんですね。
さっきの紅茶の話でも、今日、皆さんにお出ししたものがフレーバーティーで、尚且つ、ベルガモットの香りだと直ぐに言い当てられましたし」
私の言葉に、もの凄く感心したように目を見開いたミリアーナ嬢にそう言われて、思わず苦い笑みを溢してしまいそうになって、慌てて表情を取り繕う。
紅茶は巻き戻し前の軸の時から、利き茶としてマナー講師にスパルタで叩き込まれたからだし。
流行のことに関しては“ある程度”、勉強していたからだけど、オリヴィアのことについては『お友達だから……』だとは、到底言えない雰囲気になってしまった。
これから私が社交界に出ることが増えれば、どこかのタイミングで、オリヴィアと仲が良いということは絶対にバレてしまうだろうけど。
……ひとまず、今、ここではお茶を濁すしかない。
「ありがとうございます」
と、にこにこと微笑みながら、ミリアーナ嬢に向かってお礼の言葉を伝えていると。
「そういえば、ファッションと言えば……。
皇女様は、そちらにいらっしゃる騎士様と一緒に、建国祭の期間中に開催されるファッションショーに出られるんだとか?」
「あぁ……っ! 実は、私もそのことが気になっていたんですのっ!
一時、王都中がその話題で持ちきりになりましたし。
それで、今回の建国祭で、ファッションショーに注目が集まったのは事実ですから。
騎士様と主従の関係でありながら、お二人で出られるということも気になっていましたし……っ!
確か、優勝店舗には皇女様と共同開発が出来る権利が与えられるんですよね……っ?」
と、周りにいる令嬢達から一斉に、キラキラと興味津々な目線で見られて、私は思わずそのあまりの迫力にビックリしてしまう。
この場にいる殆どの令嬢が『聞きたくてたまらない』といった様子でこっちを見てくるということは、それだけ反響の大きい話題なんだと思うんだけど。
令嬢達の視線が、チラチラと、好奇心にあふれた様子でセオドアの方に向くことで、傍から見る分には表情に変化がなくて分かりづらいけど、何故かお兄様の機嫌が急降下し……。
セオドアはセオドアで、いきなり話の矛先が自分に向いたことで、困惑している様子で……。
とっさのことで、私もどう対応すればいいのかわからず、一人ドギマギしてしまった。
それに、この話をしている時に一人だけ……。
あまり気分が乗らないのか、どこか浮かない表情をしている令嬢のことが目に入ってきて、彼女のことがほんの少し気になったものの。
一斉に…。
『ぜひとも、詳しい事情をお聞きしたいですわっ……!』と、ぐいぐいと声をかけてくる令嬢達の熱気に気圧されてしまった私は……。
「皆さんが喜んで下さるような、大したお話は出来ないと思うのですが……」
と、前置きした上で……。
言っても良い範囲で、彼女達にファッションショーのことを伝えることにした。










