367 貴族の階級
それからは、さっきまでの雰囲気とは打って変わり、ほんの少しだけ、和やかになった車内の中で……。
「私自身も昨日の勲章の授与式で、レオンハルトさん達とお話する機会があって、感じたことなんですけど。
騎士団長が、半ば騎士団を私物化してしまっていることで、お父様は、やっぱり行く行くはレオンハルトさんに、騎士団を任せたいとお思いですか?」
と、問いかけるように声を出した私の言葉に。
ジャンがその場でびくりと一瞬だけ肩を震わせ、石のようにびたりと動きをとめ、思いっきり固まってしまったのを見ながら……。
あまりにも率直な質問すぎて、もう少し言葉を選べば良かったかな、とほんの少しだけ反省したものの。
口から出てしまった言葉は今更、取り消しようもなく、私は自分の言葉を押し通すことにして、真剣な眼差しをお父様へと向ける。
「あぁ……、そうだな。
レオンハルトは、副団長にしておくのが勿体ないくらい、そこで働く騎士達のことや、組織の仕組みなどについても常日頃から向上させようと、努力している人間だからな。
優秀な人間はそれだけで国の宝だ。……あの男が組織の上に行くことで、騎士団はより一層良くなるだろう、というのは間違いない。
だが、いつの世も出る杭というのは打たれるものだし、レオンハルトが平民出身の騎士というだけで、良く思わないような人間もいる。
特に宮中では、“貴族”同士の結びつきというのは、馬鹿にはできぬものだからな……」
それから、私の視線を受けて、少しだけ考え込むように腕を組んだお父様の口から出てきたのは、シュタインベルクの皇宮内に、まだまだ『古い体質』が色濃く残っていることを示唆するようなものだった。
でも、確か、我が国の騎士団長や副団長に就任している人たちって、一代限りにはなるけど、騎士爵の称号が認められるんじゃなかったかな。
つまり、彼らは一般の貴族のように世襲制ではないものの、騎士爵を持っていることで、一応、準貴族としての扱いにはなっている、ということだ……。
「えっと、でも、一応、レオンハルトさんも騎士爵を持っていることで、準貴族の扱いは受けているんですよね……?」
そのことを疑問に思いながらも、私がお父様に向かって問いかけると、お父様はほんの少しだけ苦い表情を浮かべながら『…あぁ、そうだな』と肯定するように口に出したあと。
「だが、一般的な貴族と準貴族の間には、シュタインベルク国内でも大きな隔たりがある。
場合によっては、準貴族のことを貴族とは認めていない貴族達もいるくらいだからな。
今の騎士団長は準貴族でありながらも、元々が爵位を持っている貴族の出だから、皇宮内で、ある程度、認められているが……。
そのあたりのことは、慎重にならなければいけない問題だ。
本来ならば、そういうことに強い騎士団長と副団長であるレオンハルトが互いに手を取りあってくれれば、もっと上手くいくと思うのだが」
と、そう説明してくれてから、重々しい雰囲気でその唇を噛んだ。
貴族と準貴族の間に、大きな隔たりがあるというのは、確かにそうなのかもしれないと私も思う。
一般的に、わが国の貴族階級は……。
大公爵、公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵の順番となっており。
更にその下に一代限りの準貴族として、騎士爵が存在していて……。
悲しいことに、世襲制で、貴族としての家柄や爵位に誇りを持っている人達からしてみれば、一代限りで後を継ぐ者がいない騎士爵のことを『自分たちとは、別物』として見ている人も沢山いると聞くし。
実際、レオンハルトさんみたいに実力があって認められた人が、平民出身というだけで、やっぱり蔑ろにされてしまうような現状は、まだまだ、シュタインベルク国内でも色濃く残ってしまっているのだと思う。
それに、準貴族である騎士爵を除いた貴族間の中でも、その階級や序列に関しては、キチッと定められているものだから……。
例えば、公爵といっても、二種類存在しており、お祖父様みたいに、皇帝陛下以外の皇族で、分家を纏め上げる長などの権力者に与えられる爵位の大公爵や。
国内でもかなり力を持った大貴族に与えられたり、戦時下において、軍事的に凄い働きをして戦果をあげ、王に認められた人に贈られる公爵でも……。
一般的に、双方ともに『公爵』という扱いにはなるものの、当然、ただの公爵より、大公爵であるグランドデュークの方が位は上になる。
この国の貴族ならば、一番に、貴族の爵位については勉強するものだし……。
私も皇族として、巻き戻し前の軸で沢山勉強したこともあり、彼らの役割や違いについては、ある程度、理解しているつもりだ。
侯爵は、皇帝陛下であるお父様の権威の範囲内で、一定の地域、領域の支配を許された貴族のことを指しており。
有事の際には、皇帝陛下の勅命のもと、一番に動くような家柄であり、国の国境付近などの重要な地域は彼らに任されているといっても過言ではない。
私たちでも親しみがあって代表的な家柄は、エヴァンズ家とクロード家になるだろうか。
そして、伯爵はお父様の側近という扱いになっていて、基本的には地方に派遣されて、その地を治めている『地方領主』を指すことが多いんだけど……。
土地を治めていない貴族でも、宮廷貴族として国の行政を行っている官僚である貴族も『宮廷伯』として、伯爵の扱いと同じにはなっているから……。
ここは、少し、ややこしい所かも。
この場合、当然、一般的な地方の伯爵よりも、宮廷貴族として国の行政に関わっている『宮廷伯』の爵位を持っている人の方が立場的には上になる。
『宮廷伯』は、一応、侯爵よりは、位が下ではあるんだけど。
実際は、直接“国の政治”に介入することが出来る人達であることもあって、侯爵と役割が違うだけで、そこに殆どの差は存在しない。
ちなみに前者は、テレーゼ様のご実家であるフロレンス家が該当し……。
後者は、文字通りお父様の側近として、宮廷貴族で官僚として活動しているブライスさんやベルナールさんがそれにあたると言えば、分かりやすいかもしれない。
また、子爵とは、伯爵の下に付き、その補佐や、副官をしている部下のような人達のことを指していて。
伯爵の嫡男などが名乗る時の『爵位』などにも使用されることがあるんだけど。
一般的な土地を持っている伯爵の部下の場合、彼らは基本的には、伯爵に任された小都市や、地方の行政を担当しており……。
宮廷貴族の官僚である『宮廷伯』の部下にあたる場合は、皇宮内にあるそれぞれの部署で、国の行政の仕事に関わっている、という違いがある。
昨日の勲章の授与式で、法務部官僚のベルナールさんが連れていた部下の人は、二人ともこの子爵に該当するはず。
そうして、男爵は子爵以上の爵位を持たない、国の重要な拠点ではない町や村などを治めている一番、位が低い貴族のことになる。
私たちの一番身近にいる男爵と言えば、エリスの実家が当てはまるかな……。
また……、『同じ爵位』にあっても、一概に全ての家が同列だとは言い切れず。
国や皇室への貢献度も含めて、過去に貰ってきた勲章の数や、現在の当主の手腕などにもより、同じ爵位の中でも常にどちらの家が優位かという変動は行われており、更に細かい序列のようなものは存在するみたいだし……。
分かりやすいところで言うのなら、エヴァンズ家とクロード家が良い例だろうか。
今まで、皇室や国のために仕えてきた実績が加味されて、エヴァンズ家は『知』として、クロード家は『武』の家柄として……。
他の侯爵家からみても、一目置かれている家柄にはなるから……。
といっても、侯爵家自体が、公爵という地位を除いて、実質、国内の貴族の中ではトップクラスの家柄になることから、この爵位を持っている貴族自体、本当に少ないんだけど。
勿論、それ以外でも、状況によっては、当主などが裏で画策していた罪などで、降格され、貴族としての階級が下がったり、爵位を剥奪されることもあるし。
抱えきれないほどの借金を背負ったことにより、没落していってしまう場合もある。
私が、頭の中で、シュタインベルク国内の貴族の在り方や、役割について、改めて思い出していたところで……。
「今のままだと、騎士団長が変わるとも、あまり、思えませんが……」
と、苦々しい口調で、お父様の言葉に答えるように声を出したのは、ジャンだった。
昨日の勲章の授与式でも思ったことだったけど、やっぱり、オリヴィアを含めたクロード家の面々は、ジャンもヨシュアさんも、派閥があるのなら、レオンハルトさん側なのだろう。
ジャンも最年少でお父様の護衛騎士になったとはいえ、新人の頃は騎士団の中で過ごしていただろうし。
こういう反応を見ていると『やっぱり騎士団長には、思うところがあるんだな……』と実感する。
「まぁ、そう言ってやるな……っ。
あれでも、必要以上に摩擦を生まないために、気難しい宮廷貴族達の間を練り歩き、必要があれば取り持ったりもしているのだ。
時としては、ズバッとした意見よりも、茶を濁したような遣り取りの方が良い方向に働くこともある。
特に貴族間同士の遣り取りは、言葉の裏を察しろと言わんばかりに、肩が凝るようなものが殆どだからな。
レオンハルトは実直故に、物怖じせずにストレートに物事を言うタイプだから、真っ当なことを言っていても、そういう所で敵を作ってしまいやすい」
そうして、ジャンに対して、ほんの少しだけ窘めるように声を出したお父様を見ていると……。
全てを把握していながらも、お父様が『騎士団長と副団長が互いに手を取り合ってくれたらいい』と言っていた、さっきの言葉は紛れもなく本音の部分なのだろうなぁ、と感じることが出来た。
それと同時に、必要以上に無駄なことを嫌うお父様が、レオンハルトさんのことを気に入っている理由についても理解する。
騎士団の改革において『ここは、こう変えた方が組織的にも良くなる』という話をするにあたって、下手におべっかを使われながら、その本筋について、分かりにくく回りくどい話をされるより。
はっきりと、理論的に道筋を立てて報告して貰えた方が、良いのだと思う。
ただ、皇宮内には残念ながら、お父様のような考えを持っているような人ばかりではなく、当然、貴族という立場で、その爵位と階級を重んじる人間も多くいるはずで。
そういう人達からしてみると、準貴族である騎士団長と、自分たちは対等な立場ではなく、明らかに階級的には騎士団長の方が下であり。
皇宮内で働く人間として『それなりに、誠意を持って接するように』という無言の圧力のようなものがあっても、可笑しくはないと感じてしまう。
実際、それで騎士団長は、よその部署と、必要以上に摩擦を生んだりしないようにしているみたいだし。
特に財政部に所属している人とは、騎士団に割いて貰う予算の都合などもあったりするから、仲良くしているのかも……。
勿論、最終的にはお父様に、予算案の確認の書類がいって、決定の印はお父様が押しているだろうけど。
「あの……、環境問題の官僚であるブライスさんや、法務部であるベルナールさんみたいに、宮廷伯として、宮廷で官僚の仕事に就いている方達って……。
確か非公式ですけど、纏めて一括りにした際の呼び名がありましたよね……?
えっと……、確か、何とか、星……とか、?」
ジャンとお父様の会話を邪魔するのも申し訳ないなぁ、と思ったんだけど。
ここで、宮廷伯の立場に立っている人達が非公式でなんて言われていたのか、お父様に聞くことで、この後のパーティーで、彼らを相手に、その話題を出せるかも……。
と思いながら、どうしても彼らの名前が思い出せなくて、恥を忍んで問いかけると。
「あぁ、五老星のことか?」
とお父様から真顔で回答が返ってきて、私は心の中で『……何とか星ですら、なかった……っ!』とショックを受けて、慌てつつ。
「五老星って呼ばれているんですね……。知りませんでした」
と、素直に声を溢す。
そんな私を見て……。
「まぁ、非公式に言われている言葉だからな。
基本的に貴族院で会議を開く時、国の重要な取り決めをする際に、その多数決において決定権を持っている人間のことを指すのに、いつの間にか非公式ながら、定着したものになる」
と、お父様が、苦い笑みを溢しながら丁寧に教えてくれた。
「陛下……。
確か、五老星とは、総務、法務、外務、財務、環境の5つの部署の長である宮廷伯を纏めて表すのに適切な言葉がなくて、出来たものと窺っています。
長い年月を生きてきて、知識が豊富な“年長者”であるものが辿り着ける、この国でもたった5席しかない貴重な爵位を持っているプロフェッショナルの集まりだと……」
そうして、フォローするように、さりげなくジャンが話に加わって。
更に詳しく、私にも分かりやすいように説明してくれたことで、図らずもここで『五老星』という単語が出来た由来などについて知ることも出来た。
それと同時に、こうやって第三者の口から聞くと、環境問題のブライスさんって、普段あんな感じで優しいおじさんにしか見えないけど、滅茶苦茶凄い人なんだな……、と改めて思う。
他の部署の宮廷伯より、国の政治に直接関わっているような部署じゃないから、一見するとあまり凄いとは、思えないかもしれないけど。
鉱山大国である我が国では、鉱害などで、基本的に他の国よりも環境的な問題が発生しやすいこともあり、ブライスさんの役職はかなり重要なポジションなのは間違いない。
「今日はブライスさんの館で開催されるパーテイーですよね?
五老星の方達は、皆さん来られるんでしょうか……?」
そうして、重要なことは、もう少ししっかり聞いておかないと、と……。
それとなく探るように、お父様に問いかけると。
「あぁ、ブライスが開催するものだからな。
基本的に今日のパーティーには、全員、来る予定になっていたはずだ。
だが、珍しいな。……お前が、そんなことを私に聞いてくるとは。
ベルナールのことも含めて、いつの間にそんな所まで勉強していたんだ……?」
と、お父様から逆にびっくりしたように問いかけられてしまった。
「あ……、えっと、いえ、まだそこまで詳しくは教えて貰ってないんですけど……。
その、ちょっと、気になってしまって……」
そうして、言葉を濁すように、両手を胸の前でぶんんぶんと振ってから、慌ててそう口にだすと。
「……陛下。
アリス様は、昨日、副団長から騎士団の事情を聞いて、何とか出来ないか……と。
一人、自室で、頭を悩ませてました。
多分、今日、五老星と呼ばれる宮廷伯、全員とコンタクトを取るようにしたいと、考えているんじゃないかと……」
と、さらっと、隣にいたセオドアに事情を暴露されてしまった。
セオドアの言葉に、ジャンは驚いたように目を見開いてこっちを見てくるし。
お父様もあまり表情に変化がないものの、その言葉には驚いたみたいだった。
「あの……、あまり、私が出しゃばるのも良くないかと思ったんですけど。
お父様は表立って動けないみたいですし、立場上、お兄様が言うのも角が立つなら、少しでも協力出来ることはないかな、と思いまして……」
そうして、おずおずと、バレてしまったものは仕方が無いと、事情を洗いざらい白状すると。
「今は、アリス様を狙って、宮内で怪しい人間の動きがあるし……。
俺は、必要以上に、アリス様に危ない橋を渡って欲しくないと思っています」
と、セオドアが補足するように、真剣な表情でお父様に伝えるのが聞こえてきて、思わず言葉に詰まってしまった。
私のことを心配してくれているのが分かるから、余計……。
お父様は、私とセオドアの説明に、何か思案した様子で、少しだけ難しそうな表情を浮かべながら、暫く黙ったままだったんだけど。
少ししてから、顔を上げてくれた時には、もう既に皇帝としての顔つきになっており……。
「確かに、そうだな。
その意見には私も賛成だ。……アリスには必要以上に、危ない橋を渡らせるつもりはない
だが、時として攻めの姿勢というのも、大事なものだ。
今日のパーティーで、私はアリスを同伴し、常に夜会のパートナーとして一緒に行動することが決まっている。
私と一緒に行動している時に、アリスが無知を装って、ただの子供として、宮廷伯の面々に色々と質問をするのは、有りだろう。
……場合によっては、騎士団のことだけではなく、アリスに対して良からぬことを思っている人間も、ここであぶり出せるかもしれない」
と声を出したお父様は、普段厳しい雰囲気も相まってか、どことなく、悪い顔をしているようにも見えて、私は驚いてパチパチと目を瞬かせた。