364 騎士団の未来
あれから、クロード家の面々と、副団長であるレオンハルトさんとの談笑の時間はあっという間に過ぎていき。
『アリス様、またお手紙をお出ししますね。
今度は是非、招待状を出すので、クロード家で私が開催するお茶会にも参加して頂けると嬉しいです!』
と、積極的に声をかけてくれたオリヴィアとも別れ……。
その後も、オリヴィアが事前に送ってくれていた騎士のリストに名前があった人と、今回勲章の授与した騎士達を照らし合わせ、皇女として『おめでとうございます』と祝辞を述べるということを何度か繰り返したあとに……。
特に何か問題が起きる訳でもなく、今年の勲章の授与式とレセプションパーティーは、恙なく終わりを迎えて、私はみんなと自室へと戻ってきていた。
ローラがミルクティーを淹れてきてくれると言ってくれたのに対して『ありがとう』と返事を返し。
疲れた身体を癒やすために、ベッドにぽすんと身体を預けたい気持ちを押し殺して、机の前に置かれている椅子に座った私は、今日起こった出来事を一通り思い出す。
オリヴィア達とも別れたあと、レセプションパーティーで、私が意を決して、今回勲章を授与した騎士達に声をかけたことで……。
私からの声かけと、突然の皇女からの名前呼びに、自分の名前が覚えられていると、大半の騎士達はもの凄く驚いた様子だったんだけど。
クロード家の三男であるヨシュアさんが、ジャンから聞いた私の話を、仲の良い騎士達には伝えてくれていたみたいで。
ヨシュアさんと同様に、一部の騎士からは『皇女様のことを誤解していて、本当に申し訳ありませんでした』と、丁寧に謝罪されてしまった。
勿論、騎士団に所属している騎士達全員にそのことが浸透している訳ではなく。
彼らの中には、未だにあの日のことで、私のことを『あまりよく思っていない人』もいそうな雰囲気だったんだけど。
ひとまずは、私のことを好意的に見てくれているような騎士達が増えていたことに、ホッとした。
それから、もう一つ。
副産物として、話しかけた時に、私に謝ってくれた騎士達のことは、ヨシュアさんと仲がいい人なのだと覚えることが出来たのは僥倖だった。
クロード家の面々が、騎士団長よりも、副団長であるレオンハルトさん側の人間というか……。
派閥があるのだとしたら、どちらかというならレオンハルトさんに付きたいと思っているのだということは、オリヴィア達との会話で確認済みだったし。
一概には言えないけれど、ヨシュアさんと仲が良いということは『彼らも副団長側の人間なのだろうなぁ』と察することが出来たから……。
反対にヨシュアさんとあまり仲が良くないであろう人は、騎士団長側……、騎士団長に付いている騎士なのかな、という一つの目安として見ることも出来た。
まぁ……、どっちにしても、優秀な人材は、軒並み騎士団長が引き抜いて、自分の身の回りに置いているみたいだから、厳密に言うのならヨシュアさんも恐らく、騎士団長の管轄にいる騎士にはなると思うんだけど。
それでも、騎士達が内心で誰を慕っているかは、ちょっとだけ話をしてみて感じたことだけど、なんとなく私にもその判断が出来るようになっていた。
副団長であるレオンハルトさんのことを慕っている騎士達は、ヨシュアさんもそうだったけど、自分たちが国を護っていることに誇りを持っていて……。
純粋に、自分の騎士としての腕を、より高めていきたいと思っているような騎士達が多い気がすることと。
逆に、騎士団長側の派閥に付いている人は、ちょっと会話をするだけでも、自分たちが騎士団長から優遇されていることを、まるで当然かのように捉えており。
言葉の節々に溢れんばかりの出世欲が滲み出ている騎士達が多いような気がして……。
やっぱり、組織として、みんなに同じ方向性を向いて貰えるようにするのは凄く難しいというか。
副団長であるレオンハルトさんを慕う騎士達だけではなく、騎士団長に付いている方が、自分にとって利益になるのだと強かに考えるような騎士達もいて……。
そういう意味でも『一枚岩という訳にはいかないのだな……』と、改めて痛感してしまった。
レセプションパーティーの間、私の周りに丁度、誰もいなくなったタイミングで、セオドアにこっそり騎士団の内情を聞いてみたんだけど。
騎士団長に特に目をかけて貰っている一部の騎士達は、貴族の出身で、鼻持ちならないというか、無意識かもしれないんだけど、嫌味なタイプの人が多いみたい。
そういう騎士達は騎士団の中でも幅を利かせ。
自分たちの腕や家柄に自信を持っていて、騎士団長と同じように、平民出身の騎士達と自分たちは違うのだという『エリート意識』が悪い方向に働いて……。
出自が悪かったり、騎士団でもそこまで腕のない新人騎士などを『練習』という名目で厳しくしごいたりすることもあるらしく。
勿論、ヨシュアさんみたいにクロード家という由緒正しい貴族の家柄に生まれていても、そういうのに一切加担しない真っ当な騎士達も沢山いたみたいだけど……。
【俺自身もノクスの民だし、そもそもの出自が悪いから、ずっと気に入らねぇって思われて、標的にされてきたけど……。
騎士としての腕が無かった訳じゃねぇから、面倒くさいことに関しては、いちいち付き合ってらんねぇし、スルーしてたな。
実際、騎士団にいる頃は、他の奴らよりも練習量を故意に増やされてたりもしたけど、それは別に自分の鍛錬にもなるから、苦にも思わなかったし】
という言葉を、セオドアから聞いて、私は思わず怒りで目の前が真っ赤に染まってしまいそうだった。
……セオドア自身、まるで当たり前かのようにそう言っているけど、それが当たり前で良いはずがない。
ただ、差別されるのがあまりにも日常的すぎて、そのことに、どうしようもなく慣れてしまう気持ちは私にも理解出来る。
――自分の心の平穏を保つために、痛みに鈍感になってしまうことも……。
とりあえず、分かりきっていたことではあったけど、騎士団長が騎士団を半ば私物化してしまっている、今の体制だと良くないのは一目瞭然で。
表立って動くことが出来ないお父様の助けを借りる訳にはいかないのなら、環境問題の官僚であるブライスさんを含め、出会ったばかりの法務部の官僚をしているベルナールさんなど……。
私自身、国の重鎮とも呼ばれている宮廷貴族と仲良くすることが、最終的に騎士団の未来を救うことへの一番の近道な気がする。
直ぐに直ぐという訳にはいかず、多分、それなりに長い時間がかかってしまうと思うけど……。
ただ、今回、勲章の授与式という公の場だから、レオンハルトさんも含めて誰も口には出さなかったけど。
騎士団長が、宮廷貴族の人達と懇意にしているということは……。
法的には問題なくても、そこには持ちつ持たれつの、何かが発生しているということに他ならないんじゃないだろうか。
【……また今度会った時に、それとなくブライスさんに、騎士団長のことを聞いてみようかな?】
流石にブライスさんといえども、私に対して詳しく事情を教えてくれるかどうかは分からないけど、やってみる価値はあると思う。
後は、お父様が動けないなら、ウィリアムお兄様に騎士団の現状を伝えることで、この問題を提訴して貰う方法もあると思うけど……。
正式にお父様の跡を継いでいる訳ではないから、ウィリアムお兄様が今、正義感から問題を上にあげてくれた所で良いことにはならない気がする。
私がパッと思いつくだけでも……。
『……きちんと陛下の跡を継いだ訳でもないですし。
殿下はまだお若いので、今の現状で、あまり政治的にでしゃばらない方がいい』
だとか、そういうことを言われてしまう可能性も無きにしも非ずだなぁと思って、なんだか頭が痛くなってきてしまった。
とりあえず、そういうことを言う人が宮廷貴族の中にいるかどうかは分からないけど……。
それでも、騎士団で、騎士団長の横暴とも思えるようなことが、ある程度黙認されているということ自体、それなりの後ろ盾が騎士団長についているということに他ならないだろうし。
【例えばだけど、騎士団長が便宜を図ることによって、何か得をしている人がいる、だとか……】
――騎士団長の性格を考えてみても、決して、あり得ない話ではないんじゃないかな……?
だとしたら、お兄様が騎士団の問題を提訴してくれても、騎士団長のことを守るために宮廷貴族である彼らからは、のらりくらりと躱される可能性も高くなってしまうだろう。
巻き戻し前の軸の時のように、副団長であるレオンハルトさんが騎士団長へと昇格するよう上の人達に掛け合ってみるにしても、騎士団長の性格を根本的に変えて、よりよい未来を作ろうと努力するにしても……。
軽い気持ちで挑んで、直ぐにオーケーを出して貰える案件ではないだろうし。
騎士団長の性格を変えるのはもっと難しいと思ってしまうから、今の段階では、私自身に圧倒的にそういった情報も何もかもが足りてないのは明白で……。
もっと、騎士団のことだけじゃなくて『この国の重鎮とも呼ばれる宮廷貴族の個々の性格や繋がり、政治に関すること』まで、しっかりと情報を集めた上で、私自身がこの問題の全容を理解してから動かないとダメだな、と思ってしまう。
人の名前を覚えることも含めて……。
それぞれの派閥のことなど、人間関係を相関図として纏めるというか……。
把握しておくというのは、巻き戻し前の軸の時から比べても、私の苦手分野すぎて思わず『はぁ……、』というため息がこぼれ落ちてしまった。
「姫さん、どうした? ……もしも、疲れてるなら少し休んだ方が良いんじゃないか?」
そうして、直ぐに私のことを心配してくれたセオドアに、そう声をかけて貰ったことで『……ううん、大丈夫だよ』と、私は慌てて首を横に振る。
……そもそも、私が騎士団のために、こんなに動く必要はないかもしれないんだけど。
巻き戻し前の軸の時に、副団長であるレオンハルトさんが団長になっていた状況を知っているから。
オリヴィアやクロード家の面々と、レオンハルトさんの遣り取りを聞いていると、騎士団に所属する騎士達にとっては、その状態こそが最良だと感じるし……。
レオンハルトさんのような考えの人が一番上に立っていることで、今まで出自のことで日の目を見ることの出来なかった騎士達も『真っ当に評価される』ようになるのなら、国にとっても、それはプラスに働くと思うから。
この件に関しては特に最良の未来を知っているのと……。
ここまで関わってしまった手前、騎士団の問題を“このまま、見て見ぬふり”をするというのも『何となく気持ち悪いなぁ……』と、ついつい頭の中で色々と、物思いに耽ってしまった。
「疲れてないんだとしたら……。
もしかしてだけど、騎士団のことを気にしてる訳じゃねぇよな……?」
そうして、あまりにも鋭いセオドアの指摘に、ドキッと心臓が一度、跳ねるように鼓動する。
「あ……、えっと、その……」
咄嗟に、上手い言葉が見つからず、しどろもどろになってしまった私を見て『そんなことだろうと思った』という表情を浮かべたセオドアと……。
セオドアと同様、どこか予想していたのか、呆れたようなアルの何とも言えない表情が見えて、思わず押し黙ってしまう。
「……アリス。
お前、また、ややこしいことに、わざわざ首を突っ込もうとしているのか?
騎士団の問題とやらは、別にお前が解決しなければいけない物でもないであろう?
ただでさえ、皇宮の中にはお前を狙っているかもしれぬ輩もいるのだし、下手に動かぬ方がいい」
そうして、私のことを心配してくれて、アルがそう声をかけてくれたのは明白で……。
私自身、なんて返せば良いのか分からなくて『……うぅ……っ』と言葉に詰まってしまう。
「姫さん、悪いが、俺もアルフレッドの意見に賛成だ。
別に、騎士団に恩も義理もなければ、姫さんが心を砕いて動かなければいけない道理なんざどこにもねぇよ。
今日だって、姫さんに謝ってきた騎士はまだ良い方で、姫さんのことよく思ってないような奴だっていただろ……?」
それから、追い打ちをかけるように、セオドアから、そう言われてしまったことで……。
私自身、確かにそうかもしれないと感じるものの……。
それでもやっぱり、一番良さそうな未来を知っている分だけ、未来を変えるのではなく、なるべく未来の状態に近づけることが出来たらと思ってしまう。
今後、私が『死ぬはずだった人を生かす』という選択肢を取ったことで、未来が変わってしまうのは分かっているから、余計。
「うん、それは、その……、分かってるんだけど……。
でも、騎士団長に優遇されている騎士達が幅を利かせて、横柄に振る舞うのはやっぱりどう考えても可笑しいし。
騎士団にとっては、副団長であるレオンハルトさんみたいな考えの人が上に立った方が、良いんじゃないかなって、どうしても思ってしまって……」
そうして、私のぽつりと漏らした本音交じりの一言に……。
セオドアがほんの少しだけ困ったような雰囲気で、小さくため息を一つ溢したあと……。
「仮に副団長が上に立っても、やっぱり宮廷貴族との付き合いなんかはあるだろうし。
組織を改革するのには、それこそ、膨大とも思えるような長い時間がかかるだろう……。
今まで良しとされていたことが、いきなり禁止になれば、騎士団内で反発も起こりやすくなるからな。
その辺りは、凄く難しい問題になる」
と、私に向かって、優しい口調で色々と教えてくれた。
私自身、そこまで考えることが出来ていなかったけど、確かに言われてみたらそうだ。
巻き戻し前の軸の時、騎士団長が亡くなって直ぐにレオンハルトさんが騎士団長の座に就いたのは私も理解しているけど。
現実的に考えてみても、騎士団長が担っていた業務をやらなければいけなくなったレオンハルトさんが、いきなり今まで騎士団長がやっていたことをガラッと変えるなんてことが出来るはずもなく……。
どこまでも慎重にならざるを得ないということは想像に難くないし、その辺りはもの凄く考慮しながら、徐々に改革を進めていったのかもしれない。
……そこで、ハッとする。
【だから、セオドアは、巻き戻し前の軸の時もきちんとした評価を受けていなかった……?】
この間、セオドアに護身術を習った日のことを考えても、今日のレオンハルトさんのあの感じを見ても、セオドアは巻き戻し前の軸の時、きちんとした評価を受けていても何ら可笑しくはないと思う。
でも、巻き戻し前の軸の時、私はこの国の騎士団に『ノクスの民』の騎士がいるだなんて噂を一度も聞いたことがなかった。
その理由が、本当は評価したかったのに、なかなか出来ない状況にレオンハルトさんが置かれていたのだとしたら、全ての辻褄が合う気がした。
だとしたらセオドアは、少なくとも、私が16歳になる6年後の未来でも、ずっとこの国の騎士団で正当に評価されることなく、燻ってしまっていたことになる。
その状況を想像して、なんだか胸がきゅうっと痛むような気持ちになってしまった。
【6年後の未来、セオドアはどんな気持ちでこの国の騎士団にいたのだろう……】
――もしかしたら、自分が評価されない現状に辞めてしまったりしていた可能性もあるじゃない、かな?
それと同時に、やっぱり、セオドアのことも含めて、真っ当に評価されるべき人が評価されない状況は、どう考えても正しいとは思えないし。
騎士団のことについて、諦めきれなくて……。
「……少しずつ、内部から変えていければ、一番いいとは思うんだけど。
難しいかなぁ……?」
と、問いかけるように声を出せば。
「そうだな……。
俺も、まさか宮廷貴族が関わってくるような根深い問題だとは思ってなかったしな。
確か、重要な決定の時なんかは、この国の重鎮と呼べる人間の過半数以上の同意が必要になってくるんだったろ?
仮面の男のこととかもあって、アーサーも怪しい動きをしている中で、皇宮で働く人間の誰が味方で、誰が敵なのかも分からない現状では、必要以上に、近づいてほしくない。
それに、本来なら、騎士団でのことは騎士団に所属する人間が解決しなければいけないことでもあるからな」
と、セオドアから返事が戻ってきて……。
ついでに『そうだぞ、アリス』と、アルにも同意するように、うんうんと頷かれてしまった私は……。
今のままだと、二人どころかローラにも止められてしまいそうな勢いに、困ったなぁと思いつつ。
騎士団長が殺されてしまう事件が起きるのはまだ先のことだし、環境問題の官僚であるブライスさんに会うことがあったら、騎士団長のことを聞いてみることにして……。
とにもかくにも『とりあえず、仮面の男のことを解決するのが先決かも……』と、気持ちを改めることにした。