363 騎士団に根深く蔓延る問題
私の言葉を聞いて、レオンハルトさんは直ぐに色々なことを察してくれたのか、必要以上にはそれ以上深入りして聞くこともなく……。
「なるほど、承知しました。
でしたら、陛下から直接、此方に何か指示が降りてくるかもしれませんね?
何にせよ、皇女殿下……、建国祭で遭遇した危険な人物について、此方に早急に情報提供をしてくださりありがとうございます」
と、声をかけてくれた。
そのことに、ひとまずはこれで大丈夫だと、ホッと胸をなで下ろしながら……。
私は、未来に起きてしまう事件について、改めて、思考を巡らせる。
実際にあの事件では複数の人が被害に遭うことになったとはいえ、殺されてしまったのは騎士団長のみで……。
結局、犯人が捕まらなかったことで、その目的については何一つ判明しないまま、事件は未解決事件として幕を下ろしてしまうんだよね。
犯人の目的が、無差別にシュタインベルクでも有力とされる貴族達を狙ったものなのか……。
それとも、本来のターゲットは騎士団長のみで、彼を殺したいがためだけに、そういった事件を起こして、残りの人はカモフラージュだったのか……。
あの事件で、犯人が魔女なのではないかというあらぬ噂が立ってしまったことで、魔女に対する世間の風当たりが強くなったことから。
そういう世論だとか、世間の声に対して、印象操作するのが狙いだったのか……。
今、私がパッと思いつくだけでも、これだけの理由が出てくる訳だから、犯人の目的に関して、今の段階で、一つに絞るのは本当に難しいな、と思う。
ただ、あの事件で一応、得をしたとされる人物はいて、国内でも有力者である貴族が何人も怪我による引退に追い込まれてしまったことで、その後釜になった人達だとか。
あとは『魔女狩り信仰派』の貴族がこの事件をきっかけに、国民からの支持を伸ばして、その勢力をいっきに拡大していったとか、それなりに、怪しいと思われる人が出なかった訳じゃないことを思うと……。
何となく、その犯行動機については『政治的な介入によるもの』と考えた方が有力で、騎士団長が命を落としてしまったことに関しては、最初から狙われたというよりも、やっぱり偶然の産物的なものだったんじゃないかな、と感じてしまう。
――そもそも、騎士団長って、私の中では本当にあまり良い印象がないんだけど。
騎士団の中でも、みんな、騎士団長にはそれなりに思うところがあったりするのかな?
この間、セオドアに護身術を教えて貰った日の遣り取りを見る限りでは、騎士団長と副団長のレオンハルトさんの間には、相反するような考えがあって、確執的なものがちらほらと見え隠れしているように感じたけど……。
その辺り、一体、どうなのだろう……?
私が頭の中で、騎士団のことについて、色々と考えていると……。
「昨日、そのようなことが起こったのだとしたら、皇女殿下が不安になってしまうお気持ちも理解出来ます。
ですが、安心してください。……我が国の騎士団は精鋭揃いで、この建国祭の期間中、怪しい人間に直ぐに対処出来るよう常に監視の目を光らせていますし。
何かあれば、私の耳に直ぐに入ってくるような体制も整えてますから」
と、力強い口調でレオンハルトさんから安心させるように、そう声をかけて貰って、思わず目を瞬かせた。
【……傍から見て、そんなにも不安そうな表情になってしまっていただろうか?】
あぁ、でもっ、レオンハルトさんから見た時の私って、どこからどうみても10歳の子供だし。
昨日、誰かに後を付けられていたことで、内心では凄く怯えていたり、不安がっていると思われても可笑しくないのかも。
その勘違いは、今の現状においてはもの凄くありがたいものなので、このまま利用させて貰うことにして……。
「ありがとうございます。
騎士団を一手に纏めている、副団長でもあるレオンハルトさんにそう言って貰えると凄く心強いです。
私自身は常に、セオドアが傍にいて護ってくれているので、自分の身の心配は、そこまでしていないのですが……。
建国祭に来ている一般のお客さん達にも、何か被害などが出ないか心配で……。
こういうイベントの時だけではなく、普段から、騎士団の人達は、いろいろな部隊に分かれて行動しているんですよね?」
と、私自身はセオドアが傍についてくれているから、そこまで自分の安全面について、心配していないことを伝えつつ。
この機会に乗じて、国が管理して『組織として運営されている騎士団』について、その内部に関して、もっと細かい所まで把握しておけるように、もう少し詳しく突っ込んで事情を聞いてみることにした。
「ええ……。
騎士団と一括りにされていても、その仕事内容については、本当に細かくそれぞれの管轄に分かれていますから。
基本的に王都で起こった事件の調査や巡回などでは、常に小隊を組んでいて、3~6人で動いている騎士達が多いですね。
それでいうのなら、私と騎士団長の受け持っている騎士達にも違いがあったりするので、傍から見て、それぞれに派閥があると思われてしまうこともよくあるのですが……」
そうして、私の問いかけに、ほんの少し言いにくそうに答えてくれるレオンハルトさんの説明で……。
『騎士団長と、副団長であるレオンハルトさんが受け持っている騎士達に違いがある』というのは、どういう意味なんだろうと、首を傾げれば。
「こう言っては何ですが、シュタインベルクでも優秀な人材は、騎士団長が先に目を光らせて、自分の部隊に引き抜いてしまうことが殆どですよね……?
一年に数回行われる、我が国の騎士になるための入隊試験で、高得点を記録して活躍した新人騎士や……。
模擬戦などで、メキメキと頭角を現している騎士達には事前に目をつけて、その待遇についてもあからさまに他の騎士と比べて差別して、優遇しているそうですし。
騎士団長という一番偉い立場にある方が、そのような贔屓をすること自体が騎士団の中で公然たる事実とされ、暗黙の了解になっていることを、みんな知っていますよ」
という忖度のない言葉が、一応周囲にいる大勢の人達に聞かれないようにと配慮したのか。
小声ながらも、げんなりしたような雰囲気のオリヴィアから降ってきて、私は大きく目を見開いてしまった。
「……ははっ、相変わらず、オリヴィア嬢は手厳しい、な……?」
「オイ、オリヴィア……っ! 副団長、うちの妹が本当に申し訳ありません……っ」
「いや、別に、構わない。……それが今の騎士団で実際にまかり通っていることだからな。
ついでに言うのなら、幾ら騎士団で活躍できる程のポテンシャルを持っている人間でも、その出自が悪い人間だと、決して上には上がれないというオマケ付きだ」
そうして、ジャンの謝罪に、特に怒るようなこともなく……。
はっきりと騎士団の問題点を口に出して説明してくれたレオンハルトさんの視線が、ちらっと一瞬だけセオドアの方に向いたことで。
【やっぱり、レオンハルトさんもセオドアの待遇について可笑しいと思ってくれていたんだなぁ……】
と改めて、私自身、今のシュタインベルクの騎士団に蔓延っている問題点について認識する。
「騎士団の中では、特に騎士団長ではなく、副団長の部隊に所属したいという騎士達も多いと聞きます。
日頃から練習には殆ど顔を出さず、宮廷貴族との仲を深めてばかりいる騎士団長とは違い、平民という出自でありながら、その実力で副団長という立場まで上り詰めたレオンハルト様の部隊は、まさに少数精鋭だと聞きますから。
それも、実力のある騎士達を軒並み騎士団長に持っていかれている中で、です……。
副団長の部隊に所属することが出来れば、それだけで、自分の騎士としての腕を一回りも二回りも上げることが出来ると……」
それから、続けてもたらされた『オリヴィアからの情報』に……。
一枚岩という訳ではなく、徐々に、宮廷貴族と同じように騎士団の中にも、厄介な派閥があるのだということが、はっきりと私にも分かってきた。
それと同時に、さっきレオンハルトさんが言っていた『騎士団長と副団長であるレオンハルトさんの、受け持っている騎士達が違う』という、その意味についての理解も深まってくる。
つまり、騎士団長は自分の立場を利用して、騎士団の中でもお気に入りの騎士達を集めて部隊を作り、自分が関わる仕事において特に重用している、ということなのだろう。
一見すると、実力のある人間が騎士団の中で優遇されるというのは別に問題ではないように感じてしまうけど。
仮に実力があっても、セオドアみたいに出自が悪い人間だと、出世の機会すら与えて貰えないということは勿論のこと……。
その遣り方にも、差別だったり、騎士団長個人の感情が大いに影響していることが一番の問題なんだと思う。
それは、客観的に、冷静にその場の状況を見渡して部下を引き上げる訳ではなく、上司として、自分にとって『都合のいい人間』を近くに置いておきたいと、選別しているに過ぎないということだから……。
特に、騎士団に所属する騎士達は、一人一人の高い実力が認められ、個人として重用される皇族の護衛騎士とは違い。
例え、実力のある人間であろうとも、騎士団にいる以上は、基本的に集団で動かなければいけない訳で……。
そこには必ず、働いている騎士達それぞれの、チームワークというものが必須になってきてしまう。
つまり、一つの部隊に、騎士として、その実力が優秀な人材だけが集まってしまうと。
その部隊に関しては良いのかもしれないけれど、他の部隊に少なからず影響や、支障が出てきてしまう可能性も高くなってきてしまうし……。
集団で動く騎士団においては『部隊を作るのなら特に、バランスというものが一番大事になってくるんじゃないかな?』というのは、素人の私でも理解出来ることだ。
例えば、一小隊に対して、純粋に剣士としての実力がある人と、頭の回転が速くて策略を練り、知将として活躍出来るような人は別だと思うし。
双方の実力はそこまで高くなくても、協調性に優れ、一人一人との輪を大切にしながら、全員の気持ちなどを一つにまとめることが得意な騎士もいるはずで。
任務の内容にもよると思うけど、そういう人達を、一緒の部隊に入れることで、上手いことチームとして部隊のバランスを取ることの方が重要であり。
剣士として優れた腕前の実力者ばかりで部隊を作ってしまうと、チームとしては上手く機能しないというか……。
大げさに言ってしまうと、あっという間に、脳筋だらけの部隊ができあがってしまうんじゃないかな……?
そこまで考えて……。
「それって、騎士団の部隊としては、凄く、バランスが悪くなってしまいそう……」
と、思わず、ぽつりと漏れた、私の本音交じりの一言に……。
ジャンやヨシュアさんといったクロード家の面々だけではなく、副団長であるレオンハルトさんも驚いたように目を見開いて、私の方を見つめてきた。
「……? あ、あの、私何か、変なことを言いました、か……?」
唐突に、この場にいる全員の視線が一斉に私の方へと向いてしまったことで、戸惑いながら首を傾げると。
「いえ、皇女殿下……。
失礼ながら、まさか、そのお年で、私たちの遣り取りの大半を理解していらっしゃるというか……。
騎士団長と私の派閥があるというあの話から飛躍して、そこまでの考えに持って行くことが出来るとは、夢にも思っておらず……。
思わず、驚いてしまって……」
という率直な言葉が、動揺したレオンハルトさんの口から降ってきて、私は『……あぁっ、』と、いう言葉を、何とか口から出る前に呑みこむことに成功した。
普段、私が普通にしていても、誰も私の年齢的なものを疑う人はいないというか、特に突っ込んで、怪しいなどと思われることもないから、完全に油断していた。
「えっと、……そのっ、」
そうして、一人、どう誤魔化したらいいのか分からず、おろおろしてしまっていると。
何故か、セオドアが小さくフンっと、鼻を鳴らしたあとで……。
「姫さんは、基本的に、頭の回転が滅茶苦茶早いし……。
なんなら、皇太子が神童だとか、第二皇子が凄いだとか言われて世間で持て囃されているのと比べても、何ら遜色ない程だし。
元々、姫さんが、世間で言われていた評価の方が、そもそも可笑しいんだよ。
口では何とでも言えるけど、アンタ等含めて、誰一人として、姫さんの本当の凄さを分かってねぇだろ……?」
と、隣で眉を寄せながら。
さっき私が、ヨシュアさんに騎士としての本音を言われてしまったことについて、怒っているかのように声を出し、急に私のことをべた褒めしてくれ始めて、思わず慌ててしまった。
「……せ、セオドア……」
こういう時、褒められ慣れていない私は、あんまり言われると、それだけで途端に恥ずかしくなってきてしまうし。
私のことを思って言ってくれているのは凄く嬉しいんだけど、セオドアの立場のことを考えたらあまり、周囲の人達と確執が出来てしまうのはよくないかもと、オロオロしながらも止めに入ろうとしたところで……。
「……なるほど。
やはり、今代の皇族の方達はみな、優秀だと言われているだけあって、皇女様も陛下の血を引き継いでおられるのですね。
いや、それだけではないな。
ウィリアム殿下もそうだが、ギゼル殿下も、皇女殿下も、常日頃から国のために自分に出来る限り、たゆまぬ努力をしておられるのでしょう」
という予想外の言葉がレオンハルトさんの口から返ってきて、私は思わず驚いてしまった。
今まで、お父様の血を引き継いでいると褒められるのは基本的にお兄様二人だけで。
私は二人と比べて『お父様の血が入っていない』だとか、『本当にお父様の子供なのか?』と、血筋のことを馬鹿にされる状況が殆どだったから、余計に……。
「皇女殿下にも察して頂けるような事が、騎士団長には出来ぬというのもまた、頭を悩ませる要因なんだが……」
そうして、思わずぽろっと口をついて出てしまったのか、続けて降ってきたレオンハルトさんの愚痴ともとれるようなその言葉に。
「騎士団で今、まかり通っている現状を、お父様は知っているのでしょうか……?
もし、知らないのなら、私の口からお父様にお伝えすることも出来ますが……」
と、提案してみれば。
私の方を見ながら、どこかうんざりしたような雰囲気を崩すことなく……。
「いえ……、皇女殿下のお心遣い、痛み入ります。
私も騎士団での古い慣習については、常日頃から変えたいと思っているのですが……。
なかなか、そういう訳にもいかないのが現状でして。
陛下は騎士団の実情についても、しっかりと認識してくれています。
ですが、騎士団長は役職のある人間との繋がりも深く、宮廷貴族でもかなり上の立場にある方と繋がっていたり、自分が元は貴族の出であることを生かしての、立ち回りも上手く……。
例えば騎士団での予算などについて、上手いこと交渉したりすることが出来るなど。
あれはあれで、例え、部下に嫌われていようとも、団長としての役目についてはしっかりと果たしているので、その立場を露骨に降格させることも出来ないんです。
実際、騎士団で動く時だけではなく、皇宮にいれば、否応なしに宮廷貴族達と関わったりしなければいけない事案も多数出てきますから」
という言葉が返ってきてしまった。
つまり、宮廷貴族達と仲がいいというか、上の立場にいる人の懐に入るのが上手くて顔も利く騎士団長を辞めさせてしまうと、今の騎士団で使われている予算などについての交渉がしっかり出来る人がいなくなるというか、騎士団にも不利益が生じてしまうリスクがあり……。
そういうことに長けているということで、騎士団の矜恃を保っていて、お父様は除くとしても上からの覚えも良くて、騎士団長自身も能力がある人だから……。
騎士団の中で、騎士団長が自分の感情を優先して、騎士団を半ば私物化し、騎士達を明確に差別していようとも、横柄に振る舞っていようとも……。
なかなか、その状況を外から改善することが出来ない、ということなのだろうか。
「よほど、目に余るようなことが起きれば、陛下も、私たちのことを気にかけてはくれていますが。
……団長に対して上にいる人間の覚えがいい以上、これ以上のことを陛下に強いるのは、陛下のお立場を考えてもあまり良策であるとは言い難い。
それに、陛下の推薦により、平民出身であった私が騎士団の副団長に就いたことで、これでも随分、マシになった方なので……」
そうして、レオンハルトさんの口から続けて説明された言葉に、私は驚きに目を見開いた。
例え、平民出身であろうと、特に差別とかをすることもなく、能力があれば上に引き立てるというのは、実にお父様らしい遣り方だなぁと思う。
ただ、今ある騎士団の現状が既にお父様の改革済みというか、副団長に平民出身であるレオンハルトさんを推薦したことで、新しい風を入れようとした結果なのだということまでは知らなかった。
それと同時に、いろいろなところで恨まれていそうな騎士団長のことを思えば『もしかして、誰かから狙われても可笑しくないかも……』と、私は未来に起きる事件について、更に認識を改める。
「陛下が私を副団長に推薦してくれた時もやはり、平民であるという一点のみにより、皇宮の中での反発の声も大きかったので……。
これ以上、目に見える形で、表だって陛下が動いてくれるようになれば、陛下の息がかかっていると判断されて、私も陛下も、どちらの立場も悪くなってしまうでしょう。
そうなれば、その在り方を正すどころか、そのことで、騎士団をより悪化させてしまうことになりかねない」
それから、吐き出されたレオンハルトさんの言葉には、もの凄く実感がこもっていて。
私が想像していた以上に騎士団において、そのことは根深いというか、お父様でも直ぐに直ぐはどうにもならないことで……。
更に、古い慣習を変えていくには、それこそ長い時間をかけて慎重に動かなければいけない問題なんだろうな、と感じるし。
このことが未来で役にたつかどうかまでは分からないけれど、騎士団についての詳しい内情を知ることが出来て、本当に良かったと思う。
未来ではそれでも、レオンハルトさんが騎士団長として指揮をとっていた訳だから、レオンハルトさんに今の騎士団長以上のポテンシャルがあるのは間違いないだろうけど……。
それでも平民出身ということで、今これだけ苦労している様子なのだから、未来でも苦労していたんだろうなぁ、ということは想像に難くない。
それより、このままいくと、私が騎士団長を護るという選択を取ったことで、未来が変わってしまう可能性の方が高くて……。
オリヴィアを筆頭にクロード家の人達のみならず、レオンハルトさんにも悪く思われている騎士団長のことを根本的に変えないと、騎士団自体が良くならないだろうということだけは確かだった。
未来に事件が起きてしまった時に、ただ、騎士団長を救うだけではいけないと、認識を改めることが出来たのは良かったことの一つだとは思うんだけど。
……新たに、別の問題が出てきてしまったことに。
「詳しく教えて下さり、ありがとうございました」
と、図らずも色々と教えてくれたレオンハルトさんに向かって、にこりと微笑みかけながら……。
私は騎士団に根深く蔓延っている問題を何とか解決する糸口はないかと、一生懸命に頭を働かせることにした。
いつもお読み頂きありがとうございます。
5月14日(日)の更新については、私生活の都合でお休みします。
次回の更新は5月17日の水曜日まで飛ぶので、その頃、また遊びに来て下さると嬉しいです。
宜しくお願いします。