362 突然の謝罪
「皇女殿下。
お取り込み中、割って入るような形になってしまい、本当に申し訳ありません。
私自身も忙しい身であるので、この機会を逃してしまうと、ジャンに対して今回の功績を労うことも出来なくなると思いまして。
丁度、オリヴィア嬢も一緒に、皆で話しているのを見つけて、クロード家の一員であるヨシュアに頼んで、仲介役を買って出て貰ったんです」
そうして、騎士らしく、サバサバとした口調で端的に要点を纏めながら……。
私に配慮してくれながらも、私ではなくジャンに対して用事があったことを隠すこともしない副団長であるレオンハルトさんのその姿を、いっそ清清しいほどに爽やかだなぁ、と感じつつ。
レオンハルトさんの視線を受けて、どこか緊張したような面持ちをしながらも、こくりと頷いたクロード家の三男であるヨシュアさんの方に、私は視線を向ける。
さっきは気づかなかったんだけど、よくよく見たら、私の騎士選びの時に騎士団長が『皇女様、あの騎士はお勧めです』と、お勧めしてくれた中の一人にいた気がして、ハッとしてしまった。
あの日のことは正直、私自身、自分の態度が悪かったことは認識しているから、あまりにも申し訳なさすぎて、どことなく、気まずいなぁ、と思っていたら……。
唐突に、ヨシュアさんと目が合って、色々な意味でドキドキしてしまう。
何を言われるのか不安に思いながらも、先に謝った方が良いのだろうかと、一人、オロオロしていたら。
「……皇女殿下」
と、私を真っ直ぐに見つめたまま、真顔で、先にヨシュアさんの方から呼ばれてしまって……。
そのあまりにも真剣とも思える表情に、彼が何を思っているのかまでは読み取れず。
「は、……はい」
と、戸惑いながら、返事を返せば……。
「申し訳ありませんでした……っ!」
と、ガバッと、勢いよく思いっきり頭を下げられて、私自身びっくりして面喰らってしまった。
一生懸命頑張っている騎士達に対して、自分の立場を使って無礼なことを言ってしまった自覚はあるから、私があの日のことを謝るならまだしも、ヨシュアさんが私に謝ってくる理由が分からず……。
『あ、あの、顔を上げてください』と、ただひたすらに困惑していると。
「……あの日のこと、兄から事情を聞きました」
と、どことなく神妙な顔つきをしたヨシュアさんから重々しい口調でそう言われて、私はその言葉の意味がよく分からず、首を横に傾げる。
「皇女殿下はあの日、騎士団長に選抜されていた俺たち騎士をそもそも選ぶつもりがなかったと……」
そうしてヨシュアさんの口から吐き出されたその言葉に、私の隣にいたセオドアの眉が『……どういうことだ?』と言わんばかりに、ぴくりと上がって、私の代わりに、続きを促すようにヨシュアさんの方を見つめてくれれば……。
「それは、皇宮でも重要視されていない、自分のお立場を考えてのことだったと……」
と、次いでヨシュアさんからそう言われて、初めて、そういえば、そんな話をジャンにしたことがあったなぁ、と私は思い出した。
でも、だからと言って、別に改めてそのことで、ヨシュアさんが私のためにどこか思い詰めるような表情を浮かべたり、謝ったりしなくても良いと思う。
寧ろ、あの日、私が失礼なことを言って、彼らの自尊心を傷つけてしまったことは事実だから……。
「あの、だからと言って、別に、ヨシュアさんが私に対して謝ろうとしなくても……。
私自身があの日、失礼にも、騎士の方達の誇りを傷つけてしまうようなことを言ったのは事実ですし。
その……、こちらこそ、本当に申し訳ありませんでした」
そうして、丁寧な謝罪に、私も申し訳ない気持ちを増幅させながら、改めて騎士団でのことを謝罪すれば……。
顔を上げたヨシュアさんから『……とんでもないっ!』と大声で叫ぶようにそう言われて、思わず、その剣幕にびっくりしてしまう。
「……あの日、選抜されていた俺たち騎士は、皇女殿下が皇族の一員であるにも関わらず。
世間での貴女の噂を信じ切っていて、誰一人として、護衛騎士として、本心からその任務に就きたいなどとは思っておりませんでした。
寧ろ、貴女に選ばれることで、自分たちの出世の道さえも閉ざされてしまう、と……。
……その考えは、この国の騎士として、国や皇族を護らなければいけない者として、本当に恥ずべき考えです」
そうして、次いでヨシュアさんに言われた一言に、きょとんと目を見開いた私は、少し経ってから『……それは、そうだろうなぁ……』と思わず苦笑してしまった。
私自身、今でこそ、ほんの少しずつ世間からの評判も上向きになってきているものの。
あの当時の私に付くだなんて、それこそ騎士達の間でも、罰ゲームならまだ良い方で、地獄への片道切符だったと言っても過言ではないと思う。
他の皇族の護衛騎士になるのは名誉なことでも、私に付くのは決して名誉でもなければ、セオドアが来てくれるまで、常に入れ替わり立ち替わりでコロコロと騎士達が変わっていたことを思うと……。
自分たちも、いつ私の機嫌に振り回されて『辞めさせられる』のかと、不安でしかなかったと思う。
まぁ、実際には別に、私が彼らのことを辞めさせた訳じゃなくて……。
赤毛で忌み子とされる私に付きたくない人があまりにも多すぎて、騎士団長に『配属先を変えてほしい』と願い出てる人が多数いたんだと思うんだけど。
ただ、そもそもが、まともな人を付けて貰っていなかった訳だから、騎士団長も私のことを碌に使えない騎士達の墓場というか、最終的に行き着く『左遷的な場所』だと考えていた節があるし。
そういう人達が、私の元を辞めたとしても、次にまともな配属先に所属させて貰えるとは思えないから……。
やっぱり、騎士達の間では、私の護衛騎士になることはイコール、出世の道が完全に閉ざされることと同義だと思われていたんだなぁ……。
と、もの凄く納得してしまった。
だから、別に今更、そのことに怒りがわいてくるようなこともなく。
寧ろ、それでも私に対して表面上は悪感情を出すこともなく、お父様の顔を立てて真っ当に仕えようとしてくれていた騎士達だらけだったから……。
あの日の事情を聞いてもなお『寧ろ私の方が悪かったんじゃないかな……』って、申し訳ない気持ちの方が勝っているんだけど。
今ここで、騎士団の副団長もいる中で、正直に色々と暴露してくれたヨシュアさんは……。
あのときのことを本当に後悔しているように、もの凄く重々しい雰囲気で私に接してくるから、最終的に、どうすればいいのかと、途方に暮れてしまった。
「……っ、そういうことかよ」
それから、私がヨシュアさんに、『気にしないでください』と声をかけるよりも先に……。
セオドアが、ぽつりと、隣で吐き捨てるように声を溢したあと。
「ずっと、姫さんが、あの日、俺を選んだ理由について考えていたんだが。
やっぱり、俺だけが、あの中でただ一人、唯一、“出世”することが出来る人間だったからなのか……」
と、そう言われて、私は内心でドキッとしてしまった。
【うぅ……、相変わらず、セオドアは鋭い……】
本当は、誰にも迷惑をかけないように、ということと、自分の大切な人をこれ以上増やさないようにしたいという思いから、ちゃんとしていない軽薄そうな騎士を選ぶつもりだったんだけど……。
唯一、騎士達の中で、私の護衛騎士になることで箔がつき、騎士団で出世が望めないであろうセオドアを、出世させてあげられることが出来ると思ったのは事実だったから。
ただ、それだけじゃなくて、あの日、セオドアを選んだのは、騎士として、その立ち姿に吸い込まれるように惹かれて……。
セオドアがノクスの民で『赤』を持っていることで、自分と同じように冷遇されていることを知って、私と同じ境遇だと思ってしまったことも大きいんだけど。
そもそもあの頃は、私が魔女であることで、お父様からもっと無茶ぶりをされてしまうだろうと勘違いしていたし。
お父様に言われるままに、魔女として能力を使い続けていれば『この身』も、やがて寿命が来る前に、死んでしまうだろうと思っていたから……。
いずれ、セオドアも私から『完全に解放される』と思ってしまっていたんだよね。
そうなったら、私の護衛騎士を務めていたという経歴のまま、セオドアを騎士団に戻すことが出来るという考えがあったというか、何というか。
これまで、騎士団長の思惑とかについては考えたこともなかったから、セオドアは綺麗なまま、また騎士団に戻ることが出来ると疑ってさえいなかったんだけど。
もしも仮に私が死んでしまったら、騎士団長は、その移動先について、もっと劣悪な環境だとか……。
それこそ、私が彼らの墓場だったように、セオドアのことを僻地などに飛ばしていたとしても、何ら可笑しくないなぁと思い至って、ぞっとしてしまった。
――ていうか、それよりもセオドア、今、やっぱりって、言わなかった……?
私がセオドアのことを『出世が望めるから、自分の騎士にした』だなんて、一度も話したこともないと思うんだけど、薄々感づいていたのかな?
そっと窺い見るように、セオドアの方へと視線を向けると、セオドアと、がっつり目が合ってしまった。
「あー、そういうとこ。……本当、狡いよな……」
そうして、パチッと目が合った瞬間に、小さくため息を溢しながら、そう言われて……。
私は、きょとんとしたあと、首を傾げる。
狡いって、一体、どういう意味なのだろうと、一人、セオドアに言われた言葉の意味が分からなくて不思議に思っていると。
「……だから、離れられなくなるんだよ」
ぽつり、と、何か言われた言葉が、上手く聞き取れなくて『……セオドア?』と声に出せば。
何故か、難しい顔をしたまま返事は返してくれず、代わりに、むにゅっと、頬っぺたを摘ままれてしまった。
……その、距離感に。
普段から、私自身が慣れているし、特に何とも思わなかったんだけど。
ぎょっとしたように目を見開いたのは、私とセオドアとアルを除いたこの場にいる殆どの人達で。
ジャンやオリヴィア、それからヨシュアさんというクロード家の人達だけではなく、副団長であるレオンハルトさんもだった。
「オイ、セオドア……!
お前っ、皇女殿下に対して、その距離感は一体何なんだ……っ!?」
そうして、怒ったように声を出してくるレオンハルトさんに、慌てながら……。
「あ、えっと、ごめんなさい。
……セオドアは悪くなくて、私が普段から許可を出しているんです」
と、声に出せば。
「皇女殿下、流石に、甘過ぎます……!
この間も、あなたたち二人を見て感じたことだったが、あまりにも騎士と皇女としての距離感が近すぎる」
と、レオンハルトさんから叱られてしまった。
「申し訳ありません……」
大きな声でそう言われたことに、しょぼんとしながら、肩を落としてしまったら……。
「あ、い、いえ、別に皇女殿下を怒った訳では……。
あー、いやっ、そう取られても可笑しくないか……」
と、ほんの少しだけ慌てた様子のレオンハルトさんに言われたのと同時に、多分、無意識で普段の遣り取りが出ちゃったんだと思うんだけど。
セオドアが『……やっちまった』という表情を浮かべたあと、ばつが悪そうな顔をしながら……。
「わるっ……、申シ訳アリマセン。……以後、気ヲツケルヨウニシマス」
と、何とか土壇場で敬語を思い出してくれたのか、レオンハルトさんに向かってと、私に向かって『姫さ……、皇女様、申し訳ありませんでした』と謝ってくれた。
私に対してと、レオンハルトさんに対しての言葉では若干、そのニュアンスに違いがあるような気がしてならないんだけど……。
とりあえず、セオドアにそう言って貰えて本当によかったと、内心でホッとしていると。
今度は、セオドアが敬語を使ったことにびっくりしたようで、レオンハルトさんが、此方に向かってというか、セオドアに向かって思いっきり目を見開いてくる。
「お、オイ、お前っ。……いつの間に、敬語が使えるようになったんだ……っ!?」
そうして、どこか感動したように、そう言われて。
『俺のことを、一体何だと思ってんだ……』とセオドアがげんなりしたような雰囲気を出したのを見て、なおも、食い下がるようにしつこく『一体、いつからっ!?』と、問いかけるレオンハルトさんに。
「姫さ……、皇女様が、時間があれば、俺につきっきりで、丁寧に教えてくれてるんデス」
と、セオドアがほんの少し面倒そうに答えるのが目に入ってくる。
「そうか。……敬語が使えるようになったのは良いことだ。
俺には別に無理して使わなくてもいいが、特に騎士団長は、そういうのを逐一気にする人だからな。
敬語が使えないってだけで、どんなに実力があっても、お前のことを悪く見る人間もいる。
まぁ、お前の場合は、その生い立ちからそもそもが悪く見られてしまうことが殆どだろうが……」
そうして、レオンハルトさんがそう言ったことで、前にオリヴィアが手紙で副団長は話が分かる人だと教えてくれていたように、本当にそうなのだろう、と私にも感じ取ることが出来た。
やっぱり、レオンハルトさんは騎士団の中でもいい人寄りというか、騎士団長とは違い広い視野で客観的に見て、真っ当にいろいろなことが判断出来る人なのだろう。
そのことに、ホッと安堵しながら……。
話が一段落したことに、今後起きてしまう事件について『早い所、伝えておかないと』という、気持ちばかりが焦ってしまい。
「あ、あの、騎士達が今、王都に異常が無いか巡回してくださっていると思うのですが、建国祭の期間中、何か異常なことなど、起きたりしていませんか……?」
と、声をかければ……。
あまりにも持って行き方が下手くそすぎて、この場にいるみんなの視線が一斉に私の方を向いてしまった。
特に、副団長でもあるレオンハルトさんの視線は、どこか訝しげに見るもので、すぐさま『拙かったかも……』と、内心で反省する。
「……一体、どうしてそのようなことを?」
そうして、レオンハルトさんから、そう問いかけられて……。
どういう風に伝えればいいのか、私が言葉に詰まってしまっていると。
「あー、昨日、建国祭を姫さ……皇女様と見て回っている時に、怪しい奴を見かけてな。
多分、そのことを気にしてくれているんだと思う」
と、セオドアから助け船が降ってきた。
そのことに、もの凄く感謝しながらも……。
仮面の男や、アーサーについては、お父様が調べている案件の一つで、もしかしたら、副団長の管轄じゃないかもしれないから、きちんとした事件として教える訳にはいかないし。
こういう時、基本的には私ではなく、お父様から下の人達に話が行くものだと思うから、どちらにせよ今ここでは、あまり詳しい情報は言えなくて申し訳ないなぁと思いながらも、その勘違いを上手いこと利用させて貰うことにした。
「そうなんです……。フードを被った人に、後をつけられてしまって。
あの、もしかしたら、今後そういう怪しい人が出てくるかもしれないので気をつけて欲しくて……」
私のこの言い方だと、アーサーがフードを被っている人だという関連付けになってしまうかもしれないと思ったものの……。
よくよく考えてみると、実際に、未来に起きる事件の犯人は、アーサーのように人の後をつけるのに不慣れではない、恐らく仮面の男のように手練れの人が犯人だと思われるから、きっと大丈夫だと思う。
今は、フードを被っている怪しい人を、今回の建国祭で私が目撃したという事実のみ、レオンハルトさんに印象づけることに成功すれば、それでいい。
……もしかしたら、未来に起きた事件の時に、改めて私に詳しく話しを聞きにきてくれるかもしれないし。
今回のことは嘘ではないけど、私自身が、一度、フードを被った怪しい人を目撃したという情報を持っていれば、今後、城下などに行った時に、再度、そういった怪しい人間を目撃したと、嘘を吐くことも出来る。
それを、事件が起きそうな時期に、改めて、レオンハルトさんに知らせることが出来ればと、内心ではひやひやしながら、伝えれば……。
「なるほど、そのような“ご事情”がおありだったんですか……。
それは、確かに気になりますね。
分かりました。……建国祭の間、巡回している騎士達の数を少し増やすことにします」
と、レオンハルトさんにそう言って貰えて、今回の建国祭では多分、何も起きなくて大丈夫だと思うから、ほんの少し罪悪感で胸がちくっと痛んでしまった。
「それで、犯人は、フードを被っているというだけですか……?
どんなことでもいい、他に何か、手がかりになりそうな情報などは無いのでしょうか?」
そうして、レオンハルトさんに更に詳しく問いかけられたことで、私はふるりと一度首を横にふり。
「申し訳ありませんが、私の口から、これ以上は……。
もしかしたら、お父様預かりの事件の可能性もありまして……」
と、言葉を濁して伝えることにした。