359 法務部の官僚
あれから、恙なく騎士達や宮廷貴族に贈る勲章の授与式は終了し……。
私たちは座っていた椅子から立ち上がって、長時間の拘束から解放されると、直ぐに、レセプショパーティーの会場へと行くことになった。
こっちの会場は、その殆どが参列者が着席する椅子で埋まってしまっていたから、直ぐに準備が出来ないことを加味して、レセプションパーティーのために別の会場を用意してるのだと思う。
私たちが勲章の授与式を執り行っている間に、レセプションパーティーの準備を別の会場で済ませておき……。
私たちがレセプションパーティーを行っている間に、こっちの勲章の授与式のために使っていた会場を片付ければ、そこまで時間のロスを気にしなくて人を待たせなくて済むから、その辺りの効率をしっかりと考慮した上でのことなのだろう。
別の会場といっても、どちらも皇宮の敷地内にある会場なので、そこまで移動する距離は遠い訳ではない。
外に出て、新鮮な空気を吸ってから、自然、身体が強ばって緊張していたのを解すように……。
あまり人目に付かない所で、ぐっと一度伸びをしたあと、レセプションパーティーが開かれる予定の会場へと向かうと。
既に、準備のために、皇宮の給仕スタッフ達が、無駄のない統率された動きで、慌ただしく働いているのが見えた。
この日のために殆どの人員が駆り出され、忙しなく動いている執事や侍女達の姿を見ていると……。
ここでも私のデビュタントの時の事件が尾を引いているのか、ドリンク類は『その場に置かれた物を取るビュッフェ式のスタイル』ではなく、彼らに声をかけないと貰えないシステムに変更されていた。
そっちの方が毒を入れられてしまう危険性も減るから、出来るならそうした方が良いのだと思う。
一応、あの事件の犯人は医者のマルティスということで、表向きには片が付いたことになっているけれど。
まだ『仮面の男』や、『その裏にいる人間が誰なのか』という所までは判明していないこともあって、お父様らしく、念には念を入れたんじゃないかな……。
内装もさっきまでの厳かな感じの雰囲気とは一転、此方の会場ではパーティーが行われるということで、少し華やかな雰囲気になっていた。
とはいっても、今日の主役は騎士達や宮廷貴族みたいなお堅い職業の人たちだし、私のデビュタントの時みたいに、パッと見て直ぐ分かるくらい豪勢で華やかなイメージというよりは。
やっぱり置かれている調度品なども含めて、シックな内装で『カチッとした雰囲気』が作られてはいて……。
会場に入ると、直ぐにみんな親しい人たちと積極的に会話をし始めてしまって、まるで置いてけぼりにされたような気持ちになってくる。
騎士達や、宮廷貴族同士のグループが直ぐにできあがっているのは勿論のこと、お兄様達も会場に着くなり、それぞれに親しい騎士や宮廷貴族と話し始めてしまったし。
お父様は当然、その立場から何もしなくてもその場に立っているだけで、人が寄ってくる訳で……。
更にいうのなら、テレーゼ様も普段から懇意にしている人たちがいるのか、優雅な佇まいを崩されることなく、宮廷貴族の人たちの輪の中に、紅一点として入り、楽しげに談笑する姿が私の目に映ってくる。
【……私だけ、ひとりぼっち】
――こういう時、どうしても、他の人たちとの人脈の差が、浮き彫りに……。
今の自分の状況に、一人、ため息を溢しながらも……。
誰とも話さない訳にはいかないし、とりあえず未来に起きてしまう事件のためにも、私も人脈作りを頑張らなくちゃ……っ!
と、思いながら、オリヴィアを探すのは勿論のこと。
さっき勲章を授与された騎士達なら『おめでとうございます』というお祝いの言葉から、話のとっかかりが掴みやすいかも、と、きょろきょろしていると。
「悪い。……姫さん。
……俺が、騎士団で、仲のいい奴がいないばっかりに」
と、セオドアから、もの凄く申し訳なさそうに謝罪されてしまって、私はその意味が直ぐに分からず、こてんと首を横に傾げた。
「……えっ? どうして……?」
「いや……。
俺に親しい騎士の一人や二人でもいれば。
今日ここで、こんな風に姫さんが喋る相手を探そうとしなくても、紹介出来たかもしれねぇのに」
そうして、本気で、私のためを思って言ってくれているのだろう。
セオドアのその言葉に、びっくりしながら目を見開いたあと……。
私は『ううん』と声に出して、気にしないで欲しいという意味を込めつつ、表情を綻ばせて、穏やかに微笑みかける。
「そう言ってくれるだけで、凄く嬉しいな。
……それに、人脈作りは、私自身が頑張らなきゃいけないものだから」
一つ、声に出して、自分にも言い聞かせるようにそう伝えれば、セオドアも口元を緩めながら、私に向かって微笑んでくれる。
「うむ、人脈作りか。……頑張れ、アリス。
……だが、ここにいる殆どの連中が既にできあがっていて、なかなかあの輪の中に入るのは難しそうだな」
それからアルも交えて、その場に立ち止まり、私たちが軽く会話の遣り取りをしていると……。
「皇女殿下……っ!」
と、仰々しく声をかけて近づいてきてくれた人がいて、私は思わず顔を上げて、声がした方向へと視線を向けた。
見れば、今日人脈を作ろうと意気込んでいたお目当ての騎士達ではなく、格好から推測するに、宮廷貴族の人たちが、3人近寄ってきて私に対して声をかけてくれるのが目に入ってきた。
……名前が分からなくて、本当に申し訳ないんだけど、確かその中の一人は、環境問題の官僚のブライスさんと並んで、お父様の側近の一人だった気がする。
――ブライスさんと、仲がいい人なのかどうかまでは分からないけれど。
……それから、あとの二人は『さっきテレーゼ様と一緒に、話していた人だなぁ』という印象でしか記憶になく。
騎士達と同じように、宮廷貴族も色々と、その仕事内容は多岐に渡っているため。
巻き戻し前の軸も含めて、彼らがどんなことをしていた人なのかも良く分からなくて……。
私は内心で、困ってしまったのをおくびにも出さないように気をつけつつ、凜と背筋を伸ばしながら彼らの方へと一国の皇女として立ち振る舞えるように、向き直った。
「帝国の可憐な花にご挨拶を。
私、法務部門の担当をしております。……ベルナールと申します。
ブライス殿から聞きましたが、此度の皇女殿下のご活躍、誠に素晴らしくっ……!
また、ウィリアム殿下の最年少記録を塗り替えたこと、本当におめでとうございます。
陛下も、自分のご子息及びご息女が、みな、幼い時から優秀なこともあって、さぞかし鼻が高いでしょうなぁ……っ!」
そうして、にこやかな雰囲気で気さくに近づいてきてくれながら。
どこか芝居じみた様子で朗々と声を出すベルナールと名乗った、その人にそう言われて……。
「お褒めいただき、ありがとうございます。
そう言って頂けると本当に嬉しいです。……お兄様達に見劣りしないように、精一杯頑張ります」
と、ほんの少しだけ笑顔を作りだし、皇女として、にこやかに対応すれば。
ベルナールさんは、『そうですか、それは素晴らしい心がけです……っ!』と、どこまでも穏やかな雰囲気で此方に向かって、力強く頷いてくる。
年齢は、50代くらいだろうか……。
恰幅のいいその雰囲気から見て取れるその人の姿は、一言で言うのなら裕福そうというか。
悪い意味ではなく、本当に見たまま動物で例えるのなら『狸みたいな感じの人だなぁ……』と思う。
ただ、見た目のぼんやりとしたような雰囲気とは裏腹に……。
シュタインベルクでの法務関係のお仕事といえば、議題で持ち上がった『法改正』などの案を文章に纏めて、分かりやすく提示し。
お父様も含めて、他の宮廷貴族でもブライスさんのように、この国でもかなり重鎮とされている、役職のある上に立つ人たちに、多数決を取り……。
賛同の意見が過半数を超えて、法案が可決されれば、新しく国の法として書類を整えたりするのが代表的な仕事の一つであり。
我が国で、日々、変わっていく法案の一切を取り仕切っているような人でもある。
……つまり、今後、もしも魔女を救うために、この国の法案を根本的な部分から変えたいと思うのなら、絶対に外せない重要人物だし、仲良くしておくのに超したことはないと思う。
まさか、そんな人が私に近寄ってきて、声をかけてくれるとも思ってなくて、一瞬だけ戸惑ったものの。
なるべく、良好な関係を保てればいいな、と思いながら……。
「ベルナールさんは、法務関係の役職に就いているお父様の側近の方ですよね?
いつも、国のためを思って、尽力して下さって本当にありがとうございます」
と、微笑みながら声をかければ。
私の言葉に、思いっきり目を見開いて、驚いた様子のベルナールさんは……。
「これは、これは、驚きましたなぁっ……!
まさか、皇女殿下が、私のことを認知して下さっているとは思いませんでした。
はてさて、能ある鷹は爪を隠すと言いますが……。
今までは、その爪を密かに研いできたことすら、上手くお隠しになってこられたのでしょうか?」
と、声をかけてくる。
瞬間的に、褒められているのか、褒められていないのか凄く微妙な感じでそう言われたことに、思わずきょとんとしてしまえば。
直ぐに、私の顔色が変わったことに気づいたのだろう……。
変わったといっても、びっくりして、きょとんとしただけなんだけど。
「あぁ……。いや、なに、これは私の悪い癖でしてね……。
悪気はないんですが、どうにも、周囲の人間からお前の言葉は一言余計だ、と言われることが多々ありまして。
皇女殿下の、気分を害するようなことを言ってしまったなら、申し訳ありません」
そうして、ぽりっと頬を人差し指で掻きながら、申し訳なさそうに謝罪されて、その『親近感』を感じられるような仕草に、ふるりと首を横に振って……。
「いえ、……ありがとうございます。
ベルナールさんに今頂いた言葉は、褒め言葉として、受け取らせていただきますね」
と、私は声を出した。
その言葉の真意はどうであれ、なんとなく『本当のことを言ってくれているのかな?』という雰囲気に思えるから、取りようによっては失礼にあたりそうなその言葉を、良い方向に考えて褒め言葉として受け取ることにした。
だけど……、どこまでも、気は抜けないと思う。
ブライスさんは、私と接してくれる時、どこまでも気の良いおじさんといった感じだけど。
それでもシュタインベルク国内で、お父様にその手腕が認められているだけあって……。
役職がついて、お父様の側近で国を回している人たちが、どの人たちも、ただ優しいだけの、人たちであるはずがない。
【多分、誰をとっても、その性格も含めて、一癖も二癖もあって、曲者揃いなんだろうなぁ……】
と思いながら、私自身、今の段階では、あまり悪い印象は持たれていないかもしれないけど、敵に回さないようにだけ気をつけなきゃいけないと、改めて気を引き締める。
一応、医者だったマルティスを仮面の男を使って扇動した『黒幕』だって、その犯人像は未だ謎に包まれているものの、犯人は、宮廷貴族の一人かもしれないんだから……。
出来るだけ誰かを疑うようなことはしたくないけど、ブライスさんみたいに本当に信頼できる人以外は、慎重になった方がいい気がする。
「皇女殿下の有り難いお言葉に感謝いたします。……ぜひ、そうしていただけると」
「……それで、えっと、その方達は……?」
そうして、ベルナールさんの言葉に、もしかして私のことを褒めに来てくれただけなのかな、と思いながらも。
さっきから、一言も発することなく、ベルナールさんの後ろに立っていた二人の存在を気にかけて視線を向ければ。
「……あぁ。彼らは、私の部下に当たる者たちです」
と、ベルナールさんからそう言われて、私は彼らがベルナールさんの後ろに立っていて、一言も喋らなかった理由にようやく合点がいった。
こういう時、自分より役職が上の人間が傍にいて、既に誰かと会話をしているのなら、基本的に上の立場の人間から話を振られて、許可されるまでは喋ってはいけない暗黙の了解とも取れるマナーがある。
私とベルナールさんが喋っていたから、彼らも私たちの会話に入ってくることが出来なかったのだろう。
ベルナールさんの話を聞いて『……ということは、みんな、法務部の人なのか』と、内心で思いながら……。
さっき、テレーゼ様と“この二人”が談笑していたのをみて、テレーゼ様は法務部の人たちとも関わりがあるんだなぁ、と思わずその人脈の広さに驚いてしまった。
――だけど、よくよく考えてみたら、それは当然のことなのかもしれない。
テレーゼ様は、身体が弱くて病気がちだったお母様の代わりに、第二妃の時から皇后としての殆どの公務を熟してくれていた方だし。
必然的に、お父様と並んで絶対に出なければいけないパーティーなどには揃って参列してたりもしていた訳だから……。
自然と、会話をする機会も増えて、宮廷貴族との距離感も近くなったりするよね。
お父様と結婚する前から、才媛だと謳われていたらしいテレーゼ様だから、彼らの輪の中に入って政治に関わる内容なんかの話などをするのも、もしかしたらお手の物なのかもしれない。
【人脈も含めて、こういうとき、情報収集には事欠かなくて、会話が途切れないようにする話術にもきっと長けているんだろうな……】
そう思うと、テレーゼ様からも学ぶ所は沢山あるなぁ、と感じながら……。
私が、ベルナールさんの部下の人たちに向かって。
「申し訳ありません。
……ベルナールさんのことは、お父様の側近ということで知っていたんですけど。
お二人のことは、存じ上げなくて……。えっと、もし差し支えなければお名前を、……」
と、問いかけるように、彼らの名前について聞こうと声を出していたら。
「アリス様……っ」
と、遠くで私のことを呼んでくれる、誰かの声が聞こえてきて、振り返る。
見れば、少し遠くの位置から、私を見つけて嬉しそうな表情を浮かべて、此方に向かって駆け寄ろうとしてくれている『オリヴィアの姿』が見えた。
……会場内も、これだけ人でごった返しているから、きっと、オリヴィアの方からだと私が誰かと話しているのは見えなかったのだろう。
オリヴィアからの急な呼びかけに、気を取られていると……。
「おっと……、いやはや、大人気ですね、皇女殿下。
あちらのご令嬢は、確かクロード家のご息女でしたかな……?
申し訳ありませんが、私たちも別の方に挨拶をしに行かなければならないため、これで失礼致します。
今日は、あなたの功績が素晴らしいものだと、ただ単純に私の口からお伝えしたかっただけですので」
と、気を遣ってくれたのか、ベルナールさんの方からそう言って貰えて……。
私は、ベルナールさんと、結局、最後まで名前の分からなかった部下の人達二人に向けて。
「いえ……。わざわざ、声をかけて下さってありがとうございました」
と伝えてから、ベルナールさん達が私の傍から離れていくのを見送ったあと……。
入れ替わりで、此方に向かって駆け寄って来てくれていたオリヴィアの方へと視線を向けた。