353 木製の仮面
あれから、私たちがゲルマン通りの広場にやってくると。
広場の中心では、既に、カードの引き換えをして……。
くじ引きの箱を持ってくれている、建国祭の期間中だけに雇われているのか、建国祭のスタッフだと明らかに分かるような出で立ちで、男の人が複数人立ってくれていた。
一日に交換できる景品にも限りがあるらしく。
早めに来たのはもしかしたら、正解だったのかもしれない。
5店舗以上利用しなければいけないという制限はあるものの……。
建国祭を回っていたらすぐに貯まるものだし、そこまで苦もなく『くじ引き』をさせて貰えるだけあって、大勢の人で賑わっているのを感じつつ。
この広場では、王都中のお店が、宣伝のチラシなどを配っていいことになっているみたいで。
積極的にいろいろな店舗の従業員さんが自分のお店のことを、やってきたお客さんたちに声かけで呼び込みをしていた。
もしかしたら、協賛して建国祭を盛り上げるプレゼントを提供する代わりに、お店側は、ここの広場を自由に使って、やってくるお客さんたちに声をかけても良いことになっているのかもしれない。
くじ引きをしにやってきたお客さんに対して、チラシを配っているお店の中には、自分のお店で3000ゴルド以上の購入をして貰えたら2割引をするなど、お得に使える券などを一緒にチラシにくっつけている店舗もあって……。
【システムとしてはどれも面白く、なかなか考えられているなぁ……】
と、思わず感心してしまう。
必然的に『この広場』で、長時間、くじ引きの順番を待つことになるし……。
その間、足を止めたお客さんたちに、自分たちのお店でどんな物が販売されているのかを積極的にアピールするのは、更なる売り上げにも繋がるだろう。
国が開催している『大規模なお祭り』だから、来場者数も凄くて、きっと普段に比べて何倍も売り上げとして懐が潤うだろうし……。
王都にあるお店からしたら、この書き入れ時を逃す訳にはいかないと、あの手この手でお客さんを増やそうと考えながら、みんな、建国祭に一生懸命になっているんだなぁ、と改めて思う。
そうして、暫く待っていると……。
ようやく、自分たちの番が回ってきて、アルと私と、それから私たちとは別会計で買い物をしていたナナシさんと三人で、くじ引きをさせて貰えることになった。
くじは、箱の中に番号札が書かれている紙が入っている簡易的なもので、引いた紙に書かれている番号と同じ番号の景品が貰えるみたい。
建国祭の期間中、一人につき、一回のみしか利用出来ないという制限が設けられていることもあって、まさに、一回きりの運試しとでも言えばいいだろうか……。
くじの引き換えとして、5店舗以上の印がつけられたカードを手渡すと、スタッフさんが簡単にカードの確認をしてくれるのが目に入ってきた。
「はい、ありがとうございます。……カードの確認をさせていただきました。
皆さん、きちんと、5店舗以上を回ってお買い物をしてくれていますね。
では順番に、此方のくじを引いて貰えますか……?」
それから、広場に立っているスタッフさんにそう言われて。
アル、私、ナナシさんの順番で、箱の中に手を入れさせて貰えることになり……。
順番を待っている間も、小心者の私は無駄に緊張でドキドキしてきてしまう。
こういう時、優柔不断さが出ないようにと……。
なるべく“がさごそ”と、あまり中を探るのも、私たちの後ろにも待っている人もいるし、長引かせるのは良くないと感じて、私は、『ええい、ままよっ……!』と思いながら、一番最初に手に触れた紙を一枚、スッと取り出した。
そのあと、引いた券に書かれている番号をスタッフさんに見せつつ手渡せば、即座に同じ番号の書かれた袋と券を交換してくれる。
ここで開けるのは、行き交う人々の邪魔になってしまうから、どこか端に寄って開けた方が良いんだろうな、と内心で思っていると……。
「むぅ、これは、当たりなのか……?」
と、アルが、広場に立っているスタッフさんにそう問いかけているのが聞こえてきて、私は思わず、そちらを振り返った。
「えぇっと、そうですね……。
当たりかどうかは、個人の判断による物が大きいので、是非、中をご覧になってみて下さい。
でも、ここだけの話なんですけど……。
建国祭が年々盛り上がれば盛り上がるほどに、毎年、プレゼントのクオリティーが上がってきているので、割とハズレと思われるようなものが入っている確率も少なくなってきているんですよ」
アルの質問に、広場に常駐している様子のスタッフさんは、お客さんが多くて凄く忙しそうなのにも関わらず、特に嫌な顔をすることもなく、耳寄りな情報を教えてくれていて。
その言葉を聞いた私は……。
『建国祭は国が開催しているものだけど、本当に企業努力というか、沢山の企業の協力があって成り立っているものなんだなぁ……』と改めて実感する。
あまり意識してなかったけど、これも世界の情勢が安定していて、シュタインベルクが平和である証というか、他国とも比較的友好な関係を築いているからこそ、出来ることなんだよね。
「アリス、ナナシっ! お前たちは一体、何が当たったのだ?」
それから、お目当てのくじ引きが出来て……。
未だ、興奮冷めやらぬ様子のアルに問いかけられた私は『えっとね……』と、声を溢しながら、自分が、たった今、引き当てたお店の袋の中身に視線を落とした。
見れば、可愛くしっかりとラッピングされていても、ほのかに漂ってくる香りに、直ぐにそれが何なのかは理解することが出来た。
「……あっ、私の中身は石鹸と、アロマオイルだったみたい。
優しい香りのするものだから、匂いに関しても凄く好みかも。アルは、何だった……?」
「なるほどっ、アリスは石鹸とかアロマオイルが当たったのか。
僕は、ちょっと待っててくれ、今、袋の中身を開けて見るから、っ……!
わわっ……! やったぞ、アリスっ! 僕は、焼き菓子の詰め合わせセットだったっ!
もしかしたら、王都でも評判のお店のものなのやもしれぬなっ!
今度一緒に、みんなで食べようなっ!」
そうして、私とアルが比較的、広場の中でも人の少ない端の方へと寄りながら……。
ローラやセオドアだけではなく、ナナシさんにも見えるように、くじ引きで引き換えて貰ったプレゼントの中身を見せて。
『本当にあまり、ハズレの景品と思えるようなものって、ないんだなぁ……』と、喜んでいる中。
「アリス様やアルフレッド様は、良い景品が当たったみたいで良かったです。
……ナナシさんは、一体、何が当たったんでしょうか?」
と、ローラがナナシさんに向かって、話題を振ってくれると……。
ナナシさんが袋の中から無言で取りだしたのは、どこかの村の『郷土品』みたいなものって言ったら分かりやすいだろうか……?
というか、どこかの集落に住んでいる『部族の仮面』って言った方が良いかもしれない。
一体、この王都の街のどこで売っているんだろうという木製で作られた……。
呪いだとか、何かの儀式とかで使われていそうな怪しげな仮面が出てきて、私たちの間に、何とも言えない微妙な空気感が漂ってきてしまった。
【……も、もしかして、今回の景品の中ではこのお面が一番のハズレなんじゃ……?】
「この木のお面……」
そうして、ナナシさんが、仮面を見ながら無表情で、ぽつりと、小さく声を溢してきたことに……。
どことなく哀愁が漂っているような気がして。
ハラハラとしながら、フォローした方が良いのかもしれないと何とか元気づけようと、頭の中で必死に言葉を探していると。
「良い……。凄く、良い。
……皆さん、どうですか、僕、この木のお面、似合ってますか?」
と、無言で、スチャッと仮面を付けたあと。
普段よりワンオクターブ高くなった声で、張り切った様子で此方へと見せてくるその姿に、私自身、びっくりして思いっきり目を見開いてしまった。
【え……っ?
今、ナナシさん、あのお面のこと凄く良いって、言った?
えっと、よく分からないけど、……喜んでるみたいなら、良かったのかな……?】
「むぅっ……! ナナシよっ
お前、その仮面は、あまりにもスタイリッシュで格好よすぎないかっ!?
大当たりじゃないかっ! 僕も出来れば、その仮面が良かったのだがっっ!!」
――そうして、同じ感性の人がもう一人ここにいた。
そのことに『あ、アル……っ! それ、本当にスタイリッシュかなぁ……?』と、内心で思いながら……。
私とローラとセオドアの間に漂う反応なんてそっちのけで、ナナシさんとアルが意気投合をしているのかしていないのか。
仲が良いのか悪いのかも、謎な感じのまま……。
「だめ……、です。
これは、僕が手に入れたものなので、あるふれっど……、さんには渡しません」
「……ぐぬぬ、ならば、交換条件はどうだ?
僕がさっき手に入れた焼き菓子と引き換えでもだめかっ……!?」
「焼き菓子……、じゅる、り……、美味しそう。
うっ……、やっぱり、だめ……です。……諦めてください」
という、絶妙な間合いの、マイペースなトークが繰り広げられていく。
さっきのドーナツ屋さんでも、二人のことを同じような感性だなって思ったけど。
こうして見ると、顔の造形は違うけれど、アルとナナシさんは本当に息がぴったりだなぁって感じるし、もしかしたら、アルヴィンさんとアルの遣り取りもこんな感じだったのかもしれない。
私はアルが嬉しそうにしているだけで、ほんわかと自分も嬉しい気持ちになってくるから……。
少しでもナナシさんとの遣り取りが、アルにとっての癒やしになっていればいいなぁと願うばかりだ。
「だが、その仮面が売っているお店がこの王都のどこかにあるということだよな……!
くっ、一体、どこなのだっ……!?
この広大な地で、店舗も沢山ある中、探すのはあまりにも無謀じゃないかっ!
くそうっ! そもそも、タダではなくて購入したいと思う人間もいるのだから、プレゼントの中にもっと宣伝物を入れておくべきだろう!」
そうして、どうしてもナナシさんの持っている仮面が諦めきれなかったのか、アルが唇を噛みしめて悔しさを滲ませながら、そう言うと……。
「あぁ……、一応、プレゼントの中に、お店の宣伝用のチラシも入ってたみたいです。
骨董品を扱ってる店で、ここから、割と近いらしい、ですよ……?」
と、ナナシさんがプレゼントの入っていた袋の中身を見て、ピラッとアルに向かってお店のチラシを差し出してくれた。
私自身、アルの感性もナナシさんの感性も、まだまだそのハイセンスさに慣れていなくて、ついていけないんだけど、きっと、二人とも好きだと言っているくらいだから、刺さる人には本当に刺さるデザインなんだと思う。
まぁ、もしも、そうじゃなかったとしても、元々、アルは、そういう特別な土地の郷土品だとか、特産物のような物を見ること自体が好きな性格だというのは分かっていたことだし。
こういう部族の仮面とかも、その背景を想像して、一体、どういう風に使われていたのかまでを考えるのが楽しかったりするのかもしれない。
「アリス、このお店にどうしても行きたいのだが……!」
そうして、アルに絶対に行きたいというオーラを出されながら、そう言われたことで、私自身も特に断る理由もないので、こくりと頷き返した。
「うん、いいよ……。
せっかくだから、アルが行きたいお店に行こう」
私がアルの方へと視線を向けながら、にこにこと、口元を緩めて笑みを溢していると。
どこか『眩しそうに……』と言ったら良いんだろうか……?
不意に、ナナシさんからの“強い視線”を感じて、私はその視線の意味が分からず、思わず首を横に傾げてしまった。
「ナナシさん……?」
「いえ……。
皇女様は騎士の人だけじゃなくて、アルフレッド、さん……とも凄く仲が良いんですね。
皇女なのに、自由に街を出歩けて、行きたい場所に行くことも出来る。
それって凄いことだなって、改めて感じてしまって……」
それから、ナナシさんにそう言われて『一体、どういう意味なんだろう……?』と、一瞬だけ疑問に思ってしまったけれど。
よくよく考えたら、確かに……。
私自身、前まではお父様に外に出ることを禁止されていたこともあって、表に必要以上には出てこない皇女として有名だったから、もしかしたらそのことを言ってくれているのかもしれない。
それと、後は、皇女がこうして、一般人に紛れて自由に出歩いているから、安全面を心配してくれてのことだったりするのかな……?
私が、こうやって、自由に街を出歩けるようになったのは、ごく最近のことで。
今でも、まだ若干、お父様やウィリアムお兄様からは『嫌な目に遭うかもしれない』と、あまりよく思われていないことを思えば、難しい問題ではあるんだけど……。
少なくとも、それは私が赤を持っているからであって。
平和なこの世では、後ろ指を指されるようなことはあっても、誰かにいきなり殺されかけるなんてことは、余程のことが無い限り、あり得ないだろう。
どういう意図で、ナナシさんがそう言ってくれたのかは分からないまま、それでも別に悪くは思われていないだろうなと感じて……。
「アルとも仲が良いと言って貰えると、凄く嬉しいです」
と、声をかければ。
「当たり前だろう。
なんて言ったって、アリスは、僕の唯一なんだからな」
と、アルが堂々とした口調で声を出してくれるのが聞こえてきた。
ナナシさんに、精霊であるアルと私の契約のことなんて言うわけにはいかないけれど。
アルが私の言葉に間髪入れずにそう言ってくれたことが嬉しくて、破顔すれば……。
「そうなんですか……?
僕には、よく、分からないですけど……。
アルフレッド、さんは、皇女様のことを本当に大事にしてるんですね」
と、ほんの少し口元に弧を描きながら穏やかな口調で、ナナシさんがそう言ってくれる。
そのゆるゆるとした、和やかな雰囲気に……。
建国祭で、ナナシさんが私たちと一緒にお店を見て回りたいと言っていた時はどうなるかと思ったけど『素敵な出会いがあって、本当に良かったなぁ……』と内心で思いながら。
――ナナシさんがプレゼントを引き当てた、問題のお店へ行こうと歩き始めて、どれくらい経っただろう。
アルが行きたいと言っていた骨董品を扱っているそのお店は、大通りから少し離れた細長い路地の裏にあるみたいで……。
がやがやと賑わっている人の波を抜けて、私たちが、そのお店に行こうと、路地裏に入った瞬間。
それまで、私たちの会話に入ることはなかったんだけど、穏やかな様子だったセオドアの表情が一気に険しくなり。
ぱっと振り返りながら、咄嗟に私を後ろ手で隠してくれたあと『侍女さん、悪いがこれを持っててくれっ!』と、購入してくれていたドーナツのお土産をローラに引き渡してから……。
じりじりと数歩後退しつつ、さっき私たちが通ってきた、誰もいない方向へと鋭い視線を向けたのが見えた。
明らかに、普段のセオドアとは雰囲気が違っていて……。
「……セオドア?」
と、私が一体どうしたのかと、不安になりながら声をかければ……。
「多分だけど、誰かに、付けられてやがるっ……!
人通りがあまりにも多いから、気づくのが遅れちまった……!」
と、セオドアが吐き捨てるように声を出したのが聞こえてきた。
その言葉に、一気に身体が強ばってきてしまい……。
さっきまでの和やかだった雰囲気がなりを潜め、空気がヒリついて切迫するような緊張感が漂ってきたのを感じて、私はセオドアが警戒してくれている方へと、自分もそっと視線を向けた。