350 同じ感性
あの後、ナナシさんも含めて、みんなで建国祭を見て回ることにした私たちは……。
ひとまず、先ほどのお店から近かったこともあって、アルが元々行きたかったというドーナツを販売しているというお店へと行くことにした。
店舗型だったさっきのピザ屋さんとは違い、屋台として、路上で販売しているそのお店は、手軽に食べ歩くことが出来るのが人気の秘訣なのか、他の屋台に比べてお客さんの数も多く、私たちもかなりの時間並ぶことになったんだけど。
ナッツを使ったクリームのものや、キャラメルがかかったもの、ホイップクリームが中に入っていて、表面に砂糖をまぶしているようなものなど……。
順番が来て、ケースの中に色とりどりに並べられている揚げたてのドーナツは見ているだけでも本当に凄く美味しそうで……。
せっかくだから、今日一緒に来ることが出来なかったエリスにも買って帰ってあげようと、隣に立ってくれていたローラへと目配せをすると。
私の視線を受けて、何も言わなくても、すぐに何を言いたいのか察してくれたローラがにこりと笑みをこぼしながら……。
「アリス様!
エリスにお土産でドーナッツを買って帰ったら、きっと喜ぶと思いますよ。
そこまで日持ちはしないでしょうけど、明日の朝食にするのも良いですね」
と、弾んだ声で言葉をかけてくれるのが聞こえてきた。
そうして、私とローラと、なぜか食いしん坊のアルが混ざって、『どれにしようか』とケースの中のドーナツを選ぶのに時間を費やして、女の子特有のトークに花を咲かせ、きゃっきゃと、はしゃいでいると……。
セオドアが……。
「姫さん、どれにしようか悩んで、やめようとしているものがあるのなら、遠慮なんかしなくていい。
荷物持ちは俺に任せてくれ」
と……。
私たちが、どれくらいの個数を買って帰ろうか悩んでいたのを見て、横から声をかけてくれた。
その言葉に、『ありがとう、セオドア』とお礼を伝えて……。
こういう時じゃないと、そう頻繁には買いに来ることも出来ないし、せっかくの機会だから遠慮無く、たくさん購入させて貰うことにして。
ホイップクリームのものや、チョコボールみたいなミニドーナツなど、明日の朝食の分も考えつつ、みんなと一緒に相談し……。
エリスのお土産の分も含めて、とてもじゃないけどドーナツを販売していると思えない、可愛らしくカラフルに彩られたお店の雰囲気とは正反対の、熊みたいな少し強面のお店の主人に注文すれば、ローラがお金を払ってくれて、商品を貰うまでの間、手持ち無沙汰になってしまった。
「えっと、ナナシさんは、ドーナツ、何を買うのか決まりましたか……?」
そこで、私たちと同じく真剣な表情でドーナツを選んでいた様子のナナシさんに向かって、話題を振ってみると……。
「そうですね。
僕、実はドーナツには目がなくて……。
せっかくなので、ジェルメールへのお土産にもしたいし、多めに買って帰ろうと思います。
後は、知人に口のうるさい爺さんと、ポチっていうか、タマっていうか、そんな感じの知り合いがいるので、一応、そこにもお土産を買って帰ろうかな、って……」
と、ナナシさんは、真剣な表情のまま、屋台のご主人に大量にドーナツを注文したあとで。
まるで、自分が爆弾発言をしていると微塵にも感じていないようなマイペースな雰囲気で、私に向かって穏やかに声を出してくる。
口のうるさいお爺さんと、ポチとか、タマに該当するような知り合いって一体どんな人なんだろう……?
まだ、口のうるさいお爺さんに関しては百歩譲って理解することも出来るけど、ポチやタマって、多分ペット扱いしているってことだよね……?
もしかして、ナナシさんが、養っているような人がいるってことなのかな?
それって、俗に言うヒモみたいな人のことを言うのでは……?
いや、ナナシさんは男の人だから、ヒモみたいな人とはちょっと違うか……。
言われた言葉に、どういう意味なんだろうと、一人、混乱しながら、ナナシさんの交友関係がどんどん分からなくなるなぁ、と。
そこに、突っ込んで聞いてもいいのか分からずに、私自身、ドギマギしていると……。
「ナナシ。……お前、ペットを飼っているのか?
犬や猫などに、むやみやたらに、ドーナツというか人間の食べ物を与えるのは流石に危険だし、やめておいた方がいいと僕は思うぞ」
と、アルがきょとんとしたあと、本気で心配そうな表情を浮かべて、ナナシさんに向かってそう言っているのが聞こえてきて、私はあわあわと慌ててしまった。
――嗚呼、本当にどうしよう?
どっちも、マイペースな感じのボケ担当だからか、話がふわふわとしていて、このまま行くと訂正出来る人がいなくて収集がつかなくなってしまう……!
こういうとき、もしもこの場にルーカスさんがいてくれたら、絶対に上手いこと話をまとめてくれるのになぁ……!
なんて言うか、普段いてくれるだけで、その場の会話を回してくれていたんだということに気づいて。
ルーカスさんの有り難みをすごく感じながら、誰も、その話に間違っていると突っ込みを入れる人がいなくて『私が対処した方が良いのかなっ……』と、無駄にハラハラドキドキしてしまった。
「あ、あの、アル……。
多分、ナナシさんの言ってるポチとかタマって、知り合いって言っているくらいだから……。
そのっ、多分なんだけど、きっと、人間のことなんじゃないのかなぁ……?」
そうして、私自身も、今、自分の考えがあっているのかどうか半信半疑ながら、二人の会話に割って入るように、そう声をかければ。
アルは私の方を、真っ白で染まりきっていない純粋な瞳で、ほんの少しの間ぽかんとしながら見つめてきたあと。
すぐにそれがどういう意味なのか、ハッとしたように、気づいてくれたのか……。
「そ、そうだったのか……!
ナナシっ、お前、まさかとは思うが、人間をペットにするような趣味、が……?」
と、アルにしては珍しく若干引き気味になりながら、後ずさりをしたあと『信じられないもの』を見たような瞳で、ナナシさんの方へと視線を向けたのが見えて……。
私自身も、一体、どう言えば、ナナシさんのことをフォロー出来るのか分からなくて、オロオロしてしまう。
「いえ……。
僕は別に人間をペットにする趣味なんて持ってませんよ。
ただ、死にそうになっているところを拾ったので、成り行きで、一緒にいるようになったっていうだけで……」
そうして、私たちがナナシさんに対して疑念の表情を向けていても……。
やっぱり、どこまでもマイペースに特に何も気にした様子もないナナシさんから、アルと私の勘違いを訂正するように言葉が降ってきたことで、私は、ホッと、胸をなで下ろした。
あぁ、本当にびっくりしたぁ……。
ポチだとか、タマだとか明らかに人間を指すような言葉じゃない単語が出てきてしまったから、その言葉だけ聞くと、どういう間柄なのか分からなくてすごく不安だったけど……。
ナナシさんの話を聞いている限り、凄く健全な雰囲気だし。
もしかしたら、行き倒れになっている人を助けて看病をしていたり、そういう感じだったのかもしれない。
よく分からないけれど、もしも何か大きな怪我を負ってしまった衝撃などで記憶喪失とかになっている人だったなら……。
そのセンスはどうであれ、一緒に暮らす上で名前をつけることは可笑しなことではないと思うし。
拾って看病をしているというのがペットを拾うのと似ているからという、凄く分かりにくいナナシさんなりの比喩表現だったのかも……。
ナナシさん自身、今はジェルメールで働いて、デザイナーの卵として生計を立てることが出来ているんだと思うけど、元々、孤児だって言うくらいだから、きっとスラムみたいな場所で暮らしていたこともあるんだよね?
だとしたら、怪我を負っているような人に遭遇する確率も、普通の人に比べたら多いだろうし……。
しっかりとした立場のある人に助けられた経験があるみたいだから、ナナシさんも、そういう困った人を放ってはおけない心の優しい人なのかも。
「ふむ、そうだったのか。
ポチだとか、タマだとか、そんなことを言っているから、てっきりペットを飼っているのかと勘違いしてしまったぞ。
まったく、お前のネーミングセンスは一体、どうなっているんだ?」
そうして、アルがナナシさんに向かって、どこか恨めしそうな表情をしながらそう言うと……。
「えっと……。
そういう、アルフレッド……さんは、もし僕と同じ立場だったら、どういう名前をつけますか?」
と、ナナシさんは、どこまでも、マイペースにアルに問いかけていて……。
「うむっ! そうだなっ!
そうなったら、ほらっ! アレキサンダーだとか! ジョンだとか! 色々あるだろう!」
その言葉に、アルが、胸を張りながら、自信満々に答えるのを聞いて……。
【あ……っ、だめだっ。
アルもナナシさんと全く同じ感性だった……っ!】
と、私は思わず、衝撃を受けてしまったあと。
実際に頭を抱えた訳ではないんだけど、今ここで、ものすごく頭を抱えたくなってきてしまった。
「おい、どっちも犬につけるような名前には代わりがないだろっ……!
お前まで、そこに、引っ張られてどうするんだよ……!」
そうして、ルーカスさんがいない分、セオドアが何とか頑張ってくれながら、ナナシさんとアルのふわふわと地に足がついていないような会話に突っ込みを入れてくれると。
少しだけほっぺたを膨らませながら……。
「全然違うぞっ!
僕が今、言った名前は人間にも使えるが、ポチとかタマは流石に人間には使えぬであろう?」
と、不満そうな表情を浮かべたアルが、私たちに向かって声を出すのが聞こえてきた。
それから、少しの間、みんなと話をしながら待っていると、屋台のご主人が『お待たせしました』と声をかけてくれたあと、私たちに向かってドーナツの入った包みを持たせてくれた。
沢山購入してくれたお礼にと、建国祭でのみ販売している期間限定のドーナツをおまけとして付けてくれただけではなく。
今回の建国祭でお店を幾つか回ったら、王都のゲルマン通りにある広場で特別なプレゼントがもらえるという建国祭限定で出回っているカードも、さっきのピザ屋さんで貰ったカードとは別に……。
子供だからなのか、惜しみなくサービスしてくれて、アルと私にそれぞれ一枚ずつ自分のお店のシンボルマークの印を押したあとで、手渡してくれた。
もしかしたら、このご主人の人柄もあって、他の屋台よりも人気が高いお店だったのかも……。
私自身、赤色の髪を持っていて、人から忌避されるような見た目をしているため、人を見かけで判断するようなことは、普段からあまりしないように心がけているけれど、これは凄く嬉しい誤算だったというか。
思わず、お店のご主人の対応に、ほっこりしてしまった。
ちなみに、ゲルマン通りにある広場で渡されるプレゼントに関しては、何がもらえるのかは毎年違うらしく。
更に言うなら、王都の店舗が協力しあって出しているみたいだから、その年に貰えるプレゼントの中身にもばらつきがあって、全員が同じものではなく、当たり外れもあり……。
行ってみないと分からないみたいだけど、どこのお店でもいいから5店舗以上巡って、飲食をしたり、お買い物をするとその値段には関係なく、くじ引きを一回させて貰えて、プレゼントを渡されるみたいだから、凄く嬉しいかも。
というか、私自身、そもそも参加したこともなかったし、国がこんなに力を入れて建国祭を盛り上げているなんて、巻き戻し前の軸で16年生きてきた月日は、本当に一体何だったんだろう、と思うくらいに知らなかった。
これだけ、色々なサービスや催し物が各地で開催されていたら、どう考えても、盛り上がるよね……。
現に私も、まだピザ屋さんに行ってご飯を食べたり、ドーナツを購入しただけなのに、凄く、わくわくしちゃっているし。
店舗協力のもと、街全体で、来場したお客さんを、飽きさせない工夫などもしっかりと凝らしてあって、本当に凄いなぁと思う。
「アリス、早くお店を5店舗以上回って、プレゼントを貰いに行こうっ!
何が当たるのか、本当に楽しみだなっ!」
そうして、すっかり、建国祭でお店を見て回ることよりも、5店舗以上回ってプレゼントを貰いに行くことの方が目的になっちゃっているアルに急かされて、私は凄く良くしてくれたドーナッツ屋さんから離れたあと、次の目的地にみんなで向かうことにした。