345 不器用な人
あれから……。
お父様が滞りなく挨拶を終えたあとも、開会式では、特に何か大きな問題が起きる訳ではなく、全てがスムーズに進んでいた。
この日に合わせて、新規の曲を作成し、豪華な感じで、披露される交響楽団の音楽や……。
遠い国から、この日の為にやってきたという踊り子さん達が、独特の音楽に合わせ。
こっちではあまり見たことがないような、二枚貝のような形にくりぬいた堅い木片みたいな楽器を手の中で打ちながら、床を踏み鳴らすという情熱的な踊りを披露してくれたことで。
会場中がワッと湧き上がり、観客席の高揚感が一体になったことによる熱気が、私の肌を通して伝わってくる。
こういう場に立ち会うことも含めて、全てが初めての私は、目の前で繰り広げられるショーを見るだけでも新鮮で、楽しくなってきて……。
ドキドキとしていた、さっきまでの緊張感や不安な気持ちは一気に解れ、周りから送られてくる視線も、次第に気にならなくなっていた。
こうして、建国祭が無事に執り行われるということは、それだけ国自体がそんな風に最大規模のお祭りを開催出来るという程、潤沢なことであり。
大きな戦争などもなく、きちんとした形で国の状態が保たれ、平和が続いていることを表す何よりの象徴で、国民に対しても今年1年、何ごともなく今日この日を迎えられたことで、国の安寧を知らせる意味合いが強いらしく……。
一見、パッと見て華やかなショーの方に、どうしても目を奪われがちになってしまうけれど。
他にも、国の偉い立場にいる貴族の人達が『シュタインベルク国内で、今日この日を恙なく迎えることが出来たことを大変喜ばしく思っていて~』と言うような、祝辞を読み上げたりする場面もあったりして、そういうのも含めて1年に1回の本当に大事な行事なんだなぁ、と思う。
そうして、そういうことに一生懸命になって、1人、目と耳を傾けていると、気付けば、あっという間に時間が過ぎ、長かった開会式は終わりに近づいていた。
私自身も、開会式の間中、ここまで特に何か悪目立ちをすることもなく、問題なく終わってくれたことにホッと安堵する。
後は、このあと行われるパレードを乗り越えたら、今日一日の自分に課せられた公務は終了だ。
そのことに、安心する気持ちが無い訳ではないんだけど、どちらかというのなら、気を引き締めて挑まなければいけないなぁ、と感じながら。
最後に用意されていた開会式の演目が終わって、座っていた椅子から立ち上がり、入場した時と同じように音楽に合わせて、ギゼルお兄様の後ろについて、闘技場からお父様達と一緒に、退場し……。
直ぐに、控え室に戻ると……。
一息吐いて、ゆっくりする間もなく、慌ただしく今度は、パレードの為に闘技場の外へと移動しなければいけなかった。
開会式の間中、特に大きな問題は何も起きなかったものの。
当初予定されていた時刻よりも、終わる時間がほんの少し予定よりも押してしまったらしく。
既に、沿道には、私達を一目見ようと沢山の民衆が来ていて、パレードが開催される予定の時刻が差し迫っていることにより、一分一秒も無駄には出来ないみたいで……。
そうやって色々と“行動してみて”、分単位で決められてしまっている公務に、今日一日だけでも、本当に過密なスケジュールで、大変だなぁ、と痛感する。
それでも、決して泣き言なんかは言ってられなかった。
普段から、お父様もウィリアムお兄様も、ギゼルお兄様も……。
それから、多分、テレーゼ様も。
私以外の人達はみんな、色々な付き合いも含めて、これ以上のことをいっぱい公務として熟してきているはずだし。
誰一人として、一切、疲れたような顔をしていない所に関しても、皇族としての誇りやプロ意識を感じて『改めて凄いなぁ……』と、尊敬する気持ちばかり、湧き上がってくる。
そうして、私自身も勉強になる所が沢山あって、身に沁みるような思いになりながら、お父様に付いて外に出ると、パレードで私達が乗る予定の馬車が既に用意されており……。
馬車は、普段、私達が乗るようなスタンダードな物では無く、一般の人達からも顔がよく見えるようにと、パレード用に改造された、上半分が開いているタイプのものになっていた。
それから、既に沿道に立って、それ以上は人が入れないように警備してくれている騎士達を除き。
パレードに参加する兵士達や音楽隊は、基本的に、私達皇族を護衛してくれる、セオドアみたいな近衛騎士以外は、みんな今回の建国祭に合わせた、式典用の揃いの衣装で馬車の横に整列して待機していて……。
私達が見えた瞬間に、全員が此方に向かって、訓練された無駄の無い動きで、一斉に敬礼してくれたのが私の目からも確認出来た。
「帝国の太陽にご挨拶を。
陛下、お待ちしておりました……! 既にパレードの準備は出来ております」
そんな中で、騎士達に何か“指示”を出して、彼らの中心にいた人が振り返り、一歩前へと出てきて。
お父様に声をかけてきたと思ったら、普段よりも僅かばかり緊張したような面持ちの副団長だった。
短い挨拶と、簡潔に要点だけを纏めた話し方をする所からも……。
普段から、人と話す時は、極力“無駄を省きたい”お父様の考えを、副団長自身が身に沁みて理解しているからなのだと思う。
最近は、割と優しい雰囲気を出してくれることも多くなってきたお父様だけど……。
それはあくまで、私やウィリアムお兄様に見せる顔で、こういう時は本当に、威厳があって、一見すると怒っているんじゃないかな、とも取られかねない感じの雰囲気を醸し出しているから……。
『決して、部下から、親しみがあって近寄りやすい君主だとは思われていないだろうな……』と、二人が話している様子を見て、思わず感じてしまう。
副団長はそれでも、その立場から、お父様と話す機会は多いのか……。
君主としてのお父様を見ながらも、騎士として堂々とした態度を崩すことなく、意見もはっきりと伝えたりすることが出来るような感じだったけど。
周りにいた他の騎士達が、お父様を前にして、しっかりしないといけないという空気感を出して……。
ガチガチに緊張した様子で、固唾を呑んで二人の遣り取りを見守っているのを見ると、それだけで『お父様ってやっぱり、一国を背負う立場なだけあって、凄い人なんだよね』と思うのと同時に。
普段、お父様と過ごすことの多い私の傍に付いてくれているセオドアは、例え、お父様の目の前であろうとも、良い意味で、本当に一切、物怖じすることがないから、これまで、あまり意識もしていなかったんだけど。
こういう場面を目撃すると、私自身、どうしても、セオドアと彼らのことを比較してしまう。
「アリス、アルフレッド。
お前達は、俺とギゼルと一緒の馬車に乗る予定になっている。
こっちだから、一緒に来ると良い」
そうして、私が、騎士達の方へと視線を取られて、ぼんやりとセオドアのことを考えていると……。
不意にウィリアムお兄様が、私達に向かって声をかけてくれたのが聞こえて来て、そちらへと振り返る。
視線を向ければ、ウィリアムお兄様と共に、どこか、むっつりとした様子のギゼルお兄様が。
「いいか……っ?
兄上の隣は、この俺だからな……っ!
今までもずっと、そうやってきたんだ……っ!
そこだけは、今回から参加するポッと出のお前達には、絶対に譲ってやらないからな……っ!」
と、一体、何と張り合っているのか……。
絶対に、ウィリアムお兄様の隣を死守したいと思っている様子で、私に対して突っかかってきて。
その光景に、何だか、思わず、微笑ましくなって、口元が緩んでしまった。
今の私の精神年齢は、13歳のギゼルお兄様よりは圧倒的に年上だし……。
何となく、その言い分が、年相応の子供みたいで、可愛い感じがしてきてしまう。
アズの時に聞いてしまって、皇女である私は一切知らないことにはなっているけれど……。
元々、強い憧れを拗らせて嫉妬みたいな感情も持っていたけれど、ギゼルお兄様自身、ウィリアムお兄様に関して、好きだという親愛の気持ちをずっと持っていたっていうか……。
こういう姿を見ると、改めて、本当にお兄ちゃんっ子なんだなぁ、と思ってしまう。
「オイ、お前。
いきなり、何っ、ニコニコ笑ってんだよ……っ!」
「い、いえ……。
その、何て言うか、ギゼルお兄様って本当にウィリアムお兄様のことが大好きなんだな、って思ってしまって」
「は、はぁッッ!? ……違ぇしっ!
いやっ、でも、兄上のことは滅茶苦茶尊敬してるし、そのっ、違わないことも、……ねぇけどっ……!
あー、もうっ! だから、とにかく、そんな、生温かいような目で見てくるんじゃねぇって……!
何て言うかっ、お前にジッと見られてると、身体が痒くなってくるんだよ……っ!」
そうして、思ったことを正直にギゼルお兄様に伝えたら……。
もの凄く、怒ったような表情をしながら、ギゼルお兄様が、全身が痒くなると言いつつ身悶えているのが見えて……。
『やっぱり、正直に伝えたのが、あまり良く無かったのかな……』と、私は1人反省する。
私の方が精神年齢は高くても、お兄様から見たら、どう考えても私の方が年下だもんね?
ギゼルお兄様の怒りの沸点のようなものが、どこにあるのか、そのポイントが今ひとつ分からないから……。
かける言葉一つとっても、慎重に選ばなければいけなくなって、割と大変だなぁ、と思うんだけど。
何となく『これは本気で怒っている訳ではないのかな?』というのが、徐々にだけど、私にも掴めるようになってきたかもしれない。
……とはいっても、それに関しては、かもしれないというだけで、全然、自信なんてないんだけど。
取りあえず、お兄様は何故か、私に見つめられると身体が痒くなるという謎の病気を発症するみたいだから。
一度、お医者さんに診て貰った方がいいんじゃないかと、本気でハラハラと心配になってくる。
――もしかして、何か、持病を抱えていて、悪い病気が潜んでいたりするんだろうか……?
病は気からっていう言葉があるくらいだし、例え、今は何でもないと思っていて軽い症状でも気付いたら重くなってしまうこともあるから、気をつけて欲しいなぁ、と思う。
それとも、私と関わっていると“嫌悪感”から反射的に出てしまうものだったりするのかな?
お兄様の言葉にひたすら困惑し、オロオロとしている私を見て……。
「……ギゼル。
お前のその言い方だと、アリスには伝わらないって、さっき話しただろう?
もっとアリスと仲良くしたいと思っているのなら、言い方を考えて、きちんと伝えないと」
という、ウィリアムお兄様からの、言葉があって。
私は思わず、キョトンとしたあと、目を見開いて驚いてしまう。
――ギゼルお兄様が、私と、仲良くしたい……?
ウィリアムお兄様は、一体、ギゼルお兄様の何処を見て、そんな判断になったんだろう……?
言われた言葉に、1人、凄くこんがらがりながら、戸惑っていると。
「べっ……! 別に、俺はコイツとなんか、仲良くなんてしたくないです、兄上っ!
勘違いすんなよな……っ! お、俺は、お前のことなんか、何とも思ってねぇから……っ!」
という、もの凄い勢いと疾風の如き早さで、ギゼルお兄様から即座に否定が入って。
私も『確かにそうだよね……』と、言われた言葉に思わず納得してしまった。
ギゼルお兄様が、いきなり私と仲良くしたいだなんて、そんな私に都合の良いことが起こる訳がないし……。
「ギゼル……。
お前は本当に、どうしてそう、素直になれないんだ。
見て見ろ、アリスがお前の言葉で落ち込んでいるだろう……?」
「なっ……、! ばっっ……!
はぁっ……!? こ、これくらいで落ち込んでんじゃねぇよっ!
前は俺にもっと、言い返してきてただろう……っ!?
突然、しおらしくなるのはやめろよな……!
その、お前も、ほら、一応、……俺の家族なんだし……」
そうして……。
私が1人、内心でそう思っていたら、ギゼルお兄様の言葉に、ただ納得しただけだったんだけど。
私が伏し目がちになったことを心配してくれたのか、ウィリアムお兄様が更に、ギゼルお兄様と私の間に入ってくれた。
そうして、ギゼルお兄様に、そう言われて……。
私自身、最後の方はもごもごとして聞き取りづらかったけど。
確かにギゼルお兄様の口から、『俺の家族なんだし』という言葉が聞こえてきて、驚いてしまった。
今までだったら、皇族としての誇りを人一倍持っているお兄様は、絶対に私のことを自分の家族だなんて認めてはくれなかったと思うのに、もしかして、少しは私のことを認めてくれたんだろうか。
内心で嬉しいような、少し気恥ずかしいような気持ちが湧き上がってきて……。
「お兄様、ありがとうございます」
と、ゆるゆると口元を緩めながら、はにかむと……。
「お、おう……っ。
別に、俺は、その……、お、お前の為に言った訳じゃ無い、けどな……っ!」
ギゼルお兄様は、上擦ったような声を返してきたあと、私の顔を直視するのは嫌だったのか、ブスッとしながら、私から目を逸らしてしまった。
何となくその姿を見て、ギゼルお兄様って、もしかして、言いたいことが言えなくて、あまり素直ではない人なのかな……?
とは思ったものの、アズとして接する時は、普通に、正直に色々と自分の事を話してくれる人だし。
私に対して突っかかって来ていた頃も、自分の正義感を大事にする人だったし、まさか、そんな訳ないよね……?
と、私は、今考えついた自分の思考回路をそっと隅に置いて。
『一先ず、ギゼルお兄様が私のことを家族だと認めてくれただけでも、今は充分』だと考えるようにして、自分たちに用意されていたパレード用の馬車にアルとセオドアと一緒に乗り込むことにした。