341 久しぶりの集合
あれから、みんなと一緒に馬車で移動して、私達は今回の目的地である闘技場に到着していた。
皇族である私達が全員、会場入りをするまでは、交通規制がかかっているらしく、来賓客達はまだ入れないようになっていて、闘技場の周りに関しても割と静かな雰囲気ではあったものの……。
既に、闘技場の近くでは、許可されているスペースの場所取りをして、積極的に屋台の準備をしているような商人達の姿が沢山、見受けられた。
――多分、開会式に来る人が多いこともあって、この近くで飲食物の販売をしたりするのだと思う。
パレードがあるから、開会式で会場に入ることが出来ない一般の人も、外までは来ることが出来るみたいだし。
開会式が行われる初日と、閉会式が行われる最終日限定ではあるものの、この辺で商売をすることで、集客が見込めて、確実に利益を上げることが出来るだろうから、それを見越してのことなのだろう。
ローラや、セオドアに事前に聞いた情報によると……。
この期間に合わせて、屋台でも通常では入手出来ないような、限定で特別なお菓子が販売されていたりもするらしく、それを目当てにわざわざ他国からやって来る富裕層のお客さん達もいるみたいで。
ルールを守って販売する分には、全然問題のないことだし、『各店舗や商人さん達の力の入れようが凄いなぁ……』と思わず、感心してしまった。
「皇女様、お待ちしておりました。
大変申し訳ないのですが、皆さまが揃われるまで、今暫く此方でお待ちください」
そうして、私達が馬車から降りていると、開会式の準備を国から任されている人だろうか……。
闘技場の責任者であろう、スーツに身を包んだ人が1人、慌てたように駆け寄ってきてくれた。
ちなみに“この闘技場”は、普段は、一般のお客さんを招き入れて、スポーツ大会が開催されていたり……。
貴族達が、自分たちの愛馬を自慢する馬の品評会や……。
1年に1回、全国各地から腕に自信のある強い人達が集まって、トーナメント形式で優勝を競いあっていたりなど……。
私は一度も見に行ったことはないけど、度々、大きな催し物が開かれていたりするみたい。
……皇族の中でも、私が一番早くこの場所に到着したのか、お父様やテレーゼ様、お兄様達はまだ来ていない様子だったから、わざわざ、こうして、声を掛けに来てくれたのだろう。
「そうだったんですね。……お気遣い、ありがとうございます」
口元を緩めて、にこっと笑みを溢しながら……。
内心で、私が一番乗りだったんだな、と思いつつ、誰かを待たせたりしていなくて本当に良かったと、ホッと安堵する。
こういう時、本来なら、効率的なものを考えると、全員で移動した方が良いのかもしれないとは思うものの……。
お父様は普段から仕事で忙しい人だから、例えこんな日であろうとも、ギリギリまで仕事をしていて、みんなとは別行動をするのが基本だし……。
お兄様達と、テレーゼ様は一緒に来ることになっているかもしれないけれど。
私は、お父様から一応、事前に、継母であるテレーゼ様や、未だ、顔を合わす度に、ぎこちない遣り取りを交わすことしか出来ないギゼルお兄様との仲を心配して『一緒に乗り合わせて、現地まで行かなくてもいい』と、配慮して貰っていた。
もしかしたら……。
皇族の馬車が複数並んで大移動するのが目立ってしまうというのも、理由の一つにはあるのかもしれない。
一先ず、先々のことを考えて……。
なるべく、みんなよりも早めに到着しておこうと、5分前行動を心がけておいて良かった。
これで、もしも、私が一番最後に到着するだなんてことが起きてしまっていたら、きっと申し訳なさの方が勝っていただろうから……。
ぼんやりと、1人、頭の中でそんなことを考えていると……。
闘技場の裏手に、続々と、見慣れた馬車がやってくるのが目に入ってきた。
テレーゼ様と、お兄様2人はやっぱり同じ馬車に乗り合わせてきたみたいで……。
一応、こういう時だから、恐らく可能な限り人数を厳選してはいるものの、それぞれの騎士や従者だけが乗っている馬車もあるのが直ぐに分かった。
キキッ、と音を立てて、私の目の前で停止した馬車から、相変わらずキラキラとした、ゴージャス感満載というか……。
悠然として、気品溢れるような雰囲気で降りてきたテレーゼ様、と。
いつも通りに、堂々と背筋を伸ばして、ピシッとしているウィリアムお兄様……。
それから、何処に焦点を合わせているのかよく分からない、珍しくそわそわとした様子のギゼルお兄様の3人が続けて馬車から降りてきたタイミングで……。
私は、さっとドレスの裾を摘まみ上げ、淑女の礼を取る。
「帝国の咲き誇る大輪の華にご挨拶を。
テレーゼ様、ウィリアムお兄様、ギゼルお兄様、お久しぶりです。
中々、皇宮で会える機会もなく、このような場所で正式な挨拶をすることをお許しください」
そうして、改めてしっかりとした挨拶を3人に向かって口にすれば。
テレーゼ様とウィリアムお兄様とは“しっかりと視線が合った”けれど、何故か、ギゼルお兄様とは視線すら合わなくて。
明後日の方向を向いて、どこか居心地が悪そうというか……。
むっつりと黙り込んだまま、決して私とは目を合わせようとしないお兄様を不思議に思いながら、私は首を傾げる。
【私の言動、何処か可笑しな所でもあったかな……?】
ギゼルお兄様の対応が今ひとつよく分からないながらも、振り返って、今の自分の行動を思い起こしてみたけれど、特にマナーには問題がなかったと思う。
――実際は、ウィリアムお兄様とは普段からも結構、皇宮の中で会っているし。
お父様から頼まれた仕事が無くて、忙しくない時なんかは、私の部屋に顔を出してくれることもあるので、久しぶりという訳ではないんだけど……。
皇宮で、テレーゼ様やギゼルお兄様の姿は見かけることがあっても、対面で直接、挨拶をするような所まではどうしてもいかなかったから『お久しぶりです』と、声を掛けるのは、何も可笑しなことではないはず。
ちなみに、挨拶の口上に関しても、勿論、この中ではテレーゼ様が一番上の立場になるので、テレーゼ様を最優先にしたものになるのが、マナーとしては正解だったりするから、そこが間違っている訳でもないだろうし……。
「久しいな、アリス……。
……そなたの、デビュタント以来ぶりの再会だが。
私が皇后宮にいることも多いからか、皇宮でも中々出会わぬし。
そうでなくとも、そなた、日頃からなるべく、継母でもある私に会わぬよう遠慮しているのであろう……?」
そうして、ギゼルお兄様の態度を内心で気にかけていると……。
テレーゼ様に、突然、憂いを帯びたような悲しそうな雰囲気で声をかけられて。
私は、その言葉の意味を、頭の中で噛み砕いて理解したあと、慌てて首を横に振った。
「いえっ……、決して、そのようなことはっ……!」
「だが……、最近、そなたが、陛下と一緒に食事の時間を共にすることもあると、使用人達から聞き及んでいるぞ。
それだけではなく、ウィリアムとも個別に、度々、そういった機会を設けることもあるのだとか……。
……本当に、水臭いことだ。
そのように、他人行儀にならずとも、私も最早、そなたの家族。
そなたからしてみれば、決して、私のことを母だとは思えぬかもしれぬが……。
それでも、いつでも家族の団らんに参加してくれれば良いと、常日頃から、思っているのに……」
「あ……、えっと、……あの、……は、はい。
そう言って貰えると、凄く嬉しいです。……ご配慮、ありがとうございます」
そうして、まさか、テレーゼ様の方から……。
家族の団らんでもある食事の席に来てもいいと誘ってくれるだなんて、今の今まで予想もしてなかったから、私は目をパチパチとさせた後、失礼にならないよう急いでお礼を口にした。
――もしかして、社交辞令でそう言ってくれたのかな……?
その真意が何処にあるのか知りたくて、テレーゼ様の表情を、こっそりと窺い見たけれど、本当にそう思って言ってくれているのかは、よく分からないままだ。
今までは、ギゼルお兄様と仲が良くなかったというのもあって……。
半分しか血が繋がっていない私が、食事の席だったり、家族団らんの場所に行くことは、迷惑なことだと思っていたんだけど……。
テレーゼ様は、本当の子供ではない私に対しても、基本的にはいつも大人な対応をしてくれる方だから。
お父様やウィリアムお兄様と一緒に食事をすることがあるのなら、わざわざ、別に機会を設けなくても、一緒に食事をすればいいと思って、声をかけてくれたのかもしれない。
「母上、差し出がましいことを言うようですが……。
今まで一人っきりで食事をしていた、アリスのことを思えば、そもそも、そういった場で、皆と食事をすること自体、緊張する可能性だってありますし。
俺たちの都合で振り回して、アリスの気持ちを急かすのも良くないでしょう……?」
それから……。
テレーゼ様が今、声をかけてくれたことで、一度でもそういう場に行った方が良いものなのか。
それとも社交辞令でそう言ってくれているのなら、やっぱり遠慮した方が良いのか、今後の対応について、1人悩んでいると。
私が困ってしまったのを察知してくれたのか、ウィリアムお兄様が、テレーゼ様に対して横から声をかけてくれた。
そのことに、ホッと安堵しながら、お兄様に『ありがとうございます……』と、感謝の気持ちを込めて視線を送ると……。
「成る程……。
陛下と2人で食事をとるのも、ウィリアムを入れて3人で食べるのも、私とギゼルを入れて5人で食事をするのも、何も変わらぬことだと思っていたが……。
陛下もウィリアムも、どこまでもそなたには優しいから、その気持ちをいの一番に考えて、そなたを食事の場に誘うことはしていなかったのだな。
私の気が急いてしまったばかりに、そなたの気持ちを配慮出来ず、すまなかったな」
と、苦い笑みを溢した、テレーゼ様から謝罪が降ってきてしまい……。
「いえ……、とんでもないです……!
……テレーゼ様に、食事に誘って頂けて、凄く嬉しかったです」
と、私は慌てて、口にした。
テレーゼ様が、私に謝るようなことではないし。
……こんな風に誘って貰えるのは、純粋に嬉しいことでもある。
ただ、誰の指示かは分からないし、もしかしたら誰の指示でもなかったのかもしれないけれど。
使用人達からの嫌がらせで、たまに一緒に食べることがあった時に、私自身、みんなと同じグレードの食事を出して貰えていなかったみたいだし……。
今までは、私の評判もあって『勘違いされていた』から、みんなからいい顔をされていなかったっていうことは勿論分かっているんだけど、食事の場で、あまり良い思い出などがなく……。
ギゼルお兄様と顔を合わす度に、売り言葉に買い言葉で口喧嘩をしていた頃を思えば、やっぱり、みんなと一緒に食事をするというのは、個人的にまだ、何となく抵抗がある。
「皆さま、お寒い中、遠路はるばるご足労頂いて本当に有り難うございます。
本日、陛下は、遅れて到着すると聞き及んでいますので、早速、中にある控え室にご案内致します。
開会式が始まるまで、今暫く、お寛ぎください」
そうして、私達が、遣り取りをしていると……。
さっき、私に向かって声をかけてくれた闘技場の責任者が、案内するように『此方です』と手のひらで方向を示すようなジェスチャーをしながら、話しかけてくれた。
【開会式までにはもう少し時間があるから、用意してくれている控え室で、最終確認として持って来た開会式の流れを確認する時間はあるかも……】
と言っても、デビュタントの時とは違い、私自身、開会式でやることは殆どなく……。
会場に用意された椅子に座って、開会の挨拶や、披露されるショーなどの演出を見ているだけにはなると思う。
ただ、衆人環視の中で緊張してしまいそうだから『自分の座り位置や、場所などを間違えないように、しっかり確認しておかなければいけないなぁ……』と、感じるけど。
それから、闘技場の責任者である男の人の案内で、スムーズに控え室まで到着したものの……。
てっきり、私自身、テレーゼ様やお兄様達と一緒に、一部屋を共同で使うものだと思っていただけに、1人、1室、別々の個室が用意されていて、びっくりしてしまった。
まさか、個別に用意されているとも思ってなかったから、本当に、一部屋分、丸々使ってもいいのかと……。
その状況に困惑しながら、オロオロとしているのは私だけで。
テレーゼ様もお兄様達も慣れたものなのか、特別驚いたりするようなこともなく……。
従者を引き連れて、各自、自分たちの部屋に入っていってしまった。
「皇女様、そのような所で立ち尽くして、どうかされましたか……?
何かご不安な点でも……?」
そうして、私がドアの前で、固まってしまっているのを見て……。
訝しげに声をかけてくれた、責任者の人に、ハッとしたあとで。
「あ……、い、いえ……。
あの、えっと……、このお部屋、本当に“私が1人”で、従者と一緒に、丸々、使っても良いんでしょうか……?」
と、恐る恐る声をかけると。
「いえ……っ!
従者の方達には、また別の控え室をご用意しておりますよ。
持ってこられた荷物があると思いますので、皆さまそれを置きに、一度、一緒に入られただけだと思います。
あ……っ! そ、そういえば、確か、皇女様は建国祭に出られること自体が初めてでしたね?
皇族の方には、基本的に皆さま、1人1室、ゆったりと使って頂けるように手配しています」
という言葉が返ってきて、更に驚いてしまった。
「……そうだったんですね。
あの、因みに、従者のお部屋っていうのは……?」
「あぁ、申し訳ありません、そちらは特に個別では分かれていない大部屋になります。
ですが、皇族の皆さまがお呼びするベルで直ぐに来ることが出来るように、この部屋の近くにありますよ。
部屋の中に案内の紙を用意していますので、是非、そちらに関しましても、一読ください」
そうして、普段から聞かれ慣れていることなのか……。
特に言葉に詰まる様子もなく、スマートにそう言われて……。
「詳しく教えて下さって、ありがとうございます。……そうさせて、頂きますね」
と、私は口元を緩ませて、目の前の責任者さんに微笑みかけながら、お礼を伝える。
さっき、闘技場に着いた時に、もう少し待って欲しいと言われて、お礼を伝えた時にも感じたことではあったんだけど……。
――この闘技場の責任者の人は、普段、あまり、人からお礼を言われることがないんだろうか……。
それとも、一応、皇族でもある私みたいな立場の人間から、お礼を言われたことが余程、珍しいことだと思われたのかな……?
私に対して、まるで、珍しいものを見るような目つきで、驚きに目を見開いたあとで……。
けれど、私の反応を好ましく思ってくれたのか……。
「いえ……、皇女様。
これが、私の仕事でもありますので……っ。
この他にも、もしも“ご不明な点”があれば、遠慮無く、いつでも私共にお申し付けください」
と……。
どこまでも柔らかい口調と態度になりながら、何か分からないことがあれば、いつでも聞いてくれていいと、快活に声をかけてくれた。