340 建国祭初日
お兄様と、ルーカスさんに偶然出くわして……。
セオドアと一緒にファッションショーの練習をしたあの日以降も、私は建国祭の準備で、ゆっくりと息を吐く暇もなく、バタバタと何かと慌ただしい日々を過ごしていた。
そうして、過ぎ去っていく毎日をじっくりと味わう余裕もなく。
ハーロックが持って来てくれた書類に目を通して、事前に建国祭のスケジュールや流れを頭の中に一生懸命叩き込んだり。
建国祭でお呼ばれするパーティーのドレスを新調したり、ジェルメールで、ファッションショーで出す衣装の打ち合わせをしたり……。
オリヴィアと『もうすぐ勲章の授与式で会えるの、楽しみだね』とお手紙の遣り取りを変わらず続けていたり……。
もう少し時間的に余裕があると思っていたけれど、そうこうしている間に、あっという間に日にちが経って、建国祭当日になってしまった。
それから、多分、皇宮中の使用人達が、朝から準備にバタバタと忙しく動き回っていると思うんだけど。
今日は、私自身も早起きをして、自分の準備に取りかからなければいけなくて……。
8時から、王都にある闘技場を使って執り行われる“開会式”に間に合うようにする必要があるから、あまりのんびりとしているような時間もない。
一般市民は規制により入れなくなっているものの、シュタインベルク中の貴族達が、客席で観覧するみたいだし……。
招待されていれば、友好国から、来賓客も来ていたりするらしいから、恐らく闘技場の観覧席は埋め尽くされるはず。
そんな中で、私達皇族は、観覧席の方ではなくて、闘技場の方に個別に席が用意されているから、開会式の間は必然的に、人々の注目を一身に受けることになっていて……。
目立ってしまう分、些細なものだとしても悪目立ちしてしまうようなことは絶対に出来ないし、皇族らしく毅然とした態度で、しっかりと、挑まなきゃいけないと思う。
起きがけで、まだ、眠たい目を擦りながら……
自分にかかっていたシーツを捲り上げ、ベッドから降りたタイミングで、丁度見計らったかのように、ローラが『アリス様、おはようございます』と、部屋の扉をノックした後に入ってきてくれた。
「おはよう、ローラ」
口元を緩めながら微笑んで、朝の挨拶をすれば。
ローラは私に視線を向けてくれながら、さっそく、阿吽の呼吸で私の身支度に取りかかってくれる。
その数分後に、エリスが私の好きなローラ特性のレシピで作った“ミルクティー”を持ってきてくれて、ことりと、鏡台の上に置いてくれた。
「アリス様、いよいよ、建国祭が始まりますね……。
私の為に、二日目に家族と過ごせる休日を取って下さり、本当にありがとうございます」
それから、エリスに改めて感謝するようにそう言われて、私はふるふると首を横に振りながら……。
「ううん、私が“建国祭の間”に、ゆっくり出来る日がそこしかなくて。
折角、地方からご家族が来ているのに、一日しかお休みをあげられなくてごめんね」
と、申し訳なくなりながら、声を出す。
普段、エリスだけではなく、私の身の回りにいる人達は、セオドアやローラも含めて、みんな中々“お休み”を取ってくれず。
ずっと、私に仕え続けてくれていることが多いから……。
日頃から、私自身も、特に皇宮から出ることが少ない人間だし。
『一日、二日、お世話をして貰わなくても全然大丈夫だから、少しは休みを取って欲しい』と、みんなにそれとなく伝えてるんだけど……。
ローラからは……。
【アリス様が、皇宮から出ることが少ないからこそ。
私自身、毎日のことに関しては、そんなに手間もかかっていませんし。
特に、今は、エリスも来てくれて、2人で仕事の分担も出来ている分、あまりにもやることが減って楽になっていますので……。
アリス様は、もっとこうして欲しいだとか、私達に甘えてもいいくらいです……!
私が休みを取ると、給料泥棒になってしまうかもしれません】
って、言われちゃったし……。
セオドアに至っては……。
【姫さんと一緒にいることで、俺自身も充分、休憩は取れている。
大体、どこの主人が、従者に向かって“一緒に、三時のおやつを食べよう”って、誘ってくれたり……。
“ずっと立ってると、疲れるでしょう?”って、声かけてくれて、勤務中に座らせたりしてくれると思ってるんだ。
絶対に、侍女さん以上に、俺の方が働いていないだろう?】
と、言ってくる始末で……。
何て言うか、みんな、凄く働き者で、いつも私のことを考えてくれて、休む事に関してあんまり納得してくれないっていうか……。
休みを取って貰うように働きかけるのも一苦労というか、そんな感じだったのだけど。
折角、ご家族が来ているのだし、シュタインベルク国内でも1年に一度しか開かれない特別なイベントだから、エリスには私が公務の予定も入っていないフリーである二日目の日にお休みを取って貰うことにした。
ついでに、建国祭に行けば、屋台も沢山出ていて“美味しい料理”も購入出来るだろうから、食事にも特に困らないだろうし。
その日、エリスも休むから、この機会に、いつも全然お休みを取ってくれないローラにもお休みを取って貰おうと思って声をかけたら……。
私達の話を聞いてくれていたアルが……。
『ふむ、それならば、ローラも僕達と一緒に建国祭を見て回るのはどうだ?』と、提案してくれた。
私自身は、ローラには休んで欲しい一心で声をかけていたから、その発想は全然なかったんだけど。
前に、エリスの実家でお祭りに参加させて貰った時は、突然のことで、ローラも一緒に来ることが出来なかったから……。
折角なら、ローラとも一緒に楽しみたかったな、という気持ちが、心の中にわだかまりとして残っていて。
【ローラが迷惑じゃなければだけど、一緒に建国祭を見て回れるなら、私も凄く嬉しいな。
エリスのご実家で開かれた祝祭の時は突然のことで、一緒に見て回れなかったし……】
と、おずおずと声をかけて誘ってみると、顔を綻ばせたローラから……。
【迷惑だなんて、とんでもありません……! 凄く嬉しいです。
まさか、私がアリス様と一緒に建国祭に行ける日が来るなんて……っ!】
と、二つ返事で了承を得ることに成功した。
結局、私達と行動する以上は、お休みだとは言えないような気もするんだけど……。
ローラ自身は凄く喜んでくれたみたいだから、アルのお蔭もあって、勇気を出して誘ってみて本当に良かったなぁ、と思う。
それから、私達の遣り取りを見て、何故かエリスが少しだけ眉を下げながら、“しょんぼり”と、落ち込んだ様子で……。
【今回、アリス様から、お休みを貰えて、家族と久しぶりに、丸一日過ごせるのは凄く嬉しいんですけど……。
出来るなら、私もアリス様と一緒に建国祭を見て回りたかったです……っ!】
と、本当にそう思って言ってくれたんだと目に見えて分かるくらいに、嬉しさ半分、悲しさ半分といった雰囲気で、そう言われて……。
【来年、もし、私のスケジュールが空いていて。
今年みたいに自由な日があったら、エリスも含めて今度はみんなで行こうか……?】
と、エリスに向かって、約束をすると。
『ほ、本当ですか……っ? アリス様……っ、ありがとうございます』と、エリスも凄く嬉しそうな表情をしてくれた経緯があったり……。
そんなこんなで、今日のエリスのお礼に繋がるんだけど。
流石に、毎日、殆ど休みも取らずに仕え続けてくれているのに……。
こうやって、一日しかお休みが取れなかったことに関して、エリスは感謝してくれているものの。
私自身は、お休みを取ることに関しては『当たり前の権利』だと思っているし、申し訳ないなぁという気持ちの方がやっぱり勝ってしまう。
勿論、今後も『お休みが取りたい日があれば、好きな時に、自由に取ってくれて構わないからね』とは、伝えているんだけど……・。
頭の中で、数日前に行われた“みんなとの遣り取り”を、ぼんやりと思い出していたら……。
気付けば、私の身支度を整える為に、テキパキと動いてくれていたローラが、私の髪の毛のアレンジをもうすぐ終えてくれそうな所まで差し掛かっていた。
建国祭初日である今日は、私自身、カッチリとした式典とパレードで公務をこなさなければいけないこともあって、きっと、その場に合うようにTPOを考えてくれたのだろう。
事前にローラと一緒に相談して選んでおいたドレスも含めてだけど、髪の毛の雰囲気が、普段よりも、大人っぽい感じに仕上がっていて……。
私に付いてくれているのが勿体ないくらい、改めて『ローラって、本当に何でも出来る人だよなぁ……』と、感心してしまった。
私が1人、ローラについて、皇宮で働く人達の中でも屈指のスーパーメイドなのではないかと、考えていると……。
式典があるからか、騎士の服装について、普段よりも心なしか、カッチリと整えてくれたセオドアが扉をノックして、やって来てくれた。
次いで、数分遅れてから、アルが私の部屋へとやって来てくれる。
前に、執り行った自分のデビュタントの時は、会場が皇宮内にあったから、数分の距離を馬車で移動するだけで良かったけど。
今回は、そういう訳にもいかないから、あの時に比べれば馬車の移動距離も長くなってしまうだろう……。
その後、開会式を恙なく終えることが出来たら、闘技場からパレード用の馬車に乗り換えて、皇宮まで時間をかけて戻ってくることになっていて……。
そのために今日は、帝国の騎士達が朝早くから、王都の街で、馬車も含めて、人の行き交う場所などの通りを、交通整備するのに駆り出されている筈なので。
そういう意味では本当に、帝国で働く騎士達の仕事って多岐に渡るっていうか……。
私の目に見えていない部分でも、色々なことをしなければいけなくて大変だな、と思ってしまう。
――もしかしたら、セオドアも去年はそういった部隊の一員として駆り出されていたりしたんだろうか……?
何となく、疑問に思って、セオドアの方をチラッと見つめたら、直ぐに私の視線に気付いたセオドアが……。
「姫さん? ……どうした?」
と、声をかけてくれた。
「あ、えっと……。
あのね、大したことじゃなかったんだけど、今日は朝から色んな騎士達が交通整備に駆り出されているでしょう……?
もしかしたら、セオドアも、去年はそういう部隊に駆り出されたりしたのかなって……」
そうして、私が今、疑問に思ったことを率直にセオドアに向かって問いかけると……。
「あぁ……。
ああいうのは、ある程度、一糸乱れぬ統率の取れた動きが必要になってくるし、それ専用の人間が選抜されて、特別な部隊が結成されるようになってんだ。
まぁ、そうでなくとも、ただでさえ、俺は見た目で目立っちまうからな……。
皇族のパレードの為の交通整備だなんて、一般的には名誉なことでもあるから、ある種、花形の仕事でもあるだろ?
どんなに実力があっても、俺は、ノクスの民だって誰からも分かる見た目だから、そういった分かりやすく華やかな仕事に就かせて貰うことは禁止されてたっていうか……。
団長からは俺が混ざることで、組織に不和が生じるって言われて、去年は適当に何か異常がないか、王都の街の巡回担当にされてたんだ」
と、セオドアから説明されて……。
私は思わず、瞬間的に『騎士団長、許すまじ……っ!』と思いながら、キュッと、拳を握りしめてしまった。
騎士団長のことは、人として、その生死に関して見過ごす訳にはいかないとは思っているけれど。
組織のトップとして、そういう風に人を見た目で判断するような対応は、正直、ダメだと思うし……。
今後はそういう所も含めて、それとなく、オリヴィアが推奨してくれた“話を分かってくれそうな”副団長がいる時に、一度、お父様の耳に入れておいた方がいいのかもしれない。
そうして、私が目に見えて分かるくらい、『むぅ……っ!』と、頬を膨らませて不満そうな表情になったのが、セオドアに伝わったのか。
「……まぁ、俺自身は、王都の街の巡回担当にされてたのは、ある意味、責任もそこまで大きくなくて気楽なもんだったしな。
去年、もしも、パレードに姫さんが出てたって言うなら、今、もの凄く後悔してるかもしれねぇけど。
言い方は良くねぇが、皇族の中で姫さん以外に、他に護りたいような奴もいねぇし。
そもそも、皇太子なんか、別に身を挺して護るような騎士を傍に付けねぇでも、アイツ、絶対に自力で何とか出来るだろ……」
と、言葉を返してくれた。
セオドア自身は、どこか、呆れたようにそう言っているけれど……。
ブランシュ村で洞窟に入った時に、共闘をした経験があるからか。
――ウィリアムお兄様のことを、セオドアも認めてくれているのだなぁ、と思って……。
私はそっちの方が嬉しくて、思わずほっこりしてしまった。
さっきとは一転、内心で、温かい気持ちになって、ほわほわしたまま、ゆるっと口元を緩めたからか……。
「姫さん、俺は別に、皇太子とは仲良くなってねぇからな……?」
と、私の表情で、言いたいことを先読みしたのか、釘を刺すようにセオドアにそう言われてしまったものの……。
お兄様も私に対して、ずっと勘違いをしていたみたいだし、私自身もお兄様に対して勘違いをしている部分もあって。
セオドアが警戒してくれて、一触即発だった頃の過去を思えば……。
それでも、充分、2人の距離は近づいていると思う。
セオドアもお兄様もどうしてか、そのことを決して認めようとはしてくれないけれど……。
「ふむ……。
アリス、今日は久しぶりに皇族が全員揃うということは、あの小僧と、お前の義理の母でもある后妃も来るのであろう?
仕事とはいえ、皇帝やウィリアムだけと遣り取りすればいい普段とは違い。
必然的に、会話をしなければいけなくなる人間も多くて、お前も大変だろうし、無理をしないようにな」
それから、私とセオドアが2人で話していると……。
会話が途切れたタイミングで、アルが私に向かって、しみじみと声をかけてくれた。
――あの小僧っていうのは、もしかして、ギゼルお兄様のことかな……?
アルがこうして心配をしてくれているのは、最近、私を見つけた瞬間、ギョッとしたように目を見開いて、直ぐさま、走って何処かに行ってしまうギゼルお兄様の奇行……。
といったら、あまり良く無いのかもしれないけれど、そんな姿を私と一緒に目撃してくれているから、ということも関係しているのだと思う。
「……ありがとう、アル。
でも、ギゼルお兄様のよく分からない最近の行動はともかく、テレーゼ様は、普段は積極的に私と関わってこようとはしないし……。
公の場だと、大人な対応を心がけてくれる方だから、大丈夫だと思うよ」
そうして、アルも含めてだけど、みんなに安心して貰えるように、そう伝えると……。
アルやセオドアの顔色が何処となく曇った上に、何故かエリスの表情までほんの少し強ばったような気がして、私は首を横に傾げる。
「……エリス?」
そうして、不思議に思いながら、エリスに向かって、どうしたのか……。
『もしかして、このタイミングで体調が悪くなったりでもしたんだろうか……』と、心配して声をかけると。
「い、いえ……っ、ア、アリス様……っ。
その……、建国祭というのは、とっても大きな行事ですし、アリス様は皇族のお立場で、どうしても公務として開会式で、公の場に出なければいけなくなってしまうので、心配で……。
何が起こるか分かりませんし、特に、パレードに関しては外で行われるものですから……。
どうか、他の皇族の方達とのご関係だけではなく、念には念を入れて充分に気をつけて下さいね……っ」
と、過剰なまでに心配されて……。
私は思わず、その勢いに押されて、こくこくと、頷き返した。
確かに、そう言われてみれば、建国祭でパレードが執り行われる以上……。
一応、お父様の傍には近衛騎士なども付いてくれているし、お父様だけではなくお兄様達やテレーゼ様は勿論、私にも、セオドアが護衛として常に付いてくれているけれど。
皇族である私達に、どうしても隙が生まれやすいというのは、事実だし……。
そういう意味もあって、エリスは凄く心配してくれたのかもしれない。
特に私は、最近になって少しずつ評価は上がってきているとはいえ、お父様や、テレーゼ様、それからお兄様達のように世間での人気も高くないし、華々しい功績がある訳でも無い。
その上、髪の色のこともあって、未だに格式的なもので、お兄様達と比較して“劣る”と言ってくるような人もいるから、やっぱりどうしても、皇室の落ちこぼれ感は否めないし……。
もしかしたら、世間からの風当たりのこととかも、考えてくれたのかな?
「心配してくれて、ありがとう、エリス。
お兄様達のように、世間から歓迎はされないかもしれないけど、気を引き締めて頑張ってくるね」
そうして、頭の中で、さっきまでのエリスの言葉の意味をしっかりと噛み砕いて整理したあとで。
にこっと、微笑みながら、声をかけると。
未だほんの少し、心配の色が隠せていなかったものの……。
エリスも、私の言葉に、何処かホッと安堵したように、頷き返してくれた。