338 ホッと安らげる場所
そうして、セオドアと再び練習を再開させてから、暫く経ったあと……。
「そういえばさ。
お姫様って建国祭は、スケジュールが埋まっててかなり忙しいの?
前に、アルフレッド君と一緒に屋台を見に行くとか言ってなかったっけ?」
と、不意に思い出したかのように、ルーカスさんから声をかけられて、私はパチパチと瞬きをしてから。
「あ……、えっと……。
唯一、二日目に自由な時間が出来たので、アルとセオドアと一緒に建国祭を見て回る約束をしてるんです。
建国祭の間は、ファッションショーに出たりもするので、その日以外、空いてなくて……」
と、自分の予定を説明するように声を出す。
私のスケジュールについて問いかけられたことに、一体、どうしたんだろう……?
と、内心で不思議に思いながら、首を横に傾げれば。
ルーカスさんは私を見て、苦笑いをしつつ。
「あー、そっか……。
確かに、そう言われてみれば、そうだよな。
初日は、開会式にパレードがあって一日中公務に従事しなければいけないだろうし、3日目は、確か勲章の授与式だったっけ?
で、4日目、5日目に関しては、建国祭の間中に開かれる予定の貴族の茶会や夜会への参加かな……?
それで、6日目にはファッションショーで、7日目には閉会式か。
成る程ね、道理で、2日目しか、空いてない訳だ……」
という言葉を返してくれたあとで……。
「……いや、前にも言ったと思うんだけど。
一応、俺たち、婚約関係になっている訳だし……。
良かったら“建国祭”の間に、もう一回、俺ともデートをしないかなって思ってさ。
でも、お姫様、それだけ忙しそうだと、無理っぽいよな……」
と、お誘いをしてくれて、私自身驚いてしまった。
前に誘われた時は、本気でそう思ってくれているとはあまり思わなくて、どちらかというのならその場を和ませるような『リップサービス』みたいな物だと思っていたから。
ルーカスさんから、そんな風に“誘われること自体”が、そもそも無いと思っていたんだけど……。
もしかしたら、頻繁に誘ってくれることで、私達の関係について知っている極少数の人達の目について、なるべく、私達の関係が仮初めの婚約であると怪しまれないようにしてくれているのかも。
「……ふむ、よく分からぬが。
デートという物が、この間、カフェに行った時のような物のことを言っているのなら……。
僕とアリスとセオドアが建国祭を見て回る二日目に、ルーカス、お前も参加すれば良いんじゃないか?」
そうして、アルが私達の話の間を取ってくれるようにそう言ってくれると……。
「……あー、一応言っておくが、アルフレッドの意見と違って、俺はアンタが来ることについては反対だ。
アンタが姫さんとデートをすること自体が、というよりも……。
アンタが姫さんを外へと連れ回すだけで、異常に目立っちまうからな……。
俺と姫さんとアルフレッドだけなら、フードを被れば何とでもなるが。
アンタが来るなら、必然的に、皇太子も付いて来ることになるんだろ……?
建国祭の、人の多さを考えてみろよ?
ただでさえ通常時でも、歩いているだけで、ひそひそと噂話をされるんだ。
注目を浴びたことによって、この間みたいに嫉妬に狂って、アンタ等がいなくなった瞬間に姫さんを目の敵にしてくるような奴らが出てこないとも限らねぇし。
それで、本来なら浴びせられる必要もなかった、姫さんが傷つくような言葉の暴力を浴びせられる可能性だってある」
と、横からセオドアが私のことを心配して声をかけてくれた。
今まで、私自身、そこまで意識したことが無かったけど……。
確かに、ルーカスさんとお兄様は本当に、そこにいるだけで華があるというか、否が応でも目立ってしまう人達だし。
もしかして、そういう理由もあって、セオドアはいつも、ルーカスさんと私が出歩くことについては、あまり良く思っていない雰囲気だったのかな……?
私以上に、ずっと、私のことを考えてくれていたセオドアに有り難いなぁ、と感謝の気持ちが湧いてくるのを感じながら……。
『セオドア、ありがとう。……でも、私なら、大丈夫だよ』と、声をかければ。
「……それに、ただでさえ、俺と一緒にいる時にだって……。
俺がノクスの民だっていうことを最大限ダシにされて、誰かの心ない発言で、姫さんに攻撃が向くこともあるんだ。
仮に、今、こうやって、姫さんが大丈夫だって言ってくれていたとしても、なるべく、そういうリスクは減らしておきたい」
と、セオドアから更に補足するように言葉が返ってきて……。
私は、きゅうっと胸が痛くなってしまった。
私自身も、セオドアが、誰かから“私を貶める時の材料”に使われてしまう状況について、度々気になっていて……。
自分を貶されることに関しては別に構わないけど『セオドアを貶されるのは、凄く嫌だな……』って思っていたことではあったんだけど。
――もしかして、セオドアは、自分が私の傍にいる所為でとか、そういうことを思って、気にしてくれていたのかな……?
誰かに私のことを言われるのは慣れているし、いつものことだと思えば、別になんとも思わないことではあるものの。
何も悪くないのに、私の傍にいるだけで、セオドアが貶されてしまうのは寧ろ私の責任っていうか……。
私の傍にいるから、気に入らないと目の敵にされて、ついでのように貶されてしまうような状況が出来てしまうんだと思うし、それについては、決してセオドアの所為なんかじゃないのにな。
そのことを、何とか伝えようとして、控えめに、セオドアの服の裾を引っ張りながら……。
「セオドア、もしかして、ずっと“そのこと”を、気にしてくれてたの……?
私が赤色の髪を持っているから絡まれやすいっていうだけで、全然、セオドアの所為なんかじゃないよ……?」
と、おずおずと声を出せば……。
私に視線を向けてくれたセオドアは、まるで自分が私の傍にいるからだと言わんばかりに、何とも言えない表情を浮かべていて……。
私の言葉に対して、あまり納得はしてくれていないのが傍から見ても分かってしまい。
こういう時、どう言えば……。
『私のことで、そんなに罪悪感を感じる必要なんてない』と伝わるだろう、と。
1人、一生懸命に言葉を探していると……。
「あー、何て言うか、概ね予想通りっていうか……。
それで、前々からずっと、俺とお姫様が外で会うことに関して、目立つって反対してたんだもんな。
まぁ、理由としては、それだけじゃないんだろうけど……。
お姫様のことを考えて、お兄さんなら、十中八九そう言ってくると思ってたよ。
逆に、建国祭で人の目に付きやすいからこそ、俺たちの婚約関係を知っている数少ない宮廷貴族に、俺とお姫様の仲がそんなに悪いものじゃないってことを見せたいっていう意味合いもあったんだけど……。
それについては、あくまでも、俺とお兄さんの考え方の違いだから、仕方がないね」
という言葉が、肩を竦めてあっけらかんとした様子のルーカスさんから、返ってきた。
ルーカスさんのその考えに関しては、私自身予想していた通りのことだったから……。
『やっぱり、そういう意味もあって誘ってくれたんだなぁ……』と感じて、特別な驚きはなかったものの。
周囲に、私達の仲が良好なことを伝えるのに関しては、この間、一緒に王都の街でデートをしたばかりだったし、それで充分な気がしてしまうんだけど……。
ここで更に、傍から見た私達の仲について、そこまで悪いものじゃないって強調させることが、ルーカスさんからしてみると、凄く大事なことだったのかな……?
もしかしたら、念には念を入れておこうって判断してくれたのかも……。
「因みに誘おうと思っていたのは、建国祭限定で開催される舞台でさ……。
知り合いからチケットを譲って貰ったのもあって、折角だから一緒に行けたらいいな、ってくらいの感覚だったんだけど。
流石に、“可愛い小鳥”の後ろで、ずっと、番犬が手を出すなって目を光らせてる中、一緒に行こっかって強引に誘う訳にもいかないし。
……俺と一緒にいるってだけで、お姫様が目立ってしまうってことに関しては、間違いのないことだから、今回は引くことにするよ。
俺自身も、建国祭では、夜会の準備も含めて、自分がやらなきゃいけないことも結構あるしね」
そうして、ルーカスさんがさっと両手を上にあげて……。
まるで、降参だと言わんばかりに一歩後ずさり、さらりと引いてくれたことで……。
『そこまで重要なことではなかったのかな……』とホッと安堵しながらも、こういう時のルーカスさんの独特な言い回しには、普段から戸惑うことが多くて、私自身、言われた言葉の意味があまり理解出来なくて首を横に傾げる。
お兄様もセオドアも、特に不思議そうにすることもなく、ルーカスさんの言葉の意味は通じている様子だし……。
なんとなく、今回の言い回しに関してはアルですら、理解している気がするから、1人、『どういう意味だったんでしょうか……?』と、みんなの話を中断させてまで改めて聞くのは、聞きづらいなって思ってしまう。
「えっと……、夜会の準備も含めて、やらなきゃいけないこと、ですか……?」
それから……。
ルーカスさんに言われた言葉を、復唱するように質問してみると……。
「うん……。
俺もさ、身分が身分だから……。
親父が参加出来ない時とか、エヴァンズ家“当主代理”として、こういう時には参加しなきゃいけない、貴族のパーティーとかが、色々控えちゃってんの。
本当、大人の付き合いって嫌だよねぇ……。
持ってく手土産一つとっても、マジで気を遣わなきゃいけないし。
まぁ、そうは言っても俺は、人間観察をするのとか、パーティーで誰かと会話をして、貴族の新しい情報を得るのとか、そういうの、全然苦だとは思わない質だし。
一般の人に比べたら、ある意味、場慣れしているから別に良いって言ったら良いんだけどさ。
それでも、自分のとこの準備をしながら、この期間に集中して、頻繁に夜会が続くと流石に疲れは溜まるよね」
と……。
どこかゲンナリした様子で、ルーカスさんから実感のこもったような言葉が返ってきた。
「建国祭の期間中はどうしても、何処の貴族も人脈を広げるために積極的に茶会や夜会などを開くものだし。
自分の所はこれだけ豪勢なパーティーを開いているのだと、経済力だけではなくて、権力や地位、人望などに関して、しっかりと誇示することで、周囲の信頼を得る為の意味合いも強いからな。
だから必然的に、立場が上の人間ほど、そういった物に、呼ばれる可能性も高くなる。
仕方が無いことだと理解して、仕事の一環だと割り切って粛々とこなしていた方が、いっそのこと楽だろう……?」
そうして、ルーカスさんのどこかうんざりしたような雰囲気に、お兄様があっさりとまるで何でもない事のように言葉を返しているのを見て……。
私自身、御茶会と夜会を含めて、二日間で合計“4件”も参加しなければいけないんだな、って思って……。
ちょっとだけ内心で『うっ……』と思ってしまっていたけれど。
建国祭の期間中、お兄様とルーカスさんは、もっとそういう物に参加しなければいけないんだろうし、そう思うと全然マシだったな……、と思わず反省してしまった。
「あー、確かに。……殿下は、常に公務しながら歩いているような物だもんな。
今回も、どうせ、山のようにお呼ばれしてるんでしょっ?
殿下に比べたら、そりゃぁ、俺はマシですとも……。
っていうか、本当にさぁ、顔色一つ変えずに粛々とこなすとか超人かよ……。
相変わらず、殿下のその精神的なマインドに関しては見習いたいんだけど、マジで……」
それから……、お兄様の一言に、ルーカスさんが『うへぇ……』という苦い顔をしながら……。
どこか、駄々っ子のようなあどけない表情を見せるのを見て。
【ウィリアムお兄様自身、疲れることが無いなんてことは、きっとあり得ないと思うけどな……】
と、私は内心で思う。
どんなに、傍から見て、常にポジティブだったり、平然としていて、何ともないように見せている人でも……。
生きている以上は、人知れず、苦労をしていたり、疲れたりしてしまうような瞬間はきっと誰にでもあると思う。
お兄様自身は、あまり人にそういう姿を見せないだけで、きっと、大変なこととかも全部、自分の中に落とし込んで、1人で解決してしまっているんじゃないかな……。
そもそも、お兄様が、誰かを頼ったりしている姿を見たことが無いし……。
瞳のこともあって、昔から、なるべく感情を表に出さないように気をつけていたことも、もしかしたら影響しているのかもしれない。
勿論、ルーカスさんもその事は理解した上で、言っているんだろうなとは感じるんだけど……。
そう考えると、お兄様のことは本当に尊敬出来るし、改めて、凄いなぁ、って思う。
きっと、私の目には見えないだけで、お父様の跡を継ぐ為に、日頃からたゆまぬ努力を重ねている筈だし。
自立心が高いっていうか、意識的にちょっとやそっとのことでは、動じないように心がけているっていうか……。
傍に、頼れるような人がいればいいけど、中々そういう人もいなかったりすると、きっと凄く苦しいんじゃないかな……?
常に、向上心を持って前を向いて努力をしているお兄様と私を比べるのは、本当に烏滸がましいことだけど。
ついつい、自分の感情を押し込めてしまって、誰かに甘えたり、人に頼ることが出来ないっていう意味では、何となくその気持ちは理解出来るから、私もお兄様のことは言えなかったり……。
ただ、私自身、巻き戻し前の軸と比べて今は、セオドアやアルや、ローラ、ロイ、それから、エリスが傍にいてくれるお蔭で、これでも、随分楽になった方だと思う。
人に頼るっていうのも色々な意味があるし、全部、誰かに頼りきりになって、べったりと寄りかかってしまうのは勿論ダメだと思うけど。
誰かが傍にいてくれるっていうだけで、1人ではないっていうか、凄く心強いなって、思えるから……。
【お兄様も、そういう人が傍に、1人でもいてくれるだけで、違うと思うんだけどなぁ……】
そう言えば、私の知る限り、巻き戻し前の軸の時も、戴冠式をしてお父様の跡を継ぐことになったお兄様には『婚約者候補みたいな人』も、誰もいなかった気がするし。
――これから先、暫くは、そういう人が出てくることも、無いのかな……?
遠くない未来、お父様の跡を継いで国を背負う立場になるであろうお兄様を、ギゼルお兄様や私で、何とかなることなら、一生懸命、支えていきたいと思っているけれど。
ギゼルお兄様はまだしも、私じゃ、お兄様を支えるには役不足かもしれないし……。
いつも頑張っているお兄様がホッと一息安らげるような、居場所や人があれば良いのになって、勝手に心配する気持ちが湧き出てきてしまうものの。
私が1人やきもきしていても、どうにもならないことだから、この件に関しては、本当に難しいなぁ、と思ってしまう。
「アリス、難しい顔をして、どうした……?
何か、気になることでもあるのか……?」
「本当だ。……お姫様、珍しく眉間に皺が寄ってるよ?」
そうして、お兄様とルーカスさんに話しかけられて、ハッとした私は……。
自分の指先で、眉間の皺を揉み込むように解しながら……。
「えっと、あの、私、そんなに難しい顔してました……?
何でもないんです。……ちょっと、考え事をしてしまっていて……」
と、慌てて訂正するように声を出した。
「あ……、もしかして、お姫様、建国祭の茶会とか夜会とかに出ること、不安に思ってる……?」
「あぁ……。
そう言えば、アリスは建国祭の期間中に開かれるパーティーに参加すること自体が初めてだからな。
大丈夫だ。……お前が不安に思う必要はない。
茶会に関しては俺が付いていってやるし、夜会の一つはエヴァンズ家のもので、もう一つは父上が直々に付いていくようなことになっているからな。
余程のことがない限り、髪色のことなんかで、表立って、お前のことを貶してくるような奴は何処にもいないだろう」
それから、ルーカスさんとお兄様に、自分が眉間に皺を寄せていたことの理由を勘違いされて。
安心しろ、というようにお兄様に声をかけて貰って、何となく申し訳ない気持ちになりながら……。
私は『ありがとうございます』と口元を緩めながら、お兄様に向かって声を出した。