332 賭けの賞品
それから、思いもよらなかった突然の展開に、内心でドキドキしながら、デザイナーさん二人に視線を向けると。
「有り得ませんわ~……!
その賭け、ジェルメールにとっては何のメリットもないことでしょう?
それに、皇女様は“物”じゃ、ありませんことよ」
と、直ぐにジェルメールのデザイナーさんが眉を寄せて、シベルのデザイナーさんに向かって声をかけてくれた。
「えぇ、勿論、私自身も、皇女様を物扱いしているつもりはありません。
ですが、たまたま、皇女様との仲が深いからといって、現状、ジェルメールのみが皇女様のデザインを独占しているのは、正直、狡いと言わざるを得ないですし。
ウチのお店だけではなく、王都での他の店舗も含めて、皇女様と共同で商品を開発したいと思っている店は、山のように存在しています。
当然、そこには、皇女様の同意が必要になってくることかと思いますが……。
今年、最優秀店舗として優勝した店が、皇女様と今後、専属契約を結ぶことが出来るとなれば、それこそ大きな話題となり、今年のファッションショーは過去一番に盛り上がることでしょう。
建国祭が盛り上がるということは、それを開催している国にとっても、メリットしかありませんし。
どちらにせよ、注目を浴びるという意味でも、皇女様にとっても悪くない提案かと思います」
そうして、ジェルメールのデザイナーさんの意見を真っ向から否定するような形で。
私がファッションショーの賞品になるというメリットに関して話してくるシベルのデザイナーさんに……。
ジェルメールの店舗内にいるお客さん達が俄に、響めいて、沸き立つのを感じつつ。
なるべく国民の注目度が高い、国を挙げてのお祭りでもある建国祭を盛り上げることで、験担ぎの意味も持ちながら『益々の国の繁栄を……』と、思っている国のことなどを考えると……。
【それは、確かにそうなのかもしれない……】
と、一応、納得出来る部分はあったものの。
私自身、ジェルメールのデザイナーさんとは、これまで関わってきた中で、凄く良い距離感を保ちながら、お互いの意見を尊重し合うことが出来ているし。
彼女のことは、その人柄も含めて、人として尊敬した上で、深いつながりを持っているのと……。
洋服作りに関しては、一般のお客さんに向けたものではなくて、自分の身の回りにいる大切な人達のためを思って作っているだけの、半分趣味みたいなもので。
その延長線上に、私のブランドとして、ジェルメール内に間借りして洋服を置いて貰っているような感じだから……。
今の段階では、特に、ジェルメール以外の、どこかのブランドと一緒に共同開発をすること自体、望んでもいないし。
――決して、シベルで働く人達のことを、悪く思っている訳じゃないんだけど……。
一緒に何かを共同開発する上で、相手がどういう人柄なのか、あまり知り得ないうちから、どこかのブランドと“専属契約”を結ぶというのは『正直、凄く恐いかも……』という気持ちが湧き出てしまう。
だからこそ、どうしても、その賭けの内容には前向きになれなくて……。
「あの……、私自身、ジェルメール以外と共同開発をすることは望んでいませんし。
ジェルメールのデザイナーさんには、日頃からお世話になっているから、お礼のような形で協力することがあるだけで、そこまで頻繁にアイディアを出している訳でもないので、他のお店と専属契約を結ぶのは、ちょっと……」
と、なるべく角が立たないように、やんわりとお断りするような形で声を出す。
私の発言に、何て言うか、がっかりしたような雰囲気を醸し出したのは、シベルのデザイナーさんでも、勿論、ジェルメールのデザイナーさんでもなく。
何故か、お店の中にいるお客さん達で……。
――そ、そんなに、私が景品になることを、期待していたのかな……?
と、予想外の所からの反応に面くらって、思わず、ドギマギしてしまった。
もしかしたら、こういう場所に頻繁に訪れているほど、ファッションに強い関心を持っているお客さん達だから。
当日、ファッションショーに来るつもりの人も多いだろうし、見せ物的な意味合いで、凄く興味がそそられたのかも……。
私自身ジェルメールでしか洋服を出したことがないから、私のデザインといえども、本職であるデザイナーさんにイメージを伝えて作って貰っているから、どうしてもそこに、ジェルメール色が入っていないかと問われれば、嘘になってしまうし。
シベルのデザイナーさんに、私のイメージする洋服の案を出しても、きっとジェルメールで出したものと完全に同じものにはならないだろうから……。
そういう意味では、何て言うか『見てみたい』という意味で、期待してくれているのかもしれない。
というのも、彼女達の視線は決して悪いものじゃなく。
どちらかというのなら、ワクワクしたような好奇心に満ちあふれたものが大半を占めているのを“肌で感じた”からなんだけど。
あとは、単純に、王都でも恐らく五本の指に入るくらいの人気の2店舗が、何かを賭けて、激しく火花を散らしている構図に、その勝敗も含めて、どうなるのか気になるということもあるんだと思う。
シベルのデザイナーさんが、そのことを意図してやっているのかどうかは、よく分からないけれど。
そういう意味では、建国祭前の話題作りというか……。
人々の関心がファッションショーに向くように『事前に盛り上げるのが凄く上手いなぁ……』と、感心してしまった。
「……皇女様のお気持ちはよく分かります。
あまり仲が深くないうちから、知らないブランドと契約するということは、ご不安でしょう。
でしたら、専属契約ではなく、これから3年の間……。
いいえ、1年でも構いません。……私にもチャンスを下さい。
それなら、あまり負担にもならないかと思いますし、契約が解除されれば、その時は皇女様の意思で、ジェルメールに戻ることも出来るようにしておきましょう。
その期間中に、必ず、ウチの店の方が良いと、貴女様を口説き落としてみせます」
それから、私の言葉に、真っ直ぐ私の方を見つめて、ほんの少しだけ距離を詰めるように歩み寄ったあと。
一度、同意するように声を出してくれてから……。
徐々にその内容を、負担の少ないものに下げて、交渉してくるシベルのデザイナーさんに私は思わず目を丸くしてしまった。
「……勝手に、皇女様のことを口説かないで下さいませ……っ!
大体、ウチのお店で、元々お宅で働いていた彼女を雇ったことが、業界から見てもグレーなラインだったと責めてくるのなら、そちらの遣り方に関しても、問題、擦れ擦れの行為というものでしょう……?
皇女様とウチがきちんとした契約を結んでいる以上、引き抜きとも取れるような勧誘は良くないですわよ」
「えぇ、そうですね。
ですが、如何なる理由があろうとも、先に、ウチの店に不義理を働くような形で手を出してきたのはそちらです。
でしたら、今回、ウチの従業員をそちらで雇ったことに関しては不問とし……。
今後一切、そのことに、口は出さないという約束で、ファッションショーでの優勝の報酬として、皇女様と契約出来る権利を賭けの条件に出しても良いのでは……?」
「……っ、それは……、」
そうして、シベルのデザイナーさんの勢いに押されて。
珍しくジェルメールのデザイナーさんが困惑して、言いよどんだあと、口を閉じてしまったのを感じて、私は1人ハラハラとしてしまう。
一体、どうして、ジェルメールがシベルで働いていた従業員さんのことを雇ったのか……。
その経緯については、ほんの少ししか、デザイナーさん同士の遣り取りを聞いていない私には、詳しいことまではよく分からないんだけど。
【話をおさらいすると、新人のスタッフさんに対して“シベルの教育方針”がかなり厳しいものだったのを、きっと助けるような形で、ジェルメールで雇うことになった、んだよね……?】
彼女が、シベルを辞めてから雇うような形になったのか。
それとも、働いている間に引き抜くようなことになったのかで、また話は変わってくるとは思うんだけど。
ジェルメールのデザイナーさんの性格を考えると、そこに関しては、少なくとも働いている間に引き抜くような真似は絶対にしないはず。
ただ、シベル側からしたら、そんなことは関係なく、やっぱり許せないようなことだったのかも。
頭の中で、そう思いながら……。
2人の遣り取りに、自分の意思とは関係なく、半強制的にではあるものの、私自身も関わることになってしまった以上。
私が、今回のファッションショーで『優勝した店舗』と契約をすることで、今、困っているジェルメールを助けることも出来て、全てが丸く収まるのだとしたら。
――そうした方が、良いのかもしれないと……。
「あ、あの……。
もしも、私が優勝賞品として賭けの対象になることで、新人のスタッフさんがシベルからジェルメールに来たことを不問にして貰えて……。
そのお話が丸く収まるのであれば、1年間だけというお約束で、私自身は、そのお話を引き受けても構いません」
と、仲裁に入るようなつもりで、そっと声を出した。
「いえっ、皇女様にご迷惑をおかけする訳には……っ!
そもそも、この件に関しては、本来、シベル側とウチのお店の間で解決しなければいけないものですので……」
それから、私の提案に、直ぐさま慌てたように、ジェルメールのデザイナーさんからそう言って貰えたんだけど……。
私自身、ジェルメールには、いつもお世話になっているし、何か困ったことがあって、私でも役に立てるようなことがあるのなら、出来れば助けてあげたい気持ちがある。
それに、今回の話も、ずっと専属契約をしなければいけないというのなら、自分にかかる負担があまりにも大きすぎて難しいようにも感じるけど……。
仮に負けてしまったとしても、1年の期間だけで済むのなら、そこまで大変なことではないと思う。
……勿論ジェルメールが優勝してくれれば、私はこのままジェルメールを離れなくても済むし。
そうなれるように、自分でも出来る限り、精一杯頑張るつもりだ。
贔屓かもしれないけれど、やっぱり、ずっと関わってきたお店だし……。
デザイナーさんの、今回のファッションショーに懸けている想いを知っている分、ジェルメールには優勝して欲しいなって気持ちがあるから。
「いえ、気にしないで下さい。
……それで、ジェルメールとシベルの間にある遺恨が、綺麗さっぱりなくなるのなら、きっと、その方が良いと思いますし。
私も、ほんの少しでも、日頃からお世話になっているジェルメールのお役に立てるのなら嬉しいです」
そうして、にこっと微笑みながら、ジェルメールのデザイナーさんにそう伝えれば。
「……っ、皇女様……っ」
と、私に対して、もの凄く申し訳無さそうな表情になったデザイナーさんと。
持っていた扇子を、もう一度、パンッと開いたあとで……。
シベルのデザイナーさんが
「皇女様もこう言って下さっていることですし。
今回のファッションショーの賞品として、優勝店舗が、皇女様と商品の共同開発をする権利を1年間貰えるということで宜しいですね?」
と、確認するように声を出したのは、殆ど同時のことで……。
私は、ジェルメールのデザイナーさんが何か声をあげるよりも先に、シベルのデザイナーさんに向かって、その場で、こくりと頷いてみせた。
きっと、ジェルメールのデザイナーさんのことだから、私のことを考えてくれて、最後までその提案には頑として首を縦に振らないだろうし。
こういう時くらい、私で良ければ、本当に微力かもしれないけれど、力になりたいと思うから。
「あの、シベル側からの、提案はそれだけでしょうか……?」
そうして、私が勝手にこの場を仕切るのもどうかな、と思ったんだけど……。
背筋を伸ばして胸を張り、凜とした態度で、シベルのデザイナーさんにそう問いかけると。
「えぇ、皇女様。……この度は、私の提案を引き受けて下さりありがとうございます。
例え今の段階で、貴女様がジェルメール側についていようと、優勝はシベルが頂きます。
そうして必ずや、貴女のうら若き“その才能”も、私のデザインと融合し、ウチの店で発揮してこそ輝くと、思わせてみせましょう」
と、丁寧な物言いながら、何処までも芯の強い態度でそう言われて……。
私は思わず、目を白黒させてしまった。
何だか、字面だけ思い浮かべてみると、まるで熱烈な告白をされているような感覚がしてきてしまう。
「では、皆さま、御機嫌よう。
また後日、今度は建国祭でお会いしましょう。
当日“会場”で、何ごともなく、正々堂々と、相見えることを、心より楽しみにしています」
それから、一度だけ芝居染みたような雰囲気でお辞儀をしてから、シベルのデザイナーさんは私達にそれだけ言うと、くるっと踵を返し。
もう、この場に用はないと言わんばかりに、颯爽とお店から立ち去っていってしまった。
その瞬間、それまでお店の中に充満していた、張り詰めていた緊張の糸が、どっと解れ……。
「……皇女様、私共の為に本当に申し訳ありません……っ」
と、直ぐさま、ジェルメールのデザイナーさんから謝られてしまった。
その言葉に、ふるふると首を横に振って『気にしないで下さい』と声をかけていると……。
「あ、あの……、皇女様、申し訳ありませんでした。
ヴァイオレットさんも、ずっと一貫して、私のことを庇って下さって、本当にありがとうございます」
と、新人の女性のスタッフさんからも丁寧に謝罪されて、私は彼女にも問題ないことをハッキリと告げる。
「別にいいのよ、そんなの気にしないで。
お店で働くスタッフを護るのも私の仕事の内よ。
貴女はもう、うちの従業員なんだから……っ!
それと、関係のないことなのに、店舗同士のゴタゴタを見せるようなことになって……。
皆さま、洋服を見る、折角の“楽しい時間”を奪ってしまって、本当にごめんなさい。
今日、ご来店頂いてた全てのお客様に、ウチの購入特典でもあるリボンをプレゼントしますので、そのまま帰らずにスタッフまで一声、お申し付け下さいねっ!」
そうして、サラッと切り替えたように、店内にいるお客さんに、スマートに一声かけたあと。
「……皇女様、出来れば裏で、詳しい事情についてお話させて頂いても良いかしら……?」
と、耳元で、ジェルメールのデザイナーさんにそう言われて、私はこくりと、頷き返した。