329 新人のスタッフ
それから、暫くそうして待っていると……。
「一応、まだ原案の段階なので、簡単な感じで申し訳ないのですが……」
と、ジェルメールのデザイナーさんが、デザインのラフ画を幾つか、私達に分かりやすく見せてくれた。
私が着るドレスに関しては、全体的にどれも、清楚系のものをイメージしてくれていて。
ドレスに、お花の刺繍や、レースが、ふんだんに使われたものになっていたり。
逆に、ドレス自体を可能な限りシンプルにすることで、花かんむりを目立たせるようなアイディアなど、いくつかのパターンを考えてくれたみたい。
その場合、背面に大きな花をイメージしたような、バックリボンに近いような感じでのデザインにしてくれていたり。
やっぱり、ジェルメールのデザイナーさんは、服飾のデザインが本職なだけあって、色々な引き出しがあって凄いなぁと感心してしまった。
「このシンプルなドレスの背面に関しては、この間、皇女様が持って来て下さった、東の国の民族衣装である着物の帯の結び方を参考にして、西洋風にアレンジしましたの……っ!
その場合、東洋の薔薇とも呼ばれているツバキをモチーフにしたら、可愛いかなと思いまして。
色によっても花言葉が違うのですが、白いツバキの花言葉には至上の愛らしさという意味合いもありますので、皇女様にもぴったりかと。
あとは、皇女様の年齢と、花かんむりを使うということで、お花畑や草原にいる子供のイメージとして。
絵本でもよく出てくるような、白のエプロンドレスを付けるのでしたら、下のドレスは色味が入っても凄く可愛いと思いますよ」
そうして、幾つかのパターンに分けて提案してくれる、デザイナーさんの“アイディア”の一つ一つに頷きつつ。
私自身も、実際に着ている姿を想像しながら、どういう物にするのが一番いいのか、頭の中で一生懸命、思考を巡らせる。
正直、どのデザイン案も凄く可愛くて、選ぶのに苦労してしまうかもしれないと思うほどだった。
ただ、ジェルメールのデザイナーさんと私の共通認識で……。
なるべく“清楚な感じ”というイメージで、方向性自体はだいぶ固まってきているから、そこに関しては良かったことかも……。
「どれも凄く可愛くて、本当に、悩みます……っ。
因みになんですけど、セオドアの衣装に関しては、どういったものにしましょうか?
二人の服装に関しての系統とかは合わせた方が、統一感は多分、出ますよね……?」
それから、暫く悩みに悩んだ結果。
とりあえず、ファッションショーで披露するのなら。
『二人並んで立った時にセオドアとの衣装のバランスも考えながら、どうするのか決めた方が良いだろうな……』という結論に至って、質問を投げかければ。
「えぇ、確かに……。
同じ系統というか、色味などに関しても合わせて、統一感を出すというのは有りかと思いますが。
ただ、その……っ、えっと、ごめんなさい。
全く悪気はないので、怒らないで聞いて頂けたら、嬉しいんですけど。
騎士様って、圧倒的に、白が似合わなさそうですわよね……っ!」
と、もの凄く言いにくそうに、言葉を選んだデザイナーさんから、返答が戻ってきてしまった。
……そう言われてみると。
確かに、セオドアに白のイメージって全くないかも。
もしもこれが、ウィリアムお兄様だとしたら、白を着ているイメージは容易に想像出来るんだけど。
セオドアが白を着ているイメージって、本当に浮かばないっていうか……。
何て言うか、正統派っぽい王子様のような服装とかが“似合わなさそう”というのは、私自身も凄く理解出来る。
逆に、黒っぽい衣装なら、騎士の正装でも、タキシードでも、国の暗部で働いている諜報員っぽい格好でも、着物でも、大抵のものは本当に、洗練された感じで、着こなしているイメージだから。
やっぱり、セオドアには黒だとか、あまり明るさのない落ち着いた色合いの方が似合うんだと思う。
「えっと、確かに、……そうですよね。
普段から着ているから、見慣れているのも、勿論あると思いますけど。
セオドアは、本当に黒が似合うので、あまり白の衣装を着ているイメージは、私も湧かないかもしれないです」
「えぇ……! 本当にそうですわよね……っ!
それに、もしも、皇女様の衣装に白を取り入れるのなら……。
白と黒で対照的な感じにしても、別段、違和感もなく、お互いの色味のバランスに関しては取れると思いますし、騎士様は黒の衣装で大丈夫だと思いますわ。
テーマがテーマですので、お二人の立場を強調するために、騎士様に関してはファッションショー用に、新たな騎士の隊服を新調しましょう」
そうして、デザイナーさんに『黒でも問題ない』と太鼓判を押されて……。
そのことについては、私が勝手に決める訳にはいかないから、本人の意思を確認しておいた方がいいかもと、セオドアに視線を向けて『セオドアは、どう思う……?』と問いかけると。
苦笑した、セオドアから……。
「多分っていうか、絶対に白は似合わねぇと思うし、着慣れてるから俺も黒の方がいい」
という言葉が返ってきた。
その言葉にホッと安堵しながら……。
今日一日だけでもかなり話が進んで、何もかもが順調に決まっていっていることに、内心で『良かった……』と思っていると。
「あとは、そうですね……。
今回のテーマである世界観を、最大限に活かすためには、もはや、お二人の表現力にかかっていると言っても過言ではありませんわっ!
ですから、ステージ上では、お花畑や草原にいるイメージで、皇女様と騎士様がお互いに“お花”を贈り合っているという演出を取り入れようかと思いますの。
ステージに出る前は、騎士様が皇女様に贈る花かんむりを手に持っていて、皇女様は騎士様に贈るための、お花畑で摘んだ花を手に持って出て。
ステージを進んだ所で、お互いに、手に持っていたお花を交換するという演出が良いと思うのですが……っ!」
という言葉が、ウキウキした様子のデザイナーさんから返ってきて。
私は思わず、頭が真っ白になってしまった。
「え……?
あ、そ、そうですよね……っ!?
ファッションショーって、演出とかが、絶対に必要……で。
えっと、当日は、私とセオドアの表現力に、かかって、いて……?」
そうして、しどろもどろに声を出しながら……。
言われてみれば、確かに、観客席にお客さんがいて。
ショーになっている以上、ただステージ上を歩いて、服を見せるだけじゃなくて。
テーマに合わせて、そういう演出みたいなものも『取り入れなければいけない』というのは少し考えれば分かりそうなことだったのに……。
そこまで考えられていなかった“自分の浅はかさ”に、動揺しながらも。
堂々と、自信満々にステージ上を歩くだけでも、緊張するのに……。
そういった演出みたいなものに関して、私自身、上手く表現出来るのかと、今から凄く不安な気持ちになってくる。
沢山の人の目が、私とセオドアに向かって降り注ぐ緊張感の中で、何一つ、問題なく、事前に決められた演出を正確にこなすことが自分に出来るんだろうか……。
――考えただけでも、凄く緊張してくるし、当日、パニックになってしまいそうで。
【何て言うか、今考えても、ファッションショーのモデルに関して、気軽に安請け合いをしてはいけなかったのでは……?】
と、1人、焦りながら、オロオロしてしまう。
そんな私に、デザイナーさんは、あくまでも優しい雰囲気で、にこにこと笑みを溢しながら……。
「皇女様、難しいことを考えて、今から不安に思わなくても、大丈夫ですわ。
周りにいる人間なんて、誰一人、気にしなくても良いんですっ!
特別なことなんて何もしなくても、騎士様に対して、普段通りに振る舞って貰えれば、それで最大限、皇女様の魅力が周囲に伝わると思いますし。
騎士様も皇女様のことだけを見て、いつもの感じで歩いてくれれば問題ないと思いますわっ!」
という、力強い言葉で慰めてくれた。
【セオドアに対して、普段通りに接するだけでいい……】
――それなら、確かに私にも出来るような気がするけど、本当にそれだけで良いのかな……?
特別なことなんて、何もしなくていいと。
自信満々に声を出してくれるジェルメールのデザイナーさんの方を見ると、本当にそう思ってくれているのが分かって、わたし自身、凄く勇気が貰えた気がしてくる。
そうして、まだまだ、わたし自身、ファッションショーのモデルが務まるのかという面で、心配する気持ちはあるものの。
『今の自分に出来る限り、精一杯、頑張ろう……』と、心に決めていると……。
「一応、モデルとして、歩き方や姿勢、ポージングの練習など、最低限のことのみを抑えておければ、あとは、そこまで緊張するほどのことではありませんわ。
まぁ、これに関しても、皇女様はきちんとしたマナーで、既に綺麗な歩き方については普段からされていますし。
騎士様はその立場から、多少、武骨さが感じられても、今回のテーマに対して大きく逸脱していなければ問題ありませんので、気楽に考えて下さいな……っ!」
と、デザイナーさんからフォローするように、優しい言葉をかけてもらえた。
それから、セオドアの衣装や、わたしの衣装に関しても、色々と案を出し合って……。
だいぶ、ファッションショーについての打ち合わせに関しても、どういう風にするのか、大筋の話が纏まった頃……。
同じく、男爵夫人のクッキーの販売に関しても、どういうパッケージのもので、1回の販売個数に関してもどうするのかなど、細かい話は、粗方決まったみたいだった。
……お昼から、途中休憩を挟みながらではあるものの、殆どずっと喋りっぱなしだった所為もあってか、私自身、結構、疲労がたまってしまっていたし。
きっと、みんな同じように疲れを感じていると思う。
ただ、私やセオドア、それからジェルメールでクッキーを販売する男爵や夫人など、打ち合わせをしている面々に関しては、まだ人と話しているだけ、時間が経つのも早く感じたけど……。
その間、ずっと待っているだけだった、アルやローラには本当に申し訳ないことをしてしまった気がする。
それでも、まだ、ローラは、私やデザイナーさんが『ファッションショーに着る衣装について、女性の目線からして、どう思う?』と、相談に乗って貰ったタイミングが幾つかあったんだけど。
アルは、服自体にあまり興味がないということもあって、特に口を挟むようなタイミングもなかったし、本当に退屈だったんじゃないかな。
「アル、待たせてしまって本当にごめんね。……疲れてない?」
全体の打ち合わせに関して、段々と終わりの雰囲気が漂ってきて、そろそろ、お開きになりかけたタイミングで、アルに向かって謝れば。
「うむ、ファッションショーとかいう催し物については、初めて聞く単語だったし。
僕にとっては、もの凄く興味深かったのでなっ!
お前達の話を聞いていたから、特に退屈していた訳でもないし。
何度かやってきた新人スタッフとやらに、紅茶のおかわりを沢山貰ったから、特に疲れてもないぞ」
という言葉を返してくれて、ホッとする。
アルがそういう風に言ってくれる人で本当に良かった……。
……って、厳密に言うのなら、アルは、人ではなくて精霊だから、そういう風に言ってくれる精霊、の方が正しいかも。
私が内心で、もの凄くどっちでもいいことを考えながら。
みんなの様子を見つつ荷物を纏めて、椅子から立ち上がり、ジェルメールのデザイナーさんにお礼を伝えて帰ろうとしたタイミングで……。
「……ヴァイオレットさん、皇女様とのお話中、本当に申し訳ありません。
お客様がいらっしゃいました」
と、ドタバタと慌てたように、スタッフルームの扉を開けて入ってきて、ジェルメールのデザイナーさんに向かって声をかけてきた人がいて、私は思わず反射的に、声のした方へと視線を向けた。
……というか、今、初めて知ったけど、ジェルメールのデザイナーさんの名前って『ヴァイオレット』っていう名前だったんだ。
デビュタントの時の招待状に関しても、ハーロックにお願いして手配して貰ったから、その名前については、今まで知ることがなかったんだけど。
思いがけないタイミングで知ったことに驚きつつ。
【何か緊急事態でも、起きたのかな……?】
と声の主を見れば、見慣れない緑色の髪をしたスタッフさんが、どこか困ったような視線でジェルメールのデザイナーさんの方を見ていて……。
私は、今日、ジェルメールのデザイナーさんが、珍しい緑色の髪をした青年が新人のスタッフとして入ったと言っていたことを思い出した。
ということは、彼が、今日一日、接客の担当をしていたという新人のスタッフさんなのだろう。
年齢は16~18歳くらいだろうか……?
何て言うか凄く失礼かもしれないけど、その輪郭がぼやけているというか……。
あまり、印象に残らないような顔立ちをしているその人に、ぼんやりと視線を合わせていると。
「まぁっ……! そんなに慌てた様子で入ってきて、一体どちらのお客様がお見えになったのかしら?
どんなに急いでいても、スタッフの動きに関しては“常に”お客様が、見ているものよ。
店内では心に余裕を持って、エレガントになるよう、なるべく優雅に歩きましょう」
と、デザイナーさんが、緑色の髪をした青年に向かって全く嫌味のない注意をするのが聞こえてきた。
「申し訳ありません。
その、……出来れば、直ぐに、呼んできて欲しいと頼まれてしまいました、ので。
以後、気をつけるようにします」
「えぇ、次回から、気をつけて下されば別に構いませんわ……っ!
ですが、困りましたわね、これから、私自身、皇女様や皆さまのお見送りがありますし。
他のスタッフでは、対応出来そうにない案件ですの?
もしかして、クレーム対応かしら……?」
「いえ……、それが……その、僕にも、何がなんだか、よく分からなくて。
先輩のスタッフから、とにかく、早くヴァイオレットさんを呼んできて欲しいと……」
そうして、何とも煮え切らないような感じで事情を説明してくる、困惑したような、新人スタッフさんのその態度に。
普段から明るい表情を浮かべていることの多いデザイナーさんが珍しく、一瞬だけ、眉を寄せて。
困ったような表情になったのを、察知して……。
「あの、私達は別に構いませんので、何か問題が出てきてしまったのなら、そちらの対応をして下さい」
と、声をかければ。
直ぐに、どっちを優先すればいいのか、即断即決してくれたのだろう。
「申し訳ありません、皇女様っ……。
出来るだけ、直ぐに戻ってきますので、待ってて頂けますか……?」
と、声を出して、デザイナーさんが、スタッフルームから出ようとしたタイミングで……。
「……っ、ヴァイオレットさん、申し訳ありません。
中途半端に彼にお願いして、呼びに行って貰ったのは私なんです……!
建国祭でのファッションショーも間近に控えいるからか、ライバル店でもある“シベル”のデザイナーが、敵情視察に来られました……っ!」
という、別の、見慣れたスタッフさんの声が聞こえてきて、その内容に私は思わずキョトンとしてしまった。