326 王都で流行りの詐欺
みんなで皇宮を出て、ジェルメールに着くと。
いつものように……。
「皇女様っ、お待ちしておりましたわ~!」
と、お店の前で今か今かと待ち望んだ様子で、私を見つけた瞬間、駆け寄ってくれて。
満面の笑顔で私に抱きついてきてくれた、デザイナーさんから熱烈な歓迎を受けてしまった。
その熱い抱擁に、初めて見たエリスのご両親である男爵や夫人だけではなく、商人さんも目を白黒させて驚いた様子だったけど。
私からすると、フランクな態度でスキンシップをして貰えるのは普通に嬉しいし、普段通りのことなので、特別、気にすることもなく……。
明るいデザイナーさんにつられて、思わず自分も、ニコニコとしてしまう。
この間、ジェルメールに来た時は、近隣に出来た迷惑な店舗のクレーム対応などに追われて、お店自体を閉めていると言っていたけれど。
今日は、通常通りに営業がされていて、店舗内はそこそこのお客さんで賑わっていた。
ジェルメールのデザイナーさんに案内されて、スタッフしか入れない専用の部屋へと向かう途中、一般客として来ていた令嬢や夫人の顔色がサッと変わり、一瞬だけザワっとしたあと。
何故か、私に向けて、チラチラと気に掛けてくるような視線を一斉に浴びせてきて、何て言うか居心地が悪いというか……。
正直、針のむしろのような感じだったから、直ぐにお店の裏側に案内されたことで、私は内心ホッと胸を撫で下ろす。
といっても、もの凄く注目を浴びて声をかけてくるというよりは、みんな何か含んだような目線で、遠巻きに私のことを見てきたり。
何人かの令嬢が固まって、明らかに私の方を見ながら、コソコソと私には聞こえない小声で何かを話している場面に遭遇したりしただけなんだけど……。
「……??」
【一体、どうしたんだろう……?】
と、頭の中で疑問に思ってしまっていたことが、隠しきれずに、顔に出ちゃってたのか。
私が1人、困惑している様子を見て……。
「皇女様が、今日、お店に来ること自体、うちのスタッフ以外は誰も知らなかったですし。
突然のことで、みんな驚いたんですわっ……!
うちに来ているお客様の中には、熱狂的な皇女様のファンが多いですから……!
嬉しいサプライズに、本来なら、話しかけたい所、どうやって距離を詰めればいいのか分からなくて、全員がジリジリとした様子でお互いに牽制し合って。
もうっ、本当に、いじらしくて可愛い子達ですわよね……っ!」
と、デザイナーさんから、朗らかな回答が返ってきて、私は思わず目を見開いてしまった。
【そ、そんなことが本当にあるのかな……っ?】
そういえば、前にジェルメールに来た時も。
デザイナーさんは、私のファンだという令嬢達が多くて『もしも私がお店に来たら、きっと取り囲まれるんじゃないか』って、言ってくれていたような気がする。
きちんとした事情を説明されても、目の前でマジマジとファンが多いと伝えられても。
特に、世間一般の私の評価って最悪なもので……。
今までの自分が、あまり誰かから好意を向けられることがなかった為にどうしても『本当なのかな……?』という懐疑心のような物が一番に出てきてしまうんだけど。
そう言われて思い返してみると、確かに、私のことを遠巻きに見てくる彼女達の視線は、決して悪い物では無かったと思う。
どちらかと言うのなら、困惑したりだとか、興奮した様子で、今にもうるうると泣き出しそうな感じだったり、そういう表現の方がしっくり来るだろうか……。
表現の仕方は、ちょっとだけ違うかもしれないけど。
それこそ、普段、お兄様やルーカスさんが、貴族のご令嬢達から見られているような“熱の籠もった視線”に近いものを感じるというか……。
で、でも、一般的に見て、女の子同士でそういう視線が向けられることって普通は無いと思うし、それとはまた全然違う、よね……?
「あ、あの……、私に、熱狂的なファンがついて下さってるのは凄く嬉しいなって、感じるんですけど。
その、異性間とか、そういうのならまだ分かるものの、同性同士でもそういうのって、起こりうるものなんでしょうか……?」
そうして、戸惑いつつ、デザイナーさんに向かっておずおずと声をかければ。
真っ直ぐに私の目を見た、ジェルメールのデザイナーさんから……。
「ええ、皇女様、全然珍しいことではありませんわよっ!
例え、同性であろうと異性であろうと、ファンはファンっ!
それが、その人の手によって生み出された作品に向けたものもあれば、その人の人となりを知って、ファンになる場合もありますし。
時には、その両方の場合も……。
どんな物であれ、人であれ、自分が好きな物や、崇めているような方が急接近してきたら、興奮する気持ちが、抑えられないものですっ!
時には、感極まって泣き出してしまうようなこともあるでしょう。
それが、カリスマというものですわ……っ!」
と、熱弁されて、私は驚きに目を見開いたあとで……。
【そ、そういうものなのかな……、】
と、思ってしまった。
あまりにも、世間一般の目線から見た、今までの自分の像とかけ離れすぎていて。
直ぐに、そうなのかもしれないと納得する事は難しいけれど、それでも、そういう風に思ってくれている人がもしもいるのだとしたら、凄く嬉しいと思う。
そういえば……。
オリヴィアも最初に私に話しかけてきてくれた時は、少し声が上擦っていたような気がするから、今思えば、あれは私に対して好印象を持ってくれていたことの何よりの証だったのかも……。
「あの、そうなんですね。
もしも、私の作った洋服のデザインで、そういう風に思ってくれている人がいるのなら、本当に嬉しいです」
それと、同時に、何て言うか……。
『自分にも、そんな風に思ってくれる人がいるんだなぁ……』という事実に、急に気恥ずかしくなってきてしまって、1人はにかみながら声をあげれば。
「はぁっ……、私、最近しみじみ思うんですけど、本当に、可愛いって罪だと思いますわ。
身近で、色々な方を見てきたからこそ、言うんですけど、こういう時の笑顔も滅茶苦茶、素敵ですし。
私、皇女様って、凄くモデルに向いていると思いますのっ!
何なら、本当は、建国祭のファッションショーのモデルだけではなくて、うちの季節ごとにコレクションとして出している冊子のモデルもお願いしたいくらいですし。
皇女様が皇女というお立場でなければ、うちの広告塔として、いの一番にお願いするんですけど……」
と、もの凄く残念そうに溜息を吐きながら、そう言われてしまった。
あまりにも、残念そうにそう言われたから、気を遣ってそう言われた訳ではないと傍から見ても分かるくらいで……。
本心でそう言ってくれているのは理解出来て、私は『ありがとうございます』と微笑みながらお礼を伝える。
私自身、自分が“赤”を持ってることで、どうしても世間的に良く思われないだろうなっていうのは分かっているんだけど。
それでもこうやって、特に赤に対して忌避感を持っていない人から、手放しに褒めて貰えると凄く嬉しいと感じるし。
ジェルメールのデザイナーさんは、いつも本当に感情表現が豊かなほど、明るくパワフルで……。
会話をしていると、自然に元気を分けて貰えるような感覚がしてくるから、不思議だなって思う。
歩くパワースポット、って言ったら大袈裟かもしれないけれど。
――私のことを思って、本心から言葉を伝えてくれるのが、分かるからかもしれない。
「そういえば、話が変わって申し訳ないんですけど。
近隣の店舗の妨害や、お店に来るクレームの方は少しずつでも収まってきましたか、?
一応、お父様にお願いして、この間、皇室から正式な抗議をして貰ったのですが……。
あれから、どういう感じになってるかなって、気になって……」
そうして、会話が途切れたタイミングで、私はジェルメールのデザイナーさんに、自分がずっと気にかけていた事を問いかけてみることにした。
一応、あれから、お父様は直ぐに動いてくれて……。
ハーロックを通して、皇室から抗議文を出してくれたんだよね。
お父様の優秀な執事は、その処理も完璧で、私がお願いしておいた『どこかのゴシップ誌に取り上げて貰うことは出来るのか……』という提案も、スマートに叶えてくれた。
皇室から正式な抗議があった翌日には、一紙だけではなく、何紙か取り上げてくれていたと思うから……。
市井でも“結構、大きな話題”にはなったと思う。
私が心配して声をかけると、ジェルメールのデザイナーさんは『えぇ、皇女様にお力添えを頂いて、本当に助かりました……っ!』と、感謝するように、私に頭を下げてくれたあと。
「件の店舗に関しては、皇室が正式に抗議をしてくれて、ゴシップ誌にも取り上げて貰えたからか、半ば夜逃げ同然のような形で、お店をもぬけの殻にして、撤退して行きましたの……!」
と、私達に、隠すこともなく明け透けに事情を説明してくれた。
その言葉に驚いて、目を見開けば……。
眉を吊り上げて、怒りに満ちあふれたような表情になった、デザイナーさんの口から。
「……本当に、立つ鳥、跡を濁しまくりでっ……!
迷惑、この上ない人達でしたわっ!
この辺の不動産を持っている業者さんが、呆気に取られて、家賃に関しては泣き寝入りするしか方法がないかもと、嘆いてましたし」
という言葉が、続けて降ってくる。
今の今まで、まさか、そんなにも杜撰で酷いことになっているとも思っていなかった私は、びっくりする事しかできないんだけど。
もっと、驚いたのは、ジェルメールのデザイナーさんからその情報を教えて貰ったからというだけではなく……。
「も、もしかして、それって……っ。
最近、流行りだしていると噂の、“詐欺の手口”ではないでしょうか……っ!?」
という声が、別口から、かけられたからだった。
思わず、声の主を確認するように、そっと視線を動かせば……。
さっきまで、私達の遣り取りを緊張した面持ちで聞いていた、エリスのお父さんである男爵が、これでもかというくらいに驚いた様子で目を見開いて、横から介入する形で情報を教えてくれていて。
その言葉に、エリスが……。
「ちょっ、……お父さん……っ。
やめてよっ……。こんな所で、急に大声だしてっ、……恥ずかしいってば……っ!」
と、顔を真っ赤にして、慌てて男爵の肩を肘で小突いたのと、この場にいる私達全員から視線を向けられた男爵が『……コ、コホン』と大袈裟に咳払いをしたのは殆ど同時で。
私は思わず、首を傾げながらも……。
「あの、詐欺の手口というのは、一体、どういうことなのでしょうか……?」
と、話の続きを促すように、男爵に向かって問いかける。
「い、いえ。
それが、私達にも、その全容に関しては、よく分からないのですが……。
実は、在る日、突然……、不動産業者から、身に覚えの無い家賃の請求書が届きまして。
ほらっ、自慢じゃありませんが、我が家というのは、主に私の所為なんですが、借金まみれの家でしょうっ……!?
冷静に考えてみると、王都周辺に、お店を構えるだなんてことが出来るはずがないのに、何故かお店を借りているだなんてことが起きてましてっ……!
……あぁ、大変だっ! きっと何かの拍子に間違って契約してしまったんだっ、直ぐにお金を払わないとっ!
って、慌てていましたら、うちの家内が……、あなた、絶対にあり得ないでしょっ!
何かの間違いだから、一度問い合わせてみた方が良いわよって、一喝してくれまして……」
私が質問をしてみると、直ぐに男爵は事細かに、あわあわと慌てた様子で、当時のことを一から説明してくれた。
男爵の話を、要約して噛み砕いてみると……。
在る日、突然身に覚えのない請求書が、王都周辺の不動産屋から届き。
絶対に、借りるだなんてあり得ないお店を、自分の名義で借りたことにされていて、驚いて不動産屋に問い合わせたところ……。
地方に住んでいる自分の名前を出した上で、そこの使者であると口八丁で騙し、不動産屋さんをある程度信用させた上で、全く関係のない見ず知らずの人間が、男爵名義でお店を借りていたというのが発覚し。
まるで、善人を絵に描いたようなエリスのお父さん、男爵は、自分の名前が勝手に使われていたことに責任を感じて、不動産屋さんと一緒に事態を調べていくうちに……。
何件か王都でも、似た様な手口で既に被害に遭っている不動産屋があるのが分かったということで。
そこから、一度だけではなく、既に何度も行われている組織的な犯行とも呼べる集団での詐欺だということが発覚した、と……。
「王都でも、人気の高い店の2号店を装って出していることといい。
その経営自体が、中身などない張りぼてのような物だということも、そうですし……。
問題が徐々に大きくなっていった、そのタイミングで手を引いて、全てをもぬけの殻にして夜逃げするなど。
今の皇女様達達の会話を聞いていると、私が直面したその手口にそっくりで……。
つい、黙っておられず、お二人の遣り取りに口を挟んでしまいました」
そうして、話を纏めるように、一生懸命に声を出してくれた男爵に。
「しっかりと事情を話して下さり、ありがとうございます。
私の方からもお父様に、そのような詐欺が横行しているということは、伝えておきますね」
と、声をかければ。
ハンカチで、額から出た汗を拭いながら……。
「皇女様、ご配慮して下さり、本当にありがとうございます。
きっと、被害にあった不動産屋も、陛下が率先して動いて下さると知れば、気持ちの面で少しでも浮かばれるでしょう」
と、男爵から、改めて頭を下げられながら感謝されてしまった。
変な話、男爵も自分の名前を勝手に使われて、被害を被った側の人であるにも関わらず。
自分よりも不動産屋さんのことを心配している姿を見ていると、何となく騙されやすい雰囲気に『大丈夫なのか……』と、心配にはなってくるものの、本当に善良な人なんだなぁ、と思えてくる。
「ですが、本当に許せないですね……。
となると、皇室から抗議されたというのは関係なく、時期を見て撤退をするというのは事前に決めていたんでしょうね……っ!
道理で、あれだけ世間から注目されている中、夜逃げするスピードだけではなく、行動に一切の迷いがない訳ですわ」
それから、ジェルメールのデザイナーさんが、まるで自分のことのように憤っているのを聞きながら……。
私達が着いていた席に、ジェルメールのスタッフさんが“人数分の紅茶のティーカップ”を用意しに来てくれたのを感じて。
私は思わず、反射的に『ありがとうございます』とお礼を伝えて、頭を下げる。
「あれ……?」
そこで、ちょっとした違和感に気付いて、目を見開いた私は。
突然、私が不思議そうな声を出したことで『どうしたのか……』と、此方へと注目してくるこの場にいる全員の視線に、困りながら、照れ笑いをするように、口元を緩めた。
「いえ、大したことではなかったんですけど。
初めて見るスタッフさんだったので、気になって。
……もしかして、新しい方を雇ったんですか?」
どうでもいいことと言えば、本当にどうでもいいことで、全然、大した事ではなかったんだけど……。
みんなから、注目されてしまった以上は、今感じたことを話さない訳にもいかなくて。
見慣れないスタッフさんに、疑問を感じながら、正直に、自分の思ったことを伝えると。
「えぇ、そうなんです。
建国祭までには、そこまでもう、日にちもないですし。
お恥ずかしい話、ファッションショーで用意する予定の服だけではなくて、季節ごとに出す新作も作らなければいけない切羽詰まったような状況なので……。
この機会に、うちで働くスタッフの人数を少し増やしたんですの。
今、紅茶を持ってきてくれたこの子も新人ですし、今日、店頭でお客様と接客をしている、珍しい緑色の髪をした青年もうちの新人ですわ」
と、ジェルメールのデザイナーさんから返されて。
私は、私達に向かって紹介されたことで、緊張した面持ちで『にこりと、会釈』をしてくれた、紅茶を持ってきた彼女に対して、挨拶をするつもりで、笑顔を返した。
どこか初々しい感じはあるものの、新人さんとは思えないほど、キビキビとして、そつの無い動きをしている彼女を見ながら……。
確かに、最近になって、近隣店舗の妨害があった訳だし、建国祭までに日にちがあまりないことを思えば、それに伴ってスタッフさんを増やすのは何ら可笑しいことではないよね、と思いなおす。
「新人のスタッフですし、細かい所を見れば、まだまだ、粗が目立つかもしれないけれど。
みんな、夢があって、働く意欲を持っている子達ばかりですから、温かい目で見て、是非ともご贔屓にして欲しいですわ~!」
そうして、満面の笑顔を浮かべたジェルメールのデザイナーさんに、そう言われて、私も同意するようにこくりと頷き返した。
正直、さっきは“自分のこと”にいっぱいいっぱいで、接客をしているという緑の髪をしたスタッフさんにまでは、目がいかなかったけど。
ジェルメールのデザイナーさんがそう言うっていうことは、新人さんと言えども、期待されているような人達なんだろうし。
いつも思うけど、本当にジェルメールはアットホームというか、温かい職場だな、って感じることが多い。
内心でほんわかしながら、私達に丁寧にお辞儀をして出て行った新人のスタッフさんを見送ったあと……。
ここに来るまでに、雑談をする感じで話をして、本題が少し遅くなってしまったけれど、肝心な話をしなければいけないと、改めて気を引き締める。
「それでは、早速なんですけど、本題に入っても構わないでしょうか?
まずは、男爵夫人の作った、クッキーについてなんですけど……。
細かい金銭の遣り取りや、その販売方法、領地から王都までの流通経路も含めて、正式な契約書を交わす所まで、お話させて貰えると嬉しいです」
そうして、ジェルメールのデザイナーさんに『相談』するような形で。
私自身、不慣れながらも音頭を取って、エリスのお母さんである夫人と、デザイナーさんのことを交互に見ながら声をかければ……。
デザイナーさんの隣に座ってくれていた、ジェルメール内にあるカフェ部門の職人さんも、話を聞く為に前のめりになってくれたのを感じて。
『一先ずは上々の滑り出しかも……』と、私は、内心でホッと胸を撫で下ろした。