325 エリスの家族との再会
それから……。
「アリス様、いっぱい、お洒落をしましょうねっ……!」
と、私がお願いしたことで、もの凄く嬉しそうにしてくれながら、声をかけてくれるローラに、今日の自分の髪のアレンジをどうして貰おうか、相談しながら。
ローラが、私の髪の毛を櫛でとかしてくれている間に、不意に思いついて……。
私自身、今日まであまり使えていなかった、この間、エリスのご両親に誘われて参加したお祭りで、セオドアにプレゼントをして貰った“紺色のリボン”のことを思い出して、折角だから、今日はそれを付けて貰うことにした。
紺色なだけで、柄は全然入っていないシンプルなリボンで、色に派手さがないから主張しすぎないけど、私の髪の毛が赤い分、目立たない訳でもなくて……。
ローラにボリュームを出して貰いながら、髪の毛のバランスを見て、高い位置で後ろに付けて貰うと、それだけで普段とは違って特別な感じがしてくる。
「セオドア、このリボン、お祭りでプレゼントしてくれてありがとう。
本当に、とっても可愛くて、凄く嬉しいな……っ!」
そうして……。
手慣れたローラのアレンジによって、自分の髪の毛がいつもとは違う感じで華やかになったのが嬉しくて、ふわふわと、口元を緩めながら、改めてセオドアにお礼を伝えると。
「姫さんが、気に入ってくれたんなら良かった。
本当によく似合ってる」
という言葉を、セオドアにかけて貰えて、思わずパァァっ、と明るい表情になりながら……。
更に、にこにこしてしまう。
ローラもセオドアもいつも優しくて、穏やかでふわふわとした柔らかい雰囲気が、部屋の中いっぱいに満ちていくような気がして……。
心の中まで、ぽかぽかと充足感に包まれて、改めて幸せだなぁ、と感じていると。
「アリス……っ。
つい、本を読むのに熱中していて、遅れてすまない。
……確か、今日は、ジェルメールに行く日だったよなっ!?
時間は、まだ、問題なかったか……?」
と、アルが私の自室の扉を開けて、慌てた様子で入ってきてくれた。
その言葉に……。
「うん、心配しなくても、まだ全然、時間は大丈夫だよ。
アルは、今日は、何の本を読んでいたの?」
と、声をかければ。
私の言葉に、珍しく、ホッと安堵したように吐息を溢すと……。
「うむ。
この世にある、ありとあらゆる物に関して、人間が研究している論文などに目を通していたのだが……。
その中の一つに、中々、興味深い記述があって、少しだけ読むのに没頭してしまっていた。
例えば、何も知らぬと思っていたが、人間は“四元素”という概念を、随分前に発見していたとされていてな。
……面白いのが、石を手から離せば自然に地面へと落ちるという現象に対する原因として、“石を構成する土元素”が、本来の位置である、地へと戻ろうとする性質を持っていると考えたらしい。
そうして、物体を構成する土元素が多いものほど重くなり、それだけ早く地面へと落下するというようにな」
と、私には、さっぱり分からない難解な言葉の羅列で説明してくれた。
あまりにもその内容が分からなさすぎて、頭の中でそれらを噛み砕いて理解しようとするのも、凄く難しいんだけど……。
四元素っていうのは、前にもアルに聞いていた通り、『地、火、水、風』の四つの元素のことだよね?
私自身、手から離れたものが、地面に落ちるだなんてこと、それこそ当たり前のように思っていて。
……その原因については、一切、考えたこともなかったけど。
「えっと、それの何処が面白いの……?」
と、困惑しながら、アルに問いかければ。
アルは、キラキラとした表情を浮かべながら……。
「うむ、四元素がこの世のありとあらゆる物を構成しているというのは、別に不思議なことではないんだが。
それによって、“物資に土元素が含まれているから、元の場所へ戻ろうとする力が働いている”などという考え方になっているのが、間違っているのだが、面白くてな。
……人間は、本当に考えるということが好きな生き物だ。
物が地に落ちるのは、空間を隔てた物同士が引き合う引力によるもので、土元素とは何の関係もない。
全ての物体間に働く引力の大きさは、物体の質量の積に比例し、距離の二乗に反比例する。
そこまでの考えに至るようになるまでは、恐らくもっと長い時間がかかるだろうな。
人間の歩みは、遅いながらも、間違いを繰り返して、物事の本質に辿り着こうとする軌跡が見えて興味深い」
という言葉が返ってきた。
あまりにも専門用語すぎて、一応、皇族として人よりも勉強の機会に恵まれているとは思う私でも、詳しく説明されても、ちんぷんかんぷんなんだけど。
こんなに興奮しているっていうことは、アルからしてみると、本当にもの凄く興味深い文献だったのだろう。
――その内容自体は間違っているけど、考え方としては凄く面白いっていう感じなのかな……?
というか、今、アルが言っていることをっ。
この世界の学者さんなんかに聞かせると、その道にある程度詳しくて理解出来る人からすれば、それこそ世紀の発見ともとれるような事なんじゃないだろうか……。
だって、私自身は、アルの説明に今ひとつピンとは来ていないけど。
今まで、ある程度、仮説を立てて『こういう風になっているだろう』っていう、どこかの偉い学者さんが発表して一般化され、定説になっているものを、多分、根本から覆すようなもの、なんだよね?
それこそ、お父様にでも報告したら、大変なことになりそうな気がする。
流石に精霊でもあるアルが、世間から一気に注目を浴びて、目立つようなことになってしまったら大変だから、このことについては黙ってた方がいいとは思うんだけど……。
何て言うか、こんな感じで、時々、アルは……。
自分のやっている事や、言っていることに『もの凄い価値』があるのだということを。
ナチュラルに特に意識することもなく、私に対しても周りに対しても善意で説明してくれることがあるから、たまに、凄くハラハラして、心配で気が気じゃない時がある。
以前、アルに言われたようなことも、パッと直ぐに出てこないものの。
――もしかしたら、その言葉の中に、実は世界的に見ても、世紀の発見とも取れるようなお宝が幾つも埋まっているのでは……?
と、考えてしまう。
ただ、どうやっても、私ではそれらを生かすことも、扱いきることも出来ないと思うから、残念な気持ちと……。
達観していて、世界の理に関して、大抵のことを知り得ているアルのことを思うと、ちょっとだけ、勿体ないな、とは感じるけど。
それでも、アルや精霊さんたちのことを思えば、静かに暮らす方を望んでいるだろうし、必要以上に目立ってしまうようなことは避けた方がいいんだろうな……。
「そうなんだね……。
私には難しすぎる内容で、アルの言っていることは、ほんの少ししか理解することが出来なかったけど。
アルがその文献を読んで、面白く感じたのなら良かった」
それから、少しだけ悩んだあと、アルに対して、率直に自分が思った言葉を返せば。
アルは、話を聞いて貰えただけで満足だったのか、上機嫌で……。
「うむ、久しぶりに退屈もせずに、有意義な時間を過ごせたぞ」
と、にこにこと私に声をかけてくれた。
その姿に『アルが楽しく過ごせたのなら本当に良かったなぁ……』と、自分のことのように嬉しく感じつつ。
暫くそうして、みんなとの時間を過ごしたあと……。
お昼ご飯を食べて、出かける準備もきちんと整ったタイミングで……。
控えめに、自室の扉をノックする音が聞こえてきた。
「アリス様、私です。……入室しても宜しいでしょうか?」
それから、間髪を入れずに降ってきた、聞き慣れたエリスの声に……。
私が『どうぞ』と声に出して扉を開けに行くよりも先に、私の反応を確認して一度頷いてくれたセオドアが、扉をスマートにサッと開けてくれた。
「……帝国の可憐な花に、ご挨拶を。
こ、皇女様、お久しぶりでございます……っ!
この度は、我々をわざわざ皇宮に招待して頂き、誠にありがとうございます」
そうして、扉が開いた瞬間。
久しぶりの再会になるからか、もの凄く、緊張した面持ちで、思いっきりカチコチと身体を強ばらせながら、此方に向かって挨拶をしてくれているエリスのお父さん、……男爵の姿と。
それから、夫人、エリスの姉弟でもある子供たち2人と、一緒に来てくれていた商人さんの姿を確認して……。
私は、彼らの恐縮したような雰囲気と、張り詰めたような緊張がほんの少しでも和らぐように、ふわっと微笑みかけたあとで。
「いえ……。
急遽、遠い所から、此方までお越し頂いて、本当にありがとうございます」
と、声をかける。
なるべく穏やかな声色を意識して、話しかけたお蔭もあってか。
私の姿に、少しだけ緊張が解れた様子ながらも、恐縮したような雰囲気はそのままで……。
「皇女様っ、……エリスから聞きました。
今日は、私たちがお昼を王都で食べる分のお金まで出して頂いて……っ。
久しぶりに愛娘に会えただけではなく、王都で素敵なレストランで食事もと、細かい所まで色々とご配慮して頂き、本当に何てお礼を伝えたらいいかっ!
申し訳ありません……っ」
と、男爵の横で、慌てたようにエリスのお母さんでもある夫人から、平謝りするように頭を下げられて。
私はブンブンと両手を顔の前で振って『……とんでもないですっ!』と声をあげた。
実は、エリスには、この間夫人に貰った着物やクッキーのお礼にと、好きな所で食べて貰えるようにお金を渡してたんだよね。
勿論、それで私に遠慮したエリスが、お金を返そうとして、あまりよくないお店でご飯を食べたりしなくても済むように『余ったら“そのお金”は、エリスの物にしてくれたら良いからね』と言い含めて……。
わざわざ、私に返さなくてもいいという事を、しっかりと事前に伝えておいたから。
夫人の言葉で、みんなで、きちんとした所で食事をしてきてくれたと分かって、内心でホッとする。
「この間、夫人に頂いた美味しいクッキーや着物に対するお礼でもありますし。
私が好きでしていることなので、どうか気にしないで下さい。
それより、折角エリスに久しぶりに会えたのに、あまり時間を取ってあげられなくて申し訳ありません。
王都での観光は、楽しめましたか……?」
そうして、にこりと笑顔を浮かべながら、男爵のみならず夫人や子供たちへと視線を合わせて問いかければ。
「えぇ、こういった街中に来ること自体があまりにも久しぶりすぎて。
恥ずかしながら、まるで、おのぼりさんにでもなったような気分で……っ。
年甲斐にもなく、思わず、はしゃいでしまいましたっ……!」
という照れたような言葉が、男爵から返ってきて、私はその発言にほっこりとしてしまった。
何て言うか、前に皇宮の馬車に乗った時のエリスの反応を思い出して『やっぱり親子なんだなぁ……』と。
そこに、確かな血の繋がりのようなものを感じて、微笑ましくなってしまうというか……。
エリスの家族って、誰をとってもみんな凄く温かくて、本当に絵に描いたような理想の家族だと感じてしまう。
「あ、あの、皇女様。
……私達にまで、お食事の料金を出して頂いて、ありがとうございました」
「あ、ありがとうございました……っ!」
そうして、エリスの妹さんから丁寧にお礼を言われたあとで、お姉ちゃんの反応を追うように、慌ててガバッと頭を下げてくるエリスの弟さんの、2人のその仕草にキュンとして……。
私は思わず癒やされて、ゆるゆると口元を緩めた。
一応、巻き戻し前の軸のことも考えたら、精神年齢的には、もう“いい大人”だから……。
自分よりも歳が下の12歳くらいの女の子と10歳くらいの男の子の『こういった、年相応』とも取れるような仕草を見ると、どうしてもお姉さんになった気持ちで、可愛いなぁ、とほんわかしてしまう。
そう考えると、ギゼルお兄様は、ウィリアムお兄様の背中を追って、大人っぽくなろうと“もの凄く、努力している”節があるし。
ウィリアムお兄様は、どんな時でも冷静沈着といった感じで、大人びすぎていたから……。
皇宮の中で、私自身が、あまり子供っぽくなくても、全くと言っていいほど、誰かから怪しまれるようなことも、目立つこともないんだけど。
――この年代の子達ってやっぱり、こういう感じなのが普通なんだよね……?
彼女達のお礼の言葉に『気にしないで欲しい』と声をかけたあと。
「いやぁ、皇女様……。
何て言うか、ただ付いてきただけの自分まで、遠慮無くご馳走になってしまい申し訳ありません」
と、頭を掻きながら、此方に対して、申し訳無さそうにしてくれたのは、お祭りの時に会ったエリスの家族とも縁が深い商人さんだった。
彼に今回来て貰ったのは、夫人が作ってくれたクッキーをなるべく迅速に届けるために、エリスの実家の領地と、王都間を繋ぐ為の流通経路に関して助力を願いたいと思ったからだったし。
これからお世話になるということに変わりなく、1人、人数が増えた所で問題はないので……。
私は『いえいえ……っ!』と声に出したあとで、ふるふると首を横に振った。
それから、改めて、みんなの方を向いたあとで……。
「折角来て頂いて、本来なら皆さまにゆっくりと寛いで貰えるよう、皇宮で“おもてなし”をしたい所なのですが……。
ジェルメールでの約束の時間も迫っていますので、一度、皇宮内にある客室に荷物を置いてきて貰って。
慌ただしくなって申し訳ありませんが、早速、皇宮を発っても構わないでしょうか?」
と、おずおずと声をかければ。
私の言葉に反応して、直ぐにみんな、動いてくれることになった。
交流関係が広くないから、私自身のお客さんが皇宮に来て、なおかつ、泊まるということは本当に滅多にないことだけど……。
皇宮には、来客用に、泊まることの出来る客室が用意されているので、今回はみんな、そこに泊まって貰うことになっている。
半日だけじゃ、クッキーの販売に関して、きちんと纏まった話をするには『圧倒的に時間が足りない』と思うし。
そろそろ建国祭も控えているので、どうせなら、自分の領地への業務に支障が無い範囲で、暫くの間、滞在して貰って。
エリスの姉弟である2人の子供たちにも『シュタインベルク国内で開かれる催しものとして、一大イベントともいえる建国祭を楽しんで帰って貰ったらどうかな?』と、事前に話してみたら、そっちに関しても、もの凄く感謝されてしまった。
「エリス、男爵とご家族、それから商人さんを客室にまで案内して貰っても良いかな?
そのあと、馬車の置いてある外で合流しようか……?」
そうして、エリスにサッと目配せをしながら、彼らの案内をお願いをすると。
直ぐに……。
「承知しました、アリス様……っ!
何から何まで、私達のために気遣いをして頂いて、本当に、ありがとうございます」
と、エリスが嬉しそうに微笑みながら、声をかけてくれた。