324 2年後に起こる事件
みんなで古の森に行って、アルに手伝って貰いながら自分の魔力を身体に馴染ませる練習をして、また数日が経った頃……。
この間、ルーカスさんに連れて行って貰ったカフェで出会ったばかりの、クロード家の令嬢であるオリヴィアから、今日もお手紙が届いているとローラが私に持ってきてくれた。
元々、手紙を書くのが好きなタイプなのか、それとも、私ともう少し仲良くなりたいと思ってくれているのか。
とにかく筆まめで、頻繁に連絡をくれるオリヴィアとは、この短い期間中に、既に何度か遣り取りをしていて、ほんの少しずつでも、順調にその仲を深められていると思う。
今日も、送ってくれた手紙の内容にさっと目を通したあと。
忘れないうちにと……。
私は、返事を書く為に“瓶の蓋”を開けて、インクに付けたペンを、用意しておいた便箋に走らせる。
彼女との遣り取りは、その立場上、外にあまり出ることが出来ない私のことを考えてくれてなのか……。
今、市井でどういう物が人気で、流行っているのかという、そういったタメになるような情報を積極的に教えてくれたりだとか。
あとは、ジェルメールで、私のブランドとして出している洋服の話になったりだとか。
好きなデザインの話だけじゃなくて、もしも、それらを作るような技術があったら、本当は貴族の令嬢という立場を捨てて、自分で服を作ってみたいし、将来、デザイナーになってみたかったという……。
『自分の立場を考えると、絶対に叶えられることはないと思うけど……』
という、オリヴィア自身の夢を語って聞かせてくれたり。
私が王宮で暮らしていることから……。
現在23歳だというお父様の騎士でもあるジャンと、同じく皇宮に勤める騎士として、今年20歳になったばかりのクロード家の三男についての情報や、オリヴィアとの良好な家族関係の話を聞かせてくれたりだとか。
彼女から送られてくる“手紙”に綴られている言葉を見ていると。
その随所に、私が退屈をしないようにと、気遣いをしてくれているのが分かって……。
とにかく、話題には事欠かないというか、オリヴィア自身『話を広げるのが本当に上手だなぁ……』と、尊敬する気持ちが湧いてくる。
だからという訳ではないんだけど、私自身、基本的には、どうしても受け身になってしまっていて。
オリヴィアが面白おかしく書いてくれる、手紙の内容に同意したり。
市井で流行っているものがあれば『教えてくれて、ありがとう』だとか……。
『今度、機会があれば行ってみたい』と、お礼を伝えたりすることが圧倒的に多いんだけど。
いつも、そればっかりだと流石に申し訳ないから、ちょっとずつ、自分が皇宮で、普段どういう風に過ごしているのかとか……。
些細な日常生活でこういう事があって、という、取り留めの無いような話をしてみたりということも、自分なりに一生懸命に頑張って、増やしてみる努力はしていたりする。
特に、私の持っている話題の中で、オリヴィアが一番喜んでくれそうな“洋服”のことは、なるべく頻度を上げて手紙の中に取り入れてみたり……。
そういうことを、繰り返していると、本当に徐々にではあるものの、何て言うか段々と打ち解けてきている気がするし……。
周囲に“そういう人”がいない分だけ、私からすると、女の子のお友達って凄く貴重だから、この出逢いから始まった交友関係を大事に育てていきたい気持ちが湧いてくる。
――それから、もう一つ。
流石に、この先起こるであろう『未来』のことを知っているとは言えないながらも……。
なるべく、本心を悟られないようにと、騎士団のこともそれとなく、オリヴィアに質問してみると。
先に、オリヴィアの方から、お父様の近衛騎士でもあるジャンのことや、皇宮の騎士団に所属しているというクロード家の三男のことを手紙に書いて送ってきてくれていたからか。
私自身、思いのほか、スムーズに騎士団についての情報を得ることは出来たと思う。
といっても、やっぱりどうしてもオリヴィアを通してだから、クロード家に関わる情報について知る機会の方が圧倒的に多いんだけど。
でも、そこに関しては……。
世間から、知のエヴァンズと比較されて、武のクロードと言われているだけのことはあるというか。
オリヴィア自身が、代々、帝国に仕える騎士を多く輩出している名門に生まれているお蔭もあって、今の騎士団に関する情報は『普通の貴族の令嬢』が持っている知識にしては、充分すぎるくらい詳しくて……。
例えば、今の騎士団長は、帝国で働く官僚や上の人と、不必要な摩擦を生みたくないタイプで。
悪い言い方をするなら、胡麻を擂って権力者に媚びるというか……。
騎士団で働いている隊員のことを考えたら、絶対に良く無いっていうことも、主張することが出来なくて、上の人の言いなりになってしまうようなこともあるみたい。
それで、結構、最初に言っていたことと、やってることに食い違いが生じて、無茶なことを言いつけられて振り回されてしまって、騎士達の間では、その状態に辟易しているような人も多いんだとか。
それに関しては、想像した通りというか……。
私自身、巻き戻し前の軸の時も含めて、今の騎士団長に対してのイメージが、本当に“ぴったり”そういう感じだったから、あまり驚くこともなかったんだけど。
オリヴィアには、手紙の中で……。
『アリス様……っ!
騎士団長よりも、断然、副団長の方が、帝国の未来を思って“柔軟”に物事を考えられるような方ですし、騎士達からの尊敬や人望も厚いので。
もしも、皇宮の中で、何かの機会にお話されるタイミングがあるのなら、騎士団長よりも、副団長と話す方が絶対にオススメですよっ!』
と、もの凄く力説されてしまった。
それから、私自身特に何も聞いていなかったんだけど……。
帝国で働く騎士の中でも、特に今、オススメの騎士達について詳しく教えてくれたり。
その中には、もしも話をする機会があるのならオススメだという『性格が良い騎士トップ10』という物から……。
何故か……。
『今、滅茶苦茶、熱い! 帝国に働く騎士達の、イケてるメンズ特集』
というよく分からない物まで……。
オリヴィア独自の、審美眼によるものなのか。
わざわざ、騎士達の特徴の描かれたイラストと、ご丁寧にそれぞれの名前が書かれた“手作りの冊子”を送ってくれた時には、どうすればいいのか困ってしまったりもした。
私自身は、あまり騎士達と関わることもないし。
もしかしたら、性格が良い騎士の情報とかも含めて、私がこの冊子を持っているよりは、よっぽど役に立つかもしれないと思って、セオドアに手渡してみたら……。
何とも言えないような、もの凄く、渋い表情をされた上に。
【あの女……。
姫さんに“余計なもの”、送りつけてきやがって……、!】
と、言いながらも……。
――これは、俺が預かっておくから、姫さんは一切、見なくていい
と、何故か、没収されてしまった。
没収されること自体は、元々セオドアに渡すつもりだった上に、別に私自身、その冊子がどうしても必要だった訳でもないから、構わないんだけど。
結局、役に立ったのか、そうじゃなかったのか、未だによく分からないままだ。
ただ、身体的な特徴のこともあって、あまり騎士団にいる騎士達とも、そこまでガッツリとは交流を持ってなさそうだったセオドアのことを思えば……。
オリヴィアのくれた情報から、性格が良い騎士達と、年齢や立場的な差はあるかもしれないけど、今後、仲良くなるような可能性はあるだろうし。
【多分、私が持っているよりは、これで良かったんだよね……?】
それから……。
オリヴィアと手紙の遣り取りをするようになって、良かったことはもう一つあって。
今度の建国祭で執り行われるという、帝国で働く人達を讃えるための勲章の授与式に、その家族としてオリヴィアも参列することが許可されているみたいで……。
私自身、どうやって騎士団の人達と会話の糸口を掴めばいいのかと、悩んでいただけに、本当に渡りに船だった。
当日、オリヴィアと一緒に過ごしていれば、必然的にお父様の近衛騎士でもあるジャンは勿論、騎士団に所属しているクロード家の三男である、オリヴィアのお兄さんとも会話が出来るかもしれない。
――もしかしたら、そのタイミングで、他の騎士達と会話をすることも可能かも……。
そうなったら、2年後くらいに騎士団長が命を落としてしまう事件について、それとなく、気をつけておくようにと話してみることは出来ると思う。
仮に、今回のタイミングできちんとした情報については伝えることが出来なくても、一度、関わりを持つことで、今後、情報を提供するために、彼らとコンタクトは取りやすくなるだろうし……。
巻き戻し前の軸の時のように、6年後の未来を思えば、本来なら副団長が騎士団長へと就任している方が、もしかしたら、帝国の未来は明るいのかもしれないけれど。
流石に、人の生死に関わる問題だから、亡くなるということが分かっているのに、騎士団長のことをこのまま放ってはおくということは私には出来ない。
とはいっても、私自身、当時、騎士団にいる人達とは殆ど関わりがなかったし。
『世間を騒がせた事件だから知っている』という、薄い知識しか持っていなくて。
今から2年後に起こる事件に関しては、時期的なものと。
大体、どういう事があったのか、っていう朧気な情報しか知らないんだけど……。
確か、2年先の未来では、シュタインベルクの国内で重鎮とも言われている貴族が相次いで襲われてしまうんだよね。
それが、家にいるような、寛いでいる時に起こった事件じゃなくて……。
外にいる時、それも夜に狙われた『通り魔的な、犯行』だった事から、帝国の騎士団が総力を挙げて捜査に乗り出すんだったはず。
最終的に、この事件で、亡くなった人は騎士団長だけで、他の人に関しては、大かれ少なかれ傷を負ってはいたものの、その生死自体には問題がなく、無事だったと思うんだけど。
目撃情報から、ローブを被った2人組の犯人は、戦闘狂とも思えるくらい戦い慣れていて、もの凄く手練れで……。
本来、護衛として『各々の貴族』に付いている騎士を物ともしない人達だったとか……。
常に仮面を付けて犯行に及んでいることから、被害者が多数いて、目撃者が多い割には、犯人の顔に関する情報は結局、何一つ出てくることはなく。
狙われた人に関しては、その殆どが貴族ではあったものの。
いつか、一般市民にまで被害が及ぶんじゃないかと、夜に迂闊に出歩くことが出来ないと、人々の不安を煽り……。
一向に、捕まる気配のない犯人に……。
――もしかしたら、魔女の仕業なんじゃないか……。
という、有りもしない噂がまことしやかに広まって、シュタインベルク国内では、テレーゼ様が皇后の座に就いたあとに、徐々にその勢力を伸ばしていたものの……。
この事件をきっかけにして、それ以降、世間の声を味方につけた『魔女狩り信仰派の貴族』がかなり力を持つような事になったと思う。
その事態を重くみて、貴族の重鎮に変装した、当時の騎士団長が『犯人を捕まえる目的』で、何人かの騎士を引き連れて、夜にパトロールをしている所で、ローブの2人組に狙われて。
結局、必死で応戦したものの、その命を落としてしまうことになった、というのがこの事件のあらましだ。
こういう世間を騒がすような大きな犯罪が起こると……。
どうしても、模倣犯みたいな感じで真似をするような人も出てきて、一時期、シュタインベルク国内が、もの凄い混乱状態に陥ってしまっていたのは、私でも記憶にある。
確か、それで捕まった人は何人かいた筈だけど、その殆どが、見よう見まねで模倣した愉快犯で……。
それで亡くなった人が結果的には騎士団長1人しかいなかった上に、ある時を境にぱったりと事件が止まったことから、捜査も打ち切られることになって。
結局首謀者に関しては最後まで判明することもなく、被害者はみんな、ローブの2人組をしっかりと目撃しているにも関わらず、未解決事件になってしまったんだよね。
勿論、亡くなったりはしないまでも、重傷を負ってしまったことで、結果的に仕事を続けることが出来ず、宮廷貴族などの自分の立場を引退するような人も出てきた筈だし。
それが1人や2人じゃないということから考えてみても、国内にかなり大きな影響を及ぼしてしまった事件であることは間違いない。
それに、もしかしたら、魔女の仕業ではなかったかもしれないのに……。
世間から、一方的に魔女を断罪するような“レッテル”が貼られてしまう事態に陥ってしまうことは、出来ることなら避けたいな、って思う。
ただでさえ、魔女だというだけで、人々から忌避されてしまうのに、それで、自分が魔女だということを誰にも言えずに悩んでいる人や……。
ただ、身体の何処かに“赤”に近い色を持っているというだけで、糾弾されてしまう人をこれ以上増やしたくはない。
騎士団長を救いたいという気持ちは勿論あるけれど、そういう人達のことを守る意味でも、出来るだけ事件が大きくなる前に解決することが出来ればベストだよね……。
「アリス様、お手紙の続きを書くのに悩まれているようでしたら、少し休憩を挟んでは如何でしょうか?
折角出来たご友人ということで、真剣に悩まれているのも分かるのですが、今日はお昼から、エリスのご両親が来て、一緒にジェルメールに行く予定になっていますし。
あまり根を詰められていると、疲れてしまいますよ」
1人、頭の中で悶々と考えていたら、オリヴィアに返事を書いている手が思いっきり止まってしまっていて……。
後ろから、私を心配してくれたローラが、机の上に、ことりと音を立てて、ミルクティーを持ってきてくれたタイミングで声をかけてくれた。
きっと、私がオリヴィアに出す手紙の内容に、行き詰まって悩んでいると思ってくれたんだと思う。
ローラの言葉に『ありがとう』と一度お礼を伝えて、私はオリヴィアに書いていた手紙の返事に関して、一先ず、書けた所までで、ペンを置くことにした。
そこまで時間に追われている訳じゃないけれど、ローラの言う通り、今日はエリスのご両親を皇宮に招待して、みんなで一緒にジェルメールに行くことになっていて。
私自身、彼らを迎え入れる準備も、そろそろし始めた方が良いと思う。
因みに、今日のエリスは遠くから馬車でやって来るご両親を迎えに行く為に、午前中の業務に関しては強制的に私の権限でお休みを取って貰っている。
彼らを迎えに行ってくれたエリスと一緒に、皇宮に来て貰った方が道に迷うこともなく、きっと、スムーズだろうなって感じるし。
ついでに、折角、久しぶりにご両親に会えるのに、仕事着のままというのも味気がないから、私服でお洒落とかして、みんなで観光してきたらどうかな、っていうことと……。
何なら、お昼ご飯も王都で家族水入らずで食べてきてくれたら良いよ、とは伝えているので。
本来なら、エリスのご両親は、今日の午前中には王都に着くことになっていたのだけど……。
みんなで過ごすための、家族の時間を用意したら、それだけで、エリスからは目を潤ませながら、感極まったようにもの凄く感謝されてしまった。
時計を見ながら、時間を確認して……。
まだまだ、約束の時間までにはゆとりはあるものの。
いつものように、ローラと同じく、きっちり時間を守って、私の部屋に入ってきてくれているセオドアは別として……。
普段は私の部屋で寛いでくれていることもよくあるものの、朝ご飯を食べたあと『少し、読書をしてくる』と、自分の部屋に帰っているアルが、午後の予定を気にして、そろそろこっちにやって来てくれると思う。
既に私自身、服などは、お出かけ用のものに着替えてはいるものの。
出来るだけアルが来る前に、身支度に関しては整えておきたい。
私が、ローラに対して……。
「ローラ、髪の毛なんだけど。
折角だから、お出かけ用に普段よりちょっと特別な感じにして貰ってもいいかな……?」
と、お願いすれば。
「勿論です! アリス様っ、今日は一体、どんな髪型にしましょうか?」
と、張り切りながら……。
ローラが『私に任せて下さい……!』というように胸を張って、にこやかに応えてくれた。