315【ルーカスside2】
「……私があの女に出会ったのは、16歳で社交界にデビューしてからだった」
紅茶を飲んで一息吐いてから、ゆっくりと語り出すように話し始めたテレーゼ様の言葉を、俺は眉尻を下げながらしっかりと聞く態勢に入る。
【その髪以外は恵まれた、赤を持った女】
テレーゼ様が“その口ぶり”から、誰のことを言っているのかは、一々確認を取らなくても何よりも明白で。
“前皇后様”のことを、『あの女』呼ばわりして、決してその名前で呼ぶことも……。
称号で呼ぶこともないのは、テレーゼ様の意地によるものだろうか。
「……その立場から、10歳の頃には誰よりも先に社交界にデビューしていた女だ。
一方で、私は、貧乏な家に生まれ、これといって他家との交流などを持てることはなく、本来ならばそこで培う筈の人脈を築けることもなく、過ごさなければいけなかった幼少期がある。
それに、エヴァンズという“由緒正しい家柄”に生まれ育ったそなたも知っているであろう……?
我が、フロレンス家が金に意地汚く。
権力者に、まるで小判鮫のように媚びへつらい“自分の地位を上げる”ためならば、他人の手柄さえも横取りして、“裏”でどのようなこともしていると、黒い噂が絶えなかったのは……」
それから、テレーゼ様にそう言われて、俺は黙ったままこくりと頷き返した。
テレーゼ様のお父上、殿下やギゼル様の祖父にあたるその人は……。
もう既に亡くなっている故人のことを、今になって貶めるようなことをしたくないとは思うんだけど。
『ご存命の時』にも、本当に全くと言っていいほど、良い噂を聞かない人だった。
金に汚く、野心家で、権力者に媚びへつらって、自分の地位に固執し、そのためなら裏でどのような汚いこともする。
目先の利益を取るために、広い視野で物事を長期的に考えることも出来ないような人間で。
それこそ、テレーゼ様が第二妃というお立場に就いた際、真っ先にフロレンス家との関わりを絶った……。
特に『フロレンス伯爵と縁を切った』ということは有名であり、それは国民の中でもテレーゼ様を持ち上げるための美談のようになっている。
【テレーゼ様がフロレンス伯爵に幼い頃からずっと悩まされ続けていて、何度か家のことを正そうと日頃から忠言をしていたものの、結局、フロレンス伯爵は最後まで変わることがなく……】
――それでもテレーゼ様自身は、フロレンス伯爵とは違い、才媛で、苦しい状況の中でも人々に優しく接し、決して悪に染まることもなく、常に正しい行いをしていると。
テレーゼ様が、表で見せているその貌は……。
ただ真っ直ぐに、献身的で“ひたむき”なものであったことから、その健気な姿に、ゴシップや娯楽に飢えているような国民の感情を揺さぶるには充分だったみたいで。
その状況に、この方が胸を痛めていたと、同情するような感情を持っている人間が、今のこの国に住んでいる人間の大半を占めていると思う。
その本心が例えどこにあろうとも。
まさしく『清廉潔白』としか思えないようなイメージを、この方は誰よりも周囲に植え付けることに長けている。
そうして……。
テレーゼ様が陛下の第二妃になったのは、前皇后様の年齢が成人に達する前のことで。
前皇后様と陛下との婚儀が結ばれるよりも先であるということも……。
下世話な話が大好きなゴシップ誌の格好のネタとなり、当時、世間を大いに賑わせたという情報は俺でも知っていることであり。
叔父でもある公爵への不義理とも取れるような陛下のその行動を、公爵が黙認していただけではなく。
当時、陛下もテレーゼ様も、前皇后様も、誰もがその件について『何も語らなかった』ことから……。
この御方が、今まで家のことで苦労してきた分だけ……。
それこそまるで絵本に出てくる“シンデレラ”のように。
陛下に見初められ、皇后という立場には就けないことが最初から決まっていた所為で、第二妃になったのだということは、今でも国民の間では根強く信じられているような有名な話だ。
その話を裏付けるかのように、実際、テレーゼ様には『第二妃の立場』でありながら、皇后としての公務の殆どをこなしてきているという、誰の目にも明らかな実績もある。
――それが、本当に真実かどうかは別として
俺が頭の中で広く世間に認知されている皇室の事情を思い出していたら、小さく溜息にも似たような吐息を溢しながら……。
テレーゼ様のその瞳は、伏し目がちに下げられた。
「死んでも尚、父とも呼びたくない程に、醜悪な男であった。
……あの男に、どれほど、幼い頃から辛酸を嘗めさせられてきたか……」
そうして、伯爵のことを思い出してのことなのか。
ギリッと、隠しもせずに、歯軋りしたあとで……。
テレーゼ様の顔が“ぐしゃり”と、まるで、道ばたに落ちているゴミを見るような目つきで、忌々しいと言わんばかりに歪んでいく。
広く一般的に知られている“伯爵”の、世間に出てきている情報だけでも本当に碌でもない物なのだから……。
当人からしてみれば、それだけ苦労をさせられてきたのだろう、ということは、俺にも理解出来た。
だから……。
「鳶が鷹を産んだとはよく言われたものだ。
あんな男でも、教育に関してだけは人一倍熱心なように見られていたが、その実、私をどこかの権力者に売り飛ばそうと画策していただけ。
もしもどこかの偉い貴族や、それこそ皇族にでも見初められれば“自分が美味しい思いが出来る”という腐りきった感情からが故のこと。
己の地位が上がる為ならば……、自分の娘でさえ、都合のいい人形扱いをすることも厭わぬ男だった。
家が貧乏で“お前にかける金は、どこにもない”と言いながら、そのくせ、自分は豪勢な食事を目の前で私に見せつけるように、食べてくるのだ。
女癖も悪く、事業に手を出しては失敗し、ギャンブルと酒に溺れては、借金を作る。
根回しや後始末も含めて、あの、糞みたいな人間のお蔭で、私が今までどれほど苦労をしてきたことか……っ!」
と……。
苛烈とも思えるくらい憎々しげに吐き出された一言に、俺は深く同情するような視線を向けながら。
「俺にはその状況を想像することしか出来ませんが、テレーゼ様のその心中はお察しします」
と、テレーゼ様に向かって、寄り添うように声をかける。
「……アレのようにだけは“絶対にならぬ”と……、私はずっとあの男を反面教師にして生きてきた。
もしも、私に子供が産まれたら、絶対にあの男のようにはせずに、それこそ、道ばたに落ちている些細な小石ですら取り除いて、苦労をかけない生き方をさせて可愛がってやろうともな。
今日に至るまで、私は自分の鍛錬を怠るような真似はしなかったし、使えるものは何でも使って、常に前を向いて“のし上がるために”向上心を持って生きてきた。
必要ならば、生まれた境遇さえも利用して、時に、人心を掌握することも厭わなかったし、あの男ですら踏み台にして……」
そうして、紡がれる一言、一言に、うんうんと同調するように頷きながら。
改めて『大変な思いをされてきたんですね……』と、息をするように親身になって声をかける。
別に、この方だから特別そうしている訳ではなく。
その立場上、どうしても周囲の秘密なんかを知りやすい俺の処世術みたいなものだ。
正直、この方の過去に関するような深い話は、俺自身も世間で言われている内容しか知らず、今、初めて聞くような話ばかりだったけど……。
テレーゼ様が殿下に対して、いっそ過保護とも思えるくらいに深い愛情を向けているのには。
『そういった理由もあったのか……』とある意味、今までのこの方の行動に、善悪の区別を抜きにすれば一本筋が通っているようにも思えて、合点がいくものでもあった。
それと同時に、比例するように、ギゼル様のことが疎かになってしまっていることは、この方自身も無意識みたいなもので、恐らく気付いてもいないんだろうなとは感じてしまう。
だけど……。
まさか、これで話が終わってしまう訳ではないだろう。
まだ、前皇后様の事に関する話自体、この方の口から一度も出てきていないことを思うと……。
どうしても続きが気になって、俺はその話の続きを促すように微笑んで、テレーゼ様の方へと視線を向けた。
「社交界にデビューした際、周りにいる人間はフロレンス家の人間ということもあって、初めは誰しもが私のことを警戒していたが。
それでも、暫く経てば、その評価はあっという間にガラッと変わり、私のことを、どこからどう見ても恥ずかしくない完璧な令嬢だと褒め称えてきた。
……当然であろう……?
そのための“努力”は、それこそ血が滲む程に、幼い頃からしてきたのだ。
私は私自身がその場にいる誰よりも輝いている自覚があったし、人々が私に注目して傅くのは自然の摂理だと思っていた。
パッと出たばかりの、そんじょそこらの芋っぽい令嬢達とは訳が違う。……そう言えるだけの圧倒的な自信。
美貌も含めて、毎日のたゆまぬ努力が、常に私だけにスポットライトを浴びせ、輝かせるのだ」
……そうして、普段から。
テレーゼ様は、良くも悪くもコロコロと“その表情”を変える方だとは思っていたけど。
今、自分のことを話しているこの方は、まるで『世界そのものが、自分を見て当然だ』と言わんばかりに、本当に自信に満ち溢れたような表情で俺のことを見てくる。
人望や人脈なども含めて、この方が今まで外に見せる為だけに作ってきた表の貌は、この方の性格を知っている俺ですら、どこにも穴がないように見えて、完璧だと感じてしまうのだから……。
この方が、まるで謙遜することもなく、自分の能力を高く評価していても『それはそうだろうな……』と、内心で納得出来てしまうだけの説得力はある。
「……えぇ、テレーゼ様は、確かにお美しいと俺も思いますよ」
「そうだ、私は誰よりも尊くて美しい。……そのはずだったのだ。
だが……、在る日、気付く。……私は所詮、井の中の蛙。
石ころをどんなに綺麗に磨いたとしても、表面的に美しくなって幾ら見栄えが良くなろうとも、キラキラと輝く“本物の宝石”にはなれぬのだ、と」
「本物の、宝石……ですか、?」
そうして、憎々しげに吐き出されたテレーゼ様の言葉を、なぞるように俺が声を出せば。
テレーゼ様は口元を歪め、いつもなら扇で取り繕う筈の歪な笑顔を、特に隠すこともなく真っ直ぐに向けてきた。
「生まれが違う。
……ただそれだけで、私は生涯“本物の宝石”にはなれない。
どんなに、周りが私を褒めそやして、私に好意を抱き、私の周りに傅こうとも……。
全てを水泡に帰すように、あの女は“何もせず”とも、ただそこにいるだけで、華があった。
今まで、私が、努力して、努力して、努力してっ、その地位を掴み取るためだけに生きてきたというのに……っ。
平然な顔をして、まるでつまらないとでも言うかのように、壁に寄りかかり、誰かに声をかけられることだけを待つ女っ……!」
「……えーっと、……それが、前皇后様、だと……?」
「我が儘ばかりで、プライドの高い女だと評判だった。
そのくせ、病気がちを理由に必要な勉強すらサボっては贅沢三昧。
周りは、あの女のことを口々に貶していた。
……だが、私は、あの女を一目見た瞬間、一瞬で勝てぬと悟った……!
生まれも何もかも、恵まれて生きてきた癖に、何の努力もせずに、ぬくぬくと公爵の庇護下の元、高い教養を受けて育ってきたのであろうな……っ?
その勉強代に、一体、“どれほどの価値”が発生していると思う?
皇后として大した努力もしていないのに、生まれが良かっただけで、アレは本物の宝石となり得るのだ。
私がどれほど渇望しても、そこには到達出来ぬというのに……っ!」
「あー、……テレーゼ様のお気持ちはよく分かりました。
何ていうか、情報量が多すぎて、ちょっと胃もたれしそうっていうか、お腹がいっぱいになりそうなんですけど。
……それにしても、かなり意外でした。
まさか、何でもその手で、自分の力で掴み取ってきた筈の貴女の口から、そんな嫉妬のような言葉が出るなんて」
ハッキリと明言していないまでも、それは確実に、自分のプライドを傷つけられたと言っているようなもので……。
何でも自分のその手で、全てを勝ち取ってきた筈の“この方の口”から出るには。
あまりにも不釣り合いな『子ども染みたような嫉妬』そのもののように感じてしまう。
だからこそ、俺はテレーゼ様の話を途中で遮りながらも、思わず、苦笑しながら、お手上げのように両手を上げる。
咄嗟に、降参したようなポーズを取った俺を見て、少しだけその溜飲が下がったのか。
テレーゼ様は、『別に、これは嫉妬ではない』とあくまで、その感情を認めることはなく、俺の言葉を一蹴しながら……。
いつもの澄まし顔に戻った後で、自分の手元にあるティーカップを手に取り、ホッと一息吐くように、カップの縁に自分の唇をあてる。
そこに、べっとりとこびり付くオレンジ色の口紅を見ながら……。
「えっと、話を戻しましょうか……?
前皇后様とテレーゼ様の間に、許せないような気持ちというか、何となく確執があるのまでは俺にも分かりました。
……でも、それは、テレーゼ様があの子に執着する理由にはなり得ませんよね?」
と、俺はテレーゼ様に本題に迫るような問いかけを口にする。
そもそも、お姫様の話を聞いた筈なのに、いつまでたっても、彼女のことが出てこないことに焦れったさを感じて、急かすようにそう伝えれば。
普段通りに戻ったテレーゼ様は、そんな俺を見ながら、その裏に色んな感情を綯い交ぜにしたようなどこまでも深い笑みを溢してくる。
――美しい花には“棘”があるように。
一見すれば、ただ綺麗なだけに見えるその笑顔の裏には猛毒が潜んでいるということを、13歳の無知だった頃の俺ならまだしも、既に俺自身、嫌になるほど知っている。
自然、嫌な汗が背中を伝い、知らず知らずのうちに膝に置いていた自分の手にギュッと力が入った。
「私が社交界へのデビューをした時、3歳違いのあの女は13歳だった。
だが、公爵家に生まれ“皇族に準ずる者”として、デビュタントを早くに済ませている以上は、年齢というのは何の言い訳にもならぬ。
愛してくれる父親が傍らにいて、誰もが羨むような地位を持ち、将来の伴侶である、陛下にまで愛されている。
あの女は“文字通り”この世にある有りとあらゆる、誰もが欲しいと思うようなもの、その全てを持っていたのだ。
……そうして、全てを持っているのにも関わらず、その地位に胡座を掻いて、何もせずに生きていた」
それから、真面目な表情でテレーゼ様の言葉を聞きながら、俺は同時進行で、直ぐさま“もたらされた情報”を、頭の中でひたすら捌くように整理していく。
前皇后様のことに関しては、俺も世間一般で知られているようなことしか知らないし、そこまで込み入った事情に詳しい訳でもない。
でも、テレーゼ様の言うように『本当に何もせず』に、その地位に胡座を掻いて生きてきたんだろうか。
ということは、一つの疑問でもあった。
……お姫様がそうだったように、前皇后様も幼い頃から“その髪色の所為”で、苦労して生きてきたことは、想像に難くない。
それは今日、お姫様と一緒に陛下へ婚約の報告をしに行ったとき。
図らずも、陛下から前皇后様のことを聞いたからというのも勿論、あったけど……。
俺の妹であるソフィアもそうだけど、やっぱり、赤を持って生まれてきた人間は『どうしても生きにくい』世の中であるということを、俺自身、まざまざと傍で見続けてきているからだった。
……まぁ、今はそれよりも、滅茶苦茶気になる単語が出てきてしまって、正直、それどころの話ではないんだけど。
「ちょっ、ちょっと待って下さいってば……っ!
話が急すぎて、付いていけてないんですけど、あの堅物の陛下が……っ!
前皇后様のことを、愛して、た……っ?」
――それ、マジで、一体、どこの世界線の話なんだよ……っ?
と、思わず、もたらされた情報に、びっくりしたっていうか、ギョッとして目を見開けば……。
テレーゼ様は俺を見ながら……。
『このようなことで顔色を変えるとは、ポーカーフェイスが聞いて呆れる。……そなたも、まだまだ子供よな?』と、思いっきり呆れたような視線を向けつつも。
「陛下はあの女のことは、あくまで、妹のように思っている、と言っていたがな。
隠しても無駄というか、アレは本気で“自分の想い”に気付いていなかっただけで……。
その目はいつだって、常に、あの女の姿を追っていた。
だから、私自身も、陛下の第二妃にと打診があった際に、本人から直接言われているのだ。
“政治的にそれを担う人間が必要で、優秀だからお前を第二妃にするのだ”とな……。
本人は恐らく無意識であろうが、自分の愛している女を、例えお飾りであろうとも、皇后という“妻”の座から、離すことを嫌って作った“ビジネスライクの第二妃”に」
そうして、ある意味で、思いっきり爆弾発言をされて、思わず、俺は自分の目ん玉が飛び出るかと思うくらい驚きながらも。
動揺を隠すように、平然を装いながら……。
「だから、前皇后様のことを嫌っている、と……?
今まで、陛下のその寵愛を、一身に受けていた、から……?」
と、テレーゼ様に向かって、冷静に今の状況を分析しつつ、声をかける。
今までにも、公務の際に、陛下とテレーゼ様の間には常に一定の距離感があるように感じてはいたものの。
まさか、世間で言われている内容とは全く真逆のことが起きていたとは思ってもおらず……。
俺自身、頭の回転は遅い方じゃないし、自分の勘は当たることの方が多いから、ある程度、自信があっての問いかけだったけど……。
テレーゼ様は俺の言葉を、真顔で首を横に振って否定したあと。
「そんなもの、あっても一銭にもならぬであろう……?
ビジネスライクとも思えるようなその提案を、私は自分がのし上がるために、納得した上で今の地位に就いているのだし。
事前に誰も愛すことなどないと言われた以上、陛下の愛など、はなから期待などもしておらぬ。
その目が何の努力もしていないあの女に向くことは、心底、嫌ではあったがな」
と、はっきりと、口に出してくる。
その事に、驚きつつも、口では否定しているものの、テレーゼ様はやっぱり陛下から向けられる愛情というものを完全に欲していなかったと言ったら嘘になるんじゃないだろうかと邪推してしまう。
例え、それが自分が納得した上で、ビジネスライクな関係を続けているのだとしても。
じゃなきゃ、お姫様をあんな風に排除しようと、執着する理由に説明が付かない気がする。
それと、もしかしたら……。
俺が、頭の中で目まぐるしく“今、自分に与えられた情報”だけで、必死に仮説を立てていると。
テレーゼ様は俺を見ながら、まるで考える時間を与える猶予などないと言うように、クツリ、と喉を鳴らして笑みを溢してくる。
「……アリスは、あの女と陛下の間に出来た子供。
それがどういうことなのか、聡いお前なら、もう分かるであろう?
陛下にとって“アレ”は、自分の愛した女の忘れ形見。
私のことは、どうでもいいのだ。……だが、“子のこと”となるなら別だ。
あの女は初めから、生まれたその瞬間から、私よりも多くのものに恵まれていた。
それなのに、なぁ、ルーカスっ、……どこまでも不公平だとは思わぬか……っ?
あの女が死んだ事によって、陛下の寵愛は今、アリスだけに一身に向けられている。
一緒に食事をとるようになって、常日頃から気に掛けるようになって……。
年々、歳を取るごとに、あの女の面影を色濃くしていくあの子供が、私の大事なものを片っ端から奪っていく」
そうして、酷く、憎悪にまみれたような、表情を浮かべて。
テレーゼ様は、俺の顔を真っ直ぐに見てくる。
ただ、それだけのことなのに……。
まるで、蛇に睨まれた蛙のように、俺はごくりと喉を鳴らし、この場から一切動くことが出来なくなる。
「嗚呼……、陛下だけではない、な……?」
そうして、ゆっくりと、ゆっくりと……。
まるで、ジワジワと真綿で首を絞めるように、紡がれる言葉に呪いのように纏わり付かれて。
「のう……? ルーカス。
本気で、私が気付いていないとでも、思うたか……?
小さな頃から、まるで特別だとでもいうかのように、アレに向けられる、私の何よりも大切な我が子の瞳を……っ!」
まるで、俺を縛る鎖のように、それは雁字搦めに絡みついてくる。
いつから……?
という、言葉は決して、口には出せなかった。
……最初っから、この方は、気付いていたのだろう。
――殿下の瞳が、幼い頃から、誰に向かっているのか……。
その上で、俺を責め立てているのだ。
【お前も“その事を知っていながら”、今の今まで、放置していたな……?】
と……。