313 友人のイメージ
あれから、私は……。
肌に合うだけではなく、本来自分が持っているらしい匂いの傾向から、店員さんにボディークリームや、入浴剤などの商品を幾つか紹介して貰っていた。
私自身、どちらかというのなら、あまりキツめの匂いがするものじゃなくて、優しい石けんとか、ふわっとしたような香りの方が合うみたい。
個人的に、私もそういった感じの優しい匂いがするものの方が好きだから、自分に合うものが、好みと合致していて本当に良かったなぁ、と思う。
そうして、店員さんに紹介して貰った商品の中から、お風呂で使えるボディークリームの中で気に入った匂いのものを選び。
プレゼントをしてくれるというルーカスさんの厚意に甘えさせて貰うことにして、おずおずとお願いすれば……。
「……あのさ、お姫様。
俺ん家の経済状況、マジでヤバいとでも思ってる……?
はっきり言って、これくらいの物だったら、控えめに1個とかじゃなくて、気に入った匂いがするものがあったら、もっと頼んでもいいんだよ?
まぁ、エヴァンズの金って言ってもさぁ、俺が凄いんじゃなくて。
そこはほら……、歴代の当主とか、親父の努力の賜物だから、もしかしたら、そこも気になるのかもしんないけどさ。
そうは言っても、俺だって、殿下の傍で、比較的早くから皇宮の仕事とか、手伝ったりしてるんだよ?
一応、俺個人のお金だって、お姫様を苦労させないくらいには持ってるつもりなんだけど」
と……。
どことなく不満そうな表情をした、ルーカスさんから思いっきり呆れられてしまった。
「……あぁ、そうだな、アリス。
欲しい物があるのなら、幾らでも言うといい。
そもそも、コイツは、普段から人に贈り物をするのには慣れてるんだ。
それが“女性”だとか、“一個人”に対してではなくて、“家”にだったり“当主”にだったりするだけでな……。
だから、コイツに遠慮なんてものをする必要など無いし。
もしも、ルーカスに何かを贈って貰うのに遠慮があるのだとしたら、代わりに俺がいつだって何でも好きな物を買ってやる」
そうして、さっきまで私達の話を黙ったまま聞いていたお兄様が、不意にムスッとしたような表情を浮かべて、横から割って入り……。
まるで何でもないことのように、私に対して何かを買ってくれようとしてくれているのを聞いた私は、慌ててふるふると首を横に振った。
流石に、ルーカスさんだけじゃなくて、お兄様にまで何かを買って貰うなんてことは絶対に出来ないし、そんなことになったら、本当に申し訳なさすぎる。
そうして……。
何となく、2人とも、私のことを気にかけてくれて、私が遠慮をしなくて済むようにそう言ってくれているということは感じつつも……。
『一体、どう言えば、この場を上手く収めることが出来るだろう……?』と、言葉を選びながら私は慎重に声を出すことにした。
「いえ……、ありがとうございます、お兄様。
あの、エヴァンズ家の経済状況を気にしてだとか、そういうことではなくて……。
そのっ……、私自身、気に入ったものを買って頂いているので、これだけで本当に大丈夫というか……。
一度に何個も買って貰うのは、本当に申し訳ないですし、他に“特に欲しい物”も、ないので……」
なるべく、一生懸命になりながらも、きちんと伝わればいいなぁ、と思って口に出したけど、お兄様とルーカスさんに自分の意図がしっかり伝わったか、と言われれば、凄く不安な気持ちになってくる。
こうして気にかけてくれる2人のその気持ちは嬉しいけれど。
私自身、遠慮をしているというよりも、気に入ったものを一つ買って貰えれば『本当にそれだけで充分……』という気持ちの方が強くて。
特にこれ以上、何かが欲しいとは“全く思ってなかった”から、逆にもっと“何か好きなもの”を買ってもいいと言われた方が困ってしまう。
だから、なるべく正直にお兄様に対してもルーカスさんに対しても自分の気持ちを伝えたつもりだったんだけど。
「……オイ、アンタ等……その辺にしとけよ?
姫さんが困ってる……。
つぅか、姫さんに“何か買ってやりたい”って気持ちを抱くのは、まぁ、分かるし、……勝手だけど。
本当に、姫さんが欲しいと思ってるような物じゃなかったら、そもそも、贈ったって意味ねぇだろ」
と、私が1人、オロオロとしていたのを見かねてくれたのか……。
横からセオドアが私をフォローするように声をかけてくれた。
「……だってさぁっ、お兄さん。
お姫様、こうでも言わないと、全部、遠慮しちゃう勢いじゃん?
折角のプレゼントなのにさぁ、俺、マジで、こんなにも“自分の欲”とか全然ない子を、相手にするの初めてすぎて……っ!」
「は……? 俺が、アリスに何かを贈ろうと思うのは、俺の自由だろう?
勿論、アリスが喜ぶのが大前提だが、そもそも、今まで、きちんと、その……っ。
家族というか、兄として、何もしてやれていないからな……」
セオドアが2人にそう伝えてくれると、ルーカスさんが唇を尖らせながら、声を出してくれたのと……。
お兄様が、少しだけ咳払いをした後に、私に向かって声をかけてくれたのは、殆ど、同時のことで。
……本来なら、私自身がはっきりと言わないといけない所なのに。
セオドアに言って貰って、申し訳ない気持ちになりながらも……。
「あの、ありがとうございます。……お二人のお気持ちだけで、その、充分嬉しいです」
と、私は改めて、ルーカスさんとお兄様に感謝の気持ちと自分の本心がしっかり伝わるように真っ直ぐ視線を向けて声を出した。
「あーあ。……まぁ、仕方がないか。
お姫様が、欲しくもない物、無理に贈る訳にもいかないもんなぁっ……。
んじゃ、今日の所は、大人しく引き下がろうかな。
……別に俺は、このまま、君を困らせたい訳じゃないからね」
そうして、ルーカスさんが茶目っ気たっぷりにウインクをしながら、私に対して言葉をかけてくれたことにホッと胸を撫で下ろし。
こうして気にかけて貰えるだけで、『本当に有り難いことだな……』と思いつつ。
セオドアに対しても、困っている所を助けてくれて、お兄様とルーカスさんに声をかけてくれてありがとう、と伝えれば……。
「いや、別に……。
つぅか、欲しいものがあったら、遠慮しなくて良いってのには、俺も賛成だからな?
姫さん、普段から、自分の為に全然、金使わねぇし……っ。
どっか行くってなったら、いつだって、俺等に何か買うとか、土産は何にしようだとか、そういうことしか考えてねぇんだから。
そもそも“金づる”がこんなにいるんだし、ちょっと気になるような物があれば、適当に、これ買って、とか頼んどきゃいいとは思うぞ」
という何とも言えない言葉が、返ってきた。
「ねぇ、ちょっとっ! ……お兄さん、俺のことを金づるだと思ってるのっ!?
えっ、? いつからっ!? ……流石に酷すぎないっ!? 聞き捨てならないんだけどっ!」
「オイ、駄犬……っ。
お前、まさか、その中に俺も入っているとか言わないよな?」
「あー、……んだよ、金づるじゃ、お気に召さなかったか……?
んじゃ、アレだ。……“あしながおじさん”だ」
そうして、唐突に放たれたセオドアの言葉に、私が1人、驚いている間にも……。
しれっとした態度で、何の悪びれもなく、セオドアが続けてルーカスさんとお兄様に向かって声を出しているのを聞きながら。
『流石に、止めた方が良いのかな……』と一瞬だけ、思ったんだけど。
お兄様もルーカスさんもセオドアも、ピリッとしたような雰囲気はあるものの、それで凄く険悪な雰囲気になっているかと言われれば、そうではなくて……。
なんていうか、これは、どちらかというのなら、お互いに気兼ねなくブラックジョークというか、辛辣なことも言い合えるような、そんな関係にも見えて。
私は、一人、困惑してしまう。
「……もしかして、みんな、仲良し、だったり、っ……?」
だから、思わず、自分の口から今思ったことがぽろっと口をついて出てしまったんだけど。
もしかしたら、私の口から出た言葉は、みんなからすると、凄く意外な言葉だったのかもしれない。
私達の話を隣で黙ったまま聞いてくれていたアル以外、一斉に、私の方へと視線が向いたあと……。
「お姫様っ、どこをどう見たら俺らが仲良しに見えるのっ……?
俺たち、どう見たって、全然、仲良くなんかないでしょっ!?
互いに牽制し合って、可愛い小鳥に近づくなって、常に目をギラギラ光らせてっ。
こんなにも、大人げない人間の集まりだよっ!?
本当っ、執着の塊っていうかさ……。
正直、俺はこの二人とは一緒にされたくないんだけどっ!」
と……。
ギョッとしたように目を見開いたルーカスさんが、まるで、『天と地がひっくり返ってもあり得ない』とでも言うように声を出したのと。
「……一緒にされたくないのは、俺も同じだ。
お前だけがマトモだと思うなよ、ルーカス。
何なら、歳の離れた人間に……。
更に子供相手に、婚約を申し込んできたお前の方が傍から見れば一番ヤバいだろう?
……あぁ、その、なんだ。
アリス、お前が思っているほど、俺はコイツらとは別に仲良くなどない。
男同士の付き合いなんて、基本的に、こんな物だからな」
と、渋い表情を浮かべたお兄様から言葉が返ってくるのは殆ど同時で。
そうして……。
「俺は姫さん以外と関わりたくもねぇし、興味がねぇから、正直、コイツらのことは、どうだっていい。
別に、交友関係を広げたくて、ここにいる訳じゃねぇし。
姫さんに近寄ってくるから、仕方なくコイツらとも関わってるだけで……」
と、トドメとばかりに、セオドアにそう言われてしまって、私は、そういうものなのかな……、と思いながらも。
何となく、みんなが仲良くなってくれればいいのにな、ってずっと思ってたから、『あまり、上手くいかないものだな……』と、内心でがっかりしてしまった。
とは言っても、以前も思ったことだけど、やっぱり、こういうのは相性の問題もあるし。
――私が介入できることじゃないから、仕方がないんだけど。
セオドアの交流関係の狭さには以前から、気になっていて。
基本的にはアルやローラ、それからエリスやロイとも話さない訳ではないんだけど。
何て言うか、話を振られれば話すくらいで、自分から積極的に交流を広げようとは確かに思っていないように感じてしまうっていうか……。
私のことを気に掛けてくれて、みんなと何かを話してくれている姿を見ることはあっても、それ以外の雑談とか、そういうのは、あんまり見ない気がして。
目つきが鋭くて、一見すると恐く見えるかもしれないけど、セオドアは本当は凄く優しい人だし。
お兄様とルーカスさんなら、セオドアと同年代だから……。
出来れば、みんなにも、もっとセオドアの良さを知って貰えたらなって思って、いつも一人やきもきしてしまう。
でも……、そもそも、お兄様とルーカスさんも、幼なじみで、親友のはずなのに。
【気兼ねなく話せるというのは勿論あると思うんだけど、あまり、こう、ベタベタとした関係ではないんだよね……?】
私の友達のイメージって、今日出来たばかりのオリヴィアを除けば、ギゼルお兄様しかいないから。
ギゼルお兄様がアズと関わってくれる時のことしか、参考に出来ないんだけど。
――もっと、こう、何て言ったらいいんだろう……?
ギゼルお兄様はアズに対しては凄くフランクというか、頭をわしゃわしゃと撫でたり、まるで飼っているペットの犬と接するみたいな感じ、だったと思う。
……それを考えれば、確かに、ルーカスさんとお兄様がそんなことをしていたら、違和感でしかないというか。
お兄様とルーカスさんの性格も関係しているかもしれないけど、どちらもそういう事をするタイプではないし、何て言うか全然、その画を想像することが出来ないかもしれない。
私が黙ってしまって、一人、マジマジと、改まってお兄様とルーカスさんを見つめていたからか……。
「お姫様、俺の顔に何かついてる……?
そんなに、熱心な瞳で見つめられたら、ドキドキしちゃうんだけど」
と、茶化すような口調でルーカスさんにそう言われて……。
「あ、あの、ごめんなさい。
……そのっ、私の友人のイメージって、わしゃわしゃと頭を撫でてきたり。
ギュッと、ハグをしてきて、何て言うか、よく絵本とかで出てくるような、飼っているわんちゃんに接するような感じのイメージだったので……。
お兄様とルーカスさんって、全然、そういう距離感じゃないなぁ、って思ってしまって」
と、私はおずおずと今、自分が思ったことを素直に白状するように声に出した。
「……うんっ……? えっ……? 飼っている、わんちゃん?
えっと……、お姫様、それ、どこの情報っ……!?
百歩譲って、女の子同士って言うならまだ分かるかもしんないけどさ。
普通、男同士の友達付き合いでそんなことする奴いるっ!?
いや、挨拶とかで、ハグとかするのはあることだけど……」
そうして、目を見開かれて本気で驚いているルーカスさんに心配そうな表情でそう言われて。
私は、自分の認識の“どこが間違っていた”のか分からず、混乱しながら……。
「えっ……!? ち、違うんですか、……っ?」
と、戸惑うように声を出した。
「オイ、アリス、一体お前は何を参考にしたんだ……?
俺達がそんなことをしていたら、どう考えても気持ちが悪いだろう……?」
「いやっ、そうだよっ……!
マジで、俺、お姫様みたいな可愛い子ならいつまでもギュッと抱きしめてられると思うけどさっ!
男の硬い身体、抱きしめても、何にも楽しくないじゃんっ!
ましてや殿下だなんて、にこりとも笑わない無表情の男を抱きしめてたって、時間の無駄だよっ!」
それから、お兄様とルーカスさんに思いっきり全否定されてしまって、私は1人困惑してしまった。
今まで、友達付き合いと言えば、ギゼルお兄様のイメージしかなかったから……。
それが正しいことだと思っていたんだけど、違ったんだろうか……?
もしかしてだけど、人によるとか、そういう事でもないのかな?
「あー、姫さん。……“アレ”は、多分かなり特殊な方の絡み方だと思うぞ。
何て言うか、誰に対してもフランクっつぅか、いい意味で遠慮がないっていうか。
あの年齢だし、まだ、許されるっていうか……」
そうして、セオドアが私に向かって、一瞬だけ躊躇いつつも、言葉を選びながら声をかけてくれたことで。
ルーカスさんとウィリアムお兄様が間違っている訳ではなく、ギゼルお兄様の、人との距離感がちょっとだけ可笑しいのかもしれないと、気付いた私は……。
『……そ、そうだったんだ』と、内心で、凄く“カルチャーショック”に襲われてしまっていた。
どっちかというのなら、アルもお昼寝をするのに、ぽかぽかと日向ぼっこをしながら私の膝枕で寝るようなこともあるし。
ギュッと抱きついてくるようなこともあるから……。
アルと私では、友達同士とは言えないながらも、何となくそういう関係が当たり前のものなのかな、って思ってたんだけど。
お兄様やルーカスさんだけではなくて、セオドアの反応も見るに、多分、何て言うか、そうじゃなかった、んだよね……?
「オイ、犬っころっ……。
今のは、一体、どういう意味なんだっ……? 誰か、該当するような人間がいるのか……?
まさか、アリスにそんな変なことを教えた不届き者がいるとか言わないよなっ?」
「……えー、まさか、お兄さんともあろう人間がっ……。
そんな感じでお姫様に近づく奴を牽制しないで放置したままとか、あり得るの……っ?」
「……まさかも何も、有り得る訳ねぇだろっ……。
そんな、阿呆がいたら、真っ先に、姫さんに近づくなって声に出して伝えてる。
……それが、本当に友人関係の奴ならな」
そうして、お兄様とルーカスさんと、セオドアの間で何て言うか凄く不穏な感じの雰囲気が漂い始めたことに1人、オロオロしていると……。
「むっ、よく分からぬが、僕はいつだってアリスとギュッとしたい時にギュッとし合ってるぞ。
そもそも、ハグというのは、コミュニケーションの為のツールであろう?」
と、アルがみんなの会話の合間を縫って、声を出してくれた。
アルの一言で、それまで、本気で言い合っている訳ではなかったんだろうけど、何かを言い争っていたみんなの表情がアルに向いたあと……。
「えぇ……っ、アルフレッド君。
お姫様にいつもギュッとハグしてるの……? それは、お兄さん、許してるんだ、……?」
「オイ、番犬の意味が全然ないだろうが、お前、一体、どうなってるんだ……っ!」
「いや、アルフレッドは、そもそも人畜無害だし……。
コイツに人の常識なんてものは、通じねぇんだよっ!」
という言葉が口々に聞こえてきて。
その言葉の応酬に、『何か、いけなかったんだろうか……』と、私はアルと一緒に首を横に傾げた。