299 さよならの合図
「あ、あの、ギゼル様……。僕の為に、申し訳ありません……」
扉から廊下に出て直ぐ、開口一番にお兄様に向かって謝罪すれば……。
お兄様は『……お、おうっ! 別にこれくらい何ともない』と返事を返してくれた。
今も、申し訳ない気持ちはあるんだけど、それでも、お兄様に正体がバレるようなことにならなくて、本当に良かったと、安堵しながら。
このままだと、ローラが探しに来てくれることになりそうで……。
ずっとここにいる訳にはいかないから、お兄様にきちんと挨拶をして立ち去ろうと意を決して話しかけようとした瞬間……。
「あのさっ、アズ、ちょっと待ってくれっ……!」
と、さっきまでとは打って変わって、表情を硬くしたお兄様に呼び止められて、私はびくりと身体を揺らした。
「えっと、はい。……ギゼル様、?」
そうして、首を傾げて、ギゼルお兄様に向かって『どうしたんですか……?』という意味も込めて、声をかければ。
お兄様が、真っ直ぐに私を見ながら……。
「お前、っ……。本当は女でっ、魔女なんだろう……っ!?」
と、なるべく私だけに聞こえるよう、確信したような声色で、声のボリュームを落としながら伝えてきて、私は『……どうして?』と、内心で酷く動揺してしまった。
――スラムで会った時も、お兄様には、私が魔女であることは知られなかったはずなのに。
いや、それだけじゃなくて、思い返してみても、どこでバレてしまったのか分からないほど、今も私はお兄様の前では一度も自分が女であると知られるようなことはしていないはずだ。
仕草に関してもそうだし、言葉遣いだって。
一人称も、出来るだけ……。
私じゃなくて、“僕”という言葉を使うようにしていた。
お兄様の前で、大きな失態をおかすようなことも、多分、ボロも、出していなかった筈なのに……。
どうして、私が女で、なおかつ、魔女であるとお兄様に知られてしまっているのか……。
それとも、魔女だと知られたから芋づる式に女であると知られてしまったのか……。
頭の中で『このままだと、自分の正体に関してもバレてしまうんじゃ……』という最悪な想像が過り。
思わず、反射的に、お兄様に対して警戒心のようなものが湧き上がってしまったのを抑えきれず。
その場で、固まってしまった私を見て、お兄様の目が“やっぱり”という風に細められたのが見えて……。
そこで初めて、お兄様に向ける感情も、反応も、上手く出来なくて失敗してしまったな、と感じてしまう。
これでは正直に、自分が女で、魔女だと言うことを、お兄様に暴露してしまっているようなものだ。
「あ、あの……ギゼル、様……」
「あぁっ、安心してくれよっ!
説得力が無いかもしれないけど、俺は、お前のことを、別に暴くようなつもりは一切なくてっ!
お前が女だろうと、男だろうと俺には関係ないし、お前のことは本気で親友だと思ってんだっ……!
それに、ほらっ! スラムみたいな場所にいたら、女子供は生きにくいっていうし、お前が一人称を“僕”にして、性別を偽って暮らしてんのも理解出来るっ……!」
そうして、卑怯な私は……。
そこで、自分の正体までは一ミリもお兄様に勘づかれていないのだと、ホッと胸を撫で下ろしてしまった。
【まぁ……、もしも、私の正体が薄々でもお兄様に勘づかれるようなことがあったら、きっとアズに接する時のような感じでは接してくれなくなってしまうだろうけど……】
――頭の中で、そこまで考えてから、気付く。
ずっと、お兄様のことを思って……。
正体がバレるようなことになったら、お兄様のプライドを傷つけるようなことになってしまうかもしれないだとか。
関係性が崩れて、騙されていたとか、嘘を吐かれていたと思われるかもしれないと感じていたけれど……。
それ以上に、多分。
私自身が、アズになりきって、親友だと思ってくれている『ギゼルお兄様との関係』をもう少し続けたいと思っているのだということに……。
私自身が腹違いの妹のままだったら、お兄様はきっと、アズの時のような対応は一切してくれないだろう。
結果的に、お兄様のことを騙すような形になってしまって、心苦しい気持ちは今もあるし、普段との対応の落差がありすぎて、どういう風に接すればいいのかと、戸惑うことも多いけれど。
いつもなら絶対にあり得ない気さくな対応で、私のことを親しい人だと思ってくれて。
肩をバンバンと叩かれるのも、わしゃわしゃと頭を撫でられるのも……。
過去から今にかけて、ずっと歪だった兄妹間での関係ではなく、アズと言う仮初めの姿で、親友という形でお兄様に関われることは、私の中でも、心地が良いものだと思える。
だから、今、この瞬間だけ、私はスラムで暮らしている情報屋のアズで。
お兄様とほんの少しだけでも、対等に、かけがえのない親友同士として過ごした日々を……。
思い出として残しておきたいのだと、今になって強く感じてしまう。
それは、私にとっても、お兄様が、『初めて出来た友達だから』なんじゃないかな……?
今日、孤児院で見た、女の子と男の子2人の関係みたいに、ずっと、憧れていた兄妹の関係のようにはなれなくても……。
アズという別人を装うことを通して、変わった関係性だとは思うけど、こうして、ギゼルお兄様とも普通に仲良く交流が出来るから。
……私がお兄様の方をジッと、見つめていても……。
仮面越しだから、お兄様は気付くことがないけれど。
寧ろ、私が静かになって、黙ってしまったのを不安に思ってくれたのか……。
「あのさっ、! ……アズっ、安心しろよっ?
お前の正体は、絶対に秘密にするって誓うし、何が何でも、俺が守り通してみせるからっ!」
と、真剣な表情を浮かべながら、声をかけてくれて。
私はギゼルお兄様の、いつもなら絶対にあり得ないその対応に、思わず穏やかな気持ちになりながら。
「ありがとうございます、ギゼル様」
と、声に出してふふっと、笑ってしまった。
「……ったく、暢気に笑うなよっ! 俺は本気でお前のことを、考えてんだぞっ!
テオドールが傍にいるから良いとは言え、スラムみたいな危険な場所で……。
ほらっ、お前って、ただでさえ、身体が弱いんだしっ!
世の中ってのは、何があるかっ、本当に分からないんだからなっ!」
そうして、温かくかけられる、その心配に……。
友達ってこんな感じなんだなぁと、何だかこそばゆい気持ちになりながらも。
「はい、分かってます。
きっと、僕のことを心配して下さってるんですよね?
僕もギゼル様のことを、かけがえのない友人だと思っていますし、凄く嬉しいです」
と、声を出せば。
お兄様は、うっ、と一瞬だけ、言葉に詰まったような素振りを見せたあとで。
「お前っ、そんなっ、……!
急にっ、小っ恥ずかしいことを、言うなよな……っ! 照れるだろっ!」
と、照れ隠しなのか。
ぶっきらぼうな口調になりながら、顔を赤くしたようなお兄様の姿が見れて、私はその珍しい姿に『お兄様でもこんな表情をすることがあるんだなぁ……』と思ってしまった。
きっと、過去も含めて、今が一番、ウィリアムお兄様とは別の意味で、色々と、ギゼルお兄様の本質に触れることが出来ているかもしれない。
巻き戻し前の軸では勿論、今の軸でも、私自身はあまり好かれてはいないから、アリスの時には見せてはくれないだろうけど。
それでも、ギゼルお兄様の素の部分は優しい所が沢山あるんだということが、こういう形でも知ることが出来て本当に良かった。
私がお兄様に対して、ほっこりとした気持ちを抱いていると……。
「あー……、そ、それでだなっ!
お前に会ったら言おうと思ってたんだけどっ……。
スラムで、お前っ……!
俺のことを、魔女の能力を使って、未来を予知するかなんかしてっ、救ってくれたんだろっ……!?
それで、体調を崩したんじゃないのか……?」
と……。
お兄様から降ってきた突然の爆弾に、私はびっくりして肩を揺らしてしまった。
その反応に、お兄様が『やっぱり、そうだったんだな……!』と声を出すのが聞こえてきたんだけど。
私は今の今まで、お兄様に自分のことを“そこまで知られている”なんて思ってなかったから、内心、気が気ではなくなってしまう。
お兄様は元々、この世界の一般的な感覚を持っていて、魔女のこととか、赤を持つ者に対しては否定的な人だったから……。
興味も関心もあまり無くて、魔女が能力を使用した時に起こる反動などに関しても、きちんと認識していないと今まで思っていた。
【でも、お兄様に魔女に関する知識があったのだとしたら、一体どこでバレたんだろう……?】
スラムで能力を使った時には、バレたような様子はなかったから……。
後々、城に帰って、よく考えたら……、『そうかもしれない』と、気付いたんだろうか。
その辺りのことも含めて、お兄様の知識量をきちんと把握しておらず、そこまで考えが至らなかった私のミスでもあるんだけど。
でも、あの時のあれは、ほぼ反射的に使おうと思って使ったものだったし、今もあのタイミングで自分の能力を使用したことは間違ってはいなかったと思ってる。
あの時、5番と呼ばれていたあの子のためにも……。
一瞬先の未来で、お兄様が刺される光景を目撃してしまっているから、余計。
肝心なのは、私の能力がお兄様からすると『未来予知』の能力だと思われてしまっていることだ。
自分が魔女であることがバレてしまっている以上、正直に訂正した方が良いんじゃないかと、口を開きかけたところで。
厳しい表情をしたお兄様から……。
両肩をガシッと手のひらで掴まれて……。
「アズ、そのまま落ち着いて、冷静に聞いてくれっ……っ!
さっき俺、お前のことをずっと捜してたって言っただろっ!?
その際に、父上……っ、! あー、“皇帝陛下”にも、俺がスラムで助けて貰った情報屋の2人組……。
そのっ、お前と、テオドールのことなんだけどさっ。
迂闊だったんだけど、俺、父上に全部、お前達のことを喋ってしまってるんだよ……っ!」
と、そう言われて、私は首を傾げた。
お兄様が私達を捜す過程で、お父様に、私達の話をしたということには驚いたけれど。
人身売買の調査報告として、お兄様がお父様に対してスラムで出会った情報屋について話すということは、有り得る話だったので、別にそこまで不思議なことじゃないし……。
それで、どうして、お兄様がこんなにも危機迫ったような表情をしているのかが分からなくて。
「え、? あのっ、……はい、っ?」
と、戸惑いながら返事を返すことしか出来なかったんだけど……。
私の肩を掴む、お兄様の指先の力は強くなる一方で、私は更に困惑してしまう。
「お前が“未来予知の魔女”だってことに気付いたのは、父上なんだっ……!
皇帝陛下っていう、父上の立場上、魔女がこの国にいるんだとしたら……。
それも割と、自由のきくスラムに住んでいるなんてことがあったら、見過ごす訳にはいかないっ。
まだまだ、お前達の人権が酷い状況の中で、他国に魔女が流れることだけは絶対に阻止しなければならなくて……っ!
そのっ……、近々、スラムで大規模に捜索隊を派遣して、お前達のことを“保護”するって目的で、身柄を国預かりにしなくちゃいけなくなってしまうっ……!」
そうして、お兄様に真剣な表情のまま、状況を教えて貰って……。
私は、心の中で、『一体、どうして、そんなことになってるの……っ!?』と、混乱してしまった。
状況を頭の中で、整理しようとしても、上手く纏まらないんだけど……。
まず、お兄様は私とセオドアのことを『アズとテオドール』として、スラムで出会った情報屋だってお父様に説明したんだよ、ね……?
それで、多分、あの時の子がナイフを持っていたことを、本来なら知り得ない状況で事前に知っていた私のことを不審に思い。
お兄様からその時の状況を報告されて、スラムで情報屋を営んでいるアズが未来予知の魔女なんじゃないかと予測した、ってことになるんだろう……。
その際、お兄様とお父様の間でどういう遣り取りが行われたかまでは分からないけど。
もし、お兄様が状況を詳細に説明していたんだとしたら、私が体調を崩した所も、魔女かもしれないと気付くポイントになってしまったのかも……。
ここまでは、多分合ってる、はず。
それで、お父様の立場上、他国に魔女が流れることだけは絶対に阻止しなければならない、と……。
これも、今の私なら、きちんと理解することが出来る。
だからこそ、ブランシュ村で出会ったベラさんのことは、ウィリアムお兄様と一緒に、魔女だとお父様には報告せず隠したままにしておいたんだから……。
そうして、その結果。
お父様が、アズという魔女を捜索するために、近々、スラムに大規模な捜索隊を派遣することになっている、と。
【特に“未来予知の魔女”に関しては、過去にマリア皇女が、この国の裏で活躍していた実績があるし……】
本来の私達では知り得ない情報を握っている父様が、その能力を持った魔女のことを何としてでも他国に流れるのを阻止しなければいけないと思うのは、考えてみれば当然だった。
突然もたらされた情報量の、あまりの多さに、一気に、頭の中がクラクラしそうになってきたんだけど……。
――まさか、架空の人物を作りだしたことの弊害が、こんな所で出てしまうなんて……っ!
一瞬だけ、お父様には嘘偽りなく本当のことを言った方が良いんじゃないか。
ということが頭の中を過ったけれど、直ぐにその考えは絶対に駄目だということに行き着いてしまう。
なにせ、私がスラムに行った目的は、ジュエリーデザイナーを捜すことであり……。
その話を一緒になって、目を瞑りながら共謀してくれたのは、絶対的に皇帝に忠誠を誓っているハーロックなんだから……。
【このままじゃ、ハーロックが“クビ”になってしまうっ!】
……良くて、減給処分とか、だろうか……?
そこに、どんな理由があるにせよ、駄目なものは駄目だと、お父様は基本的に常に公正な判断を下す人だ。
あの日、きちんとした手順を踏んで、お父様に、スラムに出かけると申告するような書類も何もかもを作っていない以上、そこは絶対に突かれるだろうし……。
普段から忠義の厚いハーロックが自分に黙ったまま私達に手を貸したとなると、心象的にもよく思わないかもしれない。
お兄様の話を聞いて、私が1人、今後のことについて考えながら、オロオロしていると……。
「……っ、ごめんな、アズっ、こんな話、急に驚いたよなっ……!?」
と、声をかけられて、私は現実へとハッと意識を戻した。
見れば、私以上に、お兄様の方が悔しそうな顔をしてくれていて。
お兄様は本当に、アズのことを心配して教えてくれているんだな、っていうことがよく分かって、私は胸を痛めてしまった。
「いえ……っ、謝らないで下さい。
……決して、ギゼル様が、悪い訳ではっ!
僕も、あの時、後先を考えずに、能力を使ってしまったので……。
その……っ、本当に、申し訳ありません」
「いや、でもさ、お前っ、……俺のことを助けるつもりで使ってくれたんだろっ!?
そのお蔭で、今の俺がいるんだし、お前が謝ることでもねぇよっ!
そ、それで、お前の意思を、きちんと確認しておきたくて。
……このままっ、うちの国に保護されたら、父上のことだから、お前にとって悪いようなことはしないと思うっ!
最低限の衣食住に関しても、何ならスラムで暮らすよりもきっと、ちゃんとした保証がされるはずだっ……!
で、でもなっ? 何かの拍子に、国の一大事のために、お前の能力を使うようにと言われるようなことはある、と思う。
それは、多分……、父上の命令で、免れることは基本的に、絶対に出来ない」
それから……。
お兄様が真摯に一つ一つ、丁寧に、アズである自分にも分かるように説明してくれたことで、私も段々と事の重大さを実感してきてしまった。
お父様が本気を出して捜索してしまったら、もしかしたら、ツヴァイのお爺さんに迷惑をかけるようなことになってしまうかも。
それだけじゃなくて、エプシロン達みたいに、スラムで暮らす人達にも少なからず影響はあるだろう……。
だけど、もしそうなったとしても、アズのことは、お父様にもお兄様にもバレる訳にはいかない気がする。
「正直っ……、俺は今の今まで、お前と、テオドールがスラムみたいな危ない場所から出て。
こっちで、安全に暮らしてくれたら、いいのになって思ってた。
でも、お前の意見を尊重したいと思うし。
そのっ、無理やり連れ帰るようなことは出来ないと思うからさ……。
勿論っ、お前が、皇宮に来てくれたら、俺もお前の人権について最大限の配慮をして貰うよう、父上に掛け合うつもりだっ!
アズっ、テオドールと2人でっ、俺と一緒に来てくれるつもりは、ないか……?」
そうして、ギゼルお兄様にそう声をかけられて、私はふるりと首を横に振った。
ギゼルお兄様に、何と言われても、その質問の答えは最初から決まっている。
色々なことを天秤に掛けて見たけど、総合的に考えて、このまま、アズも、テオドールも正体不明のスラムの情報屋のままにしておいた方がいい。
それに、アズと、アリスは同一人物だから、決して、一緒の場所には共存することが出来ない。
もしも、お兄様の言う様に、アズが国に保護されるようなことになれば、それはイコール、私がアズであるとお兄様にもお父様にもバレてしまうことになるから……。
「……っ、そっか……」
以前、スラムで会った時に、報奨金の話を断ったから。
アズとして断られるということは、お兄様の中でも、半ば予想していたことだったのか……。
ほんの少しだけ、がっかりして、肩を落としたようにそう言われて、その姿に、私は、きゅぅっと、胸が軋んだけど……。
「ごめんなさい、ギゼル様。
……僕は、縛られることもなく、自由に生きていたいんです」
と、私は、はっきりとした口調で、お兄様に向かって声を出した。
その言葉が……。
【私、本当は……、誰にも縛られることなく、自由に生きてみたい】
まだ精神的に幼かった頃の、過去の想いと重なるのが自分でも分かった……。
――いつか、自由に外に出て。
何にも縛られることなく、巻き戻し前の軸の時に本で読んだ冒険活劇の主人公みたいに。
色々な所で旅をして、誰かに干渉されることもなく、穏やかに生きてみたいと、そう渇望していた……。
そんな、巻き戻し前の軸の私を思い出しながら、自分の立場上、絶対に叶うことのないその想いをそっと胸に再び仕舞い込んで。
私は、夢も希望も、願望も、叶えられなかったことを叶えてくれる、アズを、ギゼルお兄様の前では最後まで演じきろうと決める。
「……っ、この国を出るんなら“出来るだけ、早い方がいい”って、テオドールにも伝えておいてくれっ」
そうして、お兄様がかけてくれた言葉に、私はこくりと頷きながら……。
仮面では見えないけど、きっといつも以上にお兄様に対して穏やかな表情で……。
「ギゼル様、ありがとうございます」
と、お礼を伝えることが出来た。
お互いに、何も言わないけれど、今ならお兄様の表情を見ただけで、その気持ちが手に取るように分かる。
……“その言葉”が、さよならの、合図のようなものだった。
もう、この格好では、二度とお兄様に会うことはないかもしれない。
それが、分かっているからこそ。
お互いにもう“会えない”かもしれないという雰囲気の中で……。
「アズっ……!」
と、お兄様が真剣な声色で名前を呼んでくれる。
「……そのっ、また、会えるかっ……!?」
そうして、続けて、お兄様にそう声をかけられて。
私は、アズとして……。
きちんと、親友として向き合ってくれるお兄様に、嘘は吐きたくなくて……。
「……分かりません。
でも、多分、きっと、もう二度と会えない可能性の方が高いと思います」
と、声を出す。
私の言葉を聞いて、表情が硬いままの、お兄様がグッと息を呑んだのを見ながら。
「でも、っ……ギゼル様は、ずっと僕の友達です。
……僕にとっても、ギゼル様は、初めて出来た友達だから……」
と、続けて、言葉を出せば。
お兄様が、私を見ながら嬉しそうに表情を綻ばせて、『おうっ……!』と、声を出してくれたのが聞こえて来た。
「……っ、そうだよなっ、一度結んだ絆が消える訳じゃないもんなっ!
例え、どんなに物理的に離れていようがっ、何年、月日が経とうが、俺とお前はズッ友だ!
絶対に忘れるんじゃねぇぞっ……!」
そうして、お兄様にそう言って貰えて……。
私はふわりと、仮面の下で口元を緩めながら、『はい』と返事を返す。
「……それと、万が一にも、俺の騎士達が部屋から出てきたら拙いからっ。
俺が子供たちのいる部屋に入ったら、お前はそのタイミングで外にでろ……っ!
子供たちのことを思ってやって来たお前のこと、友情の証として目を瞑るって決めたんだし、乗りかかった船だ、そこまでは俺が手伝ってやるよ」
それから、お兄様にそう提案して貰ったことで、最後の最後まで、今日は一日中お兄様にお世話になりっぱなしだなぁ、と思いつつ。
ここからスマートに出る方法については悩んでいた問題だったし、有り難いので、折角なのでお兄様の厚意に甘えさせて貰うことにした。
そうして、歩きだそうとした、お兄様の視線が私から切れたタイミングで、背後に視線を送ると……。
ずっと、壁に背を預けたまま、私達の話を聞いてくれていたであろう、セオドアとカチリと視線が合った。
このまま何も言わず、お兄様には正体をバラさないと決めた、私の選択について、何か思う所があったのか……。
『本当にこれで、良かったのか……?』と、どこか問いかけるような視線を向けてくれた、セオドアにこくりと頷く。
そのタイミングで、前を向いて歩き始めていたお兄様から『……アズっ?』と、声をかけられて……。
「いえ、何でもありません。……直ぐに行きます」
と、私は、自分も前を向いた。
何も言わなくても、セオドアなら、直ぐに状況を把握して、お兄様が子供たちのいる部屋に入ったタイミングで私の後を追いかけて来てくれるだろう。
セオドアに対して絶対の信頼感を抱きながら……。
子供たちのいる部屋にお兄様が入るまでの道すがら、ほんの少しの距離を、兄妹としてではなく、アズとして、お兄様の親友として過ごそうと、心に決めて。
私は数歩先を歩いていた、お兄様のその背を、そっと追いかけてその隣に並んだ。










