293 建国記念日
それから暫く、綿密に遣り取りをすることで、ジェルメールのデザイナーさんと話は纏まり……。
クッキーの販売に関しては、エリスに間に入って貰いつつ、後は夫人や商人の人に王都に来て貰って、ジェルメールと契約を交わすという所まで、こぎ着けることが出来た。
辺境にある村から送って貰うのに、流通をどうするのかとか……。
夫人が作るクッキーの量だけだと一日の販売個数を制限しなければいけなくなるから、レシピを教えて貰ってジェルメールの洋菓子部門の職人さんの手を借りて作るのか、とか。
販売した売上げ金の分配は、どうなるかとか……。
そういった細かい話は、私が勝手に決める訳にはいかないので、双方に、追々また決めて貰うことにして。
取りあえず、最終的な判断は夫人に任せるにしても……。
デザインの部分では、袋のみで売り出すだけじゃなくて、可愛らしくパッケージがされた缶に、ジェルメールの他の洋菓子とクッキーを入れ、ギフトBOXのような形で売り出すのも有りかもしれないという話で大いに盛り上がり。
――何も無い状態から、一から、デザインをどうするのかとか。
利用してくれるお客さんの層も考えながら、みんなで、販売する時の商品のデザインの案を出す工程は本当に楽しくて。
デザイナーさんと一緒に話していたら、かなり時間がかかってしまったと思う。
普段、おやつにと、ローラに作って貰うことの方が圧倒的に多いお菓子だけど。
ローラやエリスも巻き込みながら、色々と今、市井で流行っているものだったり、侍女達にも人気があるお菓子など……。
そういう人達の意見も貴重だからと、デザインも含めてどういう物が求められているのかを聞いているだけで、デザイナーさんは凄く楽しそうだったし。
きっと、服だけじゃなくて、根本的に常に人に喜んで貰えるデザインとかを考えているのが好きなんだと思う。
そのため、すっかり、この場にいる女子だけで、話に花が咲いてしまって……。
その分、セオドアやアルには随分、待たせることになってしまって申し訳ないなぁと思いながら……。
「セオドア、アル、ごめんね。
もう少ししたら、終わると思うから……」
と、2人に対して謝罪すれば。
アルもセオドアも揃って……。
『この間、自分たちの服を作って貰うときの大変さに比べたら全く問題ない』
と、声をかけてくれたんだけど……。
それでも、途中、ジェルメールで働いているスタッフさんが気を利かせて持ってきてくれた紅茶があったとはいえ、椅子に座って、ただ人の話を聞いているのは退屈だったと思う。
それに、あいだの時間で、エリスのお仕事着の話もしていたから、それだけでもかなり時間が経ってしまっていたし……。
ただ、そのお蔭で『ローラさんのように、すっごく可愛いお仕事着になって本当に嬉しいです……!』と、以前、夫人から、あまりお洒落に興味がないと聞いていたけど、エリスには凄く喜んで貰うことが出来た。
よくよく、エリスに詳しい事情を聞いてみると。
「確かに昔から、男勝りで運動とかが好きだったし、男の職場に行って計算とかを習うのも好きだったんですけど……。
私、長女だから、妹や弟にお金をかけてほしくて、そういうのに興味を示すのを我慢していた時期があったんです……っ」
と、ちょっとだけ照れくさそうに、その時の状態を話してくれて……。
メイクとか、洋服に全然興味がない訳じゃないと知って、私自身、凄くホッとした。
普段着るための仕事着であろうとも、折角、洋服を贈るのなら、やっぱり喜んで欲しいなぁと思うし、出来るならエリスの好みに合わせたものをプレゼントしたいと思っていたから……。
「えへへ、きっと、私と同期の子達は私のお仕事着を見て凄く羨ましがると思います。
その時は、私、アリス様が私のために心を込めて作ってくれたものなんだって、自慢しちゃいますねっ……!」
そうして、力説するようにエリスにそう言われて、そんなに喜んで貰えたなら作った甲斐があったなぁと思いながらも。
そこまで大したことをしている訳じゃないないのに、他人に向かって自分のことを褒めちぎられるのは恥ずかしい、と……。
思わず、困惑しながら声を出してしまった。
ローラもセオドアも、私がエリスと会話をしながら、あわあわとしているのを生温かいような視線で見てくれるだけで、エリスのことを全く止めてくれる気配がない。
アルに至っては、うんうんと、なぜか満足そうに頷きながら、私達の方を見てくるし……。
「いえ、ですが、皇女様、お付きの方の言う通りだと思いますの。
貴族のご令嬢の中にも、皇女様のデザインのファンは多くいらっしゃいますし。
うちの店で余所の店舗でのクレーム対応に追われるようなことが無ければ、きっと今頃、皇女様、令嬢たちから取り囲まれて大変だったと思いますわ……!」
そうして、私達の会話を見ながら、何でもない口調で、さらりとデザイナーさんにそう言われて……。
「……え、? そ、そうなんですか……?」
と、思わず、あり得ないことだと決めつけて、懐疑の視線を向けてしまった。
自分が批判の目に晒されることはあっても、まさか、そんな風に人から取り囲まれるなんてことが起こる訳がないと思いながら……。
――もしかして私に気を遣ってくれているのかな?
と、内心で考えつつ。
まじまじとデザイナーさんの方へと顔を向けると、ぱちりと目があったデザイナーさんの表情は、冗談や、面白おかしく言っている様子でもなく……。
私に対して気を遣って声を出してくれる訳でもなく、もの凄く真剣そのもので、驚きに目を見開いてしまう。
「えぇ、至って、大マジメですわ。
……貴族のご令嬢の中には、皇女様のデザインした服が次にいつ発売になるのかと、わざわざ問い合わせてくる方もいらっしゃいますし。
赤髪を持っている皇女様に対して、批判の目を向けるような貴族も未だ多いですけど。
親が魔女や赤を持つ者に否定的で、表立っては好きだと言えなくてもっ、こっそり洋服を買いにくる隠れファンのご令嬢までいるんですのよ。
流行に敏感なご令嬢や、貴族の夫人方からすると、皇女様自体が、今の時代のトレンドと見るような方も沢山いますわ」
そうして、力強い口調で、デザイナーさんからそう言って貰ったことで。
【親が魔女や赤を持つ者に否定的な場合、こっそり買ったお洋服は、一体どこで着るんだろう……?】
と、思いつつ。
私自身も、あまり意識してなかったけど、そんなにも熱烈に私のファンになって好きだと思ってくれる人がいるんだ、と……。
あまり実感することは出来ないけど、漠然と理解することが出来た。
今まで生きてきた経験上。
誰かからの反応とか、そういうものに関しては、普段からあまり良いものじゃないという固定概念みたいなものが植え付けられている所為か……。
そういうものに関してはどうしても疎くなってしまっているなぁ、と思いながらも。
人からそういう風に思って貰えるのは本当に有り難いことだなぁ、と感じるし、じわじわと嬉しい気持ちが湧いてくる。
「それで、皇女様、実は私からも、折り入ってお願いがあるんですけど。
もうすぐ、建国記念日の時期でしょう?」
それから、ジェルメールのデザイナーさんに突然、話題を変えられたことで。
私は彼女の口から出た“建国記念日”という単語に思わず首を傾げた。
あまり意識してなかったけど、言われてみれば確かに、そろそろ建国記念日の時期に差し掛かっているなぁ、とは思う。
シュタインベルクの建国記念日と言えば、その前後1週間を使って、国中が盛大にお祝いするのが習わしで……。
その時期になると、王都もお祝いムード一色で、通りにいつも以上に出店や屋台が建ち並び、建国記念日当日には、皇族のパレードが執り行われ、お祭りの雰囲気で活気に包まれることになる。
因みに、私は、建国記念日にしてもそうだけど、今までそういった国を挙げてのお祭り行事に参加したことは一度もないから……。
巻き戻し前の軸も含めて、周囲の人達から、お兄様の活躍を聞いたりするくらいしか出来なかったんだけど。
今回は、お父様との仲も不仲じゃないから、私も参加しなければいけなくなるんだと思う。
……ただ、私自身、建国記念日と言われても正直、未だに何をすればいいのか全く分からなくて首を傾げるしかないんだけど。
――パレード以外に、出なければいけない行事とかあるんだろうか……?
その辺り、また今度お父様に聞いておかなければいけないなぁ、と内心で思っていたら。
「皇女様、まさか、今まで建国記念日の催し物に出られたことが無いから、内容に関しても全く知らないとか、言いませんわよね……?」
と、不安そうな表情でデザイナーさんにそう声をかけられて、私は思いっきり図星を突かれてしまい、気まずいなぁ、と思いながらも、正直にこくりと頷き返した。
「あの、ごめんなさい。
今まで、私自身、そういったお祭りにも参加するのは良しとされてこなかったので……」
そうして、申し訳なくて……。
謝りながら、そう答えれば。
「いえ、皇女様が悪い訳じゃありませんわ……っ!」
と、言いながらも。
デザイナーさんから、何て言うか、凄く居たたまれないような表情で見られてしまった。
「周囲にいる大人達が、教えていないのが問題です」
そうして、私の境遇について彼女に事情を話したことは一度もないんだけど。
結構頻繁に、皇宮に来ることも多いデザイナーさんのことだから、今までにも何となくは思う所があったのかもしれない。
ほんの少し眉を吊り上げた、デザイナーさんに補足するように、そう言って貰えると。
ローラとセオドアが同調するように、デザイナーさんの言葉に頷きつつ。
「これでも、良くなってきた方で。
アリス様はいつも、万事が万事、そんな状態に置かれているんですっ……!」
と、怒ったような口調でローラがそう言ってくれた。
誰かに対して否定したりするようなこと自体、常に気をつけてくれていて。
普段は、私達の間だけで止めて、外では滅多に物事を悪く言ったりしないローラが、ジェルメールのデザイナーさんには言ってもいいと思ったのか……。
腹に据えかねたような感じで声を出してくれたことに、感謝する気持ちが湧いてきたのと同時に。
「シュタインベルクの建国記念日っていや、俺でも幾つかは把握しているけど。
屋内、野外問わず、確か、色々と開催されるイベントなんかもあった筈だ。
皇族主催で執り行われる、日頃から国の為に頑張ってる騎士や、皇宮に仕えている人間に勲章を授与して労るようなパーティーがあったり。
連日連夜、上流階級の貴族達が集まって開催されるパーティーなんかも開かれる。
あとは、そうだな……。
市民も関わるものでいくと、幾つかの店舗が集まって、自分の店舗の商品で部門別に競い合って、投票でその年のベスト店舗賞を決めたりとかも。
取りあえず、姫さんも色んな所で、駆り出されるのは想像に難くないことだけは確かだと思う」
そうして、私達の会話に入りながら。
セオドアに色々と説明して貰って、ようやくその内情を少しでも理解した私は……・。
私が知らなかっただけで、パレードだけじゃなく、建国記念日の期間に、そんなにも色々と催し物が開かれていたんだと、隣で話を聞いてくれていたアルと一緒にびっくりしてしまった。
「むぅ、一体なんなんだ、それはっ! 楽しそうな行事が目白押しだなっ!」
セオドアの説明を聞いて、驚きに目を見開きながら、アルがそう言ってくれるのを横で聞きつつ。
私自身は……。
この間、自分のデビュタントを行ったばかりなのに、今度はお呼ばれする系のパーティーに参加したりしなければいけないのか、と思いながら、ほんの少し憂鬱な気持ちになってしまう。
ただ、皇族主催で執り行われる、日頃から国の為に頑張っている騎士達に勲章を授与するようなパーティーでは、騎士の人達と少しでも関わりが持てるかも、とは感じることが出来た。
出来れば、ほんの少しでもいいから。
今の私の最低評価であろう状態から、彼らとの仲を改善しておいて、騎士団長が死んでしまうような事件が起こる前に対策は立てておきたいと思っていただけに、そこに関しては正直言って、有り難い……。
あとは、セオドアがこんなにも頑張っているんだと正当に評価して貰えるチャンスも、もしかしたら来るかもしれないし……。
悪いことばかりではなさそうだなぁ、と思いながら。
「えっと、ベスト店舗賞……?」
と、聞き慣れない単語に戸惑いつつ、セオドアの言葉を復唱するように声に出した私に。
「えぇ、そうなんですっ!」
と……。
――よくぞ聞いてくれました!
と言った様子で声を出してくれたのは、セオドアではなく、ジェルメールのデザイナーさんだった。
「毎年、建国記念日を祝う建国祭では、王都中のお店が、食事部門、衣装部門、コスメ部門、雑貨部門などの幾つかの分野に分かれて出店や、貴族の装いなども含めて競い合うんですわっ!
そうして、その年のベスト店舗賞に選ばれたお店は表彰されて、国から金一封が出るんですのっ!
それだけではなくて、優勝店舗は、建国祭が終わった翌日の記事の一面にも載ることで、優良店として、その年の顔とされて、大変名誉なことなんですっ。
昨年は惜しくも、表彰台を逃してしまいましたので、今度こそは絶対に優勝を目指したいんですわ~!」
そうして、張り切った口調でそう言われたことで、私も何となくだけど、ベスト店舗賞がどういう意味を持つものなのか理解することが出来た。
それから、ジェルメールのデザイナーさんが、毎年、その賞にかなり力を入れているということも……。
「そうだったんですね。
えっと、それで、私は一体何を協力すればいいんでしょうか……?」
例えばこれが、食事部門とかだったら、美味しいお店を選ぶとかそういうのなのかな、って思えるんだけど。
衣装部門とかって、外で洋服を販売するとかそういうのなんだろうか?
その辺りのことが、今ひとつピンとこなくて、戸惑いながら声を出すしか出来ない私に。
「えぇ、ですから、皇女様にはファッションショーのモデルになって欲しいんですのっ!」
と、デザイナーさんからそう言われて。
「……そうなんですね、私がファッションショーのモデルに……、も、モデルに……!?」
と、思わず一度、納得しかけたものの……。
よくよくその言葉を噛み砕いて考えると意味が分からなさすぎて、勢いあまって聞き返してしまった。
確かに、洋服を外で販売する訳にはいかないから、ファッションショーのような物が開かれるっていうのは理解することが出来る。
ただ、デザイナーさんのこの言い方だと、私がデザインした服を誰か別の人に着て貰うとかではなくて、私自身がモデルになるっていう解釈で間違いないんだろうか……。
【ファッションショーって、想像でのイメージしかないけど、誰かの前で披露するんだよね……?】
――そんなの、どう考えても無謀では……?
と、状況も含めて世間の目などを考えた時に、赤を持つ私が受け入れられることなんて無いんじゃないかと。
どうしても、ポジティブな気持ちよりも、ネガティブな気持ちの方が大きく出てきてしまったんだけど……。
「えぇ、是非ともお願いしたいですわっ!
皇女様だけではなく、皇女様のデザインした服で、騎士様との主従で出て欲しいんですのっ!
毎年、事前にテーマが決められるのですが、今年のテーマが“護りたいあなたへ贈るプレゼント”というのがテーマになっていてっ!
どう考えても、お二人の関係性のためにあるようなお題ですし、騎士様が皇女様にドレスをプレゼントしたというイメージで主従で出られたら、絶対にお似合いだと思うんですの~!」
デザイナーさん曰く、どうやらファッションショーに出て欲しいのは私だけではなく、セオドアもだったようで……。
突然話を振られたセオドアも、まさか自分に声がかかるとは思ってもいなかったみたいで、珍しく思いっきり動揺しているのが見えて。
『やっぱり、私たちには難しいんじゃ……』と、どうしても、一人、ハラハラしてしまう。
そんな、私の気持ちを置いてけぼりにするようにして……。
「騎士様っ! これが、成功すれば、うちの店舗だけではありませんわ。
全ては、皇女様のイメージアップに貢献するためですの!
考えても見て下さいっ、モデルでもある皇女様が着ていた服がその年のベスト店舗賞に選ばれる。
そうすれば、皇女様自身がその年の顔になるのも同然のこと。
普段文句を言っている連中の鼻も明かせるし、世間からの評価もその分、きっと高まる筈ですわっ!
ですから、一緒に皇女様の為に、最高の服を着るという心意気で挑んで下さいなっ!」
と、的確に、いつも私を思って行動してくれているセオドアの痛いところを突きながら……。
上手いこと交渉をしてくるデザイナーさんから推されまくって……。
凄く悩んだ様子だったけど断り切れなかったのか、セオドアは一瞬だけ私に視線を向けてくれたあと、私の為を思って、その提案を受けることにしてくれたみたいだった。
「あの……、セオドア……。
無理しなくてもいいんだよ?
私だけが引き受けることにしてもいいし、駄目そうなら、今からでも断るよ……?」
そうして、そんなセオドアを見ながら、私がそう伝えれば。
「いや……。
確かに今、姫さんが作った服のデザインで、姫さんを支持するような人間が増えてきているのは事実なんだろうし。
この機会は良いチャンスでもあると思う。
それに、俺自身も、姫さんとなら別に嫌だとは思わない」
と、言ってくれて……。
セオドアがそう言ってくれるならと、私自身もデザイナーさんのその提案を引き受けることにした。
元々、今回のクッキーの件も含めて、日頃からジェルメールにはお世話になっているから、セオドアが引き受けなくても私自身は、何か協力できることがあれば最大限、協力しようとは思っていたことだったから。
「それから、建国祭用のパレードで着る服も、夜のパーティーでの社交界用のドレスも何から何まで私と共同でデザインして頂けると嬉しいですわ。
営業妨害をしてくるような店舗が近隣に出来ても、私は、それくらいではへこたれませんことよ!
不死鳥のように何度でも蘇ってみせるんですのっ!」
そうして、一人ウキウキと張り切りながら、意気込みを語ってくれるデザイナーさんを見ながら……。
確かに、何をしてくるか分からない分、私が正式に抗議することで、このまま大人しくなってくれればいいけど、近隣店舗の妨害には注意しないといけないよねと思いつつ……。
最近の自分の周りがあまりにも不穏だったりするから……。
ジェルメールのことをライバル視してるだけで、私のことに関して悪評を広めたいとかそういう意図はないのかな、と一抹の不安が過りながらも。
午後にスラムで救った子供たちに会いに教会へ行くまでの時間、もう少しだけデザイナーさんと、そのことも含めた話し合いをすることにした。










