291 ライバル店
あれから、外で立ち話も何だからと、一先ずお店の中に案内して貰った私達は。
普段、カタログを見て洋服を作って貰う用の椅子にみんなで座らせて貰いながら……。
ジェルメールが今日、臨時休業になっていた理由についての詳しい事情を聞いていた。
デザイナーさん曰く、ここ最近になって、王都の一等地にあるこの場所の近くに、新しい洋服のお店が一軒、出来たということが深く関係しているらしく。
王都でも、洋服のトレンドに関しては、流行り廃りが激しいものだから、競合店になるかもしれないと思って、少し前にそれとなく探りを入れてみたんだけど……。
その時は、ジェルメールとは、全然違った系統の洋服を販売していて、多少は、物珍しさからそっちにお客さんは流れたものの、そこまで脅威には思わず……。
それだけなら、何ら問題はなかったらしいんだけど。
「暫く経って、あまりにも、オリジナルで作っていたドレスが売れないからか……。
最近になって、なりふり構わずに私達が販売している皇女様の作ったデザインの模倣品や、ジェルメールのオリジナルデザインを模した服を、より安価に流通させ始めたんですわ~!」
と、いうことが起きてしまったみたいで……。
「そ・れ・もっ……!
オートクチュールで作っている割に、裁縫が甘い粗悪品の販売をしていて。
更に、“皇女様のお墨付き”という謳い文句で売り出しているから、本当に洋服に対する冒涜としか思えないくらい悪質なんですわっ!
お蔭サマで、今までジェルメールのみが皇女様と共同開発をしていた筈なのに、販売を許可したのかとか……。
あっちのお店が2号店なのかとか、迷惑な問い合わせも殺到して、こっちにまで被害が出始めた所で……。
クレーム対応に追われるあまり、購入しに来て下さったお客様に、ゆったりと店内で過ごして貰えなくなってしまったから、一時的にお店自体を閉めたんですのっ!」
そうして、続けて興奮した様子で、更に詳しく説明してくれるその言葉に、まさかそんなことになっているとは思ってもいなかった私は……。
驚くのと同時に。
私自身、直接、関与している訳じゃないけれど……。
自分の名前が勝手に使われたことで、ジェルメールにまで被害が出てしまっていることに関して、何だか申し訳なくなってきてしまった。
「ごめんなさい。
私が、関与しているのはジェルメールだけなんですけど。
私の名前が勝手に使われたことで、こっちにまで、とんでもない被害が起きてしまっているんですよね……?」
そうして、しょんぼりと落ち込みながら謝罪をすれば……。
「いいえ、決して、皇女様が悪い訳じゃありませんわっ……!
ですが、今日来て下さる時も、もしもお店を開けていたら、皇女様までクレームに巻き込まれる可能性がありましたし。
このままだと、被害は広まっていく一方で、絶対に良いことにはなりませんわ。
……本当に、早い内に手を打って、何とか出来れば良いんですけど」
という言葉が、デザイナーさんから返ってくる。
確かに、そんな風に大事になっていたのだとしたら……。
もしもお店が開いていた場合、私が今日、此処に来た時に、私に対してもお客さんのクレームは飛んで来ていただろう。
事前にデザイナーさんがお店を閉めてくれていたお蔭で、私自身、誰からも非難の目を向けられることもなく。
こうして、特に何ごともなく済んでいるのだと思うし、彼女のその配慮はどこまでも有り難いものだった。
それから……。
「要するに、だ。
姫さんの名前を勝手に使って、値段が安い上に、見た目だけ似たような粗悪品を販売しているってことで……。
故意に姫さんの評判や、ジェルメールのブランド価値まで下げている輩がいるって訳か」
という……。
さっきまでのデザイナーさんの発言を、分かりやすく纏めてくれたセオドアの一言が、静まり返った店内に響き渡ると。
目の前で、ローラが、わなわなと肩を震わせながら……。
「そこにどんな理由があろうとも、アリス様の評判を落とそうとしているだなんて許せませんっ……!」
と、怒ったように声を出してくれる。
その言葉を聞いて……。
エリスも眉を吊り上げながら、ローラと同じように『……本当にそうですよねっ!』と、力を込めた声で、ぷんすかと怒ってくれていて……。
2人のその反応に、有り難いなぁ、と思いつつ。
「あの……。
でも、ジェルメールがそれだけ、クレームの対応で追われているのなら。
当然、そっちのお店はもっと、クレームに追われていなければいけない筈ですよね?
その辺りのことは、どうなっているんでしょうか……?」
と、私はジェルメールのデザイナーさんに向かって、問いかけるように声を出した。
王都にあるライバル店が、裁縫が甘くて、きちんとした洋服としての販売もイマイチなのだとして……。
ジェルメールにまで、こうしてクレームの声が届いているということは。
当然、粗悪品を販売しているそっちのお店には、もっとクレームが届いていなければいけない筈で……。
その辺りのことは、一体どうなっているんだろうと、気になって質問すれば。
私の言葉を聞いたデザイナーさんが、鼻息を荒くしながら……。
「……それが、裁縫に関しては、自分たちの所で行っていないから、ジェルメールに聞いてくれっていう一点で押し通しているみたいなんですの!
いやらしいのは、その言い方が、“ジェルメール”と直接的に店名を出すことはせずに、皇女様の関わっているお店で、などと言っていることですわ……。
私達と関わりが一切無いっていうことも、否定はせずに、のらりくらりと立ち回っていて。
あえて、ジェルメールと関わりがあると、お客様に誤認させるようにしている感じで……っ。
自分たちの作品に自信が無いから、そんなことをしているに違いないんですのっ!
起こしたデザインは全て、デザイナーにとっては“かけがえのない”、自分の命よりも大切な我が子同然のもの。
一度、クリエイティブな仕事に携わっていれば、そのことは何よりも骨身に染みて分かっているはずなのに、洋服店の風上にも置けない販売方法だと思いますわっ!」
と……。
憤慨した様子で、捲し立てるように一息に喋ってくるのが聞こえて来て、その迫力にびっくりしつつも……。
彼女の言っていることは、全く間違っていないと思うし、自分の作ったデザインが知らない所で勝手に模倣されて販売されているということに同情するのと同時に……。
思わず私も、ほんのりと嫌な気持ちが湧いてきて、眉を寄せた。
私自身、一度、自分の能力で過去に戻っていることもあって、これから先の未来についてもある程度把握しているから……。
人よりそういった知識は多い方だし、未来でどんなデザインの物が流行るのかが分かっている分、完全に自分のオリジナルではなく、良い物を取り入れるという部分では、ほんの少し狡をしてしまっているけれど。
それでも、巻き戻し前の軸に流行った物と、全く同じデザインで服を作ったことはないし。
例えば、ローラに贈る物にしても、セオドアやアルに贈る物にしても……。
色々と、流行りのデザインを組み合わせながら、その人の身体に合うように『唯一無二の物を』と……。
自分で考えたデザインではあるから……。
私が、適当に自分に作ったドレスとかならまだしも。
大切な人にプレゼントをするのに、着て欲しいという想いを込めて、一生懸命に作ったデザインが盗用されてしまうのは、どうしても嫌だなと思う気持ちは湧いてきてしまう。
普段、専属的に仕事をしている訳ではない私でもそう思うくらいだから、デザイナーさんからすると身を引きちぎられるような想いをしていても可笑しくないと思う。
「詳しく事情を説明すれば、分かって下さるお客様もいるんですけど。
中には、たらい回しにされたことで、怒って、二度と来ないって言ってくる方もいますし。
普通に購入したいお客様からしたら、私達がクレーム対応をしている間は迷惑でしかなくて、客足も遠のくばっかりで……。
何より私が一番許せないのは、きちんとした洋服の販売がされていなくて、お客様をがっかりさせてしまうことですわっ!
おざなりに作られた洋服が何よりも可哀想ですし、お店に来て下さる以上は、どの方も最後は笑顔で帰って下さらなければ、意味がありませんのっ!」
そうして、私達に向かって力説してくれるデザイナーさんのその言葉には、素直に頷くことが出来た。
こういう風に考えることが出来る、ジェルメールのデザイナーさんは素敵だと思うし。
洋服のことを本当に大切に思っていて、自分の仕事を天職だと思っているからこそ、出てくる言葉に違いがないだろうから……。
「そのお店に、皇室を通して抗議して、私が関与していないことを伝えても……。
私のデザインの物を取り下げて貰えるだけで、ジェルメールのオリジナルのデザインを取り下げてくれるかは分からない、ですよね……」
そうして、パッと今の自分でも思いつく限りの提案をして見たけれど、何となくそれだけだと解決策にはなっていないような気がして、思わず弱気な発言になってしまった。
――私自身、皇室を通して、正式に抗議することは可能だけど。
例え、それで、私が関与していないことを告げたとしても……。
そんな感じで人のデザインを平気で盗用するようなお店だし、次はどんなことをしてくるかが分からないという不安は常にある。
それで、更にジェルメールに被害が及んでしまう可能性については考えなければいけないことだと思うし……。
相手がどういう動きをしてくるのか分からない以上。
ここから先の展開が、どうしても読めないというのも、此方から、動きにくい状況だな、と感じてしまう。
「アリス様が正式に抗議する中に、ジェルメールも関わっていないことを告げれば、何処かのゴシップ誌が取り上げてくれる可能性も高いとは思いますが……」
そうして、ローラが控えめにだけど、意思の強い瞳で私の提案に補足するように声を出してくれたのを聞いて……。
『確かに、そうかもしれない』と、考えを改めながら……。
私も同意するように、こくりと頷き返した。
「うん、そうだよね……。
このまま何もしないよりは、抗議が出来るなら、絶対にした方が良いと思う」
ここで何もせずに、手をこまねいているだけだと、どっちみち、良い方向に転ぶとは思えないし。
やれることがあるのなら、やってみた方がいいのは、本当にその通りだと思うから……。
「……っ、皇女様~! 私達の問題ですのに、ご配慮、本当にありがとうございます……っ!」
そうして、ジェルメールのデザイナーさんにそう言われて。
私はふるりと首を横に振ったあとで『私自身も関わっている問題だから気にしないで欲しい』と、彼女に告げる。
こういう時、私みたいに影響力が大きくない人間からすると、微々たる形でしか力になれなくて、本当にもどかしく感じてしまう。
これが、もしもルーカスさんの母親であるエヴァンズ夫人とか、テレーゼ様のような立場がある方だったとしたら、社交界の影響もかなり大きいものだと思うし。
多分、あっという間に貴族の間で噂が広まって……。
お店の評判が落ちることで、きちんとした営業をしなければいけなくなるだろうと感じるだけに、自分の力不足を痛感して、どうしても申し訳ないという気持ちが強く湧き出てしまった。
だからこそ……。
「他にも何か、私に協力できることがあれば、いつでも言って下さい」
と……。
『自分にもしも協力できることがあるのなら、何でもする』という気持ちを込めて、ジェルメールのデザイナーさんにそう伝えれば。
私に向かって熱い抱擁を交わすように、ぎゅっと抱きついてきてくれたデザイナーさんが。
「とっても、有り難いですわ~!
皇女様にそう言って貰えるだけで、本当に百人力だと思いますのっ!
そのお気持ちだけで、大丈夫と言いたい所ではあるんですが……っ!
実は、本格的に寒くなって最後に発売する予定の冬のコレクションと、春に出すデザインも考え始めなければいけない時期に差し掛かっていて……。
出来れば、皇女様のアイディアで力を貸して頂けたら嬉しいと思っていた所だったんです!」
と、ちゃっかりと嫌味なく声に出して……。
ウインクをしながら、明るい表情で、そう、伝えてきてくれる。
私からしても、周囲の人達に対しての影響力は少ないかもしれないけど。
巻き戻し前の軸に関しての知識などはあるし、新しい洋服のデザインを考えるという方が、ジェルメールのお役には立てそうで……。
その事にホッと胸を撫で下ろしながら、彼女の言葉に、二つ返事でこくりと頷いて、了承すれば……。
「コンセプトは、今までに無いような、真新しい物を。
簡単にライバル店に真似などされないような、裁縫にもこだわり抜いた特別な一品を、ですわ。
そこで、冬物として、ドレスの上に羽織るような物があればと考えているんですけど、ここ最近、そればかりを考えていた所為か、煮詰まってしまって。
皇女様、少しでも、何か良さげなアイディアは無いでしょうか……?」
と、少しだけ困ったように、溜息を溢したあとで、デザイナーさんにそう言われて……。
私も少し、考えてみたものの。
それに関しては本当に難しいなぁ、と思ってしまう。
男性はジャケットを羽織れば、冬でも比較的温かい状態が保たれるんだけど……。
女性が着るドレスの上に羽織るような物に関しては、永遠のテーマとも思えるくらい難しい問題だった。
ドレスの上に羽織るショールやストールなどが無い訳じゃないけれど。
基本的に、正式な場で表に出る場合は、長袖のドレス一枚で参加することがフォーマルとされているし……。
特に、動物の毛皮などから作られたファーを首に巻いている場合は、完全に取ってしまうのがマナーとされていることが大半だ。
外出時に関しても、首元を温めること自体は、そこまでルール違反な訳じゃないけれど……。
それでも、格式の高いお店に行く時なんかは取らないといけないことも多いし。
着脱が面倒くさいから、敢えて付けずに寒さを我慢するような人も沢山いるみたい。
冬の寒さがあまりにも厳しい所に住んでいる人達は、コートを身に纏ったりもするみたいだけど。
コートを着ていると、どうしても下に着ているドレスの型が崩れてしまうと……。
特に上流階級の人間ほど、大多数の人達がそれを嫌っていて、どこかのパーティーにお呼ばれする場合は、我慢することもしばしばあるんだとか。
私は、今まで基本的に外に出られるような状況じゃなかったから……。
全部巻き戻し前に侍女達からとか、絶対に出なければいけないパーティーで他の令嬢達が話しているのを、偶然聞きかじった程度の知識しかないけれど……。
【寒い冬を越す為に、ドレスの形を崩さずに、一枚、上から羽織れる魔法のような物があれば。
確かに、凄く嬉しいよね……】
思い返してみても、巻き戻し前の軸では、そういったデザインの物は販売されていなかったように思うから。
ジェルメールのデザイナーさんみたいに、誰もが思い立って、挑戦しようと思っても……。
生地のことも含めて、下に着ているドレスを邪魔しないような物にするには、意外にも難しい問題なのかもしれない。
目の前で困っているデザイナーさんと一緒に頭を悩ませて、色々と考えていると。
そう言えば……、と、不意に思い至ることがあって……。
私は今日、自分が持ってきた着物が一式入っている袋へと視線を落とした。
――確か、エリスの実家で、お兄様が着ていた着物の羽織があったけど……。
あの羽織は柔らかい素材で、下に着ている着物を邪魔することもなく、長く着ていても、服の形が崩れるようなことも一切無かったよね……?
西洋の生地と、東の国では使っている生地にも違いがあるんだろうか……?
その辺り、私ではよく分からないけど。
もしかしたら、ジェルメールのデザイナーさんなら何か違いが分かるかもしれないし。
新しい服のデザインから、私では思いつかないような、ヒントを得るようなことがあるかもしれない。
内心で、そう思いながら。
私は、今の間にも、うんうんと、頭を悩ませて、あれこれと考えてくれているデザイナーさんに向かって。
元々お土産話として披露する予定だった、今日自分が持ってきた着物を机の上に広げて出した。
「あのっ、見て欲しい物があるんですけど、この間、エリス……。
私の侍女の実家で、東の国の珍しい“着物”という服を着させて貰ったんです。
その時、ウィリアムお兄様が上に羽織っていた羽織というものが、温かそうな上に、下に着ている服の形を一切、崩さずに着ることが出来ていて……。
柄が西洋の服とは違い過ぎる独特の物なので、ドレスと合わせるのは難しいかと思うんですけど。
生地が柔らかい素材なので、売っていた商人の人に聞けば何か分かるかもしれません」
そうして、デザイナーさんに向かって声を出せば。
私が持ってきた着物一式に、釘付けになったデザイナーさんが、驚いたように目を見開いたのが私からも確認出来た。










